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7.侯爵令嬢4

 

「その、扇が当たってわたくしの髪飾りが落ちてしまって、」

 というのは、「あなたのせいで自分の髪飾りが壊れました」と言っているのと同じである。

 しかも、アンジェラは床に落ちた壊れた髪飾りとコフィ伯爵令嬢の持つ扇とを見比べている。浮かべる表情は守ってあげたいと思わせる不安げなものだ。

 しかし、その言動にセシリアはめまいがした。

 言いがかりもはなはだしい。


 そもそも、どうやって扇をぶつけられたというのか。アンジェラの方がコフィ伯爵令嬢よりも身長が高いというのに。

 扇を振り回したとでもすれば、相当に目立つ。誰も気づいていないということが証拠である。


 案の定、周囲では戸惑った様子、あるいは呆れた調子でひそひそと囁き合っている。どう見ても、コフィ伯爵令嬢を悪く言っているふうではない。


 しかし、ガードナー伯爵子息はそんな周囲の雰囲気には気づかず、「それは大変でしたね」などと言って、髪飾りを拾い上げている。

「あ、ありがとうございます」

 アンジェラが眦に涙を浮かべてガードナー伯爵子息を見上げる。やはり、両手を握りしめて胸に押し付ける。もちろん、見下ろす形の伯爵子息にはより一層その存在感を示しているだろう。


「そんな顔をしないで。あなたには暗い表情は似合わない」

「まあ!」

 ぱっと顔を輝かせるアンジェラに反して、セシリアは暗澹あんたんたる気持ちになった。魔導書が言ったとおりになった。こうやってアンジェラは王国の中でも魅力的な適齢期の殿方たちと付き合いを深めていくのだろうか。


「あ、あの! コフィ伯爵令嬢を責めないであげてください!」

 なにを言うのだ、とセシリアは内心で思う。

「きっと、きっと、そう、虫の居所が悪かったのですわ!」

 それはむしゃくしゃして腹いせに八つ当たりをしたと言っているも同義だ。とんだ捏造である。


「もちろん、コフィ伯爵令嬢は悪くありません。どうかした弾みで当たってしまっただけでしょう」

 ガードナー伯爵子息は爽やかな笑顔でそう言うと、アンジェラに一礼し、コフィ伯爵令嬢をエスコートして行ってしまった。


 呆気に取られてふたりの背中を見送っていたセシリアの耳に、アンジェラの舌打ちの音が聞こえてきたが、気のせいだったかもしれない。

 それが、気のせいではなかったのではないかという認識に変わったのは、次に起こったハプニングを目撃したからだ。




「きゃっ!」

 その令嬢の側を横切ろうとしたアンジェラが体勢を崩し、持っていたグラスから中身がこぼれた。

「ドレスにジュースが!」

 高い声に、一瞬、広間の談笑が途切れる。一斉に視線が注がれ、その瞬間はアンジェラは真実、その場の主人公となっていた。


 ぱらりと軽やかな音がしてうつくしい所作で広げた扇で口元を覆う。そして、アレクシア・フェアクロフ公爵令嬢はちいさく言い放った。

「まあ、騒々しいこと。はしたないですわね」

 高位貴族令嬢らしく、慎み深い音量の言葉はしかし、静まった広間によく響いた。発言者が誰だか分かった者たちが追従ついしょうするようにそこここから失笑や冷笑が上がる。


「そ、そんな、わたくし、押されて、ジュースがこぼれて、」

 アンジェラがおろおろと周囲を見渡しながら言う。セシリアは思わず、額を押さえた。そもそも、中身が半分以上入ったグラスを手に持って移動する方がいけないのだ。どうしても移動したければ、給仕にいったん渡して運んでもらうのだ。

 当然、そんなことは公爵令嬢も分かっているから、扇の向こうの視線が一層冷たいものとなる。


「わ、わたくし、」

 しかし、アンジェラはそれを知ってか知らずか、より哀れっぽい表情を浮かべる。


 ああ、やはり、彼女はどうしたって「被害者」の立場にありたいのだなと思う。あのとき、セシリアを陥れたときも、「被害者」として話していた。自分は悪くない。どこまでいってもその考えから離れられないのだ。「自分にこうさせる者たちが悪いのだ」と。

 セシリアはぎゅっと手を握りしめて湧き起こる激情をやり過ごそうとした。


 そうこうするうちに、第二王子殿下が登場する。夜会の主催者から始まって、参加者のうちの主だった家門の当主たちからの挨拶を受け終わったのだろう。セシリアはその場で腰を落とし、カーテシーをする。直接言葉を交わすことがないとしても、礼を尽くさなければならない。


 しかし、アンジェラは違った。両手を握り合せて胸に押し付けるのは、後から魔導書から教わった「ヒロインちゃんの必殺ポーズ」、そして潤んだ瞳で上目遣いで見つめる「ヒロインちゃんのウルウル視線」とやらを、第二王子殿下にも向けている。

 目線を下にしているセシリアにはどうなったか分からない。

 なんとなく、第二王子がほかの者たちとは違う行動を取るアンジェラに視線を止めたのは分かった。


「なにか問題でも?」

「いいえ、なにもありませんわ」

「そうか。ならば、踊ろうか」

「はい」

 第二王子殿下と公爵令嬢は実に何事もなかったかのように会話を進め、ダンスをするために立ち去った。


 ギギギ、となにかを擦るような音がした。なぜかセシリアには分かった。アンジェラの歯ぎしりする音なのだと。

 ここで問題視された方が自分の身が危ういというのに、とセシリアは本日何度目かのため息をこっそり呑み込んだ。





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