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十九章 真実を見つめる目

 ハッと三人が正気に戻ると、喜村と話す前の日に戻っていた。

「……よかったな、お前ら」

 安村がため息をつく。それに二人は頷いた。

「ごめんなさい……」

「まったく……悠が囚われてたらどうするか悩んだぞ」

「あ、アハハ……ごめん」

「……で?どうするんだ?」

 安村に聞かれ、二人はすぐに答えた。

「……確かに、あの現実は幸せだったけど。全部をなくしたことにするのは絶対に嫌だ」

「うん。冤罪事件がなかったら、みんなと会ってなかったもん」

 その言葉に「あっそ」と安村は興味なさげに告げた。

「まぁ、その言葉を聞けて良かったよ。またあの吐き気のする現実に閉じ込められるなんてたまったもんじゃない」

「……でも、安村君は……」

 悠が寂しげな瞳を向けるが、兄がいる手前、何も言うことが出来なかった。

「……そうだな。今回の詫びは悠との一日デートでいい」

「は?」

「手を出そうってわけじゃない。まぁ、悠が嫌なら別の提案をするが」

 安村はジッと悠の方を見る。その瞳はどこか悲しそうだった。

「……まぁ、一日ぐらいならいいよ。優士君にも何もないからって伝えておく」

「悠、本当に君はお人よしなんだから……」

 お人よしじゃない、と兄の言葉を否定したかった。でも、出来ない。

「決まりだね。じゃあ、早く喜村のところに行こうか」

 そう言って安村が歩き出し、双子は慌てて追いかけた。


 喜村のデザイアに入り、彼のもとまで向かう。どうやら彼は記憶がないらしい。

「ごめんなさい、私達はあなたの現実を受け入れるわけにはいかない」

 ジョーカーがはっきり言い切ると、喜村は悲しげな顔をした。

「そうか……残念だよ」

 彼としても譲れないのだろう。だって彼は優しすぎる。

 その時、きはくが目を開いたかと思うと突然怪盗服になって、レイピアを持って立ちはだかった。

「私はお姉ちゃんを殺したあの現実には戻りたくないんです!」

 そう、涙を流しながら叫んだ。悲痛な叫びに胸を締め付けられるが、

「でも、現実は見ないといけない。オレ達にはきはくのつらさは分からないけど……それでも、寄り添うことは出来るよ」

「先輩には分からないです!私がどれだけつらいのかなんて!」

 そのまま、きはくはクラウンに向かって光呪文を唱える。避けることが出来なかったが、ジョーカーが庇って代わりに攻撃を受けてくれた。

「ジョーカー!?」

「大丈夫、私は光呪文に強いから」

 逆に闇呪文だと危険だったが。

 気になる痛みもなかったため、そのまま応戦することになる。

「きはく、落ち着け!」

 クラウンの声も、今のきはくには届かない。やはり分かり合うのは難しいのか……?

(だって、仲間達もみんな楽しそうだったし……)

 現実と向き合えないのなら、喜村の案を受け入れるしか……出来ないのかもしれない。

 皆の幸せを壊すのなら……。

 そんな弱さが顔を見せ始めた時、後ろから風呪文が飛んできた。

「悪い、遅れちまった」

 そこにいたのはネコの姿のロディとマリアン。

「なんで……」

「話はあとよ。まずは止めないと」

 二匹が前に出ると、その後ろからさらに仲間達が来た。

「うぉ……これ、どういう状態だよ……」

 アレスが目を丸くしていた。それもそうだろう、後輩が三人に立ちふさがっていたのだから。

「とにかく止めよう。ジョーカーもそれでいいな?」

「え、うん……」

 ハシスの言葉にジョーカーは頷く。彼はジョーカーを抱えて後ろに下がった。

「え、なんで」

「怪我している。その様子だと気付いていないみたいだな」

 そう言われ、初めて頭の痛みに気付いた。触ってみると赤い液体が手に着いた。

「いつの間に……」

「本当に自覚なかったんだな……悪かった、すぐに駆け付けられなくて」

 恋人として、あの現実に囚われてしまったことを申し訳なく思った。本当はこうして守る権利もないのだろうが、せめて今だけは……。

 クラウン達が相手していると、突然きはくが倒れ込んだ。どうやら力を使いすぎたらしいとすぐに分かる。

「……君達に反抗の意志があるのは分かった。でも、まだ話し合いの余地はあるハズだ」

 そう言って、喜村は寂しげに背を向けた。

「また会おう」

 そう言って、その場を去っていく。クラウンがきはくを背負い、そのままデスティーノまで帰った。

 ソファで寝かせると、悠は「……ごめん、少し散歩行く」と一階に降りていった。

「あ、待ってくれ、悠」

 優士もその後ろを追いかける。悠も悠で何か思うことがあったのだろうとしばらくそっとしておくことにした。

 数分後、きはくが起きてくる。

「う……」

「きはく、大丈夫か?」

「あ、先輩……すみません……」

 申し訳なさそうに謝ってくるきはくに暁は「いや、大丈夫だ」と笑いかけた。

「ふん。……とりあえず、今日は解散するぞ。また明日話し合えばいい」

 安村のぶっきらぼうな言葉に「それもそうだな……」と頷く。悠と優士がいない中で話し合いも出来ないからだ。


 悠は公園まで歩くと、優士に腕を掴まれた。

「悠、待ってくれ」

「……優士君」

 ようやく振り返った悠は泣いていた。

「ど、どうしたんだ?どこか痛いところでも……」

「ううん、違う。違うの……」

 悠は彼の胸に飛び込む。ただ繰り返し「違う……」と呟いている彼女を、優士は抱きしめることしか出来なかった。

 ――安村君は、既に死んでいる。

 これは悠しか気づいていない事実だ。……だってあの時、誰も安村がどうなったのか見ていなかったから生きて前に現れても驚きこそすれ疑問には持たない。

 でも、悠はそうではなかった。あの日、あの時、確かに一瞬だけ見たのだ。

『えー、速報です。男性の遺体が発見されました。全身を刃物で切り付けられて亡くなったようです』

 そんなニュースが、流れていたことを。名前は出ていなかったが、あの騒ぎの中でそんなニュースが流れるとしたら……それは、相当な有名人だ。そして悠には、心当たりが一人しかいなかった。だからこそ、安村が突然現れた時かなり驚いたのだ。

 そんなこと、言えるわけがなかった。

「……悠」

 優士は何も聞かず、その柔らかい髪を撫でた。



 次の日、三学期が始まる。学校に向かうと少なくとも認識している現実に戻っていた。

(今のところは、だけど)

 現に、怪盗団の活動はあまり覚えていないようだし。

 放課後、デスティーノに集まりどうするか尋ねる。

「喜村先生の現実がいいなら、無理してついてこなくてもいいよ」

 悠の言葉に全員顔を見合わせる。そして、

「ううん、私達も行くよ」

 杏が身を乗り出す。

「……だって、それって怪盗団がなくなるってことでしょ?そんなの、嫌だもん」

「うん……私も嫌だ。確かに、お母さんと一緒にいられて幸せだったけど……それで何もかもなかったことにしたくない」

 朝日も頷く。どうやら全員、心は一つらしい。

 ただ一人を除いて。

「というわけだ。ユウ、いいよな?」

「え、あ、うん。……そうだね」

「ユウ?様子がおかしいわよ?」

 ネコ達がリーダーの顔を覗き込む。悠は一人だけ辛そうな表情を浮かべていた。

「本当にどうしたの?」

「ん?何でもないよ」

 しかし何を聞いても、悠は口を開かなかった。それを見た安村はため息をついて「おい、悠。来い」と言って下に降りた。

 外に出ると、安村は悠に向き合う。

「……お前、気付いてるんだろ?」

「……うん。安村君、本当は死んでいるんだよね?」

「あぁ、おそらくはな。オレもよく覚えていないが……」

 安村は忌々しく髪をくしゃくしゃにして呟く。それに悠はうつむいた。

「悠、いいか?オレを憐れむな」

 安村は彼女をジッと見て、告げる。

「そんなことされても虫唾が走るだけだ。お前のことは確かに好きだが、そんなことされる筋合いもないだろ?」

「そう、かもしれないけど……」

「それに、あいつに人形のようにされる方が嫌だ。分かるだろ?」

 もちろん分かっているつもりだ。安村は他人に干渉されることを極端に嫌う。だからこうして生死すらも踏みにじる喜村に苛立っているのだろう。

「……まぁ、どうしようがお前の勝手だけどな。せめてデザイアの攻略だけはしてくれ」

「……うん、分かった」

 安村の説得に悠は泣きそうになりながら頷いた。


 皆のところに戻った二人に、暁は「大丈夫だった?」と尋ねた。

「うん、大丈夫だよ兄さん」

「そう?……だったらいいけど。もう遅いから、明日から攻略しようか」

 その言葉に頷くと、この日は解散した。

 そのあと、暁が悠の隣に座る。

「……どうしたの?何かあったの?」

「ううん、何でもないよ」

 暁が聞くと悠は首を横に振った。「そうか?それならいいんだけど……」と暁はそれ以上何も聞かなかった。

「……オレさ、きはくのことをずっと「あき」だと思い込んでいたんだよな?」

「まぁ、そうだね。私もそうだったよ」

「でも、悠は何となく違和感に気付いていたでしょ?……本当に、兄として情けないよ」

「そんなことないよ。兄さんはいつも私を守ってくれるじゃん」

 悠は兄の肩に頭を乗せる。

「だからさ……そろそろ兄さんも、幸せになるべきだと思うんだ」

「どういう……」

「兄さん、きはくちゃんのこと好きなんでしょ?」

 再びそう言われ、暁は顔を赤くする。

「それは……えっと……」

「隠さなくてもバレバレだよ。きはくちゃん、いい子だし」

 フフッと悠は笑う。それに「うー……」と暁は顔を真っ赤にしながらうなった。



 次の日から、デザイアの攻略が始まった。

「えっと……これは……」

「こうなんじゃないか?」

 ジョーカーが悩んでいると、シャマシュがすぐにサポートする。それにどうしても違和感を覚えたのはクラウン。

「……ディーア、マリー、ちょっとジョーカーの様子を気にかけていてくれないか?」

 そう頼むと、彼らも思っていたらしく「分かった」と頷いた。

 ジョーカーが何か隠していることはすでに気付いている。でも、踏み込むわけにはいかないと見守ることにしたのだ。

 モニター室に来ると、エアが画面を見て目を見開いた。

「ねぇ、これ……」

 なんだろうと見ると、なんとアザーワールドリィにまで広がっているのが分かった。

「……ここの仕掛けも解かないといけないのかな?今日はいったん帰った方がいいかも」

 イーリスの言葉に仕方ないと一度現実に戻る。そして明日はアザーワールドリィに入ろうと話をまとめて解散した。


 次の日、暁はきはくに呼ばれて公園に来る。

「どうした?」

「その……私も連れて行ってくれませんか?」

 突然の申し出に暁は目を丸くする。

「え、まぁ、いいけど……リーダーは悠だからそっちにも相談しないと……」

 それに、彼女は怪盗ではない。無理してついてくる必要はないのだ。

「……私、先輩達に恩を返していません。それにちゃんと、向き合いたいんです」

 しかしその言葉に考え、「分かった、悠に伝えてみるよ」と頷いた。

 皆が集まる前に悠に相談すると、

「まぁ、いいと思うけど」

 とかなりあっさり頷いた。特に考えることもなく、だ。

「本当にいいの?」

「きはくちゃんがいいなら、私から言うことはないよ。……それに、乗り越えられなかったらそれだけだったってことでもあるし」

 なるほど、と暁はようやく真意を理解する。

 ようは、きはくが本当に現実を受け入れられるか試したいのだろう。こればかりは本人にしか出来ないことだ。

「……とりあえず、今日はアザーワールドリィに入らずデザイアの方に行こうか」

「え、でも」

「まだ時間はあるよ。戦力は多い方がいいし」

 悠は小さく笑うが、どうしてもその奥にある曇りが気になった。

「悠、本当に何か」

「兄さん」

 あった?というより先に悠に遮られる。

「もし私が喜村先生の現実を受け入れようとしたら……その時は、殴ってでも止めて」

 そう告げた悠の瞳に、光はなかった。

 きはくを連れてデザイアに入ると、彼女はどうしても私服に戻っては怪盗服になってを繰り返していた。

「…………」

 ジョーカーはそれを見ながら先に進んでいく。

「……そういえば、きはくちゃんのコードネームがまだだったね」

 ふと気付いたジョーカーが振り返る。

「そういやそうだったな」

「喜村先生だし、わざわざ決めなくてもいいかもだけど……どう呼ばれたい?」

 きはくに尋ねると、彼女は少し考えて、

「任せます」

「だって、クラウン」

「なんでオレに振るんだよ……じゃあ、セレネなんてどう?」

 妹に振られ、クラウンは頬を染めるが一つ案を出した。

「いいですね、それで」

 きはくも笑って頷いたのでそのコードネームになった。

 そのまま進んでいくと、エネミーがセレネに向かって呼びかけられた。

「主なら助けてあげられる。あなたを守ってあげられる」

「…………」

「どうですか?もう一度、主の治療を……」

 セレネはその言葉に考え込んでいたが、

「……いえ、大丈夫です。私はもう乗り越えられます」

 そうはっきりと言いきった。

「そうですか……分かりました。無理にとは言いません」

 その答えに、エネミーは去っていく。やはりもともと優しいからだろう、無理やり治療させることはしないようだ。

 しかし、世界がかかっていることは事実。このままではダメだと拳を握った。


 夜、暁が声をかけてきた。

「もしかして、こうなることを見越してたの?」

「うん。兄さんもそうでしょ?」

「まぁ、そうだね。薄々とは気付いてたよ」

 フフッと笑う。そして寂しげな表情を浮かべた。

「……ごめんね」

「どうしたの?」

「ううん、何でもない。なんかあったら相談してよ?」

「兄さんこそ」

 お互いにそんなことを言い合う。しかしその心の中は、寂しさでいっぱいだった。



 次の日、怪盗達はアザーワールドリィに向かった。違和感に気付いたのはディーアとマリー。

「……おかしい。最深部のところから別の道に繋がってるな」

 少し進んだ時にそう呟いたのだ。実際その通りで、そこに行くとあの禍々しい場所とは打って変わって真っ白い空間に繋がった。恐らく喜村のデザイアが作った場所なのだろうとすぐに分かる。

 そのまま進んでいると、イーリスが「待って」とある場所で止める。

「これ、多分あのデザイアと繋がってる」

 そしてそこにあった機械のようなものを見て、そう告げた。

「解除できそう?」

「うん、大丈夫だと思う」

 マリーの質問にイーリスは笑って取り掛かった。

 そうしてイーリスが解除している間、ジョーカーが周囲の警戒をしていた。

「……い……」

 何かを唱えた気がするが、聞こえてこなかった。しかしエネミーが来ないことを見るに恐らく周囲に何かしたのだろうと分かった。

「ごめん、少し出る」

 数分後、ジョーカーがそれだけ言って飛び出す。同時に戦っている音が聞こえてきた。

「ちょ、悠!?何してるの!?」

 それに気付いたクラウンが慌てて加勢した。

(悠、最近暴走気味な気が……?)

 クラウンは妹の様子を見ながら考え込む。

 最近のジョーカーは様子がおかしい。言霊が暴走しているわけでもないし……どうしたのだろうか?

 いつもなら何に暴走しているのかが分かる。それなのに今回ばかりは全く分からないのだ。

「クラウン、ごめんね」

「いや、大丈夫」

 ジョーカーは見た感じ、いつもと変わらない。しかしその瞳の奥は暗いもので満たされていた。

「……その、なんかあったら相談していいからね」

「うん、そうするよ」

 頷きながらも隠しているということに、クラウンは気付いた。


 アザーワールドリィから戻ってくると、悠は「ねぇ、一緒にどっか行かない?」と杏に誘われた。断る理由もないため、一緒にカフェまで向かう。

「……初めて悠と話をしたのも、カフェの中だったよね」

 杏が口を開くと、「そういえばそうだね」と頷いた。

「あの時、話しかけてくれなかったら本当にどうなっていたか分からなかった……千晶が飛び降りた時、あいつを許さないって思えた」

「……うん」

「悠と暁がいなかったら、多分私と信一はあいつを殺してたよ。それぐらい、あいつのことを恨んでいたの」

「うん。それぐらいの怒気があったもんね」

 四月のあの日を思い出す。日色に怒りを抱きながらも耐え続けたあの日々は苦痛以外の何物でもなかっただろう。

「本当に、二人が来てくれてよかった」

 そう言われ、悠は寂しげに杏を見ていた。


「暁、少しいいか?」

 優士に声をかけられ、暁は頷く。

「ありがたい。少し話したいことがあってな」

「なんだ?」

「悠についてだ」

 そう言われ、暁の顔は真剣なものになる。

「悠に何かあったのか?」

「それは分からないが……この間、悠が泣いていてな。そのことは伝えないといけないと思って」

 悠が泣いていた……?どういうことだ?

「やはり、そちらも事情は把握できていないか……」

「あぁ……最近悠の様子が明らかにおかしいとは思っていたけど……」

「なるほど……」

「……安村と再会してから、そんな感じだった気がする」

 思い出していくと、悠は安村を見るたびに寂しげにしている。もしかして、それと関係しているのだろうか?

「何があったんだろうな……」

「そこまではさすがに分からないな……」

 しかし、思いつくものは一切ない。二人で考え込むが、これと言った答えが出なかった。



 デザイア攻略を進め、終盤に差し掛かったころ。

「先輩、少しいいですか……?」

 きはくが暁に声をかける。それを見て悠は小さく笑い、

「私、優士君と出かけてくるね。あ、ロディとマリアンも行こう」

 気を利かせてデスティーノから出た。白田も「俺も買い物に出かけるからな」と出て行ってしまった。

 二人きりになった店内で、暁がコーヒーを淹れる。

「先輩、コーヒーを淹れられるんですね」

「実家も喫茶店だからさ。結構淹れさせてもらったよ」

 そう言ってきはくの前に置く。

「いただきます……」

 きはくがそれを飲むと、「おいしい……」と呟いた。

「それならよかった」

 暁も小さく微笑み返す。

 しばらく無言だった二人だが、きはくが口を開いた。

「……あの、先輩。私、姉の分まで新体操を頑張ろうって思うんです」

「そうか。応援してるよ」

「ありがとうございます。……先輩達がいなかったら、こう思えませんでした」

 きはくは目を伏せる。

「だから、本当に感謝しているんです」

「……そっか。ありがとう」

「あの、なんでここまでしてくださるんですか?」

 きはくが不思議そうに首を傾げた。暁は「え、えっと……」と頬を染める。

「……き、きはくのことが……」

「えっ?」

「きはくのことが好きだからだよ」

 心臓がバクバク言っている。いつも告白される側だったが、告白するというのはこんなに緊張するのか。

 きはくも頬を染めて暁を見ていた。

「……わ、私も、先輩のこと、好きです……」

 そして、彼女もそう返事した。


「おー、とうとう兄さんにも春が来たね……」

 悠が呟くと、「どうした?」と優士が見てきた。

「んー?兄さん、よく心のシャットダウンをし忘れるからね。聞こえてくるんだ」

「あぁ、なるほど」

 その言葉に納得したらしい、優士も笑った。

「さてと……私の方も聞こえないように閉めておこうっと」

「君も案外性格悪いな」

「今更じゃん」

「お前ら、ワガハイ達がいるってこと覚えてるよな」

 イチャイチャしている二人にロディとマリアンはため息をついた。


「兄さん、きはくちゃんとうまくいってよかったね」

 夜、悠がそう言うとすぐに察したのか「悠……シャットダウンしてくれてもよかったじゃんか……」と恥ずかしそうに告げた。

「ちゃんとしたよ。成功した後に」

「それはもう遅いんだよ……」

 この子は案外ちゃっかりしているところがある。フフッと笑う妹に「まったく……」と暁も笑いかけた。

「……ねぇ、兄さん」

 不意に、悠が聞いてくる。

「もし、もしだよ?誰かが死んでいたとしたら……どうする?」

 何を縁起でもないことを……と暁が見る。

 悠は本気で聞いているようだった。本気で、どうするか聞いている。

「……そんなの、分からない」

 だから暁も、正直に答えた。

「その時にならないと、どうしたいのか分からないよ、オレだって……」

「……そっか」

 兄の言葉に悠は心なしか安心したような表情を浮かべていた。

「……ずっと不安だったの。一人で考えてて……」

「そうだったんだ……」

「兄さんでもそうなんだね」

「当たり前だよ。オレも完璧な人間じゃないんだから」

 きっと、何かを知っているのだろう。そう判断するのに時間はかからなかった。

「……明日でデザイア攻略も終わりそうだね」

「うん。頑張ろうか」

「……うん」

 暁が励ますと、悠は小さく笑った。



 そうしてデザイアを完全に攻略した後。安村は悠に声をかけた。

「おい、悠。ちょっといいか?」

「……?いいけど……」

 悠が首を傾げながら、安村と二人きりになった。

「……頼みがあるんだ」

「頼み……?私に出来ることなら、いいけど……」

 そう聞くと、安村は小さく笑った。

「……一緒に出掛けないか?」

「えっ?」

「喜村のデザイアを壊したら、オレはどうなるか分からない。……だから、後悔したくないんだよ。それに、約束しただろ?」

 彼の目は真面目そのものだった。

「うん、それぐらいならいいよ」

「……ありがとう。だったら今度、また誘う」

 そう言って彼は帰っていった。



 それから数日後、宣言通り安村が誘ってきた。

「やっほ、安村君」

 待ち合わせ場所に向かうと、既に安村が待っていた。

「あぁ。じゃあ行くか」

 そう言って安村が悠の手を握る。突然のことに悠は頬を染めた。

「や、安村君?」

「いいだろ?……恋人ごっこだとでも思えよ」

 そう言う安村も、わずかに頬が赤くなっていた。

 映画を観に行ったり買い物に付き合ったりして、夕食はファミレスで食べた。

「……ありがとう」

 パフェを食べていると、安村がお礼を言ってきた。

「おかげで心置きなく喜村と戦える」

「……そっか」

「お前も、覚悟を決めろよ」

 そこまで言われ、悠は小さく頷いた。

「それじゃ、また」

 会計した後、後ろを向いた安村を悠は掴む。

 このまま帰したら、もう会えない気がして。

「どうしたんだよ?」

「……もう少し、話さない?」

 まさか悠からその提案が出てくるとは思わなかった安村は目を丸くする。そして、

「……あぁ。お前の兄貴が来るまでは話し相手になってやるよ」

 優しく笑いかけた。



 そうして、期限の前日。喜村がデスティーノにやってきた。

「やぁ、二人とも」

 喜村が来ると、二人は小さく笑ってコーヒーを出した。

 そして、話し合いをする。

「どうかな?考えてくれた?」

「……そうですね」

 暁が悠の方を見る。

「……大丈夫」

「そうか」

 妹の意志も確認し、暁は予告状を渡してはっきり言った。

「明日、先生のオタカラをもらいに行きます」

「……そっか。君達の考えが変わってくれないのは仕方ないね」

 喜村はそれを受け取りながら寂しげだった。

「……兄さん、ごめん」

 それを見て悠はようやく、言う決心をする。

「その……先に言わないといけないから……。安村君、多分もう生きてないの」

「え……」

「朝日ちゃんとか春香ちゃんの親も、生き返っていたでしょ?それと同じ。……そしてそれは、私達の願いなの」

 それを聞いて、暁はうつむいた。心当たりがあったからだ。

 ――安村が生きていたらって思った。

 そしたらきっと、いいライバルになっていただろうと。

 その時、安村がデスティーノに入ってきた。

「……それじゃあ、僕は戻るよ」

 喜村が代わりにデスティーノから出る。

「……分かったかよ?鈍感野郎」

 安村が暁に向かって言ってきた。そして、悠の時と同じことを言いきった。

 憐れむな。

「……あぁ、分かってる」

 暁は彼の目を見て、はっきり言い切った。



 次の日、喜村のデザイアに入りオタカラのところまで向かった。

 オタカラのところにたどり着くと、喜村が待っていた。彼は怪盗達を見て悲しげな表情を浮かべた。

「来たんだね」

「はい。あなたのオタカラを盗みに」

 同じく、ジョーカーやクラウンも寂しげだった。

 ――でも、自分達だけ甘えるわけにはいかない。

 皆の理想の現実を壊したのは自分達だ。……なら、自分達も決着をつけないといけない。

「君達の意見は分かったよ。……でも、僕も諦めるわけにはいかないんだ」

 喜村はそう言って、アルターを召喚した。

 そこからは激戦だった。喜村は全員に呼び掛けるが、誰も応じない。

「ジョーカー!」

 シャマシュが叫ぶ。それを聞いたジョーカーは高く飛んだ。

「おいで……アストライア!」

 そしてアルターを召喚し、光呪文を唱える。

 すべてが見えなくなるほどの強い光に、喜村は腕で顔を覆った。そのすきを突き、シャマシュが仕掛ける。

「なっ――!」

「わりぃな。オレは先にジョーカーに守ってもらってたんだよ」

 シャマシュがためらいなく喜村に攻撃できたのは、ジョーカーがシャマシュに光で目つぶしされないように言霊を使っていたからだった。

「じゃあ、な!」

 そのまま、シャマシュが喜村を斬り捨てた。

 膝をつく彼に、シャマシュは首筋に刃を突きつける。

「……こちらの勝ちです、喜村先生?」

「そうだね。……でも、僕もまだあきらめるわけにはいかないんだ」

 喜村はシャマシュを押しのける。そして自身のアルターに歩み寄った。

「君も、同じ気持ちなんだね……『アトゥム』」

 それは、喜村を優しく手のひらに乗せた。

 エジプト神話において、最初に存在した創造神「アトゥム」……彼は本気で、一から作り直そうとしているのだろう。人々の、幸福のために。

「……狂ってる」

 善人も、行き過ぎてしまうと狂人になるということか。

 どうやら、彼はどうしても人々を幸せにしたいようだ。己を犠牲にし、死者を生き返らせてまで。

「主の願いが、わが使命……」

 目の前のアルターは、気の失った主人を檻に閉じ込める。

「……先生には攻撃が当たらないみたい。アルターの方に集中してていいと思う」

 ジョーカーが呟くと、イーリスが「うん。そうだと思う」と同意した。

「頭を狙ったらいいと思うんだけど……ごめん、もう少し解析させて」

「了解」

 どんな攻撃をしてくるのかもわからない状態だ。解析してくれるのは助かる。

 しかし、突然アトゥムがイーリスに攻撃を始めた。危ないとジョーカーとクラウンが真っ先に動き出す。

「ディーア、マリー!回復呪文の準備を!」

「わ、分かったわ!」

 イーリスに攻撃が当たってしまったらひとたまりもない。反撃できる自分達ならどうにでもなるが、イーリスは後方支援型、攻撃手段を持ち合わせていない。

「セレネ、あなたもイーリスを守ってあげて!」

「分かりました!」

「ほかは回避に集中しろ!」

 ジョーカーとクラウンが指示を出す。その間も呪文を唱えて攻撃を与えるのだが、効いている様子はない。

 舌打ちをして、二人は言霊で攻撃を反射する壁を作る。

「クッ……!」

 しかしこれもそこまで耐えられるものではない。ジョーカーとクラウンの負担が大きくなるばかりだった。

「分かった!」

 言霊の力も限界を超え、壁にヒビが入ってきたその時、イーリスが叫ぶ。

「攻撃をしている時に頭の装甲が機能しなくなる!その時を狙え!」

「なるほど……」

 しかし、分かったところでどうしたらいいのだろうか?目の前の暴走したアルターは力をためている。

 その時、シャマシュが目の前に立った。

「ここは、オレにとどめをさせてくれないか?」

 そう言われ、ジョーカーは少し考えた後、「……分かった」と頷いた。

 同時に、壁が壊れる。シャマシュは破片を避けつつ、アトゥムの腕に飛び乗った。そして、彼はジョーカーから受け取っていた拳銃を頭に突き出した。

(あぁ、これで終わりなんだ――)

 そう思うと同時に、光に包まれる――。


 ハッと目が覚めると、悠は青い牢獄に入っていた。

「おめでとうございます、トリックスターの片割れ」

 テミスが小さく笑う。

「……に、兄さん、は……?デザイアはどうなったの?」

「そう慌てるな、お前達はしっかりと使命を果たし終えた」

 シャーロックの言葉に、悠はどういう意味だと彼を見る。

「かの者の野望は潰えました。世界は元通りになることでしょう」

「そう、なのね」

「それから、お前の兄……あいつはまだここには来ない」

「えっ……?」

「彼は、まだ役目を終えていないのです」

 その言葉に、悠は思い出す。

 安村は結局、死んでいた。じゃあ忌まわしきあいつの罪を証言するのは……。

「大丈夫です。わが母からしばらくあなたを休ませるように言われています。……今のあなたは病院です。言霊の力を使いすぎてしまい、倒れてしまっています」

「お母さんから……」

「はい。……改めて、ありがとうございます。……私の、大切な妹……」



 喜村との決着後、怪盗達は悠と暁、それから安村がいないことに驚いていた。

「え、三人とも、どこに……?」

 春香が声を出す。周囲を見渡すが、どこにもいない。

 一度デスティーノに戻ると、白田が「どうした?お前ら」と首を傾げていた。

「あ、あの、こうたろう。暁と、悠が……」

 朝日が事情を説明すると、彼は目を丸くした。

「何言ってんだ?暁は少年院にいるし、悠も入院中だぞ?」

「……えっ?」

「ほら、奴の罪の告発するためにって暁は自首して、悠は言霊?の使い過ぎで倒れてずっと起きてこなくて……」

 そこまで聞いて、ロディが「なぁ……」と声を出した。そして、前日のことを話した。

「アキラやユウがこうなるってことは知らなかったが……ヤスムラは、キムラを倒したら自分は消えるって分かってたんだ……」

「は……?じゃあ、あいつ……」

 ようやく事態を読みこめた怪盗達はうつむく。しかしこうしている場合ではない。

 白田に悠が入院している病院を聞き出し、すぐに向かう。そして看護師に知り合いだと伝え、悠の病室に入った。

 悠は目を閉ざしたままだった。深い夢を見ているのだろうか?

「……悠……」

 優士が悠の頬に優しく触れる。そのぬくもりはまだ、彼女が生きていることを示していた。

「……ねぇ、暁を助け出そう。そしたらきっと……」

 春香の言葉に全員が頷く。


 それからの行動は早かった。

「あの!先生、実は私の先輩が冤罪で捕まっているんです!本当にいい先輩で……だから協力してください!」

 きはくは頭を下げて新体操のトレーナーに頼み込む。

 ほかの怪盗達も、暁の冤罪を証明するために行動していた。

「涼恵さん、頼みがあるんです」

『君は……美佳ちゃん、だったね。どうしたの?』

「暁の冤罪の証拠、くれませんか?お姉ちゃんに渡して少しでも早く暁が少年院から出所できるようにしたくて……」

『分かった。書類の方がいいよね?裏のツテを使って明日にはそっちに届くようにするよ』

「ありがとうございます!」

 美佳は涼恵に連絡し、すぐに冤罪の証拠を送ってもらう。

 それを姉に渡し、「これなら、証拠として使えるわ」と笑っていた。



 そうして、二月十三日。無事に暁の保護観察が取り消された。

 少年院から出ると、白田が車で迎えに来てくれていた。

「やぁ、暁。久しぶりだな」

「すみません、白田さん」

「いや、怒っていないさ」

 そう言いながらデスティーノまで戻る。

「そういえば、悠は……?」

「まだ起きてこないんだよ……いまだに入院している」

 入院、という言葉に驚くが、詳しいことは聞かないことにした。

 デスティーノの中に入ると、怪盗達が暁を歓迎した。

「よ、よかったー!」

 朝日が涙目で暁に抱き着く。

「これで、悠が目覚めたら……」

 杏の言葉と同時に、白田のスマホに着信が来た。

「はい、もしもし。……え、悠が起きた!?は、はい、今行きます!」

 それを聞いた怪盗達も顔を見合わせ、一緒についていった。

 病室に入ると、「あ、みんな」と悠が手を振っていた。

「お前、一か月以上寝ていたんだぞ……」

 白田の言葉に「え、そんなに?」と悠は驚く。

「どこも異常がないので、明日には退院できますよ」

 普通ならこんなに早く回復しないんですけどね……と看護師は首を傾げながら戻っていってしまった。

「本当によかった……」

 優士が悠を抱きしめる。

「あはは……まさか私もこうなると思ってなくて……」

「本当に心配していたんだぞ。明日迎え行くからな」

 白田の言葉に「あ、白田さん」と悠が声をかけた。

「どうした?」

「その……買ってきてほしいものがあって……」

 悠が頬を染めながら白田に告げる。なんだろうかと怪盗達は顔を見合わせるが、白田だけは分かったようで「あぁ、なるほどな。……あとで何が必要か送っててくれ」と笑いかけた。

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