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七章 ハッカー集団「ジュシェ」VS怪盗団

 学校に行くと、あきに声をかけられた。

「あの!今日、お時間ありますか?」

「どうした?」

 珍しいと思いながら、暁は尋ねると「実は、今度大会で……応援してほしくて」と答えた。

「なるほど。だったら空けておくよ。悠もいい?」

 暁が妹の方を見て、聞いてきた。いつもなら頷く彼女だったが、あきの様子を見て、

『あ、ごめん……別のことしたいから、兄さんだけで行ってきなよ』

 そう書いて微笑んだ。

 ――あの瞳は、恋しているやつだ。

 それに気付いたから。暁は妹の気遣いに気付かず、「そう?……まぁ、それならそうさせてもらうけど……」と目を丸くした。

 悠は代わりに由弘のところでもらったお守りと『頑張ってね』と書いた紙を渡した。

「ありがとうございます、悠先輩」

 あきが頭を下げると、悠は低い彼女の耳に口をよせ、

「頑張ってアプローチしてみて。兄さん、案外鈍感だから」

 そうアドバイスをすると、顔をゆでたこのように真っ赤にした。

「あ、えと、もしかして、悠先輩……」

「悠、一体あきに何を言ったんだ?」

「ないしょー」

 本当に魔性の女ね……。

 カバンの中で聞いていたマリアンは小さくため息をついた。


 放課後、暁があきとカフェに来る。

「今、少しスランプ気味で……先輩と一緒に過ごせて本当にうれしいです。悠先輩にも気を遣ってもらいましたし」

「どういうことだ?」

「こっちの話です!」

 あきは嬉しそうだ。ロディも「ワガハイ、席を外すぜ」と散歩に行ってしまう。

「今度は、悠先輩も誘いましょう。今日のお礼もかねて」

「だからどういう意味だ?」

 唯一分かっていない暁は首を傾げていた。

 一方、悠の方は、

「おー、本当に鈍感だなぁ、兄さん……」

「急にどうしたの?」

 誰もいない場所で突然そんなことを言い始めた悠に、マリアンが心配そうな声を出す。

「ほら、前言ったでしょ?離れていても分かるって。兄さん、あきちゃんの好意に気付いてないなぁって」

「趣味悪いわね……」

「さすがに、知られたくないだろうなって時とかはシャットダウンしてるよ」

 そんなことも出来るのね……と思っていると、安村に声をかけられた。

「あれ?こんなところで会うなんて珍しいね」

「安村君。こんにちは」

「暁君は一緒じゃないんだね」

 兄の姿がないことに疑問を抱いた安村が首を傾げると「兄さんは別の用事があるんだ」と答えた。

「そうなんだ。……一応聞くけど、悠君ってもしかして、女の子?」

「…………っ!」

「あはは、そんな警戒しないでよ。女の子だってことは黙っておくし」

 悠が目を見開くと、安村は笑顔を浮かべた。

「そうだ、せっかくだからお茶にしようよ」

「探偵業は?」

「今は丁度休憩なんだ。せっかくだから付き合ってよ」

 押しに負け、悠は安村と喫茶店に来ていた。

「悠君は何がいい?」

「コーヒーかな……?」

「分かった」

 安村がコーヒーとケーキを頼み、悠をジッと見る。

「それにしても……悠君、本当にきれいだね。メガネを外したらいいのに」

「これ、カモフラージュだから……」

「あ、度は入ってないんだ」

 二人でそんな話をしていると、コーヒーとケーキが置かれた。それを食べながら、雑談をしていた。

「ハッ!悠が変な虫に餌付けされている気がする……!」

 あきと別れた暁がそんなことを言い出し、ロディが「オイオイ……あんまシスコンこじらせるなよー……」とガクッとうなだれる。

 喫茶店の前を通ると、悠が安村と一緒にいるのが見えた。

「あ、暁君。悠君を迎えに来たの?」

「安村……悠に何かしていないだろうな?」

「してないよ。お茶は一緒にしてもらったけど」

 キッと睨む兄に安村は苦笑いを浮かべた。「それじゃ、夜に収録あるから」と彼は去っていく。

「悠、本当に何もされなかったか?」

「うん、本当に少し話してただけ」

 実はこの二人、安村を少し怪しんでいるのだ。だからどこかでボロが出ないかと集中していたのだが、収穫はなし。

「うーん……でも、怪しいんだよなぁ……」

「徹底しているんじゃないかな……そうじゃなければ本当に何もないってことになるし」

 どっちなのか分からない以上、下手な動きは出来ない。動きを観察するしかないだろう。

「まぁ、何もされてないならいいや。帰ろう」

「うん」

 悠は暁の手を握る。暁も笑って握り返した。


 夜、上山に連絡してみると「今から来るわ」と言われた。数分後、上山は本当に来た。

「へぇ……喫茶店……こういうところで働いてみたいわね……」

 彼女はキョロキョロと見渡してそう呟いた。

「それで、食事はちゃんと摂ってる?」

 突然言われ、二人は驚いたが、

「はい。悠が作ってくれるので」

「それに、兄さんも作りますし」

 この双子、母親に叩き込まれて基本的なことは出来るのである。

 ……まぁ、時々カップラーメンとか食べてるけど……。

 それは成長期だから仕方ないと、両親は目をつぶってくれている。

「そう……それならよかったわ。……それで、ちょっと聞きたいんだけど……」

 上山は聞きにくそうに二人を見た。二人はキョトンとした。

「その……いいバイトとか、副業とかってある……?」

「バイトとか……?」

 いきなりどうしたのだろうか。教員って、副業いいんだっけ……?

「あ!やっぱり大丈夫!うん!……ごめんね、変なこと聞いて」

「いえ。……あの、バレないものだったら、これもありますけど……」

 悠が自分のスマホを見せる。

 悠は部屋で出来るようにと情報を登録して、時間がある時にデータ入力などをしているのだ。

「一時間だけでもそれなりには稼げますし……その、身分証明と口座さえあれば登録できるみたいなので」

「本当?ありがとう」

「あの、なんで副業をしたいって……?」

 暁が尋ねると、上山は「その、妹が病気で……」と答えた。

「なるほど……」

「ありがとう。お礼と言ってはなんだけど、君達がサボれるように融通は利かせるから」

「悪い先生ですね」

「まぁ、学校内であれじゃあね……私もそれぐらいしか出来ないし……」

 その言葉とともに、「節制」という言葉が浮かんだ。

 節制は十四番のカードで、正位置では「調和、自制、節度、献身、謙虚、低姿勢、平常心無限大、フェア、公平、平等、正当」、逆位置では「浪費、消耗、生活の乱れ、不規則な生活、アンフェア、不公平、不平等、不正」になる。意味は「調整、中庸、倹約、管理」だ。

「それじゃあ、これで。また連絡くれたら、来るから」

 上山はそう言って帰っていった。


 このまま待っているのももったいないとアジトに集める。

「アザーワールドリィに行くのか?」

 ロディに言われ、優士と美佳は首を傾げた。

「二人は行ったことなかったわね」

「行ってみたら分かるよ」

 マリアンと杏が言うと、「まぁ、優士君と生徒会長さんに説明すると……」と悠が説明した。

「…………」

「どうしたの?生徒会長さん」

「いえ……ずっと生徒会長さんってずっと呼んでるから。美佳、でいいわよ」

 美佳が言うと、悠はキョトンとして、

「……美佳先輩?」

「杏と同じように呼んでほしいかな」

「……美佳ちゃん?」

「それでいいわ」

 満足げに笑った美佳に悠は頬を染める。

「そんなに顔を赤くしなくていいのに」

「だ、だって、恥ずかしいから……」

 いや、お前ら兄妹の過剰なスキンシップの方が恥ずかしいから。

 そのツッコミは心の中にしまっておいた。

 それはさておき、依頼を確認した後アザーワールドリィに入る。運転は珍しくジョーカーだった。

「安全運転で行くからね」

「もっと飛ばしていいんじゃないか?」

「ダメだって、クラウン。私達だけの時ならいいけどさ」

 目の前の兄妹の会話が恐ろしい。特に一度爆走したディーアは「マジでやめてくれ……」と疲れをにじませた。

「え?やってほしい?」

「やめろって言ってるだろ!?」

 兄と同じでやりかねない妹を必死に止める。そんなことをしながら、進めるところまで進んでいった。

「どうする?もう少し行けそう?」

 依頼も済ませ、ジョーカーが尋ねる。エアが「少し、ジョーカーの戦い方を見てみたいわ」と身を乗り出した。

「私の?」

「えぇ。ほら、言霊とか使うから」

 まぁ、それなら……と次の戦闘はジョーカー一人で戦うことにした。後ろには何かあった時のためとクラウンが控えている。

「ちょ、強敵じゃない!」

 マリーが慌てだす。それもそのハズ、目の前にいるのは今の自分達とはレベルの違うエネミーだったから。

 しかし、ジョーカーは挑戦的な笑みを浮かべる。

「『猛火』」

 手始めに炎を放つ。炎に包まれたエネミーだったが、すぐに消されてしまった。

「ふむ……なるほどね。それなら、『雷電』」

 今度は雷が落ちる。しかしそれもあまり効果がなさそうだ。

「……ねぇ、もしかして……」

「あぁ、確実に弱点を探しているな……」

 エアとハシスが小さい声で話している間、ジョーカーはさらにいじめるように水や氷などを使っていく。

「うーん……ダメかぁ……だったら……『呪怨』」

 最後に、ジョーカーはそう呟く。すると弱点だったらしく「ぎゃぁああ!」とエネミーが悶えだした。

「闇呪文が弱点か……」

 あ、ヤバイ。あれはドエスの顔になっている。

 もともと女王様気質だったのだろうか、「フハハハハハ」という声が聞こえてきそうだ。でもジョーカーは優しいし、そんなわけ……。

「もっと楽しませてくれるよね?」

 ダメだ、あれは本物のドエスだ。

 ジョーカーをあまり怒らせないようにしよう……そう心に誓った怪盗達だった。

 現実に戻ると、「それで、どうだった?」と悠が美佳に聞いてきた。

「あー、うん……そうね……すごかったわ、いろいろと」

 美佳は当たり障りのない言葉を選んで答える。それに気付いていないようで「まぁ、言霊の力は無限の可能性を秘めているからね」と笑った。


 数日後、それは起こった。

 悠と仲良くなった女子生徒が中庭でジュースを買おうとした時、「おい」と声をかけられたのだ。

「え、な、なに?」

 数人の男子生徒の前に、女子生徒は怯んでしまう。

「悠君を呼べよ」

「え……」

「いいから呼べって」

「で、でも、悠は私の……」

「あぁ?お前、散々けなしてたろ」

 突然の要求に彼女は首を振ったが、その威圧に負けてしまう。

「あ、その……悠?」

『どうしたの?』

 電話をかけると、悠はすぐに出てくれた。

「その……中庭まで、来てほしいの……」

『……ジュースを買いに行っただけだよね?確か』

「そうなんだけど、悠にも買ってあげたくて……」

『……分かった、すぐ行くね』

 警戒されたが、友人の頼みともあり悠はすぐに従ってくれた。

「へっ。売られたとも知らずにな」

「…………っ」

「そうだ、お前も見ていくか?悠君が犯される姿をさ」

「……どういう、こと……?」

 下劣な笑みを浮かべた男子生徒の後ろから、悠の声が聞こえてきた。

「あ……悠……」

「なんかあったんだろうなって思って、来たけど……嘘ついたの……?」

 悠からすれば、たとえ男子に囲まれようとも切り抜けられる自信があった。彼女が助けを求めているのなら、言霊を使ってでも助けようと。

 しかし、そうではなく。自分を裏切ったことに、悠は失望した。

「悠、どうしたんだ」

 場の悪いことに、兄まで来てしまった。これでは言い逃れなど出来ない。

「……お前ら、悠に何をしようとしてる?」

 暁が悠の前に立って、怒りを含んだ声で尋ねた。

「オレのことを悪く言うだけに飽き足らず、悠まで傷つけようとしたのか?……だとしたら、許せないな」

 男子生徒を睨みつける暁に、かなりの威圧を感じ取った。男子生徒が動けずにいると女子生徒が「あ、あの」と悠に弁明しようとした。しかし、

「……少しでも信じようって、思った私が馬鹿だった……!」

 そう言って、悠は走り去ってしまった。彼女はそんな悠を追いかけようとするが、暁が一瞥して何も言わず悠のところに向かう。

「早く教室に戻ったら?」

 その冷たい言葉を吐き捨てて。

 悠は裏門の前にうずくまっていた。

「悠、大丈夫?」

「……うん。信じた、私が馬鹿だっただけだから……」

 味方なんて、最初から怪盗団メンバーしかいなかったのだ。悠はそう思い込んでしまった。

「ごめんね、兄さん。また私のせいで、兄さんが悪く言われる……」

「オレのことはいいんだよ。今日は皆で一緒に帰ろう?」

「……うん」

 兄の提案に、悠は頷く。暁はすぐにチャットで事情を説明した。

『はぁ!?なんだよ、それ!?』

『そっちに行くよ、どこにいるの?』

『それなら、俺はいつもの場所で待ってる』

『生徒会の仕事が終わり次第、すぐ向かうから』

『すまない、ありがとう』

 震えている妹を支え、空き教室に入り悠を座らせた。そして職員室に向かい、宮野に説明する。

「分かったわ。暁君は悠さんと一緒にいてくれる?私の方から事情を言っておくから」

「すみません……」

 頭を下げ、悠のところに戻る。

 放課後、暁は生徒指導の先生に呼ばれた。

「……なんですか?」

 暁だけ呼ばれた、というのに嫌な予感を覚える。そういう予感はよく当たるもので、

「君が生徒を脅したと聞いた。それに、午後の授業中にものを盗んだとも」

「オレはやっていません。弟のそばにずっといましたし。弟が証言してくれると思いますけど」

「嘘を言っても無駄だぞ。それに兄妹なら口裏合わせも出来るだろ」

 あぁ、やっぱりか……と暁の心は空虚になる。

 悠にまで、その噂が届いていませんように。

 きっと、あの子はとても傷つく。今度こそ、壊れてしまうかもしれない。

「……分かった、それなら両親にも連絡させてもらう」

 そう言われ、暁はうつむく。母親は、どんな反応をするだろうか。

 皆と合流すると、

「なぁ、暁……大丈夫か?」

 信一が聞いてきた。「何が?」と首を傾げると、

「雰囲気が怖いのよ。異世界にいる時みたい」

 美佳が答えた。どうやら珍しく表に出ていたらしい。

「いろいろあったんだ。気にしないでくれ」

 ぶっきらぼうに告げる暁に、ほかの人達は顔を見合わせた。


 ところ変わって東京都。店を閉めようとしていると、電話が鳴った。

「蓮、電話」

「分かってる、愛良」

 なんだろうと思って見てみると、功傑高校からだった。

「……はい、もしもし」

 何かあっただろうかと思って出ると、生徒指導の先生に暁が問題を起こした、明日来てほしいと一方的に言われた。

「はぁ……では、何時ごろが都合いいんですかね」

 いらだちを隠せない様子で尋ねるが、相手には伝わっていないらしい。電話を切ると、

「光助、兄さん、明日店任せた」

「え、どうしたの?」

「どうやら、あっちの大馬鹿な教師が暁に言いがかりをつけているみたいでね。愛良は行くだろ?」

 その答えに、愛良は「そうだな」と頷いた。


 次の日の放課後、暁や悠とともに黒と白の髪の女性が生徒指導の先生と話しているのが見えた。周囲から「あの人誰?美人なんだけど」などとささやく声が聞こえてくる。

「それで?一応事情をお聞かせ願えませんか?」

 その女性――蓮は腕を組みながら尋ねる。教師はあーだこーだ言って暁が問題を起こしたのだと説明したが、

「……はぁ。で?何か根拠があって言っているのですよね?証拠はあります?」

「とある生徒達が言っていたので」

「その生徒の言葉だけを信じたと。確証もないのに暁を責め立てたんですね?」

 冷たく言い放つ母親に、双子はうつむいたまま。

「……あのですね、事情が事情なので、百歩……千歩?一万歩ほど譲って、まだ冷遇されるのは仕方ないですけどね。確証もないのに前歴を持っているというだけで、うちの子を悪者にするのはやめてくれませんかね?」

「しかし、生徒からも言われ……」

「その子達からしか聞いていないんですよね?もし本当にしたというのなら、教育委員会にでも届け出て調べさせてもらいましょうか?まぁどうせ、こんな高校の教育委員会もろくでもない組織なんでしょうけどね」

 蓮の目は冷たい。教師がうろたえていると、彼女はため息をつき、

「……ここに入れたのが間違っていたようですね。そんな適当な対応しかしていただけないとは。はっきり言っておきますけど、今回のことはちゃんと上にも伝えておきますので。それでうちの子に非がなかった時は、無責任に暁を責め立てたあなたを訴えますから」

 そう吐き捨てた。ここまで冷たく対応している母親を見たことがなく、双子は呆然とする。

「暁、悠。もう帰ろうか。別の高校に転校することも視野に入れよう。こんな所じゃ、二人が傷つくだけだ」

 そう言って、蓮は双子と帰ろうとした。

 その時、あの女子生徒が割り込んできた。

「あ、あの!すみません、悠のお母さん!」

「うん?君は?」

「その……暁君の噂は、全部デタラメなんです。逆恨みして、流して……!」

「……だ、そうですけど?もう少し『ちゃんと』調べてくれませんかね?」

 ちゃんと、の部分を強調して、蓮は睨んだ。まだ何か言おうとしていると、突然男子生徒達が「すみません!」と涙目で謝ってきた。

 どうやら女子生徒の言う通り、彼らが暁を逆恨みして適当な噂を流したらしい。教師が慌てて男子生徒達を生徒指導室に案内しようとするが、

「うちの子に謝罪はないんですね」

 蓮の、怒りを含んだ声に教師は「す、すみませんでした……」と暁に謝った。そして逃げるように生徒指導室に戻っていった。

「あ、あの」

「どうしたの?」

 女子生徒が恐る恐る蓮に声をかける。

「その……悠、転校しない、ですか……?」

「そうだねぇ……」

 蓮は少し考えた後、暁と悠の方を向いて、

「二人はどうしたい?」

「え……?」

「ここに在学したいか、転校したいか。二人が決めていいよ。母さんが決めることじゃない」

 ゆだねられ、二人は考える。そして、

「……私は、期間が終わるまではここにいたい、かな……」

「オレも。仲のいい友人も出来たし」

「だ、そうだから、もう少し様子見するよ」

 その言葉に、女子生徒はホッとした表情を浮かべ、「また明日ね、悠」と手を振った。

 それを見た後、蓮は子供達を見る。

「急に呼ばれたから何事かと思ったよ」

「ごめん……」

「ううん、いいよ。別に疑っていたわけじゃないし、多分理不尽にケンカ吹っ掛けられただけだろうって思ってたし」

 蓮が双子の頭を撫でる。

「明日から、また頑張れるね?」

「うん」

「もちろん」

「よし、偉い。でも無理はしないようにね。嫌だと思ったら行かなくていいからさ」

 ニコッと笑うと同時に、信一達が双子のもとにやってきた。

「暁!悠!大丈夫だったか!?」

「そちらのお方は……」

 優士が目を丸くした。双子とあまりにも顔が似ていたからだ。

「暁と悠の母の、雨宮 蓮です。よろしく」

「え、マジ?姉さんじゃなくて?」

 信じられないと言いたげな瞳だ。それもそのハズ、蓮は子持ちとは思えないほど美人だ。どちらかと言われると姉と言われた方が納得出来る。

「暁、悠、父さんも来てるから、久しぶりに何か作るよ。何食べたい?」

「「ハンバーグ!」」

「言うと思った」

 目を輝かせて同じものを言った双子に、母親は微笑む。

「暁と悠の友人、だよね?いつもお世話になっているみたいだから、ごちそうするよ」

「いいんですか?」

「もちろん」

 そう言って、蓮は電話をかける。

「あ、もしもし、愛良?材料は買った?え、買ってない?お前なぁ……まぁ、いいや。だったらすぐ迎え来て。そのあと店行くぞ。うん、それじゃあ」

 電話を切ると「それじゃ、すぐ来ると思うから校門前に行こうか」と言って歩き出した。

 少しして、目の前に大きめの車が止まる。

「蓮、お前、人使いが荒いぞ」

「何をいまさら」

 車に乗っている男性を見て、怪盗達は確信した。

 あ、本当に暁と悠の父親だ。

 車に乗っている男性――愛良は、暁によく似ていた。それはもう、ばっちり親子だと分かるぐらいに。

「どうぞ」

 全員を車に乗せ、蓮も助手席に座った。ロディとマリアンが顔を出し、

「それにしても……本物を見ると本当に似てるな……」

「そうね……本当に、二人の親だわ……」

「そりゃどうも」

 そう言うと、返事をしたのは蓮だった。怪盗達が驚いていると、クスクスと笑った。

「動物の声は聞こえるんだ。これでも成雲家の元令嬢だからね」

「あまりからかってやるな、蓮。驚いているだろ」

「お前もよくやるくせに。人のこと言えないだろ」

 蓮がネコ達を見ながら何かを考え込む。そして、

「……高級マグロ寿司、買うか」

「マグロ!?食いたい!」

「私も!」

 聞こえてきた声に、真っ先に乗り出した。蓮は二匹の喉を撫でながら「愛良、あそこの寿司屋もついでに寄ってくれ」と指示を出す。

「お前な……だから人使い荒いって言ってるだろ?」

「いいじゃん別に。愛良にだけだし」

「まったく……」

「お前らの両親、仲いいな……」

 信一が呟くと、「いつもこんな感じだよ」と悠が笑った。

 買い物をして、涼恵の別荘に来る。どうやらここに泊まるらしい。蓮がハンバーグを作っている間、悠はみそ汁を作っていた。

「また腕を上げたんじゃない?悠」

「まだお母さんにはかなわないよ」

「母さんの味に近付けなくても、好きな人の好みに合わせればいいんだよ」

 フフッとからかうと、悠は顔を真っ赤にして「そ、そんな人いないよぉ」と慌てた声で答えた。

「悠に好きな人が出来ただと?」

「ち、違うってば、お父さん!」

 ヒョコッと顔を出す父親に、必死に否定する。「そんなに慌てなくてもいいだろ」と愛良は笑う。

「実際に恋人が出来たらどうする?」

「大泣きするな」

「親バカじゃん……」

「オレも泣くな」

「本当に暁はシスコンだね……」

 男二人の言葉に、母親は苦笑いを浮かべる。

「友里と真里も恋人が出来てるんだぞ!大泣きするだろ!」

「分かったから落ち着け。それが父親の運命だ」

 愛良をなだめながら、ハンバーグを運ぶ。ネコ達の前にはマグロの寿司(高価なもの)が置かれていた。

「っていうか、ユリ姉とマリ姉に恋人出来たの!?」

「うん、ずいぶん前から付き合っていたらしい」

 暁が驚きの声をあげると、蓮がそう答えた。さすが母親、受け入れるのが早い。

「まぁ、悪い男だったらぶん殴ってたけど」

「暴力で解決しないで……」

 ……この母親もなかなかに過激である。

 皆で食べ始めると、

「うまっ!これ毎日食ってたってうらやましすぎるだろ!」

「ちょっと、あんまり騒がない」

「気にしなくていいよ、ちょっと騒いでいた方が楽しいだろうし」

「本当に大人の対応を……しかしうまい……」

「あの、あとで教えてくれませんか?」

「いいよ」

 穏やかな蓮に、杏が「……私、少し誤解してたかも」と呟いた。

「どうしたの?」

「その……少し冷たい人なのかなって思ってて……二人だけでこっちに送り出したし……」

 双子から話は聞いていたが、それでもどこか二人に冷たいのではと思っていたのだ。

「まぁ、事情があるとはいえ、周りから見たらそう思うのは仕方ないかな。ボクもそう思われていたことに関しては怒らないよ」

「まぁな。実際、蓮達の力は厄介なもので理解されにくいものだからな」

 両親は特に気にすることもなく、それを聞いていた。力、と聞いて信一が「そういや!」と身を乗り出した。

「悠の、あの言霊の力ってなんなんすか!?」

「こら、信一。失礼でしょ」

 美佳が注意すると蓮は「いや、大丈夫だよ」と微笑んで、

「言霊か……実際、ボクが生まれつき持っている「癒しの力」の次に厄介な力かもね。何せ世界をも支配する、強力なものだから。暁みたいに自分で制御できるほどのものであればいいんだけど、悠は生まれつきかなり強くて自分では抑えられないんだよ」

 癒しの力……と聞きなれない言葉に首を傾げていると、

「あぁ、この力も特殊でね。文字通り傷を癒すことが出来るんだ。それも、心の傷さえ。それに……」

「……?それに?」

「……自分の命と引き換えに、「改心」させることも出来る。あまりに強力で、ボクが生まれるまではこの力は本当に神話程度のものでしかなかったほどなんだよ」

 改心、という言葉を聞いて、目を見開く。

「あのさ、母さん。成雲家って、なんなの?」

 思い切って聞いてみると、蓮はニコッと笑って、

「守り神だけどあえて言うなら、そうだね……「断罪の女神」の家系だよ」

 その笑みは、どこか挑戦的なものだった気がした。


 次の日、両親は仕事があるからと戻っていった。

「またなんかあったら呼んでいいからね」

「父さんもすぐ駆けつける。じゃあ、蓮。せっかくだしドライブと行くか」

「はいはい。あんまり暴走しないようにね」

 両親の会話に、双子は苦笑いを浮かべていた。

「そういえば、ロディとマリアンは聞かなくてよかったの?ちょうどいい機会だと思ったんだけど」

「あー、そう思ったんだけどよ……それだとお前らが異世界に入ってるって気付かれるだろ?」

 まぁ、あの反応を見るとすでに気付いていそうだが。

「そうね……念には念を入れて、ね」

「気にしなくていいと思うけどな……」

 何せ「看板ネコにしよう」とか言っているほどだ、気に入っていると思う。それに、異世界に関しても詳しいから平気だろう。

 学校に着くと、杏が「おはよう!」と駆け寄ってきた。

「二人の両親、本当にきれいだったね。驚いちゃった」

「三十代とは思えないよな」

「それじゃ、私は教室に行くね」

 悠と別れ、杏と一緒に教室に行く。

 悠が教室に入ると、信一に「おーい!」と手を振りながら呼ばれた。悠が近付いて「おはよう」と小さく声を出す。

「おう、おはよう。お前の親、本当に似てたな」

「特に兄さんとお父さんは似てるでしょ?」

「あぁ、兄貴なんじゃないかって思うぐらいにはな」

 信一が言うと、悠が「よく勘違いされるんだよね」と答えた。

「少なくとも子持ちには見えねぇな」

「確かに」

 この二組を見ていたクラスメート達は思った。

(めっっちゃうらやましい……っ!)

 双子と何の気兼ねなく話している二人がとてもうらやましく見えていた。それに本人達は気付いていないが。


 それから数日後の日曜日。金山が逮捕され、組織が解散したことがニュースになっていた。

「よっしゃ!」

信一がガッツポーズをした。手柄は警察のものとされているが、世間は怪盗団のおかげだと騒いでいたからだ。

「静かに」

 なだめた悠の視線の先には、指導員が立っていた。少し離れようとその場を去る。

 さて、こうなるといつも打ち上げの話になる怪盗団だが、

「それじゃあ、テスト勉強に集中出来るよね?」

 悠がニコニコと告げた。そう、功傑高校はテスト期間なのだ。

「悠の言うとおりね。目立たないようにするなら、低い点数を取らないでよ」

 美佳も笑いながら言った。暁も威圧感のある笑顔で主に信一に詰め寄っていた。

「優士君は、もう終わった?」

「あぁ。それに少し勉強していないぐらいで赤点を取るような頭はしていない」

「裏切りもん!」

 何がどう裏切りなのか。ぜひ聞いてみたいものだが、今は二人のテストを気にした方がよさそうだ。

 その日の夜、岩野に呼ばれミリタリーショップに向かう。

「おう、来たか。頼みたいことがある」

 彼が言ってきたのは、ホームレスに話を聞くということだった。二人は別々に聞いてくると、外国のマフィアの取引がどうこうという話が聞けた。それを報告すると、

「なるほどな」

 ……なぜその情報が欲しかったのかは聞くまい。


 次の休みの日、店番を任されていると暁のスマホに電話が来た。

『よう!暁、今どこにいるよ?』

 信一からだ。暁は悠の方を見ると、ニコッと微笑まれた。いたずらしようと言っているようだ。

「秘密」

 そう言うと、案の定『めんどくせぇな!』と突っ込んでくれた。信一をからかうのは案外楽しいのだ。ロディとマリアンが「お前ら、趣味悪いな……」と苦笑いした。

『じゃ、そっち行くから』

「はいはい。適当に準備しておくよ」

 電話を切り、二階から勉強道具を取ってくる。その間、悠は飲み物の準備をしていた。

 三十分後、皆がやってきた。

「なんで俺まで……」

「いいじゃねぇか。手伝ってくれよ」

 優士がため息をつくと、信一が手を合わせて頼んできた。優士は悠の方を見て、

「……まぁ、いいか」

 小さく呟く。わずかに頬が染まっていたのを、杏は見逃さなかった。

 勉強会を開いているさなか、悠が「……ちょっとおなかすいたかも……」と珍しく空腹を訴えた。

「コンビニで買ってくる?」

「そうしようかな……。兄さんも来てくれる?」

「あぁ、皆は何食べたい?ついでに買ってくるよ」

 六人に聞き、「それじゃ、行ってくる」と二人はコンビニまで出かけた。

「ってかさ、優士もしかして、悠のこと好きなの?」

 そのすきに、杏が声をかける。優士は「いきなりどうした?」と手を止める。

「だって、さっき悠を見て頬を染めてたし!どうなの?」

「俺もそこんとこ気になるわ」

 杏と信一が興味津々に聞いてくる。美佳が怒るのではないかとネコ達が見ると、どうやら彼女も気になっているようだった。

「……正直、よく分からない」

 優士はそう答えた。

「最近、悠を見ていると心臓が早くなるんだ。微笑まれると胸が温かくなるし、ずっとそばにいたい……」

「うわっ、重症……」

「これで無意識とか嘘でしょ……」

 女性陣が呟くと、優士は疑問符を浮かべた。どういうことだろうか。

「優士、もし俺が悠の近くにいたらどうする?」

「なます斬りにしてやる」

「即答かよ!」

「まぁ、それが答えじゃないかしら?ユウシ」

 マリアンの言葉もわけが分からないと言いたげにしていると、「だから!ユウに恋してるってことだろ!?」とロディが叫んだ。

「恋……これが……?」

「ただいま」

「……?なんの話をしていたの?」

 ちょうどいいタイミングで双子が帰ってきてしまった。杏が「こっちの話!」と笑うと二人は特に踏み込むことはせず、「ちゃんと勉強はしようね」と元の席に座った。


 テスト期間が終わり、信一と杏にどうだったか聞くと、

「なんでテスト期間にやるゲームはあんな楽しいんだろうな……」

「なんで結構きれいになるんだろ……」

「ダメだこりゃ」

 先が分かってしまった惨劇に悠はうなだれた。

 さて、まぁ結果がどうであれ頑張ったのだから打ち上げの話をしようと暁が切り出す。

「花火大会とかどうよ?」

「あ、いいね。悠、浴衣ある?」

「あー……持ってないや」

「だったら、二人はメガネを外してきて。それと悠は女の子らしい服装をすること!」

 杏に言われ、悠は「まぁ、いいけど……」と荷物の中にある服を思い出してみる。

「……服がない……」

「あー……置いてきたもんな……」

 そう、あまり荷物を増やすわけにはいかないと実家に置いてきてしまったのだ。

「じゃあ、私が選んであげる!」

 ここぞとばかりに杏が立候補する。

「でも、私の身長に合う服装ってある……?」

 悠が心配そうに聞いてきた。悠の身長は百七十一センチと母親の遺伝か女性にしてはかなり高い。服もなかなか見つからず、苦戦していたほどだ。

「大丈夫!悠、素材がいいから何でも似合うよ!」

「そ、そうかな……?」

「うん!」

 自信満々な杏に、悠は「そ、それじゃあ、任せようかな……」と頷いた。

「任せて、それで好きな人落としちゃおう!」

「す、すすす好きな人!?いいいいないよぉ!」

 杏がからかうと、悠は顔を真っ赤にして必死に否定した。

「その反応、いるみたいだな」

「に、兄さん!だからちがっ!」

「兄さんは悲しいぞ」

「そ、そう言う兄さんだって気になっている子がいるんでしょ!?」

「なんでそれを知っているんだ!?」

 双子が論争を始める。というより、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。

「え、何々?暁も好きな人いんの?」

 これはチャンスと信一が暁の肩に腕を回すが、

「……お前、身長高すぎんだろ……」

「これでも百七十九センチぐらいだ」

 プルプルと信一が震えていてどこか滑稽だった。そういえばこの二人の両親、かなりの高身長だった……。

「でも、ホントに気になる。暁の好きな人って?」

「それで話すと思うか?」

 暁が顔を真っ赤にしながら目をそらす。そして悠の頬をつまんで引っ張る。

「ゆーうー、そういうのはあんまり言わないようにねー?」

「いーひゃーいー」

「返事は?」

「ひゃぁい」

「よし」

 暁が放すと、悠は「いたた……」と頬を撫でる。

「聞いてみたかったなぁ……」

 美佳がボソッと呟いたが、双子は気付いていないふりをした。


 次の日の放課後、早速杏に連れられて服を見に行った。

「こういうのとかどうかな?」

「ろ、露出度高いよ……」

「これぐらいでいいと思うんだけどなぁ。じゃあこれは?」

「い、色、合ってるかな……」

「確かに、悠には似合わない色かも。それにしても、悠は本当にモデル体型だからいろんな服を着せたくなる」

「そ、そう?そんなこと、言われたことないな……」

 こうしてみると、本当に女の子なんだなぁと杏は思う。私服も男物を着ていたから新鮮だった。

「胸もあるし……」

「急にどうしたの?杏ちゃん」

「いや……なんか、女として負けた気分……」

「あ、杏ちゃんの方が美人だよ」

 そのフォローが一番つらい。しかしそれが優しさからくるものだと分かっているだけに否定することも出来なかった。

 夜、デスティーノに戻ってくると「どんな服を買ってきたの?」と暁が聞いてきた。

「杏ちゃんに見繕ってもらったものだけど……」

 悠が兄に見せると、「おー、確かに悠によく似合ってるね」と微笑んでくれた。

「こう見ると、ユウって本当に女の子なのね」

「改めて認識させられるな」

 ネコ達からしても、悠の服は男物しか見たことがなかったため、新鮮だった。

「ワンピース……アンもいいの選んだわね」

「そうだな、杏にはお礼しないと」

「うん、だから今度、甘いものを買う約束したよ。一緒に行く?」

「そうしようかな」

 そんな会話をしながら、暁は東京にいた時のことを思い出す。


 悠はもともと、あまり男性が好きではなかった。悠が放つ魅力から近寄ってくる男が多く、無理やり車にまで乗せられそうになったことがあったらしい。

 その時は、暁が悠の心の叫びを聞いてすぐに駆け付けられたからよかったが、当時はまだ小学六年生、かなりの恐怖心を植え付けられた。それからさらに男性嫌いになった気がする。両親の友人や涼恵達のところの人達は小さい頃からの付き合いで知っていたから平気だっただけで、そうじゃなければもっとひどかっただろう。

 だから本当は、あの時も怖かっただろうに悠は女性を助けるために前に出た。


 そんな悠が、信一や優士と関わっていることが奇跡なのだと暁は痛感する。

「どうしたんだ?アキラ」

「ん?いや、悠も成長したなって思ってね」

 ロディが暁を覗き込むと、彼は微笑んでそう言った。

「そうなのか?」

「うん。いろいろあったからね」

 その言葉に慈愛を感じて、ロディもつられて笑った。



 花火大会の日、先に来た双子が話をしていると信一が駆け寄ってきた。

「おう!早かったな」

「お前も珍しいな。いつもなら遅いのに」

「うっせ。それにしても、悠、可愛いな」

 信一が悠の方を見てそう伝える。

「そ、そうかな?」

「あぁ、マジでおんなのこって感じ」

「悠はもともと女の子だ」

「や、それは知ってるけどよ」

「どうしたんだ、お前達」

 後ろから優士も顔を出した。信一が「ほら、悠可愛くね?」と信一がどくと、優士は悠をジッと見つめた。

「ど、どうしたの?どこかおかしいかな?」

「いや、そう言うわけではない。ただ、これを描けないのが残念だ……」

 そう言いながら、優士は指で枠を作り双子を入れる。……この二人は本当に美男美女だ。兄妹でなければ、お似合いだっただろう。

「やっほ!」

「あら、悠。きれいね」

「ありがとう、美佳ちゃん」

 後の二人も来たため、そのまま花火を見に行く。

「それにしても、暁……」

「メガネで損してるわね……」

「悠もな……」

「あぁ、かなりの美形だ……」

「何の話?」

 ヒョコッと顔を出す悠に四人は驚く。その様子に疑問符を浮かべながら「早く行かないと場所がなくなるよ」と兄やネコ達とともに先に行ってしまった。

「何が怖いって、あれが無意識でやっているってことだよな……」

「そうね……」

 苦笑いしながらも、四人は後を追いかける。

 しかし、急に大雨が降り出してコンビニに避難した。

「はぁ……マジかよ……」

「まぁまぁ、また次の機会に行こうよ」

 信一がショックを受けていると、悠がなだめた。暁がタオルと傘を買ってきて、

「はい、このままじゃ風邪ひくから」

 タオルは何とか人数分買えたのだが、傘はそうもいかず四本しか買えなかったため四人に渡した。

「おい、お前達はどうすんだよ?」

「気にしなくていい。悠が心配だけど……」

「大丈夫、それよりロディとマリアンが濡れないようにしないと」

「そうだな。それもらっていいから」

 悠は身体が弱いため、雨に濡れさせたくないのだが、おそらく他人の方を優先させたいだろうと暁はあえて渡さなかった。その代わり、自分のタオルを悠の頭にのせる。

 そのまま、ここで解散することになった。デスティーノに帰ると白田が双子を見て、

「びしょ濡れじゃねぇか。とっとと温泉入ってこい。風邪ひいても面倒見ねぇからな」

 そう言った。元からそのつもりだった双子は白田が帰った後にまずはロディとマリアンを洗う。

「悠、ここはオレに任せて早く入っておいで」

「ううん。兄さんにだけ任せるわけにいかないもん」

 クシュン、とくしゃみをしながら悠はマリアンを担当する。最近はあまり風邪をひいてなかったので安心していたが、悠は一度風邪をひくとかなり重い症状が出る。

 手早く終わらせて、暁は悠を温泉に連れて行った。

「それじゃ、また後で。身体をちゃんと温めてね」

「うん」

 更衣室の前で別れ、それぞれ湯船に入る。

 先に上がっていた暁がコーヒー牛乳を買っていると、悠も上がってきた。

「ほら」

「ん、ありがとう」

 それを渡すと、悠はそれを飲み始めた。

 ネコ達にも飲み物を買って、デスティーノに戻る。

「クシュン」

「大丈夫?悠」

「うん……多分、寝たら治るから」

 それが強がりだと、ネコ達も気付いた。若干震えていたから。

「そう?……今日は一緒に寝ようか」

「……うん」

 暁が隣に転がり、悠の頭を撫でる。ネコ達も温めるように丸くなった。


 案の定、悠は熱を出した。

「三十八度……さすがに学校には行かせられないね……」

「うー……でも、白田さんに迷惑になるし……」

「その熱で行ったら倒れるよ。帰ってきたら病院に連れて行くから。……マリアンは悠と一緒にいてくれる?」

「えぇ、もちろん」

「何かあったらすぐ連絡して。帰るときに何か買ってくるよ。何食べたい?」

「……プリン」

「分かった。それじゃ、行ってくるね」

 悠の頭を撫でた後、暁は下に降りる。

「ん?悠はどうした?」

「あ、熱を出してしまって……。学校から帰ってきたらすぐ病院に連れて行くのでお気になさらず」

 それだけ伝えて、暁は学校に向かった。

 もちろん、暁は学校にいる間気が気じゃなかった。いつもなら母親がそばにいてくれるが、今はそうじゃない。悠が無理をしていないか心配になる。

 その予感は当たる。マリアンが悠の額に手を乗せると、彼女は薄く目を開き、

「……ん……あ、ご飯……」

 準備しないと、と悠は起き上がる。マリアンが止めるが、「白田さんに迷惑かけるわけにはいかないし……」と服を着た。

「そういえば、兄さんにお弁当作ってないや……」

「大丈夫よ。アキラは自分で作れるし、今日はコンビニですませるって言ってたわ」

「それならいいけど……ゲホゲホッ……」

 マスクを着けて、下に降りると白田が「おい、お前起きて大丈夫なのかよ?」と目を丸くしていた。

「あ、はい……昼食と飲み物を買ってくるだけなので……」

「そ、そうか……気を付けて行って来いよ。何かあったら連絡しろ」

 白田に見送られ、悠はふらつきながら近くのスーパーまで向かう。そして適当にパンやスポーツ飲料などを買って、スーパーの外に出た。デスティーノまでもうすぐという時に、

「…………っ」

 急に悠が座り込んだ。マリアンが「どうしたの?」と慌てて顔色を覗き込むと、真っ白になっていた。

「ちょっ、大丈夫!?」

「……っ、だいじょうぶ……」

「と、とりあえず、近くのベンチに座った方がいいわ」

 その言葉に悠は素直に頷き、なんとか身体を引きずる。そして日陰のベンチに座った。

「頭痛い……吐きそう……」

「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫?」

「うん……少し休んだら……」

 せき込む悠に、マリアンはポンポンと膝を叩く。

 息が荒れてきて、目の前がチカチカし始めたころ、

「……おい」

 急に声を掛けられる。無理やり顔をあげると、白田が頭をかきながら立っていた。

「遅かったから迎えに来たが……何かあったら連絡しろって言っただろ」

「す、すみません……すぐ帰ります……」

「別に怒ってねぇよ。ほら、車乗れ。病院行くぞ」

 えっ?と悠は信じられないと言いたげな表情を浮かべる。

「でも、お店……」

「病人放っておくほど鬼じゃねぇって」

「それに、兄さんが連れて行ってくれるし……」

「ごちゃごちゃ言うな。兄貴の方が安心するのは分かるが、俺もお前の両親に信頼されて頼まれてんだっての」

 そう言いながら、白田は悠を車に乗せる。

「横になってていいから。……ちょっとあいつに、どこがいいか聞いてみる」

 そう言って、白田は電話をかけ始める。

「あ、もしもし、蓮か?ちょっと悠が熱を出しちまって、ほら、不思議な力を持ってるって言ってたろ?だから病院とかどこがいいかって思ってよ。こいつが赤ちゃんの時、通っていたのは……あぁ、あそこだな。そこならまだあるから連れて行く。診察代?別にいい。熱出してるガキを放っておけるかっての。あぁ、保険証はちゃんと持たせてるんだな。分かった、悪かったな、仕事中に。それじゃ」

 どうやら母親に聞いていたようだ。珍しいこともあるものだと思いながら、白田は車を走らせる。

 そして診察を受け、薬をもらってデスティーノに戻った。

「すみません……営業中に……」

 大人しくしていればよかった……としょんぼりしていると、「いや、俺の方も悪かったよ」とため息をついた。

「あとで卵がゆでも持っていくから、病人は大人しく寝ておけ。荷物は置いてて構わない」

「……はい」

 二階に上がり、横になるとしばらくして荷物とおかゆとネコ用のカリカリを持って白田が上ってきた。

「ほらよ。あとで回収しに来るから、無理して降りてくるなよ」

 それだけ言って、下に降りて行った。

「ユウ、食べられそう?」

「うん」

 ベッドに座り、悠は食べ始める。それを見てマリアンも食べ始めた。

「……おいしい」

 聞こえてきた声に、マリアンは小さく微笑んだ。

「よかったわね。ゴシュジンが気付いてくれて」

「……うん。あのまま兄さん待ってようって思ってたから」

 本当にそうならなくてよかったと思う。行き倒れにでもなっていたら大騒ぎだ。

 そのあと、暁が戻ってくると「あぁ、暁。かなり酷かったみたいだから、病院に連れて行った」と報告する。すると彼は、「すみません……迷惑かけて」と目を伏せた。

「お前らな……少しは大人に頼るってのを覚えろ」

「でも……」

「俺も悪かったよ、冷たくして。あいつ、一人でスーパーに行ったと思ったら帰ってこねぇからまさかと思って出たら公園でつらそうにしててな……」

 あの子は……と暁はため息をつく。本当にすぐ無茶をするのだから。

「それから、体調悪いならちゃんと言えって言っておけ。こっちは気が気じゃない」

 白田はそれだけ言って、コーヒーを淹れる。その耳はわずかに赤いように見えた。

 二階に上がると、悠はマリアンを抱きしめて寝ていた。暁は傍に座り、その頭を撫でる。

「……ん……にいさん……?」

「うん、ただいま」

「おかえり……」

 薄く目を開けたかと思うと、もう一度目を閉じて寝息を立てた。

 今日は片見に呼ばれている。一応チャットに送っておいて、暁はそのまま出かけた。

「あら、片割れは今日いないのね」

「はい、ちょっと体調を崩していて」

「そっか。お大事にね。それじゃあ早速これを飲んでほしいんだけど……」

 そうして治験に付き合い、デスティーノに戻る。

 悠は起きていて、一階に座っていた。

「おかえり、兄さん」

「悠、大丈夫?」

「うん。何とかね」

 まだかすかに顔が赤いが、普段に比べたらマシだ。白田に感謝しながら「プリン、食べる?」と冷蔵庫から取り出す。

「食べる」

「分かった。夕食はうどんでいい?」

「うん」

 暁がエプロンを着て、うどんを作り始める。

 その時、ドタドタと外が騒がしくなった。

「悠!大丈夫か!?」

「た、食べやすそうなものを持ってきたよ!」

「お、俺は何も準備できなかったが……」

「わ、私は一応熱冷ましシートとかを買ってきたわ」

 四人が慌てた様子で悠に渡してくる。悠は「あ、ありがと。でも大丈夫だよ」と困ったような、それでいてうれしそうな笑顔を向けた。

「皆来たのか……」

 暁がヒョコッと顔を出す。珍しい暁のエプロン姿に優士は枠を作って覗き込んだ。

「えぇ、ごめんなさい。こんな遅くに」

「いや、大丈夫だ。それよりご飯は食べたか?うどんだけど、ついでだから作るよ」

「いいのか?」

 暁の手作り……どんな味なのだろう。

 座って待っていると、目の前にうどんが置かれる。おいしそうだと思っていると、

「あ、麺から手作りにしたんだ」

「うん。どうせなら栄養を摂ってもらいたいからね」

「ありがとう。今度ラーメンを作ってあげるよ」

「悠の作るラーメンはおいしいからうれしいね」

 ……なんか、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

「は、え……?麺から手作り……?」

「あぁ、そうだぞ。だから色が違うだろ」

 ……確かに、少し緑色が混ざっている気がする。

「……お前らって、本当に器用なんだな……」

 信一の言葉に、双子は疑問符を浮かべながらうどんをすすっていた。


 次の日、悠の体調が戻ったと同時に怪盗団に挑戦状が届いた。

「ジュシェ……?」

 朝、テレビを見ているとそんなニュースが聞こえてきたのだ。

「まったく……また怪盗かよ……」

 白田がため息をつく。まさか目の前に怪盗が二人もいるとは思うまい。

「お前ら、学校だろ?気を付けて行って来いよ」

「はい、ご飯、ありがとうございます」

 ごちそうさまでした、と二人そろって手を合わせて行ったあと、カバンを持って出た。

 放課後、集まってこのことについて話をする。

「どうする?」

「ハッカーさんでしょ?私達じゃさすがにどうしようもできないかな……」

「ハッカーさんって。……まぁ、そうだな……」

 これが特定の集団、なら何とかなったかもしれない。しかし、ハッカーともなると難しいところがある。

 その時、暁のスマホに電話が来た。

「はい、もしもし」

『あ、暁君。ごめんね、急に』

 涼恵からだった。そう言えばこの人がいたじゃないかと思い出す。

『今、テレビを見たらハッカー集団から挑戦状が来たってニュースがあって』

「そうなんです。さすがにオレ達でもどうしようもないって話をしていて……」

『なるほどね……私の方も、今急ピッチで調べてるよ。でも、結構かかると思う。そっちでも対応できそうならしてほしいかな』

 さすが、話が早い。この人が味方でよかったと本気で思う。暁は周囲に人がいないことを確認し、スピーカーにする。

『それじゃ、今分かってる段階の情報。ジュシェは今でこそテロじみたことをしているけど、前は義賊のようなことをしていたらしい。でも匿名であることをいいことにほかの奴らが乗っ取って、だんだんと悪事を働くようになっていったみたいだ。多分、今回ケンカをふってきたのは日本の奴らだと思う』

「なるほど……」

『私のところで今のところ分かったのはそれぐらい。もうすぐ夏休みだよね?』

「はい、そうですけど」

『前に話していた通り、佑夜さん達が風や叶恵をそっちに連れて行くから、何かあったら彼らに話して。そっちに今回のことは引き継いでもらうからさ』

「分かりました、ありがとうございます」

『ううん。大丈夫。それにしても大変だね……夏休み前にこんなのが来るなんて……』

「あはは……涼恵さんほどではないですよ」

『私は好きでやってるから。……あ、佑夜さん。丁度よかった、今暁君達と話をしてて。あ、代わります?了解』

 電話口で何か話していたと思うと、次に聞こえてきたのは男性の声。

『あ、もしもし。暁君、元気だった?』

「佑夜さん。はい、元気ですよ」

『それだったらよかった。涼恵さんから聞いたと思うけど、そっちに風君と叶恵ちゃんを連れて行くからね。今、今回のことは引き継いだから大丈夫。……まぁ、約二人お荷物がついてくるけど……』

「大変ですね、佑夜さんも……」

『あんなのでも、兄貴と親友だからね……まぁどうにかするよ。そっちで解決できそうならそれに越したことはないけど、もしもの時はボク達に任せて』

「何する気ですか……?」

『骨も残さずぶっ潰す』

「佑夜さんって、案外怖い人ですよね……」

 実は怒らせると割と怖い人物である。

『それじゃ、ボクもあいつらと打ち合わせするから、電話を切るね』

「はい、ありがとうございます」

 電話が切れると、美佳が「電話の人達って……?」と不安げに聞いてきた。

「あ?こいつらの知り合い」

「ホープライトラボの所長さんだったわよね?」

「こっちの事情はもう知ってもらってるんだ。私も驚いたけどね」

 信一と杏の言葉に「そ、そうなの?」と驚いた表情を浮かべた。

「でも、こっちでも出来ることはしよう。頼りきりってわけにもいかないし」

「そうだね。私も調べてみるよ」

 双子の言葉にうなずき、この日は解散する。

 夜、悠がスマホをかかっていると突然謎のアカウントからチャットが届いた。

『ごきげんよう』

「……っ!?」

「どうした?」

 異変に気付いた兄が声をかけると、悠が「これ……」と見せる。

「なんだ、これ……?」

「一応、返信してみる」

 そう言って、悠は『どちら様?』と送り返す。すると『君達は怪盗か?』と聞かれた。

『どうだとしたら、そうするの?』

『心を盗んでほしい人かいる』

『心を……?』

『あぁ、話はおいおいしていく』

 それだけ言われ、アカウントが消えた。悠の膝の上から見ていたロディとマリアンも「どうする?」と二人を見てきた。

「……とにかく、気付かれたっていうのは事実っぽいね。でも、結構気を付けていたハズなのに……」

「そうだな、お前らはシンイチとは違うしな」

「でも、そうだとしてどこで知られたのかしら……?」

「うーん……分からないなぁ……」

 とりあえず、明日に回して今日は寝ようと横になった。暁とロディの寝息が聞こえてくると、悠の顔にマリアンが寄ってくる。

「ねぇ、ユウ……」

「どうしたの?マリアン」

「私、本当に人間なのかしら?」

 急にどうしたのだろうと、悠はマリアンを見る。その瞳は不安げに揺れていた。

「……怖いの。私が、私達がもし、化け物かもしれないって、そう思ったら……」

「……二人は化け物じゃないよ。もしそうだとしても、私は気にしないし」

 優しく頭を撫でると、「ん……でも、私達の方が気にする」と答えた。

「だって、それを言ったら私達の方が化け物じゃん。言霊使いだよ、私達」

「ユウ達はちゃんと人間じゃない。私達は、人間かどうかも……」

「大丈夫、マリアン達は人間だよ。もしかしたら私達と似てるかも」

 悠が笑うと、マリアンは「……そうね」とようやく笑った。

「ユウみたいな美人さんだったら、本当にうれしいわね」

「私が美人かは置いておくとして、マリアンは絶対に可愛いよ」

 そんな話をしながら、二人は眠りについた。


 次の日の放課後、集まっていると突然白田から電話がかかってきた。

『おい、すぐに帰ってこい』

「え、どうしました?」

『会わせたい奴がいるんだ』

 暁と悠は顔を見合わせて、デスティーノに戻る。

「悪いが、俺の家に行ってくれないか?」

 皆で来たのだが、今回は双子とネコ達だけで白田の家に向かう。勝手に入っていいと言われているので失礼ながら家に上がる。

「どうして急に……?」

 暁の言葉に悠は首を振る。兄の腕に引っ付き、周囲をキョロキョロしていた。

「大丈夫?」

「うん……なんか、見られてる気がするけど……」

 その言葉とともに、ヌッと後ろから顔が出てくる。

「ひゃぁあああああ!?」

「ぎゃぁあああああ!?」

 悠ともう一人の女の子の悲鳴が響き渡る。暁が振り返ると、そこにはオレンジ色の髪の少女がしりもちをついていた。

「あ、ご、ごめんなさい。驚かせちゃったよね」

 悠が慌てて少女を立たせる。少女は「あ、あわわわ……!」と目をキョロキョロさせた。

「ど、どうしたの?」

「し、白髪は女って聞いてたぞ!?」

「あー……さらしを巻いてるから。一応女だよ」

 ほら、と悠がシャツの前を開きさらしを見せる。少女はそれをジッと見て、急に触る。

「……柔らかい……これは相当大きいぞ……!」

「それは褒めてるの?」

 コクコクと頷いている小柄な少女を見て、悠は「ありがと」と頭を撫でた。

「ど、どんなの食べたらこんなになるんだ……!」

「マイペースな子ね……」

 マリアンが苦笑いを浮かべていた。

 と、まぁおそらく彼女のことで何かあったのだろう。

「その、名前は?」

 暁が尋ねると、少女は「……朝日……」と小さく答えた。

「その……頼みが、あるんだ」

「頼み?」

「うん……その……わ、私の心を奪ってくれ!」

 いきなりどうしたのだろう?双子が顔を見合わせると、「そ、その……昨日、連絡したの、私なんだ……」とカミングアウトした。

「え?」

「えっと……わ、私、外に、出たいんだ……でも、怖くて出られないんだ……」

 その言葉に、二人は考える。この子にデザイアがあるのか……。

「その代わり、ジュシェを何とかしてやる!」

「え、どうにか出来るのか?」

「あぁ。だからお願いだ!」

 そこまで言われ、二人は頷く。

「分かった、一度持ち帰る。全会一致なんだ」

「そ、そうか……」

「ねぇ、兄さん。今回に関しては、皆が反対しても私達でやらない……?」

 悠の言葉に暁は驚きの表情を浮かべた。

「朝日ちゃん、辛そうだもん。助けてあげたい」

「……はぁ。キミは一度言い出したら聞かないもんね。分かったよ、でも一度相談」

「うん。朝日ちゃん、絶対助け出すからね」

 悠が約束すると、朝日は「あ、ありがとう……」と緊張気味に笑った。


 二階に上がり、そのことを説明すると全会一致したものの、「でも、そんな子にデザイアとかあるの?」と杏が聞いていた。

「やってみようか。「白田 朝日」」

『確認しました。キーワードを入力してください』

「あったぞ?」

 信一が目を丸くすると、「多分、悪人が多いってだけで酷い歪みがある人ならデザイアはあるってことだろ」と暁が答えた。

「多分、自宅かな?「白田 幸太郎宅」……反応ありっと」

「それなら、あとはどう思っているか、か……」

 優士の言葉とともに悠のスマホにチャットが来た。どうやらまた朝日が送ってきたらしい。

『その、改心させてくれるのか?』

『うん。それでさ、聞きたいことがあるの』

『なんだ?』

『その家の心地はどう?』

 悠が聞くと、『苦しい……』と返信が来た。

『なんで苦しいの?家から出ようとは思わない?』

『出られない。ここが墓場だから』

『墓場……そっか。大丈夫、絶対に出してあげるから』

 暁が「墓場」というと、ゲンソウナビに反応があった。

 一度外に出て、家の前まで来るとそこでデザイアに入る。……周囲には、砂漠が広がっていた。

「……これは一体?」

 美佳が尋ねると、「砂漠……って言ったら、ピラミッドだろうね……」と悠が答えた。

「にしても、どこだよ……」

「他人を拒絶してるってことだ。あそこからオタカラの気配を感じるぞ」

 ロディが言うと、車の姿になる。いつも通り暁が運転し、悠が助手席に座ると視線を感じた。

「……どうしたの?」

 悠が聞くと、杏が「こいつら、悠の胸を見てたよ」と怒りを含んだ声を出した。

「私の?そんなの見てもいいことないでしょ」

「悠、そもそもぶん殴っていい案件だぞ」

「兄さん、そこまでやらなくても……」

 本当にこの子は危機感がなさすぎる。兄としてはもう少し自分の魅力に気付いてほしいところだ。

 それにしても、だ。

「暑い……」

「そうね……」

 暁の呟きに、美佳が頷く。さすが砂漠、暑すぎる。

「どうする?涼しくすることは出来るけど……」

「あー、やってくれる?」

「分かった。『風花』」

 悠が唱えると、社内にかすかに白く冷たい何かが優しく吹いてきた。

「雪?」

「でも、涼しいわね……」

 そう、それは雪だった。悠が「風だと暑そうだと思ったんだよね」と小さく笑った。

 悠のおかげで快適に過ごしながら、目的地にたどり着く。

「おぉ……大きいな……」

 目の前にはピラミッドがたたずんでいた。優士は枠を作って「素晴らしいフォルムだ……」と感動していた。

 中に入ると、クーラーがついているからか涼しかった。先に向かうと、朝日のフェイクが立っていた。

「朝日ちゃん、この先にオタカラがあるんだよね?」

 悠が問いかけると、「あぁ、その通りだ」と頷かれた。

「でも、お前達に盗めるかな?我がデザイアはこんなふうになっているのだから」

 その言葉とともに、声が聞こえてきた。それと同時に怪盗服になる。

 と、同時に大玉が転がってきた。慌てて逃げて何とか避けた。

「拒絶が強いんだな……少し考えた方がよさそうだぜ」

「そうだね。今日は戻ろうか」

 そう言って、怪盗達は一度戻った。

 夜、チャットで明日から夏休みに入るからと集まる約束をして横になる。悠とマリアンが眠りにつくと、ロディが暁に声をかけた。

「……なぁ、アキラ……」

「どうした?」

「もし、ワガハイが化け物だとしたら、お前どうする……?」

 そう聞かれ、暁はギュッと抱きしめる。

「別に構わない。オレ達だって他人からしたら「化け物」だからな」

「ワガハイが気にする!」

「……ロディは人間だろ。多分、オレに似てるよ」

 そう言ってやると、ロディは「……お前に似てる、か」と嬉しそうに笑った。

「それなら、いいな……」

「ほら、もう寝よう」

「そうだな。おやすみ」

 ロディの頭を撫で、暁は目を閉じた。

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