二章 色欲の古城と初めての怪盗稼業
城内に入ったジョーカー達はロビーのところに日色のフェイクがいることに気付く。
「また侵入者が入ったらしい。女は捕えろ。他は殺せ」
日色はエネミー達にそう指示を出していた。エネミー達は「日色様、万歳!」「おっしゃる通りに!」と叫んでいた。
「ここからじゃ行けないわね」
マリアン――マリーがそれを見ながら言った。
「どこから行く?」
暁――クラウンが尋ねるとディーアが「あそこの扉から行こう」と閉まっている扉を指しながら答えた。信一――アレスが不用心に開けると、そこにもエネミーの姿があった。
「馬鹿!」
マリーがアレスに怒るが、こうなってしまったら遅い。
「仕方ない、仕掛けるぞ!」
エネミーに気付かれ、五人は戦闘態勢に入る。
鎧の中から、妖精のようなエネミーが二体現れる。
「前と同じで銃が弱点だね。それから、闇呪文でもいいかも」
ジョーカーがすぐに分析する。クラウンが「分かった、エレボス!」とアルターを召喚し、闇呪文を唱える。すると読み通りエネミーが怯んで動けなくなった。そこで銃を構え、囲む。
「丁度いいな、ワガハイがこれからするのは「交渉」だ。こうして怯んだ相手に物を要求して退散させることも出来る。
おい、お前達。何か出せ。そしたら命は助けてやる」
ディーアがその妖精達に告げた。これでは強盗のようだが……まぁそこは置いておこう。
「え、何か渡せば命は助けてくれるの?」
「で、でも、今、持ってない……」
「あ、あれ?予想外の展開……」
エネミー達の言葉にディーアは驚く。どうやら普段はお金やら役に立つ道具やら、何かしら持っているらしい。
「……仕方ないわね、ここで始末しましょう」
マリーが非情なことを告げる。それにエネミー達は慌てた。
「ま、待って!」
「……持っていなかった方も悪いわ」
「運が悪かったな」
ジョーカーとクラウンがそう言った時、それは起こった。
「あれ?あなた達、他人に言われたら従っちゃう方?それ、私達も同じ。……あ、なんか、来た」
なんと、エネミーが淡い光を放ったのだ。それにはネコ達も驚く。
「な、なんだ?」
「何が起こってるの?」
「思い出した、私はピクシー。これからはあなた達の仮面になってあげる」
そう言って妖精達はジョーカーとクラウンの仮面の形になり、二人の仮面の中に入った。二人は力が湧いてくるのを感じていた。
「これは……」
「分からないが、特に異常がある……というわけでもないな」
それならとりあえずは安心とディーアとマリーは思った。
その時、再びエネミーと遭遇した。エネミーが正体を現す。今度は角の生えた馬が二体だった。
「雷呪文が弱点……これなら……」
ジョーカーは先程のエネミー――ピクシーを召喚し、雷呪文を唱える。
「クラウン!」
「了解!」
声をかけると、クラウンも同じようにピクシーを召喚して雷呪文を放った。
「まさか、こいつらエネミーを自分のアルターとして取り入れたのか!?」
ディーアが驚きの声をあげる。その間に二人はエネミーを倒していた。
「今、ジョーカーとクラウンは何をしたんだ?」
戦闘が終わった後、アレスがネコ達に聞く。
「こんなの、ワガハイ達も初めて見た……」
「珍しいことなのか?」
ここまで驚いているネコ達を見たことがないので気になってクラウンが尋ねる。
「心は普通一つ、だからアルターも一人一体よ。こうしてエネミーを自分のアルターにする力……確か、『あの人』は「神の祝福」と言っていたわ」
それに答えたのはマリー。神の祝福……どこかで聞いたことがある気がするが、誰からそんなことを聞いたのだろうか。
「ワガハイ達の見立て通りだな!」
見立てがどうとかは分からないが、とにかくすごいことなのは分かった。
「その力は使えそうね。これからもよろしくね、ジョーカー、クラウン」
マリーが嬉しそうに二人に言ってきた。
「それじゃあ、行こうぜ」
アレスがそう言うと、四人は頷き、先に進んだ。
先に進んでいく間にクラウンはカボチャの被り物をしているエネミーを、ジョーカーは白のドレスを着た女性のエネミーを自分のアルターにした。それぞれ炎呪文と氷呪文が得意なようだ。
先に進むと安全地帯があり、そこに入る。休んでいると、外でエネミーが騒ぎ出していることに気付いた。
「なんだ……?」
ディーアが見てくると外に出た。耳をすますと、「姫様」や「服が違う」と言った断片的な情報が入ってくる。
姫様……。
デザイア内の里口を思い出す。姫様と言ったら、それしか思いつかない。だが、服装が違う、というのは……?まさか、まだオタカラを盗んだわけではないのに日色の趣味趣向が急に変わったわけではないだろうし。
「おい!大変だ!」
ディーアが慌てた様子で戻ってきた。
「サトグチが捕まってる!」
「は!?現実に戻したのにか!?」
「あのナビとやらを持っていたら考えられないことはないよ」
ジョーカーが疑問に答えると、アレスが「あいつ、自ら来るなんて馬鹿なのか!?」と叫んだ。だが、こうなったのなら仕方がない。
「早く行こう」
クラウンの言葉にジョーカーとマリーも頷く。今はとにかく里口が危険な目に遭わないようにするのが先決だ。
ディーアに案内してもらい、バンッと扉を開く。そこにはブルマ姿の女子生徒が何人もいた。これが趣味、というところだろう。
その先を見ると、里口がはりつけになっているところが見えた。近くには日色と里口のフェイクがエネミーと共にいる。
「やめろ!」
クラウンが叫ぶと、日色が「またお前達か。何回来るんだよ」と少しイラ立ったように言った。
「ちょっと!なんなの、これ!?」
「今助けるよ、里口さん」
ジョーカーが近付こうとするが、
「動くな。動いたら、こいつの命はない」
日色が言うと同時にエネミーが里口の首元に剣を突き立てた。
「卑怯な……!」
舌打ちでもしたい気持ちだ。
「お前らも見て行けよ、解体ショー」
「ふざけるな」
ジョーカーが吐き捨てる。普段はおとなしいが、意外と男勝りなのだ。
「あ、そうそう。あいつ飛び降りたのお前のせいだからな」
不意に日色が里口にそう言う。
「は……?」
「名前、なんだっけ?とにかく、お前が相手してくれないから、かわりしてもらったんだよ」
なんと身勝手なのだろう。それは里口に非があるわけではない。人権を踏みにじったこの男のせいだ。しかし、里口にはその言葉がかなり堪えたようだ。
「あ、あはは……じゃあ、これ、天罰なのかな?千晶を、助けられなかった……」
「……また言いなりか?」
涙を流す彼女にクラウンは声をかける。彼女は驚いた表情をした。
「え……?」
「またそうやって逃げるのか?」
そう言うと、彼女は目を一度閉じ、開いた。
「……そんなのやだ」
その瞳に怒りが満ちた。
「そうだよね。こんな奴の言いなりなんて、私、どうかしてた」
「なんだよ、おとなしく従えって……」
「うるさい!あんたの言いなりなんて、もううんざりなの!」
そう叫んだ途端、里口は痛みに耐えるように下を向いた。
『まったく……初めから許すつもりなんてなかった。分かったのなら、力を貸してあげる』
彼女の心の中から声が聞こえてくる。
「聞こえてるよ、アルクメネ……力を貸して」
彼女の顔には赤い仮面がついていた。はりつけられている枷を壊し、その仮面を剥がず。
青い炎に包まれ、彼女の服装が赤色のボディースーツになる。里口はエネミーの剣を蹴り上げ、それを奪うと自分の認知存在を斬り捨てる。
彼女が自由に動けるようになったのでジョーカー達も近付く。
「日色様の愛情が分からぬ小娘め!」
「女を道具としか見てないくせに、愛情だなんて笑わせるな!」
エネミーが正体を現し、ジョーカーに呪文を放つ。しかし、ジョーカーは後ろに飛びのき、空中にいる状態で「プシュケ」とアルターを召喚する。
「ライト」
光呪文を唱え、攻撃する。そして、弱点を探ってみる。
「炎呪文……クラウン、確か炎呪文の使えるアルターを持っていたよね?それから、里口さんも炎属性のアルターのハズだから……私が引きつける。そのすきに炎呪文を放って」
言うが早いか、ジョーカーは大胆な動きをし始める。
「『吹雪』」
飛びながら唱えると、周囲から吹雪が吹き荒れた。これはアルターではなく、言霊の影響だ。
「小娘が……!」
エネミーがジョーカーを睨みつけ、彼女だけに集中する。ニヤリ、とジョーカーは不敵の笑みを浮かべる。それはどこか、彼女達の前に現れた「ジョーカー」の笑みと似ていた。
「怒りに任せたところがあんたの敗因だな」
銃弾を撃ちつけ、地に着く。後ろからクラウンと里口が炎呪文を唱えた。
悲鳴をあげながら、エネミーは消えていった。里口は逃げた日色を追いかけようとするが、酷い疲れからか座り込んでしまう。
「くっ……!早くあいつをやらないといけないのに……!」
「里口さん、今は戻ろう。このまま戦っても命取りになるだけだから」
今にも走り出しそうな彼女をジョーカーは止める。
「そうだな。里口、無理しない方がいい」
クラウンもそう言って彼女を立ち上がらせた。すると彼女は自分の服装を見て悲鳴をあげた。
「わ、私、なんでこんな格好してるの!?」
「それは後で話すから。今は現実に戻ることに集中しましょう」
マリーの言葉に「そうだな」とディーアが頷いた。
「ジョーカー、言霊でエネミーから姿が見えないように出来ないかな?」
「……やってみる」
クラウンに聞かれ、ジョーカーは「『透過』」と言った。……自分達からすれば特に変わった様子はないのだが。
しかし、歩いているとエネミー達から「あの侵入者共はどこだ?」「分からない。この辺にいるハズなんだが……」と話し声が聞こえてきた。どうやら本当に見えていないらしい。
出口まで出ると、ジョーカーは力を抜いた。これで解けたハズだ。
「すげぇな!それ使えばオタカラとやらまで行けんじゃね!?」
アレスが興奮したように言うが、クラウンが「オレやジョーカーが倒れる」と答えた。
「言霊の力は無限じゃない。使いすぎたら何日も気を失うことだってあり得るんだ。特に悠……じゃなくてジョーカーは常に周囲に力を発しているようなものだから危険なんだ。だからそう滅多に使えない」
「なるほどな。使うならほどほどに……ってことか」
「でも、戦闘とかではさっきみたいに使えるから大丈夫」
ジョーカーはそう言って今度は優しく笑いかけた。ジョーカーとクラウンは言霊を使った攻撃や回復も出来るということだ。
とにかく一度休もうと現実に戻った。そして、公園に向かう。
「……じゃあ、そのオタカラとやらを盗んだら改心出来るってわけ?」
里口が暁に聞く。彼は「あぁ、そうらしい」と答えた。信一は飲み物を買いに行ってくれているのでこの場にはいない。
「それで、えっと……雨宮さん?でいいの?」
「……呼びやすい名前でいいよ」
悠と暁は双子なのでどっちがどっちか分からなくなるだろう。
「じゃあ、悠って呼んでいい?」
「……うん、もちろん」
「雨宮君も、暁って呼んでいいかな?」
「構わない」
里口の質問に二人は頷いた。暁の顔を見た時、僅かに顔が赤くなったことに気付いたが、あえて言わなかった。「恋人」という言葉が頭に浮かぶ。
恋人は大アルカナの一つで番号は六、正位置だと「誘惑と戦う、自分への信頼、情熱、共感、絆」など、逆位置だと「誘惑、不道徳、失恋、空回り、無視、空虚」などを表す。意味は「魅力、愛、美」だ。
「あ、私、里口 杏。杏って呼んでいいよ」
「杏ちゃん?いい名前だね、じゃあ、そう呼ばせてもらうね」
「暁も、それでいいから」
「分かった」
「ワガハイ達の存在、忘れていないか?」
三人で話していると、ロディとマリアンが双子のカバンからそれぞれ顔を出す。
「あ、悪い」
「……ごめん」
二人は地面にロディとマリアンを降ろす。丁度信一も戻ってきた。
「どっちがいい?」
彼は三人に見せながら聞く。里口――杏は「炭酸じゃない方」と言ったが、「どっちも炭酸だ」と答えた。先に何がいいか言っておけばよかったと思いながら杏は左のペットボトルを受け取る。悠がもう片方を受け取った。どうやらメロンソーダのようだ。
「悠、先に飲んでいいよ」
「ん。分かった、ありがとう」
プシュ、とふたを開け、悠は口につける。そして、暁に渡す。暁もそれを飲み、キャップを閉めた。
「……なんていうか……仲、いいんだね」
杏が羨ましいと言いたげに見ている。ここまで仲のいい兄妹はなかなか見ないだろう。
「それで、これからどうする?」
それに気付いていない暁が尋ねる。ロディは「そうだな……まずは準備をするか」と言った。
「準備……」
「そうね。確かにその方がいいかも」
「それこそ、回復薬とか武器とかな」
武器と回復薬……いいところがあっただろうか。
「……武器って、模型でいいの?」
悠が聞くと「もちろん。本物に見えればいいわ」とマリアンが答えた。ネコ達曰く、あちらの世界では本物だと認知したら本物になるのだそうだ。
「うーん……」
「どうした?悠」
「いや……それなら回復薬ってコーヒーとかでもいいのかなって」
「コーヒーもいいかもしれないが、どちらかと言えばそれは精神的に癒すって意味になるだろうな」
ゲームで言うなら気力、と言ったところだろうか。体力を回復させるには栄養ドリンクや医者から貰ったものでもいいらしい。
「なるほど……ちょっと調べてみるね」
悠がスマホで調べると、デスティーノの近くに診療所があることが分かった。それから、街に出たらミリタリーショップがあるということも。
「準備するのに二日間かかりそうだね……」
「なら、月曜日から攻略にしようか」
悠と暁が計画を立て、それでいいかと皆に尋ねる。構わないと頷かれたのでそれで行こうということになった。
「それから、ロディとマリアンはどうしよう……」
そういえばそうだ。このままでは集まれないだろう。
「案ずるな、既に策は考えてある」
あ、嫌な予感がする。双子は同時にそう思った。
「こいつらのところに住まわせてもらうのさ」
「……えっと、オレ達も居候なんだけど」
しかも飲食店だ。動物なんて連れてきたら追い出されるかもしれない。本人達はネコじゃないと言っているが。
「私は無理」
「俺も。お袋に何言われるか分かんねぇ」
しかし、あとの二人は無理なようだ。双子は考え、
「……仕方ない」
結局、連れて帰ることにした。
デスティーノに戻ると、白田が出迎えた。
「遅かったな。変なことに首を突っ込んでいないだろうな」
後がないんだからな、と彼は告げる。二人は頷き、二階に上がろうとするとパンクな服装の女性と金髪の女性がいることに気付いた。パンクな服装の女性は会計を済ませ、さっさと出て行ってしまった。
「やっほ。久しぶり、暁君、悠ちゃん」
金髪の女性は二人に手を振っている。
「久しぶりです、風花さん」
彼女は春鳴 風花。彼女もまた両親の親友で、心理士をやりながらモデルもしているという異色の経歴を持った、どこか杏を思わせる人物だ。
良希の時と同じように二階にあげる。彼女も「ファートルの屋根裏部屋に似てるね」と言った。最初の感想がそれって……ファートルの屋根裏部屋に思い入れでもあるのだろうか。
「その、大丈夫?蓮から聞いたんだけど、悪い大人に罪を擦り付けられたって」
風花は聞きにくそうに暁に尋ねた。暁は頷く。
「良希から聞いたよね。あなた達のお母さん……蓮も冤罪を着せられたって」
「……はい。オレもそんなこと聞いたことなかったから驚きましたが……」
確かに、子供に話すことではないけれど。
「あたしと蓮はね、同じクラスだったんだ。あたしその時、蓮のことを「犯罪者」って言ったことがあるの。酷いよね、人助けしただけっていうのに、何も知らないくせに噂だけで勝手に決めつけちゃって……」
そんなことがあったのか。結構仲がいいからてっきり言うほどのものはなかったのだろうと思っていた。
「でもね、蓮はそれでも許してくれたの。それどころかあたしの親友まで救おうとしてくれて……本当に強くて優しい子だなって思ったんだ。でも、あの子は他人を簡単に信用出来なかったの。何でも一人で抱えちゃう人だから……あなた達も似ていてね。心配なの」
確かに、母親は滅多なことで相談しない。そういったところは似ているのだろう。
「何かあったらすぐに言ってね。あたし、すぐに飛んでくるよ」
「い、いや、風花さんもお忙しいでしょうし……」
心配してくれるのは嬉しいが、ここまで過保護にならなくてもいい。そういったところは母親に似ているな……と思う。
「もちろん、電話で悩みを話してくれるだけでもいいから。大人、信用出来ないかもしれないけど、あたし達は味方だからさ」
そう言った後、腕時計を見て「ゴメン、明日も仕事だから帰るね」と下に降りて行った。それと同時にロディとマリアンが顔を出す。
「さっきの人、誰?」
マリアンがフルフルと顔を振りながら尋ねる。
「あぁ、あの人は風花さんって言って、母さんの親友の一人だ。心理士とモデルをやっているんだ。前は良希さんっていうスポーツジムの経営者が来てくれた」
「なんか、アンに似ている人だな」
「まぁ、確かに……」
それは二人も思っていたところだ。かなり似ている気がする。
それにしても……とロディとマリアンは周囲を見渡す。
「ここ、本当に人が住むところかよ?」
「まぁ、白田さんも色々理由があるだろうから」
むしろ引き受けてくれたことを感謝しなければいけないのだ。母親は保護司が見つからなかったら実家に頼み込んで自分も一緒に来るつもりだったらしい。あの母親なら本気でやりかねない。
階段の方から足音が聞こえてくる。慌ててロディとマリアンを隠そうとするが、それより先に白田が来てしまった。
「はぁ、やっぱりか……ここは飲食店だぞ。動物はないだろ」
「す、すみません。二匹とも寂しそうだったから……」
暁が必死に弁明すると、白田はため息をつく。追い出されるだろうか……?
「まぁ、世話する動物いりゃおとなしくしているかもしれないか……。飼ってもいいが、ちゃんと世話しろよ」
「あ、ありがとうございます」
どうやら許可が出たようだ。正直本気で出て行けと言われるだろうと思っていたので驚いた。悠も暁も半野良状態で飼うか、ネコ達のためにデスティーノから出ていくか考えていたのだ。さすがに本人達には言わないが。
「さっきのがここのゴシュジンか」
「そうだな。……悠、話せる?」
「……多分。まぁ、一緒に暮らしていけば言霊が暴走することもないでしょ」
両親の親友の人達の前でも滅多に暴走することはないが、大事を取ってしゃべらないだけだし、と悠は答える。
「そういやユウって、女なんだよな?」
「まぁ、そうだけど。どうしたの?ロディ」
急に聞かれ、悠は疑問符を浮かべる。すると彼は恥ずかしそうにもじもじしだした。
「いや、さすがにレディと同じ部屋で一緒に寝るのはどうかと思ってな……」
「ネコだから大丈夫だろ。それ言ったら同じ部屋で寝ているオレはどうなるんだ?」
暁がそう答えるとロディは「ネコじゃねぇし!」と毛を逆立てた。
「二人は兄妹だもの。赤の他人とは違うわ」
マリアンの言葉もその通りなのだが。
「別に、私は一緒でも気にしないよ。というか、ネコの姿で下に降りるのは白田さんが困るんじゃない?」
悠が言うと、ロディは「ま、まぁ、それもそうだな」と考え込み、
「じゃあ、ワガハイはアキラと一緒のところ寝るぜ」
いい案だとでも言いたげに告げた。
「まぁ、オレは構わないけど。ソファだぞ?」
「いざとなれば机の上で寝るさ」
「じゃあ、マリアンは私と一緒にベッドに寝ようか」
「明らかにベッドもどきだけど、まぁいいわ」
それぞれどこで寝るか決まり、明日に向けて休むことにした。
しかし、悠は眠れなかった。兄が寝息を立てたのを確認すると、マリアンを起こさないようにそっと起き上がり、下に降りる。
何かをするでもなく椅子に座っていると風が吹いた。顔を上げるとそこにはジョーカーが立っていた。
「……どうした?悠。何か悩みか?」
彼女は悠の隣に来ると、椅子に座った。
「……なんで私の名前、知っているんですか?」
悠は純粋に気になったことを尋ねる。すると彼女は「それもいずれ知ることになる」と笑った。
「今回はしゃべったな」
「……私しかいないので。兄も寝ていますし」
「暁か。彼も元気か?」
兄の名前も知っているのか……と思いながら「そうですね……」と頷いた。
「どうだ?最近の様子は」
「……その、私は……」
「安心しろ、警察みたいに尋問はしないさ。お前達は警察に軽いトラウマを持っているからな、それを思い出させるようなマネはしない。話したい時に話したいことを聞かせてくれたらいい」
なぜ自分達が警察を苦手になっていることも知っているのだろう。もしかして、暁の冤罪事件も知っているのだろうか。
「……クラウンも言っていたが、真実を追い求めろ。我々がかつて正義を追い求めたように。オレ達はその支援をする。だから頑張れ、「トリックスター」」
ジョーカーは悠の頭を撫でる。トリックスター……変革者、という意味だ。どういった意味で言ったのだろうか。分からないが、かなり重要なことのような気がした。
「……あの、ジョーカーさんはアルター使い、なんですか?」
「ジョーカーでいい。そうだな……これは正直に言うか。その通りだ、オレとクラウンもアルター使い。それも、「神の祝福」持ちだ。アルターを自由に付け替えられる。お前と暁もそうなんだろ?」
どうやらそうだったようだ。しかも、異世界についてかなり詳しそうだ。
「……神の祝福って、なんですか?」
「神の祝福はアルターを付け替えることが出来る能力だ。アルター使いで、かつ守り神の血を引き継いでいる者がその力を得る。詳しいことはまた今度話そう」
「幻想世界って?」
「幻想世界はいわば人々の無意識集合体。大衆の望みや感情などが影響してくるな。大衆の思いが強ければ強いほど、その欲望を叶えてくれる」
「じゃあ、デザイアは?」
「デザイアは一人の人間が作り上げる欲望の世界だ。悪人が主だが、何かの原因で強く歪んだ人にもデザイアが出来ることがある。デザイアは普通の幻想世界とは違い、そこの主の影響でどうにでもなる。アルター使いはその歪みにやられないために「反逆の意志」という鎧を着けるんだ。それが怪盗服というものだな」
「普通の幻想世界?じゃあ、別に何かあるってこと?」
「そうだな。そこの詳しいことはロディとマリアンに聞くといい。それで分からなければまた来るから、その時質問してくれ」
悠はジョーカーに異世界のことについて尋ね、ジョーカーはそれに答えていく。
「ロディとマリアンのこと、知っているんですか?」
「もちろん。だが、これもまだ言えないな。あいつらが思い出した時、あいつらの役目も分かるだろう」
そこまで答えて、急にジョーカーは立ちあがる。
「悪いな。今日はここまでだ」
「え?」
「また今度会おう」
そう言うと、小さな音が聞こえてきた。階段の方を見ると、黒ネコ――ロディの姿が見えた。
「ユウ、どうした?」
「あ、えっと……眠れなくて……」
ふとジョーカーがいた方を見ると、彼女はいなくなっていた。まるで風のようだ。
「そうか。まぁ、そんな時もあるよな」
「うん。心配かけてごめんね」
悠がロディの頭を撫でると、彼は気持ちよさそうにした。
「そういや、さっき誰と話していたんだ?」
どうやらジョーカーと話していたのが聞こえていたようだ。だが、正直に言うのもはばかれて悠は「……内緒」と笑った。
「ちょっとぐらいいいだろ?」
「今は私と兄さんだけの秘密にしたいから」
「アキラも知ってるのかよ」
ロディがむくれている。それも可愛いと思いながら撫でていると、ジョーカーの言葉を思い出した。
――あいつらが思い出した時、あいつらの役目も分かるだろう。
「……えっと、ロディとマリアンってもしかして、記憶喪失か何かなの?」
聞いてみると、彼は目を見開いた。
「……なんでそれを知っているんだよ?」
「いや、何となく……」
それしか言えなかった。だがロディは「そうだな……」と考え込み、
「本当は改心を終わらせた後に話す予定だったが……ワガハイ達は歪みに巻き込まれて記憶と本来の姿を失ったんだ。かろうじて誰かがワガハイ達を助けてくれたことは覚えているんだが……とにかく、人間であることは確かなハズなんだ」
「そう、なんだ……」
歪みに巻き込まれて……つまり、異世界で何かあったということだろう。なら、ロディとマリアンは「こっち側」の生物なのかも怪しいところだ。
「元々デザイアっていうのも、大昔にはなかったんだ。異世界自体はあったらしいけどな。だからワガハイ達、どこかに自分達の出生に関わる情報がないかって探してたんだ」
日色のデザイアにいたのはそのためだったのか……。悠は少し考えて、あることを思い出す。
「……ねぇ、もしかしたらお母さんの実家にそのヒントがあるかもしれない」
そう、元々は母親の実家にあの異世界が伝わっていたことを。本当は直接聞くのが一番いいのかもしれないが、さすがの母親でも「本当はネコがしゃべるんです。しかも元は人間だったらしいんです」なんて簡単には信じてくれないだろう。それなら、自分達で調べた方が早い。
「そういや、お前達の両親は異世界に詳しいんだったな。じゃあ、頼んでいいか?」
「うん。じゃあ、お母さんに頼んでみる。多分、いいって言ってくれると思うよ」
それも、話せないことなら事情を聞かないでくれる。そういったところはジョーカーに似ているかもしれない。
「……悪いな、お前を巻き込んでしまってよ」
「ううん。こうなれば共犯者だから、どこまでもつき合うよ」
悠はスマホを取り出し、母親に『今度、お母さんの実家に行っていい?』と送った。もう遅いので返信は明日来るだろうと思っていたのだが、すぐに『分かった。明日実家に伝えておくね』と返信が来た。
『場所は分かる?分からないなら、兄さんに頼んでそっちに行かせるけど』
『義明おじさんに?私としては助かるけど……いいの?』
『うん。本当はボクが行きたいところだけど、ボクも忙しくて手が離せなくて……ごめんね』
『大丈夫だよ。でも、お母さんが忙しいって言うなんて珍しいね。何があったの?』
『いろいろと情報収集をしているんだ。実家にいる弟……由弘君にも協力してもらっててね。彼も久しぶりに二人に会いたいって言ってたよ』
『えっと……』
『あなた達にとってはおじさんになるかな?でも、年齢はあなた達とほとんど変わらないよ。まだあなた達の記憶にない頃かな?その時に何度か実家に連れて行ってたんだけど、どうしても時間が取れなくて行かなくなったんだ』
『……えっと、お母さんって成雲家の人なの?』
『……誰かから聞いたの?まぁ、いいけど。そうだね、ボクは成雲家の元令嬢だよ。お父様……あなた達のおじいちゃんがいろいろ問題を起こしてね、一度は没落したんだけど、なんとかお母様……おばあちゃんと一緒に立て直したの。あなた達と弟はその時に会ってるんだよ』
『私、そんなの覚えていないけど』
『そりゃあ、二人がまだ赤子の頃だからね。ボクが大学生の時にあなた達を生んで、数年間は実家を行ったり来たりだったよ。勘当はされてたけど、お母様も女手一つでは出来ることも限られてくるし、元々ボクが当主になる予定だったからね。それぐらいはしないと』
『お母さんも大変だったんだね……』
『ボクは兄さんや光助達がいたから。でも、お母様の場合そうはいかなくてさ。犯罪者の妻として批判されるのが日常茶飯事だったんだ。それを鎮めるためにテレビに出て否定するのがボクの仕事で……今みたいに喫茶店の店長として落ち着いたのはあなた達が小学生になった時だったんだ』
『確かに、お母さん忙しそうだったもんね』
『成雲家の当主が由弘君になってようやく落ち着いたんだよね。彼も今は大学生だから会って話してみたらいいと思うよ。とりあえず、実家には連絡入れておくから。どんなに遅くても五月に入る頃までには行けるようにしておくね』
『うん。いろいろ話してくれてありがとう』
『構わないよ。でも、安心した。いつも悠から返信を送ってこないから心配だったんだ。たまにはお父さんとも話してね。電話でもチャットでもいいから』
『分かった。ごめんね、こんな遅くに』
『大丈夫。何かあったらいつでも言って。それじゃあ、身体に気を付けてね』
チャットが終わると、ロディが覗き込んできた。
「……お前の母親か」
「うん。本当に優しいでしょ?」
チャットの内容を見せ、悠は微笑む。ロディは「お前達に結構似ているんだな、性格」と笑った。
「親の写真はあるのか?」
「あるよ。見てみる?」
今度は両親の写真を見せる。そこに写っているのは長い白と黒の髪に青と灰色っぽい瞳の女性と暁によく似た黒髪に灰色っぽい瞳の男性。成雲 蓮と雨宮 愛良だ。二人はとても仲がよく、子供の視点から見ても微笑ましい関係を築いている。
「おぉ……母親の方、全部白髪にして、青い瞳にしたら完全にお前じゃねぇか」
「よく言われる。家族揃って結構似てるから」
「確かに、髪と瞳を同じ色にしたら全員顔立ちが似てるよな」
雨宮家は全員がここまで似るかと言うほど顔も背丈もほぼ同じだ。偶然か奇跡か、はたまた別の理由があるのか、そこは分からないが。
「羨ましいぜ。ワガハイ、家族って言ったら妹のマリアンしか覚えていないからな……」
「きっと思い出すよ。だから調べに行くんでしょ?」
悠が言うと彼は「あぁ、そうだな。よろしくな、ユウ」と笑った。
「さて、もう遅いし、寝ようぜ」
「そうだね」
さすがにこれ以上の夜更かしは明日に響くと二人は二階に上がった。
悠とロディが眠った後、黒い影が二つ現れた。
「……寝たか」
女性――ジョーカーが悠の頭をそっと撫でる。男性――クラウンは暁の頭を撫でていた。
「あんなことがあったからな、やはり悩みもあるだろう」
クラウンが言うと、ジョーカーは「……そうだね」と寂しそうな表情を浮かべた。
「……まぁでも、何とかなってるみたいでよかった。学校でいろいろあるみたいだけど、オレ達が出る幕はないだろうし」
「今のところな。お前みたいに今後何かあるかもしれない。それこそ、言霊が暴走したりな」
「暴走しそうになったら、オレが止めるさ」
ジョーカーが答えると、クラウンはロディの傍に来た。
「ネコ達も元気みたいだな」
「記憶を失っていても、役目のことは無意識の内に覚えているみたいだね」
確認が終わったからと二人が去ろうとすると、腕を掴まれた。悠がジョーカーを、暁がクラウンを掴んでいるようだ。
「う……待って……」
「行か、ないで……」
寝ぼけているのか、二人は声を出した。ジョーカーとクラウンは微笑み、
「……大丈夫だ、オレ達はお前達の味方だから」
「だから、オレ達を信じて前へ進め」
そう言うと、悠と暁の表情が僅かに和らいだ。そっと離れ、二人は風のようにどこかに行った。
次の日、悠と暁はカバンにネコ達を入れて診療所に向かった。看板には「片見診療所」と書かれていた。
「……どうする?」
「……何とか誤魔化すしかないと思うけど……」
「だよな……」
二人が話しているとマリアンが「当たって砕けろよ。頑張って」と悠のカバンの中から言ってきた。そんな簡単に……と思うが、ここまで来たのだ。ネコ達の言う通り、このまま帰るわけにもいかない。覚悟を決めて診療所に入る。受付にはデスティーノに来ていたあのパンクな女性が座っていた。見た目からは信じられないが、女医、だろうか。
「こ、こんにちは」
「初診の方ですか?」
女性は二人を見て尋ねる。不審がっているようだ。
「その……よく眠れなくて……」
暁が言うと彼女は「ふぅん……」と不思議そうに見られるが、
「……まぁいいや。診察室にどうぞ」
そう言って診察室に案内された。そして、
「あなた達、何しに来たの?体調が悪いわけじゃないんでしょ?」
見透かされて、二人はドキッとする。一応、事実も混ぜつつ言ったハズだが、こんなすぐにバレるものだろうか。そこはやはり医者、ということだろう。
「噂、聞いてきたの?」
「噂……?」
「そう。私がヤブだって。……その様子を見る限り、知らないみたいね」
ここら辺では結構有名だと思うけど、とカルテを見ながら呟く。周囲の声もちゃんと聞いていれば分かったのだろうが、そんな余裕がなかった。
「……はぁ。まぁいいわ。薬が欲しいのよね、それもたくさん。売ってあげる。そのかわりうちのはオリジナルだから何があっても自己責任。それでもいいならどうぞ」
だが、事情を聞かずに売ってくれるのはありがたい。二人はいくつか薬を買い、彼女に頭を下げた。
「あ、私、片見 紗千。今後ともごひいきに」
診療所から出る前に名刺を渡された。それを受け取り、デスティーノに戻る。
手伝え、と白田に言われたので二人は手伝う。暁が接客で悠が皿洗いだ。
「あなた達、あの子に似ているわねぇ」
双子を見た常連のおばあさんに言われ、疑問符を浮かべる。
「ほら、成雲家のご令嬢様よ。成雲……蓮様だったかしら?あの子もあなた達と同じで別嬪さんだったわ」
「そう、ですか……」
母親の話だと分かり、おばあさんの話につき合うことにした。
「あの子はね、生まれた時から「癒しの力」と呼ばれる秘術を受け継いでいたの。東京に行った後は他の秘術にも目覚めたって、あの子のお母さんが言っていたわ。あの子はすごい子でね、自分が冤罪をかけられても言い訳なんてしないで堂々としてた。あれが強いお嬢様なのかって思ったわ」
幸ちゃんもそう思うでしょ?とおばあさんは白田に話を振った。
「ん?あぁ、まぁ……そうだな……」
そう答えた白田だったが、どこか陰りがあることに気付く。しかし、それがなぜなのか聞くことが出来なかった。
夜、本を読んでいると悠のスマホにチャットが入った。
『悠、久しぶり。元気か?』
父親からだ。滅多に来ることがないので驚きながらも返事を返す。
『うん。元気だよ』
『悩みとかはないか?良希や風花とちゃんと話したか?』
『兄さんがかわりに話してくれたけど……』
『悠も、そういった時は話していいんだぞ。一人で悩みを抱える方がつらいからな』
『そうだけど……何かあったら迷惑だし……』
『本当にお前は蓮に似ているな。あいつもなかなか他人を頼らなくてな、ギリギリで言ってくるんだ。こっちはいつも心配しながら生活している』
『そうなんだ。初めて知った』
『初めて会った時なんか、何でもかんでも一人で解決しようとしていたんだ。しかも、ネコみたいな警戒心で周囲を見ているから隙もない。酷い時なんか誰にも言わず本気で死を覚悟していたこともあるんだ』
『なんか、すごいね……』
『まぁ、あの当時は実家にも味方なんていないようなものだったからな。ある意味では当然なんだが、それで心が持たなくなったら意味がない。もう少し他人を頼ることを覚えた方がいい。お前も、あいつも』
『うん。気を付ける』
『オレも頼ってくれていいんだからな。何ならすぐ飛んでくる』
『ありがとう、お父さん』
『別に構わないさ。お前達はオレと蓮の子だからな』
『子供って言ったら、友里姉と真里姉は本当の姉なの?年齢、結構離れてるけど。何ならお父さん達の妹って言われてもおかしくないと思うんだけど……』
『二人は……事情があって引き取ったんだ。だが、お前達の姉であることに間違いはない』
『……うん。そうだね』
『時が来たら、全て話してやる。だから今は気にせず、自分達の信じたように進め』
『そうだね。そうするよ』
『あぁ。それでこそオレ達の子供だ。じゃあ、また連絡する』
『うん。じゃあね』
チャットが終わると暁が「誰から?」と聞いてきた。
「お父さんからだよ」
「父さんから?珍しいね」
「あぁ、アキラに似た男性か」
ロディが言うと暁が「あれ?オレ、言ったっけ?」と疑問符を浮かべた。それに悠が答える。
「昨日、ロディに写真を見せたの」
するとロディが伸びをしながら笑った。
「お前達の両親、結構な美男美女だな!そりゃあお前達も魔性になるな」
「魔性……?」
今度は悠がはてなマークを浮かべている。
「すごく魅力的ってことよ」
マリアンが言うと、悠はまさかと首を横に振った。
「杏ちゃんに比べたら、そこまで魅力的でもないと思うんだけど」
照れているわけでもなく、本気で言っていることが分かったマリアンは「あぁ……これは無自覚の魔性の女ね……」と呟いた。
「ところで、そのメガネ……」
「これ?伊達メガネだよ。母さんからもらった」
ロディが呟いた声に暁が反応する。「それ、取ってみろよ」と言われ、二人がメガネを外すと、まさに昨日写真で見たあの男女に似た顔をしていた。
「おぉ……家族だな」
「私にも写真を見せてよ」
マリアンにせがまれ、悠は写真を見せる。それを見たマリアンも「似てる!本当に美人!ユウはお母さんに似たのね」と笑った。
「お母さんの方が美人だよ。私、白髪だし……」
「お前は白髪の方が似合ってるぜ」
口説き文句にも似た言葉をロディが言うが、「ありがとう、お世辞でもうれしいよ」と優しく笑うだけだった。
「ロディ、悠を口説くのはいくらお前でも許さないぞ」
そのかわりに暁が殺気立っている。悠は「ロディが私を口説くなんて、そんなことするわけないじゃん」となだめた。
「悠、キミは自分を過小評価しすぎだ。もっと自分の魅力を自覚した方がいい」
「それは私じゃなくて兄さんでしょ?」
「ほら、そういったところだよ」
「……二人共よ」
二人の言い合いにマリアンは呆れたようにため息をついた。
次の日、信一に連れられて街に出た。道端で真っ当な演説をしている男性がいたが、ほとんどの人が聞いていなかった。
ミリタリーショップに着くと、どんな種類があるか確かめる。ショットガン、サブマシンガン、アサルトライフル……拳銃やパチンコの模型だけでなくナイフなどの近接武器の模型も置いてあった。
「……どんな武器がいいんだ?」
信一が肩を落としたので悠が選ぶことにした。もちろん詳しいわけではないのだが、どんな性能なのか何となく分かるのだ。
「あの、すみません」
暁が店長らしき男性に声をかけると、強面の男性は「……なんだ?」と彼を見た。その迫力に蛇に睨まれているカエルはこんな気分なのか……と思いながら「これとこれとこれ、ください」と何とか声を出す。
「……十五万円だ」
支払いを済ませると、三人は店から出た。
「お前、すげぇ度胸だな……あんなおっちゃんと話せるなんてよ」
「悠は女の子だからな。出来るだけ危険な目にあわせたくない」
それは私もだ、と悠は言いたかったが、信一の前だしと声を出せなかった。暁しか男の兄妹がいないためか、そういったことに強い責任を持っているのだ。
――でも、私だって守りたいんだよ、兄さん。
だから、指揮は任せてほしい。誰も死なせないように、兄を守れるように。それが出来るほどの力を、自分は既に得ているのだから。
「そろそろ帰らないか?ワガハイ、明日に備えて休みたいぜ」
「私も……。他に用事がないなら、もう帰りましょう?ユウ、アキラ」
ネコ達があくびをしながら双子に言ってくる。悠は笑いながらマリアンの頭を撫でた。分かった、という意思の表れだ。
「んじゃ、またな」
信一と別れ、二人はデスティーノに戻った。
夕食を食べ、温泉から帰ってきた後、ロディが「そういや、ここに住まわせてもらっている礼、してなかったな」と言い出した。
「どうした?急に」
「今更だけど、取引しようって言っているの。私達、潜入道具を作れるの。ここに住まわせてもらっているかわりにそういった怪盗稼業をやるにあたって必要なことを教えるっていうのはどう?」
なるほど。確かに潜入道具はあって損はないだろう。頭に「魔術師」という言葉が浮かんだ。
魔術師は大アルカナの一つで番号は一、正位置は「起源、可能性、機会、才能、チャンス、感覚、創造」を、逆位置は「混迷、無気力、スランプ、裏切り、空回り……」とされる。意味は「意志、手腕、外交」だ。
「じゃあ、早速教えてくれるか?」
暁が言うとロディは「いいぜ。じゃあ、最初はキーピックからだ」と材料を提供してくれた。暁はロディに、悠はマリアンに教えてもらう。出来たものは歪だったが、使えないほどではないだろう。
「よし、出来たな。最初は誰でもそんなもんだから気にすんなよ」
「そうね。使えるものになっただけすごいわ」
シンイチあたりがやったらロクなものが出来ないだろうしな、とロディは笑う。
「それじゃあ、今日は寝ようぜ」
その言葉に頷き、寝間着に着替えた。
次の日、暁がロディを、悠がマリアンをカバンに入れて学校に行くと校門前に日色が立っていた。二人は無視して入ろうとするが、
「……のんきなものだな、もうすぐ退学と強制入部ってのに。悠君も、意地を張らずに縋りつけばいいものを」
日色のその言葉が聞こえてきた。やはり、この男をこのまま学校に野放しにしているわけにはいかないと二人は思った。
教室に行き、悠が席に座ると信一が話しかけてきた。
「よろしくな」
それに悠は小さく笑って答える。彼はそれに満足し、机の中にマリアンが入っていることに気付く。
「こいつらも来たのか?」
「悪い?集合出来ないからついてきたんだけど」
マリアンが信一を睨みつけたので悠はなだめる。
「あの二人、どんな関係なの?」
「やっぱ、不良仲間?あの子の兄もナイフ持ち歩いてるらしいし」
「怖いよね。あそこには近付かないでおこ……」
「でも、リスクを冒してでも悠君と話せないかな……?」
「無理だって。あいつ、自己紹介の時しか話さなかったじゃん?でも、確かに声、聞きたいよな……可愛いし」
周囲がざわめき出し、信一は「わりぃ……」と申し訳なさそうな顔をした。
悠はメモ帳を取り出し、そこに『大丈夫』と書く。
『そもそも、噂が気になるぐらいなら関わらないよ』
「それはそうかもしれねぇけどよ……」
『本当に嫌だったら、最初からつき合ったりしない。私の持っている力は厄介だし、利用しようとしている人も多いから』
そこまで書くと、信一は「そうか……そうだよな」と目を伏せた。
「……俺、暁とか杏ももちろんだけどよ、お前のことも絶対に守ってやるからな」
そして、決意したように悠に言った。悠はキョトンとした後、笑って『ありがとう』と書いた。
暁も同じように杏に話しかけられていた。
「ロディ、来たんだ」
「一緒に来なきゃ、集まれねぇだろ」
ロディと杏の会話を聞いていると、
「あの二人、いつの間に仲良くなったんだ?」
「もしかして、あの転校生に弱みを握られたとか?」
「日色先生のこと、探ってたみたいだもんな……」
「あんな男がいるような女じゃなくて別な人を探せばいいのに……」
「弟の方を説得してみる?もしかしたら紹介してくれるかも」
あることないことを言われていることに気付き、杏に「大丈夫か?」と尋ねる。
「大丈夫。私、去年からずっとこんな感じだし。暁こそ大丈夫なの?」
「人を表面でしか見ていない奴の言葉に耳を貸す必要はないよ」
「大人だな……アキラは」
ロディが言うと、暁は首を横に振った。
「違うよ、これは母さんの言葉。でも、実際その通りだってオレも思ってるよ」
撫でてやると、ロディは「そうか。お前の母親は立派な人なんだな」と笑った。
「でも、何かあったら言ってよね。私、手を貸すから」
杏が頬を赤らめて暁に言った。暁は静かに笑って「ありがとう」と言った。
放課後、屋上で集まり、話し合いをする。
「悠、どうやって進めていくべきだと思う?」
暁が妹に尋ねる。悠は悩んだ後、
『まず、地図を探すべきだと思う。もしかしたら欲望の核とやらの場所が把握出来るかもしれない』
そう紙に書いた。その様子を見て杏がキョトンとする。
「……悠、話さないんだね」
「ここは学校だからな……まだ環境に慣れてないから話すに話せないんだ、悠も」
杏の言葉に暁が答える。その間に紙に書いたことを見たロディが「さすがだな」と悠を褒めた。
「そうね、まずは地図を探しましょう」
マリアンの言葉に頷き、信一が「じゃあ、行こうぜ」とナビを開いた。
「そういえば、アンのコードネームを決めてなかったな」
いざ潜入しようというところで、ディーアが思い出す。
「そうだったね。何がいい?」
ジョーカーが尋ねると、彼女は「じゃあ、悠が決めて」と言った。ジョーカーは考え、
「……「イシュタル」、はどう?」
神話の中の女神の名前を提案した。杏は「それでいいよ」と笑う。
「ちなみに、私は「ジョーカー」、兄さんは「クラウン」、信一君は「アレス」、ロディは「ディーア」、マリアンは「マリー」。それから、この城は「デザイア」、敵は「エネミー」って呼んでる。フェイクは危害を加えないエネミーと思ってくれたらいいよ。覚えることが多いけど、頑張って」
「う……結構多いね……頑張って覚えるよ……」
ジョーカーの言葉に杏――イシュタルは俯く。
「……クラウン、後々説明とかあったらよろしく」
「了解」
異世界では暴走しにくいとはいえ、本当はあまり話してはいけないので、そういったことは兄に任せることにする。
そうして城内に入ろうとすると、近くに青い牢屋が見えた。
「主がお呼びです」
傍にいたエルピスに呼ばれ、ジョーカーとクラウンは牢屋に入った。
そこは、夢で見たシャーロックやスペースがいて、しかも囚人服だった。
「来たか。お前達に新たな力を与えようと思ってな」
「……なんだ?」
「「トルースアイ」だ。これを使えば見えないところも見えるようになるだろう。立派な賊になり、更生に励むのだ」
シャーロックに言われると、「愚者」という言葉が浮かんだと同時に目に僅かな違和感を覚えた。
愚者の番号はゼロ、正位置は「自由、型に当てはまらない、無邪気、可能性」などを、逆位置では「軽率、わがまま、落ちこぼれ」などになる。意味は「夢想、愚行、極端、熱狂」だ。
「また、アルターを処刑し、新たなアルターを作り出すことも出来ます」
「処刑……?」
エルピスに言われ、二人は疑問符を浮かべる
「それは実際にやってみろ!こっちの囚人はこいつとこいつ!貴様はこいつとこいつだ!」
スペースに勝手に選ばれ、それぞれ二体のアルターを牢屋の前に出される。その後ろには、いつの間に現れたのか四つのギロチンがあった。何をするのか分かり、二人は青ざめる。
「ふん!安心しろ、古い人格を処刑して新しい人格として合体するだけだ!」
そんなこと言われても、と思う。当たり前だが、処刑というと嫌なイメージしかない。
「これは人間のやることとは似て非なるものです。人間は娯楽という意味のないことのためにこのようなことをする。しかし、ここに住んでいる我々は決して意味のないことはしません」
エルピスの言葉と同時にスペースがアルター達に布を被せた。そして、ギロチン台に乗せられる。
ギロチンの刃が落ちた。首が落ちたと思っていると光に包まれ、新たなアルターが現れた。
「このように古い人格から新たな人格を生み出せるわけです」
「分かったか!囚人共!」
それは分かったが、やはり覚悟が必要だ。いずれやらなければ戦力は広がらないだろうが……。
「話は終わりです。他にも用があるなら聞きましょう」
「いや、今回はいい」
暁が言うと、スペースが「ふん!せいぜい足掻いてみせろよ!」と言って二人を送り出した。
ハッと気付くと、城の前に立っていた。ディーアが戻ってきて「お前達、ボーッとしてないで早く来い」と言ってきた。どうやら他の人にはただ突っ立っているだけに見えるらしい。
「ごめん、すぐ向かおう」
ジョーカーの言葉にクラウンも頷き、ディーアと一緒に歩き出した。
地図を探しつつ、エネミーと戦いながら先に進んでいく。二階に上がり、ある部屋に入ると柵に囲まれた机があった。ジョーカーはどうやってそこにある紙を取るか考え、そういえばとトルースアイを使ってそれの謎を解く。机の上には地図があった。
「よし、これでどこに欲望の核があるか分かるな」
その先の安全地帯でその地図を見る。
「オタカラがある場所は……恐らくこの塔の最上部だな」
ディーアがトントンと地図を叩きながら言う。
「オタカラ……?」
クラウンが疑問符を浮かべると、マリーが答える。
「欲望の核のことよ。歪んだ原因となったものがオタカラとなることが多いわ」
「なるほど……」
それなら日色は何が原因で歪んでしまったのだろうか……。もし真っ当な人間だったなら、本当にいい教師だったハズなのに……。
「地図を見つけたんだ、一度戻ってもいいと思うぜ」
「そうだな……じゃあ、続きは明日やろう。ジョーカー、それでいい?」
クラウンが尋ねると、ジョーカーは頷く。無理に行って、誰かが倒れたら困る。それに、命取りにもなるだろう。
「分かった、じゃあ帰ろう」
城の前まで戻り、ナビを閉じる。時間を見ると、もう七時過ぎだった。
「やばいな……白田さんが心配しているかもしれない」
ロディとマリアンをカバンの中に入れ、悠と暁は二人と別れる。デスティーノに戻ると、白田がしかめっ面で二人を見た。
「やっと帰ってきたか……待つこっちの身にもなれ」
「すみません……」
二人で頭を下げ、二階に上がる。悠はスマホを見て、母親からチャットが来ていることに気付く。
『悠、一応実家に連絡入れておいたよ。いつでも来て大丈夫だって。放課後とか、休みの日なら由弘君もいるから』
それに『分かった。ありがとう』と送った。
それから、キーピックを作るために椅子に座った。暁もソファに座り、煙玉を作り出す。もちろん、ロディやマリアンに教えてもらいながらだ。
「ユウ、そこはこうやった方が使いやすいわ」
「アキラ、それだと煙が出なくなるぞ」
駄目出しを出されながらもなんとか三個ほど出来た。これ以上は明日に支障が出ると休むことにした。
だが、暁は眠ることが出来ず、悠が寝た後に下に降りた。カウンター席に座っていると、風が吹いた。隣を見ると、そこにはクラウンが立っていた。
「久しぶりだな、暁」
「……なんでオレの名前を知っているんだ?」
純粋な疑問を投げかける。クラウンは不敵の笑みを浮かべ、「お前達のことは知っているさ」と答えた。
「……そうか」
「それよりどうしたんだ?眠れないのか?」
それに答えないでいると、クラウンは「……冤罪事件のことか?」と聞いてきたので驚いた目を向ける。クラウンはそんな彼の頭を不器用に撫でた。
「……オレもジョーカーも知っている。お前と悠がどれだけ優しい人間かを。だからあの時、女性を助けた。そうだろ?」
「……最初に助けようとしたのは悠の方だ。オレは何も出来なかった」
「でも、悠を助けようとした。その事実は変わらない」
クラウンの言葉に暁は何も言えなくなる。
「いいんだ、たまには吐き出しても……お前が弱いわけじゃない」
「……でも、オレは……」
あの時悠を助けようとしたのは、弱い自分を認めたくなかったからだと言おうと思ったが、クラウンの指がそれを許さなかった。
「何が正しいとかはない。お前達は人助けをしたんだ。それでどんな結果になろうと、そのことを誇りに思えばいい。困っている人を助けようと思う人間はそう多くないんだ」
「……父さんみたいなことを言うんだな」
父親も似たようなことを言っていた気がする。たとえ周りが自分達を否定しても、人助けが出来た自分を誇りに持てと。
「……オレ、本当に正しいことをしたのかな?」
つい、弱音を吐いてしまう。クラウンはそれを静かに聞いていた。
「あの時、悠を助けようとして……男の人の肩を掴んだら勝手に転んで……でも、誰もそのことを信じてくれなくて……」
「でも、家族は信じてくれただろう?」
「……うん。「暁がそんなことするわけない」って。こっちに来た理由も、オレ達を守るためで……」
話している内に涙が出てきてしまう。クラウンはそんな暁を優しく抱きしめた。
「……大丈夫。お前は何一つ悪いことはしていない。一人で抱えて辛かったな」
「クラウン。オレ、は……」
「いいんだ。ここにはオレ一人しかいない。存分に泣いたらいい」
優しい声に涙が止まらなくなってしまう。クラウンは何も言わず、ただ優しく頭を撫でていた。
やがて泣き疲れて寝てしまった暁をクラウンは抱えて、二階に上がる。そして、ソファに寝かせる。
「……暁、いい夢を」
そう言って、クラウンは風のように去っていった。
次の日、同じように屋上で集まる。
「今日はどうする?」
信一が尋ねると悠は考え込み、
『塔の目の前まで進もう。今日の目標はそこまでだけど、体力が余っていたらもう少し行こうか』
そう紙に書いた。そうやって計画を立てていれば期限までにオタカラを盗むことが出来るだろう。少なくとも、悠の頭の中の計画ではあと数日でルートを確保出来ると思っている。
「了解。じゃあ行こうぜ」
ナビをつけ、昨日確保した安全地帯まで駆け抜ける。地図を見て、先に進んでいく。
「なぁ、ジョーカー。今、どのあたりだ……?」
アレスが聞いてきたので、ジョーカーは地図を見て「……もうすぐ塔のところに出る」と答えた。
「なんだよ、案外近かったじゃねぇかよ」
「……目の前の状況が見えていないの?」
目の前には強敵がたくさんいる。これは苦戦しそうだ。
――ゴリ押しで何とかなるか……?
いや、ほぼ不可能に近いだろう。どこかに抜け道はないか……?
「ジョーカー、あそこ」
トントンとクラウンに肩を叩かれ、指差している方を見ると丁度いい抜け穴があった。なるほど、それならば……。
「ディーア、マリー、ここは私とクラウンでエネミーを片付けるから、二人はアレスとイシュタルと一緒にそこの抜け穴から行って」
ジョーカーの言葉に「危険じゃない?さすがに二人でなんて……」とマリーが渋い顔をした。
「大丈夫、オレ達はアルターが複数体あるんだし。それに、こいつらを倒さないと、帰る時大変だろ?」
「それなら皆でやれば……」
「大丈夫だよ、マリー。私達に任せて」
ジョーカーがなおも否定するマリーの頭を安心させるように撫でる。
「……分かったわ。そこまで言うなら、二人に任せる。そのかわり、すぐに来なさいよ」
マリーはそう言って三人と一緒に抜け穴に入った。ジョーカーとクラウンはそれを見送った後、エネミーの方を見る。
「さて……じゃあ、やっちゃいましょうか」
ジョーカーがエネミーに向かって走り出し、首に飛び乗ってその仮面を剥ぐ。現れたのは騎士の姿をしたエネミー。
ニヤリ、とジョーカーは口角を上げる。そのエネミーがジョーカーに向かって剣を振り落とそうとすると、後ろから闇呪文が飛んでくる。それに当たり、エネミーは消える。
非常事態を確認した他のエネミー達が本当の姿を現す。しかし、ジョーカーはプシュケを召喚し、光呪文で殲滅する。
「よし、これでいいかな?」
手袋をクイッと直しながら後ろにいるクラウンに問いかける。
「いいと思うよ。それにしても、ジョーカー……さすがだね」
「クラウンをエネミーから見えないようにして私一人だけが残っているように見せる。そして油断しているところを攻撃する。いい作戦でしょ?」
「全く……すぐ無茶するんだから」
クラウンが苦笑いを浮かべる。そう、エネミーからクラウンは見えていなかったのだ。だから闇呪文が飛んできた時、突然飛んできたと思ったハズだ。
言霊の力を解き、後を追いかける。
「意外と早かったな」
ディーアが二人を見てそう言った。クラウンは「ジョーカーが何とかしてくれたんだ」と笑う。
「すげぇな、ジョーカー!」
アレスが興奮気味に言うが、ジョーカーは首を横に振った。
「私は言霊の力を使って何か出来ないか考えただけ。実際にやったのはクラウンだよ」
「いや、オレはほとんど何もしていないよ。むしろジョーカーの方が、負担が大きかったじゃないか」
「お前達はいつもそうやって片割れの方をあげるよな」
ディーアが困ったように告げる。そのつもりはないのだがと二人で顔を見合わせた双子を見て彼は「あー、これ、互いを完全な半身と思っているパターンだな……」とため息をついた。
「いいか?お前らは確かに双子だが、同時に別人でもあるんだ。だから片割れをそう持ち上げなくていい」
「えっと……どういう意味?」
ジョーカーが疑問符を浮かべた。これは自分達が魂を分け合った半身だと信じて疑っていない目だ。
「……まぁいい。とりあえず体力は余っているみたいだし、先に進もうぜ」
何を言っても無駄だと悟ったディーアはそう言って先に進んでいく。慌てて他の人達も追いかけた。
少し進んだ先に安全地帯があったのでそこに入り、地図を確かめる。
「今は……ここか。この調子なら明日までにルートは確保出来そうだな」
クラウンの言葉にジョーカーは頷く。ジョーカーとクラウンが強敵を倒している間に道中のエネミー達は倒していてくれたので今日はここまででいいだろう。
城の前まで来て、ナビを止める。そしてそのまま解散した。
「それにしても、本当にお前達のその力は使えるな」
帰り道、ロディが双子に言った。マリアンも「そうね、これからも頼ることになるかも」と笑った。
「言霊……使い慣れたら確かに役立つ力だけどね」
「そうだね、特に悠の場合は」
言霊の力が強い悠は、両親や暁の力を借りて何とか制御している状態だ。だがこれが自分で自在に操れるようになったら……確かにもっと汎用性が高まるだろう。だがそれは同時に、この力を狙う人が増えるということでもある。こちらに来た理由も、言霊を利用しようとしている悪人が現れたからだ。
「……でも、皆の迷惑になるから、本当は言霊なんて欲しくなかったな……」
悠の呟きは誰の耳にも届かなかった。
次の日、デザイアに入ったジョーカー達は先へ進んでいく。罠を解いていき、ついにオタカラのところまで来たが……。
「これが、オタカラか?」
そこにあったのはモヤモヤしたものだった。どう見ても盗めそうにないのだが。
「そうだ。ここからは手順があってな、現実に戻って予告状を出す必要があるんだ」
「予告状!?本当に怪盗みたいじゃねぇか!」
アレスが興奮気味に叫ぶ。クラウンが慌ててアレスの口を塞ぎ、ジョーカーが外の様子を確認する。エネミーは……来ていない。
「気を付けて、エネミーに気付かれたら警戒されるだろうから」
ジョーカーが言うと、解放されたアレスは「わりぃ……」と頭を垂れた。
話し合いをしようということで近くの安全地帯に身を寄せる。
「とりあえず、オタカラが見つかったから、後は予告状をいつ出すかだな」
ディーアの言葉に今まで黙っていたイシュタルが「それって最初から出していた方がよかったんじゃないの?」と聞いた。
「それは無理ね。予告状の効果は持って一日……だからどうしてもルートを確保しておく必要があったの」
「結構シビアなんだね……」
「恐らく、認知の問題なんだろう。すぐに盗まれると思うから怯えるけど、何もなければイタズラと捉えられ、意味がなくなってしまう……」
クラウンが理解している範囲を話すと、ディーアは「その通りだ」と頷いた。
「えっと……つまり、一日しか効果が出ないからルートを確保しておく必要があった……ってことでいいのか?」
「その理解で大丈夫だと思う」
アレスは疑問符を浮かべているが、ジョーカーは彼もある程度理解したことが分かり、今はそれでいいと告げる。
「予告状をいつ出すかはジョーカーとクラウンに任せていいか?」
ディーアにそう言われ、二人は頷く。とりあえず期限の三日ほど前に出せばいいそうだ。
ジョーカーは少し考え、
「なら、明日誰かが準備して明後日にオタカラを盗もう」
そう言った。それにディーアは驚く。
「な……!もう少しゆっくり考えてからでも……!」
「早くやった方がいいと思ったから。これ以上あいつをのさばらせておくわけにもいかないし」
「でも……」
「……イシュタルに何かあったら困るから」
反対するディーアにジョーカーは答える。事実、今は日色がイシュタルに何をするか分からない状態だ。それなら早く決着をつけていた方がいいだろう。
「……分かった、本当にいいんだな?」
「皆が賛成なら」
あとは他の人に判断を任せると伝えると、皆頷いた。
予告状は誰が作るかは明日考えることにし、この日は解散する。
「悠、本当によかったのか?」
帰り道、暁に聞かれる。悠は「さっきも言ったけど、あの教師は杏ちゃんに何するか分からないから早めに動いた方がいいと思ったの」と答えた。
「あなた、おとなしい見た目に反して時々大胆になるわね……」
マリアンが悠のカバンから顔を出した。同じようにロディも暁のカバンから顔を出す。
「お父さん曰く、私はお母さん似だから」
「確かに、悠は母さん似だよな」
「お前達の母親、どんな人間なんだよ……」
「「普段はおとなしいけど時々大胆になる人」」
「あぁ……そう……」
それなら暁も似たような性格だと思うのだが……と感じたが、あえて言わなかった。
「実際買い物に出ている時、よく不良に絡まれるけどその人達気付いたら気絶してるし」
「私達が悪い人に絡まれているといつの間にか相手が倒れていて、後ろでお母さんがすごい形相で立っていたことがあるし」
「……とりあえず、お前らの母親が本気で怒ると恐ろしく怖いということとお前らに対して過保護ってことだけは分かったぜ」
「父さんもやるな」
「そうだね」
「父親もなのね……」
この二人の両親だけには逆らうまい。
おとなしくて優しそうな見た目に反して大切な人に何かあったら怖いというのは、何という恐ろしさだろう。
「でも、母さん達優しいよな」
「うん」
……そしてこの子達をどれ程溺愛しているか。そうやって愛され、信頼され生きてきたのだろう。それを壊した犯人が許せなかった。唯一の救いは両親が冤罪であることを信じてくれたことだろう。
デスティーノに戻ってくると、白田が「今、時間あるか?」と聞いてきた。頷くと、「なら、荷物置いて下に降りてこい」と言ったので言う通りにした。
「学校での様子はどうだ?何か問題を起こしていないだろうな?」
白田に言われ、暁は「特に問題は起こしていない……と思います」と言った。悠もこくこくと頷いている。なお、実際は既に問題を起こしてしまっている。
「……一応、今はその言葉を信じるぞ」
深くは言及されず、二人は密かに胸をなでおろす。そして心の中で謝る。実際のところ、二人は何一つ悪くないのだが。
「それなら、店の手伝いぐらいしてくれないか?」
「……暇な時なら、大丈夫ですけど……」
これからどうなるか分からないが、居候させてもらっているのも事実なので暇な時は手伝うのは当然だろう。実家にいた時は休みの日に両親の手伝いをしていたので慣れているつもりだ。
「話が早いな。それなら礼にコーヒーの淹れ方教えてやるよ。実家、喫茶店なんだろ?」
「あぁ、確かに他の人から習ったら母も喜んでくれると思います」
母親も確かに教えてはくれたが、「他の人に聞くのも勉強になるんだよ」と言っていたことを思い出す。
頭の中に「教皇」という言葉が浮かんだ。アルカナ番号は五で正位置は「慈悲、信頼、尊敬、優しさ、思いやり」など、逆位置は「躊躇、独りよがり、逃避、お節介、固着」などだ。意味は「信条、社会性、恵みと有徳」だ。
「それから、近くなら出歩いていいぞ。不自由だろうからな」
夜の外出許可を出され、今日はもういいぞと言われる。白田が帰った後、ロディとマリアンを連れて散歩に出る。
「久しぶりだね、夜に出歩くの」
「そうだね。あの男が兄さんに罪を着せて以来かな?」
一瞬だけ悠の顔が曇った。どうしても思い出してしまうのだろう。
――こんなに優しい奴らなのに。
周囲から罵倒され、逃げるようにこっちに来た。それなのにクズな教師にあることないこと噂を流され、居場所がなくなった。そのことに怒りを覚えた。
「ねぇ、今度お母さんの実家に行かない?」
不意に悠が言った。暁は「いいけど……なんで?」と尋ねた。
「お母さんの実家なら、あの異世界のこと何か分かるかなって思って」
「なるほど……確かに母さんは異世界のこと詳しかったもんな。分かった、三連休のどこかで行こうか」
それだけ見ていると、普通の兄妹だ。だが、その裏に苦難があったことを知っている。それでもこうして立っている。それがどれだけすごいことなのか、彼らは気付いているだろうか。
「もう遅いし、今日は帰ろうか」
暁の言葉に悠は頷き、デスティーノに戻った。
次の日、屋上で話し合いをする。
「誰が予告状を書く?」
暁が聞く。悠は紙に『信一君か杏ちゃんがいいんじゃない?』と書いた。
「なんでだ?」
『私と兄さんは噂を流されただけで、実害はなかったからね。書くことがない。でも、二人は違うでしょ?』
「噂を流されて退学や強制入部されそうになっているのも十分すぎるぐらいだと思うけど……」
ネコ達が双子を見る。それで実害がないというのは少し違うと思う。彼らの価値観が分からない。
まぁ、何言っても無駄なんだろうな……。
この双子は片割れの身に何か起こらない限り許すのだろう。だからこそ、二人に任せようとしているのかもしれない。
「じゃあさ!俺が書きたい!」
「信一が?……ダサいのはやめてよ?」
信一が立候補し、杏は信用ならないという目を向ける。……正直な話、悠と暁も彼に任せるべきか悩んでしまった。
「……ちなみに、なんて書くつもりだ?」
暁が信一に尋ねる。彼は「あいつには書いてやりたいことがたくさんあるからな……」と悪い笑みを浮かべながら言った。
「……まぁ、イタズラだと思われなければ大丈夫だ」
「シンイチだと分からないように書きなさいよね」
ネコ達はため息をつきながらそう言った。期待はしていないが、任せるほかないだろうと思ってのことだった。当の本人はそれに気付いていないらしく、「任せとけ!」と張り切っていた。……本当に大丈夫か?誤字脱字だとか、文章の構成だとか。
心配は尽きないが、とりあえず明日に備えて解散することにした。
夜、二人は潜入道具を作る。目くらまし用の煙玉と見つけていない宝箱があった時のためにキーピック……と必要だと思ったものを作っていく。
「ふぅ……こんなところかな?」
何個か作ったところで手を止める。どれぐらいあればいいのか分からないが、ここは様子見でいいだろう。
「そろそろ寝ようか」
「うん、そうだね」
既に寝ているネコ達を抱え、それぞれ横になった。
二人が眠りの世界に行った後、ジョーカーが来る。そして、静かに微笑む。
「……予告状、か……」
懐かしいと思った。かつて自分達も同じように悪人に予告状を出し、オタカラを盗んでいた。……最後は悪人ではなく、むしろ善人だと言わざるを得ない人ではあったけれど。
――ここから、この子達の「改心劇」が始まる。
きっと、その道は容易ではない。様々な苦難が待ち構えるだろう。それでも、ジョーカーは彼らを信じていた。
たとえ何度躓いても、再び立ち上がる力を持っていると。
ジョーカーがかつてそうであったように、くじけることなく先に進むことが出来ると。
だから、たとえ道を間違えても正しい道に導くと、ジョーカーは誓う。それが、ジョーカーが二人に出来る、唯一のことだから。
「……おやすみ、悠、暁」
そう呟き、ジョーカーは闇夜に消えた。
次の日、学校に行くと廊下が騒がしいことに気付いた。生徒達が集まっているそこには掲示板があったハズだ。そこを見てみると、赤いカードがいくつもあった。それには文章と謎のマークがあった。
『色欲のクソ野郎 日色 卓矢
生徒を食い物のように見ている貴様のクズさ加減はよく分かっている。
我々は貴様の心を盗むことにした。
その歪んだ欲望を頂戴する。
幻想怪盗団より』
……これが予告状か……。
なんというか……センスがない。まぁ、言いたいことは分かるけれど。
周囲を見渡すと、信一と杏がいたのでそちらに行く。
「どうだ?あれ」
「センスがない」
「もっとあっただろ」
「誤字脱字がなかっただけマシね」
信一が自信ありげに尋ねるが、杏とネコ達が一斉にそう告げる。
「そもそも、「幻想怪盗団」って何?」
「あぁ、それ、ネットで出回っていたんだよ。何でも昔、そんな集団がいたとか何とかで」
「探偵王子だった冬木 なぎとがかつて調査していた集団か」
実際、何人もの人が幻想怪盗団「リベリオンマスカレード」に改心されたとか。……言われてみれば、あのマークだとか書き方だとかはどこかで見たことがある。確か……。
「どうしたんだ?」
その時、日色がその予告状を見た。すると、まるで別人のように変わった。そして、悠達を見て「お前らか!?」と今にも胸倉を掴んできそうな勢いで詰め寄った。
「……さぁ、どうでしょうね?」
暁は意味深な笑みを浮かべ、そう言うだけだった。
放課後、城の中に潜入する。オタカラのところまで一直線に向かうと、そこには昨日見たあのモヤモヤではなく、巨大な王冠があった。
――これが、オタカラ……。
それを見て驚いていると、
「……なんか、ムカつく」
イシュタルがそう呟く。「どうしたの?」とジョーカーが尋ねると、
「これ、あいつの欲望の塊なんでしょ?何でこんなに綺麗なわけ?」
どうやら、それが許せないようだ。彼女の場合、親友をあそこまで追い詰められたのだから、イラついてしまうのは当然のことだった。
「……欲望とは、生きるために必要なもの。汚い、穢れているだけじゃない、ということでしょ」
食欲、睡眠欲、性欲……それらはどうしても生きていくうえで必要な欲望だ。もちろん日色のように度を越したらいけないが、ほどほどに満たさなければならない。それが、人間というものだ。
「……ジョーカー、本当にこいつは穢れていないの?千晶をあそこまで追い詰めたのに」
「日色みたいに度が過ぎれば確かに穢れていると思う。でも、だからと言って欲望が全て悪いわけではない」
「そういう、ものなのかな……」
「納得出来ないなら、それでいいと思う。これはあくまで私の意見だから」
イシュタルは、彼女は随分大人びているな……と思った。もう一人の片割れも大人びていると思っていたが、彼女はそれ以上だ。まるで、神のような……。
「ジョーカー、これをどうやって運び出す?」
「そうだね……ここまで大きいと思わなかったから何も考えていなかったよ。原始的だけど、そのまま運び出すのがいいんじゃないかな、クラウン」
いつの間にか二人はオタカラをどうやって持ち出すかの話をしているが、さすがの二人もいい方法が見つからないのでそのまま持ち出すしかないだろう。そして不意に、ジョーカーは足元にいるネコ達を見る。
「……それで?ディーアとマリーはどうしたの?」
どうやら二匹の様子がおかしいことに気付いていたようだ。彼らに問いかけるが、返事はない。
「ニャーフー!オタカラー!」
「わーい!」
突然二匹はオタカラに我を忘れたように飛び乗った。クラウンが「マタタビじゃないぞ」と見当違いな言葉を言う。
「違うよ、多分マグロなんだよ」
それも違うから、ジョーカー。
アレスとイシュタルはかなりずれている双子に心の中でツッコんだ。こんなことで血の繋がりを感じてしまう。それでいいのか、君達は。
「まぁ、でもこれじゃあ持ち出せないね……ほら、マリー。離れて」
「ディーアも。これを持ち出したらいいんだろ?」
ジョーカーとクラウンが二匹を引き剥がすと、二匹は我に返った。
「す、すまない。ワガハイ達としたことが……」
「ごめんなさい……見苦しいところを……でも、どうしても興奮が止まらなかったの」
シュン……と耳を垂れて落ち込んでいる彼らにジョーカーは「大丈夫、多分バレていないから」と優しく笑った。
そこからジョーカー、クラウン、アレス、イシュタルの四人でその王冠を持ち、王の間に出る。するとどこからか声が聞こえてきた。
「やっちゃえー!日色様!」
その叫び声と共にバレーボールが飛んできた。それが王冠に当たり、飛んでいく。幸いにして誰も怪我はないようだ。
目の前に日色が現れ、ニヤリと卑しい笑みを浮かべる。
「……待ち伏せね」
「予想は出来た」
ジョーカーとクラウンはすぐにナイフを構えた。
「皆!戦闘準備を!」
ジョーカーの指示と同時に日色は高笑いし、化け物の姿になった。頭の上にはオタカラである王冠を被っている。
「お前らを潰してやる!」
「!?逃げて、皆!」
何か攻撃が来る――!そう感じたジョーカーはすぐに指示を出す、がそのせいで自分がすぐには動けなかった。
ジョーカーがよそ見をしている間に再びバレーボールが飛んでくる。とっさに腕を前に出し、防御するがあまりに強力で飛ばされてしまう。
「ジョーカー!」
クラウンがジョーカーの様子を見ようとするが、彼女自身が「目の前の敵に集中して!」と叫ぶ。頭から血が流れているが、それを気にしている暇はない。
「クラウンはイシュタルを守って!アレス、ディーア、マリーは呪文で攻撃を!」
「分かった!」
恐らく、日色はイシュタルを狙うだろうとジョーカーは判断した。実際その通りで、執拗にイシュタルを狙っている。クラウンが守ってくれているが、いつまで持つか……。
そこでふとある作戦を思いつく。
「……ディーア」
ジョーカーは日色の目を盗んで黒ネコを呼び寄せる。「どうした?」と彼が尋ねた。そっと耳打ちすると、「なるほど、分かった」と彼は頷き、早速作戦に移った。
ジョーカーが大きく動く。日色の目が彼女を捕らえた。
「まずはお前からだ!」
そう言って叩き落とそうとするが、素早い動きでなかなか出来ない。ジョーカーはプシュケを召喚して光呪文を唱える。それは攻撃を当てるというより、目をくらませるという役割を果たした。
「今だ、ディーア!」
叫ぶと、ディーアが頭に被っている王冠を蹴り上げる。カランと王冠が地面に落ちた。
「お、俺様の王冠が……!」
日色は頭から王冠がなくなると、しおれてしまった。
「やるよ!」
その掛け声と共に全員で呪文を唱える。直撃した日色は元の姿に戻った。王冠も一人で持てるほどの大きさになる。クラウンがそれを拾おうとすると、「これは俺のだ!」と日色が奪い、ベランダのところに走った。しかし、ここは高い塔の最上階、いくらスポーツマンと言えど飛び降りられるわけもなく。
「……どうしたの?運動神経抜群なんじゃないの?」
そこから飛び降りたらいいじゃない、とイシュタルは告げる。彼女の後ろにはアルターが両手に炎を構えて佇んでいた。
「ひっ……!やめてくれ!」
「皆あんたにそう言ったんじゃないの!?でも、あんたはそれを平気で奪っていった!」
イシュタルの怒りと共にアルターが片方の炎を壁に放つ。日色は目を伏せ、王冠をクラウンの足元に投げた。
「分かった、俺の負けだ……とどめ、させよ。そうすれば現実の俺にもとどめをさせる……」
それを聞いたイシュタルがギリッと何かを耐えていることに気付いた。恐らく、心の中で葛藤しているのだろう。
炎が日色――の隣の柱に放たれる。
「今、あんたを殺したら罪が証明出来ない」
そう言って、イシュタルは日色を睨みつけた。彼は答えを求めるようにジョーカーを見る。
「……現実に戻って、罪を告白しなさい」
それがあなたのするべきことだと告げれば、彼は「分かった、現実の俺に戻る。そして、必ず……」と消えていった。最後に見た表情は晴れやかだった。
それと同時にデザイアが崩れ始める。皆で慌てて走って、現実に戻る。
「ちょっと、いきなり崩れるなんて聞いていないわよ!」
杏が叫ぶと、ロディは「欲望の核が消えたんだから、デザイアが崩れるのは当たり前だろ」と言った。それは先に言ってほしかった。
「そうだ、オタカラ……!」
信一が暁を見ると、彼はポケットから金メダルを取り出した。どうやらこれが王冠と同等に見えていたようだ。
「日色の奴、過去の栄光ってのにしがみついてただけなんだな……」
信一が呟く。そして「日色はどうなったんだ!?」と思い出したようにネコ達に聞く。
「こればかりは今後の様子を見るしかないわね」
マリアンが言うと、「退学と強制入部がかかってるんだぞ!」と焦る。それに悠は「マリアンの言う通りだよ、今は様子を見るしかない」と言った。
「それに、最後のあの顔……多分、何か変化はあるハズだよ」
「そうだね。最後の表情は人間らしかったから」
暁も頷く。信一は「お前らが言うならいいけどよ……」となおも不安そうに言った。
この日は解散することになり、金メダルは暁達が持って帰ることになった。
夜、ロディとマリアンが寝付くと双子は下に降りた。コーヒーを飲んでいると、隣から手が伸びてくる。
「……ちょっと薄いな」
「そうだな。これは客には出せないな」
ジョーカーとクラウンだ。暁と悠は驚いたが、いきなり現れるのはいつものことなので「こんばんは」と言った。二人も返事を返す。
「今日はオタカラを盗んだみたいだな」
コーヒーカップを置き、クラウンが笑う。ジョーカーも「成功してよかった」と言ってくれた。なぜそのことを知っているのだろうと思うが、これもいつものことだった。
「あの……改心って、成功する?」
悠が尋ねると、ジョーカーは「フェイクが消えていくのを見ただろう?」と答えた。
「オタカラを盗んで、なおかつ本人のフェイクを殺さず現実の本人に戻せば、改心するんだ」
「そうか……安心した」
少しだけ気が軽くなる。同時にあの時イシュタルがとどめをさしていたら……と思うと怖くなる。
「……仲間達を信じてやれ。お前達の周りに、そんなことをする奴はいない」
「ただ、気を付けろ。いずれ仲間の顔をした悪人が現れる。そいつはお前達を罠にかけるだろう。その場合どうすればいいか、その時教えてやる」
ジョーカーとクラウンはそう言ってそれぞれの背を撫でた。温かく、優しい手だ。それに安心したからか、眠気が襲ってくる。後片付けをしないといけないと思うのだが、逆らえなかった。
双子が寝ると、ジョーカーとクラウンは彼らを抱え、二階に上がった。そして、ベッドとソファに寝かせる。
「……おやすみ」
小さな声で優しく言い、下に降りて片付けをやっておく。二人が白田に何か言われるのはいただけないと思ったからだ。彼らなら早めに起きて片付けるだろうが。
その後、二人は異世界に行く。そこは日色のような個人のデザイアではなく、「大衆のデザイア」と呼ばれている場所だった。
現実で言う地下鉄を降りる。少し進むが、やはり壁があって通ることは出来ない。
「……この先に……」
ジョーカーの呟きは、傍にいたクラウンにしか聞こえなかった。