十五章 様子のおかしい世界
次の日、悠が両親とともに安村を探してみたがやはりどこにもいなかった。
「……おそらく、デザイア内に残されちゃったんだろうね」
「じゃあ……」
「死んでいる可能性が高い」
そう考えるのが自然だ。
「蓮、デザイアを復活させることは出来ないのか?」
「さすがに無理。アザーワールドリィなら出来るけど、デザイアは個人の欲望の塊だから干渉が出来ない。そもそも復活させたとしても助けられるかどうか……」
守り神の力もそう万能じゃない。個人の欲望を再構築することは出来ないのだ。
「まぁ、だよな……」
「お前みたいにファントムゲートで生まれたなら分からないけどな」
「……え?」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする……。
「えっと……お父さん、ファントムゲートで生まれたの?」
「あぁ、そうだが。レンカのサポートをするために作られた」
「……誰に?」
「シャーロックだが。一応、父上だ」
シャーロックって、あの?
「どうした?」
「その、ファントムゲートは……」
「あぁ、暁と悠はお客人のハズだからね」
両親の言葉に少し違和感を覚えながらも、悠はデスティーノに戻った。
「悠、その様子だといなかったんだね……」
暁が寂しげな表情を浮かべる。
「……うん」
「そうか……」
仕方ないよ、と暁が頭を撫でる。
「本当に……あいつは悠が好きだったんだな」
安村は同情で助けるタイプには見えない。どちらかと言えば感情で動く方だろう。そんな彼が悠だけを逃がしたのは……本当に、大好きだったからだ。
「いつから悠のことを好きになったんだろうね、あいつ」
「案外一目ぼれだったのかもしれねぇぞ」
「もう、安村君が私を助けたのは気まぐれだって」
悠が苦笑いを浮かべている。その膝にマリアンが乗って軽くネコパンチを食らわせた。
「ほんっとうにユウは鈍感ね」
「えー、なんで?」
安村を助けることが出来なかった悔しさを胸に抱えながら、二人はネコ達を撫でていた。
それから一週間後、前中がテレビで泣きながら罪を告白していた。
「……成功、はしているみたいだね」
デスティーノに集まっていた怪盗達はそれを見て、美佳が呟いた。
「……でも、少しおかしいんだよな……」
涼恵が呟く。
「何がっすか?」
「普通、こういうスキャンダルは大騒ぎされるものだ。でもまったく聞いていないんだよな……」
「今日、初めて報道されたからとか?」
「それにしても淡白すぎないか?蘭達に聞いてみたけど、東京でも騒がれている様子はないみたいだし……」
気のせいだったらいいけど……と涼恵は考え込む。情報屋として、やはりこういうことには敏感なのだろう。
「今、水谷にも聞いてみたがどうやら情報が欲しいという人がいないみたいだ。おかしいと首を傾げているな」
「やはりか……。あ、水谷に渡しててやってくれ」
「はいはい」
おそらくこの違和感に気付いているのは自分達だけなのだろうと、悠達は思った。
――確かに、今までに比べたら本当におかしい。
いつもならどんな反応であろうと、絶対に何かしらがあった。だが、あまりにも静か。報道だって、義務だからやっているように見える。
「…………」
ふと、蓮が立ち上がる。
「どこ行くんですか?」
「ちょっと話をしたい奴がいてね。すぐ戻ってくるよ」
春香の質問にそう答え、蓮はデスティーノから出た。
「私達も、これが終わったら帰る予定だったけどもう少しこっちに残るよ。ちょっと怪しいし」
コーヒーを飲みながら、涼恵はそう告げた。
牢屋の中、シャーロックがほくそ笑んでいると目の前に白い女性が現れた。
「何者だ!?」
「安心しなさい、そいつに用があるだけよ」
白い女性――蓮がシャーロックを見る。スペースとエルピスに手を出すつもりはない。
「あんたの言っていた「ゲーム」とやら、悠達が勝ったんだよね?今の世界はどういうことかな?」
蓮が尋ねると、シャーロックは「ククク……」と笑う。
「簡単なこと。人々が私を選んだだけだ」
「そんなわけないでしょ。あんたが操作しているくせに」
守り神をなめてもらっては困る。
もちろん騙せると思っていなかったのだろう、シャーロックも「やはり気付いていたか」とあざ笑う。
チラッと、蓮はスペースとエルピスを見た。
「……本当に……好き勝手やってくれちゃってね」
この双子に怒っているわけではない。目の前の男に苛立っているのだ。
「……本物の「シャーロック」はどこにやった?」
それから数日後、やはり騒ぎが起こっていなかった。暁も学業に復帰したのだが、全員興味がなさげだ。
「お母さん、どうしてなのかな……?」
デスティーノに集まった時、悠が不安そうに聞いてきた。
「……そうだね、多分、アザーワールドリィ、だっけ?あそこに答えがあるんじゃないかな?」
それに答えたのは涼恵。どういう意味だろうか?
「最深部に行ったら、ネコちゃん達の本当の使命も分かるんじゃないかな?」
「勘ってやつか?」
「まぁ、そんなとこ。……ついていくことは出来るだろうけど、最深部から先、私達はいけないと思う」
愛良の言葉に涼恵は頷く。
「どういうことですか?」
「分からない。……未来予知でも、見ることが出来ないんだ」
優士が尋ねるが、涼恵は困った表情を浮かべるだけだった。
涼恵としても、こんなこと初めてだ。涼恵は普段、いろんな未来を見ることが出来る。例えば、この子が誰かと結ばれるものとほかの人と結ばれているものがあるように、いろんな未来を見ることが出来る。
しかし、今回は何も見えない。まるで何かに情報を遮断されているかのように。
「でも、涼恵さんの勘はよく当たりますからね……。アザーワールドリィに入った方がいいかもしれませんね」
悠が答える。実際、涼恵の勘が当たるのはよくあることだ。恐らく巫女様の家系だからだろう。
(でも、最深部は涼恵さん達が来ることが出来ない……どういうことだろ?)
そこだけが気になる。本当に何か遮断しているのだろうか……。
「最近、様子がおかしいのよねー」
大谷がため息をつきながら暁にこぼす。
「おかしい……」
「あんな事が放送された後なのにまったく話題になっていないんだよ。異常事態でしょ、これ」
「やっぱり、そうですよね……」
「そうそう。それにここらへんじゃ私しか追っていないみたいだし?」
新聞記者でも気付くほどの違和感。
明らかに、世界がおかしくなっていく。
「あの、何か知っていますか?」
叶井に聞かれ、悠は「どうしたの?」と首を傾げる。
「その……少し、おかしい気がするんです。皆、何も興味ないみたいな……」
「……そうだよね。私も分からないの……」
「そう、ですか……」
彼女は首を傾げながら「なんなんでしょう……」と呟く。
「なぁ、暁」
「どうした?」
「やっぱおかしいよ。感謝すらないんだ」
三田が暁に告げる。
「それどころか、どうでもよさそうで……どうなってるんだよ?」
「オレに聞かれても……」
「……最近、よく来ていた患者さんが来なくなったの」
「えっ?そうなんですか?」
片見の言葉に悠は驚く。
「えぇ……薬を使わないと持たないって人なのに……。おかしいわ、前までちゃんと来ていたのよ」
「……怠惰?」
「そう、そんな感じかもしれないわ。どうでもよくなってるのかしら……」
「なぁ、最近裏社会の動きがおかしいんだ」
岩野に言われ、暁はハッと彼を見る。
「まったくないんだよ。裏社会でそんなこと、ぜってぇありえねぇんだ」
「……なんでなんですかね……」
「分からん。……あぁ、それ買うのか」
日に日に、世界が怠惰に堕ちていく様子を見てさすがに不安になってくる。
「協力者達にも聞いてみたんだけど、やっぱりおかしいって……」
「本当に、アザーワールドリィに何かあるの……?」
朝日が曇った顔で考える。
「……行ってみるか」
「えぇ。そうね」
ネコ達の言葉に何か強い意思を感じる。
「どうしたの?ロディ、マリアン」
「……なんとなくだけどよ、ワガハイ達の正体が分かる気がするんだ」
「うん。そんな気がする」
「……それなら、行くものいいかもね」
二人の正体が分かるなら、それもいいかもしれない。
「それなら明日行こう。明日は休みだし」
暁の提案に反対する人はいなかった。
次の日、怪盗達はアザーワールドリィに向かう。
「そういや、ピース達は?」
「少し用事があるって」
アレスの質問にメントが答える。
「とりあえず、最深部を目指そうか」
運転するよ、とアトーンが申し出てくれて運転を任せる。
「……世界が手遅れにならなければいいけど」
「ん?何か言いましたか?」
「ううん。何でもないよ」
そう言って笑いかけるアトーンはどこか寂しげだった。
涼恵は昔のことを思い出していた。
「……ここは……?」
青い、不思議な部屋。なぜかそこにあるソファに座っていた。
隣には、佑夜が寝ていた。彼を起こすと「涼恵さん?」と目を丸くしていた。
「ようこそ、ファントムゲートへ」
そう言われ、二人はハッと見るとそこには男性と女の子がいた。
「お初にお目にかかる。私はシャーロック」
「……あぁ、蓮の言っていた……」
「私のことを知っていたか」
「あぁ、夢の使者、だったか」
涼恵が答えると彼は「その通りだ」と笑いかけた。
「ボク達をここに呼んだ理由は?」
涼恵と佑夜はいわゆる「イレギュラー」……客人でありながらここに来たことがない人間だった。それなのに急にどうしたのだろうか?
「呼んだのは他でもない、これからのことについてだ」
「……これから?」
「いずれレンカの子供や孫がここに来るだろう。……もし何かあった時はお前達が支えてやってほしいのだ」
子供、というと暁と悠か、と二人はすぐに思い至る。この時、既に蓮は二人を産んでいたからだ。
「……それは構わない。でも、なんで私達なんだ?」
「お前達はこの世界においても「イレギュラー」な存在だ。レンカ達と違ってな」
「あなたは唯一、一人だけで世界を滅ぼすことの出来る「世界」のアルカナを持っていますからね」
女の子が口を開く。
「テミス……」
「それに、彼も始まりをつかさどる「愚者」のアルカナ……きっと、あなた達は会うべくして会った二人なのでしょう。カナ姫、ヤナト」
彼女は二人の魂の名前を呼ぶ。かつて「祈療姫」と「幻炎」と呼ばれた魂の名を。
最深部に着くと、アトーンは車を止めた。
「……予想通りだね、私達はこの先に行けそうにない」
降りて確かめるが、本当にアトーンとメントはいけないようだ。
「さすがに現実に戻ろうかな……近くにはいるから、気を付けて」
「はい、ありがとうございます」
ここからは自分達だけだ。二人に見送られ、先に進んでいく。