前日譚
薄暗く、広い部屋に火が灯された。一目で大聖堂と分かるその部屋に、黒のローブを纏った大人たちが集まっている。彼らは山羊の骨で作られた首飾りを下げている以外は共通点がない。
「救世主は来たれり! 今こそ、我らが神が降臨するときぞ!」
牛の骨でできた冠を被った初老の男が祭壇の上から宣言した。メガネの奥から見える瞳は狂気の色に染まっている。
「生贄を捧げよ、我らが神に捧げよ!」
信者たちは口々に呪文を唱え始める。
「おお、おお。神はいませり! 神はいませり! さあ、生贄を聖火にくべるのです。彼らはこの世にいてはならぬ、邪悪なるもの。この世を汚す悪魔。これを浄化し、我らは神の使徒ととして生まれ変わるのです」
「イザンバ、イザンバ」
信者たちは浮かれたように、呪文を唱え続ける。
「最初の供物は……そこのガキにしましょう。この年頃のガキの肉は良いのです。捧げものとして、我らが神のお喜びになりましょう」
大柄な信者の男が泣き叫ぶ少女の首を掴む。
もがく少女の様子をせせら笑い、男は
「悪魔として生まれた者よ! 今こそ、聖なる浄化の炎に焼かれ、地獄にて猛省するがよい!」
「悪魔は地獄へ叩き込むべし!」
「悪魔はこの世から滅するべし!」
十代半ばと思しき少女は恐怖に身を震わせる。
「さあ、裁きの時です! 我らが神よ、今こそ! 御許に……」
牛骨を被った男の言葉が終わる前に、大柄な信徒の両腕が斬り飛ばされた。
「へ?」
大柄な信徒は何が起こったのか理解していない。痛みすらもなかったのだから。
「標的……オミノ教団教主、キタカド」
暗闇に溶ける漆黒の忍び装束を纏った青年が影から姿を現した。
「ききき……貴様貴様貴様、貴様ぁ! 神の信徒に何という暴挙を! 今に見よ! 神の罰が下るぞ!」
喚く教主に冷たい視線を向ける青年は
「神が人を殺すだと? 笑えもしない。俺の首が落ちる前に貴様の首を腐った床に落としてやる」
「この不心得者め! 我が神聖なる教団は貴様などには分からぬ大願のために、人々を救うために動いているのだぞ! その大願の前の小さな犠牲など……」
「ならば、貴様が一番先に死ねばいい」
逆立てた髪が疾駆する。
殺気を纏った黒い影は一秒と経たずに教主の首を刎ねた。
叫び声がする。
その声は怨嗟の色を帯び、その声は恐怖の色に染まり、その声は困惑の色で彩られた。
そのすべてを無視して、青年はその場を去ろうとした。
「待って……」
火刑に処されるはずだった少女が青年の衣を掴んだ。
「何のつもりだ? 抵抗するなら斬る」
冷徹な眼光に怯えもせず、少女は力強い願いを言葉に込めた。
「私を連れて行って……!」
二人の出会いは果たして、奇跡の始まりになるのか。それとも、絶望の幕開けになるのか。それをまだ誰も知らない。
こんにちは、星見です。
お久しぶりです。
長い長い低迷期?から脱出して、ようやく浮上してきました。
この半年間、プライベートで色々あったので……という言い訳ですが(苦笑)
この物語は私が大学生の頃に考えた、「種蒔く者」という小説のリメイク版になります。
リメイクといっても結構色々変わっています。結末も違います。
どう違うのか?を考察しながらお読みいただければ作者冥利に尽きます。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……