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十八章 それは本当に「幸せ」?

 次の日から、それぞれ見て回ることにした。

「……あら?どうしたの?」

 片見が不思議そうに双子を見る。

「あの……何か手伝うことは……」

「ないわよ。あなた達のおかげで成功したし」

 暁の質問に片見は幸せそうに笑った。

「あの子の病気も治って、私も医者として過ごすことが出来て……本当によかったわ」

「そ、そうですか……」

 ――彼女は、死神として恐れられていた。

 本当はたった一人の子供を助けたいがために研究していたのだが、それが上司の勘に触ったらしい。そのせいで元いた病院にいられなくなり、こうして町医者として過ごしている。

 まだ新薬は完成したばかりで、結果が出るには早すぎる。これも、現実の改変なのだろう。


 岩野のところに向かうと、「よう」と笑いかけてきた。

「機嫌がいいですね、どうしたんですか?」

「実はな、息子からプレゼントをもらったんだ」

 そう、か……と二人は寂しくなる。

 彼はもともと極道で、息子とは血が繋がっていない。そのために元いた組から狙われていたのだが……この様子だと、そういうのもないのだろう。


「あ、二人とも!」

 三田が手を振ってくる。

「あのな!今日怪盗ファンに会って来たんだよ!応援してるって!」

 ……彼は怪盗がいなければ、日色に食いつぶされていた。

 しかし、この様子を見る限りそういうこともないのだろう。

「本当に、二人ともすごいよね。皆のために改心させているなんて」

 その「みんな」の中に、彼はいなかった。


 歩いていると、大谷が取材しているところを見かける。

「お、若いもん!今ヒマ?」

「ご機嫌ですね。何かいいことでも?」

「そうだよ、相棒が見つかってね!」

 彼女は事件を追って行方知れずになっていた相棒に会うために奔走していた。でも見つかったのなら……。

「本当に元気でよかった……」

 涙を浮かべている彼女に、憂いなどどこにもなかった。


 叶井のもとに行くと、「あ、こんにちは」と笑いかけてきた。

「母も、最近は私のやりたいことを反対しなくなってきたんです」

 ……そういえば彼女も母の過干渉に悩んでいた。

 適度に距離を保つことが出来て、満足そうだ。


 由樹のところに行くと、「あ、お兄さん!」と駆け寄ってきた。

「最近ね、またゲームが上達したんだ!もっと強くなりたいから付き合ってくれる?」

 彼も、母親に対する憂いはどこに行ったのか笑顔で報告してくれた。


 田口は仕事なのか、外で誰かと話していた。

「あ、君達。こんにちは」

 彼は笑って、双子に挨拶してきた。偽りの不祥事のことで悩んでいた彼はどこへ行ったのか、今まで以上に明るかった。


 学校の前を通ると、上山と宮野が話しているところだった。

「あ、二人とも。学校に何か用事?」

「本当に優等生だね」

 二人も、笑顔で迎えてくれた。まるで何事もなかったかのように。



 皆、今の現実で満足している。

 双子は唇をかんだ。

 自分達のしてきたことは一体何だったのだろうか?

「なぁ、アキラ……どうしたんだ?」

「ロディ、なんでもない」

「そう?ユウも様子がおかしい気がするんだけど……」

「ううん。そんなことないよ」

 二人は無理に笑いかける。それに不安そうにしながらも「なんかあったら言えよ」と言ってくれた。

「うん……ありがとう」

 明日は仲間達の様子を見に行くのだ。もう寝ようと横になろうとするが、二人も増えてしまってはベッドもソファも入らない。

「……私、下で寝ようかな……」

 そう言って、悠は下に降りる。暁もそのあとを追いかける。

「……眠れそう?」

「うーん……正直無理かな……」

 きはくのことも心配だし、全員がこの現実を受け入れているし……どうしても、考え込んでしまうのだ。

 気を紛らわせるために外に出る。月は寂しげに双子を見ていた。



 仲間達の様子を見に行くと、やはりみんな理想の現実に浸っていた。

 信一は陸上部でエースになっていた。

 杏は北濃と一緒に過ごしていた。

 優士は柊木と一緒に画材を買いに行っていた。

 美佳は姉と一緒に亡くなったはずの父に料理を作ろうと買い出しに出ていた。

 朝日は母親や白田とともにゲームを買いに出ていた。

 春香は父親とともに新事業の立ち上げをするための視察をしていた。

 皆……笑顔だった。

(この笑顔を……私達が壊してしまってもいいの……?)

 ますます苦悩してしまう。そこに、自分達の入る余地はないのではないか。

 ――いっそ、自分達も……。

 そんな考えは着信音によってかき消される。

『おい、今時間あるか?』

「あ、あぁ。どうした、安村」

『結果報告だけ先に伝えておこうと思ってな』

 どうやら自分達が様子を見ている間に調べていてくれたらしい。

 喜村は認知について調べていたこと。

 恋人がいたらしいが、今は別れていること。

 それから研究に明け暮れていたこと。

『と、まぁこんな感じだ。お前達の方はどうなんだ?』

「オレ達は……」

『まぁオレには関係ないけどな』

 安村がため息をつくと、

『せいぜい、オレを失望させないでくれよ』

 それだけ言って、電話を切ってしまった。


「涼恵、そちらはどうなっている?」

 蓮が涼恵に電話をかける。

『こっちは私達以外、彼の現実に飲み込まれてるよ。さすがに二回目だから慣れた』

「なるほど……」

『協力した方がいいなら、私は手が離せないけど佑夜さんを送るぞ?』

「いや、大丈夫だ。……今回ばかりは、あの子達の意志にかかっているからな」

『ふーん……まぁ、そう言うことなら別に構わない。私が口を出すわけにもいかないしな』

 それから、少し世間話をして電話を切った。

「本当によかったのか?」

 愛良が尋ねてくる。蓮は「さっきも言った通りだよ」と笑った。

 蓮の表情は寂しげだった。



 約束の日、安村とともに喜村のデザイアに入り彼のもとに向かう。

「見てきてくれたみたいだね。……それで、答えはどうだい?」

 喜村に聞かれ、二人は考え込んでしまう。そして、

「……正直、みんな幸せそうだった」

 悠が口を開く。

「それを、オレ達が奪っていいのか……?」

「つまり、奴の理想を受け入れると?」

 安村が睨むが、二人は何も言えなかった。それを見て喜村は笑い、

「それなら、いいよね?」

 そのまま、光に包まれてしまった。



 ハッと目を開く。どうやら眠ってしまっていたようだ。

「おはよう、ユウ」

 マリアンが笑いかける。どうやら朝食を作ってくれていたらしい。

「お、おはよう。今日のご飯は何?」

「目玉焼きを作ったの。あんまり食べないでしょ?」

「そうだね」

「ん……」

「お、アキラも起きてきたか。お前らが寝坊なんて珍しいな」

 暁も起きてきて、ロディがそちらを見る。

「今日は休みだし、いいだろ……」

「まぁ、そうだけどよ」

 それにしても、自分達はなんでこっちに来たんだったっけ?……あぁ、両親の仕事の都合でこっちに来たんだった。

「どこに行く?」

「美術館に行きたい!」

「じゃあ、今日は美術館に行こうか」

 そう言って、その日の計画を立てる。


 美術館には、優士が柊木とともに立っていた。

「ん?あぁ、悠か」

「優士君、こんにちは」

「こんなところで会うなんてな。……なぁ、これを見てくれ」

 優士の目線の先には、女性が赤子と花を抱えている絵が飾られていた。

「母の遺作だ。……みんなに見てもらえて、本当にうれしいよ。先生にも感謝しないとな」

「そうだね……」

 ――あれ?この絵、どこかで見たことがある……。

 それに、この絵……題名が、違う。この絵は――。

「本当に……母さんも先生も、オレの誇りだよ」

「……そっか」

 何か、忘れている気がする。でも思い出せない。


 暁はロディとともに学校に向かう。そこには信一が陸上部の部員達と練習しているところだった。

「お、暁!」

「やぁ、信一。やってるな」

「あぁ、なんとかな」

 ニカッと信一は笑う。その後ろで日色が「おい、村雨。気を抜くな」と注意してきた。

「お前には期待しているんだよ」

「あぁ、すいませんっす」

「まったく……暁君、悪いな。陸上部にはこいつが必要だから、練習させてくれ」

「はい、すみません」

「いや、君達が仲いいのは結構だ。言い方が悪かったな」

 そう言って爽やかに笑う日色は本当にオリンピック選手だったのだと思わされた。


 デスティーノに戻ろうとしていると、杏と北濃に会った。

「あ、やっほ!」

「杏ちゃん、北濃さんとお買い物?」

「うん!あ、あのね!千晶、戻ってくるんだって!」

 笑顔で報告してくる杏に悠は疑問を覚えた。

 ――あれ?なんで北濃さんは転校したんだろ?

「親の都合で転校しちゃったときは悲しかったけど、これでまた一緒にいられるね!」

 あぁ、そうだった。親の都合で……。

(いや、違う)

 親の都合じゃない。確か――。


 暁とロディが先にデスティーノに戻ると、朝日が暁に抱き着いてきた。

「暁!お母さんがゲームを買ってくれたんだ!」

「よかったな、朝日」

「もう、あまり暁君を困らせたらダメよ」

 朝日の母親……夕日がクスクスと笑う。

 ――一瞬だけ、夕日が血まみれになっているように見えた。

「暁?どうしたんだ?」

「あ、ううん。何でもないよ」

 朝日が心配そうな顔で見てきた。それに暁は首を振る。

 今が幸せなんだから、いいじゃないか。

 ふと思った言葉に、暁はわずかな違和感を覚えた。


 今日の夕食の材料を買おうとスーパーに行くと、美佳が「あら、こんにちは」と声をかけてきた。

「美佳ちゃん、こんにちは」

「悠とマリアンもお買い物?」

「えぇ、夕食の材料を買いに来たの」

「私もそうなの。昨日はお父さんの好物を作ったから、今日はお姉ちゃんの好きなものを作ろうかな?」

 お父さん、というところに悠はおかしいと反応する。

 美佳ちゃんは、確か……。

「どうしたの?ユウ。さっきからおかしいけど」

「あ、ううん。何でもないの」

 マリアンが不思議そうに顔を覗き込んで来る。

 ……マリアンって、「人間」だったっけ?


 暁とロディが悠達のところに行こうと歩いていると、春香が父親と一緒に視察に来ているところを見た。

「あ、こんにちは、暁君」

「うん?春香、恋人かい?」

「そ、そんなのじゃないよ、お父様」

 父親の言葉に春香は頬を染める。「本当にモテモテだな、お前」とロディがからかってきた。

 あれ?春香のお父さん、なんでここにいるんだろう?

 なんでそんな疑問が生まれたのかは分からない。確か……。



 夜、ロディとマリアンが寝たタイミングに安村がやってきた。

「やぁ、暁君に悠ちゃん」

「こんばんは。今日もチェスをやる?」

「あ、いいね」

 彼は爽やかで、本当に探偵王子なのだと思わされた。

 そうして暁と安村がチェスをやっていると悠は心が温かくなるのだ。

 ――二人とも、すごく大変な思いをしていたもんね……。

 そう思って、悠はハッと気付く。

(これ、おかしい……)

 暁と自分は、二人で一つ。だから、暁の心の声も聞こえるし、自分の心の声も彼に聞こえていたハズ。それなのになんで、今はそれが出来ないの?

「悠ちゃん」

 安村が声をかけ、悠はビクッと震える。

「ど、どうしたの?」

「ちょっと外で話さない?」

「うん?安村、悠と何か話したいのか?」

「そうだね、二人で話したいから。あ、また戻ってくるからそのままでいいよ」

 安村はニコッと笑いかけ、暁に告げる。彼が頷いたところを見て、安村は悠の手を握った。

 外に出て、近くの公園に行く。そして開口一番、

「思い出したか?」

 普段の安村とは違う、荒々しい安村の声になっていた。悠は一つコクッと頷く。

「……ごめんなさい。安村君の意志を無視しちゃって……」

「それは別にいい。……それに、お前だけでも思い出したなら好都合だ」

 ニヤリと、彼は笑う。

「どういう意味?」

「そのままの意味さ。お前なら、自力で思い出せるって信じてたんだぜ?こう見えてもな」

 悠は、暁に比べて真実を見る目にたけている。だから少しでも違和感を持てば、すぐに思い出すだろうと安村はふんでいたのだ。

 そして悠がいるのなら、暁の説得も容易だろう。

「……なるほど。つまり、どうにかして兄さんを正気に戻してほしいってことね」

「あぁ。出来るか?」

「……正直、分からないかな?前までだったら心の中で会話が出来たんだけど、今は出来なくなってるし……」

「そんなことが出来たのか?」

「あ、話してなかった?」

 悠が説明すると、「そうだったのか」と目を丸くした。

「隠し事が出来なさそうだな……」

「あ、自由にシャットダウンできるからプライベートは守られてるよ」

「そ、そうか。……とにかく、暁をどうにかこちらに引き入れてほしい。そしたらもしかしたら……」

 安村は寂しげに笑う。どうしてなのか、悠は気付けなかった。



 次の日の夜、悠はどう切り出すか悩む。

「悠、どうしたの?」

 暁が不思議そうに悠を見ていた。悠は「その……」と言いかけては口を閉ざしてを繰り返す。

「暁、悠」

 その時だった、女性の声が聞こえてきたのは。

 ハッと顔をあげると、翼を持った白い女性が二人を見ていた。

「本当に、このままでいいの?これが、あなた達の望んだ「真実」?」

 そう聞かれ、二人は目を伏せる。その女性は言葉を続ける。

「今なら、時間を戻してあげられるよ」

 ギュッと、悠は手を握った。そして、

「……兄さん、今のこの世界はおかしいよ」

 そう、言い切った。

「おかしい……?」

「だって、私達兄さんの冤罪が理由でこっちに……お母さんの地元に来たでしょ?信一君も日色に足をつぶされて走れなくなったし、杏ちゃんも親友を傷つけられた。優士君も柊木に虐待をうけていたし、美佳ちゃんのお父さんも朝日ちゃんのお母さんも春香ちゃんのお父さんも死んでいるハズなんだよ」

 そう言われ、暁も思い出す。

「あ、あぁ……そうだった……」

 そこに、安村も来た。

「フン。思い出したなら早い」

 行くぞ、と腕を掴まれる。四人の周囲で青い蝶が飛んだ。

「今度こそ、「真実」を見つめて……」

 その蝶の言葉に、二人は頷いた。

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