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4-1

 エメが目を覚ましたのは、翌日の朝のことだった。夜のあいだはニコライが護衛をして、ラースはまだ来ていない。何か仕事をこなしているのだろう。

 国王陛下、王妃殿下との謁見がよほど疲れたらしい。起き上がってもしばらくぼんやりしていた。

「坊ちゃん、お腹空いてないっスか?」

 ニコライが問いかけると、エメはゆるゆると首を横に振る。疲れていても食欲は湧かないようだ。

 ユリアーネが部屋に来て、いつも通り素早くエメの身支度を整える。丸襟のシャツと襟に飾りのついたジャケットが多いのは、おそらく彼女の趣味なのだろう。

 髪を梳かされながらぼんやりしていたエメが、ノックの音でビクッと肩を跳ねさせた。どうぞー、とニコライは勝手に返事をする。

「失礼します」

 ドアを開けたのはエミルだった。初めて見る顔に、エメはきょとんと目を丸くする。しかし無表情のエミルに怯えた様子はない。昨日に受けた【名付け】と【祈り】が精神面に影響し、安定してきているのかもしれない。

 エミルは胸に手を当て辞儀をする。

「教育係兼護衛として付くエミルです。お見知り置きを」

 エミルの少し冷たく聞こえる声にも、エメは薄く微笑んで応える。エミルは何を考えているのかがよくわからないが、エメに対する敵意や害意は一切ない。

「……エメ、とお呼びしても?」

 腰を屈めて問うエミルに、エメはまた微笑んだ。

「エメ坊ちゃん」ニコライは笑いながら言う。「こいつは怒らせたら怖いから、気を付けたほうがいいっスよ~」

「余計なことは言わないでください」と、エミル。「エメ、来て早々になってしまいますが、ステータスの鑑定をしても構いませんか?」

 エメは首を傾げた。この王宮に保護される前はもちろんのこと、王宮に来てからも【鑑定】は受けていない。最上位エクストラスキル【癒し手】が判明しているということは、幼い頃に受けたのかもしれないが、憶えていない可能性が高い。

「鑑定っていうのは、簡単に言うと能力を見ることっス。体力や魔力の値とか、所有してるスキルや魔法を調べるんスよ。これをやっとくと後々楽っス」

 ほお、とエメの口が丸くなる。その表情がとても愛らしく、抱き締めたいという衝動を堪えるので精一杯だった。

「鑑定後」エミルが言う。「必要なことはラースさんにはお伝えするかもしれませんが。構いませんか?」

 エメが微笑んで頷くので、善は急げとばかりにエミルはステータスボードを取り出した。エミルが【鑑定】した能力が、エミルを介してそのまま文字として浮き上がる板だ。

 そこでニコライは、はたと気が付いた。あのエミルが、エメと目を合わせている。同じ隊の騎士でさえ視線が交わることがないとされているエミルが、だ。

(やっぱ、エメ坊ちゃんがそれだけ魅力的ってことっスね)

「……ニコライさん。何か妙なことを考えていませんか?」

「いーえ? 別に~?」

「…………」

 エミルは不審に満ちた視線をチラッとやるだけで、それ以上は何も言わなかった。エミルは、基本的に他人に対する興味が薄い。何を考えているかはどうでもいいのだろう。

「……失礼。手に触れても構いませんか?」

 エミルの問いかけに、エメはサッと右手を差し出した。その手に軽く振れ、エミルは目を閉じる。

 ステータスボードがかすかに光を放つ。興味を惹かれたエメがつくづくと観察しているあいだに光は収まり、エミルは目を開いて手を離した。

「これで鑑定は終わりです」

「あ、坊ちゃん。ステータスって俺も見て平気っスか?」

 ニコライが思い立って問いかけると、エメは頷いた。

「……エメ」エミルが言う。「ステータスを見せる人間は選んだほうがいいですよ。悪用する人間もいますからね」

「それって俺のこと⁉」

「さあ、ステータスを見てみましょう」

 エミルが開いたステータスボードを、エメとニコライが並んで覗き込む。体力値、魔力値、それからいくつかのスキルが書き込まれていた。

「体力値がかなり低いですが、魔力値は高いですね」

「典型的な魔法使いタイプっスね~」

「ならば、教育方針としては魔力値を伸ばす方向で――」

「待って待って。魔力値が高くても体力値が追い付けなかったらやっていけないっスよ!」

「さすが、体力馬鹿の二つ名を恣にしているだけのことはありますね。見事な脳筋です」

「それは初耳っスけど⁉」

「魔力値を上げていけば体力値は自然と上がります」

「いやいや、体力値は体力値で上げないと!」

「体力馬鹿は黙ってていただけますか?」

「ひとりの意見よりみんなの意見!」

「エメの教育係は僕ですよ?」

「エミルくんの教育方針だけじゃ偏るっスよ! バランスよく鍛えていかないと――」

 それからふたりは熱く議論を交わし――騒ぐニコライに対してエミルが流すだけだが――、エメはついていけなくなってユリアーネと遊び始めていた。

 場の収拾がつかなくなってきた頃、ラースが部屋に入って来た。その表情には呆れが湛えられている。

「なに騒いでるんだ。廊下まで声が聞こえてるぞ」

「先輩! いいところに! エメ坊ちゃんは体力も鍛えたほうがいいっスよね⁉ いくら魔法使いと言っても――」

「うるさい」

「誰も俺の話を聞いてくれない!」

 ニコライが床に手をついて項垂れるのを眺めて目を細めていたエミルが、不意にラースの背中を押した。

「とにかく、教育方針は僕とラースさんで立てます」

「俺の意見は⁉」

「体力馬鹿に用はありません」

 ニコライの恨み言を背中に受けつつ、廊下に出たエミルはラースにステータスボードを差し出した。

「エメのステータスを鑑定したものです」

 ラースが上から下まで目を通したあと、ここを見てください、とエミルはボードの一角を指差した。

変形ユニークスキル【捕縛解放】があります」

「捕縛解放?」

「魔道具による束縛を解くスキルです。エメはその気になれば、あの腕輪を破壊できますよ」

「……!」

 エメが身に着けている碍魔がいまの腕輪は、固有スキルを封じるものだ。エメの【癒し手】を発動させないためのものだがそれがエメ自身によって解けるのでは意味がない。そもそも碍魔の魔道具はそう簡単に解けるものではない。

「おそらく、盗賊団に捕らわれていたという経験値によって得たスキルではないかと」

「…………」

「幸い、エメはこのスキルに気付いていないようです。まあ……おそらくですが、気付いていたとしても使わないのではないかと思いますが」

「……そうだな」

「あと、もうひとつ。上位レアスキル【疲労耐性付与】があります。周囲にいる人間の疲労を軽減するスキルです」

「これは【癒し手】に付随したものだな」

「間違いないかと」

「あとは……中位セカンドスキルがふたつか」

「どちらも汎用性は高くないですね。魔力値が高ければ自然と身に付くスキルですが、使いどころはほぼありません」

 ふむ、とひとつ呟く。一通り目を通し終わったステータスボードを差し出しながら、ラースは言った。

「教育方針はお前に任せる」

 エミルはきょとんとしたあと、怪訝に顔をしかめる。

「僕ひとりで決めていいんですか?」

「お前に任せておけば間違いないだろう」

 そう言って、ラースは部屋に戻って行った。

 投げ出したり押し付けられたりしているわかではないことは、エミルにもわかっている。ラースはエミルの実力を信じ任せたのだ。ラースと仕事をともにしたことは数えるほどしかない。その上、エミルは若い。それだけでエミルのことを認めない者は多い。だと言うのに……。

「……知りませんからね」

 そう呟いたのは、無性に悔しくなったからだった。


 ラースが部屋に戻ると、エメは安堵したような嬉しそうな表情になる。昨日の謁見のあとにエメが寝てから――エメが寝ていたためであるが――会っていなかったため、少し寂しくなっていたということだろうか。

「ステータスボードを見させてもらったぞ」ラースは屈みながら言う。「体力値が低すぎるな。暇なときに宮廷内を歩いて、少しずつでいいから体力をつけろ」

 エメはこくこくと頷いた。あとは、とラースは続ける。

「食事だな。いまは仕方ないかもしれないが、少しずつ食事量を増やして体力をつけていったほうがいいだろう」

 わかった、と言うようにエメは首を縦に振った。よし、と頷き、ラースはエメを片腕で抱き上げる。

「食堂に行くぞ。今日もメイド長が待っているだろう」

 部屋をあとにするふたりをニコライも追い、いってらっしゃいませ、とユリアーネが辞儀をしてそれを見送った。

 ラースがエメを片腕に抱いているという光景にも慣れたようで、廊下を歩く騎士や使用人は驚くことなく挨拶してくる。エメを認知する者が増えたということもあるだろう。

 ふと、エメが何かに気付いた様子でラースの肩を叩いた。壁に貼られている掲示板を指差す。その掲示板には、何枚かの紙が貼りつけられている。

「これは依頼クエストだ。民からの要望で魔物を駆逐したり、魔道具を作るための素材を採って来たりするんだ」

 エメは興味を惹かれたようで、身を乗り出している。

「坊ちゃんも行ってみたいんスか?」

 ニコライの問いかけに、エメは頷いた。

「お前にはまだ早い」ラースは言う。「せめて体力値を上げて、魔法をひとつでも身に付けないと連れて行けない」

 エメが両手を出すので、ラースはひとつ息をつく。

「お前が望むならそれでもいいが」

 エメの【癒し手】があれば、確かに依頼クエストをこなすことが楽になるものもあるだろう。だが、エメの生命力を削ってまで依頼クエストを受ける必要はない。

「まあ、話は体力値が五十前後になってからだな」

 ラースがそう言って掲示板から離れて行くと、エメは少し不満げな表情になる。そんな顔をされたところで、体力がなく戦う術を持たないものを依頼クエストに連れて行くのは危険だ。たとえ最上位エクストラスキルがあったとしても。

 食堂に行くと、お待ちしておりました、とメイド長が優しく微笑んだ。床に下りたエメは、おはようの挨拶に頭を下げた。メイド長もそれに合わせて辞儀をする。

「今日はパウンドケーキを作ってみました」

 エメは、メイド長に促されるまま椅子に腰掛けた。メイド長は、どうぞ、とエメの前にパウンドケーキが二切れ乗った皿を置く。エメが果物を嫌っていることは知っているため、シンプルなパウンドケーキだ。

 エメはだんだんと食べることに抵抗がなくなってきたようで、フォークで小さく切りながら口に運ぶ。

「いかがですか?」

 穏やかに問いかけるメイド長に、エメは遠慮がちに笑って頷く。美味しいということだろう。

「ちょっとずつ笑ってくれるようになったっスね」

「サバと遊ぶときは笑ってるけどな」

「でも俺たちにはあんまり笑ってくれないじゃないっスか」

 ラースは肩をすくめた。エメが笑うのが嬉しいらしい。

「たくさん食べられるようになったら、普通の食事の練習もしましょうね」と、メイド長。「王宮にはテーブルマナーを気にする者もおります。少しずつ覚えていきましょうね」

 エメはこくこくと頷いた。まともな食事をしてこなかったため、テーブルマナーというものはエメにとって縁遠いものだっただろう。とは言え、いまも大人しく座って食べている。もともと行儀がいいのだろう。

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