十二章 起死回生
「お前の提案、受け入れる」
安村がデスティーノに来た時、暁が答える。
「そう。それはうれしいよ」
その答えに、彼は満足そうに笑った。そして「その前に、改心させてほしい人がいる」と提案してきた。
「川幹 彩夏さん。……美佳さんのお姉さんだ」
「……一応聞くが、なんでだ?」
仲間の身内を改心させろ、だなんて。やはりはめるためなのだろう。
「検察官なんだけどね、彼女、今は結果だけを重視しているんだ。でも、今の警察を止められるのは彼女しかいない」
「……そうね」
美佳が寂しげに肯定する。どうやら事実らしい。少し考え込んだ後、顔をあげる。
「私は構わないわ。もともと改心させたいって思っていたもの」
身内がいいのならば、あとは全会一致だ。
「俺は構わないぜ。美佳が困っているんだったらな」
「うん、私も」
全員がコクッと頷いた。それを見て、暁は「だったら、もう少し話し合いをしようか」と告げた。
「それだったら、ボクも入れてくれないかな?」
安村が頼み込んで来る。それに顔を見合わせたが、
「……まぁ、いいんじゃないか?」
暁がため息をつく。
――悠、いいよね?
――うん。そっちの方が嵌めやすいと思う。
――了解。
双子が心の中で話し合っていたのだ。ほかの仲間達は彼らがいいのならと口をはさんでこなかった。
「ありがとう。ボクもあの不思議な力を使うことが出来るんだ」
もちろん、それは知っている。でもあえて「そうなのか?」と目を丸くした。
「うん。だから一応、戦えるはずだよ」
「そうか。それは心強いな」
暁が小さく笑う。
安村が悠の方を見ていた気がするのは気のせいだろう。
「だったら、明日から始めようか」
そういって、この日は解散した。
「本当によかったのか?」
夜、ネコ達を撫でているとロディが尋ねてきた。
「うん。いいよ」
悠は特に気にせず答えた。マリアンも悠を見上げ、「本当に?」と首を傾げた。
「安村のことがもっと分かるかもしれないしな」
「そうそう」
「……まぁ、あなた達が言うなら私達から言うことはないけれど」
ため息をつくマリアンに、「そういえば」と暁は告げた。
次の日、怪盗達はデスティーノに集まる。
「改めて。リーダーの暁だ」
暁が安村にそう自己紹介する。
これは前々から考えていたことだった。悠は反対したが、「これはオレがやった方がいい」とかたくなに譲らなかった。
「悠は女の子でしょ?そんなことは絶対ないと思いたいけど、自白させたくて薬とか使われたらどうなるか分からない。それだったら、男のオレの方が生存確率は高いよ」
「でも、私も言霊が……」
「それもあるんだよ。言霊が暴走するかもしれない。でも、捕まったら誰も止める人はいないんだ。……悠、兄さんの言うことを聞いて」
そう言われてしまっては、悠は何も言い返せなかった。
そうして、今の状況になる。ほかの人達は驚いていたが、ボロを出すまいと黙っていた。
「よろしく、暁君」
安村がニコッと笑いながら暁の手を握る。
さて、ではキーワードが何かということから始まるのだが。
「恐らく、裁判所よ」
美佳がすぐにそう言った。暁が入力すると、反応があった。
「じゃあ、あとは……」
「賭博場、かな?」
不意に、悠が声を出す。それに首を傾げながら入力するとこちらも反応あり。
「なんで分かったの?」
杏が目を見開いた。悠は「……なんとなく?」と告げた。
――本当は分かっていたんでしょ?
暁が心の中で聞いてくる。悠も同じようにうん、と答えた。
――賭博場……ギャンブルだよね。どんなゲームだろうと、勝てば正義負ければ悪という考えが反映しているのかなって。
――なるほど。確かにそうかもね。
「あの、二人ともだんまりしてどうしたの?」
突然黙り込んでしまった双子を安村は心配そうにのぞき込む。それに「いや、気にするな」と暁は彼を見た。
「いつものことだ」
「えぇ、そうね」
ロディとマリアンも言葉を重ねる。まぁ実際、二人だけで話す時は黙っていることが多いのだが。
「そう?それならいいけど……」
「とりあえず、裁判所に行きましょう?」
春香に言われ、全員で裁判所の前まで向かう。
「それじゃあ、行くか」
それを合図に、デザイアに入る。
デザイア内はカジノのようなものになっていた。
「結構眩しいね……」
ジョーカーが呟く。そして安村の方を向き、
「コードネーム、何がいい?」
そう尋ねた。
「コードネーム?」
「本名で呼び合うわけにはいかないだろ?」
ディーアも続ける。それに「なるほど……」と彼は納得したようだった。そして、
「……じゃあ、シャマシュ、がいいな」
「うん、分かった」
彼がそのコードネームでいいのなら、何も言うまい。
「正面から……は難しそうだから別の入り口を探そう」
クラウンが呟く。ちなみにジョーカーは今回、あまりしゃべらないようにしている。
――クラウン、あっちに入れそうな場所があるよ。
その代わり、心の中でクラウンに直接話す。
――分かった。ありがとう。
「そこから入れそうだね」
クラウンが、ジョーカーが見つけてくれた入り口を指さしてそこから入る。
中に入ると、かなり明るくまさに外国のカジノという感じだった。
探索していると、
――クラウン、あのエレベーター……ちょっと調べてくれない?
ジョーカーの心の声にクラウンはそちらを歩く。
「メンバーズフロア……」
「その前に、メンバーカードを探さないといけないみたいね」
エアの言葉に「だったら、それを探そうぜ」とアレスが言った。
その階を探索していくと、「あの」とジョーカーが声を出した。
「ここは分かれて探索しない?さっき、安全地帯も見つけたしそこに合流するってことでさ」
「そうだな。それもいいかもしれないな」
その提案にディーアが頷く。シャマシュが「それなら、ボクはジョーカーとがいいな」と言ってきた。
「うん?まぁいいが……」
ハシスが睨んでいたが、ここは我慢しろとクラウンが目配せをする。
そうしてジョーカーとシャマシュ、クラウンとアレス、ディーアとハシス、イシュタルとアルテミス、エアとイーリスとマリーというように五つのグループに分かれて探索を始めた。
「……それで?私を指名したのには理由があるんだよね?」
皆から遠ざかったところまで歩くと、ジョーカーはシャマシュの方を向く。
「察しがよくて助かるよ」
彼はニコッと、まさに王子様の異名に恥じない爽やかな笑顔を向ける。
「ジョーカー、ボクと一緒に逃げない?」
そして、そんな提案を提示してきた。その真意が分からず、ジョーカーはシャマシュをジッと見つめる。……気まぐれ、とは思えなかった。
「君にとっても悪くない条件だと思うよ?どうかな?」
手を差し出され、ジョーカーはギュッと拳を握り締めた。
「……何が目的?私とあなたは怪盗と探偵……いわばライバル同士だよ」
「うん、そうだね。でもボクは、君にだけは手を出したくないんだ」
その手は震えていた。
――この手を取ったら、きっと被害は及ばない。
でも、それでも。
「悪いけど、私は逃げるつもりはないよ」
その言葉に、シャマシュは「そっか……」と寂しげに笑った。
それが嘘だとはどうしても思えなかった。
そのあと、合流するとクラウンとアレスがカードを二枚持ってきてちゃんと登録したとのことだった。それなら、コインを稼ぎつつ攻略していけるだろう。
「悠、大丈夫だった?」
夜、暁に聞かれ悠は「うん」と頷く。
「少なくとも、妙なことはされなかったよ」
「まぁ、ずっと心の中で聞こえていたからね」
フフッと暁が微笑む。そして抱きしめた。
「……よかった、悠があいつの手を取らなくて」
「当たり前だよ、だって私達、二人で一つじゃん」
自分達はもともと一つの魂、どちらかが消えたら、もはやそれは自分達ではないのだ。
それを遠くで見守っている二つの影があった。
それから、攻略を進めていく。そんな中、真っ暗闇の部屋を探索することになった。
「ここ、脱出出来たらそれなりのコインがもらえるみたいだね」
シャマシュが告げると「やってみる?」とエアがクラウンを見つめた。
「まぁ、構わないぞ。どちらにしろイカサマはされているだろうし、それを解除しながら進まないといけないのは確かだしな」
そしてクラウンはジョーカーを見る。彼女はコクッと頷いたのを見て、
「それじゃ、ここはオレ達が二人で行ってみる。ほかのみんなは別のところを探索しててくれ」
「了解だ、ジョーカーにクラウン」
そのまま、二人は暗闇の中に入った。
トルースアイを使いながら、二人は隅々まで調べる。
「本当に真っ暗だね……」
「うん、何も見えないね……」
皆を連れてこなくてよかった……と二人は思う。こんな中歩くとなるとかなり気を張ってしまうだろう。
ちょくちょく戦闘になりながらも、一掃して出口までたどり着く。
「よかった……何とかコインは手に入ったね」
と言っても、カードにチャージされるシステムなので実際に持っているわけではないが。
合流し、今度は別のところに向かう。皆が探索したのはダイスのところだったらしい。
「イカサマはもう解いておいたぞ」
イーリスが自慢げに告げる。それならとみんなでやることにした。
そうしてここでもある程度コインを集めた後、戻ることにした。そして解散する。
夜、母の実家に向かうと「いらっしゃい」と由弘が出迎えてくれた。
「……二人に死相が見えてるね……。気を付けて」
「……はい」
二人を見た途端顔を曇らせ、由弘はそう言った。
「ちょっと占ってあげるよ、おいで」
二人を上げ、部屋に連れていく。そして占いをしていくと、
「……こんなの初めてだ。先がまったく見えない」
「と、言うと?」
「たとえ死ぬとしても、何かしら見えるんだよ。でもそれすらない。どういうことだろ……?」
本当に出たことがなかったらしい、彼は首を傾げていた。少し考えて、由弘は電話をし始めた。
「もしもし。姉さん?」
どうやら母親に電話をかけているらしいと会話を聞いて分かった。
「うん、こういうことなんだけどさ……あぁ、なるほど」
何か分かったのか、由弘は安心したような、不安になったような表情を浮かべながら電話を切った。
「どうやら運命の分かれ目、らしい。いくつかあるうちから選ばないといけないから、暗闇しか見えないみたいだ」
「そうなんだ……」
「まぁ、その未来を全部見ることが出来る人もいるみたいだけどね」
成雲家の人でも出来ないのに、そんなことが出来る人いるのか……?と思うけれど世の中どんな人がいてもおかしくないということは自分達がよく知っている。
「本当に……気を付けてね。仕事のことに関してもさ」
「え、知っていたんですか……?」
まさかそんなことを言われるなんて思わず、目を丸くする。「一応、ある程度は見ることが出来るからね」と由弘は笑った。
「大丈夫、誰にも言わないよ。二人がそんなことするって思っていないし」
そして二人のことを知っているからこそ、味方でいてくれた。
「……ありがとう、由弘さん」
「もう少しゆっくりしていきな」
涙を流してしまう二人に、由弘は優しく触れた。
それからも順調に攻略していき、最後にバトルアリーナのような場所に来る。
「参加者を二人選んでください」
受付に言われ、顔を合わせる。
「……ボクは、ジョーカーとクラウンがいいと思う」
シャマシュの言葉にアレスが「なんでだよ?」と睨んだ。
「私はいいよ」
同意したのは意外にもジョーカーだった。
「しかし、危険では……」
「相手はどんな卑怯な手を使ってくるか分からない。それだったら複数のアルターを使える私とクラウンの方が十分に対応できるよ」
確かに、普通の人であればアルターは一体……つまり、特定の呪文しか使えないのだ。それに対して二人は「神の祝福」持ちでアルターが何体も使える。その分、柔軟に対応できると言っても他言ではないだろう。
「……それならいいが……」
ハシスは不安そうだ。それを感じ取ったのか「大丈夫だって」とジョーカーは笑う。
受付をし、二人はアリーナ内に入る。ほかの人達は観客席からそれを見ていた。
最初に出てきたのは三体のエネミー。この時点でルールガン無視である。
「……おいで、プシュケ」
ジョーカーが自身のアルターを召喚する。そして光呪文を放った。
一掃され、次に現れたのは四体。こちらはクラウンが一掃する。
最後は一気に六体も出てきた。
「どうする?」
「もうぶっ潰してもいいんじゃないかな?」
なんか物騒な言葉が聞こえてきた気がする。
その言葉に違わず、二人は容赦なしにぶっ潰しにかかった。ジョーカーがプシュケのステータスアップの呪文を使って攻撃力を上げ、クラウンがさらに強化させる。エネミーの攻撃を避け、
「来い、エレボス!」
「おいで、プシュケ!」
そしてそのまま、万能呪文で一掃してしまった。
「……こえぇ……」
アレスが怯えたように呟く。いつの間にあの呪文を覚えたんだよ?
二人が戻ってくると、支配人エリアに向かう。
「……よし、ちょうどあるね」
シャマシュがチャージされているコインを確認し、オタカラのルートを確保する。実体化する前のオタカラもあることを確認して、現実に戻ってくる。
実行日をいつにするかなのだが、
「二十四日にしない?」
安村に提案され、暁が「あぁ、構わない」と即答する。
「っていいのかよ!?」
「準備したいものがあるからな」
暁がニコッと笑うと、悠もそれにつられて微笑んだ。何のことだろうとほかの人達は顔を見合わせるだけだった。
夜、少し出かけてくると白田に伝えて双子は裏路地に向かう。
「よっ。久しぶりだな」
そこには暗闇には似つかない白い男が立っていた。
「光助おじさん、ごめんね、急に」
「別に構わない。……異世界に行きたいんだよな」
そう、母親の双子の弟の成雲 光助だ。事情を説明して、無理を言ってこっちに来てもらった。
光助が「行くよ」と歩き始めると、なぜか周囲が歪みだした。気付けば人ひとりいない。
「……え?」
「オレ達はこうやって自由に行き来できるんだ。二人もいずれ出来るかもしれないな」
そう言いながら、拘置所のところに連れて行ってくれた。
「基本、囚われるとしたらここ。ここの地下に……」
誰もいないことをいいことに、勝手に中に入って地下に入っていく。
地下は異様な空気が漂っていた。
「ここで自白させようとするんだ。ここに連れ込まれたらいろんな手段を使われる」
「それは……」
「奴らはメンツが命だからな。どんな手を使ってでも自白させてくる」
その言葉にゾッとする。本当に警察がやることなのか?
「……大人って汚いものでな。弱い者を踏みにじることにためらいがない人が多い。それこそ、君達みたいな子供ですら踏みにじる」
「…………」
「オレも昔、大人達に利用されるだけされていた。逆らうことなんてできなかった。そんな時、姉さんに助けてもらったんだよ」
それこそ、命をかけてねと光助は笑う。どういうことだろうと顔を合わせると彼は頭を撫でた。
「……大丈夫。君達もきっとうまくいくよ」
どこか寂しそうに呟く彼に、言いようもない悲しみが胸に流れ込んできた。
ここはどこ?
悠は白い空間をキョロキョロ見渡す。
兄さん、どこにいるの?
片割れを探そうとするが、そこから動けない。捕まっているわけでもないのに。
「悠君」
どこかで聞いたことある声に周囲をもう一度見渡すが、やはり誰もいない。
不意に、目の前に映像が流れた。それは雨の日に起こった事故だった。
「……これは……」
この、赤い子はどこかで見たことある……。でも、なんで同じ顔の子が二人いるの?
どこで?忘れてしまった。なんで?絶対に知っているハズなのに。
「――はく――」
事故に遭った子はなんて言ったの?あなたは私に何を伝えたいの?
私に何をしてほしいの――?
悠が飛び起きた衝動でマリアンも起きてくる。
「ど、どうしたの?ユウ」
顔を覗き込むと、真っ青になっていた。もうすぐで十二月になるというのに、服も汗でかなり濡れている。
「……な。なんでも、ない……」
私はどんな夢を見ていたの?
何か見たというのは覚えているのに、内容が思い出せない。ただの夢ではない、ということだけは分かるのに……。
「……疲れているの?」
「……そうかもしれない」
自分でも分からないのに、マリアンに分かるわけもない。
「そう……それならもう少し寝た方がいいわよ。最近あんまり眠れていないでしょ?」
実際、今も夜中の三時だ。最近、悠の眠りが浅いのは近くで寝ているマリアンも気付いている。
「……うん、そうだね」
でも、寝たらまた変な夢を見てしまいそうで怖かった。
そんなことがありながら、ついに実行日が来た。予告状は美佳に任せている。
「兄さん、気を付けてね……」
皆が集まる直前、悠に言われ暁は「分かってるよ」と微笑んだ。
デザイアに入り、オタカラのところまで向かう。そこには美佳に似た女性が立っていた。
「あらあら?噂の怪盗団じゃない」
「お姉ちゃん……」
エアが呼ぶと、「何よ、その目」と彼女を見た。
「この世は強者こそ正義よ、弱者はただ食われるだけ」
「昔のお姉ちゃんはそんな人じゃない!」
「あの人の生きざまを見たら、そう思ったのよ。あなたこそ分かっているでしょ?」
あの人……?とジョーカー達が首を傾げる。
「くだらない正義のために私達を遺して……あんな男のせいで、私がどれだけ苦労したか分かっているの?」
「お父さんは悪くないじゃない!」
「黙れ!あなたは知らないからそんなこと言えるのよ!」
その叫びとともに、川幹は化け物の姿になった。
エアがギュッと手を握ると、ジョーカーとクラウンがその手を包む。
「大丈夫」
「改心させよう」
その言葉に「……うん」と頷いた。
戦闘が始まる。ジョーカーとクラウンが攻撃力を上げ、一気に叩き込むが。
「させるわけないわよ」
川幹が反射の壁を作ってしまう。うかつに手を出せない状態になったが、ジョーカーがボソッと何かを呟く。
「マリー、ちょっと気を引いててほしい」
「いいけど……どうするつもり?」
白ネコの質問には答えず、ジョーカーが前に立った。
「あなただけでどうにか出来ると思っているの?」
余裕の笑みを浮かべながら、川幹は魔力を溜める。しかし、ジョーカーは動かない。
「ちょ、ジョーカー!危ないよ!」
シャマシュが叫ぶと同時にそれが放たれた。
ジョーカーに直撃した攻撃はしかし、なぜか跳ね返された。驚きで動けずにいた川幹を守っている壁に当たり、それが壊れる。それを見て、ジョーカーは笑う。
「成功したみたいでよかった」
実は先ほど、言霊で反射するようにしていたのだ。それだけでなく倍にして壁が壊れるように調整もした。
再び反射の壁を張られる前に、全員で攻撃をしていく。さすがの川幹もその猛攻には耐えられず、そのまま倒れて元の姿に戻った。
オタカラを取ると、イーリスが突然慌てたように「ちょっと、緊急事態!」と叫ぶ。
「どうした?」
「警察が入ってきてるよ!」
予想通りではあるが、実際に入ってきてしまうと驚いてしまう。しかし冷静に「オレが引き付けるから、先に脱出してて」とクラウンが告げた。それに、ジョーカーは頷く。
クラウンが大胆な動きをして警察の気を引いている間、イーリスによって脱出口まで走っていった。
――兄さん、大丈夫?
ジョーカーが尋ねると、クラウンは大丈夫と答えた。
――少ししたらシャットダウンするね。
――分かった。でも苦しかったら開放してよ?
――悠に痛い思いはさせたくないなぁ。
――私だって兄さんに痛い思いをしてほしくないよ。
心の中で会話をしていると、クラウンはステンドグラスを割って外に出た。ここで一度シャットダウンする。
そのあと、クラウンは捕まってしまう。ジョーカーは皆を先に現実に戻した。
――ここも、もうすぐ崩れる……。
誰もいないか。川幹は無事かと考えながら、それを見守っていた。
完全に崩れる直前、黒衣の二人組が見えた。
暁は一人、地下の尋問室に入れられていた。そこで散々な目に遭い、違法の自白剤のせいでぼんやりとしか思い出せない。
そこに、川幹が入ってくる。彼女は舌打ちをしながら暁に今までのことを聞いていった、
悠はデスティーノで一人、座っていた。
「ごめん、ロディ、マリアン。一人にさせて……」
兄のことが心配でどうしようもなかった悠は二匹にそう頼んだのだ。朝日が二匹を家に連れて行って、夜の喫茶店に本当に一人でいた。
白田は何となく悟っているのか、明日は緊急休業にすると言ってくれた。
「……兄さん……」
悠が呟くと、隣に気配を感じた。見ると、クラウンが立っていた。
「悠、大丈夫か?寝なくていいのか?」
「兄さんが一人で戦ってるのに、眠れないよ……」
そう言ってしまうと、クラウンは隣に座る。
「そうか。それならオレも、近くにいるよ」
「……ありがと……」
「暁の方は、ジョーカーが向かってくれている。何かあっても守るようにする、だと」
それを聞いて、少し安心した。
一方、暁は川幹を説得することに成功していた。川幹が出た後、隣に気配を感じ取って痛む身体を向けるとジョーカーが立っていた。
「……大丈夫だ、暁。オレが守ってやる」
そう言いながら、拳銃を取り出していた。尋問室の扉が開くと、そこには川幹の姿。
「……え?あなたは……」
「悪い、彼を早く連れ出してくれ」
ジョーカーを見て戸惑う彼女を無視し、暁を頼む。川幹は慌てた様子で暁を支え、
「手伝って……」
黒衣の女性にも頼もうとするが、一瞬目をそらしたすきに消えていた。疑問に思いながら、必死に自分の車まで暁を運んだ。