一章 事件のはじまり
青い蝶が空中を舞っている。
これは理不尽なゲーム……勝機はほぼ無いに等しい。しかし、この声が届いているということはまだ可能性が残っているハズ……。
どうか、このゲームに打ち勝って。そして真実の、記憶を……。
そう言って、青い蝶は消えた。一緒にその場にいた黒い女性はそれを見届け、静かにその場から去っていった。
「任せたよ、『トリックスター達』」
その女性の声は、どこかで聞いたことのあるものだった。
ハッと肩まである白い髪の少女は電車の中で目が覚めた。日付は四月七日の土曜日。
「悠、起きたか?」
隣から癖の強い黒髪の少年が話しかける。この二人は双子の兄妹だ。
「……暁兄さん」
「疲れたのか?……まぁ、当然だよな」
悪い、オレのせいで……と暁と呼ばれた少年は目を伏せる。
この二人はとある事情で東京にいられなくなり、母親の地元に向かうことになったのだ。
「ううん、兄さんのせいじゃない。むしろこれは、私が「言霊」を持っているせいだから」
言霊、というのは母親の家に伝わる能力の一つらしい。だから、悠は人前ではあまり話さないようにしていた。
両親は最初、悠を守ろうとして冤罪を着せられ、退学になった暁を東京の高校に入れなおそうとしてくれた。だが、目をつけられた相手が相当厄介だったらしく、悠を東京にいさせるわけにはいかないということで母親の地元で入れてくれる学校を探してくれたのだ。
両親と姉達、それからおじは優しい人だった。他の人達が暁を信じてくれなくても、家族だけは信じてくれた。両親達の知り合いも、受け入れてくれて冤罪の情報を集めようとしてくれていた。
「暁が、そんなことするわけないよ」
母の言葉が脳裏をよぎる。その通りなのだ。それを、目の前で見ていた悠は知っている。
でも、現実は非情なもので暁を誹謗中傷する人は後を絶えなかった。それでも母達は笑って「気にしないで」「ボク達が守るから」と言ってくれた。その時、心の底からこの人達が自分達の家族でよかったと思ったものだ。
「それより、母さんからチャットが来た」
暁がスマホを見せると、そこには『今は電車の中かな?いろいろ分からないことだらけだろうけど、ボクとかそっちで出来た友達に聞いてね』と来ていた。
「これ、オレの方で送ってていい?」
その質問に悠は頷く。暁は母親に『分かった。早速で悪いけど、居候先はどこ?』と尋ねた。それに母親は『白田 幸太郎という人があなた達の保護司になるハズだけど……住所は……』と返信した。
『それと、彼はボク達と同じように喫茶店を営んでいるハズだから。家にいなければそっちに行ったらいいと思うよ。喫茶店の名前は「デスティーノ」だって』
『分かった。ありがとう、母さん』
『これぐらい当たり前だよ。それに、今のボクはあなた達に何も出来ないから……』
『ううん。味方でいてくれるだけで本当に安心するから』
『そう……強いね。じゃあ、ボクもちょくちょく連絡はするから』
母とのチャットが終わる。悠と暁は周囲を見渡した。
「……なんか、悪い記事ばっかりだな」
「……うん」
犯罪が増えているだとか、事故が多発しているとか、そんなものばかりだった。特に、突然廃人化や人格異常を起こして事件や事故を起こす現象をかつて起こっていた事件と区別して「BREAK THE HEART INCIDENT(心が壊れる事件)」、またの名を「廃人化事件」と呼ばれているらしい。
そんな中、女子生徒の会話が聞こえてきた。
「安村君ってすごいよね!」
「探偵王子の再来って呼ばれているんでしょ?イケメンだし、いいよねー」
探偵王子……確か、両親が高校生の時にいたというのは聞いたことあるが……。
やがて、目的の駅に辿り着く。電車から降りて目的地まで向かった。
道に迷いつつ、「白田 幸太郎」という人が住んでいるという路地裏まで来た。
「えっと……確か……」
他人に聞きながら家まで来た。ピンポーン、と何度か鳴らすが人が出てくる気配がない。仕方なく母が言っていた喫茶店まで向かった。
中に入ると、母が営んでいた喫茶店と同じようにコーヒーのいい香りが二人の鼻をくすぐった。
店主らしき人がこちらを見る。
「あぁ……今日だったな」
面倒そうに頭をかきながら彼は立ち上がった。
「俺は白田 幸太郎だ。えっと、確かお前らは……」
「雨宮 暁です。こっちが雨宮 悠と言います」
暁が紹介すると、悠は無言のまま頭だけを下げた。
「……悠、だっけか。確か女だったよな?なんで男子制服なんだ」
白田が質問すると、暁が「いろいろ事情がありまして、出来る限り女だというのは伏せたいところなんです」と答えた。
「あぁ……なんか、お前達の母親が言っていた「不思議な力」と関係あるのか?」
「はい。詳しいことは言えないんですけど……」
「一応、お前達の両親から聞いてはいる。だから悠は、人前では必要以上に話しちゃいけない……だったか」
「その通りです」
暁が頭を下げると、白田は不思議そうな目で彼を見た。
「……意外と礼儀がなってるな。もっと非常識な奴が来ると思っていたんだが」
やはり表向きは犯罪者とその兄妹と思われているのだろう。それも仕方ないと思った。
じゃあ、こっちだと喫茶店の二階の方へ歩き出した。彼に続いて二人もついて行く。
二階は物置と化していた。実家から届いている段ボールもここにある。
「悪いが、今日からここで住んでくれ。荷物は置いている。掃除は適当にしろ。シーツぐらいはくれてやる」
そう言って、彼は下に降りて行った。呆然とはしたが、二人は文句を言うことなく手分けして掃除を始める。
ある程度片付けた時には既に日は落ちていた。階段をあがってくる音が聞こえたのでそちらを見ると、白田が来た。
「ちゃんと掃除してたんだな。明日は学校へあいさつしに行くからな。俺はもう帰るが……悪さをするなよ」
そう言って、下に降りた。二人はそれぞれベッドもどきとソファに腰かけた。
「どうする?」
「……もう寝た方がいいんじゃない?」
そう言いつつ悠がスマホを見ると、入れた覚えのないアプリが入っていることに気付いた。
「兄さん、なんか変なものが入ってる」
悠が暁のところへ来て、スマホを見せる。暁は赤い目のようなアプリを見て、「なんだ、これ……」と呟いた。そして自分のスマホを見て驚く。
「オレのスマホにも入ってる……」
「不気味だね……」
これは消してもいいものだろうか?そう思いながら、しかし急激にやってきた眠気に逆らえず、二人は眠りについた。
ガンガンガン!と大きな音で二人は目が覚める。
「ようやく起きたか!囚人共!」
その言葉に二人ははてなマークを浮かべ、互いがそれぞれ独房に入れられていることに気付いた。服装は漫画やアニメにでも出そうな、ボーダー柄の囚人服。二人は鉄格子の入り口に立つ。
「これはあなた達からすれば、夢としての出来事に過ぎません」
「主がお待ちだ!」
目の前には右目を隠し、髪を団子にしている女の子と左目を隠し、髪を三つ編みにしている女の子が青い看守の格好をして立っていた。同じ白い髪に黄色の瞳から見て、双子だろうか。
そして、その中心に立っているのは不気味な男だった。
「私の「ファントムゲート」にようこそ。お初にお目にかかる。私はシャーロックだ」
「……シャーロック?」
暁が呟くと、
「主が話されている!慎め!囚人!」
ガン!と右の女の子が暁の入っている独房に蹴りを入れた。最初に蹴って起こしたのは彼女だろう。それをシャーロックがなだめる。
「この子達は右がスペース、左がエルピスだ。共にお前達の看守を務めている」
「看守?」
囚人、という言葉も気になる。それに答えたのはシャーロックと名乗った男だった。
「それにしても驚いた。ここのありようは、お前達の心のありよう。まさか監獄が立ち現れるとはな」
「監獄……!?」
暁が動揺する。それは悠も同じだった。しかし、顔に出すだけで言葉には出せない。
「この状況を見るに、近い将来、破滅が待ち受けているに相違ない」
「破滅?」
いきなり何を言っているのだ、この男は……。しかし、その心情を知ってか知らずか、シャーロックは続ける。
「「更生」するのだ。そうするほか、お前達の破滅は免れぬ。……世界の歪みに、挑む覚悟はあるかね?」
その言葉を最後に、ジジジ……!と音が鳴り響く。
「また会おう」
ニヤリとシャーロックが笑う。
同時に眠気が襲ってくる。それに逆らえず、二人は眠りについた。
次の日、二人は揃って飛び起きる。どうやら暁はソファに座ったまま、悠はその暁の膝に頭を乗せて寝ていたらしい。
「今の夢……シャーロックに、スペースに、エルピス?それに、「ファントムゲート」……」
「兄さんも?」
二人共、同じ夢を見たようだ。確認し合うが、どこも相違ない。まるで二人でそこに行ったようだ。
「不思議だな……」
「そうだね……」
そう言い合いながら時間を見ると、六時過ぎ。二人は今後一年間通う高校――功傑高校の制服に着替える。昨日白田が言っていたが、悠の制服も男子制服だった。
「悠、本当によかったのか?制服」
「うん。ズボンの方が好きだし、さらしも巻いてるから、これなら男と見間違うでしょ?」
二人の母親は少し不思議な人で、外出する時はさらしを巻いているのだ。昔からそうやって過ごしてきたらしく、慣れているらしい。その影響か悠もさらしを巻いて過ごすことが多かった。もちろん、前の学校では女子制服を着ていたので学校内でさらしを巻くということはなかったが。
なら、なぜ今回は男子制服を着ることになったのか。それは性別を隠すためだ。ちなみに提案したのは母親である。
「悠、転校する高校のことでだけど……男子制服がいい?女子制服がいい?」
そう質問された時は驚いたものだ。父親にも「お前は急にどうした?」と聞かれていた。
「だって、あっちに転校させるだけじゃ心配だから。性別も隠した方がいいのかなって」
「お前の時のようにか?まぁ……確かにそうかもな」
どうやら覚えがあるらしい、父親も頷いた。
しかし、それを最後に決めるのは本人だと強くは言ってこなかった。
「……それじゃあ、私、男子制服で行ってみたい」
悠の一言で、男子制服を頼むことになった。
そうして届いた制服は本当に男子用だった。
「いい?悠、学校には話してあるけど、あなたの性別をあちらで知っているのは保護司と校長と担任だけだからね。だから、この人は信用出来る、という人にだけ性別を明かすんだよ」
母親はそう言って笑ってくれた。頼むだけでも相当な労力だっただろう。それでも子供のために頑張ってくれる。それだけで、どれだけ心強いか。
「それから、暁の罪を晴らすために、悠の身に危険が来ないように、ボク達も全力を尽くすから。だからあなた達も頑張ってね」
母親は滅多に感情を表に出さないが、その時の顔は決意に満ちたもので、忘れられなかった。
「それから、必要ならこれも持って行って」
こちらへ来る直前、母親は伊達メガネを二人に渡した。これは母親が東京に来た際に使っていたものらしい。ありがたく使わせてもらうと暁と悠は伊達メガネをつけた。
そこまで思い出していると、階段の方から足音が聞こえてきた。あがってきたのはもちろん白田だ。
「準備は終わったか?学校に向かうぞ」
その言葉に頷き、二人は白田について行った。
学校に着くと、事務室で受付をして校長室に向かった。そこにいたのは太った男性と髪がぼさぼさの女性、後ろに一つ結びしている女性だった。
「君達が雨宮 暁君と雨宮 悠さんかい?」
「はい、そうですが……」
「先に言っておくが、君達が問題を起こしても一切庇うことが出来ない。くれぐれも気を付けてくれ」
校長と思われる男性が本当は入れるか悩んだんだがな……と呟く。
「だが、君達はあの…………の子だ。だから、入れることにしたんだ」
一部聞き取れないところがあったが、気にするところではないだろう。ようは学校の実績のために入れただけだ。こういった大人の考えはよく理解している。
「それで、こちらの人達は君の担任になる人達だ。悠さんの方が三組、暁君の方が四組だ」
「よろしく、私が悠さんの担任の宮野 心です」
「私が暁君の担任になる上山 萌香よ」
宮野と名乗った一つ結びの女性の方はまんざらでもなさそうな雰囲気だが、上山と名乗ったぼさぼさの髪の女性は明らかに貧乏くじを引いたと言いたげだった。
「これ、学生証。それから、悠さんが人前であまり話せないというのは聞いているので明日の自己紹介は無理して声を出さなくて大丈夫です」
「あ、いえ……自己紹介くらいなら、別に母も大丈夫と言っていたので……」
ここに来て初めて暁以外の人の前で言葉を発した。
「そう?それなら、自己紹介だけはしてもらいます」
それには頷きで返す。
「悠、本当にいいのか?」
「大丈夫、お母さんが言ったんだったら」
悠は母親に絶対的な信頼を寄せている。それは暁も同じだ。いつも傍にいてくれて、守ってくれた。どんな時でも信じてくれていた。それはほかの家族にも言えることだった。若干過保護気味ではあったが、それでも嬉しかったのだ。だからこそ、信じて言うことを聞くことが出来た。
「そうか……」
暁が呟く。母親もいいと言っていたのなら……と思ったのだ。
「話はそれだけだ」
「明日来たら職員室に来るように」
校長と二人の担任に言われ、三人は校長室から出た。
「完全に厄介者扱いだな。悠の方はまだマシと言ったところか」
悠は、兄は自分を守るために冤罪を着せられただけなのに……と思っていた。しかし、それを口に出すことは出来ない。今は、我慢の時なのだ。
「それにしても、お前あんなに可愛い声なんだな。真面目に学校行ってたら、男子はメロメロになるだろうよ」
そのメガネが邪魔だがな、と白田は言った。お世辞だろうとまともに取り合うことはしなかったが。
帰りは渋滞していた。ラジオを聞いていると、電車事故のせいらしい。
「どうだ?学校、やっていけそうか?」
白田に聞かれ、悠は頷いた。暁も「まぁ、一応……」と頷いた。
デスティーノに着いたのは夜だった。
「これじゃあ、今日は開けられねぇな……」
「……すみません、オレ達のせいで……」
暁が謝ると、彼は「学校に挨拶しに行くのは当然だろ。お前達のせいじゃねぇよ」と言った。厄介者扱いしているが、根は優しい人なのだろう。
「ほら、早くシャワー浴びて寝ろ。俺は帰るからな」
白田はそう言って家に帰った。
「悠、先に浴びて来ていいよ」
暁の言葉に甘えて、悠は二階から着替えを持ってきて、シャワーを浴びる。洗濯は明日一気に回せばいいやと思い、そのままにする。
シャワーを浴びて出ると、今度は暁がシャワー室に入る。その間に二階に上がると、そこには怪盗のような黒いロングコートを着た、長い黒髪の女性が座っていた。
「きゃぁあ!?」
悠が悲鳴をあげると暁が飛んでやって来た。慌てていたのか、髪から水が滴り落ちている。
「お、お前は誰だ!」
暁が悠を庇いながらその女性に尋ねると、彼女は不敵の笑みを浮かべた。
「オレはジョーカー。かつて「トリックスター」と呼ばれた者だ。新たなるトリックスター達よ。世界の歪みに、挑む気はあるか?」
「世界の歪み、だと?どういう意味だ?」
シャーロックと同じことを言ってくるその人はなおも怪しい笑みを浮かべていた。
「今はまだ言えない。しかし、お前達の進む道はお前達が望んでいなくとも問答無用でお前達を苦しめる。それは苦難の道となるだろう。覚悟しておけ」
ジョーカーと名乗った女性はそう言った。問答無用で、苦しむ……。
「……お前は何者だ?どうしてここに来た?」
警戒度マックスで暁が尋ねる。それにも不敵の笑みを浮かべて、
「……そうだな。お前達に分かりやすく言えば、オレはお前達の「協力者」の一人だ。決して、シャーロックの使いではない」
そう答えた。シャーロックを知っているのか、この女性は……。ということは、あの夢は……。
二人が目を逸らす。そしてジョーカーがいた方を見ると、彼女は既にいなくなっていた。
――何者だったのだろうか?あの人は……。
しかし、懐かしい感じがした。それは暁も感じていたようで「もう一度、会えるのかな」とさえ言っている。
「きっと会えるよ。協力者って言うのが何か分からないけど……」
きっと、重要なことだ。何となくだが、そう思った。
それにしても、あの女性の声……聞き覚えがある。しかし、思い出せない。
「まぁ、いいか。悪い人ではなさそうだし。明日も早いし、もう寝よう?」
悠が言うと、暁は「それもそうだな」と頷き、ソファに寝転がった。悠もベッドもどきに転がる。固いが、眠れないほどではない。
目を閉じると、二人共眠気が襲ってきた。
「おやすみ、暁、悠」
意識が飛ぶ直前、ジョーカーの声が聞こえた気がした。
次の日、出ようとすると白田にカレーとコーヒーを出された。最初は二人共断ったが、「いいから食え」と言われ二人は食べる。母親が出すカレーとはまた違ったコクの深みがあった。片付けをしようとすると「いいから、早く学校に行け」と言われたので「おいしかったです」と暁が言って、悠も静かに笑い、おいしかったと表現した。そして「ありがとうございます」と言ってデスティーノから出る。
学校までは少し遠いため、電車に乗り途中まで来る。すると、急に雨が降ってきたので二人は雨宿りをした。
「大丈夫か?悠」
暁が尋ねると、悠は頷いた。
その時、隣にパーカーを被った女子生徒が同じように雨宿りしてきた。その子が制服についた水滴を払い、パーカーをとると、柔らかそうな金髪が現れた。二人が見惚れていると、その女子生徒は二人に気付いたのかこちらを見て静かに微笑んだ。
目の前に車が止まったと思うと窓が開き、ジャージを着た男性がその女子生徒を呼んだ。
「里口、遅刻するぞ、乗っていくか?」
すると、その女子生徒は「……ありがとうございます」とその車に乗った。
「うん?君達も乗っていくか?」
「あ、いえ……」
暁が断ると、男性は「遅刻するなよ」と言って車を走らせた。その時の女子生徒が少し寂しそうな顔をしていることに、二人は気付いた。
それを見送った後、明らかに染めたであろう金髪の男子生徒が走ってきた。そして二人の前で止まる。上着は全てボタンを外され、その下には学校指定ではない真っ赤の服を着ている。いわゆる不良のような見た目だ。
「あーくそ!ムカつく!変態教師め!」
「変態、教師?」
聞きなれない単語に暁が思わず呟くと、その男子生徒がこちらに気づき、詰め寄ってきた。
「あぁ?んだよ、日色にチクる気か?」
「ひいろ……?」
先程の男性の名前だろうか?
「さっきの車、日色 卓矢だろ?女子生徒ばっかひいきしやがって、城の王様かって!」
「えっと……?」
まるで分からない。
「マジで知らねぇの?その制服、功傑高校だろ?」
「そうだけど……」
暁が頷くと、学年バッチを見て「二年……見たことねぇ顔だな」と呟き、
「もしかして、お前ら転校生?」
そう聞いてきた。暁と(一方的に)言い合っていたが、どうやら悠のことも見えていたらしい。「そうだけど」と暁が言うと「そりゃあ、知らねぇわけだ」と彼は笑った。不良そうな見た目だが、普段は人がいいらしい。
「ほら、遅刻するぞ。そこまで雨が強いわけじゃないだろ?」
どうやら学校まで案内してくれるようだ。二人は彼について行く。
『目的地が入力されました。ナビゲーションを開始します……』
悠と暁のスマホからその声が聞こえてきた気がした。それと同時に周囲が歪んだ……気がした。
路地を通って辿り着いたのは学校……ではなく西洋の古城だった。
「は!?どーなってんの!?」
道、間違えてなかったよな!?と聞いてくる彼に悠は功傑高校と書かれた看板を指差す。決して道を間違えたわけではない。仮に道を間違えたところで、古城が現れるのはおかしいのだが。
「……中、入ってみるか……」
男子生徒がそう言って歩いて行ったので、二人も慌ててついて行った。
「悠、大丈夫か?」
「……兄さん、不穏な空気を感じる。早く出た方がいいかも……」
中に入ると、暁が妹を心配して聞く。悠は周囲を見て、そう答えた。こういった危険察知能力は悠の方が強い。恐怖からか、悠は暁の腕を掴んでいた。
男子生徒が「ここ、学校……じゃねぇよな?」と呟く。しかし、看板が学校のものだったこともあり、どうなっているのか考えているとガシャガシャと音が聞こえてきた。
三人の前に現れたのは鎧。それを見た途端、二人に悪寒が走った。しかし、男子生徒は呑気に「本物みてぇだな……」と感心していた。
「おい……近付かない方がいい」
暁が鎧に近付く彼に言うと「ビビってんのか?」と笑われた。その瞬間、鎧が持っていた盾で彼を殴った。そして、強く押さえつける。
「いてて!何すんだよ、おい!」
彼はやめろと言うのだが、やめるどころかさらに強く取り押さえているように見える。
「おい!お前達だけでも逃げろ!こいつら本気だぞ!」
そう叫ばれるが、既に後ろにまわられていて逃げ場などなかった。
「がっ……!」
暁が後頭部を殴られ、倒れた。
「兄さん!」
思わず悠が叫ぶと同時に、同じように殴られ気を失った。
それからどれ程経っただろうか。
「……い。おい、無事か?」
その声と共に悠は目を開く。そこには金髪の男子生徒と暁の姿があった。
「平気か?悠」
暁の質問に頷く。まだ頭が若干痛むが、どうということはない。
悠は周囲を見渡す。どうやら監獄のようだ。「ファントムゲート」と言っていたあの青い独房とは違うようだが……。
「とりあえず、抜け道を探そう」と言う暁に頷き、悠は牢屋の中を探索する。しかし、抜け道など見つけられなかった。しいてあげるなら、拷問に使うのだろうと思われる道具が見つかったことぐらいか。金髪の男子生徒はどうやって使うのか理解していないようだが、暁は顔を青ざめていた。
どこからか悲鳴が響き渡る。ゾッとした。もしかしたら同じようになるかもしれない……。夢ならいっそいいと思うが、五感が現実であると告げている。
その時、再びガシャンガシャンと音が聞こえてきた。檻の前にあの鎧とパンツ一枚にマントを着た、安物の王冠を被っている男性が現れた。その姿を見て、悠は嫌悪感を抱く。仮にも女だ、男性のそんな姿を見せられたらたまったものじゃない。
しかし、この男性に見覚えがある。誰だったか……。それは男子生徒の言葉で思い出した。
「日色!?」
そう、あの女子生徒を乗せていった教師だ。暁も思い出したようだ。
「ふん。賊が入ってきたというから見に来てみたら……村雨、お前だとはな。しかも、仲間を連れてきたときた」
「こいつらは仲間じゃねぇよ」
村雨と呼ばれた男子生徒は悠と暁を庇うように立った。
「早く出しやがれ。じゃねぇと、その姿学校中に広めるぞ」
確かに、日色(?)が正気ならそれは効果的な方法なのかもしれない。しかし、何か違うと悠は感じ取っていた。そう、同じ人なのだが同じ人ではないような……。
「王に向かってその口の利き方は何だ?」
開け、と日色に似た男性が言うと鎧は牢屋の鍵を開いた。そして、牢屋の中に入ってくる。すると、村雨を殴り飛ばした。
「お前らは死刑だ」
死刑、という言葉に鳥肌が立った。殺される――そう思わせるほどの殺気を感じたからだ。村雨を助け出そうと前に出るが、鎧兵士によって取り押さえられてしまう。
「こいつを処刑したら、次はお前らの番だ」
そう言って、日色は笑いながら村雨を殴り続けた。どうにかして助け出さないと……だが、どうやって?
『これは理不尽なゲーム……勝機はほぼ無いに等しい……しかし、この声が届いているということは、まだ可能性が残っているハズ……』
そんな、女の子の声が聞こえてきた。ずっと昔に聞いたような、そんな声だった。よく見れば、周りに青い蝶が飛んでいた。
『どうした?見ているだけか?』
『どうしたの?見ているだけなの?』
その時、二人の頭の中にそれぞれ声が聞こえてきた。
『我が身大事さに見殺しか?』
『このままでは本当に死んでしまうわ』
『『それとも、あの時のことは間違っていたと?』』
思い出したのは、暁の冤罪事件のこと。悠が酔っぱらった男性に絡まれている女性を助け出し、逆に絡まれていたところを暁に助け出されたことを思い出した。
確かに、そのせいでここに来ることになったけれど。
「「間違って、ない……!」」
二人が同時に呟くと、頭が割れるのではないかと言うほどに痛み出した。無意識に暴れ出す身体を止められない。
『よかろう、覚悟、聞き届けたり』
『己が信じた正義のために、あまねく冒涜を顧みぬ者達よ』
『その怒り、我が名と共に解き放つがいい!』
『たとえ地獄に繋がれようとも全てを己で見定める』
『『強きその意志の力を!』』
男性と女性の声が重なった時、怒りが湧いてきた。
――ここで助け出さなくて、どうする?
もう、自分のことなどどうでもいい。今は彼を救い出すために、「この力」を解き放ちたかった。
「な、なんだ……?」
異変を感じたのか、日色が二人を見つめていた。村雨もへばりつきながら様子を見ていた。
目元に固い何かがあることに気付き、触れる。それは白のドミノマスクのようだった。
――剥がさないと。
そう思った時には既にその仮面に手をかけていた。
「「う、あぁあああああ!」」
顔にくっついているのか、全く剥がれないそれを無理やり剥がした。血飛沫が飛び散り、剥がれた皮膚から血が流れるが、青い炎によって治っていった。
足元から青い炎に包まれ、二人は怪盗のような黒いロングコートに赤の手袋をつけた姿になる。違いと言えばズボンかスカートか、ぐらいだろうか。
悠の後ろには黄金に輝く、蝶の羽を生やした女性が、暁の後ろには赤と黒の服の、黒い翼を生やした男性が現れた。
『我が名は、漆黒の略奪者「エレボス」』
『私の名は、魂の慕情者「プシュケ」』
これは、もう一人の「自分」だ。二人はそう直感した。
「な、なんなんだ、貴様らは!衛兵!」
日色が叫ぶと、鎧達は別の姿を現した。カボチャの被り物をした、いわゆる「ジャックランタン」というものだろう。それが二体もいる。
「こいつらの力、思い知るがいい!」
日色が高笑いをあげるが、それは一瞬にして焦りへと変わった。
「……ライト」
「ダークネス」
悠と暁が頭に浮かんだ単語を唱えると、プシュケからは光が、エレボスからは闇が放たれた。それでジャックランタンは消えていく。
「な、な……!」
日色が戸惑っていると村雨が突進し、転ばせたところで落ちていた鍵を拾う。
「おい、ついてこい!」
その言葉に従い、牢屋の外に出る。村雨が牢屋の鍵を閉めた。
「おい、貴様ら!こんなことしてただですむと思うなよ!」
日色がそう叫ぶが、滑稽でしかない。いつの間にか、悠と暁の服装は元に戻っていた。
三人でその場から離れる。しかし、出口が見つからず彷徨っていると、
「おーい、そこの奴ら」
「こっちに来てくれない?」
どこからか男の子と女の子の声が聞こえてきた。悠がそちらに向かう。暁も慌ててついて行くと、牢屋の中には……。
マスコットキャラのような丸っこい黒ネコと白ネコが閉じ込められていた。瞳は二人共(二匹?)青色だった。
「なんだ!?こいつら!」
「……どうしたんだ?オレ達を呼んだりして」
暁が悠を庇うように立つと、黒ネコは「ここから出してくれ。出してくれたら出口とかここのこととか教えてやる」と言った。
「ほら、鍵、そこにあるでしょ?」
白ネコが指したところには確かに鍵があった。
――ここでこの子達を助けないといけない……。
そう感じた悠は頷き、牢屋を開けてやった。
「おい、いいのかよ!?」
村雨が叫ぶと、暁が「こいつらは敵じゃないと思う。信用して大丈夫だろう」と答えてくれた。どうやら兄も同じように感じたらしい。
「ありがとな!」
「約束だものね、ついてきて」
ネコ達が走り出す。三人はそれについて行った。いろいろな仕掛けを解き、階段をあがっていく。
そうして、もうすぐでネコ達の言う出口というところであの鎧が現れた。
「うわぁ!」
村雨が腰を抜かしている間に悠と暁はあの黒いロングコート姿になっていた。
「ちっ!この馬鹿!」
「じっとしてて!」
ネコ達も前に出て、「お前ら、戦えるんだろ?やるぞ!」と二人に確認した。
「来い、アイオリア!」
「おいで、アリアドネ!」
そう叫ぶと、黒ネコからは風神の姿が、白ネコからは王女のような姿の女性が現れた。
「お前らもそれ、出せるのかよ!」
村雨が驚いているが、それを無視してネコ達は目の前に現れた妖精の一体を風呪文で倒した。同じように悠と暁も光呪文と闇呪文で倒した。
「大丈夫か?」
暁が村雨を立ち上がらせる。そうしている内に再び制服に戻った。
「こんなに警戒されているのに、変身が解けるなんて普通はありえない。まだ力を扱いきれていないのか……?」
「でも、この人達の力は私達の計画に使えるかも……」
ネコ達が何か言っているようだったが、三人には聞こえてこなかった。
再び走り出し、一つの部屋に辿り着いた。
「出口はこっちよ」
そう言って白ネコが指したのは人一人が入れそうな穴。つまり、そこから脱出しろということだろう。
「ありがとう、えっと……」
「あぁ、名前がまだだったな。ワガハイはロディ」
「私はマリアン。一応、ロディは男で私は女ね」
そうして二人の話を聞く。
どうやらここは「デザイア」と呼ばれているらしい。あの鎧のような姿の奴が「エネミー」でいわば敵らしい。認知存在と呼ばれるものが「フェイク」でこれは普通危害を加えないそうだ。そしてここの主たるものはあの日色という奴のフェイクだそうだ。
「ここは「もう一つの現実」。人が抑制している心の奥底よ」
マリアンがそう言って締めくくった。つまり、ここは「心の世界」、すなわち「欲望認知世界」ということか……と悠と暁は何となくだが理解した。母から聞いていた、というのもある。村雨は全くと言っていい程理解していないようだが。
「それより、早く出た方がいいんじゃないか?ここと現実の時間の流れは違うらしいが、それでも結構経っていると思うからな」
ロディに言われ、三人はハッとなる。村雨が慌ててスマホを見るが、時間すら表示されていなかった。これも、母から聞いた通りだった。
「ありがとう」と暁が告げ、三人はその抜け道から元来た道へと走り出した。広いところまで出ると、人が歩いていることに気付いた。どうやら戻ってきたみたいだ。
「出られた……のか?」
暁の呟きに悠は恐らく、と頷く。スマホを見ると、もう十二時過ぎ。遅刻は確定だ。暁の袖を引っ張ると、意思が伝わったのか「早く行こう」と村雨に話しかけて三人で歩き出した。
(それにしても、あの世界……)
普通の人が知っているものなのだろうか?あの世界のことを両親や姉、おじ達まで知っていた。最初聞いた時は作り話だろうと思っていたのだが、まさか本当にあるとは。
(……私の家族、一体何者?)
母親はお嬢様なのだと、父親から聞いたことはある。昔はその家系にしか伝わっていなかった世界で、自分の祖父に当たる人が悪用しようとしたせいで人々に知られるようになったとか。だから、研究する人が増えていったという。
「幻想世界」……母親はそう言っていた。良くも悪くも、大衆の欲望を叶えてしまうのだと。では、あのデザイアと言うのも、欲望を叶えた世界なのだろうか。
いろいろと考えている内に学校に辿り着いた。そこは昨日見た学校の外観で、どこも城の面影はなかった。
校門前には日色が立っていた。
「てめぇ!さっきはよくも!おかげで死にかけたじゃねぇか!」
村雨が突っかかろうとするが、悠はその腕を掴んで止めた。
「んだよ……」
それに毒気を抜かれたのか、村雨はおとなしくなった。
「何を言っているか分からないが、遅刻なんだ。お前はこっちに来い。君達は……転校生か?宮野先生と上山先生が待ってたぞ、今回は見逃してあげるから、早く行きなさい」
日色の様子に悠はあれ?と思った。あんなことがあったのに、覚えていない……?それは暁も感じたようで、顔を見合わせる。しかし、本人に直接聞けるわけもなく、そのまま職員室まで向かった。
案の定、「君達、転校初日から遅刻ってどうなのよ……」と怒られた。宮野の方は「体調が悪かったの?」とか「道に迷ってたの?」とか聞いてきたが、上山の方は関わりたくないと言いたげだった。兄妹揃って遅刻してきたのだ、その気持ちも分からなくはないと言い訳は言わなかった。ただ、正直に言うのもはばかれて(というより信じてもらえないだろうから)無言を貫いた。
「……まぁ、今日は体調不良で遅刻したということにするから。昼の授業は出てもらいます」
「それと、あまり村雨君と関わらないようにね」
上山の言葉に二人は疑問符を浮かべた。それに気付いたのか、「問題児なの、彼は。彼も部活に打ち込んでいた時はあんなんじゃなかったんだけど……」と答えた。確かに不良のような見た目だが、本当にそうなのだろうか……?と二人は思う。だが、やはり何も言えなかった。
宮野に連れて来てもらって、悠は教卓の前に立つ。
「今日から転校してきた雨宮 悠さんです」
「……雨宮 悠と言います」
歓迎されていない空気を感じ、その一言に留めた。静かにお辞儀をする。
「普段はあまり話せないので、返答がなくても気にしないでください。では、悠さんはあの席に座ってくださいね」
そう言われ、指差されたところは村雨の後ろ。何の偶然か、彼と同じクラスだったようだ。
「彼、あの前歴者の弟なんだって」
「マジで?じゃああいつもやばい奴なんじゃ……」
「兄がナイフを持ち歩いているらしいからね……」
「おとなしい見た目なのにね……」
「けど、美人じゃね?女だったら付き合ってるわ」
「いや、男でもいけるぜ、おれは」
あぁ、なぜか噂が広まっている。自分が悪く言われるのは別に構わないが、兄が悪く言われるのは心が痛むし、耐えられない。でも、ここで自分が何か言って兄の評判がこれ以上下がったら困る……。あんなに優しい兄なのに……。
「お前……」
村雨が悠を見て驚いた表情を浮かべた。それを気にせず、村雨の後ろの席に座った。
「あの二人、一緒に来たんだって」
「クズ同士、お似合いだよね……」
「お高そうだけど、案外おれでも行けたりして」
そんな心無い言葉を無視して、悠は窓の外を見た。
――あぁ、今日は曇っているな……。
まるで今の自分の心を表しているみたいだと思った。
上山に連れて来てもらい、暁は教室に入った。
「今日から転校生が来ました。自己紹介をお願いします」
「雨宮 暁と言います」
悠と同じく歓迎されていない空気を感じ、暁もまた一言で留めた。
「君の席はあそこ」
上山が指差したところは日色の車に乗ってきた少女の後ろだった。その後ろの席に暁は向かう。
「嘘つき」
そう言われたが、気にしないで席に座った。
「彼、ナイフを持ってるんだって」
「怖いな……近付きたくない」
「目をあわせたら殴られるかも……」
「おとなしそうなのがさらに怖いよな……」
「でも、かっこいいな……」
あぁ、もう既に噂が広まっているのか。自分だけなら別に構わないが、悠が同じようにいろいろ言われていたらたまったものじゃない。だが、ここで何かして、悠にまで何かあったらそれこそ耐えられない。あんなに純粋な妹なのに……。
一瞬だけ、怪我だらけの少年がこちらを見た気がするが気付かないふりをした。
放課後、悠と暁は合流する。
「どうだった?」
暁の質問に悠は悲しそうな顔をした。それで察した暁は「本当にごめん……」と謝った。それに悠は首を横に振った。兄さんの方が大変なんだから、と言っているようだった。
その時、村雨が話しかけてきた。
「どうした?」
「お前ら、ちょっと屋上に来てくれないか」
それだけ言って、彼は階段をあがっていった。二人は顔を見合わせ、同じようにあがっていった。
屋上は立ち入り禁止になっているようだったが、開いていたので中に入る。
「悪いな、呼び出したりして」
「いや、別に構わない」
暁が言うと、村雨は「お前、前歴持ちなんだってな。道理で胆が座っているわけだぜ」と笑った。
「噂、あんま気にすんなよ。少なくとも俺はそんな奴だとは思ってねぇし」
「……ありがとう」
暁の言葉と共に悠も頭を下げる。その様子を見て、「やっぱ、お前らが噂通りの奴とは思えねぇな……」と呟いた。
「それと、悠、だっけ?お前、本当に話さないんだな」
「母さんからの言いつけなんだ。だけど、気を許してもらえたら話せるかもな」
「なんだよ、それ」
「ちょっと厄介な力を持っていてな……オレもだが、悠ほどではないからこうして話せるんだ」
実は暁も言霊を使えるのだが、悠ほど強力ではないので母親に制限をかけられていない。悠も、気を許した人に対してなら無意識に使うことはないから家族の間では普通に会話しているというわけだ。
「よく分かんねぇけど、ようは悠も一応話せるけど、何か事情があるというわけ?」
村雨が悠を見ながら聞いたので、悠は頷く。
「……そうじゃなきゃ、自己紹介で声出してない」
「あ、しゃべった。それなら、俺の前だけでも声出せよ」
「……死にたいの?」
睨まれ、脅しではなく本気で言っていることが分かった村雨は「そんなにヤバイ力なのか?」と聞いてきた。それに二人は頷いた。
「悠の力は、それこそ世界をも操るほどなんだって、母さんが言ってたんだ。母さんや父さんもオレ達と同じで不思議な能力を使えたしな」
「ふぅん……よく分かんねぇ」
「だろうな。信じてもらえるとも思えない」
そもそも、神でもない限りこんな力を操れる人などいないだろう。それほど強力なものだ。
「あ、でもお袋に聞いたことあるぜ。この近くに成雲家という有名な名家があるんだけどな、何年か前にお嬢様が生まれたんよ。そのお嬢様はいろいろな力を使えたみたいだぜ。父親が罪犯して、捕まって、いろいろ大変だったらしい。今の当主はそのお嬢様の年の離れた弟らしいな」
「そうなのか?」
母親の地元だからとここに来たのだが、そんな話は一言もしてもらったことはない。
――そういえば、母さんは自分のことを話したがらないな……。
何に対しても話してくれる母親だったが、唯一自分の実家のことだけは話してくれなかった。お嬢様であることも、父親が母親に許可を取ってようやく教えてくれたほどだ。
――母さんは実家が嫌いでな、高校生の時にいろいろあって東京で暮らすことを決めたんだ。
確か、そう言っていた気がする。それと何か関係あるのだろうか。
「それでよ……朝のあれ、夢じゃないよな?」
不意に話を切り出される。朝のあれ、と言うと城のことだろう。
「確かに夢にしては、現実味がありすぎたな。それがどうした?」
暁が尋ねると、「お前達も覚えているんだな……でも、あれ何だったんだ?」と考え込んだ。
「なんて、お前達に聞いても意味ねぇよな……覚えているからなんだって話だし……」
「まぁ、そうだけど……」
何となく、母親の言っていた世界のような気がするが……。
「悪かったな、引き留めて。あ、俺、村雨 信一」
「オレは雨宮 暁。よろしく。ところで、悠とは同じクラスなのか?」
「そうだぜ。えっと……お前は悠の双子の兄貴なんだよな?」
「そうだな。これから悠が世話になる。あまり話せないだろうが、表情を見れば何となく分かると思うからそれで察してくれ」
暁がそう言うと、「お、おう……」と戸惑ったような声がこぼれた。
「正直、居場所なんてないものだしな……」
暁の呟きに悠も頷く。二人共、「自分だけだったら……」と言った表情をしていた。それで二人は噂通りの人ではないことが分かった。むしろ、お人好しすぎて悪い人間に騙されないか心配になるレベルだ。
「……よろしくな、俺のことは「信一」でいいぜ。じゃあ、また明日」
そう言って、村雨――信一は屋上から出ていった。二人は顔を見合わせ、
「……悪い奴じゃ、なさそうだな」
「うん。多分、なんかあったんだろうね……」
上山も「部活に打ち込んでいた時はいい生徒だった」と言っていたハズだ。なら、不良と言われるようになってしまうきっかけがあったハズ。しかし、何も分からず、遅くなると白田に心配をかけてしまうからと帰路についた。
デスティーノに着くと、白田に「学校から連絡があったぞ」と怒られた。
「全く、素直に行ったかと思ったら遅刻かよ……悠はともかく、暁は後がないこと分かってるんだろうな?」
「……はい、すみません」
「違うんです、私が体調悪くなっちゃって、それで公園で休んでいたんです」
暁が怒られているところを見ていられなくなった悠はとっさに嘘をついた。白田は悠がしゃべったことに驚いたのか、「本当なのか?」と聞いてきた。それに頷くと、何か言いたげだったが、
「……それなら、担任にちゃんと言っておけ。変な誤解するだろ」
そう言われた。これ以上兄が理不尽に怒られることはないだろうと安心する。
二階に上がると、暁が「何か食べる?」と聞いてきた。
「ん……何でもいい」
「それから、さっきはありがとう。庇ってくれて」
「兄さんが理不尽に怒られているのが嫌だっただけだよ。言霊の力が出なかったことが幸いだった」
感情に任せると、自分の意思とは関係なく発動するのだ。いまだ自分の意思で使えないこの力が嫌だった。
「それでも、嬉しかったよ。ごめんね、ふがいない兄で」
「兄さんは何も悪くない。だから謝らないで」
悠が言うと、暁は「……悠は本当に優しいね」と笑った。
「でも、辛かったら言うんだよ。悠はオレに巻き込まれたような形なんだから」
「兄さんこそ。噂、酷いのは多分兄さんの方なんだから」
この二人は見た目こそ違うが、考え方が似通っていて母親から「二人は本当に仲がいいね。まさに一心同体だ」と言われる程だ。
その時、風が吹いたような気がした。窓の方を見ると、今度は黒いロングコートの男性が座っていた。姿は暁によく似ていた。
「こんばんは、かな?」
「……今度は男か?」
暁が睨みつけるが、彼はさして気にした様子もなく笑った。
「どうやら、「アルター」の力が覚醒したようだな」
「なぜそれを知っている?」
アルター、というのはあの巨人のことだとネコ達に聞いた。もう一人の自分自身で、己の心の仮面を剥がした時に現れるものなのだとか。
「お前達は運命に巻き込まれた。このままではお前達は死ぬだろう」
「死ぬ……!?」
突然告げられた言葉に二人は驚きを隠せなかった。そのことを、笑みを浮かべながら告げる彼も彼だ。
「安心しろ、それを逃れる術はある」
「……更生、か?」
シャーロックに言われたことを思い出す。同じことを言うかと思ったが、
「……何を言っている?」
彼は腕を組んでわけが分からないと言いたげにした。
「へ?」
「そうじゃない。……真実を追い求めろ。そして精神暴走事件の犯人を見つけ出すんだ」
精神暴走事件は、最近急増している事件のことではないか。まさか、それは意図的に起こされているということなのか?
「あぁ、名前がまだだったな。オレはクラウン。ジョーカーの付き人だ」
ということは、この人も協力者の一人ということだろう。
「あなた達は、一体何者なんですか?」
暁が尋ねるが、クラウンは「それはまだ教えられない」と答えた。
「ただ、もしお前達の運命が定まった時……その時にオレとジョーカーの正体も分かるだろう」
ジョーカーと同じように不敵の笑みを浮かべる彼にも懐かしさを覚えた。何というか……この人達は他人とは思えない……。
ふと瞬きをすると、クラウンも風のように消えていた。
「なんだろう、あの人達……」
「でも、嫌な気はしないよね。不思議な人達」
安心してしまって、ついつい声を出してしまいそうになる。それほど、ジョーカーとクラウンの纏う空気は心地よかった。
「まぁ、確かにな……」
「それより、今日は服を洗おう。近くにコインランドリーがあったよね?」
白田に許可を取り、近くのコインランドリーで洗濯物を洗った。
「……バイト、しないとね」
「そうだな……夜の外出許可が出たら探そう。それまで我慢、だな」
そのためには白田の信頼を得ないといけないだろう。
「楽しみ」
「オレも。普通の高校生って感じで」
二人は笑って話していた。
幻想世界で、ジョーカーとクラウンは合流していた。
「悠と暁の様子は?」
「元気だったぞ。……しかし、結局運命に巻き込まれてしまったな」
クラウンが答えると「想定内だ」とジョーカーは言った。
「これからどうする?」
「オレ達はオレ達の出来ることをしよう。あの子達のためにもね」
そして、あいつの言う「賊」として成長を見守ろう。
そう言って、ジョーカーはデスティーノの方向を寂しそうに見ていた。
次の日、今度はあの城に迷い込むことなく学校に着いた。
「じゃあ、また昼休み」
暁が悠に言うと、彼女は頷いた。そしてそれぞれの教室に向かう。その間にもいろいろと言われていたが、中には好意を寄せる声も聞こえてきた。
暁の前の席の女子――里口は寂しそうな顔をしていた。彼女も色々な噂をされているようだ。
「日色先生の女なんだってさ」
「モデルやってるからっていい気にならないでほしいよね」
「だから一匹狼気取ってるんだ」
彼女の噂も大概だと暁は思った。どうしてもそんな女子には見えなかったのだ。
「そういえば知ってる?特待生の一年生。可愛いみたいだぜ?」
他にもそんな話が聞こえてきた。一年生ということは、ほとんど関わることはないだろうが、何となく耳に残った。
昼休み、悠も暁もそれぞれ異性に呼ばれ、裏庭で告白をされた。
「雨宮さん!おれと付き合ってください!」
「……………………」
「や、やっぱり駄目ですか?同じ男の人は無理ですか?」
なんで男は駄目だと思うのなら告白しているのだろうか……と悠は頭が痛くなった。愛の形を否定するつもりはないが、自分がそんなことになったら面倒だと思い知らされた。
「好きです!雨宮君!」
「あ、いや……その……」
「前歴とか気にしないんで!」
なんでこんなことになったのだろうか……と暁は頭を抱える。確かに家族から「お前は魔性の男だからモテると思うよ」と言われたが、まさか謎の前歴持ち相手に告白する人がいるとは。
合流する頃には二人共疲れていた。
「兄さんも告白されてたの?」
「悠も?お互い大変だね……」
中庭で悠が作った弁当を食べながらそんな話をしていた。二人共魔性の魅力を持っているがゆえに前の高校でもこんなことが度々あったのだ。
「女子からは逆に敬遠されてるけどね……」
「オレも……男子からはすっごく睨まれてるよ……」
はぁ……とある意味羨ましい悩みを持っている二人はため息をついた。
放課後、兄妹で一緒に帰ろうとすると校門前で信一に呼び止められた。
「おい」
「どうした?」
何があったのだろう……?と首を傾げる。彼はすぐに本題を切り出した。
「やっぱ、あの城での出来事、夢とは思えなくてよ……もう一度、あそこに行ってみないか?」
「あそこに?危険だぞ」
暁の言葉に悠も頷く。死にかけながらもようやく脱出したのだ、もう一度あの中に入るのはおすすめしない。しかし、それでひくような奴ではなかった。
「確かにそうかもしれねぇけどよ……もしかしたら、俺らの他にもあそこにいる奴もいるかもしれないだろ?悲鳴、聞こえてきたしよ……」
「まぁ、確かにな」
「……でも、どうするの?あの世界に行けたとして、何をするつもり?」
珍しく悠が声を出す。その声は訝しげだ。彼は予想通りの言葉を発した。
「殺されそうになってるんなら、助け出したい」
「……気持ちは分かる。でも、確か……」
あの世界が母親の言っていたものだとしたら、あそこの人達は本物によく似た人形のようなものだと聞いている。つまり、本人ではないのだ。だから、助け出しても意味がない。しかし、本当に母親の言っていた世界なのか分からない。
「頼む!こんなこと頼めんの、お前らしかいねぇんだ!」
彼の真剣さに二人は悩み、
「……仕方ない、付き合うよ」
暁がそう答えた。悠も頷く。一人で行かれるよりはマシだと思ったのだ。
だが、どうやって行くというのだろう。
「昨日来た道を辿ってみる。そしたら、城が出てくるかもしれねぇ」
「はぁ……」
正直、そんなことをしている暇があるなら早く帰りたいと言ったところだが、慈母神の心を持つ二人はどうしても見捨てられなかった。
そうして三回ほど試したが、一向に城は現れなかった。
「はぁ……やっぱ夢だったのか……?」
うなだれる彼に二人はナビがついていたことを思い出す。
「ナビ……」
思い当たるのは、あの赤い目のアプリ。信一も「ナビ?そういや、お前らナビつけてたよな?」と思い出したようだ。
「スマホ貸してくんね?」
「まぁ、いいけど」
暁が自分のスマホを渡すと、信一が「この赤いの、何?」と聞いてきた。
「勝手に入ってたんだ」
「マジかよ……もしかしてこれか?」
悠もスマホを見て、その赤いアプリを開いた。そこには履歴があり、「日色 卓矢 功傑高校 城」とあった。
「これじゃねぇ!?じゃあ、ポチッと!」
信一は暁のスマホでその履歴を押したようだ。「じゃあ、これで昨日と同じように行けば……」と言ったその時、周囲が歪み、昨日の城が現れた。
「うおっ!マジで来れた!」
信一は驚いていた。もう少し慎重にやらないのか……と思ったが口には出さない。
「お前ら、その服装!昨日もなっていたよな!?」
彼は二人の服装を見てさらに驚いた。二人も自分の服装を見て、昨日のあの黒いロングコートになっていることに気付いた。
「いつの間に」
「……これって、いわゆる「反逆の意志」が反映した姿なんじゃないかな?」
悠の言葉に、「そういえば母さんも言っていたな」と頷いた。信一はやはり何も理解していないようだ。
「お前ら、あまり叫ぶんじゃねぇ」
「うるさいわよ」
すると、あのネコ達が物陰から現れた。
「せっかく逃がしてやったのに、自らまた来たのかよ?」
「どうしても確かめたいことがあったんだよ」
ロディと信一が話して、ネコ達は「そこの二人が一緒に来てくれるんなら、別に構わねぇぜ」と言った。
「オレは構わないが」
暁はそう答えると、悠も頷く。
「決まりね」
「じゃあ、ついてこい」
ロディとマリアンは三人を案内した。
牢屋の中には誰もいなかった。どこかに連れて行かれたらしい。エネミーが多く現れ、これは四人だけじゃ難しいからと近くに安全な部屋があったのでそこに入る。そしてエネミー達が去るのを待った。
「ここは?」
暁が尋ねると、
「ここは安全地帯だ。認知が薄い場所だな」
「ここにはエネミーは入ってこれないの。だから安心して」
ネコ達はそう答えた。なら大丈夫かと少しだけ休む。
「奴隷共はどうした?」
「訓練場に連れて行ったぜ」
外からそんな声が聞こえてきた。よく聞くと、どうやら悲鳴をあげていた人達は地下に連れて行かれたらしい。それにしても奴隷って……。
「訓練場か……」
「確か、あそこよね」
ロディとマリアンは心当たりがあるようだ。エネミー達が去った後、五人は出る。
「こっちだ」
ロディが先導してその場所まで行ってくれた。途中、エネミーが立っていた。
「チッ……ここからが近いってのに」
「仕掛けようか?」
暁が提案すると「そうだな、その方が手っ取り早い」と頷いた。
「……私、やるよ」
悠が隙を見計らってエネミーの仮面に手をかけた。そしてそれを剥がす。すると妖精が三体現れた。
「……多分、弱点は闇。兄さん、やっちゃって。ロディとマリアンは防御。あいつらは雷を使ってくるから」
悠が瞬時に指示を出す。何となくだが、すぐに分かったのだ。こちらの弱点も、相手の攻撃も。
暁のアルターの弱点は光、悠のアルターの弱点は闇。ロディとマリアンのアルターの弱点は雷だったのだ。そして妖精のエネミーの弱点は闇と銃撃。逆に暁の耐性は闇と炎、悠は光と氷、ロディとマリアンは風と水だった。対するエネミーの耐性は雷のみ。
そうして倒すと、その先にエネミー達が言っていた訓練場があった。
「日色様の愛の訓練場……?」
その割には悲鳴が聞こえてくるのだが。
中に入ってみると、独房に入っている人が数名。さらにガラス越しに何かをやっている。それを見ると、まさに体罰や拷問といったたぐいのものをされていた。
「酷いな」
暁が出来るだけ悠に見せないようにしながら、それを見ていた。
「これ、バレー部の連中じゃねぇか!」
信一が叫ぶ。つまり、生徒は奴隷と認識しているということでいいだろう。
「白髪はこいつらが何か分かっているみたいだな」
「ん……昔、お母さんが話してくれたことがあって。その時は夢物語だろうとしか思ってなかったんだけど……」
「あなたの母親?」
マリアンが疑問に思ったらしく、尋ねてきた。
「そうだな。確かこれが「フェイク」というもので現実の人とは違う、認知上の存在……だったか」
暁がかわりに答えると、ロディは「その通りだ。しかし、何者なんだ?お前達の母親は」と聞いてきた。
「さぁ……?お嬢様としか聞いていないけど」
「お嬢様……もしかして、お前達の母親は黒髪か?」
突然聞かれ、暁は「え……?」と戸惑った声を出した。
「確かに黒髪といえば黒髪だが……不思議な人でさ、下半分は悠と同じで白いんだ。目の色も右がオレと同じ灰色で左が悠と同じ青色だし」
「お父さんの方だよね、黒髪って言ったら」
そこまで言って、そういえばジョーカーと名乗った女性が黒髪であることを思い出す。
(まさか、な……)
このネコ達が言っている人と同一人物ではないだろうと聞かなかった。いや、聞けなかった。
「そうか……」
「何か思い当たることでも?」
尋ねると、「それは追々話すわ。今はどうするかよ」とマリアンに言われた。
「早く助け出さねぇと……!」
信一がガラスを壊そうとしている。「話、聞いてなかったの?」とマリアンが呆れた声を出した。
「……信一君、彼らは本物じゃない。そんなことしても無駄」
悠が端的に答える。「だけどよ……」とそれでも彼は納得していないようだった。
「それにしても酷いな……現実でも似たようなことされてんじゃねぇのか?」
ロディが呟いたその言葉に三人は固まった。確かに、もしここの人達がこんな風に認知されているのなら……。
よく見てみる。体罰や拷問を受けている人は男子しかいなかった。
――女子生徒ばっかひいきしやがって!
信一の言葉を思い出した。ここに女子生徒がいないということは、別の認識をしているのだろう。
「……なんか、嫌な予感がする……私、あいつに女だと認識されてなくてよかったかも……」
悠が誰に言うでもなく呟く。しかし、それが聞こえていたらしい。信一が「そういやお前、スカートだな……」と言ってきた。
「……はぁ」
「説明は後だ。早くしてくれ」
暁が言うと、彼は「そうだ!こいつらの顔を覚えておけば……!」とすぐにバレー部だという人達の顔を覚えだした。
数分して、「覚えた!」と叫んだ。
「叫ぶな。エネミーに見つかる」
「早く出た方がよさそうね」
ネコ達の言葉に二人は頷き、信一を引きずってきた。
しかし、玄関のところまで来て気配を感じた。
「また賊が入ってきたと思ったら……お前らか」
そう、日色のフェイクだ。ご丁寧に衛兵まで連れてきている。いつ見ても下品だな……と悠は思った。こんなのが心の奥底にいるなんて、教師としてどうなのだろうか。
――人は見かけによらない、とはよく言ったものだ……。
現実の日色は爽やかな教師といった感じだ。女子から見たらかっこいいと思うだろうし、男子から見たら憧れの存在だろう。二人は両親が彼以上にかっこいいので何とも思わなかったのだが、それが普通の人だ。
「殺されに来たのか?」
ニヤリと笑う日色はその爽やかさなどどこにもなかった。所詮、人間とはこんなものなのだろう。自分さえよければ全てどうだっていいのだ。暁を冤罪に陥れた、あの男のように。
「衛兵!今度こそそいつらを殺せ!」
日色がそう指示を出すと、エネミー達が前に出てきた。四人は武器を構える。
鎧の中から角の生えた黒い馬が二体、騎士の姿をしたエネミーが一体現れた。攻撃は……、
「強い物理呪文を使ってくる気だよ!気を付けて!」
悠が叫ぶ。しかし、既に遅く騎士の姿をしたエネミーはマリアンを吹っ飛ばした。
「マリアン!?ぐはっ……!」
暁がよそ見をしている隙に攻撃が当てられる。それで暁も吹っ飛ばされてしまった。
「兄さん!」
「やめろ!今は集中した方がいい!」
ロディに言われ、悠は歯ぎしりをしたが敵に向き合う。
「ロディ、回復呪文を使える?」
尋ねると、彼は「あぁ、マリアンも使えるぜ」と頷いた。
「なら、私が引きつけるから回復優先で」
「分かった、ちゃんとやれよ」
指示を出した後、悠は大胆に動いた。視界の隅に、信一が映った。
「信一君!何をしているの、早く逃げて!」
悠は彼に向かって叫んだ。
「ははは!どうせこいつが言い出したんだろ?「裏切りのエース」さんよぉ!陸上部の仲間の夢を潰したくせに、一人のうのうと暮らしやがってなぁ!」
そいつからやれ!と日色が言ったのでエネミーの狙いが信一になった。
「危ない!」
信一に攻撃が当たりそうになり、悠はナイフで受け止める。彼は呆然としていた。
「何してるの、私に任せて早く逃げなさい!」
重い攻撃を必死に受け止めながら再びそう言うと、彼は拳を地面にたたきつけた。
「くそっ……!俺、また奪われるのかよ……!こんな奴なんかに……!」
苦々しくそう言った途端、彼は頭を押さえのたうち回った。
『力がいるんだろう?どうせ消しえぬ汚名なら何かを守るためにひと暴れ……お前の中のもう一人のお前がそう叫んでいる』
そんな声が聞こえてきた。紛れもなく、信一の心の中から。
覚悟を決めたように、彼は顔をあげる。その顔には仮面があった。信一はそれを剥がす。
青い炎に包まれ、彼は黒革のジャケットとズボンに、黄色の手袋をつけていた。
「こいつもか!?」
日色は顔を青ざめた。反対に信一は笑みを浮かべる。そんな彼の後ろには古代の英雄の姿があった。
「これが、俺のアルター……!いいじゃねぇか。ぶっ放せよ、エケトロス!」
叫ぶと、彼のアルターは雷呪文を放った。騎士の姿をしたエネミーは弱点だったらしく、怯んで動けなかった。その間に暁とマリアンを回復させたロディが風呪文を放ち、馬の姿をしたエネミーが怯む。
「一斉攻撃だ!」
悠の号令と共に皆で敵を倒した。
「な、な……!」
「てめぇ……!」
信一が真っ青になった日色に詰め寄ろうとしたが、座り込んでしまう。
「無理するな。アルターを覚醒させた後は誰だって疲れてそうなる」
ロディが言うと、マリアンも「とにかく、早く出た方がいいかもね」と答えた。
その時、日色の傍に下着姿に猫耳をつけた金髪の女子が来た。彼女は日色にくっつく。
どこかで見たことのある子だと悠と暁は首を傾げていると、
「里口!?」
信一の言葉にそういえば昨日日色の車に乗せてもらっていたあの女子だと思い出した。ロディは彼女に見惚れていたが、
「ロディ、あれは認知存在よ」
「わ、分かってる」
マリアンに言われ、ロディは我に返っていた。遠くから鎧達が来る音が聞こえてきたので、信一の腕を引っ張って出口まで走った。
出口で息を整える。少し冷静になったところで信一が自分の服を見て驚いた。
「うおっ!なんだ、この服装!」
「かっこいいぞ、族みたいで」
「いや、それ褒めてないだろ」
暁と信一の会話に悠は静かに笑っていた。
「じゃあ、顔も覚えたし帰ろうぜ」
信一の言葉に頷き歩き出そうとする三人にロディは「ちょっと待て」と止める。
「手伝ってやったんだ、ワガハイ達の方も手伝ってもらうぞ」
彼はそう言ったが、
「は?そんな約束してねぇだろ」
「な……!まさか、ただ働きということか!?」
ただ働きも何も、信一の言う通り約束していないのだが。
「特にそこの二人は、私達の計画の一部なんだけど!?」
「いや、勝手に計画の一部にされても……」
暁の言うことも正論だ。
「……まぁ、考えておく」
だが、命を救ってくれたのに何もしないは確かに薄情だろう。場合によっては手伝うと悠は言った。そして、その場所から出ていく。
「ちょっ!ねぇわ!ねぇーわ!」
ロディの叫び声を最後に、三人は現実へと戻った。
学校前の路地に出て、学校を見ると元の外観に戻っていた。やはり、あのナビのせいだったらしい。
「不思議な世界だったな……それで、なんで悠はあの姿になるとスカートだったわけ?」
どうやら覚えていたらしい、知られてしまったのなら仕方ないと「悠は女だ」と暁は答えた。
「は?」
「いろいろ事情があってな……本当はもう少し経った後に話すつもりだったんだ」
「え、女……?」
信一は信じられないと言いたげに悠をジロジロと見る。
「……その……殴られる覚悟で聞くけどよ……胸、触っていいか……?」
「まぁ、悠がいいなら」
信じられないのだろう、なら実際に触ってもらった方が早いと悠は頷く。信一は恐る恐る触ると、わずかに柔らかい感触があった。
「……確かに、女だな」
「さらしを巻いているからな。胸も潰れてるし、よく見ないと分からないだろ」
「……このこと、他の人には話さないでね。お母さんからは信用出来る人だけに教えるように言われてるから」
知っている人も担任と校長、それから保護司の人だけなの、と悠が言うと信一は「わ、分かったぜ」と頷いた。
「じゃあ、本題に入るぜ。日色、噂があるんだよ」
「噂?」
「バレー部員に体罰を加えてるっていうんだ。……俺、元は陸上部だったんだけどよ。あいつはすげぇ厳しいノルマ課して、達成出来なかった奴は正座させられて怒鳴られたりされたんだ。それで足壊されて、殴っちまってよ……待っていたかのように暴力事件だってわめきたてられて、陸上部は廃部になっちまった」
「そうだったのか……」
「あれ見て確信したぜ。体罰は本当だってな。……明日球技大会があるんだ。その時証拠を集めようぜ」
そう言われ、二人は悩んだ。こういった場合、被害者は言い出せないものだと母親が言っていたからだ。
――だからって、手を差し伸べるのを諦めたら駄目だよ。
同時に、そうとも言われた。悪いのは助けを求めることが出来ないように仕向けている人達なのだと。
「分かった、協力しよう」
悠もそれでいいよね?と聞かれ、彼女は頷いた。
「ありがとな!暁、悠!」
信一は嬉しそうに笑い、暁と握手をした。二人の頭の中に「戦車」という言葉が浮かんだ。
(戦車……アルカナの一つかな?)
分かりやすく言うなら、タロット占いに使われているカードだ。番号は七で、正位置だと「勝利、征服、援軍、行動力、成功、積極的……」など、逆位置だと「暴走、不注意、自分勝手……」などがあげられる。意味は「援軍、摂理、勝利、復讐」だ。
「そうだ、ここで別れるのもなんだしよ、牛丼でも食いに行かねぇ?」
お前達の話も聞きてぇし、という誘いに二人は頷く。それに満足したらしく、彼は「こっちだぜ」と牛丼屋まで連れて行ってくれた。
牛丼を待っている間、暁は信一にこれまでの経緯を話した。
悠が酔っぱらった男性に絡まれていた女性を助けようとしていたこと。
悠が言霊使いと知ると逆に絡まれたこと。
暁が悠を助けようとしたら、暁を殴ろうとした男性が自分で転んで怪我をしてしまったこと。
それで暁だけが訴えられたこと。
こちらの意見は一切聞かれず、有罪判決を受けたこと。
聞き終えると信一はバン!と机を叩いた。
「はぁ!?んだよそれ!」
「静かに」
信一が大きな声を出したので暁がなだめる。客が皆信一の方を見ており、それに悠が「申し訳ありません」とジェスチャーをしていた。
牛丼が来たのでそれを食べながら小さな声で話す。
「それで傷害罪で保護観察処分か……」
「もう終わったことだ」
暁の言葉に悠は暗い顔をした。元々の原因は自分だと思っているのだ。
――だけど、見捨てられなかった。
正義感の強いこの兄妹は、たとえ自分がどうなろうと人助けをしていただろう。今回はこんな結果になってしまっただけだ。
「そりゃあ、悠もつらかったよな……」
「でも、母さん達は信じてくれたから」
「そうか……多分よ、お前らの性格、その両親によく似たんだな」
信一がそう言った時、暁のスマホにチャットが入った。
「ごめん、多分母さんからだ」
暁がスマホを見ると、予想通り母親からだった。
『今、大丈夫?』
『ちょっと悠と友達と一緒に食事に来てる』
『そうだったの?ごめんね、急用じゃないから、また今度連絡するね』
友達、大事にするんだよ、という言葉と可愛らしいネコのスタンプで「それじゃあまた」と送られてきた。
「早かったな」
「よかったの?」
「急用じゃないからまた今度連絡するって」
スマホをポケットに入れ、再び牛丼を食べる。途中、信一に紅ショウガをたくさん入れられ、紅ショウガ丼と化したがおいしかった。
「明日、頼むぜ」
信一はそう言ってニカッと笑った。
デスティーノに戻ると白田が「今日はちゃんと学校に行ったみたいだな」と言ってきた。
「さすがに昨日で懲りたか」
その言葉には反応せず、二人は黙ったまま二階に上がった。その様子に白田はため息をつく。
「本当に更生するのかね……」
悠の耳にその言葉が聞こえてきて、ギュッと唇を噛む。
――本当は、私が罪を背負うハズだったのに……。
自分が弱いから、兄が庇ってしまった。周囲の冷ややかな視線は、本当は自分だけが浴びるものだったのだ。それなのに……。
その時、暁が悠の手を握った。驚いて見上げると、暁は困ったような顔をしていた。
「……大丈夫、オレは後悔していないよ」
ほら、そんなに強く噛んでると血が出るよと暁は悠の顔に触れた。
「ん……」
「綺麗な顔が台無しだよ、だから泣かないで」
「……泣いてないもん」
強がりでそう言うが、実際涙目になっている自覚はある。それに気付いているのか、「そうだね、悠は泣いてない」と触れないでいてくれた。
「じゃあ、近くの温泉に行こうか」
「……うん」
二人は着替えと洗面用具を持って近くの温泉に向かった。そして、デスティーノに戻り勉強をする。
その時、チャットが入った。見ると信一からだった。
『暁、悠、見てるか?』
『どうした?信一』
『信一君、どうしたの?』
『明日の昼休み、中庭……自販機のある場所に集合な』
『球技大会だっけ?』
『何するんだ?』
『確か、バレーだったと思うけどよ』
『……日色先生の独擅場というわけね』
『まぁ、そういうこった。午後から空いてるからバレー部員の証言を集めようぜ』
『分かった』
チャットを終え、二人は再び勉強に励む。
「悠、その……いじめられてないよね?」
途中、暁に聞かれ悠は「女子から冷ややかな目を向けられるぐらいで、どうってことないよ」と答えた。
「兄さんも似たような感じでしょ?」
「まぁ、男子から冷ややかな目を向けられているけど……」
「今日も告白されたの?」
「……うん。悠もだろ?」
「あはは……。はぁ、あれって迷惑なんだよね……前歴者の弟に告白なんて、罰ゲームかなんかなの?」
「うーん……どうだろ?」
信一以外に性別を知っている人がいないので本気でそう思っている。暁も悠の男装は完璧だと思っているので(事実母親に指南してもらったため男装は完璧である)なぜなのか分からない。
ふと時計を見るともう十二時過ぎ。さすがに明日に響くと片付け、それぞれベッドとソファに寝転がった。
(そう言えばあの人達、今日は来なかったな……)
ジョーカーとクラウンのことを思い出すが、眠気に襲われ逆らえなかった。
次の日、電車に乗ると同じ学校の赤髪の女の子がおばあさんに席を譲ろうとしたところを見た。しかし、通勤途中の男性にその席をとられ、困っていた。
「起こそうか?」
暁が尋ねると彼女は「いえ、気持ちは分かりますから。うまくいかなくてすみません」と言ってそのおばあさんの荷物を持った。
「……………………」
「持とうか?って聞いてるよ。オレでもいいけど」
悠がその子に手を差し出し、暁が意図を伝える。彼女は「大丈夫です!鍛えていますから!」と笑顔で答えた。
「あの、お二人は……」
「兄妹だ」
女の子が聞いてきたのでそう答える。もちろん悠が女だとは思っていないだろう、彼女は二人を見て「確かに顔立ちはよく似ていますね」と言った。双子なんだと答えると「道理で似ているわけです」と笑った。
電車から降りて学校に向かう途中、その女の子が「先輩!ありがとうございます!」とお礼を言いに来た。先輩ということはこの子は後輩にあたるのだろう。
「あれぐらい当然だ」
暁が笑うとその女の子は顔を赤くして「そ、それじゃあ失礼します!」とお辞儀して立ち去った。
学校に着くと日色に会った。
「暁君に悠君か、おはよう」
爽やかにあいさつされるが、城での出来事が忘れられずお辞儀だけして立ち去ろうとした。しかし、彼は悠の腕を掴んだ。
「…………!」
「悠君、よく見ると美人だな。もしかして女か?」
その言葉にドキッとする。もしかしてバレたか……?
しかし、すぐに解放され悠は距離をとった。一瞬だけ日色が城の主に見えた気がした。
すぐに立ち去った後、担任から注意事項を聞き、ジャージに着替えて体育館に向かった。
見学中は信一と一緒にいた。丁度里口も見える位置だ。今は教師とバレー部員が対決しているところだった。
(……里口さん、日色先生と付き合っているって噂があるけど……)
悠にはどうしてもそう思えなかった。同じ女だからこそ分かるのかもしれないが、もし本当に付き合っているのなら日色の活躍をもう少し嬉しそうにするものではないだろうか。だが、最初の印象通りやはり寂しそうだった。
その時、日色のサーブがあざだらけの男子に当たってしまった。……いや、悠と暁の目にはわざと当てたように見えた。
(これも演出か……)
慌ててその男子に近付く日色を冷ややかに見ていると、どうしても演技のような気がしてならなかった。
「……悠」
暁も感じたようだ。やはり兄妹だから似るのだろう。
昼休みになり、約束した通り中庭に集まる。そしてバレー部員に話を聞くが、誰も話したがらなかった。
「くそっ……なんで皆話さねぇんだ……」
中庭に戻り、信一がイライラした声で呟く。その時、里口が来た。
「あんた達、日色先生を探ってるみたいね。やめなよ」
「あぁ?んだよ、里口……あぁ、そうか。お前、あいつの女だもんな。だから他の奴がどんなに酷い目に遭っててもあいつの仲間なんだろ?」
「何、それ……」
信一の言葉に一瞬だけ泣きそうになるが、彼女は「忠告、したから」と言って立ち去った。
また明日考えるわ、と信一が言って解散した。帰ろうと玄関に行くと先程サーブを当てられた男子が歩いてきた。
「あ、えっと……大丈夫か?」
同じクラスの人だし、心配になった暁が尋ねると彼は「あ、あぁ、うん……」と怯えたように頷いた。あざが痛そうだと悠が手を伸ばそうとするが暁が制止した。
「駄目だよ、悠。その力を使ったら。また「化け物」って言われてしまう」
辛そうにする兄に悠は頷き、手をひっこめた。彼ははてなマークを浮かべていたが、そのまま帰ろうとした。
「おい、三田。片付けはどうした?」
しかし、日色に引き留められ彼――三田はビクッとなる。
「先生、彼は怪我人です。片付けさせるのは怪我に響きます」
二人は彼を庇うように立ち、暁がそう言うと彼は「君……」と驚いた顔をする。日色は少し考えた後、
「……確かにその通りだな」
そのまま帰してくれるというので安心していると日色は悠に近付き、
「やはり悠君は女性にしか見えないな……」
品定めをするように全身を見られた。動けずにいると暁が「悠、早く帰ろう。白田さんが心配する」と言ってきた。どうやら三田も帰ったようなのでお辞儀してその場を去った。
その頃、中庭では里口がバレー部の親友と話していた。
「そのあざ、大丈夫?」
「うん……」
日に日に増えていくそのあざを気にしながらも、詳しいことは聞けなかった。
――私は千晶のために我慢するだけ……。
日色に親友のスタメンを盾に詰め寄られても、周囲になんと言われても、親友のために我慢してきた。
電話がかかってくる。スマホを見ると忌々しい名前が書かれていたのが見えたが、「モデルの仕事だと思う」と親友を安心させた。
「あ、そろそろ練習に行かなきゃ……」
「うん、頑張って!」
立ち上がる親友を里口は励ました。そのせいだろうか、親友が苦しそうな顔をしていることに気付けなかった。
デスティーノに戻ると白田が「じゃあ、俺は帰るからな」と言って家に帰っていった。
「悠、大丈夫だった?日色に近寄られてたけど……」
「大丈夫。だけど、もしかしたら私が女だって気付かれてるのかもね」
だとしたら面倒なことになるのだが。
「でも、だとしたらどこで気付いたんだろ?悠、ジャージの時もちゃんとさらし巻いてたよね?」
そうなのだ。悠は女性らしい仕草どころかずっと男性のように振る舞っていた。だから性別がバレることはないハズ。
――いや、一つだけ心当たりがある。
「……ねぇ、確かあの異世界、心の奥底で繋がってるんだよね?」
「あぁ、母さんが言ってたな」
「私さ、あっちの世界ではスカートだよね?もし繋がっているんだとしたら、覚えていなくても影響はあるんじゃ……」
「……確かに、ありえない話じゃないね」
一応、母さんに聞いてみると暁はチャットを開き、母親に『ちょっと聞きたいことがあるんだけど』と送った。するとすぐに返信があった。
『いいよ、どうしたの?』
『あの……母さんが言ってた異世界。あれってさ、現実にも影響があるの?』
『そうだね……場合によるけど多少影響はあるよ。もちろん、現実から異世界への影響もある。それにしても急だね、何かあったの?』
『い、いや、ちょっと気になっただけ。ありがとう』
『ううん。何かあったらすぐに言ってね』
チャットを閉じると悠に「やっぱりそうだって」と言った。
「そうなんだ……」
「うん。……だけど、本当に母さんってなんで知ってるんだろ?確かに自分の家に伝わっていたからかもしれないけど……」
それにしては詳しすぎないだろうか。しかも、断定出来るという。不思議に思うが、答えは出なかった。
その様子を見守っていた二つの影があった。
次の日の昼休み、悠と暁は中庭に向かう途中で黒髪のポニーテールの女の子がいることに気付いた。あざだらけで見ていて痛々しかった。バレー部の子だろうか。
「あ、ごめんなさい……邪魔だよね……」
その女の子が道を開けようとしたので暁が「大丈夫だよ」と言った。
「見ない顔だね。もしかして、例の転校生達?」
「それがどうしたの?」
別に、もう噂を気にしないようにしているのでなんと思われようと構わないのだが。すると彼女は予想に反して「噂、気にしない方がいいよ……」と言ってくれた。
「……あのね、私の友達も見た目だけでいろいろと言われる子で……でも、本当は優しい子なんだ。あ、私、北濃 千晶って言うんだ。よろしくね」
彼女はそう言って笑いかけた。
放課後、中庭で集合するがいい案が出せず信一がむしゃくしゃしていた。
――場合によるけど多少影響はあるよ。
二人はチャットで見たその言葉を思い出す。それが本当なら……。
「……なぁ、あっちの城主の方をやればいいんじゃないか?」
暁が言うと、信一は「城の方か?確かにあいつだけど、それって意味あんの?」と疑問符を浮かべていた。
「ようやく見つけたぞ……」
「結構探したわ……」
その時、どこからか声が聞こえてきた。「お前ら、しゃべった?」と信一が聞くが二人は首を横に振る。机の上に黒ネコと白ネコが乗った。
「ネコ……?」
信一が呟くとネコ達は毛を逆立てた。
「ネコじゃねぇ!ロディだ!」
「マリアンよ!はぁ……抜け道探すのに苦労したわ……」
なんと、ネコがしゃべったのだ。
「は?は!?しゃべってる!?な、なぁ、お前達も聞こえてるか!?」
「ニャー」
「ニャー」
「ふざけねぇでいいから!」
混乱しているから場を和ませようとしただけなのに怒られてしまった。なぜだろうと二人は顔を見合わせる。
「はぁ……お前ら兄妹だわ……同じ血だわ……」
「それで?なんで城主を懲らしめるという話になったんだ?」
どうやら聞いていたらしい。暁が「実は……」とロディとマリアンに事情を話す。
「なるほどね……」
「お前、なかなかいい線ついてるじゃねぇか」
二人(二匹?)に言われ、本当に出来るのだろうと確信する。
「ネコがどこかにいるって本当か?」
「はい。ネコの鳴き声が聞こえてきたので……」
そんな時、渡り廊下から先生達の話し声が聞こえてきた。
「ネコの……鳴き声?」
「他の奴にはネコの声にしか聞こえないらしいぜ」
ロディが言うと、「じゃあ、バレねぇように屋上に行くか」と信一はロディの首根っこを掴んだ。マリアンは悠が優しく抱き上げる。
「カバンの中に入れようぜ」
「オレのにか?……って信一、持ってきてないのか……。じゃあ、マリアンは悠のカバンに入れてくれるか?」
「おい!ワガハイの扱い雑じゃねぇか!?」
「私の扱いも十分雑だと思うけどね……」
悠と暁がカバンに入れ、屋上に向かう。そこで出すと、
「それで?どうすればいいんだよ」
「そこのくせっ毛も言ってただろ?あの世界……幻想世界と言うんだが、あちらに仕掛ければいいのさ」
「あの世界は、本人が覚えてなくても心の奥底で繋がってるから、あのデザイアをなくしちゃえばいいの。つまり、改心させるの」
デザイアを、なくす……。本当に出来るのだろうか。
「おぉ!ならやっちゃおうぜ!」
「そのかわり、相当なリスクがかかるぜ」
「リスク?」
暁が聞くと、マリアンは「デザイアは歪んだ欲望が生み出したもの。でも欲望自体はなくてはならないものなの。寝たい、食べたい、恋したい……それは生きていくうえで必要なものでしょ?」と説明した。
「だから、欲望を全部盗んでしまったら最悪、廃人になって死んでしまうわ」
「死ぬ……!?」
「それぐらいの覚悟はあるんだろ?」
ロディに言われ、悠と暁は顔を見合わせる。
「……詳しく聞かせて」
悠が言うと、信一は「マジでやるのか!?」と驚いたように叫んだ。
「ここで誰かが止めなきゃ、誰も報われない」
「でもよ……」
「なんだ?ここに来て怖気づいてるのか?どうせ廃人になったって誰も分からないって」
「それだとあいつと同じじゃねぇか!」
どうやら信一はまだ覚悟が決まっていないようだった。この状態でやっても命取りになるだけだろう。
「……仕方ない。ロディ、マリアン。この話は保留にしてくれないか?」
暁がネコ達に言うと彼らは「仕方ねぇな……」「でも、この方法しかないと思うわよ」と言い残して立ち去った。
「……他に何かいい方法がないか考えてみるわ……」
そう言って信一も帰った。
帰り道、駅前で里口が誰かと電話していることに気付いた。
「だから体調が悪くて……は?待って、千晶は関係ない!あ……」
一方的に電話が切れたようだ、彼女はしゃがみ込んでしまう。しかし、それを気にする人はいなかった。
――助けてあげないと。
そう思った二人は彼女に近付く。すると彼女は驚いたような表情を浮かべた。
「あんた達……転校生……」
「どうした?何かあったのか?」
暁が聞くと、彼女は「……こっちでもめてるだけだから……」と元気なく答えた。
「話せば楽になることもあるんだぞ?」
「…………」
「……悠、頼めるか?」
ここは男である自分よりも男装してはいるが女である妹の方がいいだろうと判断した暁は悠に頼む。悠は頷き、里口の手を取って立ち上がらせた。
「何なの、もう……」
泣きそうな目で里口は呟く。暁は「オレ、本屋に行ってるから」と言ってその場を去った。それを見届けて悠は近くのカフェに連れて行った。
コーヒーとココアを頼み、里口が話し出すのを待つ。
「話すことなんて、ないんだけど」
飲み物が来ても話したがらない彼女に悠は「……本当はあまり言いたくなかったけど」と前置きし、
「私、本当は女なの」
「え……?」
「見てみる?」
制服のシャツのボタンを外し、さらしを見せる。里口は驚いたようだった。
「兄さんもいないし、女同士なら話せるでしょ?」
そう言って笑いかけると、彼女は意を決したように話し始めた。
日色が親友を盾に詰め寄ってきていること。
先程の電話は体育教官室に来いと言われたこと。
受け入れないと親友をスタメンから外すと言われたこと。
「ずっと耐えてきたけど、もう無理……!」
彼女は泣きながら言った。悠は静かにそれを聞いていた。
「……いっそ、あいつの心が変わってくれたらいいのに……」
無理に笑いながら彼女は呟いた。
「……変わるかもね」
「マジレスやめてよ。……話、聞いてくれてありがとう。ちゃんと断るから」
そう言ってココアを持ち、彼女は帰っていった。悠は兄にチャットで『やっぱり里口さん、日色先生に無理やり詰め寄られてたみたい』と送った。
『そうだったんだね……』
『信一君には内緒にしておくけど……やっぱりリスクがあっても改心させるべきだと思う』
『うん、そうだね。オレもその方がいいと思うよ』
『詳しいことはまた後で話すから。じゃ、そっちに向かうね』
スマホをポケットに入れ、カフェから出る。本屋に行き、兄と合流してデスティーノまでの帰り道に里口のことを話した。
「酷いね……」
「うん。女子は皆そんな風に見てるんだろうね。教師として最低だよ」
男子は奴隷、女子は欲望を晴らす道具。そんな風に見ている日色に二人は更なる嫌悪感を抱いた。
そうしてデスティーノに戻ると白田が「お前らに客人だぞ」と言ってきた。ソファ席を見ると金髪に染めた男性が見えた。
「よう、暁、悠」
「久しぶりです、良希さん」
彼は両親やおじ達の親友の一人でスポーツジムの経営をやっている風谷 良希だった。時々母親の営んでいる喫茶店「ファートル」に顔を出しては愚痴をこぼしているが、根はいい人でどこか信一を思わせる。
ここでは話が出来ないと二階にあげると「おー、ファートルの屋根裏部屋に似てるな」と笑った。
「レンレンから聞いたぜ。暁、保護観察処分だってな」
「……はい」
沈んだ顔をすると彼は「つらいよな……」と呟いた。
「安心しろって。俺もお前がそんなことをする奴だとは思わねぇよ。あいつらの子供だもんな。どうせ理不尽な大人のせいなんだろ?」
的を射た発言に二人は驚く。すると彼はニカッと口角をあげて、
「お前の母親……蓮もさ、お前達と同じ年齢の時に理不尽な大人に罪を擦り付けられて東京に来たんだわ。俺があいつと出会ったのは高校二年の丁度今ぐらいなんだ。俺もその時はいろいろあって腐っててさ、あいつと出会わなかったらきっとそのままだったって思うぜ」
「そう、だったんですか……」
まさか母親も、そんな経験があったとは。何も言わなかったからただ単に家が嫌で飛び出してきたのだろうと思っていたのだ。
「大丈夫だ、いずれ暁の冤罪も晴れるぜ。蓮もそうだったからな」
良希は暁の肩をたたきながらそう言ってくれた。
「じゃ、仕事もあるし、俺は帰るわ。何かあったら連絡しろよ?悩み聞くぐらいなら俺も出来るし、俺達もお前達を信じているからな」
あいつにもよろしくな、と言って彼は帰っていった。
「……私達を信じてくれる人、他にもいたんだね」
「そうだね。その人達のためにもオレ達も頑張らないと」
それだけ、両親も自分達も信用されているということなのだ。それを裏切る行為だけはしたくないと思った。
白田があがってきて、「さっきの奴、誰だったんだ?」と聞いてきた。両親の親友だと答えると、
「蓮って、お前達の母親の名前か?」
そう聞かれたので「そうですけど」と答えると彼は考え込んだ。
「蓮……まさかな……確かに、知り合いだと言っていた気がするが……」
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。悪かったな」
それだけ言うと白田は降りて行った。何だったのだろうと疑問に思うが、別に構わないかと振り払う。
悠が里口の話を聞いている時間帯。学校では、北濃が日色に呼ばれていた。
「何でしょうか……?」
「最近調子が悪いみたいじゃないか。このままではスタメンから外さないといけないな」
「え……!?わ、私、頑張りますから!」
「何でも言うことを聞くか?」
「は、はい!」
その答えを待っていたようで、日色は怪しい笑みを浮かべ、北濃の腕を掴んだ。
「な、何を……」
「何でも聞くんだろ?おとなしくしろ」
そう言って彼は北濃の制服に手をかけた。
夜、白田が帰った後シャワーを浴び、二階に上がるとチャットが入っていることに気付いた。
『やっぱ、いい方法見つかんねぇわ……』
『まぁ、皆だんまりだったからな……』
『でも、誰かが止めないと何も変わらないよ。むしろ被害者が増えちゃう』
『そうだよな……もう少し考えてみるわ。悪かったな』
チャットが終わり、二人はため息をつく。二人は既に覚悟を決めていたからだ。
――たとえ殺してしまっても、日色を止める。
もし信一が覚悟を決めなくても、二人だけでネコ達の言っていた改心をやるつもりだ。本当の犯罪者になる覚悟は出来ている。
――自分の信念を貫きなさい。そうすれば、たとえ逆境に立たされても必ず乗り越えられる。
母親の言葉を思い出す。かつて母親自身が冤罪を着せられた時、そうやって乗り越えてきたのだろう。
これが、自分達の信念だ。
自分達が犯罪者になることで人の助けになるのなら、いくらでもこの手を染めよう。どうせ世間的には既にはみ出し者なのだ、今更どうなろうが知ったことではない。開き直りにも似た強い感情が溢れ出した。
次の日、事件が起きた。
午前の授業中、学校中が騒がしくなった。
「おい!あれ、飛び降りるんじゃないか!?」
その一言が始まりだった。廊下側の窓を見ると屋上に北濃がフェンスの外側に立っているのが見えた。
「千晶!」
里口が教室から飛び出し、「やめて!戻って!」と叫ぶ。暁と悠も様子を見ていた。
「ごめんね、杏……」
口がそう動いたと同時に彼女は足を踏み出した。
下に降りる時に信一も合流し、中庭に向かう。そこには既に野次馬のように生徒達が集まっていた。
暁がすぐに救急車を呼ぶ。悠は三田が怯えたようにどこかに行くところを見た。
「千晶……!」
里口が北濃に近付く。会話を聞いていると「日色」という言葉が聞こえてきた。
――やっぱり、あいつが関わっているのか。
救急隊員と共に救急車に乗り込んだ里口を見送った後、三人は三田のところに向かう。
「おい、お前、何か知ってるんだろ?」
信一が脅しにも似た口調で尋ねると彼は「ひっ……!」と悲鳴をあげた。
「話せば楽になる」
言い方を考えて、兄さん。
それだと尋問みたいではないか。今は脅かすことをしない方がいいだろう。
「……三田君、だっけ?何があったか、話してほしい。誰にも言ったりしないから」
あえて日色の名前を出さなかった。悠の優しい口調に彼の緊張が多少ほぐれたらしい。
「北濃は、昨日日色に呼び出されていたんだ……」
そう言った。それから次々と事実を話していく。
何か失敗した時や機嫌が悪い時は部員を呼び出して暴力を振るうこと。
昨日は何もしていないのに呼び出されたこと。
北濃が会議に参加しなかったこと。
そこまで話されて、悠は里口の話を思い出す。まさか……。
「あんやろ……!」
信一が駆けだした。それを三人は追いかける。向かった先は体育教官室。
中に入ると信一が日色に詰め寄っているところだった。
「てめぇ!北濃に何した!?」
「なんだ?言いがかりはよしてくれ」
あくまでとぼける日色に信一は耐えきれなくなり、殴ろうとする。それを悠と暁が止めた。
「お前達が止めるのか。成雲家のお嬢様の子供さん?」
するとニヤリと日色が二人に言った。
「成雲家……?」
成雲家は、この地域に住む世界的有名な名家ではなかったか。なぜその名前が出てくるのだろうか。
「調べたんだよ、お前達の家族の経歴を。成雲 蓮……今は雨宮 蓮か。不思議な力を持つお嬢様で、父親が政治犯として逮捕されると同時に勘当するよう頼み込んで東京に行ったんだってな。まさかその子供がこの学校に来るなんてな……しかも悠君は女ときた」
その発言に信一と三田は驚いていた。しかし、一番驚いていたのは本人達だ。
――成雲家の、血筋?自分達が?
それに、悠が女だとバレてしまった。これ程格好なエサはなかなかないだろう。
「悠君はバレー部に入部しろ。他の奴は退学だ。次の理事会で全員つるし上げてやる」
日色は下衆の笑みを浮かべてそう言った。
「……そんなの、出来るハズがない」
悠が反論するが、彼は「出来んだよ。出来損ないのお前らと違ってな」と余裕そうだ。なおも言おうとすると、彼はイラついたのか三田を殴った。それを見て悠はプツンと何かが切れた音が聞こえた。
「学校内で教師に暴力未遂を起こした……そう言われたらなんと思うかね?君達の両親は」
「――今、何をやった?」
ゆらりと、悠が日色を見た。その声はこの世の者とは思えないほど恐ろしいものだった。瞳の色も、青から赤になっている。
「お、お前?」
日色が怯えたように彼女を見た。
「何をやったと聞いている!」
ガシャン!とガラス製のコップが割れる。ガタガタと周囲のものも揺れて落ちた。
「ひっ……!化け物……!」
「あぁそうだ。私は化け物だ。それがどうした!」
光から何かを精製しようとした時、暁が「悠、これ以上は駄目だ」と止めた。
「暁、なんで止める?こいつは人を傷つけた。暁達も追い詰めようとしている」
「だからって、怪我をさせていい理由にはならない。キミのその力は、人をも簡単に殺してしまう。だけどキミのその力は、そのために使うものじゃないだろ?」
それを聞くと、落ち着いたのか悠の瞳が戻っていった。そして三田の頬を優しく触り、
「癒せ」
そう言うと殴られたところがすぐに癒えた。
――言霊とは、時に人をも殺してしまう力を持つもの。だからボク達は扱いに気を付けなければいけないんだよ。
幼い頃、母親がそう言っていた。悠はそれが強すぎるから人前ではあまり話してはいけないのだと。そして悠のストッパーになれるのは、同じ力を持つ両親と暁だけだと。
とはいえ、これを知られてしまったのはまずい。退学の話も含め、早めに決着をつけないといけなさそうだ。
「お前自身の口から、罪を告白させてやる。首を洗って待っていろ」
暁がそう言い捨てて、体育教官室から出た。その時の暁の瞳も、一瞬だけ赤くなっていた。
廊下を歩いている途中、三田が「……悪い、雨宮」と暁に謝ってきた。
「僕、日色に脅されて君の前歴をバラしてしまったんだ……いくら謝っても許されないことだけど……本当にごめん」
「別に構わないよ。……日色のことは、オレ達が何とかするから」
悠と暁の強い瞳に、三田は心を撃ち抜かれた。
放課後、ロディとマリアンと合流する。
「覚悟は出来たんだな?」
「あぁ。あいつのせいで死人が出そうになったんだ。今さら迷っていられるか」
信一も北濃の件で覚悟が決まったようだ。信一が自分のスマホを持ったのでの見ると、あのナビが入っている。やはりいつの間にか入っていたようだ。だが、今はいいとデザイアに行こうとすると、
「あんた達、退学ってマジ……?」
里口が来て、聞いてきた。どうやら日色が早速噂を流したらしい。
「あいつ、早速……!んだよ、それを言いに来たのかよ?」
信一がイラついたように尋ねた。すると彼女は意を決して、
「日色、やるんでしょ?なら私も連れて行って」
そう言い出した。暁が何かを言おうとしたが、
「駄目だ!これはお遊びじゃねぇんだよ!関係ねぇなら関わってくるな!」
「関係なくない!千晶は私の大切な……!」
「足手まといなんだよ!どっか行け!」
信一が怒ると、里口は泣きそうになりながら去っていった。暁達の噂がこれ以上酷くならないようにわざとやってくれたのだと気付き、「ごめん……」と謝った。
「別に構わねぇって。あんなとこ、連れていけねぇしな……」
「だが、いざとなったら女の方が案外強かったりするんだぜ?」
「あー……確かに」
ロディの言葉に信一は悠を見て納得する。
「……死にたい?」
悠が睨みつけると彼は「い、いや!そういうわけじゃなくてよ……!あんなに強かったんだなって思って……」と慌てだした。
「……あれはやりすぎました!ごめんなさい!」
体育教官室の出来事を思い出し、悠は半ばやけくそで叫ぶ。何のことか分かっていないネコ達は「何のことだ?」と聞いてきた。
「気にしたら駄目だ。本気で殺されるぞ」
暁がわざと脅すように言う。もちろん言霊は人の命を奪うこともあるし、反対に癒すことも出来る。そんな力ではあるが、使いすぎると倒れてしまうこともある。それだけ強力で、人間には扱いかねる力ということだ。母親はそんな力だけではなく他の力もちゃんと扱えて、幼い頃からの憧れの存在となっている。
「……とりあえず、裏路地行くか」
信一に言われ、二人はカバンの中にロディとモルガナを入れて裏路地に来た。
「じゃあ……行くぞ」
暁がスマホを持ち、あのナビを開いた。
その様子を、里口は陰から見ていた。
「やっぱり、何かするつもりなんだ。スマホ……?それに、城……?」
盗み聞きしていると周囲が歪み、学校が城になった。
「よし、潜入するぞ」
その城の前には見たことのない服装の男女とマスコットのような姿の黒ネコ、白ネコがいた。
「何、これ!?」
里口が彼らの近くに来ると、信一が驚いたようにそちらを見る。
「なっ……!お前、なんでいんだよ!?」
「その声、村雨?じゃあ、そっちの人達は、雨宮君達?」
同じドミノマスクをつけている男女を見て、里口は尋ねる。悠はそれに頷き、暁は「そうだけど」と言った。
「ば、正直に答えんなって!」
「何しようとしてんの?聞くまで帰んないからね」
里口が本気で言っていることが分かり、三人は困惑する。
「まぁ、落ち着いて」
「そうだぜ。ここから先は危険だぜ」
マリアンとロディも止めるが、
「しゃべった!?化け猫!?」
「「ガーン!」」
里口の言葉に落ち込む。今はそんな余裕、ないのだが。
「なぁ、どうするよ?」
「どうするって言われても……」
「……多分、来た場所に帰せばいい」
悠の言葉に「それもそうだな」と暁は頷く。そして、無理やり裏路地の方へ連れて行く。
「ちょっと待って!きゃあ!」
ズルズルと引きずってようやく姿がなくなったので、改めて城の方を向き変える。
「早速里口に見られちまったな……早くやんねぇと」
「そうだな」
まずは作戦会議だと花壇の前で集まる。
「じゃあ頼むぜ。「ジョーカー」、「クラウン」」
「ジョーカー?クラウン?」
ロディが悠と暁にそう言ってきたので、信一が疑問符を浮かべた。
「コードネームよ。本名で呼び合う怪盗なんて、マヌケじゃない。それに、本名で呼び合って現実で何があるか分からないし」
「ちなみに、ジョーカーは白髪の方でクラウンはくせっ毛の方だ」
お前らは切り札になりえるからな、と胸を張って二人は言った。ジョーカーとクラウンというとあの黒髪の女性と男性を思い出すが、まぁいいだろう。
「一応自己紹介しておくと、オレは雨宮 暁、こっちが雨宮 悠。双子の兄妹だ。見て分かると思うけど、悠は女だ。普段は男装しているけど」
そういえば自己紹介をしていなかったと暁がネコ達に名乗った。悠は「……よろしく」と呟く。
「そういえば悠。こっちでは結構話すよね。大丈夫?その……信一にはもう見られちゃったから言うけど、言霊。暴走しない?」
ふと思い出したように暁が尋ねる。
「なんか、こっちだと現実より力が制御出来るの。多分、異世界だからだと思う」
それから反逆の意志とやらのおかげだろう。何となくだが、そう思った。
「なるほど。なら本当に「切り札」として活躍出来そうだね」
「……使いすぎて倒れないように頑張る」
「倒れる前提で話すのやめよう?」
本気でやりかねない妹に暁は呆れたような微笑ましいような笑みを浮かべた。
「兄妹仲がいいのはよく分かったぜ。それより、コードネームを早く決めないか?」
ロディに言われ、二人は現実に戻る。そうだ、今は怪盗稼業をやる際に使う名前を考えているところだった。
「そうね。じゃあ金髪さんは「ヤンキー」なんてどうかしら?」
「いいわけないだろ!」
マリアンが信一のコードネームを提案するが、すぐに却下された。まぁ、当然だろう。
「……なら、「アレス」なんてどう?」
悠がかわりの案を出すと、暁に「悠は本当に神話が好きだな」と言われた。
「丁度いいと思わない?」
「まぁ、そうだね」
「アレス……いいな。それでいい」
どうやら気に入ってくれたようだ。それならよかった。
「それから、ロディとマリアンだよね?えっと……「ディーア」と「マリー」、でどう?」
悠が提案する。それぞれ名前から取ったのだが、呼びやすいし結構いいと自分では思う。
「お前らがそれで呼びやすいなら構わない」
「私も同意見」
二人もいいと言ったので、コードネームはこれで決まった。
「じゃあ、これからはコードネームを徹底していくぞ」
ロディ――ディーアの言葉に皆頷いた。悠――ジョーカーは赤い手袋をはめなおして「じゃあ、行こう」と言った。
五人が城に入った後、里口が城の前に来た。
「雨宮君達の言葉を言ったら本当に来れちゃった……」
そう呟き、スマホを見る。そこには赤いナビ。
「これ……何なの?」
不気味なデザインだが、これを使ったら来ることが出来たのだ。不思議に思っていると、
「姫様?なぜこんなところにいらっしゃるんです?」
鎧達――エネミーが里口を見つけてしまった。「姫様?何それ」と疑問を口にするが、エネミーは聞くつもりが全くないようだ。
「とにかく、日色様のところにお連れしなければ」
「ちょっと!?ホントに何なのよ!」
その叫びも空しく、里口は城の中へ連れて行かれた。