九章 自分は一体何者?
それから朝日が目覚めるまで様子を見ることにし、一応佑夜には報告しておいた。彼は「分かった」と小さく笑ってくれた。
「暁、悠、最近どうしたの?」
ある日、一緒に遊んでいた杏に聞かれた。双子は目を丸くして「いきなりどうした?」と聞き返した。
「なんか悩んでいる気がしてさ。気のせいだったらいいんだけど……」
そう言われ、双子は顔を見合わせた。
実際、悩んでいることは事実だ。でも、これは自分達で解決しないといけないことだ。
「……なんかあったら、相談してね」
心配そうにしながら、杏はそう言ってくれた。
夜、由弘に連絡して母親の実家に向かう。
「いらっしゃい、二人とも。今日は泊まっていいからね」
「ありがとう」
その気遣いに双子は感謝する。今回、少し調べたいことがあったからだ。
双子が書庫に入り、本を読み始める。ネコ達は由弘が預かってくれている。
「悠、なんか見つかった?」
「うーん……ないね……」
二人が探しているのは家系図やその伝記などだ。もしかしたら何か分かるかもしれないと思ったのだ。
――双子でも、互いのことが分かるのはおかしいわ。
美佳に言われたことが、どうしても忘れられなかった。
「……ねぇ、今気付いたんだけど……」
「どうしたの?」
「成雲家の直系って、母さんのところ以外全員男性だ……」
暁の言葉に、悠は顔をあげる。その瞳は驚きで開いていた。
「不思議だ……」
「待って、成雲家の起源となった人もおかしくない?」
悠が本を見せてくる。何がおかしいのかと見てみると、
「……男性なのに、男の人と結ばれてる……?」
「うん。守り神とされる人は女の人だからそこは問題ないけど……両性具有の人でもない限り、そこから子供が生まれるなんて……」
しかも、完全な両性具有でなければ子供なんて出来ない。
神話に描かれている両性具有は完全だが、現実では不完全なもので基本的に、どちらかの機能は存在しないのだ。
「……両性、具有……?」
双子はお互いを見つめる。
「男の暁と……」
「女の悠……」
そう、お互いに呟く。
黒い髪に、青い瞳……これは……。
何かを思い出せそうだったが、どうしても霧がかかったように思い出せなかった。
白田の許可も得て何日か泊めてもらい、双子は何となくだが自身の正体に思い至った。
「もう大丈夫?」
「うん、ありがとう、由弘さん」
「二人が納得したなら、構わないよ。またおいで」
由弘にお礼を言って、二人はデスティーノに戻った。
「どうしたんだ?二人とも」
「ん……ちょっと調べものをしたかったんだ」
「そう?何か分かった?」
「うん。本当になんとなくだけどね」
ネコ達に質問され、双子は答える。あとは自分達で考えるだけだ。
「そうか……なぁ、いいか?」
「どうした?ロディ」
「……いや、何でもねぇ」
そういえば最近、ネコ達の元気がない気がする。どうしたのだろう?
しかし、何度聞こうとしても答えてはくれなかった。
協力者達と過ごしながら、朝日の目覚めを待つ。
「うーん……なかなか目覚めないね……」
その言葉に「そろそろやばいぞ……」と信一が焦りを見せる。
「佑夜さんは何とか準備しているみたいだけど……」
「うまくいくか分からないもんな……」
とりあえずとアザーワールドリィのターゲットを共有する。
実は、協力者達が困っていたようだったので名前を聞いてきたのだ。この日はその依頼をすべてすませようと集めた。
「てかお前ら、そんなにやってたんだな……」
信一が双子の方を見る。悠はパソコンでバイトをしていて、暁も内職をしている。
「私に出来るの、これぐらいだしね」
「少しでも資金を貯めておきたい」
「あと、意外とターゲットの情報を得られたりする」
「あぁ、そう……?」
ちなみにこの時、暁は五個ほど掛け持ちしていた。悠は悠で夜遅くまでやっていることがある。
「……二人とも、一日くらい休みなさい」
美佳が小さくため息をついた。
「あ、休むと言えば……信一君、夏休みの宿題終わってる?」
悠が今思い出したように一番問題であろう人物を見た。ちなみに双子はもちろん終わっている。
「俺は終わっている」
「私はもう少しかな?」
「私もあと一つよ」
後の三人はそう言ったのだが、聞かれた本人だけは目をそらしていた。……やっぱりか。
「……悪いことは言わないから、帰ったらちゃんとした方がいいよ」
「泣きついても手伝わねぇぞ」
「うっせネコ……」
ガクッとうなだれる。……こりゃ、最終日に泣きつかれる予感。
それはさておいて、怪盗達は異世界に入る。
「さて……仕事をしながら行けるところまで行こうか」
いつものようにクラウンが運転し、ジョーカーが助手席に座ろうとしていると、
「なぁなぁ、たまには俺が助手席に乗るぜ?」
「は?」
「急にどうしたの?」
アレスがジョーカーを後ろの席に押し込み、助手席に乗る。双子は首を傾げていた。
ジョーカーの隣にはハシスが座っていた。彼は最初、あたふたしていたが恐る恐るジョーカーに触れてきた。
「……っ?」
彼の方を見ると、頬を染めながら落ち着きなく目を動かしていた。
はじめは目を丸くしていたジョーカーだったが、兄や周囲の男性陣のせいで慣れてしまっている身、何も考えずハシスの頭を撫で始めた。
「……っ何をしている?」
「撫でてほしいのかなって」
小さい声で聞かれ、同じように小さい声で答える。ハシスはため息をついて、
「……君らしい……」
そう呟く。一部始終はちゃんと見られており、
「おいおい、後ろでイチャイチャすんなよ」
「なます斬りにするぞ」
「こえぇ!」
アレスがからかうと、ハシスは睨みつけた。「あんまりからかっちゃダメよ……」とエアが困った表情を浮かべる。
「…………?」
結局、何をしたらよかったのか分からないジョーカーだった。
改心させながら行けるところまで行き、そこから戦っていく。
「ジョーカーとクラウン、コンビネーションいいな」
ディーアが言うと「そうか?」とクラウンが首を傾げた。
実際、双子はかなりコンビネーションがいい。どちらかがエネミーをダウンさせた後、もう片方がとどめをさすことがほとんどだった。
「やはり、心で繋がっているからか?」
ハシスが尋ねると、ジョーカーは「うーん……どうだろ……それもあるとは思うけど……」と考えた。
「何かあるの?」
「……ううん。多分そうだね」
イシュタルが首を傾げたのを見て、ジョーカーは慌てて訂正する。
どうしたのだろうとほかの人達は思ったが、踏み込むことは出来なかった。
朝日が目覚めないまま、ジュシェが定めた日が来てしまった。さすがに佑夜に頼もうと下に降りると、朝日が座っていた。
「おう、おはよう」
「お、おはよう……」
「起きたんだな」
何事もなかったかのように居座っていて、いっそ脱力した。白田は驚きながらも嬉しそうに朝食を作っていた。
「あとで一緒に来てくれ」
朝日が小さな声で呟き、双子は頷く。
朝食を食べ、白田の家に向かう。朝日が「どうしてほしい?」とパソコンの前に座って聞いてきた。
「ぶっ潰していいぞ」
「了解した」
容赦のない暁の言葉にロディは「ほどほどにしろよ……」とため息をついた。それに朝日は驚いたようだが、悠が「気にしなくて大丈夫だよ」と言うとそのまま作業を続けた。
そのまま、夕方まで作業をしていて双子やネコ達はウトウトしていた。その時朝日の「終わったー!」と言う叫びに驚いて目が覚めてしまった。
「終わった?ありがとう」
悠がお礼を言うと、朝日はクッションを取り出してそのまま机の上で眠ってしまった。さすがにそのままというわけにもいかず、暁が朝日をベッドに寝かせてデスティーノに戻った。
夜、そのことをみんなに連絡する。すると安堵のメッセージが送られてきた。そのあと、少し外に出てファントムゲートがある場所に来る。
「囚人、来たな」
「では、私達を指定の場所に連れて行くのです」
そう言われ、双子は苦笑いを浮かべた。
最近知ったのだが、ファントムゲートは現れていたらどこからでも入れるらしい。よく「連れていけー」と言われていた。
双子は二人を連れて、プラネタリウムに連れて行った。
「ほぉ……きれいだな……」
「そうですね」
その言葉とともに、「力」と言う言葉が浮かんできた。
力は十一番目、もしくは八番目のカードで正位置だと「力量の大きさ、強固な意志、不撓不屈、理性、自制、実行力、知恵、勇気、冷静、持久戦、潜在能力の引き出し、成熟」、逆位置だと「甘え、引っ込み思案、無気力、人任せ、優柔不断、権勢を振るう、卑下」になる。意味は「力・勇気・寛大・名誉」だ。
ファントムゲートまで送り届けると、次はあそこに連れて行ってくれ!と言われた。
次の日、みんなで集まっていると朝日がデスティーノにやってきた。
「おはよう」
美佳が声をかけるが、朝日は緊張しているのか暁と悠の間に隠れる。
「大丈夫だよ、朝日」
暁が頭を撫でると、彼女は涙を浮かべながら彼の方を見た。
「ほら、そろそろ店を開けるから上に上がれ」
白田に言われ、怪盗達は二階に上がる。「ポットある?」と朝日に聞かれ、悠は「あるけど……」と水とポットを取り出した。
「焼きそば……」
「あ、そこにあるからもらっていいよ」
暁がカップ焼きそばを渡すと、朝日はマイペースに作り始めた。
「なぁ、俺も……」
「お前は自分で買ってこい」
「俺には……」
「いいよ」
「ひでぇ!」
「優士君は金欠なんだし、仕方ないじゃん」
信一がうなだれる中、優士もカップ焼きそばを取って作り始めた。
「……買い出しに行こうかな。どのカップ麺食べたい?」
悠が立ち上がると、残りの人達も「焼きそば!」と言ってきた。
一時間後、全員で焼きそばを食べて朝日に声をかけるが一言二言話すだけで会話をしようとしない。唯一双子が話しかける時だけ会話が続く。
「困ったな……これじゃコミュニケーションが取れないぞ……」
優士が呟く。美佳が「それなら、明日から一緒に過ごしてみる?」と提案すると朝日はビクッと肩を震わせた。
「お、いいな」
「私、お菓子とか買ってくるよ!」
「ヤバイ、選択肢あるけど一つしかないパターンだ」
怯えたような声を聞いた悠は「大丈夫だよ」と微笑んだ。朝日はギュッと服を握って頷いた。
それから数日間は朝日につきっきりだった。夜は自由に行動出来たので風や叶恵に構いに行っていた。
「大変だね……」
話を聞いていた佑夜が苦笑いしながら二人の頭を撫でる。
「でも、よかったよ。ジュシェが退治出来て」
愛斗が飲み物を置く。慎也もいつの間にか座っていた。
「でも、まさか君達が怪盗なんてね。まぁだからって見捨てる理由もないけど」
佑夜がコーヒーを飲みながら告げる。それに双子は苦笑いを浮かべていた。
「でも、いいよな。ボクもあこがれていた」
慎也がニコッと笑う。彼はよく似た目の前の弟より少し子供っぽいところがある。愛斗はどこかサイコパス気質だ。
「涼恵さんはそれどころじゃなかったけどね」
「そうなんですか?」
「うん。研究所を立ち上げて間もなかったからね。それにまだ高校生だったし」
なるほど。確かにそれだと大変だっただろう。
「でも、気を付けてね。何があるか分からないから」
「はい、わかっています」
悠は困ったようにしながら頷く。
実は、悠は薄々感づいているのだ。確証がないし朝日を助けたいと思ったので改心は進めたが、胸騒ぎが止まらない。
「っと、そろそろ帰った方がいいよ。明日、海に行くんでしょ?」
「はい。三人もどうですか?」
「行こうよ、佑夜ー」
愛斗が佑夜の首に腕を回す。佑夜は「やめろ、首に腕回すな気色悪い」とため息をついた。
「お前、三十代だろ」
「何なら四十」
「殺すぞ」
……なんだかんだ仲いいよなぁ、この人達。
なんて双子は思った。
そして次の日。佑夜が運転してくれて海に来た。
「ありがとうございます」
「いいよ。ボク達は風君と叶恵ちゃんを見てるから、しばらくは一緒に遊んでおいで」
佑夜が少し離れたところに座ったのを見て、怪盗達も各々楽しむことにした。
悠と朝日は杏と美佳が選んだ水着を着る。
「ほ、本当にこれで行くの……?」
「ゆ、悠も恥ずかしいか……」
二人がもじもじしていると、杏に「ほら、二人とも行くよ」と腕を引っ張られた。
「「ま、まだ心の準備が出来てない!」」
「待ちません!」
そう言っていたら多分帰るまで出てこないだろう。無理やり連れて行くと、既に男性陣は待っていた。
「悠、その水着、杏達に選んでもらったのか?」
「う、うん。ちょっと肌の露出が多いけど……」
兄が声をかけると、悠は頬を染めながら小さい声でコクコクと頷いた。もともと持ってきていた水着はあまり露出度が高くない。悠はあまり肌を見せたくないタイプであるため、この水着は杏や美佳が見繕ったものであると分かったのだ。
信一も二人の水着を見て、「おー……意外とある……」と小さい声で言っていた。暁がはたくことで信一も首を横に振って邪心を追い出していたが。
その時、優士が着ていた上着を悠にかけた。
「ど、どうしたの?優士君」
「それを着ておけ」
「え、でも優士君が日焼けする」
「いいから」
どうしても着せたいらしい彼氏の様子に疑問符を浮かべながら、悠はコクッと頷く。
「あー、あれは……」
「独占欲、ね……」
「淡白に見えて意外とそういう感情はあるのね」
それを見ていた怪盗達は温かい目で見つめていた。唯一何も分かっていない朝日が目をキョトンとさせて、
「え、えっ!?あの二人付き合ってたのか!?」
と驚いていた。まぁ当然だろう、何せ二人は、と言うより悠は慣れた人には少しばかり距離が近い。特に兄である暁にはほぼゼロ距離でも特に気にしていないぐらいなのだ。それも言霊の力が影響してしまっているのだが、事情を知らない人からすれば異常だ。
「それじゃ、自由時間にしようか。ロディとマリアンは私と一緒にここいよう」
悠が言うと、「悠は遊ばないのか!?」と朝日が叫ぶ。
「荷物番がいないとダメだしね……あとで遊ぶから大丈夫だよ」
「それならいいけど……」
「兄さんも行ってきなよ。信一君が呼んでるし」
いつの間にか遠くにいた信一が「おーい、暁ー」と手を振っていた。
仕方ないと暁は信一の方に向かう。朝日は杏と美佳に連れていかれた。
「よかったのか?」
ロディに聞かれ、「うん。私、人前ではあんまりしゃべられないし」と悠は撫でながら微笑んだ。
「それに二人とも話したいからね」
「うれしいこと言ってくれるわね。私達はネコだから遊べないもの」
マリアンが微笑みかける。三人で話していると、男性が「そこのお姉さん、一緒に遊ばない?」と誘ってきた。
「……友人と来ているので」
言葉少なに断るが、腕を掴まれる。必死になって抜け出そうとしていると、
「すまないが、彼女は俺の連れだ。引いてもらおうか」
優士が戻ってきて悠を引き寄せる。「チッ、彼氏持ちかよ……」とその男性は去っていく。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
「ユウ、ワガハイ達のことはいいからユウシと一緒に行動しろ」
「いや、俺もここにいるさ」
優士が隣に座る。そこに佑夜がやって来て「これ、二人で食べな」と焼きそばやアイスを渡してくれた。
「ありがとうございます……!」
「君、金欠らしいしね……これぐらいなら構わないよ」
どうやら涼恵から聞いていたらしい。一緒に食べていると愛斗まで来て佑夜にねだっていた。「自分で買ってこい」と言いつつあげるあたり、佑夜も存外甘い。
そのあと、暁達に呼ばれ砂の城を作ったりビーチバレーをしたりして、夕方になった。風と叶恵が眠っていたため佑夜達は先に車に戻った。
暁がふと思い出し、朝日に尋ねた。
「そういえば朝日、怪盗団に入る気は」
「いいよ」
かなりあっさり頷かれ、怪盗達は拍子抜けする。
「あ、でも私のアルター、戦闘向きじゃないから」
「あれ、と言うより朝日ちゃんもアルター使えるの?」
悠が首を傾げる。あの時気を失っていたことを思い出した暁が説明すると「なるほど……」と呟いた。
「朝日ちゃんは後方支援特化型ってことだね」
「そうだぞ!ゲームで言う「回復役」だ!」
フフンッ!と自慢げに胸を張っている朝日を見て悠は微笑んだ。妹が出来たみたいでなんかうれしい。
「それなら、コードネームが必要だな。何がいい?」
ロディが足元から声をかけると、朝日はウーンとうなって、
「イーリスがいいかな?」
「いいね、じゃあ朝日ちゃんのコードネームは「イーリス」だね」
存外悪くないコードネームに、悠も笑った。
イーリスは虹の女神の名前で、ヘルメスと同じように伝令役の役目も持っているらしい。朝日にあっているコードネームではないか。
「それじゃ、帰ろうか」
怪盗達は佑夜達の車に乗り、デスティーノに戻ってきた。
「おう、すまねぇな」
白田が顔を出すと、佑夜は「いえ、ボク達の方も行きたかったので」と話をしていた。穏やかな佑夜を見て、白田は「本当にこいつらの知り合いか……?」と失礼を承知で聞いてきた。
「はい。本当に小さい時から知っていますよ。涼恵のところで働かせてもらっていますからね」
「あぁ、なるほど……」
「では、夜も遅いので。こんな時間まですみません」
「いや、助かった。ありがとう」
佑夜達が別荘に戻り、怪盗達も解散する。朝日は白田に連れ帰られていた。
二階に上がり、ネコ達を洗う。
「大丈夫だった?暑かったけど」
「大丈夫だぜ。ユウが守ってくれてたしな」
「二人の方こそ大丈夫?」
「私は優士君に上着を貸してもらってたし、基本陰にいたから大丈夫」
「オレも日焼け止めを塗ってたから平気だ」
心配なのは信一だ。朝日の方は悠がしっかり対策していたからよほどのことがない限りは平気なハズ。
洗い終わり、乾かしているとチャットが届いた。
『いてぇ……日焼けしたわ……』
やっぱり。
予想通りの展開と、そのあとのさらに予想できる展開にため息をついてしまった。
『それより明日、デスティーノに集まれねぇ?』
『……宿題、終わっていないんだね』
『うっ……い、忙しかったから仕方ないだろ?』
『割と時間はあった気が』
『と、とにかく!明日デスティーノに行くからな!』
そこでチャットが終わった。
「あいつな……」
「なんとなく分かってたでしょ……」
「そうね……」
「だからちゃんと終わらせておけと……」
ここでどうこう言っても仕方ないが、どうしても文句の一つぐらいは言ってやりたい。
なんてもう遅い時間であることもあり、ネコ達はあくびをして眠ってしまった。双子は下に降りて、こっそりコーヒーを淹れる。二人で飲んでいると、
「本当に仲いいな」
久しぶりに聞いた声に二人は顔を上げる。そこにいたのはジョーカーとクラウン。
「憤怒の墓場の崩壊、おめでとう」
「ありがとう、二人もコーヒー飲む?」
「では、いただこう」
悠が提案すると、二人はカウンター席に座った。二人にコーヒーを淹れている間、暁が質問する。
「あの、佑夜さんに聞いたんですけど……今回のジュシェって……」
「日本の奴だろう。それも素人」
どうやら二人も知っていたらしい。
「本物のジュシェは?」
「今活動しているのはすべて本物ではない。お前達の近くにいるだろう?「義賊」と呼ばれていた時代のジュシェが」
その言葉に一瞬思考が停止したが、すぐに思い当たる。
「もしかして……初期のジュシェって……」
「あの子だよ。まぁ、匿名であることをいいことにその名前を使う輩が増えたがな」
そうだったのか……。
それなら、あのハッキング能力も納得がいく。
「どうぞ」
「ありがとう、悠」
悠がコーヒーを差し出すと、二人はそれを一口飲む。
「……うん、おいしくなったな」
ジョーカーが呟く。その言葉を聞いて悠は顔を輝かせた。
「今度は暁のコーヒーも飲ませてくれ」
「分かったよ」
クラウンの言葉に暁は頷く。
「しかし、お前達は最初の時と変わったな。あの警戒心はどこへやら」
「それだけ聞くとネコみたいだな」
「人懐っこいネコになったな。手懐けるのに時間がかかった」
「ネコ扱いって……まぁあってるけど」
自覚のある双子は苦笑いを浮かべる。ジョーカーとクラウンはそんな双子の頭を撫でる。
「それじゃ、そろそろ帰ろうかな」
「また来る」
二人はそのまま、どこかに行ってしまった。相変わらず気まぐれな人達だ。
次の日の夕方、みんなで集まって勉強会が開かれた。
「まったく……だから言ったじゃん……」
「うっ……」
「ところで……」
杏が困った瞳で見つめる。
「なんで悠は優士の膝に座ってるの?」
「優士君に言われたから……」
そう、いたって普通に優士の上に座っていたのだ。優士自身は満足げにしている。
「無駄だぞ、言っても聞かない……」
ロディが疲れたようにうなだれる。悠はいつも暁の上に座っているのですでに慣れてしまっているのだ。事情を察して「あー……なるほど……」とこれ以上は聞かなかった。
「信一君、そこ違うよ」
「え、どこだよ?」
「ここだよ」
悠が信一に教えていると、背後から殺気を感じ取った。
「ゆ、優士君?」
「どうした?」
「なんでそんな怒ってるの?」
悠が尋ねると、優士は「別に、何でもないさ」と微笑んだ。
「お前、ぜってー嫉妬してるだろ……」
信一がうなだれる。優士はどこ吹く風、聞いていなかったが。
しかし、早く終わらせなければ先生に怒られてしまう。主に信一が。……あれ?自分達は問題なくね?
「おい暁に悠、お前ら何ろくでもないこと考えてる?」
「チッ」
「おい舌打ちするな、暁」
「な、ナンデモナイヨ」
「なんで片言なんだよ、悠」
ごまかし切れていない双子に全員が苦笑いを浮かべる。
終電まで信一に宿題を教え、なんとか終わらせる。
「よ、よく頑張ったぜ、お前ら……」
「ま、まさか一日で全部終わらせるのがあんなに大変なんて……」
計画的に終わらせる重要性がよく分かった。あれを一日ですませようとするなんてほぼ不可能だ。
「宿題はためこまないようにね……」
マリアンの言葉に双子は大きく頷いた。
二学期初日、学校に行こうとすると朝日が一階に座っていた。
「お、学校か」
「うん。行ってくるね」
今日は早めに帰ってくるため、弁当は特に作っていない。つまり、朝食は食べていないが……まぁそういう日があってもいいだろうと黙っていた。
「おい、お前ら。飯食ったのか?」
しかし、白田にそう言われ二人は目をそらす。
「た、タベマシタヨ」
「片言になってるじゃねぇか……」
ほら、食えとサンドイッチを出される。二人は座ってそれを食べ始めた。
「まったく……早く帰ってくるからって飯食わねぇで行くのはねぇだろ……」
「すみません……」
ため息をつかれ、双子は苦笑いを浮かべた。食べ終わると「ごちそうさまでした」と手を合わせて言った。
「おー、重なったなー」
朝日が不思議そうに見てくる。「こいつらはいつもだよ」と白田は笑う。
「行ってきます」
「おうよ」
片づけは任せて、二人は学校に向かった。
学校では怪盗ブームになっていた。それを少し怖いと思いつつ、それぞれの教室に向かう。
「おっは!」
「おはよう」
信一が元気よく挨拶したので、悠も座りながら返す。悠ファンの生徒達からは「ホントに可愛いな……」などと声が上がっていた。
「なぁなぁ、来週修学旅行だけど暁達と一緒に行動しないか?」
「あ、もうそうだっけ?いいよ、優士君は別のところだろうし」
その言葉に「おれも一緒に行動してぇ……」「てか村雨、どんだけ悠君と仲いいんだよ」と羨む声が聞こえてきた。
一方の暁も、杏と話していた。
「ねぇねぇ、修学旅行一緒に行動しようよ」
「構わないぞ。悠達も誘おう」
「いいね!」
こちらも暁ファンから黄色い歓声が沸き上がる。いつものことながら本当にモテるなー、と思いながら見せつける意味も込めて特に何も言わなかった。
放課後、ゲームセンターに迷惑行為をするチーターがいると聞いて双子はそのゲームセンターに情報収集しに行った。
名前も分かり、皆に共有してアザーワールドリィに向かう。一度ファントムゲートでアルターを調整してターゲットの元に向かうが、そのチーターは倒すことが出来なかった。
「自分は誰にも負けない、って思っているんだろうね……」
ここで体力を消耗するわけにいかないとジョーカーは一度撤退命令を出し、一度待合室で話し合う。
「あれじゃ無理だな。何か策を考えないと」
イーリスが即座に告げる。そうするしかないよな……と考え込んで、
「ゲームに強い人とかいないかな?もしかしたら対抗出来るかも」
「なるほど……上を行く人間から学べばってことか」
「いい考えね」
ジョーカーの提案にディーアとマリーは頷く。それなら一度現実に戻らないといけない。
ほかの依頼もこなし、現実に戻ってくる。この日はそのまま解散した。
「…………」
「ロディ?どうした?」
浮かない表情のネコ達に暁は声をかける。しかしネコ達は「何でもない」と目をそらした。
「そうか?」
「何かあるなら、相談に乗るよ?」
双子がそう言うと「気にしないで」と冷たくあしらわれ、顔を見合わせるのだが、それ以上は踏み込めなかった。
次の日の放課後、朝日から情報をもらい別のゲームセンターに向かう。そこに小学生ぐらいの男の子がゲームをしていた。彼があのチーターと唯一対抗出来る子らしい。
「どうしたの?お兄さん達」
その子が声をかけてきた。暁が事情を説明するが、彼は乗り気ではないようだ。
「……まぁ、怪盗に会わせてくれたら考えてもいいよ」
「怪盗、か……会わせることは出来ないけど、知り合いではあるよ」
暁のその言葉に彼は目を丸くした。ちょっと待っててと悠の方を見ると頷き、朝日に連絡した。
そのまま、悠がとあるサイトを見せる。すると一瞬だけ怪盗のマークになった。
「え、え!?」
「信じてくれた?」
「うん。……分かった、教えてあげる」
案外純粋なんだなと思いながら、二人は彼に教わった。
「あ、ぼく、田城 由樹。いつでも連絡できるように交換しない?」
そう言われ、連絡先を交換すると「塔」という言葉が浮かんだ。
塔は十六番目のカードで、正位置だと「破壊、崩壊、悲劇、悲惨、戦意喪失、被害妄想、トラウマ、踏んだり蹴ったり、自己破壊、メンタルの破綻、過度な反応」など、逆位置だと「緊迫、突然のアクシデント、必要悪、誤解、不幸、無念、屈辱、天変地異」とどちらであっても凶となる唯一のカードであるが、逆位置がいいと言われていることもある。意味は「悲嘆、災難、不名誉、転落」だ。
「時間ある時に連絡するから」
そう言って、由樹は笑った。
さて、そのままアザーワールドリィに……といきたいところだったが、まずは修学旅行の準備をしなければいけない。
「アキラ、これ」
「ありがとう、ロディ」
「ユウ、これ必要じゃないの?」
「あ、うん。マリアンありがとう」
ネコ達に手伝ってもらいながら準備していった。
「修学旅行から帰ってきたら、次のターゲットを探しながらアザーワールドリィに行こうか」
「……あぁ」
元気のないネコ達に双子はまた顔を見合わせる。
――どうしたんだろ……?前々からずっとあんな感じだけど……。
――分からないな……。聞いても教えてくれないし……。
心の中で話していると「ワガハイ達、もう寝るからな」とネコ達が丸くなった。やはり何か悩んでいるのだろうか?だとしたら話してほしいのだが……。
それも出来ぬまま、修学旅行の日になる。
「白田さん、すみません。ロディとマリアンを任せます」
「おう、楽しんで来い」
白田にネコ達を任せ、二人は集合場所まで向かう。そこで杏や美佳と合流した。
「あれ?美佳ちゃんも行くの?」
「引率の先生が足りないみたい。一応生徒会長だしね」
なるほど……と納得したようなしていないような感覚になる。信一も合流して、写真を撮ると、
『信一、目やについてる』
『え?なんで朝日ちゃん、分かるの?』
突然チャットに朝日が送ってきた。『スマホを見てるからな』と胸を張っているのが目に見えそうだ。
『あ、怒られた』
『そりゃそうだよ……私だからよかったけど』
『優士とのチャット、さらして』
『やめてください』
悠が必死に止める。優士は『俺は別に構わないが』と送ると、
『私が気になる!お願いだからやめて!』
『悪かったって。だから焦るな』
朝日が困ったように悠をなだめる。
ちなみに、このカップルのチャットの内容は絵のことが多い。本当に付き合っているのかと疑うほどだ。
それはさておき、修学旅行先はハワイ。昔に比べ少し衰退しているが、いまだに観光地として有名な場所だ。優士はアメリカ本土に行くらしい。
飛行機に乗り、ハワイに向かう。
「なぁなぁ暁、外見ろよ!日本が小さく見えるぜ!」
「信一……あまり騒ぐな。子供っぽいぞ」
「子供っぽくていいし!」
信一が子供のようにはしゃいでいる。まぁ日本から離れることなんてそうそうないから気持ちは分かるが。
杏と悠は穏やかに話している。美佳はパンフレットを読んでいた。
ハワイに着くと、怪盗達で集まった。
「そういや、部屋って決まってなかったな」
信一が呟く。それで不意に疑問が浮かぶ。
「ねぇ、私どうなるんだろ……?」
そう、悠は一応男子で通している。この場合どうなるのだろうか?
その時、上山と宮野がやってきた。
「悠さん、少しいいかしら?」
宮野の言葉に悠は頷く。それを見て担任は続けた。
「その……悠さん、男子と一緒の部屋でも大丈夫?」
ですよねー。
いや、なんとなく分かっていた。
「……信一君」
「おう、なんだ?」
「同室でいい?」
となれば、同室は信一の方がいい。暁もそう思ったのか特に何も言ってこなかった。
「仕方ねぇ……」
信一は頭をかきながら、渋々頷いた。暁は三田と一緒の部屋だ。
夜、信一が「な、なぁ」と悠に声をかける。
「どうしたの?」
「なんで暁、ここにいんだ?」
そう、なぜか悠を膝の上に座らせている暁がいたのだ。
「別に来たらダメって決まりはない」
「そうだけどよ」
「気にしなくて大丈夫だよ。いつものことだし」
「お前は気にしろ、悠」
ガックリとうなだれると、今度は杏がやってきた。
「やっほ!」
「お前も来るのかよ……」
まさかの来訪者にもはやツッコミが追い付かない。
「おい、雨宮!なんで妹のとこ行ってんだよ!」
「もうツッコミ疲れた……」
実は一番の苦労人は信一なのかもしれない。
このままと言うわけにもいかず、さすがに帰そうとするのだが、
「私達はソファで寝るから大丈夫」
「は?ね……?」
「二人で並んで寝る」
それでいいのかお前ら。
「どっちかが床だね」
なんでお前はここで寝る気満々なんだよ三田。
「あ、私ベッドでいい?」
お前はマジで帰れ杏。
てかここ、一応俺と悠が泊まる部屋なんだが?
というのは控えよう……こっちが圧倒的に不利だ。そして雨宮兄妹、本当にソファで一緒に横になるな近すぎるだろ。もはやくっついてるぞそれ。
その夜は信一の胃に穴が開きそうだった。
次の日、怪盗達で集まっているとなぜか優士がやってきた。
「あれ?優士君、なんでここに?」
悠が目を丸くすると、優士は「あっちの方が嵐で飛行機が着陸できなくなった」と答えた。そう言えばこの男、雨男だった……。
まさかの集合に驚きながらも、一緒に行動することになった。
「これじゃ、日本と同じだね」
悠の言葉に「そうだな」と暁も笑った。
写真を撮ったり観光したりしているうちに、夕方になった。この日はそのまま解散する。
その夜、悠のスマホに優士からチャットが入った。
『今から会えないか?』
「どーしたー?」
信一が聞いてくる。「ちょっと出ていい?」と聞くと察したらしい。
「いいぜー、鍵開けて待ってるな。早めに帰って来いよー」
そう言ってくれたので悠は部屋から出た。
ロビーに向かうと、優士が立っていた。
「どうしたの?優士君」
「君に会いたかった」
悠が首を傾げるといたって普通に答えられた。それに頬を染める。
「実は、同室の同級生が風邪で休んでな。少し一緒に過ごさないか?」
耳元でささやかれ、悠は「……ばか」と小さく告げた。
それから悠が戻ってきたのはほとんどの人が寝静まったころだった。
次の日、双子は皆に誘われたので一緒に遊ぼうかと一声かけた。……結局、日本にいる時と変わりなかった。
――でも、楽しかったからいいか。
最終日、双子はそう思いながら笑いあった。
デスティーノに戻り、白田達にお土産を渡す。そこでネコ達の元気がないことに気付いた。
「なぁ、日曜日集合しよう。今後のことを話したい」
朝日に言われ、双子は頷く。そして二階に上がり、ネコ達にどうしたのかと聞くのだが、
「何でもねぇって」
「疲れてるでしょ?もう休みなさい」
やはり、答えてくれなかった。納得できないが、これ以上聞いても押し問答になるだけだと二人は眠ることにした。
――そのことを後悔したのは、みんなで集まった時だった。
次のターゲットをどうするか話し合っていると、例のサイトにランキングが追加されていることに気付く。そこでの一位は「奥木 邦彦」という大手飲食店の社長だった。
「どうする?こいつにするか?」
「ブラックみたいだよね」
信一と杏の言葉に、悠は首を横に振った。
「……いや、今は落ち着いて考えた方がいいかも。この盛り上がりようは異常だよ……」
それは、本当に直感だった。悠はこのままいけば、本当に後戻り出来ないことになると直感的に感じ取っていた。
しかし、「別にいいと思うぞ」とロディにしては珍しく信一達の味方をした。
「だけど……」
「だってブラックって証拠があるんでしょ?」
マリアンも賛同していた。悠はこの不安感をどう表現すればいいか分からない。
――魂が、やめろと叫んでいる。
表現するとすれば、まさにこれだった。もう一人の自分が、警告音を出しているのだ。
そんなことを知る由もない暁以外のほかの人達は「どうしたの?」と聞いてきた。
「悠にも何かあるんだよ、だから本当に一回冷静になろう」
暁が言うと、「フン!ワガハイ達だけでも行くぜ!」とロディは明らかに冷静さを欠いていると分かる発言をした。
「え、いや、少し冷静になろうってだけで、やらないって言っては……」
悠が慌てて止めるが、「みんなが望んでいるでしょ?だったらやらないって手はないわよ」とマリアンまで冷静さを欠いていた。
「た、確かにみんな、望んでいるのかもしれないけど……確認しないとダメだし、それにブラックだからって悪人とも限らないし……」
どこまで話せばいいのかわからず、泣きたくなってくる。しかし、ここで泣いている時間などない。
――自分は、人々を導く「――」でなければいけないのだから。
一瞬、何を思ったのか分からなかったがまずは説得することが先だ。
「まずは周囲の人から状況を聞くことが大事だよ。だって、ネットで騒がれていることだけが真実とは限らないんだから。柊木の時だってそうしたでしょ?」
「あの時とは違うだろ。社員から聞けるとも限らねぇよ」
「そうだけど、もしかしたら家族の人から話が聞けるかもしれない」
「だー!今日じゃまとまらねぇから明日話し合おうぜ!」
信一が叫ぶと「もういいぜ。ワガハイ達だけで行く」とロディとマリアンが机から飛び降りた。
「え、なんで」
「私達と考えが違うみたいだからね。取引もここまでよ」
「なんでそうなんだよ!?」
怪盗達の声も聞かず、二匹はどこかに行ってしまった。呆然としていたが、「……今日は一度解散しましょう」と美佳に言われ、そのまま解散した。
その夜、うつむいたままの悠に暁が声をかけた。
「悠、大丈夫……?」
「……うん」
その表情は暗いまま。悠はあまりケンカや争いは好まない。だからさっきネコ達と言い合いして、しかも出て行ってしまったという結果が悠に重くのしかかっているのだろう。
「悠、君のせいじゃないよ。ロディとマリアンだって何か思いつめていたのかもしれないし、話し合えば分かり合えるよ」
「……でも、二人ともいなくなっちゃった……」
ヤバイ、と暁は悟る。明らかに心が不安定になっていることが伝わってくる。
――このままじゃ、暴走する……。
「悠、今日はもう寝ようか。オレ、悠が寝るまで起きておくからさ」
「……うん」
とりあえず今は休ませようと暁は話を逸らす。悠もその気遣いに気付いているのだろう、特に何も言わずベッドに横たわった。
「大丈夫?一緒に寝ようか?」
「……うん、ギュってしたい……」
その言葉に暁も隣に入る。……恋人がいる妹にこういうことをしていいのかと悩むが、この際それは忘れよう。
頭を優しくなで続けていると、寝息が聞こえてきた。それを見守って、暁も眠りについた。
次の日、悠の体調が思わしくないと朝日に任せ、暁は学校に向かう。
「悠、大丈夫か……?」
朝日が涙目で姉貴分を見る。悠はオレンジの髪を撫でて「大丈夫だよ」とけだるげに笑った。
「ごめんね、朝日ちゃん。別のこと、してていいから……」
「いや、悠を見てる。パソコンなんてここですればいいし」
朝日がギュッと手を握る。自分よりやや大きな手は小さな傷だらけだった。
――エネミーと戦ってるからだ……。
悠は暁と一緒に、毎回前線で戦っている。その分、ほかの人達と比べたら怪我をすることも多い。出来る限り怪我は治してから戻っているが、こういう小さいところまでは気が回っていないこともよくある。
――この手に、救ってもらった。
柔らかくて、温かい手。この手を、失いたくなかった。
放課後、集まるがネコ達の姿がないだけで暗い雰囲気になる。
「悠、大丈夫か?」
優士が恋人のそばに座る。その質問に返ってきたのは頷き。
「優士、今は声を出させないでくれ。……心が不安定で、何で言霊が暴走するか分からない」
代わりに暁がそのわけを教えてくれた。
「とにかく、ロディとマリアンを探した方がよさそうね……」
美佳の言葉に杏も「そうだね、悠が不安定なままじゃ何もできないよ」と頷いた。
「悠はしばらく休んでていいぜ。進展あったら一緒に行こうぜ」
信一にも言われ、悠はコクコクと頷いた。
とはいえ、やはりロディとマリアンがどこに行ったのかという話になる。
「奥木シャチョーにもデザイアはあるみたいだぞー」
朝日の言葉に「だったら、入っている可能性が高いわね……」と美佳が考え込む。
もう遅いからと明日デザイアに入ることにして、悠に何か作ろうという話になった。
「何食べたい?」
朝日が聞くと、心の中で「カレー」と答える。
「カレー、だって」
暁が言うと、「本当にお前らすげぇな……」と信一に言われた。
少なめによそったカレーを持ってくると、悠はそれを食べ始める。皆も一緒に食べてそのまま解散した。
「明日、一緒にデザイアまで行けそう?」
「……多分」
少し元気になったのか、小さく笑顔を浮かべる。
次の日、会社に向かうと朝日が「あとはどう思ってるかだけだぞ」と告げた。社長が作っているのは深海関係が多いから……。
「……深海都市?」
『確認しました。ナビゲーションを開始しまう』
当たっていたらしい。デザイアに入ると、深海でドーム状の透明なガラスの中に工場が立っていた。
「おー……深海魚が泳いでいる……」
ハシスが指でフレームを作るが、「おい、それどころじゃねぇぞ」とアレスに言われハッと戻ってくる。
「すまない」
「早くロディとマリアンを連れ戻すぞ」
クラウンの言葉にうなずく。ジョーカーは異世界内でも声が出せないようだ。
少し進むと、「お前ら、来たのか」とロディの声が聞こえてきた。上を見上げるとネコ達と謎の少女が立っていた。
「なぁ、話をしないか?」
クラウンが言うが、二匹は「話すことなんてない」と睨んだ。
「隣の人……」
イシュタルが呟くと、三人は先に進もうとした。しかしそこにエネミーが立っていた。
「ちょ、危険だ――!」
クラウンが止めるより先にジョーカーが前に出る。そしてエネミーを斬り捨てた。その間も声を出すことはなかった。
さらにエネミーが出てくるが、拳銃で倒していく。無表情で、何を考えているのか分からなかった。
――怖い。
クラウン以外が初めて、ジョーカーに恐怖を抱いた。まるでロボットのように眉一つ動かさない、優しいハズの彼女が。
ロディとマリアンと少女は去っていく。それも、ジョーカーは黙って見送っていた。
「……一度、戻ろうか」
クラウンの指示にうなずき、現実に戻ってくる。そのまま、今回は解散した。
その夜、『依頼がなされているらしい』という朝日の連絡に、アザーワールドリィで待伏せしようと計画を立てる。
「悠、明日は外で待っててくれる?」
暁の言葉に悠はコクッと頷いた。さっきの戦闘を見て、異世界に入るのは危険だと判断したのだ。
戦う予定はないが、もし仮に戦闘になった時、確実に言霊の力が暴走するだろう。それほどに精神面が不安定だった。
悠の顔から、表情がなくなっている。多分、言霊の力を必死になって押さえつけているのだろう。
「もう寝ようか、悠」
「……うん」
暁は昨日と同じように悠を寝かしつけると、ソファに座る。
「……どうしたらいいんだよ……」
悠がつらい中、兄である自分が弱音を吐くわけにはいかない。それは分かっているが……やはり、苦しい。
「オレだって……」
……この双子は、自分で抱えてしまうのだ。
次の日、みんなで集まった後「悠は公園にいてくれる?」と暁に言われる。
「……うん」
一つ頷き、悠は近くの公園のベンチに座った。
暁達はアザーワールドリィに入り、待ち伏せする。しばらく待っていると、三人が入ってくる。
「ねぇ!」
杏が前に出ると二匹は「もうお前らと関わらねぇよ!」と少女とともに逃げていく。大慌てで追いかけるが、話を聞くつもりはなさそうだ。
「お願い!あなた達がいなくなってから、悠の様子もおかしいの!」
美佳の言葉に、二匹は立ち止まる。どうやら悠がいないことに、今気付いたらしい。
「……でも、今更……」
「あ、二人とも!」
そのまま、三人は逃げるように現実に戻ってしまった。意地でも戻ってくるつもりはないらしい。
悠と合流すると、彼女は丸くなっていた。
「悠、体調が悪いのか?」
優士が尋ねるが、悠は首を横に振る。息が切れていてそれどころではないのかもしれない。
今動くわけにはいかないと落ち着くまで待っていると、すっかり暗くなってしまっていた。暁に支えてもらいながらデスティーノに戻ろうと歩いていると、裏路地から言い合っている声が聞こえてくる。
「なんだ、こんのネコども……!」
様子を見に行くと、あの少女がナルシスト気味の男性に連れていかれそうになっているところだった。それをロディとマリアンが足に引っ付くことで抵抗している。
怪盗達が近付くと同時に、ロディとマリアンが蹴り飛ばされて壁にぶつける。それを見た瞬間、悠の中で何かが切れる音が聞こえた。
「ったく……お前ら、見せもんじゃねぇんだよ」
こちらに気付いた男性がチッと舌打ちする。
「――貴様、何をした?」
ゆらりと、悠が前に出る。その瞳はまるで血に染まっているようだった。
「な、なんだ、お前」
「許さない……大事な仲間を傷つけた貴様を許さない……」
「ゆ、悠。落ち着いて」
ヤバイと暁が肩を掴むが、それを振り払った。周囲から、光の矢が無数に出てくる。
「お、お前、それをどうする……」
「許さない、許さない、許さない」
まるで壊れたロボットのようにそれしか言わなくなった悠は力を溜め始める。暁が必死に止めようとするが、今回は暴走が止まらない。
「死ね」
悠が男性に放とうとした瞬間、悠の肩に黒い手が置かれる。
「落ち着け、悠」
ジョーカーだ。そばにはクラウンも立っている。
「クラウン、彼の記憶を消してくれ」
「分かった、ジョーカー」
クラウンが何か力を使ったと思うと、男性が目をトロンとさせてどこかに行った。
その間に、ジョーカーが悠の暴走を和らげていた。気の抜けた悠はそのままジョーカーの方に倒れてしまう。
「っと……仕方ない、連れていくか」
ジョーカーはそのまま悠を抱え、「お前達もついて来い」と歩き出してしまった。
「おい、あの人達誰だよ?」
信一が小さい声で尋ねる。それに「話はあとだ」と暁は言ってついていった。
デスティーノに着くと、ジョーカーは悠をベッドの上に優しく降ろす。
「それじゃ、オレ達は帰る。気をつけろよ」
それだけ言って、ジョーカーとクラウンは一瞬のすきにそこから消えた。
暁は悠のそばに座る。
「……大丈夫だから。ごめんね、止められなくて」
そう言いながら頬に触れる。あそこまで暴走してしまうと、暁では止めることが出来ないのだ。それだけため込んでいたことに、暁は罪悪感を抱く。
「……その、すまねぇ……」
不意にロディが謝っていた。
「ユウ、私達が出て行ったからそうなったのよね……」
マリアンも申し訳なさそうにうつむいた。
「あの、事情がよく分かっていないのだけど……」
唯一、状況を理解していない少女が首を傾げながら尋ねる。さっきのこともあり、少し怯えているようだった。
「その……この子は少し特殊な力が使えるんだけど、うまくコントロールできないみたいなの。それで、さっきは……」
美佳が説明する。少女はいったんそれで納得したようだ。
「その……私の方もごめんなさい。そちらの状況、分かってなかったから……」
「いいのよ、私達もケンカしちゃったから……あなたは?」
「私は奥木 春香……奥木 邦彦の娘です」
まさかの人物に、怪盗達は驚く。
「その……お父様を改心させたいって思ってて……その時にネコちゃん達と会ったの……」
「なぁ、その話詳しく教えてくれないか?」
優士の言葉に、春香は会社の様子を話し出す。
どうやらかなりのブラック企業で、過労死する社員もいるそうだ。
「過労死……」
「えぇ……だからどうしても……」
そういうことなら、悠にも話して説得してもらえばいいだろう。
だが、今はそれどころではない。
「春香ちゃんは家に戻る?」
「……ううん。今日は少し落ち着きたいから……」
「それなら、私のところで泊まりなよ」
杏が誘うと、「いいの?」と目を丸くした。
「もちろん!うち、仕事で親がいないから大丈夫」
「……それなら、お願いしようかな……」
春香が目を伏せながら頷き、この日はそのまま解散になった。
ロディとマリアンが起きない悠を見て、その頬に触れる。
「……本当にごめんなさい」
マリアンが涙を流しながら謝る。
「そう泣くな。悠も二人が泣くことを望んでいない」
「でも……」
暁が撫でる。
「お前達が戻ってきたって知ったら、喜ぶよ」
「……そう、なのか?」
ロディも不安そうに見つめる。
「あぁ、ずっとお前達のことを考えていたからな」
――ロディ、マリアン、どこ行ったの?
――怪我してないかな?おなかすいてるだろうから、帰ってきたらご飯あげないと。
ずっとそんなことばかり考えていた。それだけ、悠は二匹のことを大事に思っていたのだ。
「謝らないとな……」
今日はもう寝ようと丸くなるが、暁は悠のそばに座ったまま。
「どうしたんだ?」
「今日は起きとくよ。二人は寝てて」
こいつも本当にシスコンなんだから……とロディが暁の膝に乗る。
「それなら、ワガハイも起きとくぜ。一緒に話そうじゃねえか」
「そうか」
マリアンも悠の隣で目を開けている。
この日、三人は朝まで語りつくした。
次の日、怪盗達が集まると、
「う、うーん……」
それに反応したように悠が薄く目を開けた。暁が「大丈夫か?」と顔を覗き込む。
「うん……頭が痛いけど、大丈夫……」
「よかった。昨日のことは覚えてる?」
「昨日……えっと、ロディとマリアンが男の人に蹴り飛ばされて、それで……」
ウーン……とうなりながら思い出そうとしている。
「思い出せないのは仕方ないよ。悠、昨日言霊が暴走しちゃったから」
「そうだっけ?」
「うん。ジョーカーが助けてくれたんだよ」
「そうだ!あの二人誰だよ!?」
今思い出したと言いたげに信一が詰め寄る。それに暁が「説明するから落ち着け」とため息をついた。
「あの二人はどういうわけか、オレ達が怪盗だって気付いているみたいなんだ。まぁ、危害は加えてこない。だから安心しろ」
「そう?……それにしても、どこかで見たことあるような人達だったわね」
美佳が何かを思い出そうとする。しかし、思い出すことが出来なかった。
悠に奥木のことを話すと、「……まぁ、皆がいいなら私は止めないけど……」とやはり乗り気ではなかった。
「どうしたんだよ?今回様子がおかしいぞ」
「何でもない。……ところで、なんでロディとマリアンは出ていっちゃったの?」
信一の質問には答えず、悠はネコ達の方を見た。二匹は固くなってしまう。
「その……ワガハイ達が何者か分からなくなったんだ」
「それで、怪盗団にいない方がいいんだって……」
目をそらしながら答える。「そんなこと?」と悠は目を丸くした。
「そんなことって……!本気で悩んでたんだぞ!」
「だって、二人が何者でも構わないし」
悠の言葉に今度は二匹がキョトンとした。
「それにさ、もしかしたら二人も私達と同じようなものかもしれないよ?」
「え?ユウ達と同じ……」
「そう。文字通り「二人で一つ」ってやつ」
「そうだな。……なんとなくだけど、分かったんだ。オレと悠はもともと一つの魂、だからお互いのことをよく理解していたし、遠くにいても分かったんじゃないかな?」
もとは、一つの魂……。にわかには信じられないが、何か心当たりがあったのだろうか。
「成雲家のご先祖様達の中にね、両性具有の人もいたみたいなの」
「りょうせい、ぐゆう……」
「男性と女性の特徴、どっちもある人のことね。多分、私達はもともとそうで、男性の暁と女性の悠に分かれた結果かなって」
「……なんか、頭がこんがらがってきた」
「それでいいよ。私達も多分そうなんだろうなって思っただけだから」
フフッと悠は笑う。……でも確かに、その理由なら分かるかもしれない。
「お前達と、同じ……」
「それでもいいかもしれないわね」
二匹は小さく笑った。
その時、「永劫」と「魂」と言う言葉が思い浮かんだ。多分、お互いのアルカナが進化したのだろう。
永劫は実際にあるアルカナだが、魂は聞いたことがない。悠のアルターが魂の慕情者だからなのかもしれない。
「それじゃ、明日から攻略かな?ロディとマリアンも、これからもよろしくね」
悠の笑顔に、二匹は頷いた。