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三章 幻想怪盗団「ファントムマスカレード」

 次の日、悠と暁は早く起きて置きっぱなしだったコーヒーカップを片付けようとしたが、既に片付けられていた。恐らく、ジョーカーとクラウンが片付けてくれたのだろう。心の中で感謝する。

 今日は休日なので何をしようか考える。もうオタカラは盗んだのでやることがない。

 その時、チャットが届いた。信一からだ。

『今、時間あるか?一緒に走ろうぜ』

『どこで?』

『学校だ。陸上部の時の穴場があるんだ。そこでやろうぜ』

『分かった、すぐに行く』

 チャットを終えると、二人はすぐにネコ達とジャージをカバンの中に入れ、学校に向かった。


 学校には既に信一が立っていた。

「すまない、遅くなった」

 暁が謝ると、彼は「急だったし、仕方ねぇって」と笑った。誰もいないことを確認し、双子はネコ達を出す。

「こいつらも来てたのかよ」

「悪いかよ?」

「はいはい、喧嘩はやめてね」

 ここぞとばかりに喧嘩を始めようとする信一とロディを悠が止める。本当にこの二人は喧嘩が絶えない。

 ジャージに着替え、ジョギングをする。一通り走った後、休憩を入れる。

「お前ら、全く息切れしていないなんてすげぇな。前の学校で部活でもしていたのか?」

 信一は双子の様子を見て聞いてきた。彼の言う通り、双子は全く息切れをしていなかった。だが、双子は首を横に振る。

「特にしていない。バイトとか実家の喫茶店で手伝いはさせてもらっていたが」

「そうだね、兄さんは主に接客をやってたもんね」

 ちなみに悠は食器洗いなどの裏方が多かった。客が多く、人手が足りない時は両親も渋々悠に接客させていたが、必要以上に客と会話はしなかった。

「へぇ、両親の手伝いか……」

「裏路地にあるんだけど、結構人が入ってたんだ。暇な日は母さん達を手伝っていた。それに、時々藤森さんっていう元店長が来てくれる。結構楽しかったよ」

 こうして聞いていると二人は本当に両親から愛されていたのだと思わされる。そんな何気ない日常を壊された時、二人は、彼らの両親はどんな気持ちだっただろうか。

「どうしたの?信一君」

 悠が信一の顔を覗き込む。不安など感じさせない瞳。しかし、本当は絶望しただろうし、辛かったハズだ。兄が、冤罪を着せられて……。

 不意に悠が彼の頭を撫でた。信一は顔を真っ赤にして「い、いきなりなんだ!?」と聞いた。

「何か考え込んでいるみたいだったから。撫でたら解決するかなって」

「……それで解決するのかよ?」

「さぁ?解決するかは信一君次第だけど。でも、落ち着いたらいろんな視点が開けるよ」

 なおも撫で続ける悠に信一は恥ずかしさを抱えながらもどこか安心した。

 ……こいつの手、案外小さかったんだな。

 目の前の、男装している人が本当に少女であることを自覚する。デザイア内ではこの手で自分達を守り、導いてくれたのか。

 すごい。

 ただただ純粋に、そう思った。彼女は確かに身長が高いから、胸を潰せば男に見えるだろう。だが、女であることを知っている信一からすればなぜこんな細い人が男に見えたのだろうと不思議に思った。

「悠、そろそろやめたら?」

 暁がいつまでも撫でている妹を止めた。兄として妹がずっと男の子を撫でているのを見ていたたまれなくなったのだろう。悠は「分かった」とすぐにやめる。

「お前らって、喧嘩すんの?」

 ふと気になった信一が尋ねると、「滅多にしないな」と暁が答えた。「余程のことだよ、私達が喧嘩するのは」と言ったのは悠。

「普段は言わなくても分かるし」

「私と兄さんは一心同体だし」

「「喜びも苦しみも二人で一つだからね」」

 それが当然というように二人は頷き合う。もはやそれは兄妹の関係を超えていた。

 ――誰も、二人の間に入ることは出来ないだろう。

 信一はそう、思った。

 ほら、早く再開しようと悠が声を掛け、信一は「あぁ」と頷いた。


 夜、白田に「そういや、お前らはあっちではバイトをしていたのか?」と聞かれたので暁は「えぇ、そうですけど」と答えた。

「それなら、こっちでもやっていいぞ。お前達の両親もやりたければやっていいと言っているしな」

「分かりました。ありがとうございます」

 どうやら両親が気を回して言ってくれたようだ。暁はお礼を言い、悠は頭を下げる。

 今なら教えられるぞ、と言われ、二人はコーヒーの淹れ方を教わる。……やはり、両親の淹れ方と僅かに違って楽しい。

「筋がいいな、お前ら。母親に習っていたのか?」

「はい、小学生の時に興味を持ったので教えてもらって……」

 正直に答えると、白田は笑った。

「そうか。道理でうまいわけだ」

 褒められて、二人は僅かに頬を赤くする。両親からそれなりに可愛がられていたので、かなり純粋なのだ。ちなみに両親が双子を可愛がっているのは自分が幼い頃、祖父母から可愛がってもらえなかったので我が子にも同じように寂しい思いをさせたくないかららしい。

「もう夜も遅い、早く寝ろ」

「はい、ありがとうございます」

 一応、明日も休日だがバイトを探すという予定が入った。保護司の言う通り早めに休んだ方がいいだろう。白田が帰った後、二人は寝間着に着替え横になった。



 次の日、駅前の求人冊子を見てどこがいいか考える。ちなみに悠は話してはいけないという理由から接客などのバイトが出来ないのでただ見ているだけだ。

「……コンビニとかは?」

「いいかもね。あ、本屋もある」

「掛け持ちするの?」

「どうしようかな……今のところ、一か所でいいと思うんだけど」

 双子で話をしていると、ネコ達がカバンの中から覗いてきた。

「これは何だ?」

「あぁ、求人冊子だ。お金を稼ぐためにどこがいいか探すんだ」

「ユウはしないの?」

「私は……他人とはあまり話せないから。内職はやっていたりするけど」

 幻想世界では悠が中心になっていたが、現実世界では兄に頼りきりになるだろう。

「そうなのね。……まぁ、接客が多いみたいだし、必要以上に話せないんじゃ、無理だものね」

「うん。こういう時、言霊なんて必要ないって思うよ」

 だが、そのおかげで様々な苦境を乗り越えられた。……少なくとも、怪盗をする上では必要な力だ。

「お母さんみたいにうまく扱えたらいいんだけどね」

「そういえばお前らの母親も使えるんだったな。……成雲家って、一体どんな一族なんだ?」

 ロディが聞く。悠は「私達もよく分からないんだよね。お母さんは教えてくれないから」と答えた。

「そういえばそう言っていたな……何か秘密でもあるのか?」

「それは分からない、けどお母さん達は私達を守ろうとしてくれていたよ」

 それだけは揺るぎない事実だ。家族はいつも自分達を守ってくれる。今回だって、双子の身を守るために母親の地元に送ってくれたのだから。

 ……あれ?

 そういえば、父親の出身を聞いたことがない。雨宮家は母親の実家――成雲家の分家らしいが、一度も行ったことがない。普通、母親は勘当されているのだから父親の方の実家の方が、つき合いがあるハズではないか。名家だから政略結婚でもおかしくないが、両親は「恋愛結婚」と言っていたし、子供視点から見ても仲もかなりいい。両親の親友もあそこまで仲のいい夫婦なんて見たことがないというほどだ。

 思えば、似たような……というよりほとんど同じ顔の人間なんて、そうそういるのだろうか。世界には同じ顔の人間は三人いる、なんて言うが、両親の顔はそんなレベルではない。明らかに「似すぎている」。本当にただ、性別を変えただけだ。

「ユウ、どうしたの?」

「ん?あぁ、何でもないよ」

 マリアンが心配そうに見てきたが、悠は笑って首を横に振る。今は両親の正体を考えている暇はないのだ。

「じゃあ、俺がバイトに行っている間は悠にロディとマリアンを任せるからね」

「うん。私も内職とか頑張る」

 暁の言葉に悠は頷く。その様子を見て、やはりこの兄妹は仲がいいとネコ達は思った。


 夜、双子が一階で勉強をしていると風が吹いた。

「やってるな」

「……クラウン?」

 口の端をあげ、クラウンは手を振る。それはどこか、デザイアに潜入している時の暁に似ている気がした。

「分からないところがあったら教えるぞ」

「じゃあ、ここを教えてくれる?」

 絶対におかしいのに、順応してしまっている自分達が怖いと思う。しかし安心するのだ、ジョーカーとクラウンが来ると。

 クラウンはノートを見て、「あぁ、これか」と教えてくれた。丁度、「幻想怪盗団」なる者が活動している時のものだった。

「懐かしいな、世間はよく怪盗のことで騒いでいた」

「知ってるの?」

「もちろん。この時の怪盗団のターゲットは教師の狛井、日本画家の巨匠の白野、東京を牛耳っていたマフィアのボス城幹、この時有名だったハッカー集団アヌビス、大手企業の若社長の咲中、そして政治犯の冬木 昭人と成雲 慶介……悪人だらけだった。怪盗達は悪人達に振り回されながら、自分の信じる正義を探し続けた。世界は彼らの手によって救われたと言っても過言ではない」

 幻想怪盗団「リベリオンマスカレード」のターゲットは双子も知っていた。だが、成雲 慶介……この人だけは、聞いたことがなかった。成雲、ということは自分達の関係者である可能性が高い。

「えっと……「リベリオンマスカレード」の目的って、結局何だったの?」

 悠が尋ねると、クラウンはニヤリと笑って告げた。

「世直しさ」

 曰く、この時の日本はかなり腐っていたらしい。それを正してやろうと思ったのが「リベリオンマスカレード」だった。

 そして今、再び日本は悪人で溢れ出してきたという。

「そして、もう一度それを正すために「トリックスター」が現れるんだ」

「トリック、スター……」

「変革者……」

 繰り返すと、クラウンは「そうだ」と頷いた。彼は双子の頭を優しく撫で、

「お前達は、「真実」を求めろ。なぜこんな風に世界が変わってしまったのかを」

 それが、お前達の「役目」だ。

 そう告げるクラウンの顔は、誰かによく似ていた。

「ほら、夜ももう遅い。早く寝ろ」

 まるで親のようなことを言う彼に笑いながら、二人は頷いて「おやすみ」と言った。



 クラウンが屋根の上に立っていると、黒い影がやって来た。

「ジョーカー、来たんだな」

「お前がよくここにいるからだろ?「幻想世界」の中でならともかく、現実世界では目立つからやめろ」

「とか言って、いつも付き合ってくれるくせにな」

 そう、ジョーカーだ。彼女は苦言を言いながらもクラウンの隣に立つ。

「悠と暁は?」

「勉強していた。お前に似て勉強熱心だな、あいつらも」

 クラウンが笑うと、ジョーカーも「あの時は一生懸命だったからな」と笑みを浮かべた。

「さて……あの子達はどうやって「世直し」をしていくんだろうね」

 二人の目には、あかりのほとんどない町が映った。ここから、まさか世界が滅ぶほどの脅威が生み出されているとは誰一人思わないだろう。

「……人間の、怠惰、か……」

「人間が考えることをやめてしまったら、今度こそ終わりだ。……だが、人間はそれを理解していない」

 いや、だんだんと迫りくる「神」とやらのせいで少しずつ蝕まれていっているのだろう。それを変えることが出来るのは、「アルター」の力を持つ者だけだ。

「……次は、誰があいつらの仲間になるだろうな?」

「オレ達と同じなら、次は芸術家じゃないか?」

 クラウンはジョーカーの肩を抱き寄せる。外には赤い満月が浮かんでいた。



 次の日、学校に行くとひそひそと声が聞こえてきた。

「ほら、悠君だよ。告白して来いよ」

「無理だって。どんなイケメンでも振り向きすらしないじゃん」

「女の子も興味ないみたいだしな」

「暁君も、顔がいいよね」

「噂では名家のお嬢様の子供らしいよ」

「えー、すごいなぁ」

「前歴さえなければお近づきになりたいのに」

 うるさいな……と思いながら二人はそれぞれの教室に向かった。

 悠が席に着くと、信一が声をかけた。

「よう!」

 それに彼女は微笑み、『今日は早かったんだね』と紙に書いた。

「あぁ。ちっと眠れなくてな……」

『そうなんだ。でも、眠らないと元気が出ないよ。やっぱり、日色のことが心配?』

「まぁな……。お前も心配なのに俺だけが相談してるのは……」

『私は大丈夫。兄さんがいるから』

 その様子を見ていた周囲の人は騒ぎ出した。

「ユウ、気を付けた方がいいわ。あなたは目立つんだから」

「そうだね」

 マリアンに言われ、悠は小さく頷く。信一も「あとでな」と前を向いた。

 暁は杏が不安そうにしているのを見て、「どうしたの?」声をかけた。

「あ、暁……。ううん、大丈夫……」

「何かあったなら話してほしい。君は親友を傷つけられたんだから」

 イケメンオーラを放つ彼に杏は顔を赤くする。この人は自分が魔性の男であることを自覚しているのだろうか?……していないのだろう。

「暁君、こっち見てくれないかな?」

「メガネ、外してほしいよね」

 女子生徒からの黄色い悲鳴も上がっている。それだけ格好いいのだ、この双子は。

「アキラ、お前もう少し自覚を持てよ」

「なんの?」

 ロディが言うのだが、この男はやはり分からないようだ。黒ネコはため息をつき、「まぁ、いいぜ。お前らしいしな」と呟いた。

 三田の話によると、日色は自宅謹慎をしているようだ。突然どうしたのだろうと他の人達は呟いていた。

 放課後、双子は合流して話し合った。

「改心は成功してるかな……?」

「それは実際に確認したいけど……日色が自宅謹慎しているなら、無理だからね……」

 そうやって話していると、「よう!」と信一が声をかけた。

「どうしたの?信一君」

「この後、どっか行かね?」

 その誘いに二人は顔を見合わせる。そして「……たまにはいいんじゃない?悠」と暁が言った。

「兄さんがいいなら、構わないよ」

 悠も頷いたので、信一はガッツポーズをした。

 遠くで、赤髪の女子生徒が見ていたような気がした。



 緊張しながらも期限の日の五月一日。緊急朝礼の時に、それは起こった。

「朝から何なの?」

「飛び降りのこと?言われなくてもしないって……」

 他の生徒達が愚痴をこぼす中、校長は話し出した。

 その時、体育館の扉が開いた。そこに立っていたのは、自宅謹慎しているハズの日色。彼は前に立つと、なんと土下座をしたのだ。

「私は、皆さんに謝らなければなりません。私はこの学校を自分の城のように思い、好き勝手やってきました。特に里口さんには、親友を盾に関係を迫ってしまいました。北濃さんが飛び降りたのは私のせいです。今日限りで教員を辞任いたします。誰か、警察を呼んでください……!」

 そして、本当に自ら罪を告白した。教師達は「か、解散!早く教室に戻りなさい!」と慌てて生徒達を教室に戻した。

 放課後、屋上で怪盗達が集まる。

「本当に、罪を告白したね……」

 杏が驚いた声を出した。信一も「驚いたぜ……あの日色がだぞ?」と目を見開いていた。そんな中、悠は何かを考えるしぐさをしていた。

「……悠、どうした?」

 それに気付いた暁が尋ねると、「あ、ちょっとね……」と笑いかけた。

「……なんか、似ている気がする……」

「何に?」

「最近起こっている「BREAK THE HEART INCIDENT」とか、「リベリオンマスカレード」が改心させたっていう出来事とか……」

「ぶら……なんて?」

「和訳すると「心が壊れる事件」。分かりやすく言えば精神崩壊するってこと」

 東京では特に話題だったもので、幻想怪盗団「リベリオンマスカレード」は二十年程前に都内で活動していた義賊集団だという。初めて改心されたのは、クラウンも言っていた私立凛条高等学校の体育教師狛井 凌という人ではなかったか。

「そういえばそうだな。確か、母さんが高校生の時のことだっけ?」

「うん、確かそのハズ。その時も、東京で「精神崩壊事件」というものが起こっていなかったかな?」

 それを、当時の探偵王子「冬木 なぎと」が解決しようとしていた……だったと思う。そのことについて、母親は詳しいことを話そうとはしなかった。

「そうなの?」

「あぁ、詳しいことは調べた方がいいかもしれないけど」

 双子もよくは分かっていない。ただそんなことがあったらしいということしか知らないのだ。

「今度、母親の実家に行くんだろ?」

「そうだね、もしかしたら情報が得られるかも……」

 ロディの言葉に悠は頷く。改心云々は書いていなくとも、幻想世界について何か分かるハズだ。

「それより、あの金メダルどうするよ?」

 信一が身を乗り出す。そういえば、まだ持っていたのだった。

「……さすがに、売るなりなんなりして処分した方がいいと思う」

「そうだな。でも、それってどこで……」

「……ミリタリーショップ?」

 そこしか思いつかない。金メダルなんて、普通は売るものでもないし、怪しまれるのは目に見えているが……。

「まぁ、だよな……」

「……明後日、行こうか……」

 双子はため息をつきながら、来たる連休の計画を立てる。



 そうして、三日に金メダルを換金しに向かう。

「またガキどもか。今度はどうした?」

「買い取ってほしいものがある」

 暁がカバンの中から金メダルを取り出すと、予想通り怪しげに見られた。

「……うちは盗品も偽物も買い取らないぞ」

「友達に好きに使っていいと言われたので」

 彼は金メダルを見て、何を思ったか「……六万だ」と告げた。暁が「それでいい」と頷いたので六万円と紙袋を二つもらった。

「中身は見るなよ?次来た時に持ってきてくれたらいい」

 そう言われ、帰された。入れ替わりに警察が入ってくる。

「……その中身、なんだ?」

 ロディがカバンの中から身を乗り出す。マリアンも同じようにして悠に「見てもいいんじゃない?」と告げるが、二人は「見るなと言われた」と首を振った。

「いいじゃねぇかよ、少しぐらい」

「少しじゃない気が……」

 まぁ、減るものではないか……と諦め、二人はその紙袋の中身を見る。

 そこに入っていたのは本物の銃……に見えるモデルガンだった。

「……もしかして、これを渡したのって……」

「十中八九、警察のガザ入れが入るからだろうね。うまいこと考えたね、あの人も」

 客がまさかこんなものを持っているとは思わないだろう。そこをうまく利用したのだ。自分達も金メダルのことを言われなかったので、お互い様ではあるが。

「いいじゃない。今度取引しましょう」

「……度胸が必要だな……」

 暁が苦笑いを浮かべる。確かにその通りだと悠も思った。

 その後、デスティーノの手伝いをして一日を過ごした。



 次の日、駅前で待っていると車に乗った黒髪の男性が二人を見つけ、降りた。

「ごめん、遅くなっちゃって」

「義明おじさん。久しぶり、そこまで待っていないから大丈夫だよ」

 彼は成雲 義明。母のいとこの兄に当たる人で、両親と一緒にファートルで働いている。今回は母の実家まで連れて行ってくれるということでここまで来てくれたのだ。

「蓮の実家はこっちだよ。ほら、乗って」

 そう言って、二人を車に乗せて運転を始めた。

「元気だった?」

 運転の最中、義明は尋ねる。暁は「うん。何とかやってるよ」と答える。悠も「今のところは問題なく過ごしているかな?」と笑った。

「それならよかった。二人が転校した高校で問題があったって聞いて、心配したんだ。蓮達も心配してたよ。あとでいいから連絡しておいた方がいいと思う」

「分かった。東京でもニュースになっていたんだね」

「元金メダリストだったからね、騒ぎにもなるよ」

 今朝、日色のことがニュースになっていたのだが、それに白田は「問題起こしてんのはそっちじゃねぇかよ……全く……」と呟いていた。

「それにしても、幻想怪盗団、か……」

「おじさん、何か知ってるの?」

 悠が尋ねると、彼は「もちろん。俺達が高校生だった時に話題になったからね」と笑った。

「懐かしいね、幻想怪盗団「リベリオンマスカレード」……その時と似たようなことが起こってるよ。誰かが日色とやらを「改心」させたのかもね」

 その言葉に二人はドキッとする。まるで見透かされているような……。

「突然精神に異常が出る事件も、日本中で起こっているみたいだしね。……気を付けるんだよ、本当に」

 その忠告が酷く耳に残った。

 そうして、大きな屋敷の前で車が止まる。

「ここだよ」

 ……なんだ、このお屋敷は。本当にこんなところに住んでいたのか、自分達の母親は。

 本当に「お嬢様」だったんだな……とその屋敷を見ているだけで思い知らされた。

「おばさん、すみません。義明です」

 義明が声をかけると、奥からまだ六十はいっていないだろう女性が出てきた。

「あぁ、久しぶりね、義明。……その子達は、もしかして暁と悠?」

「そうです、蓮の子供の」

「大きくなったわね。今、由弘もいるわ」

 どうぞ、と祖母は中に入れてくれた。使用人達が頭を下げている。不思議な体験だ、自分達はただの高校生なのに。

「蓮から連絡が来た時には驚いたわ。……二人共、元気そうでよかった」

 廊下を歩きながら祖母は笑う。そして、奥の部屋まで来て「ここに由弘がいるわ。挨拶したら、後は自由に過ごしてちょうだい」と告げた。

 恐る恐る開くと、そこには自分達とあまり年の変わらない黒髪の男性が座って本を読んでいた。

「あぁ、暁と悠か。久しぶり……と言っても、君達は覚えていないかな」

 彼は二人に気付き、本にしおりを挟んで向き合った。

「義明さん、ありがとう。ここまで連れてきてくれて」

「大丈夫だよ、これぐらい。……暁、悠。彼が成雲 由弘。君達の叔父にあたる人だ」

「あ、あの……その……」

「緊張してるね。大丈夫、事情は姉から聞いてるよ。僕に出来ることがあったら、いつでも言ってね」

 由弘は二人に笑いかける。こんな風に関わりやすい雰囲気を出しているところはやはり母親の弟というところだろう。

「書庫を見たいんだったよね。こっちだよ」

 由弘が三人を連れて、書庫まで連れていく。そこには膨大な量の本が置いてある。中にはかなり古い書物もあった。

「何か気になる本があったら、僕に言ってね。借りて行っていいから」

「ありがとうございます」

「敬語はいいよ。僕達、年も近いし」

 暁が由弘と話している間、悠は本棚を見て回った。そして、気になる本を取っては読み始める。

 暁も本を読み始めた。そこには、幻想世界らしき異世界の話が書かれていた。

 異世界の王女として生まれた乙女は、従者を連れて現実に来た。

 乙女は、悪人を改心させていった。

 しかしある時、悪神と相打ちになり、それを封ずるために自ら生贄になった。

 そんな感じのことが書かれていた。やはり、ここは異世界を知るための情報の宝庫なのだろう。

 夕方になり、義明に「二人共、そろそろ帰らないと居候先の人が心配するよ」と声をかけた。

「俺は先に車に乗ってるね」

 そう言って、義明は屋敷から出た。双子も本を借りて帰ろうと由弘のところに向かうと、

「あぁ、丁度よかった」

 年の近い叔父は二人を見て笑いかけた。

「どうしたんだ?由弘さん」

「何かあった時のために、連絡先を交換しない?それなら、僕もすぐに駆け付けることが出来るし」

「あぁ、それはいい案だ。悠も、チャットなら気軽に話出来るだろうし」

 二人はその提案に頷き、連絡先を交換した。頭の中に「運命の輪」という言葉が浮かんだ。

 「運命の輪」は番号が十番、正位置だと「転換点、幸運の到来、チャンス、変化、結果、出会い、解決、定められた運命、結束」を、逆位置だと「情勢の急激な悪化、別れ、すれ違い、降格、アクシデントの到来、解放」になる。意味は「幸運、転機、向上」だ。

「それから、僕、儀式が得意なんだ。だから何かあったら言ってくれたらしてあげるよ」

 それじゃあ、また今度と由弘は手を振った。

「どうだった?蓮の実家は」

 帰り道、義明に聞かれる。「お母さん、本当にお嬢様だったんだね……」と悠が呟くと、義明は笑う。

「今では想像も出来ないでしょ?蓮、喫茶店の店長の方が似合ってるし」

「否定出来ないな……お嬢様って言われるより、ハイスペックな母親って言われた方が納得出来るよ」

 暁が言うと、「子供に言われるって相当だね……分かるけど」と苦笑いされた。

「……お母さんは、なんでお父さんを選んだの?」

 不意に、悠が尋ねた。義明は「どうしたの?」と首を傾げる。

「だって、お嬢様ってことはそれなりの人と結婚することだってあり得たと思うの。だから、気になって……」

「なるほどね……」

 彼は少し考え、

「……雨宮家は、元々成雲家の分家ではあったよ。だけど、蓮はそれで選んだわけじゃないんだ」

「どういう意味?」

「お父さん……愛良は、蓮を傍でずっと支え続けたんだ。蓮はずっと孤独でね、寂しい幼少期を過ごしてきたんだ。俺も光助も、遠くに行っていたからね。すぐに助けることが出来なかった。そんな中、高校生の時に蓮は愛良と出会った。彼はどんなことがあっても蓮から離れなかったよ。それに蓮も惹かれていったんだろうね」

「そう、なんだ……」

 ……確かに、父親はずっと母親を支えているような気がする。何かあった時もすぐに見破り、休ませる。疲れているなら家事を代わる。そうやって、今まで仲良く過ごしてきた。

「すぐに全部を理解出来なくてもいいと思うよ。ただ、二人が互いを愛していたから二人が生まれた……それだけは、分かっていてほしいかな」

「……うん、そうだね」

 自分達にも、そんな人が出てくるのだろうか。それは分からないが……両親のようないい関係を築いていきたいと二人は思った。

 デスティーノに着くと、義明も降りた。そして、一緒に店内に入る。

「おかえり。……そちらの方は?」

「初めまして。大伯父の、成雲 義明と言います。今日は二人の母親の実家に行っていたので、挨拶だけでもと思いまして」

「あぁ、こいつらの大伯父か……俺は白田 幸太郎だ」

「今日はすぐに戻らないといけないですが……また、こちらに戻ってきた時にはお邪魔させてください」

 義明が頭を下げ、店から出る。それを見届けた後、「母親の実家に行ったんだな」と聞いてきた。

「たまには顔を出しな。お前達の母親も大変だったろうからな」

 それがどういう意味か、二人にはよく分からなかった。

 夜、勉強をしているとチャットが入った。

『なぁ、明日ファミレスで勉強会しねぇか?』

『信一から勉強会って言うの珍しい。明日雨でも降るんじゃない?』

『杏、お前なぁ……ほら、テストがあるだろ?』

『そうだったの?』

『知らなかった……』

『お前ら、本当に兄妹だな……。連休明け、テストだぞ?』

『そうか』

『まぁ、いきなりテストなんて言われて慌てる勉強はしていないつもりだけど』

『あー……なんか、二人共そんなイメージある。特に悠はすっごい勉強してそう』

『杏ちゃんが思っているほどしていないけどね』

『そういう人ほど勉強しているんだよ……』

『まぁ、とりあえずファミレスだな?』

『おう!そこで打ち上げの話もしようぜ!』

『打ち上げ?』

『なんの話だ?』

『せっかく日色が改心したんだぜ?金メダル売った金で何かしようぜ!』

『……貯金じゃダメ?』

『貯金じゃダメなのか?』

『まぁまぁ二人共。いいじゃん、たまには』

『まぁ、杏がいいなら構わないけど……』

『んじゃ、決定!明日昼頃集合な!』

 そこでチャットは終わった。相変わらず騒がしい奴だな……と苦笑いを浮かべながら二人は勉強に戻った。



 次の日、十一時三十分にファミレスに来たのだが……二人が全く来ない。

「何しているんだろうな?」

「現実逃避とか?漫画読んでたり、お掃除していたり……」

「さすがにねぇだろ」

「そうね。いくら何でもあっちから約束したんだから」

 四人で笑っていると、一時間経ってようやく二人が来た。

「わりぃ!勉強めんどくせーなんて思いながら漫画読んでたら遅くなっちまった!」

「勉強したくないって思って掃除してたら時間過ぎてた!」

「……………………」

 確かに、悠は言った。言ったが……まさか本当に、典型的な現実逃避をしていたとは。

((大丈夫かなぁ……))

 二人は心配になってしまった。

 そしてその心配は現実になる。

「杏ちゃん、そこはこうやって……」

「信一、こっちの解き方の方が……」

「もう分かんない……」

「俺、ギブアップ……」

「「諦めるの早いよ、二人共」」

「熱血教師……」

「ホントにな……」

 十分後、双子が教師役となり二人に勉強を教えていた。二人はダウンしながらもなんとかついていく。

「ほら、頑張って。明日打ち上げするんでしょ?」

 悠の言葉に「そうだぜ!打ち上げ!」と信一が急に元気になった。

「勉強から逃げたな……」

「そうね……」

 ネコ達がため息をつく。もちろん双子も気付いたが、そっとしておくことにした。

「どこ行くよ?」

「私はどこでもいいけど」

「同じく」

「お前ら、もう少し興味持てよ……」

「あ!じゃあ私、行きたい場所があるんだ!」

 杏が手をあげてそう言った。悠が「どこ?」と尋ねると、「ビュッフェ!前から行きたかったんだ!」と答えた。

「他の人達がいいなら、構わないよ」

「オレは特にこだわりないからいいよ」

「ワガハイ、寿司食えたら何でもいいぜ!」

「私も!」

「まぁ、お前達がいいならいいけどよ……」

 そうして、ビュッフェに行くことになった。

「よし、じゃあ明日、ゆっくり楽しむために今のうちにテスト勉強しないとな?」

「うげぇ……」

 ……暁がすごい笑顔で教科書を持っている。悠も、ニコニコしながら二人を見ていた。

(……これは……逆らったら殺されるな……)

 ネコ達は双子の後ろに鬼神が見えた気がした。


 夜、暁が母親に連絡を入れる。

『母さん。今、大丈夫?』

『うん。仕事も終わったし、大丈夫だよ。どうしたの?』

『えっと……オレ達が転校した高校で問題が起こったのは知ってるよね?』

『もちろん。日色……だっけ?バレー部の生徒達に体罰を加えていたり、女子生徒を自殺未遂にまで追い詰めたり……学校を自分の城のように思っていたのかな?』

『城……』

『どうしたの?』

『あ、ううん。何でもない。それより、昨日義明おじさんから聞いたんだ。母さんが心配してたって』

『そりゃあね、自分達の子供だから心配もするよ。しかも、二人は転校したばかりだから何もなかったかって思ったよ。……でも、思ったより元気そうでよかった。悠はどう?』

『悠もどうにか過ごしているよ。……あ、そうそう。あと、ネコも飼い始めたんだ』

『そうなの?いいね、こっちに帰る時も連れてきていいからね。看板ネコにしちゃおう』

『ありがとう、母さん』

『今日はもう遅いし、そろそろ寝た方がいいよ。明日、何か約束とかないの?』

『友達と遊ぶ約束をしていて……』

『だったらなおのこと休んだ方がいい。おやすみ、暁』

『おやすみ』

 チャットを終えると、悠が「どうだった?」と身を乗り出した。

「まぁ、普通……だけど、「城と思っていたのかな」って言われてドキッとしたな」

「城……お母さん、知らないハズだよね?」

「そのハズだけど……考えすぎかな?」

 ネコ達は寝ている。二人ももう寝ようと横になった。

 そうして寝た後、二つの黒い影が現れる。

「寝たか」

「そうみたいだな」

 ジョーカーは僅かに微笑みながら、暁の頭をそっと撫でる。閉じている目からは涙が流れた。黒衣の女性はその涙を拭う。

「……大丈夫、暁。お前は何も悪くない」

 だからどうか、悪夢など見ないで。

 クラウンは悠の方を見る。こちらも少し苦しそうだった。

「悠、お前は正しいことをした」

 それを、誇りに思え。

 その頭を優しく撫でながら、クラウンは告げた。

 そして、二人はその場を去る。ただ、コーヒーの香りだけを残して。



 次の日、駅前で待ち合わせをし、杏が行きたいと言っていたビュッフェに向かった。

「二人は先に取りに行っていいよ」

「オレ達で場所取りはしておくから」

「じゃあ、こいつらは先連れてくわ」

 双子が椅子に座ると、信一と杏はネコ達を連れて選びに行った。その間、二人は話をする。

「小学生ぐらいだったっけ?母さんが一度だけ東京の方で連れて行ってくれたよね」

「うん。確か、今まで時間を作ってあげられなかったからって。お母さん達の知り合いも誘ってね」

 小学校に入学する前の母親は基本的に忙しそうにしていた。幼稚園の送迎は基本的に父親かおじ達で、寂しい思いをしたものだ。それでも、朝にはしっかり食事を作ってくれて弁当も持たせ、夜はどんなに忙しくても一度帰ってきて夕食を作り、家族で食事を摂る。そうして子供達を寝かしつけた後に再び出かけるのだ。

「……大変だっただろうなぁ……」

「そうだね。子育てして、喫茶店を営んで、家を立て直す……すごいよね。私には無理だよ」

「オレも。母さんだからこそ、父さん達がいたからこそ出来たことだろうし」

 両親の友人達も時間を見つけては自分達に構ってくれた。幼稚園の送迎だって、時間があれば母親もしてくれた。だから、母親が自分達のために時間を作れなくとも寂しさを紛らわせることが出来た。

 二人が戻ってくると、今度は双子が取りに行った。……肉と魚とケーキばかりだったのは気のせいだろう、多分。

 一緒に取っていると、日色の話が聞こえてきた。

「ねぇ、功傑高校の体育教師……」

「日色 卓也?」

「そうそう。あの人に予告状が届いていたんですって」

「二十年ぐらい前にもそんなことがあったわよね。確か……「リベリオンマスカレード」だったかしら?」

「悪人しか狙わないっていう、あの怪盗団ね。また活動を始めたのかしら?」

「でも、もう大人になっているでしょう?それはないんじゃない?」

「じゃあ、別の人達?あっちは東京で、だったものね」

「分からないけどね。いたずらの可能性だってあるわけだし。大方、弱みを握られて自白した、とかじゃない?」

 ……どうやら、予告状のことはいたずらと思われているようだ。だが、それも当たり前かと思う。自分達も同じ立場なら、同じように思っただろうし。

 戻ってくると、四人は先に食べていた。莫大な肉と魚とケーキは見間違いではなかったらしい。いっそ見間違いであってほしかった。

 ――食べきれるのかなぁ……。

 そう思いながら、二人は見ていた。

「でも、ホントによかったよな」

 信一が肉を食べながら言った。杏も「うん!千晶の仇もとれたし」とケーキを頬張りながら笑った。悠はモルガナに刺身を食べさせながら、「これ以上、犠牲者が出なくてよかった」と告げる。

「本当にね。これ以上、悠が理不尽な目に合わせたくないよ」

「兄さんの方もだよ」

 双子が顔を合わせ、笑顔を浮かべる。被害者達ももちろん、互いが無事ならなおよかった。

「あ、やべ……吐きそう……」

 その時、信一が口を押さえてそう言ってきた。暁は「こ、ここで吐くなよ!?」と慌てて支える。

「悠、トイレの場所は分かる?」

「確か、上の階のハズ。エレベーターはあっちだよ」

 先に地図を見ていた優秀な妹に教えてもらい、暁はすぐに信一を連れていく。

 数分後、信一は「すまねぇ……」とエレベーターの前で暁に謝った。

「まさか吐くとは思わなかったぞ。悠が地図を見てくれていなかったらどうするつもりだったんだ」

 暁がため息をつくと同時にエレベーターが開く。すると黒服の大人達が割り込んできた。

「すまない。我々は急いでいるんだ」

「はぁ?だからって割り込んでいい理由にはならねぇだろ?」

 信一がいら立ちながらそう言った。この場に悠がいなくて安心する。きっと、言霊が発動してしまうから。

「ここは託児サービスでも始めたのか?」

 剃髪の男の声が、どこかで聞いたことのあるものだった。

 モヤモヤしたまま、二人の元へ戻る。杏が少し不機嫌そうで、悠がなだめているところだった。

「どうしたんだ?」

 暁が尋ねると、悠が「あ、ちょっとね。杏ちゃんがケーキを取りに行ったんだけど、おばさんにぶつかっちゃってにらまれたんだって。店員さんはそれを見てあーあって反応をしたって」と焦った表情をしながら答えた。

「そう言う兄さん達はどうしたの?なんか、不機嫌そうだけど」

 表には出ていなかったが、悠には分かってしまったらしい。暁は「オレ達も、さっきエレベーターに乗ろうとしたら横入りされてね……」と答えた。

「そういえば、これ見たか?」

 信一が身を乗り出し、スマホを見せる。そこには「アスクファントムシーフチャンネル」と書かれたサイトが映っていた。

「これは……」

「「怪盗ありがとう」「よくやった」……」

 誹謗的なコメントが多いものの、感謝の言葉も多く書かれていた。

「感謝されるのは嬉しいね。改心させてよかったって思うよ」

 悠が告げると、「そうだよな」と信一は頷いた。そして、

「……なぁ、続けてみねぇか?怪盗」

「続ける?」

 暁が首を傾げると、信一は皆を見た。

「クソみてぇな大人達を変えることが出来るのって、俺達だけだろ?」

「……私も、続けてみたいかも……」

 杏も賛成する。暁と悠は顔を見合わせ、互いの意志を確認し合う。

 ――悠はどうしたい?

 ――私は、人助けになるのならやりたい。

 ――オレも。たとえ本当の「犯罪者」になっても、誰かのためになるなら。

 ――私達の持つ言霊の力も、誰かのために使いたい。それに、ロディ達の本当の姿を一緒に探してあげるって約束してるし。

 ――そうだな。

 他の人達には、ただ見つめ合っているだけに見えているだろう。しかし、双子は黙っていても互いの思っていることが伝わるのだ。

 たとえ自分達の行動が世間に認められなくとも。己の信念を貫いてみせる。

「やろう、怪盗団」

 暁の言葉に、皆が笑った。

「なら、怪盗団の名前はどうする?さすがに昔の怪盗団の名前は使えないだろ?」

「そうだな。……なら、「ファントムマスカレード」なんてどうだ?」

 ロディの言葉に、暁は提案した。「幻の仮面舞踏会」……自分達にぴったりだと思う。

「いいんじゃないかしら?」

「ねぇ、次のターゲットのことだけど、このサイトが使えないかな?」

「何かを決める時は全会一致、とか……?」

 女性陣もそんな提案を出していく。そして、リーダーは誰がいいかと言う話になり、

「悠がいいんじゃねぇか?」

 信一がそう言った。「どうして?」と本人が尋ねる。悠は普段、声を出すことが出来ない。どちらかと言えば兄の方が向いていると思うのだが。

「オレも、そっちの方がいいと思う。悠の方がオレより危機察知能力が高いし、怪盗として役に立つ力を持っている」

 もちろん、悠の代わりにオレが伝えるから安心して。

 兄の言葉もあり、悠は「……皆がいいなら」と頷いた。

「もちろん!悠がリーダーなら安心出来るよ」

「ワガハイも、お前の方がいいな」

「そうね、アキラもサポートしてくれるなら大丈夫よ」

 他の三人も賛成し、悠が怪盗団のリーダーになった。


 その夜、悠は一人カウンター席に座っていた。暁とネコ達は寝ている。

 ――本当に、リーダーなんて出来るのかな……?

 そう思っていると、気配を感じた。横を見ると、いつの間にかジョーカーが隣に座っていた。

「悩んでいるみたいだな、悠」

「……うん」

 ジョーカーはご丁寧にコーヒーを持参していた。紙カップに注ぎ、それを置かれる。

「まぁ、飲め」

 ジョーカーに言われ、悠は淹れたばかりのように温かなコーヒーを一口飲む。

「……おいしい」

「それはよかった」

 まるで自分の好みを知っていたのではないかと思うほど、コーヒーがおいしかった。

「ケーキでも作ってやろうか?材料なら買っているからな」

 まさか、その姿でスーパーにでも行ったのだろうか?……そう考えるとシュールだ。怪盗服で、仮面をつけたまま買い物をするジョーカー……イメージがつかない。

「さすがにこの姿では行かないさ」

 考えていることが分かったのか、珍しくジョーカーが苦笑いを浮かべている。それもそうかと悠も納得する。その姿で行ったら下手すると不審人物として警察に捕まるだろう。

 ジョーカーがケーキを作り始める。ロングコートを脱ぎ、エプロンをつけている姿は不思議な光景だった。しかし同時に懐かしさもこみあげてくる。

 ――お母さんも、よくこうやって作ってくれたな……。

 小さい頃、時間がある時にお菓子を作ってくれた。特に悠は母親の作るケーキが大好きで、おかわりしていたほどだ。

 焼きあがったケーキは、悠の好きなチョコレートケーキだった。さすがにこの時間に……と断ろうとするが、

「たまにならいいさ。お前達の母さんも怒りはしない」

 そう言われ、悠はケーキを口に運ぶ。……これまた自分の好みの味だ。

 その時、足音が聞こえてきた。そちらを見ると暁が目をこすりながら階段を下りてきていた。

「お邪魔させてもらっている、暁」

「……ジョーカー?」

 お前もケーキとコーヒー、いるか?と聞かれ、暁は頷く。ジョーカーは座った暁の前にもケーキとコーヒーを置いた。

「……なんか、悪いことをしている気分だ」

 ケーキを食べながら、暁が笑う。それにジョーカーは「たまにはいいじゃないか。自分へのご褒美だと思えば」と微笑んでくれる。

「あぁ、それから、日色の改心成功おめでとう。よくやったな」

 ジョーカーは二人の頭を撫でる。それは母親にしてもらったものと同じで、心地がよかった。

「これから、様々な苦難が待ち受けるだろう。苦しいと思った時はいつでもオレやクラウンに話してくれ。オレ達も、出来る限りの手助けはしよう」

 ジョーカーの言葉に、二人はこれ以上ない安心感を得た。この人は絶対に裏切らないという、そんな安堵が。

「そういえば、義明や由弘にも会ったか。どうだった?久しぶりに会ってみて」

 不意に尋ねられる。そんなことも知っているのかと思いながら、「義明おじさんはいつも通りだったね。由弘さんはいい人だって思ったよ」と答えた。「それならよかった」とジョーカーは笑った。

「さて……そろそろ明日に響くか。片付けはオレがしておく。二人は寝るといい」

「……うん。おやすみ、ジョーカー」

「あぁ、おやすみなさい。暁、悠」

 二人が二階に上がると、ジョーカーは片付けを始める。と言っても、使い捨てのものを使ったので机を拭くだけなのだが。

 それが終わった後、ジョーカーは二階に上がる。……二人はちゃんと寝ていた。それを確認し、黒衣の女性は去っていった。



 次の日のテスト初日の放課後、階段前で待ち合わせして帰ろうとすると三田に呼び止められた。

「雨宮、ちょっと待ってくれ」

「どうした?三田」

「このサイト、見てくれた?」

 彼が双子に見せてきたのは昨日信一が見せてくれたあのサイトだった。これがどうしたのだろうか?

 三田は顔を近付かせて、

「怪盗は、君らなんだろ?」

 誰にも聞こえない声で、確信を持って言った。暁が「なんのことだ?」と尋ねると、彼は慌てた様子で「いや、いいよ。何も言わなくても」と続きの言葉を止めた。

「本当なら、隠していた方がいいしね。……僕、日色に怯えて君達のことを悪く言ってしまった。だから、その罪の償いってわけじゃないけど何か役に立ちたいんだ」

 ……どうやらばらすつもりはないらしい。それならいいかと二人は思った。

 「月」という言葉が頭に浮かんだ。月は十八番のカードで、正位置が「不安定、幻惑、現実逃避、潜在する危険、幻滅、猶予ない選択、踏んだり蹴ったり、洗脳、トラウマ、フラッシュバック」で、逆位置が「失敗にならない過ち、過去からの脱却、徐々に好転、未来への希望、優れた直感」になる、逆位置の方がいい意味になる珍しいアルカナだ。意味は「隠れた敵、幻想、欺瞞、失敗」だ。

 それはさておき、三田にバレたことは他の二人にも伝えた方がいいだろうとチャットで中庭に集合しようと連絡した。立ち去る時、三田は悠を見て少し頬を染めていた気がした。

 中庭に集まり、暁がそのことを言うと「あのサイト、三田君が作ったものだったんだ……」と杏は呟いた。

「それからユウ、気付いた?」

 マリアンが悠のカバンから顔を出し、尋ねる。悠が首を傾げると、「ミダ、だったかしら?あなたを見て顔を赤くしていたわよ」と言った。

『よく男子がそうなるけど、何なんだろうね?』

 悠がメモ帳にそう書くと、「……さすが、無自覚の魔性の女だわ……」とマリアンはため息をついた。

『お母さんじゃないんだし、私はそこまで魔性の女じゃないよ』

「……天然って怖い」

 杏も苦笑いを浮かべている。同性である自分でも、悠は美人(今は男装しているがそれでも美形だ)だと思うのに、異性が見たらもっと綺麗に見えるだろう。この兄妹はどんな親から生まれたらこんな綺麗になるのかと思うほど美しすぎる。

「……一応、「お話」しておくか」

 そんな中、信一が呟く。何を話すのか、聞けるハズもなかった。

 そのあと、薬を買いに行くために片見診療所に向かうと、片見が男性と何かを話していた。

「すみませんけど、営業妨害なので早く行ってくれません?」

「お前、まだ……」

「すみません、ちょっと頭痛が酷いので早く診療させてくれませんか?」

 暁がそう言うと、男性は舌打ちして出ていく。片見は「ありがとう、あの人、いつもああやって来るから……」とため息をついた。

「その、どうして……」

「ん?あぁ、私、どうしても完成させたい薬があってね。それで治験してくれる人とか探してたんだけど……」

 なるほど……と二人は考える。そして、

「あの、薬を売ってもらっていますし、オレ達が手伝いましょうか?」

「え、いいの?」

 片見はまさかそんな提案をしてくれるとは思っていなかったのだろう、目を丸くした。

「一応、オレも悠も健康体ですし、大丈夫です」

 兄の言葉に悠も頷く。彼女は二人を見て、

「……それなら、手伝ってもらいましょうか。モルモットちゃん達?」

 そう言って笑った。「死神」という言葉が浮かぶ。

 死神はアルカナカードの十三番、正位置だと「停止、終末、破滅、離散、終局、死の予兆、終焉、消滅、満身創痍、ゲームオーバー、バッドエンディング、死屍累々、風前の灯」、逆位置だと「再スタート、新展開、上昇、挫折から立ち直る、再生、起死回生、覚醒、転生、輪廻転生、コンティニュー」となる、これまた逆位置がいい意味になる珍しいアルカナだ。意味は「停止、損失、死と再生」。ちなみに十三はキリスト教の影響で、西洋などでは不吉の数字と言われている。

「それじゃあ、今度からお願いね」

 薬を買った後そう言われ、二人は頷いた。



 それから、二日後の九日。カウンセラーの先生が来るということで体育館に集まっていた。

「……では、喜村先生。挨拶をお願いします」

 校長に言われ、喜村と呼ばれた男の先生はマイクの前に立つ。

「初めまして。僕は喜村 拓海と言います。普段は保健室にいるから、気兼ねなく相談してね」

 ……いい人だと、双子は純粋に思った。だが、どこか危ういところもある人だとも、感じとった。

 教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていると、喜村が双子に声をかけた。

「あ、ねぇ。君達が暁君と悠君かな?」

「え、はい。そうですけど……」

「カウンセリング、受けてみないかな?あ、君達は二人で来ていいよ。悠君の事情は聞いているからね」

 その誘いに二人は考え、

「……分かりました。今日か明日、時間があったら保健室に行きます」

 暁の言葉に悠も頷く。二人の意見は一緒だ。どうせ、先生に行けと言われるだろうから自ら行った方がいいだろう。

「ありがとう。待ってるからね」

 喜村はそう言って、保健室に向かった。双子も、それぞれの教室に戻った。

 放課後、双子に言われまずは杏から保健室に向かった。

「失礼します……」

「よく来てくれたね、里口さん。ゆっくりしていってね」

 杏はソファに座る。そして、髪をいじりながら「その……何を話したらいいか分からないけど……」と呟いた。

「何でもいいよ。尋問するわけじゃないからね」

 そう言って笑う彼に、杏は安心感を得る。話しているうち、「あんな事件、なければ千晶が傷つかなかったのに……」と零してしまった。

「あ、ごめんなさい」

 慌てて謝るが、喜村は「いいんだよ。つらかったね」と優しく言ってくれた。そこに、悠と同じ優しさと暁と同じぬくもりを感じた。


 悠は兄の教室に来ていた。杏が戻ってきたらすぐに行けるようにするためだ。

「悠、話せそう?」

『どうだろう。しばらくは声を出さないようにするけど……多分、大丈夫な気がする』

 黄色い声が上がっているが、双子の間に割り込む者はいない。あまりの仲の良さにそんなことが出来ないのだ。本人達はそのことに気付いていない。

「やっほ、暁、悠」

 そこに、杏が戻ってきた。「どうだった?」と暁が尋ねると、「喜村先生、いい人だったよ」と答えた。

「雨宮君にあんなふうに言われてみたい……」

「雨宮さんも、仲良くなったら声を出してくれるのかな……?」

 それを見ていた周囲の人達は羨ましそうに囁いていた。それを無視して、双子は保健室に向かう。

「あぁ、暁君に悠君。どうぞ、中に入って」

 本当なら、たとえ兄妹であっても一人ずつ聞くのが鉄則だが、この双子は特殊だと喜村は中に入れた。

「悠君は無理して話さなくてもいいからね。紙に書くでもいいし、身振り手振りでもいいから」

 それに悠は頷く。そして、本題に入った。

「君達がここに来た経緯はある程度聞いているんだ。……転校早々、大変だったね」

「……終わったことです」

『兄の言う通りですね。終わったことをくよくよ言っていても意味がありません』

 喜村の心配そうな言葉に、二人はそう答えた。彼は純粋に二人を心配してくれている。なら、自分達も誠実に答えるべきだ。

「ムリしてる?……わけではなさそうだね」

 喜村は二人の瞳の中に、炎が宿っているのを見た。逆境に立たされてもなお、折れることのない意志を。それはなぜなのか、兄の言葉で分かった。

「……家族は、信じてくれたんです。オレが、誰かを殴るわけないって。両親の友人に聞けば、昔、母も同じように冤罪を着せられて、東京に来たんだと。その苦しみが分かっているから、精一杯無実の証拠を探しているって」

『それを知っているから、私達はどんなにつらくても立っていられるんです。こっちに来たのも、私の力を悪用しようとする人から守るためですし』

「……そうなんだね。君達のご家族もご両親の友人も、立派な人だね。息子の無実を信じて、子供達を守るために……」

 この子達は、両親に愛されて生きてきたのだろう。世間に流されず、どんな理不尽にも立ち向かう強さを持っている。そうやって信頼関係を築き、悠が他の人と話せないという特殊な環境でも過ごして行けたのだろう。

 ――この子達なら、きっと……。

 喜村は意を決して、二人に提案する。

「ねぇ、君達さえよければだけど……僕の研究に協力してくれないかな?ただ、質問に答えてくれるだけでいいんだ」

「それぐらいでいいなら、大丈夫ですけど……ねぇ、悠?」

 兄に聞かれ、妹は笑って頷いた。当然、という意思だ。

「ありがとう。お礼に君達だけの特別なプログラムを作るよ」

 取引成立だ。協力者の一人ではなかったが、怪盗団の活動に役立つだろう。



 次の日、テストが終わり怪盗団の活動を本格的に始めようということになった。駅前に四人は集まる。

「それじゃあ、手頃なターゲットを探してくれ」

 ロディにそう言われ、四人はサイトを見る。

「……これはどうかな?ストーカーに悩まされているって」

 悠が見せると、マリアンが「いいわね。実名もあるし」と頷いた。

「んじゃ、キーワードを……」

「いや、今回はこの通り入力してくれ。「アザーワールドリィ」」

 信一がキーワードを探そうとすると、ロディが止めた。アザーワールドリィ……「異世界」という意味だ。

 暁が入力すると、周囲が歪んだ。服を見ると、異世界のものに変わっていた。

「ここが、「アザーワールドリィ」?でも、周囲からはエネミーの気配が全く感じない……」

 ジョーカーが冷静に分析する。確かに、彼女の言う通り周辺から殺気が感じられない。

「むしろ……地下からか?」

「そうだと思う、兄さん……じゃなくてクラウン。ディーア、もしかしてターゲットは地下の方にいるの?」

「さすがだな、ジョーカー。アザーワールドリィは「皆のデザイア」だからな」

「一人だけのデザイアは、よほど大きな欲望、感情がないと生まれないわ。基本的に、ここに集まることになるの」

 ここは「無意識感情集合体」と言ったところだろうか?……不穏な空気が漂っている。恐らく、何か負の感情が満ちているのだろう。

「なんか、広そうだね」

 ジョーカーの言葉に、ディーアが「そうだろうな、何せ「大衆のデザイア」だからな」と答えた。なら、移動手段はどうしたらいいのか……。

「ついにこれを見せる時が来たな……」

 ディーアが目を光らせ、高く飛びあがると――なぜか、バスの姿になった。

「……どこかの映画の影響?」

「……だろうね」

 かの有名な映画作品には、ネコがバスになっているというものがある。まさか、その影響……?認知、恐るべし。

「さぁ、レディーファーストだ」

「イシュタル、先に乗っていいよ」

 ジョーカーがドアを開き、イシュタルをエスコートする。その姿があまりに紳士的過ぎて、アレスは「男かよ……」と呟いていた。

「マリー、あなたも乗って」

「ありがとう」

「運転はしないといけないよな……オレがやるから、ジョーカーは助手席に座ってくれる?」

「分かった」

 クラウンが運転席に座り、ジョーカーはアレスまで乗せた後、助手席に座る。

「よし、飛ばすか」

「駄目だよ、クラウン。ディーアが危険にさらされちゃう。私だけの時ならいいけど。本当に、兄さんはお父さんに似ているんだから」

 恐ろしいことを言ってのけた兄に妹が止める。というより、父親は悪乗りするのか……と思わなくもない。確かに容姿はよく似ていたが……性格も似ているらしい。

「はいはい、安全運転だろう?」

「そうだよ。……まぁ、飛ばしたくなる気持ちも分かるけど」

 分からないで。人命かかってるんだから。

 そうだった、この二人はある種の同類だった。さすが兄妹、しかも双子だ。

 クラウンが地下鉄でバスを走らせていると、歪んだところがあることに気付いた。

「あそこに飛び込め!」

 ディーアの言葉に従い、クラウンはそこに突撃した。

 そこにいたのは、ストーカー男のフェイク。ブツブツと何か言っている。

「なんだ、貴様ら……」

「ストーカーをしているらしいな」

 クラウンが言うと、彼は「何?あの女が言ったのか!」と逆上した。

「あいつはおれのものだ!好きにして何が悪い!」

「人をもの扱いするのは失礼ですよ」

 ジョーカーがなだめるように優しく、しかし厳しく言うが、聞き入れるつもりはないのか「黙れ!おれだって使い捨てされたんだ!同じようにして何が悪いんだ!」と姿を変えた。

「このままではまずい!まずは倒すぞ!」

 ディーアの言葉に頷き、ジョーカーとクラウンはナイフを握った。

「お、おい!本当に大丈夫なのかよ!?」

 アレスは慌てた声を出す。マリーが「倒さないと説得も出来ないわ!」と攻撃を避けながら答えた。

「今は、ジョーカーとクラウンの行動の方が正しいぞ!」

 双子は既に戦っていた。アレスとイシュタルは慌てて援護に入る。

 ――それにしても。

 双子は異世界に対する読み込みが早い。やはり、知っているというのが大きいのだろう。二人の両親は本当に何者なのだろうか。

 ストーカー男を倒すと、彼はへたり込んだ。

「すまない……おれ、悪い先生に使い捨てられて……執着しすぎてた」

「だからって、関係ない人を巻き込んじゃ駄目だよ」

 イシュタルが言うと「あぁ、そうだな……この恋はおしまいにするよ」と彼は笑った。

「なぁ、あんたら、怪盗団なんだろ……?なら、改心させてほしい奴がいる」

 不意に、ストーカー男が顔をあげた。

「柊木 走流斎……おれたちを追い詰める悪党だ……」

 そう言いながら、彼は消えていった。

「柊木……」

 ジョーカーはその名前を呟く。どこかで聞いたような……。

「どうした?」

「あ……ううん。何でもない」

 兄に顔を覗かれ、ジョーカーは首を横に振る。今、思い出さなくていいことだから。

「ねぇ、これは……?」

 イシュタルが光るものを指さすと、「オタカラの芽だ」とディーアが答えた。

「そのままだったら、デザイアに育っていたかもしれないわね」

 マリーの言葉を聞きながら、クラウンが優しくそれを取る。

 帰るかと思ったが、ネコ達は「もう少し付き合ってほしい」と四人に言った。別にいいけどと下の階に降りる。

 そこには大きな壁があった。ディーアがそれに触れると、壁が開いた。

「やっぱりな……大衆のデザイアが、こんな狭い場所なわけねぇ」

「さらに下があったのね」

 ネコ達はそう呟く。先に進むかとジョーカーが聞くが、今回はそれが目的じゃないからと一度帰ることになった。

 駅前に戻ってきた怪盗達は話し合いをする。

「柊木 走流斎……多分、芸術家なんだろうけど……」

 暁が考え込む。悠は「……確か、日本画を専門としている巨匠だったと思うよ」と言った。

「あぁ、あの多彩な日本画を描くことで有名な……」

「でも、その人が悪い人って……」

 杏の言葉ももっともだ。しかし、日色のように善人面した悪党がいることも事実だ。

「こればっかりは、調べるしかないよ」

 悠が言うと、「そうなるよなぁ」と信一がうなだれた。

 その日は解散し、双子はデスティーノに帰ってくる。

「帰ってきたか」

 白田が二人を見てため息をつく。

「テストは大丈夫だろうな?」

「大丈夫ですよ」

 暁が答えると、白田は「それならいいが……これで成績が下がってたらあいつに怒られるだろうしな……」と呟いた。あいつ?と思いながら双子は二階に上がる。

 おにぎりを食べていると、チャットが入った。

『なぁ、ひいらぎってどんな奴だ?』

『オレ達も巨匠ということしか知らない』

『そうだね。お弟子さんも少ないみたいだし』

『自立したのかな?』

『どうだろうね。あの人の話が本当なら、理由があるかもしれない』

『どちらにしろ、調べた方がいいだろうな。情報があまりに少なすぎる』

『焦ったらダメだよ、二人共。見抜ける真実も見抜けなくなっちゃう』

『そう、だな』

『分かった。じゃあ明日からでいい?』

『私は大丈夫』

『オレも大丈夫だ』

『じゃ、決定な』

『また明日』

 チャットを終えると、二人はスマホを置いた。

「……それで、調べられそう?」

「多分大丈夫だよ、兄さん」

 兄の言葉に、悠は笑う。二人は裏サイトを調べ上げることが出来るのだ。ハッカーというほどではないけれど。

 幼い頃に茶髪で双子の、母親と同じぐらいの年齢のお兄さんお姉さんが教えてくれたのだ。母親は少し困った顔をしていた気がするが、構ってくれているからと何も言わなかった。父親はむしろ「もっと教えてあげてくれ」と言っていた気がする。

 そのおかげか、ある程度裏情報を集めることも出来るようになっていた。

「……その柊木って人、ちょっとやばい人かもね。数年前にはすでにお弟子さんが一人しかいなくなったみたい。しかも、その人は私達と同じ高校生」

「……怪しいな」

「うん……」

 独立したなら、まだいい。だが、そうでなければ……。

「涼恵さんの連絡先ってある?」

「うん、持ってるよ。記也さんの連絡先も持ってる」

 というより、グループチャットだ。何せ母親の喫茶店の常連で、幼い頃からの知り合いだったから。

 二人はさっそく連絡してみた。すると、すぐに返信が来る。

『どうしたんだ?悠』

『すみません、突然。その、「柊木 走流斎」っていう人の情報があったら教えてほしいんです』

『オレ達の情報でよければ教えるけど……』

 実はこの双子のお兄さんお姉さん、「ホープライトラボ」という研究所兼事業所の所長とエンジニアをしている。何ならお姉さんの方は医者免許まで持っているというのだから驚きだ。

『情報、そっちに送信しておくね。それを保存したらすぐに消して。個人情報とかって、バレると面倒だから。特にこの人の場合、かなりの有名どころだからね』

『分かりました』

 返事をすると、すぐに情報が送られてきた。

『これでいいかな?』

『はい、ありがとうございます』

『いいっていいって。悠と暁の頼みならいつでも聞いてやるよ!』

『こら、記也。一応こっちも商売だからね?まぁ、二人なら知り合いのよしみだし、無料でいいけどさ』

『そんじゃ、早めに寝ろよー』

『おやすみ、悠、暁』

『おやすみなさい』

 さすが裏の情報屋、すごくよく調べられている。指示通り、一度保存した後すぐにチャットの方の情報は消す。

「あの人達、何者なんだろうな……」

 一応結婚しているし、子供もいるが……謎だ。

「えっと……風君とか叶恵ちゃんとかにも教えているのかな……?」

「どうだろうね……あの人達ならやりかねないよ。特に涼恵さんの場合、本当の天才だからね……」

「お前らの周りって、不思議な人ばっかだな……?」

 ロディに言われ、確かにと双子は苦笑いを浮かべる。親も親の友達も協力者達も、双子のことを心から信じてくれるが……どこか不思議なところがある。

 ――なんというか……妙に落ち着いているというか……。

 誰よりもつらいことがあった末に得た未来を歩んでいるといった感じがある。

 資料を見てみると、

「……お弟子さん、どんどんいなくなっていったって。しかも、全員芸術の世界には行っていないみたい。虐待は当たり前、お弟子さんに教えることもしていないらしい。それに盗作もしているみたいだね。まだ確信はないみたいだけど」

「本当にすごいな……あの二人の情報網……」

「他にもすごいハッカーさんが三人はいるわけだからね」

 そのうちの一人が涼恵さんの旦那さんなのだが。というより、確かあの二人のお兄さんも料理長なのに情報収集に関してはかなり精通していたような……。

 いや、深くは考えないでおこう。

「でも、東京の情報じゃないのによく得られたよね」

「あの人達なりに、調べなきゃいけないことがあったんだよ、きっと」

 そう思うことにしよう。いろいろな依頼を受けているみたいだし。

 詳しいことは明日、皆で共有しようということになった。


 ジョーカーはある人に連絡していた。

「アトーンメント、そちらはどうだ?」

『ビンゴ、暁に罪を着せた奴はあの組織の残党の一人だ』

 やはりか、とジョーカーは思う。

「そうか、ありがとう」

『私は当然のことをしたまでだ。こちらの方でも引き続き調べてみる』

「了解。可能ならばこれからも悠と暁のサポートもしてくれ」

『分かった。私の方も別に仕事があるから必要な時になるが』

「構わない。「ブラウン」と「ホワイト」、「ブラザー」や「シルバー」にも伝えてくれ」

『了解した、皆快く引き受けてくれている』

 アトーンメントと電話していると、子供の声が聞こえてきた。アトーンメントの幼い息子だろう。

『あぁ、すまない。うちの末の息子が起きてきてしまった。また今度、情報交換を』

「いや、悪かったな。こんな夜中に」

『大丈夫だ。他人ならキレるが、ジョーカーとクラウンなら友達特典としていつでも依頼を受けるし、必要な情報もその都度教える』

 それじゃ、と電話が切れた。

 やはり、あの組織か……。

 己の父が死刑になってしまったことを思い出す。国家転覆罪……それはかなりの重罪なのだ。

 クラウンが隣にやって来る。

「アトーンメントも大変だな。育児に情報屋にと……」

「だが、彼女の情報網はどの情報屋にも勝る。彼女が敵じゃなくてよかったな」

「さすが、若き天才情報屋と呼ばれていただけある。裏社会でやっていけるだけの実力者だよ」

 アトーンメントの両親も、もとは敵側の人間だった。彼女はその組織に勧誘されそうになったこともあるという。本当に、敵に回らないでよかった人間の一人である。

 ジョーカーは遠くを見た。その先に映る、未来を見るように。


 朝、杏が周囲を気にしているようなしぐさをしていた。

「どうした?杏」

 暁が尋ねると、彼女は「あ、えっと……なんか、見られている気がして……」と答えた。悠が『大丈夫なの?』と紙を見せる。

「大丈夫だよ。ありがとう、悠」

 杏は作った笑顔でそう答えた。心配ではあったが、二人はそれ以上何も言わなかった。

 しかしすぐに、それが間違いになることを知った。

 電車から降りると、視線を感じた。それは杏を見ているようだ。

「……兄さん」

「うん、分かってるよ、悠」

 二人は杏を守るように立ち、信一と共に出口まで向かった。

 そうして駅前まで出ると、青い長髪の青年が杏に手を伸ばしていた。それを庇うように三人は前に出る。

「なんの用だ?」

 暁が青年に尋ねる。しかし青年は気付いていないのか、杏に話しかける。

「君なんだ」

 うわぁ、これだけ聞いたら変人だなぁ……と双子は思う。だが、両親からその人にも事情があるだろうからと教えられている。

「なぁ、オレ達の声が」

「頼みがあるんだ」

 聞く耳持たねぇなこいつ、と思わなくもないが、そこはさすがかの有名なご令嬢様の子供、出来るだけ温和に話しかける。

「なぁ、さすがに失礼だろう?」

「むっ。いたのか?」

 ようやく気付いたらしい。両親の知り合いに似た人がいたなぁ、なんて思い出す。あちらは風花と自分達の母親をモデルにしたいと言ってきたんだったか。

「あんた、なんで私を追いかけてたの!?」

 杏が怒りながら聞くと、彼は「頼みがあるんだ」と手を握った。

「絵のモデルになってくれ!」

「……………………は?」

 ……どうやらストーカーよりもたちが悪いバカだったようだ。

 悠は小さくため息をついた。

 その時、高級車が止まる。そして車の窓が開いた。そこには初老の男性が座っていた。

「こら、優士。あまりよそ様に迷惑をかけるでない」

「先生!すみません、美しい方がいたもので……」

「悪いね、この子も悪気はないんだ」

 この人、どこかで……と思っていると「遅刻しないようにな」と言ってその場を去っていった。

「……今の人は……?」

「俺の師匠の柊木 走流斎先生だ。今度、古典を開かれるそうで俺も手伝っている。あぁ、俺は雪代 優士という」

 その名前に、暁と悠は視線を合わせる。ということは、彼がただ一人残っているお弟子さんか。

 彼は杏に個展のチケットを渡す。

「お前達が個展に興味あると思えないが」

 後の三人にも渋々ながらチケットをくれた。なんだかんだ根はいい奴なんだな……なんて思う。

 放課後、皆で集まってどうするか話し合う。

「あいつの師匠、あのフェイクが言っていた……」

「うん。多分同一人物だと思うよ」

 信一の言葉に悠が答える。偶然にしては出来すぎているが、今は気にしている暇はない。

(悠、どうする?)

(……涼恵さんに聞く?)

(でも、今日は忙しいハズ……)

(じゃあ、蘭さんに聞く?旦那さんだし、情報屋だから知ってるかも)

 無言で話し合いをしている双子に気付いたロディとマリアンが「お前ら、二人だけで話し合いすんなよ」「そうよ、私達にも言ってくれないかしら?」とため息をついた。

「いや、こっちの知り合いの話だからさ。あんまり人には聞かせられないんだ」

「いずれその人の話もしてあげるよ」

 まさか知り合いが裏の情報屋ですなんて言えないだろう。

「そう?別に話してくれていいのに」

「いろいろあるんだよ……」

 杏が暁の顔を見ながらやはり頬を染める。その意味に気付かず暁はため息をついた。

「……個展に行ってみる?もしかしたら何か分かるかも」

 悠が提案すると、信一は「あー、げーじつ興味ねぇけどなんか分かんのか?」と本当に興味なさげに聞いてきた。

「お母さんの言葉だけど、ちゃんと見ればその人がその時どんな心情で描いたのか分かるみたいだよ」

「マジかよ……」

「信一、行ってみよう。せっかくチケットもあるわけだしな」

 暁の言葉に、信一は「仕方ねぇな」と頭を掻きながら頷いた。


 次の休みの日、四人で個展に向かうと優士がやってきた。

「来てくれたんだね!」

「いや、私はただ個展を見に……」

 杏が答える前に優士は彼女を連れて行った。一途だなぁなんて思いながら、悠はマリアンを連れて個展を見て回る。暁は信一やロディと一緒に回っていた。

「ユウ、何か分かったかしら?」

 マリアンに聞かれ、悠はメモ帳に書いた後それをカバンに入れる。

「何々……『一人の作品とは思えない』……?じゃあ、盗作されてるっていう噂は本当っぽいってこと?」

 その質問に悠は頷く。その中で一つ、気になる絵画があった。

(……これ……)

 一見するとただの自然の絵だ。しかし、悠にはこれから怒りと悲しみと、あきらめが伝わった気がした。

「どうしたの?ユウ」

 それに気づいたマリアンが尋ねるが、悠は何でもないと首を横に振った。

 そのまま個展から出て、杏を待つ。チャットを見ると、兄達は人ごみにもまれてしまって公園にいるとのことだ。

「……ユウ。ちょっと寂しそうね」

 マリアンに言われ、悠は「ん……そう、だね……」と目を伏せた。

「……さっきの絵からね、怒りと悲しみとあきらめが伝わってきたの。あれって、あの子の作品なのかな……?」

 きっと優士のことを思い浮かべているのだろう。マリアンはどう言うべきか悩んだが、

「……あなたがそこまで思い悩む必要はないわよ。誰か一人でも自分の作品だと分かってもらえたのなら、それこそ画家冥利に尽きるんじゃない?」

 それしか、言えなかった。

「悠!ごめんね、待たせちゃって!」

 杏が息を切らせながらやってきた。悠は「ううん、大丈夫」と小さく笑う。

 公園に向かっている間、杏は悠の方を見て、

「そういえば、男の子の服なんだね」

 そんな話をしてきた。悠は兄から借りた服を見ながら、

「これ、兄さんが中学生の時に着てた服なの。新しく買うのがもったいなくて。知り合いの人の子供に上げる予定だったみたいだけど、今年一年は使っていいって言われてね」

「そうなんだ。悠も身長が高いもんね」

 そうやって話しているうちに、公園に着いた。そのまま、皆で話し合う。

「……あいつの話を聞いていても、そんな人とは思えないんだよね」

 杏が小さく呟いた。ただ、この作品綺麗だねと言ったところ、微妙な反応をされたとのこと。

「……とにかく、デザイアがあるかかな?」

 暁がそう言った。妹も「そうだね……明日にでも確認した方がいいかもね」と答えた。

「じゃあ、明日の放課後行くか?」

「私、連絡先もらっているから連絡しておこうか?」

 そうして、明日行くことになった。


 その日の夜、閉店間近のところで珍しい来客があった。

「すまない。もうすぐで閉店なんだ」

「あぁ、いえ。暁君と悠ちゃんに用があって来たんです」

 聞き覚えのある声に見ると、そこには茶髪の男女が立っていた。

「なんだ?お前達こいつらの知り合いか?」

「えぇ。……あぁ失礼。私はホープライトラボの所長を務めている秋原 涼恵と申します」

「オレは涼恵の弟の森岡 記也って言います。こいつらの親に様子見てきてくれって言われて」

 白田に名刺が渡される。まさかの来客に目を見開いている白田を横目に暁が「来るなら連絡してくれたらよかったのに」と二人に近付く。

「こっちも急に言われてね。本当に君達の親は人使いが荒い」

「スズ姉も人のこと言えないだろ。旦那さんをよくこき使ってるくせにな」

「否定は出来ないな」

 まぁいいけどさと涼恵は小さく笑う。

「でも、忙しいんじゃ……?」

 研究者はかなり多忙で、休みの日なんてないほどだ。何度も彼女達の研究施設に行っているからそれは知っているのだが、

「大丈夫大丈夫。うちには優秀な人材がたくさんいるからな」

「シル、それ私の言葉」

「えっと……じゃあ戸締りはお前達に任せていいか?」

 白田の言葉に悠が頷く。それを見た白田は「すまんが、こいつらが悪さしないように見張っててくれ」と二人に言ってデスティーノから出た。涼恵が外に出て、「CLAUSE」にした後また入ってくる。

「久しぶり、二人とも。元気だったか?」

 紙コップを取り出し、水筒に入れていたコーヒーを注ぎながら涼恵が尋ねる。地味に記也の紙コップにカフェオレが入っていることは見ていないことにした。

「はい、元気ですよ」

「あー、敬語じゃなくっていいって。オレ達の仲だしさ」

 記也がニカッと笑う。この人は姉と違い、若干不良じみている。性格だけ見たら、本当に双子かと疑うほどだ。

「まぁ、用事があったっていうのは本当だ。……柊木の情報、欲しがってたでしょ?」

 涼恵が封筒を渡す。暁が受け取ると、「それ、柊木の個人情報。裏情報のやつだから郵送で送るわけにもいかなくてね」と涼恵は笑った。

「なんで必要なのかはあえて聞かないよ。でも、私達は君達の味方だ。それだけは忘れないでね」

「そうだぜ!オレもスズ姉ほどじゃねぇけど手伝えることは手伝ってやるから、いつでも頼れよ!」

 二人のその姿勢に心が温まると同時に申し訳なさもこみ上げる。

 ――もし、自分達が怪盗だと知ったらどうするのだろうか?

 それが、怖かった。幻滅されるんじゃないかと。

「風と叶恵が、君達がいなくて寂しがっていてな。戻ってきたらまた構ってやってくれ。……いや、あいつらももう大きいんだし、夏休みにこっちに来させるか……?」

「えっと……そうなった時、どこに泊まるんですか?」

 突然計画を立て始めた女性に、暁が尋ねる。彼女は、

「ここら辺に別荘があるからな。そうだ、そうなったら二人も友達とかと一緒にそこに泊まるといい」

 いい案だと言いたげな涼恵に、悠は苦笑いを浮かべる。この人は普段真面目なのにどこか抜けているのだ。これで研究所の所長なのだから驚きだ。彼女の人望がなせる業だろう。

「まぁ、そうなったらまた連絡するよ。佑夜さんを同伴させるからさ。その時期はちょうど私の方が仕事立て込んでてな」

 他の人を巻き込まないであげてー、と思うがなぜか彼女のところの研究員一同は所長の決定に否を唱えない。どころか喜んで絶対に従う。

「さて……明日も早いだろ?私達は近くのホテルにしばらく滞在するから、何かあったら連絡してくれ。ちょくちょく様子も見に来るから」

「そうなんですか?」

「兄さんにひと月ほど強制的に休みを与えられてな……しかもいつの間にかホテルを取ってたんだ」

 あー、なるほど……とようやく納得する。なぜならこの女所長、ほぼ休みなしだから。何ならその隣にいる弟もめっちゃ休ませようとしている。

「えっと……旦那さんとかお嫁さんは大丈夫なんですか?」

 悠が尋ねると「蘭は浮気なんてしないさ」「さちちゃんは浮気なんてしないぜ」と二人そろって笑った。配偶者を心の底から信頼しているらしい。

 ――こんな人が出来たらいいな……。

 呆然と、悠は思う。悠とて年頃の女の子、彼氏だとか結婚だとかは人並みに憧れる。

 しかし、自身が持つこの力が普通の幸せすら許さない。

「……悠ちゃん」

 涼恵が悠の頬に触れる。どうやら涙を流していたらしい。

「どうしたんだ?」

「シル、女の子は男の子に聞かれたくないことだってあるんだぞ」

 弟をたしなめている涼恵の気遣いに、胸が満たされると同時に苦しくなった。

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