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公爵家の養女ですが、来世もパパの愛娘になりたいです  作者: 猪本夜
第一章 幼女編

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「今日は元気がないが、腹でも痛いのか?」


 パパの言葉にリディははっとした。パパとブリスとルシアンがリディを見ている。

 今は朝食の時間だった。ぱっとリディは笑い、顔を振った。


「ううん! まだ眠いなってぼーっとしただけ! お腹痛くないよ、大丈夫!」


 リディは次々に食事を口に運んだ。

 今日の食事も、とても美味しい。空腹にならずに毎日美味しいものを食べさせてもらえるなんて、幸せだ。そう思ったと同時に、パパを殺したリディに、こんな幸せは不釣り合いなのではないか、そう思って、ついぼーっとしてしまったのだ。


 何を考えているのだろう。最近のリディは、ふとした瞬間に、思考の深淵に引きずり込まれる。


 美味しい食事をしている時。パパに抱っこされている時。パパに抱きついている時。パパと寝ている時。パパにキスしてもらう時。ブリスやルシアンにいい子と頭を撫でられる時。


 リディは幸せを感じる時、その幸せは、本当は感じることは許されないのではないか、そう思ってしまう。


 リディは黒騎士団の訓練場に向かった。最近の日課で、午前中は剣の訓練だ。剣はまだ練習だから、本物の剣ではなく危なくない木剣である。


「あ! お嬢様!」


 リディは剣を振っている時に、足の踏ん張りが足りなかったようで、滑って転んでしまった。


「大丈夫ですか?」

「えへへ。平気、痛くないよ」

「少し手を擦りむいてしまいましたね。医師を呼んできましょう」

「ううん! このくらい、大丈夫。ちょっと水で洗えばいい程度だよ」

「ですが……」

「いいんだ。これくらい……罰だと思えば、少ないくらい」

「罰……ですか?」


 はっと顔を上げた。


「み、水で洗ってくるね!」


 リディは慌てて立ち、水場へ走った。

 変なことを口走ってしまった。でも、『罰』か。それはいい案かもしれない。


 リディが幸せを享受する代わりに何か罰を受けるなら、これからもパパと幸せな生活を送っても許されるのではないか。


 その日の剣の訓練を終え、リディは部屋でメイドに着替えさせてもらい、パパの執務室へ向かっていた。階段を途中まで降り、ふと立ち止まる。


 この階段を横になって転げ落ちれば、怪我くらいはするだろう。きっと死にはしない。もしかしたら、骨くらいは折れるかもしれないけれど、痛いのは嫌いだけれど、罰なら仕方ないと思う。


 リディはとりあえず、階段に膝をついて、横になろうとした。


「リディ? 何をしてる?」

「パ、パパ!? う、え、えっと? お、落とし物! 落とし物を探してた!」


 階段下にパパとブリスがいた。ちょうど昼食の時間のために、移動しようとしていたのかもしれない。

 リディは慌てて立ち上がろうとして、滑ってしまう。


「あ」


 本当に転ぶと思い、リディは目を瞑ったが、何も衝撃は来なかった。そろっと目を開ける。


「リディ、お前は馬鹿か。階段で下も見ずに起き上がろうとすると、転ぶに決まっているだろ」

「ご、ごめんなさい」


 どうやらパパが空中に黒い煙を出してくれたらしい。黒い煙の上に落ちたリディは、何事もなく無事で、傍にきたパパに抱え上げられた。


「痛いところはあるか?」

「ううん」

「落とし物とはなんだ? どれのことを言ってる?」

「え!? えーっと……、髪飾り! 髪飾りをしてた気がしたんだけど、着替えた時に部屋に置いてきたかも! あとで確認するから、大丈夫!」

「……そうか?」


 パパはリディを片手で抱えて歩き出した。リディはパパを向いて、パパに抱きつく。失敗してしまった。パパに心配させてしまった。でも、心配されるのは嬉しい。


「パパ、ごめんね」

「……なぜ謝る?」

「ふ、不注意だったから」

「そうだな。危ない事はしないように」

「……はぁい」


 罰を受けるのは、今日は失敗した。階段はもう使えないかもしれない。他の何かの罰を考えなければ。


 その日は何事もなく、リディの幸せな日々は過ぎていった。



 夜、リディとパパが仲良くベッドで寝静まったころ。


 リディは、また夢を見た。パパを殺してしまう夢。最近はこれは夢なんだと、夢の中で理解している自分がいる。


 ごめんなさい。ごめんなさい、パパ。許して。

 パパはいつも優しい。リディを怒ったり罰を与えたりしない。許せないのは、リディだった。パパはリディを幸せにしてくれるのに、リディはパパを殺したのだ。


 パパに愛されたい。ずっと幸せに一緒に暮らしたい。だから、パパ、リディに罰をください。幸せになっていい代わりに、罰を。


「ごめんなさい、パパ」

「リディ。何故謝る?」


 リディは次々と涙を流す。真剣な顔で、パパがリディを見ていた。


「ごめんなさい、パパ。もう二度としないから。私をいらないって言わないで」

「何をしないんだ?」

「二度とパパに聖水はあげないから。約束する。もう殺さないって約束する」

「……」


 ああ、やはりパパは怒っている。パパが眉を寄せ、口を開いた。


「俺に聖水を飲ませたのは、リディだったのか?」

『だめよ! リディ! 答えては駄目!』


 あれ? 夢の中なのに、ララの声が頭の中に聞こえる。

 でも、夢の中だから、リディは素直にパパに応えたかった。いつも嘘を吐いてばかりのリディだけれど、夢の中くらいは。


「うん。私がパパに聖水を飲ませたの。パパには聖水が毒だって、知らなかったの。パパは元気になるはずだったの」

「……それをリディに指示したのは?」

「指示? えっと……神官様」


 あれ? なんだか、パパの質問が具体的。変だな。


「……ここって、夢だよね?」

「いいや。現実だ」

「……現実」


 夢ではない? あれ? でもリディは夢を見ていたはず。

 リディは瞬きした。そして、周りを見渡す。ベッドがある。パパは寝たまま、リディを見下ろしている。……あれ?


 さーっとリディは青ざめた。

 もしや、リディは自分から、言ってはいけないことを言ってしまったのではないだろうか。言ってしまった言葉は、もう二度と取り戻せない。

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