16 ※前半、バイエン子爵視点
夜、バイエン子爵は、ラヴァルディ公爵家の屋敷の客室で、イライラと酒を飲んでいた。
バイエン子爵の父は、ラヴァルディ前公爵の弟だったのに、公爵の持つバイエン子爵という従属爵位を貰っただけで、公爵家から大金をもらえることもなく、屈辱的な日々を送っていた。兄というだけで片や公爵なのに、片や弟は低位貴族。
そんな父を見て育ったバイエン子爵は、少しずつ事業を大きくし、最近は資金にも余裕が出てきた。でもこんなものでは満足できない。
バイエン子爵より若いのに、ラヴァルディ公爵となったレナート。ラヴァルディ公爵家の家門であるバイエン子爵家は、あんな若造に忠誠を誓わなければならないのも気に食わない。
しかし、今は我慢だ。レナートは結婚に興味がないように見え、後継者に関することも今は特に考えていないようであった。であれば、今がチャンスだ。バイエン子爵の息子ジャンをレナートに認識させ良い印象を与え、少しずつ次期ラヴァルディ公爵に推す。興味もない前公爵の命日なんかに毎回訪問しているのは、レナートにアピールしたいからだったのに。
あんなどこの卑しい血が入ったかもわからぬ娘などを、レナートが引き取るとは。娘を見たところ、見た目はレナートには似ていないが、あのレナートが愛情を注いでるのを見るに、実の娘ではあるのかもしれない。かといって、まさかあの娘を本気で後継者にしようなどと思ってはいまいか。遠まわしに探りたいものの、今は痛い腹を探られそうでできない。
あんな娘でも、レナートの愛娘となれば、バイエン子爵としても下手に出ないわけにはいかない。
どうしてレナートは、純粋な貴族でもないあんな娘を近くに置こうとするのか。それに、ブリス・カルネとルシアン・カルネも傍に置くのが気に入らなかった。いくら異父兄弟とはいえ、ラヴァルディの血も入らぬ者たちだ。バイエン子爵のほうが、ラヴァルディの血も入り、血統がいいのに、ブリスやルシアンより扱いは下だ。気に入らない。
「父上」
「……ジャンか。どうした。もう寝る時間だろう」
「父上に報告をと思いまして。リディはやはり後継者ではない、とのことでした! リディが言っていました」
「……何?」
気に入らぬ娘とはいえ、ひとまずご機嫌伺いにと、ジャンを仲良くさせることにしたが、もうそんなことまで聞けるとは。さすが息子だ。あの娘、ちょろいな。
しかし、後継者ではない、ということは、あの娘の使い道は一つしかない。あの娘との婚姻によって縁づかせた夫を、後継者にする気なのかもしれない。
バイエン子爵はニヤっと笑った。ラヴァルディは、特殊な力を持つために、後継者はラヴァルディの血族である必要がある。そうなれば、あの娘に近い年齢のラヴァルディの血族といえば、ジャンしかいない。
「いいか、ジャン。リディ嬢ともっと仲良くなれ」
「え、なぜですか。リディは馬鹿なので、あまり仲良くは……」
「馬鹿でもラヴァルディだ。馬鹿なくらいが、結婚した後に扱いやすい」
「……俺、あいつと結婚するんですか?」
「あの娘の使い道はそれくらいしかないからな。閣下もそのつもりで引き取ったのだろう。なに、結婚するまでの間、可愛がってやればいい。結婚したら、ジャンが気に入らないなら、捨てても構わん。ジャンが公爵になるまでの辛抱だ」
「捨ててもいいんですね! 俺、金髪の子が好きなんで、そういう子と結婚したいんですけど」
「それなら、あの娘は捨てて、気に入った娘を後妻にすればいい」
「分かりました!」
それ以降のバイエン子爵の酒の味は、美味しいものになった。
◆ ◆ ◆
次の日、リディはパパの太ももと太ももの間に座って、本を読んでいた。
「今日はやけに甘えてくるな?」
執務室を訪れる部下が一度途切れ、パパは後ろからリディを抱きしめながら、リディの頭にパパは顎を乗せている。
「昨日パパの傍を離れちゃったから、パパが寂しいんじゃないかと思って」
昨日ジャンとお茶をしていたので、パパの傍には少ししかいなかったのだ。
「そうか」
くくく、とパパが笑っている。本当はリディのほうが寂しがっているのが、バレてしまっているのかもしれない。
赤ちゃんみたい、と思われていたらどうしよう、と思うものの、昨日ジャンと話をしてから、なんだか不安なリディは、今はパパの傍にいたかった。
今日のリディの服装は、ワンピースのお尻に猫の長い尻尾が付いていて、頭には猫の耳のカチューシャをしていた。朝からメイドに可愛いから、これを着てくれと言われ、メイドからは可愛いときゃあきゃあ言われた。パパやブリスやルシアンも可愛いと褒めてくれたので、きっと変ではないはず。
猫の尻尾の先をパパの首にこしょこしょとしてみるものの、パパはしれっとしている。
「くすぐったい?」
「なんともないな」
おかしいな、とリディは自身の首に尻尾をこしょこしょとしてみる。
「ふふっ……くすぐったいよ?」
「よく自分でやって、笑えるな」
くくく、とパパは笑いながら、リディのお腹の横をくすぐりだした。
「くすぐったい、というのは、こういうのを言うんだぞ」
「きゃぁあああああ! あははっ! パパ! やめてっ!」
きゃあきゃあとリディが笑いこけていると、執務室に来訪者がやってきた。まだ笑いながら、その来訪者を迎えると、バイエン子爵と息子のジャンだった。
「楽しまれているところに、失礼しました。閣下、少しだけお時間をいただけますか? 先日提案した資料に追加の事案がありまして。閣下に説明する間、リディ嬢が退屈するといけませんから、ジャンを遊び相手に連れてきました」
またジャンと遊ぶのか。あまり気は乗らないが、どうしよう。
「リディ、ここにいてもいいんだぞ」
「うん」
じゃあ、ここにいようかな。そう言おうとしたところ、ジャンが口を開いた。
「さっき、プリンのおやつを用意してもらってきました。三種の味があるとか。一緒に食べましょう」
「……三種?」
「普通のプリンと、キャラメルプリンと、紅茶プリン」
「行く!」
相変わらずパパがいるから、態度が大人しいジャンに呆れつつも、プリンに釣られ、リディは立ち上がった。まだキャラメル味のプリンと紅茶味のプリンは食べたことがない。
「ああ、行ってこい」
パパに頭を撫でられて、リディは頷き、執務室を出た。
ジャンと廊下を歩き、やってきたのは綺麗な花や木のある温室である。この前、使用人に案内してもらった。温かい温室だからか、南側にしか生息していないはずの食物なんかも植えてある。
すでにプリンが三種類用意されていた。リディとジャンが席に着くと、ジャンには紅茶、リディにはハチミツミルクが用意された。リディは最近ハチミツミルクが好きなのだ。
ガラスの容器に、三種類のプリンが乗っていた。まずは一口ずつ味見だ。
「んん~! 美味しい!」
どれも甘くて、幸せになれる味だ。
「私は、このキャラメル味が一番好きかも!」
「お前、子供だなー」
また始まった。ジャンの呆れ声が、リディは好きではない。
「子供じゃないもん。美味しいものは、大人だって美味しいの」
「子供だろ。何だよ、その耳と尻尾。大人はそんなの付けないぞ」
「こ、これは……パパは可愛いって」
「まあ、可愛いって言えなくはないか。お前、顔はまあまあだもんな。馬鹿だけど」
リディはむっとした。すぐに馬鹿にしようとするのは、ジャンのいけないところだと思う。
「俺、本当は金髪が好きなんだけど。顔は合格点やってもいい」
ジャンの好みなんて、知らないよ。というか、まだ八歳なのに、すでに好みがあるとか、すごいな。
「私は黒い髪は気に入ってる」
「俺が気に入らないんだよ。お前だって、俺に気に入られるほうがいいだろ」
「別に気に入られなくていい」
「そんなこと言っていいのか? 将来、俺に捨てられても泣くなよ?」
「……捨てられる?」
なんの話? 疑問だらけでジャンを見る。
「俺が次期ラヴァルディ公爵なんだから、お前を妻にしてやるよ。ただし、俺の機嫌を損ねないようにするんだな。じゃないと捨てるからな」
ガシャン、とスプーンが落ちた。
「……私、ジャンと結婚するの?」
「そのために閣下がお前を娘にしたんだろ。じゃないと、お前みたいな馬鹿を娘になんかするか。閣下の意図くらい察して、いくら馬鹿で鈍いお前でも、自分の役割くらいしっかり果たすんだな」
ショックで、リディは眩暈がした。
リディは、ジャンと結婚するために、パパの娘になったなんて。パパが優しくしてくれたのは、ジャンをラヴァルディの後継者にするため? 少しでもラヴァルディの血を引くリディを、後継者の妻として使うため?
そうかぁ……
なぁんだ、そうかぁ……
やはり、リディはジャンの言うように馬鹿なんだ。また、リディは甘言に騙されるところだった。
ひどい、パパ。リディを騙すなんて。本当は、娘ではなく、次期後継者を繋ぎ止める駒が必要だっただけなのだ。
なのに、リディは優しくしてくれたパパを憎めない。




