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リディはベルリエ公爵家まで案内する間、リュカの話を聞いていた。
「妹は、僕が邪魔だって、どこかにいなくなれって、いつも言うんだ。だから、時々、屋敷を連れ出されて、見覚えのない場所で僕一人だけ馬車を降ろされる。自力で屋敷に帰らないと、誰も迎えに来ない」
「そんなひどいことをするの!? リュカのパパは怒ってくれないの?」
「父上は知らないから……父上は僕には興味がない。ううん、というより、僕を恨んでいる。僕のせいで母上は起きないから」
「えっと……義理のママ?」
「ううん、義理の母上ではなくて、本当の母上。同じお屋敷の中でずっと眠っている。僕を産む時に疲れ果てて、それっきりずっと眠っているんだ。僕は母上の目が開いている姿を見たことがない」
なんだかリュカが不憫で、リディは泣きたくなった。
「じゃあ、おうちにリュカの味方はいないの?」
「うん……」
「……っ、心配しないで! ちょうどいいから、これから私が帝都の街を案内してあげる!」
「え?」
「時々、街に置いてけぼりにされるのでしょう? 私ね、帝都の街は結構色々知っているの! だから、街の目印とか、見分け方とか、有名な道路とか、教えてあげる! リュカはまた置いてけぼりにされても、今日覚えれば、ちゃんと家に帰れる。私と勉強しよう!」
「……っ、うん!」
リディは、街を歩きがてら、リュカに色々と教えてあげた。有名な広場、有名な店、有名な道路、目印にできる有名な建物。帝都は広いから、すべてを教えるのは難しい。ただ、知っている名前の場所があれば、人に訪ねることができる。知っている場所に出られれば、そこを基準にして家まで帰るのは難しくない。
知らない場所に一人取り残されるのは不安だ。それでも、リュカに味方がいないなら、自力でどうにかする方法を教えてあげるのがリュカのためになる。
そして、その日の夕方、リディはベルリエ公爵家の屋敷が見えるところまで案内すると、リュカとさよならすることにした。
すっかり仲良くなったリディとリュカは、さよならするときにリュカが目にいっぱい涙を溜めた。
「本当にありがとう、リディ。でも、もう会えなくなる? これが最後? 僕、またリディに会いたい。どうすればリディに会える?」
「リュカ、また会えるよ。あのね、有名な広場を教えたでしょ。私、その近くに住んでいるから、そのあたりに来てくれれば、また会えるよ」
「本当!? じゃあ、僕、絶対にリディに会いに行くから」
「うん! また会うのを楽しみにしてる!」
そうやって、リディはリュカとさよならした。
◆
リュカとの出会いを思い出しながら、最近は置いてけぼりにされることがなくなったのに、父がリュカの味方でもない、というのは、よく分からない。
「少し前に、ずっと眠っていた僕の母上が亡くなったんだ。僕を見てくれることなく、亡くなってしまった」
「リュカ……それは、悲しいね……」
「……うん。それから、父上が僕を正式に後継者にするって言ったんだ。だから、父上は妹に、僕の邪魔はするなって言った。僕は妹と義母に相変わらず嫌われているけれど……でも、たぶん、もう置いてけぼりにはされないと思う」
「そっか。そこだけは、良かったね」
「うん」
ずっと眠り続けていた母が亡くなって、リュカは本当に辛いだろう。両親が亡くなる辛さは、リディも身に染みている。
「リディ、また会える? 次に会いたい時は、どうしたらいい?」
「あ、えーっと……」
リディは、ベルリエ公爵家と対極にいるラヴァルディ公爵家の娘になってしまった。リュカとしては、ラヴァルディ公爵家の人間と会っても問題ないのだろうか。
「リュカ、あのね……、私ね、実はラヴァルディ公爵家の娘なんだ」
「……え?」
「ベルリエ公爵家とラヴァルディ公爵家って、仲が良くないって言うでしょう? リュカ的には、そのあたりは問題ない? おうちの人に、私と会って怒られたりしない?」
「リディが……ラヴァルディ公爵家の娘? ………………僕は、そんなの気にしない! リディに会えない方が嫌だ」
リュカがリディに抱きついた。リュカはまた泣いていた。
「リディ、僕から離れて行かないで。また僕に会って欲しい。お願い、リディ」
「う、うん、分かった。会う方法を考える。連絡する方法も考えなきゃ」
「あ、ありがとう!」
リディから体を離したリュカの涙を拭う。リディも泣いてしまいがちだと思うが、リュカはリディ以上かもしれない。リュカは七歳らしいので、十二歳のリディが慰めてあげるのだ。
しかし、リュカが良い言うが、リディと会うのをリュカが怒られないような連絡の方法を考えなければならない。
うーん、うーん、と頭を捻る。そして、ピンときた。
「いいこと考えた! あのね、手紙を預かって受け渡ししてくれるお店があるの、知っている? そこで手紙のやり取りするのはどうかな! 私ね、今はずっと帝都にいるわけではないから、たくさんはリュカには会えないのだけれど、でも手紙は書ける。手紙をやり取りするのはどう? それでね、私が帝都に来る時にリュカと会う約束すれば、リュカと会える!」
「……っ、うん! うん、それいいね! リディと手紙を交換する! あまり会えないのは寂しいけれど、僕、待てるよ! リディに会うためなら、なんだってする!」
そして、リディたちは、手紙のやり取りをする約束をして、リュカと別れた。
家に帰り、リディはすぐにパパにリュカの話をした。
「ベルリエ公爵家の子息と文通?」
「あ、あのね、あのね、リュカはいい子なんだよ! ちょっと泣き虫だけど、いい子なの!」
「ほう……。泣き虫とは、リディと同じだな」
「私は泣き虫じゃないもん! ……って、そうじゃなくて! パパ、リュカと文通していいでしょう? 前から友達なの」
「ベルリエ公爵家の子息が、俺の娘と文通など良い度胸だな」
「パパぁ……」
文通は良い方法だと思ったのだが、パパは許してくれないだろうか。リュカと約束したのに。じっとパパをウルウルと見ていたリディは、パパが溜め息を吐くのを見た。
「……いいだろう。ただし、ラヴァルディのことを色々と書くのは駄目だぞ」
「……っ!! うん! うん、約束する! ラヴァルディのことは書かない!」
「……何を書いては駄目か、リディは分かるか? しばらくやり取りには、目を通して指導するぞ?」
「うん、分かった! パパに書いた手紙を見せるね! パパが書いちゃダメっていうものは、書かない!」
「ったく、何故そうも文通などしたいのか。……仕方ないから、許してやるが」
「ありがとう、パパ!」
リュカと文通を許してもらえた。良かった~、とリディはさっそく手紙を書くのだった。




