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次の日、皇宮にやってきたリディとパパは、皇女と会う場所として指定された庭園に向かっていた。
今日は、パパは皇帝と会う予定があるが、その前に皇女と会うことにしたのだ。皇帝より皇女が先なのは、皇帝と会う時間には強制的に皇女から離れることができるかららしい。皇女と会う時間は、極力短くしたい、というパパの意思の表れである。皇女、パパに嫌われているなぁ。
パパと手を繋いで皇宮の廊下を進んでいたリディは、知った人物を見かけ、パパと繋いでいないほうの手を振った。
「レオ~!」
「……リディ? 公爵も」
皇子であるレオが、リディたちに気づき、互いに近寄った。
「リディ、レオポルド殿下だろう」
「あ、ご、ごめんなさい」
そういえば、一昨日、皇宮から帰った時に、パパがレオのことをそう呼べと言ったのだ。忘れていた。レオは皇子という立場で雲の上の人のはずなのに、出会いが街中だったせいか、なんだか、気安い態度をとってしまう。
そんなレオは、笑みを浮かべて口を開いた。
「公爵、リディには俺がそう呼んでいいと言ったのです。そのうち、公の場で会う機会もあるでしょうが、そういう場以外は、今のように呼んで欲しいと思います。俺もリディと呼びますし」
「……いいの?」
笑って頷くレオを見て、リディはパパを仰いだ。レオはこう言っているが、一応、パパにも返事を聞いておこうという意味だが、パパは頷いたので、リディはぱぁっと笑ってレオを見た。
「よかった! じゃあ、レオって呼ぶね!」
「うん。今日もリディと公爵は、皇帝陛下と謁見の予定ですか?」
「ううん、皇女殿下と会うんだよ」
「……叔母上に?」
少しだけ、レオの眉がピクっとしたような? 気のせいだろうか。
先日、皇帝一家の家族構成をブリスが教えてくれた。皇帝はレオの祖父で、レオの母が皇太子で、パパに求婚している皇女がヴィヴィアンという名の皇帝の娘であり皇太子の妹になるという。
「パパは、皇女殿下と会った後に、皇帝陛下ともお話するんだって」
「そうなんだ。公爵、叔母上と会った後、リディはどうされるのですか?」
「リディだけ先に屋敷に戻ってもらおうと思いますが」
「であれば、公爵が陛下と会っている間、リディは俺とお茶をして公爵を待つのはどうでしょう。リディ、ケーキは好きかな。よかったら、俺とお話をするのはどうかな?」
「ケーキ好き! お話する!」
「リディはお菓子に釣られない練習が必要そうだな……。……とはいえ、レオポルド殿下がよろしければ、リディと少しの間、一緒にいてくださるなら助かります」
レオと後程お茶をすることができるなんて、嬉しい。どんな美味しいケーキが食べられるのだろう。
いったん、レオとはそこで手を振って別れた。まずは皇女との話し合いを終わらせなければならない。
パパと再び歩いていると、パパが口を開いた。
「リディ、毎日屋敷で食事もお茶もしているだろう。何故ケーキに釣られるんだ……」
「えぇ!? ケーキに釣られていないよ! レオはお話しようって言った!」
「レオポルド殿下との話は、どちらかといえば『ついで』だろ」
「ち、違うもん! ケーキがなくとも、レオとお話したいんだもん!」
「じゃあ、ケーキはなくともいいんだな?」
「ケ、ケーキもあっても、いいと思う……」
レオと話す『ついでに』ケーキもぜひ食したい。
「リディ、知らない人がケーキをくれると言ったら、どうする?」
「くれるなら、もらう~」
「即答か……それが敵だったら、どうするんだ……」
「……敵? 魔獣?」
「なんで魔獣だ。知らない『人』だと言っただろ。俺にも敵はいる。俺に一矢報いようとする奴もいる。もしそういう奴が、リディを誘拐して殺そうとしたらどうする? ケーキをあげると言われて、ついて行ったら殺されるかもしれないんだぞ」
さっとリディは顔を青くした。また死ぬのは嫌だ。今まで回帰の中で、ケーキをあげるからおいでと言われて、殺されたことはなかったから、そんなこともあるとは想像していなかった。それとも、パパくらいのお金持ちの子だと、こういうことで殺されることもあるのだろうか。
「し、知らない人から、ケーキはもらわない! いらないって言う!」
「その調子だ。いいか、お菓子やジュースも駄目だからな」
「お菓子も!? えー……、分かったぁ」
「その返事、不安すぎるぞ……」
「ケーキいらないって言ったら、そのケーキ、どうするのだろう……」
「気になるのはそこか」
捨てるのかな、って気になるのだもの。回帰の中、お腹を空かせることも多かった身としては、お残しは許しません根性が染みついているのだ。
「帰ったら練習だな。お菓子をくれると言われても拒否する練習」
「練習しなくても、言えるよ」
「信用していない」
むっとしてしまう。十二歳は、それくらい言えるのに。
そうこう話しながら歩いている内に、皇女と会う庭園にたどり着いた。
綺麗な花が咲く庭園の中心のガゼボには、すでに皇女が座っていた。一昨日の皇帝の謁見では不機嫌そうだった皇女は、今は顔ににこやかな笑みを貼り付けている。
「皇女殿下、ご機嫌麗しく」
「皇女殿下、ラヴァルディ公爵が息女リディが、ご挨拶を申し上げます」
「ようこそ、公爵、公爵令嬢」
皇女はにこやかに右手をパパに向けた。何の手だろう、と思っていると、一瞬間を空けたパパは、皇女の手をすくい、手の甲にキスをした。
見たことある。これは、男性が女性にする挨拶の一種。いいな。リディはパパにキスされるのは、頬や額だけだ。リディだって、パパに手の甲にキスしてもらいたい。あとでパパにやってもらおう。
「公爵、待っていましたわ。……公爵令嬢も、一度仲良くお話をしたいと思っていたのよ」
皇女はリディとパパに席に座るように、と言った。お茶の用意がされているテーブルに、リディとパパは座り、皇女とのお茶会が開始されるのだった。




