五章 冤罪の記憶
それは、学校内で起こった。
昼休み、悠が暁に呼ばれたため急いで中庭に向かう途中だった。今度行く社会見学であの探偵王子や可愛い女の子に会えると浮かれている男子生徒にぶつかってしまい、相手がしりもちをついてしまった。
「あ、す、すみま……」
男子生徒は、悠を怒らせまいと顔を青くして謝ってくる。悠はしゃがみ込み、
「だ、大丈夫ですか?ごめんなさい……」
さすがに謝らなければと声を出し、彼を立ち上がらせた。そして紳士が女性にするようにほこりをはたき、
「ど、どこか痛むところはありませんか?」
そう尋ねる。男子生徒がどもっていると、「もしかして頭打ちました!?」と慌てだした。
「ご、ごごごめんなさい!すぐ保健室連れて行くので兄さんに連絡を……!」
「あ、いや、大丈夫……気にしないで」
あたふたしながらスマホを取り出す悠に彼はようやくそう答えた。「そ、そうですか?」と首を傾げられたが、
「すみません、ちょっと兄さんに呼ばれているので……け、怪我していたら、保健室に行ってくださいね」
それだけ言って、立ち去ろうとした。少し離れたところで男子生徒は気付く。
――あれ?声、高くね?
いや、でも男子制服だし……。
「あ、あの、悠君!」
気付けば大きな声を出していた。悠が振り返り、ジッと見てくる。
「その、もしかして……お、女の子……?」
そう聞くと、彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
「……どっちだと思います?」
それだけ言い残し、今度こそ去っていった。
「なぁ、悠。お前、何やったよ?」
放課後、怪盗達が集まると信一が聞いてきた。
『どうしたの?急に』
悠が紙に書くと、「なんか、男子どもがお前の話をしてたんだよ。こう……「性別不明の麗人ってあいつのことを言うのか……」って」とうなだれた。
「もしかして、悠……」
ハッと兄が何かに思い至ったのか妹を見た。
「キミ、微笑んだね?」
「……はい?」
何を言ってるんだこのシスコンは……?と言いたげな空気が漂ってくる。暁はいたって真剣ではあるが、言っていることはよく分からない。
「悠が笑顔を浮かべると、男は皆惚れるんだよ……」
「あ、そういう……?」
暁が頭を抱える。自分達にはいつも笑いかけている気がするが、あれはカウントしていないのだろうか?
「やっぱり、悠のそばで睨みをきかせた方が……?」
「おいやめろロクでもないこと考えるな、このシスコン」
ロディの散々な言いようにも動じず、暁は何かブツブツと呟いていた。
『無駄だよ、兄さんそうなったら聞こえてない』
悠が紙にそう書いた。妹が言うのならそうなのだろう。
『兄さんも女の子を惚れさせるんだけどね……まったく、自分のことは棚にあげるんだから……』
「あなたも自覚しなさいよ……」
相変わらずな妹にマリアンがため息をつく。
「でも、実際美しいからな、君達は」
優士が笑う。彼の目から見ても、この双子は彫刻のように整っていた。
「ホントにね!正直、自信なくすもん」
杏も答える。「杏ちゃんの方が美人さんだよー」と声を出さない方がいいということも忘れて悠は微笑んだ。
こんの顔面兵器共……っ!
その笑顔にやられてしまった兄以外の人達はそろって心の中で叫んだという。
夜、ネコ達が寝た後に考え事をしていると目の前にコーヒーを出された。
「どうしたんだ?二人とも」
「……ジョーカー」
いつものことながら音もなく現れる女性にも慣れてしまった。
「まぁ、コーヒーでも飲め」
「……ありがとう」
そう言われ、二人はコーヒーを飲む。……やはり、おいしい。
「おめでとう、よく虚飾の講師を倒した」
「……柊木のこと?」
「あぁ、そうだ」
ジョーカーがカウンター越しに二人の頭を撫でる。双子は安心したような表情を浮かべる。
「……悠も、なんとか食べられるようになったな」
小さく呟かれた言葉に、二人は心当たりがあった。
「今日はもう寝たらいい」
その言葉とともに、眠気が襲ってきた。
それから数日後の個展終了の日、柊木が記者会見で自分が盗作や虐待をしていたことを大泣きしながら告白した。
「……本当に、改心したんだな……」
優士が呟く。「あぁ、オタカラを盗んだからな」と暁が答えた。
「そういや、お前これからどうすんの?」
信一が尋ねると、優士は「これから、か……」と考え込んだ。
「そう、私達はこれからも怪盗活動を続けていくつもり」
杏も口を開くと、「それをやって何になる?」と聞いてきた。
「分からないけど、人助け程度にはなるよ」
悠の言葉に、優士は「なるほど……」と小さく笑った。
「……美しくない計画には乗らないからな」
それは、優士も怪盗団に入るということ。皆は「よろしく」と歓迎した。
「じゃあ、今度もやろうぜ、打ち上げ!」
「別に構わないが……どこでするんだ?」
信一の提案に暁が尋ねる。そこまで考えていなかったのか、彼は目をそらした。
その時、暁のスマホに着信があった。見ると、涼恵からだった。
「はい、もしもし、涼恵さん」
『いきなりごめんね、来週には東京に帰るから、連絡を入れておこうって思って』
「あ、そうなんですね。今回はありがとうございました」
『大丈夫だよ、私達に協力できることならなんでも言って。こっちの知り合いとかも教えるし、時間があればすぐに駆け付けるから』
「ねぇ、兄さん。涼恵さん達も誘わない?」
悠の提案にそれもいいかと「今度の土曜日、時間あります?」と聞いた。
『うん、時間あるよ。どうしたの?』
「今度、友達と集まる約束をしてて。どうかなって思ったんです」
『そうなんだ、みんながいいなら、その時間に来るよ。どうせなら何か作ってあげる』
「いいんですか?ちょっと友達にも聞いてみます」
暁がスピーカーにして、みんなの前に出す。
「誰だ?」
「知り合いだ」
『暁君と悠ちゃんのお友達?私は秋原 涼恵、よろしくね』
その名前に、全員が驚いた。
「おま、すげぇ人と知り合いなんだな……」
『あ、知っていたんだ。誘われたからさ、何か作ってほしいものがあれば作るよ』
「マジ!?俺、牛丼食いたい!」
「私、ケーキがいいな!」
「お前達……少しは遠慮を……」
『大丈夫だよ、暁君。ここはおばさんが出してあげる。……ネコちゃん達には寿司でいいかな?』
「寿司!?」
「食べたい!」
「……いいみたいです……」
『了解、作って持っていくから、あとでどこに集まったらいいか教えて』
そこまで言って、何かを思い出したかのように『そういえば』と話題を変えた。
『ちょっと時間ある?暁君に冤罪を着せた奴について、少し話したいことがあるの』
「……!本当!?」
『うん。まだ確信はないんだけど、伝えた方がいいかなって』
「すまねぇっすけど、それ俺達も聞いていいっすか?」
信一が反応する。涼恵は特に気にせず『あぁ、お友達だよね?そうだね……』と考え込んだ。
『まぁ、いいよ。暁君と悠ちゃんが選んだお友達だ、悪い人はいないだろうし。ホント、ホープライトラボの所長とその弟を顎でこき使っていいの、君達家族だけだぞ』
クスクスと笑い声が聞こえる。実際、両親はよく涼恵に頼んでいるようなのであながち間違いではない。
『スズ姉!また仕事してたな!?』
『あ、やべっ』
その時、電話口から記也の声が聞こえてくる。
「……涼恵さん、また休んでなかったんだね……」
『仕方ないじゃん……仕事してないと気がすまないし……』
『兄さんからもらった休暇だろ!?』
『はいはいうーるーさーい、記也』
またかけるね、と涼恵はそのまま電話を切った。今頃弟に説教されているだろう。本当にお人好しな仕事人間だ。
「しかし、本当に君達はすごい人と知り合いだな」
「そうだな……自分でも思う」
母親が元お嬢様で、知り合いが有名な研究所長。なかなかいないだろう。
この後どうしようか、という話になり、
「じゃあ、悠!一緒にどっか行かない?女の子同士で親睦を深めようよ」
「うん、いいよ、杏ちゃん」
杏が悠の腕を掴んでマリアンとともにそのままどこかに連れて行った。暁がその様子を見て、微笑む。
「……それにしても、悠があそこまで元気になってよかった」
「うん?急にどうした?」
優士がその言葉に食いつく。暁は「近くのカフェに行こうか」と告げる。
カフェで飲み物とデザートを頼み、暁は話し始める。
「……優士は知らないよな?オレ、冤罪で保護観察処分になったんだ」
それに、優士は静かなまま。信一は珍しく空気を読んで黙ったままだった。
「詳しいことは省くけど、オレが男に絡まれていた悠を助けたからそうなったんだ。悠はそれを自分のせいだってずっと責めてる」
あれは、暁に判決が下った後のことだ。
「ち、違う!兄さんは、私を守ろうとして……!」
悠が真っ青な顔で必死に否定するが、
「そこ!黙りなさい!」
裁判官にそう言われ、悠は泣きそうな目でジッと暁を見ていた。
学校でも、噂は広まっていてそれを必死に弁明していたが、
「えー、でも、判決が出てるわけだし?」
「信じらんねぇな……」
「真面目そうなのに、裏ではそんなことするんだ……」
馬鹿にしている笑いとあざけりに、心を深く傷つけられた。
それから、悠はしばらく家から出ることが出来なかった。部屋でずっと謝りながら泣いていたのだ。母親は、
「母さんは、悠と暁は正しいことをしたと思ってるよ。学校に行きたくなかったら、無理していかなくてもいいから、二人がやりたいことをやろう」
そう言って、ずっと寄り添った。
暁もだったが、悠は食事ものどを通らず、少しずつ痩せていっていた。それを見ていられなくなった母親が「涼恵のところに行こうか」と言って、父親とともに二人をホープライトラボへ連れて行ってくれた。
「いらっしゃい、ほら入って」
涼恵は噂を知っているだろうに、笑って入れてくれた。
お茶を出してもらい、涼恵は席に座る。そこには他の知り合いもいた。
「悠ちゃん、大丈夫?」
こげ茶色の髪の女性が声をかける。悠は何も言わず、ただ目をそらすだけ。彼女はそんな悠を見て、優しく抱きしめた。
「いいよ、何も言わなくて。つらかったね、大丈夫、私達が守ってあげるから」
そう言われ、悠は今まで耐えていたものがあふれたように泣き出した。
「涼恵、今回の件について、調べてくれるか?水谷さんにも協力は仰いでる」
「もちろんだ、暁君がそんなことするわけない。大方、ゲスな大人のせいだろう。任せてくれ」
「ありがとう。オレ達の方でも調べてみる」
「情報は共有、だな。協力して二人を守ろう」
両親と涼恵がそんな話をしていた。そして、
「暁君、悠ちゃん、いつでもここに来ていいからね」
「そうそう。ボク達も出来ることはやるからさ」
そう言って、涼恵達は笑ってくれた。
「……やっぱり、妹が自分のせいでやつれていくのはつらかったよ」
その瞳は、今までに見たことがないほど苦しみに満ちていた。
「でも、それでも信じてくれてる人がいたから……何とかやってこれた」
「……そうだったんだな……」
優士が一口コーヒーを飲む。そして、
「悠の好物はなんだ?」
「うん?急にどうした?」
「聞いてるままだ。それと暁の好物も教えてくれ」
突然の言葉に暁は首を傾げるが、
「悠はクレープが好きだな。オレはクッキーとか好きだ。あとはチョコレートケーキとか」
そう答えた。それに優士と信一は「そうか」と笑った。その様子を見て、暁は目を丸くした。
次の日、信一が後ろの席に座っている悠に声をかけた。
「なぁ、悠」
『どうしたの?』
「これ、やるよ」
そう言って差し出したのは、コンビニで買った二個入りのクレープ。悠は驚いた表情を浮かべ、
『いいの?』
目を輝かせながら、紙に書いた。
「おう!」
頷くと、悠はそれを開けて一口食べる。
「……!」
その瞬間、悠の顔が幸せそうなものになった。「うまいか?」と聞くとコクコクと首を振る。
よかった、と思っているともう一つの方を差し出されていた。
「信一君も食べて」
よほどおいしかったらしい、すごい満面の笑みで母親との約束すら忘れて声を出していた。それを受け取り、信一も食べる。悠はマリアンにもチョコの部分を避けて渡していた。
周囲の人達は悠の可愛さにのたうち回っていた。宮野が朝礼の入ってくると、「何してるの……」と苦笑いを浮かべていた。
信一がその写真を撮り、怪盗団のチャットに送る。
『見ろ、可愛いだろ?』
『悠はいつでも可愛い』
『本当にかわいいな……』
『悠、クレープ好きなんだ』
『う、うん。その、信一君にもらったから……』
『おい、信一。悠を口説いたら……分かってるな?』
『に、兄さん。そう怒らないでよ……信一君もそのつもりで渡したわけじゃないだろうし』
『あと、その写真あとで売ってくれ』
『お前、本当にシスコンだな……』
『後でクッキー焼いてあげるね』
『ありがとう、悠』
『なるほど、これがシスコンとブラコンか……』
『何分かっちゃってるの、優士』
これだけ見ると、ただの高校生だった。怪盗なんてやっていない少年少女達。
しかし、彼らは大人に理不尽にも踏みにじられた被害者であり、それでもなお必死に立ち上がろうとしている。
――強いわよね……。
マリアンは、真面目に授業を受けている白い少女を見上げながらそう思った。
放課後、何をしようと兄と話し合っていると優士から連絡が入った。
「えっと、何々……『これからどこに住もう』……?」
「まぁ、あそこにはいられないと思うけど……」
学校には寮とかないのだろうか?そうだとすると涼恵に相談した方がいいかもしれない。
『いや、寮はあるんだ。しかし、手続するまでの間どうしようかと……それに、いい場所があればそちらにいたい……』
『なるほど……』
『ちょっと待ってくれ』
これは非常事態だと暁が涼恵に電話をかける。
『もしもし、どうしたの?暁君』
「あの、実は……」
事情を話すと、『なるほどね……』とうなった。
『それなら、うちの別荘を使っていいよ。今から鍵を持ってくるから、自由に使って。報告してくれたらもらってもいいし』
「すみません……」
『いいよいいよ、あんまり来ないし、裕斗のバカもあっちに戻ってるからね』
そして数十分後、涼恵が車でやってきた。
「やっほ、二人とも。乗って」
「ありがとうございます」
「その友達はどこ?」
「えっと……真統高校の子で……」
「了解」
涼恵は真統高校まで車を走らせる。そして優士を見つけ、彼を乗せた。
「あの、もしかして」
「初めまして、だよね。涼恵です」
「そ、そうですよね」
「緊張しないでいいよ」
笑いながら、涼恵は自分の別荘まで連れて行ってくれた。
「ちょっと使いにくいかもしれないけど、高校からも近いから。あと、はい」
三人に鍵を渡し、「ここの鍵。何かあったら使って」と言った。
「ごめんね、二人は先に中に入っててくれる?君は荷物を取りに行こうか」
「は、はい」
涼恵が優士をあばら家のところに連れて行く間、双子は別荘に入った。
「すごいわね……さすが現役研究所長」
マリアンが感嘆の声を漏らす。それもそのハズ、かなり広いのだ。一人暮らしするとなれば、確かに使いにくい。
片づけをしていると、二人が戻ってきた。
「すみません、何から何まで……」
「大丈夫、思っていたより少ないし」
優士の荷物を持って、二人は入ってきた。
「それじゃ、私はホテルに戻るよ。あっちに戻るまでに手が必要だったらまた言って」
「はい」
「優士君の方は、ちょくちょく顔を出すから。ご飯は作ってあげるよ」
じゃあまた後で、と優士をそこに残し、暁と悠を送り届けてくれた。
夜、白田と話していると妙な来客があった。
「お前……!」
白田はその来客に覚えがあるようで、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。関わりたくないのだろうと気付いた悠が暁に肘で小突く。暁も意図に気付き、白田に電話をかけた。驚いた白田はスマホを見、「すまねぇが、用事があんだ。帰ってくれ」と言って追い出す。
「ありがとよ」
白田が暁にお礼を言った。暁は「いえ、悠が判断してくれて……」と謙遜する。
「そうか。悠もありがとな」
そのお礼に悠は首を横に振った。自分じゃないと言いたげだ。
「こういう時は素直に受け取っておけ」
そう言われ、二人は顔を見合わせた。
その後、双子は屋根裏部屋で一緒にトレーニングをしていた。
「お前ら、意外と体力あんだな」
ロディに言われ、「まぁね」と笑う。実際、運動は割とできる方だ。
スマホを見ると優士からチャットが入っていた。
『この家、かなりいい……!』
『よかったな。でも、これからのことも考えないといけないぞ』
『え、何々、どうしたの?』
『優士が涼恵さんの別荘にいるんだ、行く当てがないみたいでな』
『マジ?』
どうやら快適に過ごしているらしい。それなら一応よかったと胸を撫でおろす。
それはそうと、打ち上げの日取りが決まった。デスティーノでやりたい、とのことだったので明日許可を取ることにした。スマホを置くと、
「明日、クレープ食べに行くか」
突然の暁の言葉に悠も「行く!」を素早く乗ってきた。机の上には悠が作ったクッキー。ロディとマリアンが食べられるようにプレーンだけだ。
「お前ら、本当にマイペースだな……」
「まぁ、二人らしいけどね……」
ネコ達が困ったような笑みを浮かべていた。次の日、白田に打ち上げの許可を取った後本当に食べに行ったらしい。
打ち上げ当日、許可を取ってデスティーノに集まると涼恵と記也が料理とデザートをたくさん持ってきた。
「ほら、食べ盛りだからたくさん食べて」
「そうだぞ。スズ姉の料理はうまいからな」
記也の目の前にはオムライス。涼恵の手作りらしい。
白ご飯だけは炊いていてね、と言われたが、まさかこんなに作ってくれるとは思っていなかった。しかも持ち帰り用にタッパーまで持参している。
「ん!本当においしい!」
「この料理毎日食えるっていいな!」
杏と信一が笑顔で頬張っていた。ネコ達には寿司が置かれている。
「ネコちゃん達もよく食べるね」
「うまいぞ!お金持ちってすげぇな!」
「うん!上等なお魚ね!」
「ハハッ、デザートもあるからな」
そうやって楽しんでいると、不意に涼恵が真顔になった。
「楽しい気分の中悪いんだけど、いい?」
そう前置きをする涼恵に、暁は頷く。それを見て、涼恵は話し出した。
「まだ、確信はない。だけど……暁君を追い込んだ奴は政治家の可能性が高い。それも、相当支持されている奴。そうじゃないとここまで隠されているなんて、あり得ないと思う」
「ごめんな、まだちゃんとした情報は得られていないんだ。スズ姉の情報網でもここまで得られないなんて、よほど徹底的に隠されているみたいなんだ」
政治家……つまり、汚職を隠すためにやったのだろう。
「クソッ!マジかよ……!」
信一が机を叩く。「こらこら、痛いでしょ」と涼恵は大人の余裕を見せた。
「大丈夫、絶対に見つけてあげるから。暁君の人生を壊そうとした罪は重いよ……」
「おいおい、蓮や佑夜さんと一緒に潰すんだろ?」
フフフフフフ……と二人が黒い笑顔を浮かべる。相当ご立腹らしい。
「それにしても……雪代 優士君、だったね」
「あ、はい。そうですけど……」
「柊木という画家から解放されてよかったよ。私達からじゃ手出しができなかったからね」
その言葉に、暁と悠はハッとなる。
「あの、涼恵さん。もしかして……」
悠が確かめようとすると、涼恵が小さく笑って悠の唇に指をあてる。
「いいよ、みなまで言わなくても。秘密にしているんでしょ?」
あぁ、やはりと二人は思った。
二人は、自分達が怪盗だと気付いている。
「別に君達の正体がなんであろうと、私達が味方であることに変わりはないよ。誰にも言わないって約束する」
「そうだなぁ。お前らが悪いことするとは思ってないし。……それに、本当はオレ達大人がやるべきことだからな」
記也もコクコクと頷いていた。
「……まだ守らないといけない子供に罪をかぶせるなんて、本当にゲスな大人だよ。私利私欲のためにしか動けないくせに何が「将来有望な若者」だ」
涼恵が苦々しく呟く。彼女は慈善事業のようなこともしている。
「あの、涼恵さん達ってなんでそこまでこの二人を……」
杏が尋ねると、「まぁ、話してもいいんじゃないか?スズ姉」と記也が姉の方を見た。
「まぁ、そうだね。
今から話すのは嘘だと思うかもしれないけど、実際にあったことだ。心して聞いてくれ」
その言葉に怪盗達は息をのむ。
「私達がまだ君達と同じぐらいの年の時だ、それこそクズな大人どもの理不尽なゲームに巻き込まれてね。文字通り「命を懸けた」んだよ」
「そうだったな。特にスズ姉と佑夜さんはオレ達を守ろうと必死になっていたんだ。二人とも、守るために自分の命すら捨てる覚悟だった。スズ姉は何とか脱出できたのはいいけど即入院だったもんなぁ」
「シル、それは言わない。……自分達がそうやって理不尽な大人どもにそんな仕打ちを受けたから、社会的弱者や子供達にはそんな思いをさせたくないって、だから今の研究所を立ち上げたんだ。あそこに最初期からいるメンバーは皆、それに巻き込まれた人達だ。だからこそ社会的に弱い人を助けるし、理不尽に強い怒りを感じる」
そう、だったのか。だとしたら納得がいく。
だって、母親も目の前の人達も、理不尽には徹底的に怒り、抗ってきていたから。
「本当に、私達の方で何もできないのがつらいよ。最初期メンバー総出で何とか情報を得られる程度だからね……でも、絶対に暁君の暴力事件が冤罪であると証明してみせるから」
「うん、ありがとう」
「次に来るとしたら十二月前後だと思うから、その間に得られた情報はその都度君達にも送るよ。佑夜さんと慎也と愛斗が君達の夏休みに合わせてこっちに来ることができるかもしれないから、三人にも資料を渡しておくよ」
そう約束してくれる涼恵に、双子は頷いた。
「なぁ、その……」
ロディが何か言いたげにしている。どうしたのだろうと思っていると、
「……連絡先、交換しておく?グループチャットにして、みんなに共有しても構わないけど」
涼恵からそんな提案を出された。皆がいいのかという瞳をしていると、「もう話してるからね」と笑った。
「わざわざ二人からみんなに回すっていうのも大変だろうし、私は大丈夫だよ」
「そうだな、そっちの方がオレ達も楽だし」
いつでも相談していいし、と言われて、みんなは連絡先を交換した。
「今後出来たお友達にも勝手に教えていいからね」
さて、じゃあ今日はお開きにしようか、と涼恵は笑うと、杏が「あ、あの、涼恵さん!どうしたらそんな身体に……!?」と身を乗り出してきた。それに「落ち着いて」と涼恵は困ったように笑いかける。
そうして、帰るまでみんなで騒いでいた。
あの日のことを思い出す。
暁と悠が塾から帰っている時、女性が男性に絡まれているところを見かけた。
「あの、すみません。困っていますよ」
悠が助けようと声をかけると、男性が「あぁ!?」と悠を睨んだ。顔が赤くなっているところを見ると、酔っぱらっているようだ。
「お前、俺が誰か分かっていないのか?」
「誰なのか存じ上げませんが、絡むのは失礼だと思います」
こういう時に限って、無意識に言霊を発動させてしまっていた。男性の動きが止まり、悠は女性の前に立つ。慌てて、暁も悠の近くにやってきた。
「……っ、こいつ……!言霊使いか……!」
男性が驚いた瞳を向ける。悠がビクッと震えたのが分かった。
「……大丈夫、悠。オレがついてる」
悠の手をギュッと握り、暁は目の前の男性を睨んだ。
男性がニヤリと笑ったのが見えた。
「まさか、ここであいつの子供に会うとはな……お前でもいい、車に乗れ」
「い、いや……っ!」
「やめろ!」
悠の腕を掴んだ男性に暁はただ守りたい一心で離そうとした。男性はそんな暁の行動が気に食わなかったらしい。殴りかかろうとするが、よろけて倒れてしまった。
それからは大騒ぎだった。男性が暁を訴えてやると言い出し、悠が勝手に転んだんでしょ!と叫ぶ。その間に警察がやってくると、女性は弱みでも握られていたのか暁が殴ったと嘘の証言をしたのだ。
悠が必死に違う、兄は殴っていない、男性が勝手に転んだだけだと訴えても聞く耳も持たれなかった。
次の日、下に降りると「あの長髪の奴、結構律儀なんだな」と白田が笑った。入口の近くに飾られていたのは本物のコトミ。
「これ、預かっててくれ、だと。いい絵だよな」
「……そうですね。本当にいい絵だと思います」
優士の母が、自分の息子に向けて描いたものだ。きれいでないはずがない。
その時、チャットが入った。この絵を預けた本人からだ。
『起きているか?』
『あぁ、今起きた』
『少し考えたんだが、コトミはデスティーノに預けることにした』
『白田さんから聞いたよ。優士君がこれを預けるって驚いた』
『俺が持っていても母は喜ばないだろうからな。なら、日常を少し彩る方がいいさ』
『そうだな、お前がいいなら、それでいいんじゃないか』
そこは優士の判断に任せよう。もともと、彼のものなのだから。
そこでチャットを終える。そして少し出かけた。
向かった場所は母の実家。由弘には事前に連絡を入れている。
「いらっしゃい。待ってたよ」
年の近い叔父が出迎えてくれた。前と同じように本を読んでいると、「二人は本が好きなんだね」と言われた。
「あぁ、家にある本、全部読んだぐらいだ」
「そうなんだ。姉さんの趣味……ちょっと気になるかも」
「お母さん、何でも読むから雑食系かも」
三人でワイワイと話していると、「そうだ、儀式、見てみる?」と聞かれた。
「いいのか?」
「うん。本当に簡単なやつたと……親しい人ともっと仲良くなるものとか……まぁ、占いみたいなものだと思ってくれていいよ」
そんなものがあるのか……。そういえば、母親も教えてくれた気がする。
「姉さん達には、そういう儀式は自由にしていいからって言われててね。悠の言霊ほどではないけど、本当に効果があるって姉さんからのお墨付きだから」
母親のお墨付きなら、本当なのだろう。
「やってみる?」
「……ちょっと気になるかも……」
悠が目を輝かせる。由弘は笑って「いいよ、じゃあ頭に親しくなりたい人を思い浮かべて」と道具を準備しながら言った。
悠の頭には、兄が浮かんでいた。身近な人でパッと思い浮かぶと言われたら彼なのだ。
「なるほど……その人とはすでに絆を超えた仲だよ。それに、今以上に親しくなれるね」
「悠、誰を思い浮かべたんだ……」
「え、兄さん」
「納得」
「同じく」
暁が尋ねると悠がそう答え、ネコ達はガクッとうなだれる。由弘は「フフッ」と微笑んだ。
「じゃあ、暁もやってみる?」
「うん、興味わいた」
暁も子供のようにキラキラさせる。自分より子供だなぁと思いながら、同じようにやった。
「これは……二人か。二人とも深い絆で結ばれてるね。それに二人は暁を相当気にかけているみたいだ」
「兄さんは一体誰を?」
「父さんと母さん」
「理解」
「あぁ」
本当にこの家族は固い絆で結ばれているらしい。由弘も「いいね、姉さんは僕に対しても優しくしてくれていたけど、二人にはそれ以上だ」と言ってくれた。
そうこうしているうちに夕方になっていたようで、由弘は「そろそろ帰った方がいいんじゃない?」と言った。
「久しぶりに甥と姪と話が出来てよかったよ」
「オレ達も、由弘さんと話が出来てよかった」
「またいつでも来てね」
送り出してくれた叔父に、双子は手を振る。
デスティーノに帰ってくると、涼恵と記也がいた。
「二人とも、おかえり」
「ただいま」
「明日、あっちに戻るから顔だけでも見ておこうって思ってね」
「昨日会ったじゃないですか……」
過保護な研究者達に苦笑いを浮かべながら、屋根裏部屋に上がる。
「それで、お金とか足りてるか?出費は痛くないから、足りないなら渡すぞ」
「い、いえ、前の二十万で十分です」
実際、この二人にとっては全く痛くない出費なのだろう。だがこっちが気にするのだ。
「そうか?それなら構わないが。一応、別荘の方にそれなりの金額を置いているから連絡してくれたら使っていいからな」
「不用心すぎません……?」
「セキュリティはちゃんとしている。安心しろ」
そう言って、二人は立ち上がる。
「ごめんね、押しかけてきて。やることあると思うから、もう戻るね」
「はい、今回の件、本当にありがとうございます」
「気にすんなって。お前達の両親に徹底的にサポートしてくれって言われてるしな」
それじゃあ、と二人は店から出る。双子も外に出て、駅前に出ると前に見た男性が演説していた。
その主張に聞き入っていると、彼は「おや?」と双子を見た。
「君達、私の言葉を聞いてくれているのかい?」
「あ、はい。その通りだと思ったので……」
暁の言葉に彼は「それはうれしいよ」と笑いかけてくれた。
「あの、もしよければ私の選挙活動を手伝ってくれないか?」
「え、でも、難しそうですけど……」
「簡単なことでいい。君達みたいに耳を傾けてくれる若者はなかなかいないからね……」
どうやら訳ありらしい。……暇なときに手伝うのもいいかもしれない。
「いいですよ、オレ達に出来ることなら」
「ありがとう。私は田口 裕次郎。君達の名前は?」
「雨宮 暁です。こっちは弟の悠」
「これからよろしく頼む。暇な時で構わない」
頭に「太陽」という言葉が浮かぶ。彼も協力者の一人だったらしい。
太陽は十九番のカードで、正位置だと「成功、誕生、祝福、勝利、約束された将来」、逆位置だと「不調、落胆、衰退、意味のない時間」になる。意味は「物質的な幸福、幸運な結婚、満足」だ。
少し手伝っていると、「不祥事を起こしたくせに」という言葉が聞こえてきた。それに田口はつらそうな表情を浮かべる。
「今日はありがとう」
そう言って、この日はデスティーノに戻った。
次の日、学校に行くと柊木の改心のことで騒がれていた。
「結構話題になってるな……」
「そうだね……でも、気を付けた方がいいかも」
双子は小声で話す。実際、後ろで自分達を見ている女子生徒がいるのだ。
「あの人……先輩、かな?」
「多分。目立つ行動はやめた方がいいね」
ただでさえ前歴で目立っているのだ、これ以上目立つのはよろしくない。
「あ、暁君と悠君だ」
「あの二人、本当に仲いいよね……」
「クソッ、守護隊のせいで近付けねぇ……」
……一部はこの狂気じみた魔性のせいでもある。しかも遠い場所で信一と杏がにらみを利かせているのだ。異常に目立つのは双子のせいではなく、周囲のせいである。
そんなことを知らない二人はそれぞれ教室に入る。
この日は社会見学で、テレビ局に向かった。テレビ収録で探偵王子と共演できるようだ。収録前に集まり、「気をつけろよ」とロディに言われる。
「わーってるって!」
「お前が一番心配なんだ……」
「あ、ねぇねぇ、これが終わったらクレープ食べに行きましょ?」
マリアンがそう言った時だった。「あれ?」と声を掛けられる。
そこにいたのは、あの探偵王子の安村 勇だった。
「君達、功傑高校の学生さんだよね?」
「あ、はい。そうですけど……」
「収録のあと、クレープでも食べに行くの?」
そう聞かれ、暁は「いえ、遊びに行こうとは言っていたけど」と答える。すると彼は目を丸くした。
「あれ?そう聞こえた気がしたんだけど……あ、ごめんね。そろそろ行かないと」
そう言って、安村はとっとと行ってしまった。
双子はその様子を、疑いの目を向けながら見送った。
収録中、怪盗団について安村が「彼らがやっていることは私刑です。ただの犯罪者だ」とはっきり言い切った。そして、意見を求めるということでまずは暁に司会者がやってきた。
「では、君から話を聞いてもいいかな?怪盗団について、どう思う?」
「必要悪だと思います」
はっきり言い切ると、「おや、僕とは対立したね」と安村はどこか嬉しそうに笑った。今度は隣にいた悠にも質問してくる。
「……必要な存在、だと思います」
「君も同じ意見なんだね。二人に聞くけど、それはなんで?」
「確かに、世間的にはよくないことだと思います。けれど、彼らが立ち上がらなければ被害者が増えていました」
「なるほど……じゃあ、正義だと言いたいのかな?犯罪者ではないと?」
「それはどうでしょうね。少なくとも、わ……ボクは完全な正義とは思っていないですよ。安村さんの言う通り、法律的には犯罪でしょうから。必要な存在、ではあるけれど、本当はない方がいい組織、という感じですかね」
二人は自分が怪盗であるということを隠しながら、そう答えた。
収録後、安村が双子に近付いてきた。
「やぁ、さっきはありがとう。面白い議論が出来たよ」
「……それはどうも」
暁が短く答えると、「僕の周りには同調する人しかいないからね。君達みたいに真正面から意見が違う人と話すって楽しかった」と笑った。
「よければまた話さないかな?」
「うん?まぁ、いいですけど……」
「それじゃ、連絡先を交換しようよ」
なんか、やけにグイグイ来るな……と思いながら二人は安村と連絡先を交換した。
頭に「正義」という言葉が浮かぶ。正義は八番、もしくは十一番目のカードで、正位置にだと「公正・公平、善行、均衡、誠意、両立、慈善」、逆位置だと「不正、不公平、偏向、不均衡、一方通行、被告の立場に置かれる」になる。意味は「平等、正しさ、行政、正当な判決」だ。
「じゃ、時間ある時にまた話を聞かせてね」
彼はまだ収録があるのか、そのまま去っていった。二人は顔を見合わせ、そのまま信一と杏のところに合流した。
夜、家族チャットに返信が来た。
『テレビ、見たよ。質問に答えてるの二人でしょ?』
『あ、もう流れてたんだ。多分そうだよ、義明おじさん』
『いいですね……弟妹が立派になっていて』
『マリ姉……そんなことないよ……』
『実際そうだぞ!本当に暁と悠が立派に育ってくれてうれしいぞ、姉さん達は!』
『ユリ姉も……そんなんじゃないって』
『父さんの後ろに隠れていたからな、二人とも』
『もう!言わないでよ、お父さん』
『自分の意見を持っているのはいいことだ。流される人が多いからね』
『光助おじさん、そう言ってくれてうれしいよ』
『でも、本当にいいよね、この受け答え。さすが、ボク達の子供だ』
『母さんに言われると照れるな……』
そのチャットを、ロディとマリアンが覗き込む。
「家族か」
「うん、そうだよ」
「多いわね……」
「ユリ姉とマリ姉は養子みたいだけどね」
チャットを終え、二人は横になる。ジッと片割れを見つめあっていたが、
「……兄さん、一緒に寝よ……?」
妹にねだられ、暁は「いいよ」と微笑んで隣に横になった。ロディとマリアンはその近くに丸くなる。
「えへへ……やっぱり、あったかいね」
「そうだな。久しぶりだ、悠とこうして寝るの」
「大きくなってから、別々のベッドで寝てたもんね」
「そうそう。男女だからって言われてね。オレ達は気にしないのに」
二人の会話に耳を傾けていたネコ達は小さく笑った。
昼休み、優士以外の怪盗達は中庭に集まっていた。
「クソッ!好き勝手言いやがって!誰も立ち上がらないから怪盗やってるっての!」
「こら、ちょっと声を抑えなさい」
信一が叫ぶと、悠はそれを止めた。
その時、カシャとカメラのシャッター音が聞こえてきた。振り返ると、そこには生徒会長が立っていた。
「ごめんなさいね、目立つ集団だったものだから」
そう言われ、信一と杏は彼女を睨む。暁がなだめていると、「まぁ、問題行動は慎んでね」と立ち去って行った。
放課後、公園で集まると杏が不安そうな表情を浮かべた。
「ねぇ、私達のしてることって間違っているのかな……?」
「どうした?」
信一が首を傾げる。どうやら昨日の安村の言葉が気になったらしい。
「……自分の信じたものを貫いたらいいんじゃない?」
悠が小さく言った。優士も頷く。
「そうだな。少なくともそれで助かった人だっている。俺がその証人だ」
「いいこと言ってくれるじゃねぇか!」
「そうだね、法律とは違う、自分達の正義を貫こうよ」
三人に言われ、杏も安心したような表情になる。
その様子を遠くで見ている人がいた。
夜、三田に呼ばれ双子はファミレスに向かう。
「どうしたんだ?」
暁が尋ねると、「依頼が来ていてね」と三田は笑った。
「なるほどな……」
「名前は分かってるよ」
名前を聞いて、デスティーノに帰る途中、悠が立ち止まった。
「どうしたの?」
「なんか、妙な言葉が聞こえてきてる……」
妹の言葉に暁が耳を立てると、「おいしいバイト」やら「簡単なバイト」という言葉が聞こえてきた。
「……確かに、妙だな……」
「うん。……早く帰った方がいいかも」
悠が兄の手首をつかみ、足早に歩きだす。
本当に、こういうことにはすぐ気付くな……。
妹はその警戒心ゆえか、悪意にはすぐ気付いてしまう。近付くことなく過ごせるためいいのかもしれないが、それは時に残酷でもあった。
(そのせいで、悠はオレが冤罪着せられた時も傷ついて……)
悪意ある、ということはもちろん悪い噂も入ってくる。それを真っ先に聞こえてしまう悠は、どれほどの傷を負っただろうか。
「ユウ?大丈夫?」
マリアンが尋ねると、悠は「うん、大丈夫だよ」と笑って喉を撫でた。
「アキラ、どうしたんだ?」
ロディが顔を出す。暁は「何でもないよ」とその頭を撫でた。
「……そうか」
その顔に、寂しさが宿っていたのを見逃さなかった。
次の日の放課後、生徒会長に呼ばれ暁と悠は生徒会室に向かった。
「なんですか?悠は話せないんですけど」
「別に構わないわ。あなたは話せるでしょう?」
強引だな……と思いながら、二人は座る。隠れた場所でロディとマリアンものぞいていた。
「率直に聞くわ。日色先生が突然変わった理由、知らない?」
「知りませんね、良心の呵責でしょう」
「そう。それならこれを聞いてほしいんだけど」
そう言われ、スマホから流されたのは昨日の信一の言葉。思いっきり録音されていて呆れてしまう。
あのバカ……っ!
「私はあなた達が怪盗だと思っているのだけど」
「あなたには」
悠が感情のままに言おうとしたその時、暁のスマホに電話が来た。見ると、場の悪いことに信一からだった。
「どうぞ?」
このままやり過ごそうと思ったが、そう言われては出るしかない。諦めて暁が出ると、
『おう!暁、早くいつもの場所で怪盗団会議しようぜ!』
……不用心すぎる……。
双子がため息をつき、生徒会長は「ちょうどよかったわ」と笑った。
「こうなったら仕方ないな……」
「そうね……」
ネコ達も諦めた顔でうなだれた。
仕方なく生徒会長をアジトに連れて行くと、ほかの人達は驚いたようだった。
「誰だ、この人は」
「うちの生徒会長だよ」
「三人にも聞いてほしいものがあるの」
生徒会長は同じように信一の言葉を流す。
「これ、まだ私しか知らないの。私の依頼を聞いてくれたら、これは消すわ」
……これは、受けないと兄さんがヤバイ……。
悠達はまだどうにでもなる。しかし、前歴持ちである暁は下手すれば少年院行きだ。
「……なんですか?」
兄も自覚があるのだろう、尋ねると彼女は、
「改心させてほしい奴がいるの」
「……名前は?」
「無理、とは言わないのね。マフィアのボスというのは分かるけれど、名前は分からないわ。そこから調べてほしいの。うちの生徒も被害にあっててね」
「……分かった」
暁が頷くと、信一が「おい!?」と見たが彼女は満足したのか、「期限は二週間よ。それまでにいい結果を待っているわ」と去っていった。
「名前、か……」
悠が呟くと、「マフィア、か……」と暁は苦い顔をする。
「出来たら、悠は近付けさせたくないな……」
「そもそも、ホントによかったのかよ!?」
信一が叫ぶと、悠は「あれ、受けないと兄さんが危ない。少年院行きになるかもしれないし」と答えた。
「でも、なんで悠を近付けさせたくないの?いや、私達も近付きたくないけどさ」
杏が首を傾げた。ほかの人達も分からないようだ。
「オレ達は成雲家の血筋を引いてる。しかも悠は強力な言霊使いだ。マフィアの奴らに知られたら……」
「なるほど……確かにいただけないな……」
ロディも分かったらしい、ショボンとした。
もし知られたら、悠のその力を利用しようと狙ってくるだろう。何しろ世界を支配できるほどの力だ、そのせいでこっちに来たと言っても過言ではないほどなのだから。
「それなら、情報収集はアキラと一緒に居た方がいいかもね……」
マリアンも困ったような表情を浮かべた。
明日から情報収集をしようとこの日は解散した。
夜、涼恵に電話をかける。
『もしもし、どうしたの?』
「あの、少し聞きたいんですけど……最近、こっちで高校生を狙ってるマフィアって知ってますか?」
『マフィア、ねぇ……心当たりがありすぎて、どのマフィアのことか分からないかな……いくつかあげてみてもいいけど、多分混乱するだけだろうし……』
「そうですよね……」
というより、心当たりはあるんだ、とは口が裂けても言えなかった。
『聞き込みが一番だけど……こういう時って、ボスの名前まで行かないことも多いからね。私に聞くより、地元の新聞記者とか情報屋を頼った方がいいかも?まぁ、無難なのは新聞記者だね。情報屋だとぽったくられたり、嘘を言われたりするから』
「なるほど……」
『こっちでも探ってみるよ。またなんかあったら相談して。あてがないなら、知り合いを紹介するよ』
「ありがとうございます。でも、今のところ大丈夫です」
仕事の途中だったのだろう、パソコンをかかっている音が聞こえてくる。早々に電話を切り、「聞き込み、かぁ……」と呟いた。
「仕方ないよ、実際そっちの方が早いもん」
「そうだけどね……やっぱり悠が心配で」
ただでさえ、厄介な相手に狙われていると言うのだ。もうおなかいっぱいである。
「もう寝よう?どうにかしないといけないしさ」
「……そうだね、先に寝てて」
「うん……おやすみ、兄さん」
悠がベッドに横になり、ネコ達も丸くなる。暁は下に降り、コーヒーを淹れた。
どうやって悠を守るか考えていると、隣に気配を感じた。
「お困りのようだな」
「……クラウン」
相変わらず、風のような人だ。クラウンは持参したコーヒーを注ぎ、隣に座る。
「どうした?吐き出せば楽になるぞ」
まるで尋問のような言葉だが、そこに優しさも感じられた。
「……悠を、守りたいんだ。でも……」
口をついて出た言葉に、クラウンは耳を傾けてくれていた。
「……悠だって強い。お前だけが気負う必要はないさ」
やがて、そう言って頭を撫でてくれた。不器用なそれに暁が小さく頷く。
「まぁ、でも男だと、どうしても女きょうだいを守りたいものだよな。それが末っ子ならなおさらな」
クラウンがクスクスと笑う。
「そうだね、特に悠は可愛いから」
「確かになぁ。それは認める」
そこまで話して、クラウンは立ち上がる。
「それじゃ、オレは戻るとしよう」
「ありがとう」
「礼には及ばないさ」
風のように消えていく黒衣を、暁はジッと見つめていた。
次の日、学校内で杏と信一が聞き込みをしていた。
「……よくあれで通るな……」
暁とロディは杏の絶望的な演技力に呆然としていた。
悠とマリアンの方でも、信一を見てため息をついていた。
「……あれじゃ、ただの脅しだよ……」
悪いことをしているようだ……。
こんな感じだから、結果など火を見るより明らかというもので。むしろ変人で通っている優士の方が情報を得たまである。
「まぁ、そちらは問題児達だからな」
「ぐうの音も出ません……」
……そうだった。そもそもの問題、杏以外が問題児なのだ。簡単に情報を得るなんてできるわけがなかった。
まぁしかし、それでも得られた情報はあった。
「街中で声をかけられた……しかも昼間が多い……」
「ここから導かれるのは?」
「高校生を狙うから、というのがあるだろうな。それに、昼間なら怪しまれにくい」
とすると、あの日の夜に悠が気付いたあれも偶然だったのかもしれない。
「それじゃ、今度は街中で探してみるか」
「そうする方がいいかもね……」
信一の言葉に悠が頷く。何しろ期限が短い、早くした方がいい。
そのあと、双子は一緒に街中を歩いた。ほかの人達も別のところで聞いてみるようだ。それはいいのだが。
「なぁ、二人とも、気付いてるか?」
「うん」
「気付いてない方がおかしい」
「そうね……」
後ろには、生徒会長がつけてきていた。あれでバレないと思っているのだろうか。
「巻くわけにもいかないからね……」
「そっとしておこうか」
双子はため息をつきながら、末端を探す。
しばらく歩いていると、悠に声をかける男がいた。
「ねぇ、おいしいバイト、やってみない?」
「え、いえ……」
おそらく、こいつがスカウトマンだろう。どうやって情報を得ようか考えていると、
「すみません、私も興味があるんですけど、どんなことをするんですか?」
背後から、生徒会長が声をかけた。暁が悠に近付き、庇うように立った。
いろいろ質問すると、「めんどくさそうだね、君達」と去って行ってしまった。
「あれ、探しているマフィアの人間よね」
「そうだと思いますけど……」
兄と生徒会長が話をしていると、不意に生徒会長が悠の方を見た。
「……それにしても、彼は話さないのね」
責められている感覚に、悠はビクッと震えた。暁が「別にいいじゃないですか。弟は人見知りが激しいんです」と隠すように立った。
「……そう、ごめんなさい」
寂しそうな瞳をして、彼女は去っていった。二人は顔を見合わせると、ちょうど連絡が入った。
情報共有をしようと、カラオケ店に集まる。
「有力な情報は得られていないみたいだな……」
「多分、ボスの名前は出ないように徹底されてるかも……」
ガックリとしていると、不意に新聞記者のことを思い出す。
「なぁなぁ、アキラ。新聞記者の名刺、もらってたろ?」
ロディも思い出したらしい。暁が名刺を出すと「電話してみたら?」とマリアンに言われて暁は電話をかけた。
彼女が出した条件は、バーに来ることだった。
「どうする……?」
「俺は金がない」
「杏は危険だから行かせるわけにはいかないな……悠は」
「私も行く」
「分かったよ。でも、中には入れないからね」
「うー……」
話し合いの結果、暁、悠、信一が行くことになった。
夜、バーに向かっていると信一が指導員に捕まってしまった。最終的に、バーに入るのは暁とカバンに入っているロディだけになってしまった。
「悠、気を付けるんだよ」
「うん。近くにいるから」
暁がバーに入ると、「来たね、青年」と大谷は笑いかけた。そして奥の席に座る。
「まさか本当に来るとはねー。その勇気にめんじて、知りたいことを教えてあげる」
「あの、ここらへんで牛耳っているマフィアのボスを探しているんですが」
「ふぅん……まぁ、いいや。多分、君が探しているのは「金山 海斗」だと思う」
なるほど……明日にでも共有しようとほかにも日色の情報などを渡して出る。
頭に「悪魔」という言葉が浮かんだ。悪魔は十五番のカードで、正位置だと「裏切り、拘束、堕落、束縛、誘惑、悪循環、憎悪、憎しみ、恨み、根に持つ、 憤怒、破滅」など、逆位置だと「回復、覚醒、新たな出会い、リセット、生真面目、反省、猛省、出直し、転生」になる、逆位置の方がいい意味になるアルカナ。意味は「暴力、激烈、前もって定められ動かせぬもの、黒魔術」だ。
「あ、兄さん。……どうやら、大谷さんも協力者の一人だったみたいだね」
合流した妹に言われ、どうやら同じ言葉が浮かんだことが分かった。
信一はどこに行ったのだろうと周囲を見ていると、男に絡まれていた。
「……どうする?兄さん」
「……そっとしておこう。オレ達じゃどうしようもできない」
「お前ら、シンイチに対して冷たいな……」
「でも、あれじゃどうしようもできないわよ」
四人は頑張れ……!と心の中で親指を立てながら帰っていった。
「う、裏切り者ー!」
信一の叫びが夜の街に響いた。
次の日の昼、信一に睨まれながら名前を入れると反応があった。
「よし、あっているみたいだ」
「じゃあ、どこをどう思っているか、だな」
優士の言葉に悠は少し考えて、
「……お金が集まる場所、ってことでしょ?だとしたら銀行、じゃないかな?」
答えると、やはりと言うべきか反応があった。あとはどこを、を考えなければいけない。
いろいろと言ってみるが、反応がない。
「お金は被害者の財布から出てるんでしょ?」
「おいおい、この街にどれほど……」
「待て」
被害者がいると思ってるんだ、と信一が言おうとしたところで優士が止める。そして、
「……反応があった」
スマホを見せながら、そう言った。
「なるほど、この街全体が金づる、ということか……」
冷や汗を流しながら、暁が呟く。
一度見て見ようとデザイアの中に入った。
「全体が歪んでるな……」
「ここまで酷い歪みは初めてよ」
ディーアとマリーも驚いているようだ。さすがマフィアのボスということだろう。
周囲の人達に尋ねると、「足がつかない」と言っていた。どういう意味だと空を見ると、
「……え、あれ?」
空中に何かが浮かんでいた。遠くには海もあり、海の上にもつながっていた。
「ちょっと侵入は厳しそうだね……考えた方がいいかも」
リーダーの言葉にうなずき、現実に戻った。
デスティーノに戻り、少し考える。
「兄さん、海の方に浮島があったの、見えた?」
「いや、オレは見えてない……」
「多分、そこからも入れるとは思うけど……船がないし、何より上から銃撃されるかもしれない……」
「なるほどね……」
「どちらにしろ、無事に入りたいならこっちでカネヤマに接触しないといけないということだな」
ロディの言う通りなのだが、そうなるとこっちで危険になってしまう。
「今考えてもどうしようもないわね……明日考えましょ?」
マリアンの言葉にうなずき、その日は寝ることにした。
次の日の放課後、どうするか話していると生徒会長が来た。
「どう?順調そう?金山って名前が聞こえてきたけど」
「あぁ?かいちょーさんには関係ないだろ」
「そうよ、役に立たないんだから、そこでジッとしてて」
「ちょっと、あんまりそう言うのは……生徒会長さんだって何か事情が……」
悠が庇うように告げる。
「しかし、事実だろう」
「言いすぎだよ。彼女だって、もしかしたら」
「悠は優しすぎ!」
「そうだぜ!」
三人がそう言った途端、彼女の様子がおかしくなった。
「分かったわ、会わせればいいんでしょう?」
「ちょ、待て!」
走って行ってしまう生徒会長に暁は慌てて止めようとするのだが、遅かった。慌てて追っていくと電話が鳴った。
『録音して。あなた、金山の居場所知ってる?』
「――!?」
やめろ、と叫ぼうとするが悠に止められる。少しでも危険に合わせないように、だ。
裏路地の方で、生徒会長が車に乗り込むところだった。優士がスケッチブックにナンバーを書き、タクシーで追いかける。
「すみません、ここでいいです。おつりはいりません」
やがて目の前の建物の駐車場に入ったのを見て、悠が一万円を渡して降りた。
中に入ると、生徒会長が金山を思しき男に腕を掴まれていた。
「あん?てめぇら、なんだよ」
「彼女を返せ」
暁が睨むと、「こんな上客、簡単に手放すわけねぇだろ?」と嗤った。
「なぁ?功傑高校の美人生徒会長さん?まったく、いらねぇ客も連れてきてな。いいカモだぜ」
金山は写真を撮り、お酒が写っているところを見せながら、
「お前ら、一か月以内に三百万持ってこい。この写真をばらまかれたくなければな」
そう言ってあざ笑った。怪盗達は歯ぎしりする。
とにかく、生徒会長を助けなければ。
そう思って悠が一歩前に出ようとする。
「お前は俺を喜ばせてくれよ?」
「いたっ……!」
金山が生徒会長の腕を強くつかんだ時、それは起こった。
「……放せ」
「あん?んだよてめぇ……」
「放せと言っているだろう、この汚い豚野郎が」
悠が暴言を吐くと、金山は怒りに満ちた目で見た。そして、冷や汗を流す。
先ほどまでの大人しい雰囲気の白髪の男子はどこへ行ったのか、そこにいたのは瞳が赤くなり、強い殺気を放っていた。一度見たことのある信一とストッパー役の暁はすぐにやばいと気付いたが、初めて見た人達は怯えた瞳をした。
「化け物……っ!?」
周囲にいた取り巻きが今の悠に言ってはいけない言葉を放ってしまう。「ふ、ふふふ……っ」と悠が不気味に笑い、
「あぁそうだ、私は化け物だ。言い残すことはそれだけか?」
そう言いながら手を広げる。そして、
「吹き荒れよ、『突風』」
その言葉とともに、風が吹き出した。最初は弱い風だったが、だんだんと強くなっていく。仲間達や生徒会長に被害が出ていないのは最後の理性がなせる業だった。
「さぁ、彼女に害なす者を射殺せ」
「悠」
本気で殺そうとしたその時、暁が悠の腕を掴む。悠がゆっくりと暁の方を見た。
「なんで止める?暁。彼女が嫌がっているのに」
「だからって、キミが悪役になる必要はない。もっと他に方法があるハズだろ?だから冷静になるんだ」
「……暁が言うなら」
片割れの言葉に少しずつ冷静になったのか、風が止まる。
「へぇ、言霊使い……いいねぇ、そいつ欲しいなぁ」
「……この子は絶対に渡さない」
金山が悠をなめるように見ていると、暁が抱きしめて見えないようにした。その様子に金山は笑いだす。
「アッハッハッ!しかもあの強さだと、そいつ女だろ?俺の女にしたいねぇ?」
「……弟だ」
「まぁ、服を脱がせれば分かることだ。ほら、望み通り解放してやるよ。その代わり、期間内に払えなかったらそいつをもらうからな」
下卑た金山の笑みに暁はいら立ちを隠せない。悠は兄の腕から抜けて生徒会長を守るように抱え、
「……分かった、その条件、呑んであげる」
「悠!?」
それを呑んだ妹に、暁は驚きの声をあげる。そんなことも気にせず生徒会長を兄に預け、前に出る。
「その代わり、借金とやらを返せなくても彼らに手を出さないで」
「ふぅん……気が弱い奴かと思っていたけど、そんなこともなさそうだなぁ?いいぜ、お前が借金肩代わりしてくれるってことだろ?」
その言葉に悠は頷く。金山は悠に近付き、顎を上げた。
「本当に仲間想いのいい女だなぁ。せいぜい抗ってみせろよ?」
「触るな、汚らわしい」
「おーおー、気が強いね」
悠が睨みながら手をはたき、距離を取る。金山が面白そうにしながら「おら、早く稼いでこいや」と言ったため、暁が生徒会長を支えて外に出る。
少し歩いていると、悠がふらついた。
「おっと、大丈夫か?」
優士に支えられ、悠は頷く。
「少し、言霊の力が強すぎただけ……」
心なしか、顔色も悪い。信一が「やっぱこえぇな……」と呟く。
「え、なに?知ってたの?」
「日色の時にちょっとな……」
それを聞いて、杏は納得してしまった。奴の悪事はよく知っているからだ。多分怒らせたのだろう。
「それにしても!本当によかったの!?」
「何が?」
「あの約束!やばいんじゃない!?」
杏が慌てているが、当の本人はどこ吹く風。さすがにここまで図太いと唖然とする。
「あいつが私を狙うのは分かってるからね。標的は一人に絞っておいた方がいいでしょ」
「でも……!」
「それに、いざとなれば警察に駆け込めるでしょ。大丈夫だって」
それに、一応お金なら異世界に行けば準備出来る。あの手のマフィアだと追加で借金を背負わせるだろうが、しばらくは大丈夫だろうと判断してのことだ。
「……暁が暴走しないことを願う……」
飄々としている悠に、優士が小さく呟いた。
何とか公園まで行き、悠がベンチに座ると、
「あ、あの、ごめんなさい」
生徒会長が謝ってきた。暁が「今回ばかりは本気でやばいと思った……」とため息をついた。
「早く改心させないと……」
頭が痛い。悠が狙われている以上、改心は最優先事項だ。
「ご、ごめん、兄さん……」
「いや、いいんだ。悠もわざとじゃないって分かってるから」
「そうそう!あれなんなの!?」
杏が身を乗り出す。暁が「あれが、悠が人前で話せない理由だ」と答えた。
「言っただろ?悠の力は世界をも操るほど強いって。悠は厄介なことに、常に言霊が発動している状態なんだ、一歩間違えたら本当に人を殺すかもしれないんだ」
そう言うと、優士が「こういう時に申し訳ないが」と前置きして、
「あの時の悠、素晴らしかった!絵に描かせてくれ!」
「……………………」
そんなことをのたまった男の溝内に悠がグーパンチを決めた。
「さて……これからどうしようか」
のたうち回っている青年をそのままにして、悠が尋ねる。信一が「あの銀行さえどうにかしてしまえば……」と呟いてしまう。
「銀行……?」
「馬鹿!」
杏が慌てて塞ぐが、意味がない。
ロディが「そうだ!」と叫んだ。どうしたのだろうと見ると、「ワガハイ達はターゲットになっただろ?」と告げる。
「特に彼女とユウは上物だろ」
「……なるほど。まぁあそこまで身体を張ったんだ、彼女にも知る権利があるだろう」
「そうだね、連れて行こうか」
「生徒会長、連れていきたいところがある」
突然ネコと話し出したかと思えば連れていきたい場所があると言われ、生徒会長は首を傾げる。
ナビをつけながら歩くと、クラウンの背中に生徒会長がぶつかった。
「ご、ごめんなさ……って誰!?それにここは!?」
生徒会長が驚きの声をあげる。説明すると、「なるほど……」と納得してくれたようだ。
「つまり、ここでオタカラとやらを盗み、改心させる……そして、あの銀行に私なら入れる、ということね」
彼女が少し進むと、宙に浮いていた銀行が降りてきた。
「ここからは危険だ、待っていても」
「護身術なら学んでるから大丈夫よ」
どうやらついていく気満々らしい、彼女を一人にしておくのも不安なため連れて行く。中に入ると、ある部屋に案内された。
そこで、モニター越しに金山のフェイクと話をする。
「こんばんは、川幹 美佳さん。学生の身では三百万集めるのは大変でしょう?融資しますよ」
「最初からそのつもりだったんでしょ?」
「よくお分かりで。……それでは、その白髪の奴以外は始末しましょう!」
その言葉と同時に、エネミーが現れた。
「逃げよう!」
ジョーカーが煙幕を使い、その場を切り抜ける。そして出口まで来たと思うと、後ろから声がかけられた。
「おやおや、さすがあのお嬢様の娘さん。あなたは特に上物だ、このまま奪いましょうかね」
「触るな、この豚野郎。汚らわしい」
「フフフッ。気が強いお嬢さんだ」
髪を触られたジョーカーが睨むと、金山は川幹の方を見た。
「弱者は弱者らしく、いいなりになっていればいいんですよ」
その言葉に、川幹の方から何かが切れた音が聞こえた。
「うぜぇんだよ、このクズ野郎!」
突然の暴言に、その場にいた人達は全員動きが止まってしまった。
『戦う覚悟はできたかしら?』
その時、そんな声が聞こえてきた。
「えぇ、おいで、アルブネア!」
それと同時に、彼女が頭を抱える。そして顔に現れた仮面をはがした。
青い炎が包み込み、現れたのはバイク型のアルター。
そのまま、生徒会長が蹴散らして外に脱出した。その勢いのまま、現実に戻ってくる。
「強かったな……」
暁が呟く。生徒会長は「なんか、気持ちよかったわ」と笑っていた。
「本当にすごかったな……」
「そうね……」
「ネコがしゃべってる!?」
「こいつら、あれを見た後だと声が聞こえるんだ」
「そ、そう……」
まぁ、ネコ達のことは置いておくとして。
「それで、どうするんだ?」
優士が尋ねると、彼女は「私も仲間に入れて」と言ってきた。
「……どうする?リーダー」
信一が悠の方を見ると、「まぁ、いいんじゃない?」と答えた。戦力は多い方がいい。
「ありがとう。あ、私は川幹 美佳っていうの。美佳でいいわ」
「いや、先輩を呼び捨てにするのは……」
「いいんじゃない?本人が言うんだったら」
優士がためらっていると杏がそう告げた。
悠がベンチに座る。しかし、帰ろうと切り出しはしなかった。
「彼、大丈夫?疲れてるみたいだけど……」
美佳が首を傾げると、暁が「多分、言霊が暴走した上にデザイアの中に入ったからだな」と答え、悠に近付いた。
「悠、今日はもう帰ろう」
「でも、話し合いした方が……」
「明日でも大丈夫。だから安心して」
兄に説得され、悠は渋々頷いた。美佳と連絡先を交換すると暁が悠を背負い、「ロディ、マリアン、帰ろう」とネコ達に声をかけた。
「美佳、また明日ここで話し合おう」
「え、えぇ」
暁の顔を見て美佳が頬を染めたが、当の本人は気付かなかった。
デスティーノへの帰り道、暁が「大丈夫?悠」と声をかけた。
「うぅ……疲れたぁ……」
「まぁ、今回すっごい強かったもんね……」
「なぁなぁ、あれ、なんだったんだ?」
ロディが足元から尋ねてくる。「あれなー……」と暁は冷や汗を流した。
「言霊が暴走すると、あぁなるんだ。こっちにいる以上、オレしか止められないし、あれ以上暴走すると今のところ父さんと母さんしか止められないんだよ。だからあんまり怒らせないでくれよ」
「わ、分かったわ……」
あれ以上があるのか……?とロディとマリアンは恐怖を覚えた。あれだけでもかなり怖いのに。
「兄さん?」
「ど、どうしたの?悠」
「言霊の力で、寒くしてあげようか?絶対零度まで」
……今日の夜は吹雪が吹き荒れそうだ。