掃除屋
「今日の貴様の仕事だ。まず自分のベッドか布団を買ってこい。俺のカードは自由に使っていい。それから……着るものも必要だろう。適度に買ってこい」
「アルバイトしてから買うつもりだったのに」
「遠慮ならいらん。とっとと買いに行け。いつまでも固い床の上で眠らせるほど俺は鬼じゃない。それに女子の心理は知らんが、年相応にしていろ」
言うだけ言って、紫電は自宅を出た。今日は仕事の日だ。彼の仕事はまず情報収集から始まる。
ビルに擬態して都内に置かれている、イザナギの本部に赴く姿はどこにでもいるサラリーマンのようだが、たとえスーツ姿であっても、その眼光や足運びは彼が裏稼業の人間であると克明に告げている。これについてはもう彼は諦めていた。
「あ、早いね!」
イザナギの本部に入るなり、明るい声の美青年が彼を出迎えた。ストレートの長髪は腰まで届く長さであり、それを赤い紐で縛っている。
「雷電か、貴様も暇人か」
喪服のようなスーツ姿の美青年を睨みつけた紫電に気圧されないのは、同じ部隊長である彼くらいのものだ。雷電というコードネームが与えられた青年もまた腕利きの暗殺者である。
「やだなあ、暇なんかじゃないよ。今日は首相から直々に依頼された仕事があるからね。君を待っていたんだよ。君だって、命令を受けただろ?」
「貴様と仕事をするだと?」
「そう。部隊長クラスが組んでする仕事といえば……言わなくても分かるよね?」
「とんでもない難易度と内容だということだけはな」
どうせまたろくでもない内容だろう、と紫電は独り言ちる。
「僕らの存在ってそういうものじゃない? 掃除屋みたいなものだもの。権力者にとってのゴミを掃除するという意味で」
「……とっとと用件を言え。貴様は既に知っているはずだ」
雷電を睨みつけると
「はいはい、紫電くんは真面目な仕事人間だねー」
と軽口を叩いてから
「首相の増税政策に反対する赤石市市長一派と市民数百名の抹殺」
「ふん、やはりろくでもない内容だ」
「殺すこと自体は簡単だけど、首相の注文は完全なる隠ぺいでね。これがちょっと難しいんだ。僕たちはあくまで殺しのプロであって、マジシャンじゃないからね」
「……ターゲットを殺す期日はいつまでだ?」
「半年以内」
やけに長いな、と紫電は思った。これまでの経験から暗殺依頼は一週間以内など期間が短いことがほとんどだ。
「妙だな……半年かかるほど俺たちが愚鈍だとでも思われているのか?」
「クライアントの意向は分からないけどね、何らかの意味があるんだろうね」
「それに赤石市といえば、関西の地方都市だ。放っておいても今の政権には、自分たちにたかるハエみたいなものだろう。なぜ一味ごと抹殺する必要がある?」
「普通に考えれば……弱みを握られているから、かな。ただし、今すぐどうこうなるものではないけれど」
「やはり政治屋どもの依頼は胸糞悪い」
「そのおかげで僕たちは裕福な生活を保障されているんだけどね」
屈託なく笑う同僚はたまに不気味だ。まるで感情が欠落しているかのような印象があるからだ。
「考えていると苛々する。俺は下調べに向かう。貴様は貴様で勝手に動け」
紫電はそれだけ言うとビルから出る。
太陽が雲に吸い込まれて、陽光は消えていった。昼間だというのに暗くなった道を彼は歩き続けた。
おはようございます。
星見です。
寒くなりましたね。ついこないだまでは夏日だったのに……
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……






