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四章 虚像にまみれた芸術大学

 次の日、杏が優士と約束を取り付けた。

「『いいのか!?』だって。まぁ、大丈夫そう」

「じゃあ、行こうか」

 暁が言うと、杏は「べ、別に、あいつに恋なんて……」と頬を染めた。「魔性の男、恐るべし……」とロディがうなだれた。

 柊木のあばら家は涼恵が調べてくれていた。

「お前、なんで知ってんの……」

 信一が首を傾げると、マリアンが「ユウ達の知り合いの人が持ってきてくれたの」と答えた。

「お前らんとこの知り合いどうなってんだよ……」

「いろいろあるんだよ、こっちも」

 ホープライトラボは裏社会とも繋がっているとかなんとか。まぁ、それを伝える必要もないだろう。

 そうしてあばら家に来ると、優士が立っていた。

「来てくれたんだね!……そっちの人達も来たのか」

 あー、まったく興味ないんだなぁと思いながら噂の真相について聞いた。

 案の定、彼は否定した。

「先生がそんなことをするわけがないだろう。……そうだ、これを見てくれたらそれが誤解だと分かってくれるか?」

 優士がスマホである絵画を見せる。そこには女の人が何かに憂うような表情を浮かべた絵画が映っていた。

(これって……昨日柊木さんが話していた……?)

 悠は、昨日個展で柊木がこの絵画の話をしていたことを思い出す。確か、「コトミ」、だったか。柊木の処女作と言われている、らしい。

(……でも、違和感が……)

 悠からしてみればこれはどう見ても、男の人が描けるような作品ではないように思える。女性にしか描けないような繊細さに「何か」に対する愛情……。それを感じるのだ。

「悠、どうしたの?」

 兄が異変に気付き、声をかける。悠は大丈夫と言うように首を振った。

「彼は声が出せないのか?」

 優士が悠を見て、首を傾げた。「んなもん、どうだっていいだろ?」と信一がにらんだ。

 その日はそのまま別れた。あばら家の前で、話し合いが行われている。

「どう思う?」

「あいつの話を聞いてると、悪い奴には思えねぇんだよなぁ……」

 信一がため息をつく。確かに、表だけ見たら柊木は悪い人には見えないだろう。しかし、火のないところに煙は立たないのだ。悪いことでなくても何かはあると考えた方がいいだろう。

「柊木 走流斎、だっけ?あんな爺さんが悪い奴なわけ……」

「待って」

 信一が肩を落としかけた時、スマホを持っていた悠が画面を見せた。

「……デザイアがある」

 そう、デザイアがあったのだ。これはただ事ではない。

「あんな爺さんにもデザイアがあんのかよ!?」

「人は見かけによらないってことだな」

 暁が「あばら家」と言うと、ヒットする。あとはどう思っているかだが……。

「なんて思うのかな……」

 杏が悩むしぐさをした。信一が適当にキーワードを言っていく中、悠は一つ思いつく。

「……「芸術大学」」

『キーワードが一致しました。ナビを開始します』

 どうやら当たっていたらしい。美術館と悩んだが、教えるという意味ではこっちかと思ったのだ。

(まぁ、本当に教えているのかは別だけど)

 そう思いながら、デザイアに入る。

 デザイア内は金一色の派手な装飾で悪趣味と言わざるを得なかった。

「大学とはかけ離れているね……」

 イシュタルがそう告げると、「まぁ、欲望の世界だからね」とジョーカーが答えた。

 表からは入れないということで、抜け道から施設内に入る。廊下は人物画ばかりで悪寒さえ覚える。

 だが、どの人物画もどこかで見たことがあるように見える。

(この人は……東京で見たことがあるような……?)

 己とよく似た人は世界に三人いる、なんて言われているが……。

 進んでいくと、ある人物画があった。

「これ……ストーカー男じゃねぇか!」

 アレスが叫ぶ。名前も依頼されたものと同じだった。

 クラウンが「もう少し先に進もう、確信が欲しい」と言ったのでもう少し進む。大きな額縁が見えたのでのぞき込むと、

「これ……あいつじゃねぇか!」

 そう、優士だった。やはり、と双子は思う。

「ここの人物画は、全員弟子、ということか」

「人ではなく、ものとして見ているってことだな。ヒイロに負けず劣らず最低な男だ」

 ディーアがため息をつく。やはり人は見た目によらない。しかも傍には「ここの生徒は校長の道具だ」と書かれている。

「これもう、決定でいいだろ!?」

 アレスが言うが、ジョーカーは考えて、

「……悪いけど、保留だね」

 そう、答えた。

「はぁ!?なんでだよ!」

「情報が足りないよ。ちゃんと確認しないと」

「やってることは日色と変わんねぇだろ!」

「アレス、男気がないぜ。ジョーカーも女の子なんだからそう怒鳴るな」

 ディーアが止めるが、ジョーカーは「いいよ。納得出来ないのも分かるから」と首を横に振った。

「アレス、早く助けたいって気持ちは分かる。でも、私達のこの行為は人の名誉や命にかかわるの。だから慎重にいかないとダメなんだよ」

 優しく諭すように説明すると、「わーったよ」とアレスは頭をかきながら頷いた。

 この日はそのままデザイアをあとにする。明日、優士に事情を聞こうと杏が連絡を取ってくれることになった。

「あ、そこのお兄さん達」

 不意に声を掛けられ、暁は振り返る。そこにはカメラを持った女性が立っていた。

「その制服、功傑高校のものだよね?少し話、聞かせてもらえないかな?」

「あ、その、すみません。今、時間なくて……」

 暁が断ると、「そっか、残念」とさして残念そうとは思っていない声で言われた。

「それだったら、いつでもいいから時間ある時に連絡ちょうだい?」

 名刺を渡され、その女性は去っていく。名刺には「大谷 幸子」と書かれていた。それをカバンに入れ、解散する。

 デスティーノに戻り、暁と悠は涼恵と記也に連絡を取る。

「どうしたの?」

 閉店後、二人が来てくれた。コーヒーを出し、本題に入る。

「実は……柊木 走流斎のことをもう少し教えてほしいんです」

 悠が言うと、「柊木、ねぇ……」と記也が苦い顔をする。

「うちの情報では、黒い噂が絶えず届いているな。真相は定かではないけど、自殺者もいたって聞いたことはあるな」

「じさ……!?」

「オレも、聞いたことはあるってだけだ。弟子の虐待だとかも日常的だと噂があるな。だから弟子は今じゃ一人だけだ」

 優士だけ……。

「あの、その残っている一人はなんで……」

「その子?雪代 優士君って言うんだけど、彼には身寄りがないみたいだね。噂が本当だとして、将来有望な子が食いつぶされるのも時間の問題だと思う。……私も、どうにか出来るならやってあげたいけど、あくまで東京が拠点だからね。相談を受けて調べるぐらいは出来るけど、あとは私達の方でも手出し出来ないよ」

「それにしても、どうしたんだ?柊木のことなんて聞いて」

 記也に聞かれ、二人はビクッと跳ねる。確かに急にこんなことを聞くのはおかしいだろう。

「まぁ、いいじゃないか。何かよくない噂でも聞いたんだろ?」

 涼恵は笑って記也を諭す。

「……こいつら、本当に何もんだ……?」

 ロディが顔を出すと、「お、ネコか」と記也が撫でた。「にゃっ!?ニャにやって……!」と鳴いていると涼恵も同じように顔を出したマリアンを撫で始めた。

「……可愛い……」

 ……そういえばこの人、ネコが大好きだったな……。

 そう思いながら、ニコニコしている二人を見ていた。

「この子達、飼い始めたの?」

 涼恵に聞かれ、悠は「あ、はい。その……捨て猫だったので……」と誤魔化す。ロディとマリアンが「違うぜ!」「私達が二人を世話してるの!」と鳴き始めた。

「そうか……一応聞くが、小遣いは足りてるか?」

「え、まぁ、一応……?」

 ちょくちょくバイトに行っているので大丈夫ではあるが。

「おばさんがお小遣いをあげよう。遠慮はするな」

「いや、ですが」

 さすがに申し訳なさが強く出る。というか、おばさんという見た目でもない。確かに自分の親より一歳年上ではあるが、見た目はお姉さんである。

「大丈夫だって!子供が遠慮すんな!親元離れて暮らすなんて大変だろうからな!」

 それぞれに封筒を渡され、二人は「じゃ、戻るわ。またなんかあったら言ってくれな」とホテルに戻っていった。

「なぁ……その封筒の中身って……?」

 ロディが冷や汗を流す。二人は封筒の中身を出すと、

「……十万……」

「合わせて二十万かよ……」

「あの二人の金銭感覚、どうなってるの……?」

 マリアンが驚きの声を上げる。まさかそんなに入っているとは思っていなかった。さすが現役研究者だ。

「でも、本当に愛されてんだな。お前ら」

 ロディとマリアンは、この双子がとてもうらやましく思えた。あの二人とは血がつながっているわけではないのだろう。それでも双子を信じて、サポートしてくれているのだ。

「……本当に、怪盗だって言えないな」

 暁の言葉に、悠は頷いた。



「……なるほど、了解した。ありがとう」

 ジョーカーが電話を切ると、クラウンが隣に立った。

「どうだった?」

「怠惰の講師のことを聞かれたらしい。それから「希望の光」達もまだ思い出している様子はないそうだ」

「そうか。まぁ、仕方ないか。まだ生きていることを今は喜ぼう」

 クラウンは遠くを見る。歪みの中心……そしてその場所を、よく知っている。

「……これが収まったら、一度戻るか」

 クラウンの呟きに、ジョーカーは小さく笑う。

「そうか、彼はお前の父親のようなものだったな」

 そんな会話をしながら、時間が過ぎるのを待っていた。



 次の日、再びあばら家に来ると優士は杏以外の三人を見て苦い顔をした。

「お前達も来たのか……」

 しかし追い返すことはしないようだ、中に入れてくれた。

 ……靴は、一つしかない。どうやら今は一人だけらしい。柊木はどこに行っているのだろうか?

「そこに座っててくれ」

 椅子が準備されていて、杏は部屋の中心に座る。

 悠は紙に『私、ロディとちょっと周辺を調べてみる』と書いて兄に見せる。暁は頷き、見送った。

「ん?どうしたんだ、君」

「ちょっと外に出るって。気にしないでくれ」

 優士に聞かれ、話せない悠の代わりに暁が答える。

 悠はロディとともにあばら家の中を見て回った。

「……ロディ、見て」

 不意に止まり、悠がそう言った。ロディが顔を出すと、彼女がなぜ止まったのかが分かった。

 目の前に、鍵のかかった部屋があったのだ。

「怪しんでくださいと言わんばかりの鍵だな……」

「多分、何か隠しているんだろうね……」

 それも、見られては困るもの。この時点でクロに近付いた。

 悠とロディが探索している間、優士のスケッチが続いていた。

「なぁ……いつまで続くんだ……」

 信一がうなだれる。暁は優士の様子をずっと見ていた。

 ……焦っている?

 なぜか、暁はそう思った。なぜそう思ったのかは分からないが、本当にそう感じたのだ。

「……駄目だ。うまく描けない」

 やがて優士はそう言った。その時を見計らって、信一が問い詰めると、

「お前達はまた先生のことを悪く言っているのか!?」

 優士が怒りをあらわにした。師匠を悪く言われたら、そりゃあキレたくもなるだろう。

 その時、悠が戻ってきた。怒鳴り声が聞こえてきたからだ。

「君、まだいたのか?」

 優士が悠をにらむ。悠はビクッと肩を震わせた。

「あ……えっと……」

 いくら男装しているとはいえ、中身は普通の女の子だ。男の子ににらまれたら怖がるのは当然だった。

「悠は関係ないだろ」

 暁が妹を庇うように前に立つ。

「とにかく、これ以上先生のことで関わらないでくれ」

 どうやら警戒されてしまったようだ。これ以上は優士が苦しいだけだろうと戻ることにした。

 あばら家の前でどうするか話し合っていると、暁のスマホが鳴った。電話の主は三田だった。

「もしもし」

『あ、雨宮?あのさ、君達に会いたいって人がいるんだけど』

「オレ達に?」

『うん。なんでも怪盗団に改心させられた人間だって。経歴とか調べさせてもらったけど、怪しいところはなかったからさ。どうしたらいいかな?』

 どうやら三田に来たのは前に改心させたストーカー男らしい。何か分かるかもしれないとその申し出を受け入れ、電話を切る。

「悠、君は明日どうする?」

「私は、公園で裏情報を探ってみるよ。マリアンもそれでいい?」

「えぇ、私は構わないわ」

 あんまり人数がいると相手も話せないだろうと思ってのことだった。人前で話せないのなら、別のことをしていた方が有意義だ。

「ちょっと待って。裏情報って?」

「まさか、ダークウェブとか……?」

「あぁ、知り合いに教えてもらった」

 杏と信一が呆然とする。そしてただ一言、

「……お前らの知り合い、何もんだよ……」

「なかなかいないでしょ……そんな人……」

 そう言った。これが当たり前で育った双子には意味が分からないが。

「慣れって怖い……」

 ネコ達が深いため息をついた。


 夜、悠はマリアンと一緒に外に出かける。シャーペンが壊れてしまったため、コンビニに買いに出たのだ。

「何か食べる?」

「ううん、いいわよ。ユウが食べたいものを買ったらいいわ」

 マリアンと話していると、目の前から誰かが歩いてきた。

「……君は……」

 そう、優士だ。悠は一つ頭を下げ、横を通り過ぎようとする。しかし、

「おい、君」

 手首を掴まれ、その低い声に驚いて優士を見た。

 その瞳から雫が零れていた。

「…………っ」

「……君は、なんで話さないんだ?」

 その視線は鋭いものだった。悠が答えられずにいると、

「……悪い、なんでもない」

 そう呟き、手を離した。そしてそのまま去っていく。

「……どうしたのかしらね」

「分からないや……」

 去り際に見た顔は、救いを求めているようだと思った。


 次の日、悠が公園に向かったのを見て暁達は駅前に来る。そこにはあのストーカー男が立っていた。

「あ……君達が、怪盗団の関係者?」

 声をかけられ、暁は「そうです」と頷いた。

「柊木を改心させてほしい」

 それを聞いた彼は、深々と頭を下げた。そして、事情を話す。

 どうやら彼は柊木の元弟子だったこと。

 虐待や盗作は当たり前で、それに耐えられず自殺する人がいたこと。

 今も一人、残っている子がいること。

 その子は身寄りがなく、出ていけないこと。

「逃げ出した自分が言うのもなんだが、彼は未来ある若者だ。助け出したい。検討、お願いします」

 そう言って、彼は去っていく。

 三人は悠のところに向かった。そして情報共有する。

「それはかなり問題だね……」

「もう決まりだろ?」

 信一に聞かれ、悠はもちろんと頷く。

「改心させよう、柊木を」

 そうして、次のターゲットが決まった。

 怪盗達は柊木のデザイアの中に入る。

「……厄介だね」

 ジョーカーがデザイア内装を見て、呟く。それもそのはず、赤外線が張られていたのだ。

「ジョーカー、私とディーアが先に向かうわ」

「了解。頼める?あの先に赤外線を解除するレバーがあると思う」

 小柄なマリーとディーアが先に進むと、ジョーカーの言う通りレバーがあった。罠の可能性も考えながらおろすと、予想に反して赤外線は簡単に切れた。

 四人がエネミーに気を付けながら近づいてくる。

「ありがとう、二人とも」

「当然だぜ!」

 そのまま、先に進んでいく。途中、巨大な壺が置いてあった。

「なぁ、これよさそうじゃね?」

 アレスがそれに触れた、その時。大きな音が鳴った。どうやらセンサーが仕込まれていたらしい。

「この馬鹿!敵に見つかっちゃうでしょ!?」

 イシュタルが叫ぶが、後の祭りだ。あわただしい足音が聞こえてくる。

「上!足場があるからそこに……!」

 ジョーカーの指示に、クラウンがまず上る。そしてイシュタルの手を掴み、持ち上げる。そのあとアレス、マリー、ディーアを同じようにし、妹も掴もうとするが、

「こっちだ!」

 既にそこまで迫ってきていた。

 ――やばっ……!

 このままではばれてしまう……!と焦る。

 無数のエネミーが来た、が。

「……む?いないぞ?」

「誤報だったか?」

「いや、まだどこかにいるはずだ」

 誰もいないことに首を傾げながら、エネミー達は別のところへ向かった。それを見届けたジョーカーは壁の中から出てくる。

「……危なかった……」

「大丈夫だった!?」

 イシュタルが慌てたようにジョーカーに近付く。

「私は大丈夫だよ。壁に穴があってよかった……」

 ジョーカーが見た方向には確かに、人ひとりが入れそうな空間があった。あの状況でよく見つけたものだ。

「ジョーカー、気を付けるんだよ。アレス、お前もむやみに触るな」

「へーい……」

 クラウンに注意され、アレスはバツが悪そうに頭をかいた。

 こんなことがあったが、何とか中庭まで来た。しかし、

「これ……」

 その先は扉にふさがれて行けないのだ。ジョーカーとディーアはその模様に見覚えがあった。

「ねぇ、ディーア。これ、鍵のついた部屋と同じ模様じゃない?」

「そうだな。おそらく、あの部屋は開かないって認識しているからだろうぜ」

「心当たりがあるんだな」

 クラウンに聞かれ、二人は頷く。

「それなら話が早いわ。いったん戻りましょう」

 マリーに言われ、現実に戻った。

 公園のところで二人の話を聞く。

「つまり、部屋に鍵がかかっていたんだね」

「うん。それはロディも見てるよ」

 あそこは柊木が他人には開けられないと思い込んでいる。だからデザイア内でも開かなかった。つまり、本人の目の前でその部屋を開けないといけないということだ。

「でも、それどうするの?」

「まぁ、柊木が帰ってくる時を見計らって開けるしかないでしょ?」

 杏の質問に悠は答えた。そしてこの中で一番の適任者と言えば……。

「……待って、もしかして……」

「杏ちゃん、お願い」

 そう、彼女だ。ほかの人達は連絡先を交換していないし、無理に入ったら今度こそ警察を呼ばれるだろう。なら、適任者は自然に入れる彼女しかいない。

「頼めるか?」

 暁にも言われ、杏は考えに考えた後、

「わかったわよ……やります!頑張りますっ!」

 半ばやけくそ気味に叫んだ。

 実行は明日、ロディとマリアンがついていくことで話は決まった。


 その夜、再び来客が来た。

「久しぶりだな、暁、悠」

「裕斗さん」

 大荷物を持ってやってきたのは夏木 裕斗。彼も両親の親友、なのだがちょっとずれた価値観の人だ。

「すまないが、泊まらせてくれないか?」

 ……そう、こんな風に。それに苦笑いを浮かべていると、

「さすがに冗談だ、俺も仕事がてらここに来ただけだからな。涼恵さん達の別荘を借りてる」

 そういえばこの時期には自然絵を描きによくここに来ると言っていた気がする。

「それで、どうだ?こっちの生活は」

「まぁ、何とかなってます」

 暁が答えると、裕斗は「それならばよかった」と微笑んだ。

「そういえばニュースになっていたが、お前達の高校の体育教師が捕まったらしいな。お前達に害はなしていなかったか?」

「いえ、特に何も。心配してくれてありがとうございます」

 突然聞かれドキッとするが、裕斗は特に気にすることなく「俺はお前達の母親に助けられたからな」と答えた。

「助けられた?」

「あぁ。俺もいろいろあってな。その当時は自殺まで考えていたほどだった」

 この人に自殺なんて言葉は全く当てはまらなかった。何でもその時は精神的に追い詰められていたらしい。そんな中で出会ったのが自分達の母親だったようだ。

「彼女は素晴らしい人だ。一度は拒絶した俺を、何度も助け出してくれた。感謝してもしきれないさ」

 ……優士に似ているな。

 不意に、そう思った。

「困っている奴に一度拒絶されても、何度だって手を差し伸べてやればいい。本当に行き詰っているのならば、いつかはその手を取ってくれるハズだから」

 裕斗はそう言って笑った。


 次の日、作戦通り杏とネコ達がカギを開ける係、双子と信一がデザイアで待機する係になった。

「大丈夫かな……?」

「イシュタル達を信じようよ」

「あいつ、演技壊滅的だからな……」

 デザイア内で開くのを待っている三人はそんな心配をしていた。

 そんな杏達はあの部屋の前に立っていた。

「だ、ダメだって!そこは先生が……!」

「優士、戻ってきたぞー」

 柊木が帰ってきたために、優士が慌て始める。

「ロディ、まだなの!?」

「ま、待ってくれ!もうすぐで……!」

「何やっているんだ?」

 柊木が来たと同時に、鍵が開いた。ゴトッと鈍い音が響く。

「なっ……!お前達、何をしている!?」

 途端、柊木が慌てだす。優士が弁明しようとしたが、その前に杏が腕を引っ張る。

 電気をつけると、そこには「コトミ」がたくさんあった。

「これは……!?」

 優士が戸惑った声を出す。それに柊木は借金があって、こういった贋作を売らないといけないほどなのだと言い訳をした。

 しかし、杏は納得しない。

「なんか、うそをついている気がするんだけど……」

 彼女は、中心にあるひときわ目立つ布をはぎ取った。

 ――そこにあったのは、本物の「コトミ」だった。

「先生……!?これは、一体……っ!?」

 優士が目を見開く。彼には分かるのだ、これが本物だと。

 彼が問い詰めると、柊木は怒りのままに警察に通報しようとした。しかし、杏が優士を連れてデザイア内に入った。


 デザイア内では、二度と閉まらないように仕掛けを解いた。

「これでよし……と」

 ジョーカーがそう呟いて、一度中庭に行こうと言った。そうして中庭に来ると、上から四人分の悲鳴が聞こえてきた。

 ……上から?しかも四人分?

 見上げると、イシュタルと優士、それからディーアとマリーが落ちてきていた。

「に、にに兄さん!杏ちゃん達が!」

「悠!慌てないで!」

 あまりの非常事態に、コードネームのことなど忘れて双子はキャッチする準備をした。

 ジョーカーのところにはディーアとマリーが、クラウンのもとにはイシュタルと優士が落ちてきた。

「じょ、ジョーカー!助かったぜ!」

「だ、大丈夫?」

「えぇ。むしろあなたのお兄さんのほうを心配したほうがいいと思うわ……」

 えっ?とジョーカーが振り返ると、クラウンが二人を抱えて苦しんでいるのが見えた。慌てて「け、『軽量化』!」と叫ぶ。

 クラウンがようやく二人を降ろすと、優士は周りを見て驚いた。

「こ、ここは!?」

「説明は後だ、今はここから出るぞ」

 クラウンの言葉に、優士は頷く。

 彼は飾られている絵画を見て、目を見開く。

「これは……!?」

「元弟子だろ?柊木は弟子をものとしてしか見ていねぇんだ」

 アレスが言うと、優士は認めたくないと倒れそうになる。それを、ジョーカーが支えた。

「き、君は……?」

 ジョーカーは慣れていない人の前でしゃべることが出来ない。しかしそれを知らない優士は「なんで、いつも答えてくれないんだ……」と苦々しく告げる。

「悪いな、ジョーカーもいろいろあるんだ。今は我慢してくれ」

 代わりにクラウンが答える。それに納得していないようだったが、優士は一応頷いた。

 そうして出ようとしたところで、フェイクの柊木が現れた。

「ふん、今度は校長か……」

 その姿は高級そうなスーツを身にまとっていた。それを見て、クラウンは鼻で笑った。柊木は卑しく嗤う。

「世の中、金なんだよ。金がなければやっていけない」

 あぁ、人間とはここまで腐るものなのか。ジョーカーはあきれながら、優士を守るように立つ。

「なんだ、その女。そいつに何の価値があるんだ?」

「金にしか目がないあんたこそ、価値がないと思うけど?」

 少しキレ気味に答えるジョーカーに珍しいとクラウンは思った。妹は人前で怒ることは滅多にないからだ。

「フン!貴様みたいな小娘にその道具の何が分かるんだ」

「道具扱いしている時点で、あんたの方が彼の価値を理解していないんじゃない?」

 チラッと、ジョーカーは優士の方を見る。

「彼の絵には、ほかの作品と違った情熱を感じる。それだけ、作品にかける熱意が違うのよ。それを、あんたは踏みにじった」

「貴様に何が分かるっていうんだ?」

「あの自然の絵、あれにあんたはどんな感情を抱いた?」

 ほかの怪盗達は何を言っているのか分からなかったが、マリーだけは心当たりがあった。

 ――あぁ、あの絵のことね……。

「あんたは世間にとっていい作品であれば、それだけでよかったんでしょうね。でもあの絵からは、怒りと悲しみと、それからあきらめが感じ取れたの。きっと、彼はあんたに何を言っても無駄だってそう思ってた。

 それすら感じ取れないあんたが、芸術家なんて笑わせるな!」

 怒りに満ちた顔で叫ぶジョーカーのその言葉に、優士が目を見開く。しかし柊木は「なんだと……!?」と青筋を浮かべた。

「そいつを殺せ!ついでにほかの奴らもだ!」

 命令と同時に、エネミーが現れる。ジョーカーが庇うようにナイフを持って優士の前に立つ。

 その時、優士が乾いた笑いをこぼした。驚いたジョーカーが振り返る。

「……俺も、馬鹿だな……ずっと真実から目をそらし続けて、違うと自分を偽り続けて……」

 彼は立ち上がるとジョーカーの肩を掴み、前に出た。

「今まで、俺は誰にも気づかれない、自分なんてどうでもいいと思っていた。自分に言い訳して、正しいことをしていると思い込んで……」

 その時、彼は苦しみだした。

『ようやくお目覚めかい?貴様は真実から目をそらし続けた……今こそ、その目で見極めよ!』

 それと同時に、顔に仮面が出てきた。彼はそれを掴み、叫びながら引きはがした。

 青い炎に包まれ、出てきた青年は黒服に青の手袋をまとっていた。

「偽りの芸術……それはいずれ散り逝くもの。それを今宵、お見せしよう!」

 優士の言葉にジョーカーは微笑む。

 怒り狂った柊木はエネミーに指示を出す。しかし、

「おいで、プシュケ」

 ジョーカーがアルターを呼び、光呪文を唱える。そのあと、優士が氷呪文を放った。

 一掃してしまい、柊木は顔を真っ青にする。

「貴様は輝かしい未来をドブに捨てたんだ!画家の道をすべて閉ざしてやるからな!」

 そう捨て台詞を吐き、どこかに消えてしまった。

「待て……っ!」

 優士が追いかけようとするが、力が入らず膝をついてしまう。ジョーカーは駆け寄り、彼の腕を自分の肩に回す。

「ジョーカー、連れていける?」

 クラウンに聞かれ、ジョーカーは頷いた。

 そのまま、デザイアの外に出る。そして近くのファミレスで事情を話した。

「そうか、幻想怪盗団……ただの都市伝説かと思ったが、実在するとはな……」

 優士が呟くと、「まぁ、二代目みたいなもんだけどな」と信一が笑った。

「それで、えっと……悠、でいいのか?」

 確認すると悠は頷いた。

「君はなぜ話せない?」

「あー、悠は……いろいろ事情があって、人前であまり話せないんだ。慣れた人なら大丈夫だから、それまでは我慢してくれ」

 暁がそう答える。優士は「そうか……」とうつむいた。

「……悠は、女性なのか?」

「あー……まぁ、そうだな……」

 そう言えば、怪盗服を見られてしまっていたんだった……。正直に言うほかないだろう。

「悠はオレの双子の妹だ。オレの許可なく悠に手を出したら容赦しないからな」

 暁のシスコン発言に、怪盗達が苦笑いを浮かべる。この兄は本当に妹が大好きなのだ。

 それはさておいて。

「……その、先生を、改心させるのか?」

 不安げな優士の瞳に、先に答えたのは悠だった。

「……うん。私達は、彼の悪事をどうしても見過ごせない」

 そのことにみんなが驚くが、ここはリーダーとしてしっかり説明するべきだろう。

「もちろん、最初はあなたの気持ちを考えたら、とも思った。でも……人命の方が、大事だから」

 悠の瞳は真っすぐだった。それに、優士はうつむいてしまう。

 人命の方が、大事……。

「雪代君は関わらなくていい。私達がやる」

 その言葉には、有無を言わせぬ強さがあった。

 それでも、優士は悠を見つめた。

「いや、俺もやる、連れて行ってくれ」

 その言葉に、信一と杏は驚いた表情を浮かべた。しかし暁は予想通りだったようだ。

「……へぇ、悠の言霊に負けないなんて、すごい奴だな」

 悠の言霊の強さは、暁がよく知っている。

 悠は試していたのだ、彼の心情がどう変化したのかを。

「ここまで意志の強い人も珍しいね、兄さん。普通の人ならさっきの一言でとっくにひいちゃうのに」

 悠も感心する。一切のためらいもなく言い切る人がいるとは。もしためらうのなら、連れて行くつもりはなかったのだが。

「……まぁ、いいわ。そこまでの覚悟があるなら、連れて行ってあげる」

 彼女は不敵に笑った。「ジョーカー」の時のように。

 信一と杏は驚いた。

「お、おい!いいのかよ!?」

「彼がその気なら、別に構わない。彼も当事者だし、邪魔さえしなければいいよ」

 あっけらかんと、悠は答える。

「詳しい話は、明日以降するよ。その時までに迷いは捨てておいた方がいい」

 暁の言葉に優士は「……あぁ」と頷いた。そして店員を呼んで、

「黒蜜あんかけを一つ」

 とマイペースに頼んでいた。そして、

「……あ、金を持ってきていなかった」

 今、思い出したようにつぶやいた。

「……今回はオレが払うよ」

 暁はため息をつきながら、そう言った。

「恩に着る」

「今度からはちゃんと確認しろよな……」

 信一も困ったような笑顔を浮かべていた。

「ところで、悠……なぜ俺から離れようとする?」

 優士が尋ねると、悠は先ほどまでの面影はどこへやら、怯えたような表情になる。

「お前、悠を睨んだりしただろ?それで警戒してるんだよ」

 暁が答えると「それは……すまなかったな」と謝った。

「まぁ、お前も余裕がなかっただけだろうし。悠、許してあげな」

 兄が妹に優しく告げると、彼女はコクコクと首を縦に振った。……しばらくはぎこちなくなっていそうだ。

 優士が黒蜜あんかけを食べ終えると、連絡先を交換してその場で解散となった。


 デスティーノに戻ると、涼恵と記也が座っていた。

「おかえり、二人とも」

 涼恵が声をかける。暁と悠が上で話したいというと、二人はコーヒーの代金を白田に払って屋根裏部屋に上がった。

「今日はどう?何か困ったことはない?」

 涼恵が尋ねると、暁が「はい、大丈夫ですよ」と笑った。

「それならよかったぜ。なんかあったら頼れな」

 記也がニカッと笑う。本当にこの人達には頭が上がらない。

「なんか情報とかほしかったら、また言ってね。すぐに調べてボコボコにしてあげるから」

「そうだぜ。お前達を苦しめる奴らはオレらが懲らしめてやる」

 ……本当に、この二人は似た者姉弟だ。


 次の日の放課後、柊木のデザイアに入るとあの中庭の扉がちゃんと開いていることを確認した。

「この先に進めそうだね」

 ジョーカーの言葉に「あぁ、行こうか」とクラウンは頷いた。先に進もうとしたところであることに気付く。

「おっと、その前に雪代君のコードネームを決めないといけないね」

 そう、新人のコードネーム決めだ。どういうことだ?と首を傾げる彼にイシュタルは本名で呼び合っていたら現実でどんな影響を出すか分からないからと説明した。

「なるほど……」

「オイナリ、とかでいんじゃね?」

 アレスがからかう目的で告げると、彼は「別に構わん」と頷いた。

「い、いやいや。かっこいい名前にしましょう?」

 マリーが慌てて訂正する。そしてジョーカーに「いいコードネームはないかしら?」と聞いてきた。

「そうだね……「ハシス」、とかいいんじゃないかな?芸術の神様の名前だし」

 そう言うと、優士は「いいな、気に入った」と微笑んだ。

「決まりだな」

「よろしくね」

 ディーアとイシュタルが笑った。

 進んでいくと、赤外線が張り巡らされている。

「……ちょっと先に進んで解くから、クラウン達はハシスに手順を教えてて」

 言うが早いか、ジョーカーは赤外線を抜けながらスイッチのある場所に向かう。

「本当に早いわね……見えているのかしら?」

 マリーの言葉にクラウンは苦笑いを浮かべる。事実、ジョーカーとクラウンは見えているのだから。

 説明している間に、ジョーカーは赤外線を解いたようだ。戻ってきて「近くに休めそうな場所があったよ」と報告する。

 そこに向かい、ハシスにもう少し説明する。

「先生のオタカラ……一体何だろうな……」

「それは分からない。だが、かなり執着しているハズだぜ」

 ディーアが答える。実際、柊木が執着しているものの検討がつかない。

「……案外、身近にあるものかもよ」

 不意にジョーカーが呟くと、「どういうことだ?」とハシスは問う。

「そのままの意味。大事なものほど、奥にしまいたくなるもの。だからハシスには見えていないだけかもしれない」

 ジョーカーは時々、わけの分からないことを言う。クラウンでも分からない時があるほどだ。

「どういう意味だ?ジョーカー」

 クラウンが尋ねると、ジョーカーは兄の耳元に口をよせ、

「処女作のあの絵、もし「盗作したもの」だったら?」

 そう、聞いてきた。まさか、とクラウンは妹の方を見る。

「確信はないよ。でも……あの処女作の絵は、あいつには絶対に描けない繊細さがある」

「……なるほどね」

 クラウンは理解したようだった。「教えてくれ」とハシスは聞くのだが、

「これは、あなたが自分自身で確かめなければいけないこと。その目で真実を見なさい」

 それだけ言って、何も答えなかった。

 そのまま、オタカラのルートを確保しようと安全地帯から出る。エネミーは……数体か。

「これなら、一直線に行けるね」

「ディーア、車頼む」

「お、おう……?」

 嫌な予感がしたが、ディーアは車の姿になった。それに双子が乗り込むと、

「アクセル全開!行くぞジョーカー!」

「オッケークラウン!行っちゃって!」

「お、おい!お前らやめ……っ!?」

 ディーアが止める前に、双子は車で爆走してしまう。それを見ていたメンバーは冷や汗を流して一言。

「……乗らなくてよかった……」

 車内で盛り上がっている双子の姿が思い浮かぶ。ディーア、ご愁傷様……。

 数分後、満足げにしている双子とぐったりしているディーアが戻ってきた。

「一掃してきた!」

「も、もう、代わってくれ……」

「あー、うん……お前らが楽しそうで何より……」

 げっそりしているアレスに「俺も乗ってみたかったが」とハシスが本気で思っているのか分からない声で言った。

「マジ?お前勇者だな……」

 ぐったりしているディーアを見て、よくそう言えたものだ……。

「オタカラの場所、一応分かったんだけど……」

「分かったけど?」

 ジョーカーの言葉に、マリーが耳を傾ける。

「赤外線で囲まれてて、上からしか入れなさそうなんだよね。それに、警備も多かった」

「なるほど……それなら、もう少し探索する必要がありそうね」

 ジョーカーは頷く。そうじゃないと盗めない。

 少し観察して、上にフックがあることに気付く。

「あれは?」

「あぁ、あれは重いものや大きいものを運ぶためのものだな」

「上下に動かせるのか?」

「そうだな、そうじゃないと大事な作品に傷がつくだろう」

 なるほど……と考えていると、ディーアが「使えるな」とニヤリと笑った。

「あとはあれの操作場所を見つけたらいいな」

「フックを使うの?」

 イシュタルが首を傾げると、「今回はそれしか盗む方法がないわ」とマリーが答えた。

「そうだね、赤外線の上の方は幸いにも張り巡らされていないし」

「そもそも、学校にこんなものがあるんだな……」

 まぁ、ここがデザイアだからというのもあるだろうが。

 そして探すと、電源室はすぐに見つかった。どうやら電気も三十秒ぐらいなら消せるらしい。

「これなら、ディーアにオタカラを盗んでもらって、クラウンに操作してもらおうかな?ハシスとイシュタル、アレスは私がディーアをフックに縛っている間、見張ってて。マリーはクラウンと一緒にいてくれる?」

 ジョーカーの言葉に、全員が頷く。「それなら、あとは予告状を出すだけだね」とデザイアを出た。

 誰が予告状を書くか、という話になった時、信一が下書きを書いて優士が訂正する、ということになった。

 そのまま解散し、双子はデスティーノに戻る。白田はすでに帰っているようだった。

「悠、オレはバイトに行ってくるから」

「じゃあ、私はロディとマリアンと一緒にアザーワールドリィに行こうかな……?」

 二人は資金集めのために、それぞれ出来ることをやった。


 次の日、学校に行くと前に電車で会った女の子と出会った。

「あ、先輩。おはようございます」

「おはよう」

 暁が挨拶し、悠が頭を下げると「えっと……そっちの、弟さん?の方は、声出さないんですね」と首を傾げられた。

「あぁ、いろいろ事情があってね……気にしないでくれ」

「わ、分かりました。あ、そうだ!今日のお昼、一緒にご飯食べませんか!?」

 彼女が目を輝かせて言ってくるものだから、二人は断れなかった。

 昼休み、中庭で一緒に食べていると、

「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが……例の転校生って……」

「あぁ、オレ達のことだな」

 特に気にせず答えると、「噂通りの人とは思えないですね……」と目を丸くした。

「まぁ、噂なんて尾びれがつくものだからな。おかげで悠もなかなか声が出せない状態になっている」

「悠……?」

「そう言えば、自己紹介がまだだったな。オレは雨宮 暁。こっちが悠だ」

「あ、私は幸山 あきです」

 悠は「あき」、と名乗った時の声に若干の違和感を覚えた。しかし、ネコ達はおろか兄も特に気にしていないようだったので、自分の気のせいだと思うことにした。

「私、新体操をしているんです。あの、暁先輩と悠先輩さえよければ相談させてください」

「オレは構わないよ。悠は?」

 暁がこっちを向くと、悠はもちろんというように頷いた。

 連絡先を交換し、昼休みが終わる。やはり、悠の中であの違和感が心残りだった。


 そうして、予告状を出す日。柊木のもとに予告状が渡された。それを見届け、優士が合流する。

「では、行くか」

 ロディが言うと、デザイアの中に潜入した。

 警戒度が上がっているのが分かる。何とかエネミーを避けてオタカラのところまで来た。

「作戦通り行くよ」

 ジョーカーの言葉に全員が頷く。

 クラウンはマリーとともに電源室に向かう。ジョーカーはディーアをフックに縛り付けた。

「大丈夫そう?」

「大丈夫だぜ。ちゃんと盗んで来るからな」

 それならいいが……とクラウン達の方に指示を出す。

 停電が入り、ディーアが降ろされていく。ジョーカーは気付かれたときのためにと拳銃を握った。

 しかし、意外にもあっけなく盗めてしまえた。そのことに違和感を覚えつつ、ジョーカーとディーアは合流する。

 そして中庭まで出ると、ディーアとマリーが耐えきれなくなって布を取る。しかし、

「に、偽物!?」

 そう、オタカラは偽物だったのだ。後ろから柊木の笑い声が聞こえてくる。

「まんまと引っかかりおって!」

「……なるほど、だから余裕ぶっていたのか……」

 クラウンが呟く。兄も気になっていたようだ。

 柊木がエネミーに持ってもらっていた絵画を見せる。それには、女性の腕に何かが抱えられているその絵画には見覚えがあった。

「これは……!?」

 コトミだ。それも、あの絵とは違い腕に赤子と青い花が抱えられている。

「これは優士、お前の母親の自画像だ」

「……は……?」

 ハシスが仮面越しに目を丸くしているのが分かった。ジョーカーが感じていた違和感は間違っていなかったのだ。

「そこの女は気付いていたみたいだな」

 その言葉にジョーカーは黙ったまま、柊木を軽蔑していた。

 あの繊細さは、この男に描けるわけないと思っていたけど……まさか母親の作品を奪うなんて。

 そのことに関する怒りが沸き起こったのだ。

 我が子に対する想い……自分の母親の喫茶店にあるあの絵画と同じものが感じ取れたから。

「……礼を言うぞ、たった今、お前を許す理由がなくなった」

 ハシスは怒りに満ちた表情で柊木を睨みつけた。

 瞬間、柊木が大きな本の化け物の姿に変わる。

「ハシス、危険だから下がった方がいいよ」

 ハシスが狙われていると即座に気付いたジョーカーが前に立とうとするが、彼は「大丈夫だ」とその肩を掴んだ。

「君が言っただろう、自分で真実を見ろと」

 そんなことも言ったと思い出す。一つため息をつき、隣に立つ。

「なら、その覚悟を私に見せて」

「あぁ、もちろんだ、ジョーカー」

 クラウンが闇呪文を唱える。それに続いてジョーカーも宣戦布告するように光呪文を唱えた。

「プシュケ、マリーのステータスを上げて」

 そう指示を出すと、ジョーカーの後ろにたたずんでいた魂の女神は優しい光でマリーを包む。それと同時に、マリーに力が湧いてきた。

「エレボスはハシスの防御力を上げてくれ」

 クラウンの言葉とともに、ハシスの防御力も上がる。どうやら二人は今回、サポートに徹するようだ。

「行きなさい、ハシス」

「あぁ、お前の手で決着をつけろ」

 双子の言葉に、ハシスは頷いて柊木を見た。

「私も手伝うわ」

 マリーもその隣に立ち、武器を構えた。マリーが風呪文を唱え、ハシスはそれに続くように氷呪文を唱える。アレス、ディーア、イシュタルは周囲のエネミーを倒していた。

「こざかしい……!そこの小娘が優士を惑わしたのか!」

 不意に、柊木がジョーカーを狙いだす。攻撃を避けながら、ジョーカーは銃弾を撃ち続けるが、

「……っ、弾切れ……!」

 乾いた音が出るだけになったそれに、焦りの色が見えた。止まっている暇もなく、なんとか攻撃をひきつけてはいるのだが、

「……っ!?」

 あろうことか、躓いて転んでしまった。走りすぎで身体の方が追い付かなかったようだ。

 来るであろう痛みに、ジョーカーは身構える。しかし、それはいつまで経っても来なかった。恐る恐る目を開いてみると、ハシスがジョーカーを庇っていた。

「は、ハシス……」

「大丈夫か?ジョーカー」

 彼の腕から血が流れていることに気付き、ジョーカーはすぐ回復呪文を唱えようとする。それを手で止めてハシスは日本刀をふるった。

「……俺を見つけてくれた彼女を悪く言うな……」

 声でも分かる怒りに、ジョーカーは目を見開く。

 彼がここまでキレるのは初めて見た。何がそこまで彼を怒らせたのだろうか。

「貴様にかける慈悲など、もはやあるまい」

 そう言って、ハシスは氷呪文を唱えた。その怒りはそのまま、柊木を凍らせる。

「こ、こえぇ……」

 アレスが本人に聞こえない程度に呟く。ディーアに小突かれていたが、彼も若干震えていた。

 氷が割れると、柊木はその場に倒れる。そしてオタカラである本物のコトミに手を伸ばすが、それをハシスが刀で制する。

「ひっ……!」

「汚い手でそれを触るな」

 冷たい声が響く。柊木が言い訳のように言葉を並べるが、そんなのはただ怒りを助長させるに過ぎなかった。

「フン、今更どうでもいい。すぐに罪を自白しろ」

 それだけ言い捨てて、彼は母の自画像を拾った。

「あ、あいつは、来ないのか……?あの、黒い仮面の……」

 柊木が怯えたように尋ねてくる。怪盗達はわけが分からないと顔を見合わせた。

 その時、デザイアが崩れ始める。ぐずぐずしていられないとディーアが車の姿になり、それに乗り込む。


 現実に戻り、少し話そうと公園に来る。

「まさか、これが歪みの原因だとはな……」

 優士が小さく微笑みながら呟く。

「それ、いい絵だね」

 杏がそう言うと、彼は「あぁ」と頷いた。現実の自画像は塗りつぶされているため、今やこれが真実の「コトミ」だ。何たる皮肉だろうか。

「これを見た時の衝動……嘘じゃなかった」

 しかし、この女性と同じ笑顔を浮かべる彼に悠と暁はよかったと安心した。

「ありがとう」

「お礼なら悠に言ってよ。悠がいろいろ図らってくれなきゃ私達も何もできなかったよ」

「あぁ、そうだな……本当に、ありがとう、悠」

「……別に、雪代君が無事ならそれだけでよかったよ」

 照れ隠しのように眼鏡をクイッと上げながら答える悠に、優士は「……名前で呼んでくれないのか」と聞いてきた。

「ん?ちゃんと呼んでると思ってるんだけど……」

「そうではなく、下の名前だ」

 兄を含むほかの人達はすでに彼のことを「優士」と呼んでいるのに、悠だけはいまだに「雪代君」だった。「あー……」と悠は頬をかく。

「……優士君、でいいの?」

 顔を赤くして言うと、優士は満足そうにうなずいた。

 今後のことは今度話そうとこの日は解散した。



「虚像の大学も崩壊させたか」

 アザーワールドリィで、仮面をつけた茶髪の女性が呟く。

「まぁ、あいつらだからできると思ってたぜ」

 よく似た茶髪の男性はそう言って笑った。

「それにしても、黒い仮面、か……」

 黒髪の女性が考え込むしぐさをする。

「まぁ、あいつらは「世界の奪還者」だしな。きっとうまくやるさ」

 黒髪の男性がケラケラと笑う。

 彼らは、特に何をするわけでもなくそこで話をしていた。

「お前な……のんきすぎるぞ」

「いつものことだろう。今更だ」

「開き直るな、バカ」

 彼らの周りでは、エネミーが攻撃をしてくる様子がなかった。

「本当に慕われてるな」

「お前の方もだろう」

 クスクスと、四人は笑う。

 そのまま、四人は現実世界に戻った。

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