十章 深海基地は絶望に導く
次の日、春香も集まり最終確認する。
「本当にいいんだね?」
「うん」
それならいいと悠はデザイアの中に入る。
「いつ見ても壮大だな……」
クラウンが呟く。
「そういえば、奥木さんのコードネームどうする?」
ジョーカーが春香の方を向くと、彼女は「……アルテミス、とかダメかな……?」と聞いてきた。
「もちろんいいよ。それじゃ、お願いね。アルテミス」
春香のコードネームも決まり、みんなで先に進む。
「えっと……ジョーカー、でいいんだよね?」
「うん。どうしたの?アルテミス」
彼女はタジタジしている。ジョーカーは「何かあったなら、すぐ言ってほしいかな?対策とかできるし」と告げる。
「……うん。ありがとう」
「もしくは、クラウンに言ってもらってもいいから。疲れてると前みたいになるかもしれないからね……」
ハハ……とジョーカーの乾いた笑いに、アルテミスも緊張が解けたようだ。クラウンの方を見て頬を染めていたのは気のせいではないだろう。
進んでいくうちに、アルテミスはジョーカーとクラウンのコンビの強さを思い知った。
「ジョーカー!」
「任せて、クラウン!」
(これ……私達いるかな……?)
あまりに強すぎる双子にそんなことを思ったが、サポートぐらいは出来るだろう。
広いところに出ると、ロボットが阻んできた。
「倒そうか」
「うん」
アルテミスがジョーカーの隣に立つ。彼女の横顔を見ると、かなり真剣に真っすぐ見つめていた。
「アルテミス、多分念力が弱点だと思う。使える?」
「うん。来て、イオ!」
その声とともに、美しい服を着た女性が現れる。頭には牝牛の角が生えていた。
そのまま、念力呪文を唱えるとロボットは怯む。そのまま、一気に畳みかけて倒した。
「ロボット……社員をこんな風に思っているんだな……」
クラウンが呟くと、アルテミスは悲しげな表情を浮かべた。
「改心させよう、アルテミス」
下からディーアが言うと、アルテミスは「……うん」と頷いた。
安全地帯も確保し、今日は帰ろうと現実に戻った。
その夜、悠が散歩に出ていると「やぁ」と声をかけられた。見ると、安村が立っていた。
「あ、安村君。こんばんは」
「こんばんは、悠君。今、デスティーノ開いてる?」
「あー、ちょうどさっき閉まったけど……私が淹れてもいいなら、来てもいいよ」
「うん、構わないよ」
ニコッと笑顔を浮かべられ、悠は安村とともにデスティーノに戻る。いつもより早く戻ってきたことを不思議に思った暁が下に降りてきた。
「あれ?安村」
「やぁ、お邪魔させてもらうよ」
「どうした?」
「コーヒーが飲みたいんだって」
座って、と悠がコーヒーを淹れ始める。
「いい匂いだね」
「そうだな」
男同士で話していると、悠が二人の前にコーヒーを出す。それを飲みながら、安村は悠の方をジッと見ていた。
「……どうした?悠の方を見て」
「うん?……何でもないよ」
暁の問いに小さく笑って誤魔化す。
――この恋心は、勘づかれてはいけない。
その想いを飲み込むように、安村はコーヒーをすすった。
それからしばらくデザイアの攻略に勤しんでいたが、ある日悠の表情が浮かないことに気付く。
「どうしたの?悠」
暁が尋ねると、「あ、兄さん……」と何を言うか悩むしぐさをした。
「……その……何でもない……」
口を開いては閉じを繰り返してから出した言葉もそれだった。さすがに違和感を覚え、「何かあったなら言った方がいいよ」と杏もそう言うと、悠はうつむく。
「……あの、さ……奥木の改心、少し考えない……?」
やがてためらいがちにそんな提案を出された。
「どうしたんだよ、急に?」
信一が身を乗り出す。悠は黙ったままだ。
――夢で奥木が死ぬ夢を見た、なんて言っても意味ない。
悠はどういうわけか、夢で見たことが現実になりやすい体質らしい。それが原因で夢を見るのが怖かった。
しかも、今回のその夢はいつも以上に現実じみていた。それも相まってそんな提案をしたのだが……。
「……ううん、やっぱりいいや。ごめんね、急に」
今、この士気を下げるわけにはいかないと無理に笑顔を浮かべた。
「そうか?悠、無理していないか?」
優士が尋ねるが、悠は首を振るだけ。
「……それだったら、今日のとこはアザーワールドリィの方に入るか?」
朝日の言葉に、全員が頷く。
この日はアザーワールドリィに入って依頼されていたものをこなしていった。体力的にも余裕があったため、そのまま奥まで入っていく。
「アルテミス、慣れてきたか?」
「えぇ、ジョーカーとクラウンがサポートしてくれるからだいぶ慣れてきたよ」
クラウンが運転席から尋ねると、アルテミスはニコッと笑った。「それならよかったよ」と助手席に座っているジョーカーは笑う。
「今日はここまでにするか?」
ディーアの言葉に「あ、私とクラウンはここに用事あるから、先帰ってていいよ」とジョーカーが言う。
「そうか?……なんかあったなら、一緒に行った方がいいと思うぞ?」
「ううん、本当に大丈夫」
「それならいいけど……」
納得していないようだったが、怪盗達は先に現実に戻った。ジョーカーとクラウンは歩きで奥まで進んでいく。
「……ジョーカー、違和感は」
「うん、あるね。……イーリスで感じ取れないなら、多分守り神の血を引いている人にしか感じないものなのかも」
「やっぱり、そうだよな……」
会話をしながら先ほど来た開かない扉にジョーカーが触れると――なぜか開いた。
「え?」
予想外の展開に二人は目を丸くする。
「さっき、開かなかったよな?」
「うん、確かに開かなかったハズだけど……」
目を丸くしながら、二人は先に進んでいく。
『御子様と姫様だ』
そんな言葉が聞こえてきた。御子様に姫様……?と疑問に思いながら周囲を見渡す。……エネミーが襲ってくる気配はない。
「な、なんか……不思議な感じだね……」
「さっきまで襲ってきていたのが嘘みたいだ……」
なぜなのだろうか?分からないが、好都合だ。
――いつの間にか、白いところに出てきた。アザーワールドリィ……?と思ったのだが汚れない空気が流れている。
「ここは……?」
キョロキョロしながら進んでいくと、祭壇のようなものが現れた。石の椅子もあり、なんだろうかと見ていると、
「人間の客人なんて珍しい」
そんな声が聞こえてきた。びっくりして周囲を見渡すが、誰もいない。
「そんなに驚くな。私は主に代わってここを管理している者だ」
見えない誰かが二人に対して話しかけている。
「あ、主……?」
「そうだ。ここは守り神が支配する唯一の場所。お前達が「アザーワールドリィ」と呼んでいるあそことは似て非なるものだ」
「ここは異世界なの?」
それに声の主はククッと笑う。双子は顔を見合わせていると、目の前に鏡が出てきた。
覗き込むと、そこには黒髪に青い目の、男性か女性か分からない青年が映りこんでいた。
「これは……」
「前世のお前達の姿だ。ふむ……やはり、お前達はもともと一つの魂だったのだな」
「一つの、魂……」
「あぁ、お前達がここに迷い込んだのも何かの縁だ。答えてやろう」
その言葉に、二人は意を決して尋ねてみることにした。
「あの、前世って……」
「先ほども言った通り、お前達はもともと一つ……珍しいこともあるものだ。……いや、お前達は守り神の血筋だったな」
なぜそのことを知っているのだろうか?声の主は「お前達から同じ力を感じる」と笑った。
「守り神の血筋の者は、双子だと同一の魂であることが多い。……お前達はもともと両性具有の者だったから、男女の双子になったのだろう」
どうやら双子の推理は当たっていたらしい。しかしそこでふと思い出す。
「あれ?お母さんも双子だよね。それも前世が両性具有だったから?」
そう、母親も双子だ。その理論だとそうなるのだが。
「成雲 蓮のことか?……彼女の場合は例外だ」
例外……?と疑問符を浮かべていると、
「彼女はここを守る者。そして世界を守ることを命じられた者だ。かの弟はそれを支えるために同時に生まれたのであって、彼らは別々の魂だ」
ここを、守る者……。でも、母親は人間のハズだ。異世界で生まれているわけが……。
「まだお前達にはこの真実は早かったようだ」
謎の声は不気味に笑う。どういうことだろうと口を開けたところで、
「そろそろ帰るといい。また機会があるならば、もう一度ここに来るだろう……」
ハッとなった時には、アザーワールドリィに戻っていた。どこを見渡しても、あの白い場所はない。
「……なんだったんだろ……」
二人して顔を傾げるが、ここで考えていても意味がないと一度現実に戻る。
帰る途中、自動販売機でコーヒー缶を買って公園に寄った。
「……守り神、か……」
暁が呟く。「確かに、成雲家は守り神の家系って言われていたよね」と悠は続けた。
「…………」
そこから、二人に会話はなかった。
デスティーノに戻ると、穏やかで気品のある女性が座っていた。
「ごきげんよう。お邪魔させてもらってるよ」
「ほのかさん」
彼女は咲中 ほのか。旧名は「桜田 ほのか」で両親の友人で女社長だ。数年前に出所した咲中 ひろとと結婚し、二人で協力して会社に尽くしている。
「暁君、大変だったね……私の方でも社内で情報収集しているんだけど」
「いえ、それだけで十分です」
コーヒーを淹れ、双子も座る。先に帰っていたネコ達は双子の膝に乗ってきた。
「コーヒー、ありがとう」
ほのかはコーヒーを一口飲み、「うん、おいしい」と穏やかに笑った。
「冤罪の件に関しては涼恵さんの方も、なんとか情報を得てきているみたい」
「そうなんですね……」
「えぇ、今までこんなに苦戦したことないってぼやいてた」
あの人がそこまで言うとは……と思いながらコーヒーを飲む。
「……学校とか慣れた?」
「はい、なんとか」
「そう……いいことだね。でも、そういう時こそ油断したらダメだよ。気を抜いたら問題が起こるかもしれないからね」
そう言われ、悠は目を伏せる。
――やっぱり、言った方が……?
でも、どうしても不安にさせたくない。
「……それじゃ、私はもう帰るね。お仕事でこっちに来たから」
ほのかが立ち上がり、「それじゃ、また今度」と優しく笑って帰る。
そのまま、二人は二階に上がる。
「ワガハイ達、もう寝るぜ……」
「おやすみ……」
ふぁあ……とネコ達が寝たことを確認した後、悠は兄に打ち明ける。
「……あのね、兄さん」
「どうしたの?」
「……夢を、見たの。その……奥木が、死ぬ夢……」
なるほど、と暁は理解した。彼も同じように夢が現実になる確率が高い人間、不安になるのは当然だった。
「……それは怖かったね。大丈夫、何があっても悠は絶対に守ってみせるよ」
頭を撫でると、悠はギュッと手を握ったのが見えた。
「……でも、ここで止めるわけにいかない……」
「……うん、気を付けて進もうか」
本当は嫌だろう。でも、ここで止まっては皆のやる気に関わると分かっているから。
数日間、デザイア攻略を進める。
「……本当に酷いな……マインドコントロールで支配している……」
クラウンの言葉に、ハシスが悲しげな表情を浮かべた。彼ももともと操られていた身、どこか同調するところがあったのだろう。
ジョーカーがハシスの手を取って先に進む。これ以上、見せないようにするためだろう。
「……すまない」
「大丈夫。……もうそんな思いはさせないから」
その姿はまるで迷う人を導く天使のようだった。
そうして、なんとかオタカラのところまでたどり着く。
「これがオタカラ?」
「あぁ、あとは予告状を出すだけだ」
ディーアが答えると、アルテミスは目を伏せた。
「……予告状は準備しておく。あとはアルテミスのタイミングでやろう」
ジョーカーの言葉に「……ありがとう」と彼女はお礼を言った。
解散し、朝日とともにデスティーノに戻る。
「暁と悠の後ろは落ち着く……」
「コパンザメ?」
「ちが……!わない……」
「冗談だよ……」
悠がクスクスと笑う。
「うー……お兄ちゃん、お姉ちゃんがいじめてくるー」
「こら、悠。ダメだぞ」
「はーい」
朝日がわざと暁に助けを求めると、二人もそれに乗ってくれた。
「あなた達、本当に兄妹みたいよね」
マリアンが顔をのぞかせると、「大事な妹」と悠が朝日を抱きしめる。
「わーい、お姉ちゃんだー」
「悠は末っ子だからな」
うれしいんだろ、と暁も笑う。デスティーノの中に入ると、
「おう、おかえり」
白田がいつものように出迎えてくれた。彼と一緒に朝日が家に帰ったところで、二人は外に出る。
「どこに行くんだ?」
「ん……ちょっと散歩に行きたいなって」
カバンの中からロディが声をかけてきたので、暁がそれに答えた。
少し歩いていると、工事中の建物の前にあきがいることに気付く。
「あきちゃん?」
「あ、先輩」
彼女も二人に気付いたらしく、駆け寄ってきたのだが周囲が歪み始めた。
「……あれ?」
気付けば、怪盗服になっていた。あたりを見渡すと、工事中の建物が白い建物になっている。……どうやら、誰かのデザイアのようだ。
「これ……」
「な、なんですか……?」
「あきちゃん、こっちに」
幸いと言うべきか、門のところまで行けば出られそうだ。
しかし脱出するというところで、エネミーに憚られた。
「危ない、下がってて」
クラウンがあきを庇い、ジョーカーがすぐに斬り捨てる。そしてそのまま現実に戻った。
「一体何だったんだ、あのデザイア……」
ロディが足元から声をかける。「分からないわね……」とマリアンが答える。
「あの、さっきの場所は……」
あきが双子に尋ねるとさすがに見られてしまったからと事情を説明した。
「え、もしかして……先輩達が怪盗なんですか?」
驚きを隠せていないあきに二人は頷く。まさか身近な人間が怪盗なんて思わないだろう。……協力者達もかなり驚いていたし。
「そう、だったんですね……」
「今日見たものは忘れてくれると嬉しい。一般人をあんなところに連れて行くわけにもいかないし」
「……………………」
そう言われたあきは、寂しげな表情を浮かべていた。
そうしてオタカラを盗む日、春香が父親に渡してくれたようだ。
デザイア内に入ると、警戒度が上がっているのが分かる。ジョーカーが言霊で見えないようにオタカラのもとまで向かう。
「……これが、オタカラ……」
現れていたのは、大きないかりだった。取ろうとするが、その前に上空に持っていかれた。
「追いかけよう」
怪盗達は走って上がっていく。そこには奥木のフェイクが座っていた。
「オタカラを盗ませてもらう」
「フン、盗ませてたまるか。私は海の王になるのだ!」
何を訳の分からないことを……と思いながらジョーカーとクラウンがナイフを構える。
すると、目の前にロボットが出てきた。
「こいつらが相手だ!」
大声で笑うが、ジョーカーは一瞬にしてロボットを焼き払った。
「次」
「く、クソッ!」
再びロボットが出てくると、今度はクラウンが雷で壊した。
「次」
「な、なんだ……!こいつら……!」
もう一度出てくるが、双子はすぐに一掃した。
「「次!」」
「せ、専務!」
すると、大きな図体のロボットが出てきた。顔を青くしていた奥木も、さすがにこれには勝てないだろうとほくそ笑んでいた、が。
「ジョーカー」
「了解」
ジョーカーが言霊で動きを止め、クラウンが呪文を唱える。そして二人でとどめを刺してしまった。
奥木にとって、この二人が悪魔に見えていた。カタカタ震えていると、クラウンがオタカラを手に取り、
「改心しろ。命までは取らない」
そう言って、背を向けた。
デザイアが崩れ始める。ディーアが慌てて車の姿になり、それに乗った。ジョーカーがバックミラーを見ると――。
(――――――――っ!?)
奥木のフェイクが血を流して倒れたのが、見えた。
その夜、悠の表情が浮かないことに気付いた暁は「どうしたの?」と声をかけた。
「うん……その……」
「言いにくいこと?」
「……あの、ね……奥木が、血を流して倒れたのが、見えて……」
その言葉に、暁は目を見開く。
「え、なんで……?」
「分からない……ただ、そう見えただけかもしれないし……」
それにしては顔が青くなっている。気のせいではすませられないのだろう。夢のこともあるし、不安になるのは当たり前だ。
「……今回は気を付けた方がいいかもね」
「うん……」
暁も胸のモヤモヤ感を覚えながら、悠の肩を抱きしめた。