17.侯爵令嬢9
※登場人物の簡易説明を一番下に入れました。
あれよあれよという間に毒草を混ぜた犯人だと言われた。セシリアは三年後に起こるであろう処刑、その前夜に明かされた捏造の告白を思い出し、動けないでいた。そこへ、フェアクロフ公爵子息が颯爽と現れて間に入ってくれた。
公爵子息の従者がアンジェラを連れ出した後、セシリアは気が抜けてその場に倒れ込みそうになった。そんなセシリアを公爵子息が抱き留める。
そのときはぼんやりしていて気づかなかったが、公爵子息はセシリアを横抱きにして、孤児院の空き部屋に連れて行ってくれた。長椅子に座らせてくれた際の壊れ物を扱うような丁寧な仕草にどきりとして、息が掛かりそうなほど間近に整った顔があったことに鼓動がさらに跳ね上がった。
「も、申し訳ございません」
セシリアは意味もなく謝罪した。
「致し方ありませんわ。あまりの剣幕に、わたくしも恐れおののくほかありませんでしたもの」
コフィ伯爵令嬢もガードナー伯爵子息に支えられるようにして立っている。
「手が冷たいですね。もうしばらくこのままここで休ませてもらった方が良いでしょう」
そう言われて気が付けば、セシリアの手を、フェアクロフ公爵子息が握っていた。引っ込めようにも、セシリアは全身から力が抜けていて、指一本動かせる状態ではなかった。
「しかし、あのご令嬢は一体?」
ガードナー伯爵子息が疑問でいっぱいの気持ちを口にする。
「はじめていらっしゃる方です」
院長も戸惑った様子で答える。
「あれはエアハート子爵令嬢だ」
ふたりに向けてそう言ったフェアクロフ公爵子息の視線がふたたびセシリアに戻る。
「エアハート子爵令嬢はカーライル侯爵令嬢のご友人と伺っていましたが、」
その後に続く言葉は「違うのですか」それとも「なにかあったのですか」だろうか。
「婚約者を奪われた挙句、嫉妬から処刑に追い込まれた」などという事実には行きつかないだろう。
「わ、わたくし、わたくし、」
こみ上げてくる感情に、セシリアはちゃんと説明しなければ、と思うものの、言葉が続かず、涙があふれ出た。
「い、いや、無理に話されることはありません」
訳のわからない状況で、ろくすっぽ話すことができないでいるセシリアに呆れたのか、フェアクロフ公爵令息は腰が引けたように身体を後退させる。セシリアは自分の至らなさに落ち込んだ。
うつむくと、一層涙がほろほろと転がり落ちる。
そっと頬にハンカチが当てられる。コフィ伯爵令嬢だ。お礼を言おうとして、セシリアはしゃくり上げる。
「良いのですよ。喋らなくても大丈夫」
コフィ伯爵令嬢は慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。セシリアはほっと息をついた。
「わたしも相当女性扱いに不慣れではありますが、」
「言うな」
ガードナー伯爵子息が呆れたように言うのに、フェアクロフ公爵子息が憮然とした声を出す。
孤児院の院長が裏庭の畑のハーブでいれたお茶をみなで飲んだ。後から魔導書に一連の出来事を話したところ、『そりゃあ、アンタが落ちつくのを待っていてくれたのよ!』と綴っていた。やさしい人たちだ。
「フェアクロフ公爵子息はなぜこちらの孤児院へ?」
ガードナー伯爵子息が公爵子息に尋ねた。
「カーライル侯爵家の馬車が止まっているのが見えたのだ」
「なるほど。侯爵令嬢がいらっしゃるかもしれないと思って立ち寄られたのですね」
魔導書はセシリアが語ったこの部分で、『ナイスアシスト、エリオット!』と快哉を叫んでいたのだが、どういうことか分からない。
「いや、まあ、そうなのだが、」
「あら、」
小さな声を上げてふふと笑ってコフィ伯爵令嬢はセシリアを見た。きょとんとしているセシリアに、伯爵令嬢はわずかに目を見開く。
「わたくし、少しばかり、フェアクロフ公爵子息さまのお気持ちが分かってしまいましたわ」
「え、ブレンダ嬢、それはどういうことでしょうか?!」
コフィ伯爵令嬢の言葉に、ガードナー伯爵子息は跳びあがらんばかりとなる。魔導書曰く、リアクションが大きいわねえ、とのことである。
「ガードナー伯爵子息も鈍いということでしょうか?」
「まあ、ほほほ」
フェアクロフ公爵子息の言葉に、コフィ伯爵令嬢は軽やかな笑い声をあげた。これはセシリアも分かる。「笑ってごまかした」だ。
なにがなにやら分からないまま、セシリアはアンジェラとのことを、「高位貴族としての恵まれた立場に嫉妬され、なんらかの罪を着せようとされている」と話した。時間が巻き戻った今は不正の捏造はされていないが、何度も絡まれているところを目撃している公爵子息は、それで納得した。
「実はわたくしも以前、夜会で、」
「ああ、そう言えば、そんなことがありましたね」
コフィ伯爵令嬢が言い出し、ガードナー伯爵子息がようやっと思い出したことで、フェアクロフ公爵子息の認識は固まった。
「そうとは知らず、先日の茶会で同じテーブルに席を設えてしまい、申し訳ない」
「い、いいえ、滅相もございません」
公爵子息に謝らせてしまったセシリアは慌てる。
そんなふたりを眺めていたコフィ伯爵令嬢は今度伯爵家で開く茶会に招待してくれた。
毒草を取り除いたというのに、闖入して来たアンジェラに恐れおののき、いなくなったらなったで力が抜けて動けなくなったものの、コフィ伯爵令嬢と親しくなるというミッションは成功した。
すべてが悪い結果だったわけでもなく、良いこともあった。なんでも完璧にはいかない。セシリアは、その中で得たものを大切にし、失敗からは学び取れるようにしようと考えるのだった。
王宮主催の昼餐に招かれた際、事前に魔導書から教わっていたとおり、アンジェラは広い庭園に迷い込んだふりをしようとしていた。セシリアは使用人にどこに向かって行ったのを見かけたと伝えたところ、無事に連れ戻されたようだ。
「もし具合が悪いのでしたら大変ですわ」
そう話していたのを聞いたフェアクロフ公爵令息に、「あなたはエアハート子爵令嬢にさんざん迷惑をかけられているというのに、おやさしいことだ」と手を取られて、アンジェラどころではなくなった。あとは使用人が上手く取り計らうだろう。
フェアクロフ公爵令息とは社交の場で良く出会うようになった。向こうから見つけて話しかけてくれる。アンジェラがまたセシリアにちょっかいをかけてこないか警戒してくれている様子で、「その後、なにかないか」と必ず問われる。
コフィ伯爵令嬢の茶会に参加して、親交を深めることができた。フェアクロフ公爵令息と令嬢も出席していた。もちろん、ガードナー伯爵子息もだ。
「あの女性は気狂いなのか?」
「怖いですわ」
「たまにおられますのよ、他人のものがどうにも欲しくなる方が」
アンジェラに関する話に参加しがたく、セシリアはそういったときは困ったように微笑むことしかできないでいる。
「あなたはなにも心配することはない」
フェアクロフ公爵令息はセシリアの手を取りながら熱心にそう言う。
「ですが、」
当事者である自分が怖いからといって知らん顔をしておいても良いものか。そうは思うものの、いざ顔を見て、ありもしない罪をあげつらわれれば、身体は上手く動いてくれなくなるのだ。
そう思うと自然とセシリアは沈んだ表情となるのだが、フェアクロフ公爵令息はそんなセシリアをせっせと励ますのだった。
※登場人物
セシリア・カーライル:侯爵令嬢。
ギルバート・カーライル:セシリアの弟。
ハロルド・イームズ:セシリアの元婚約者。
アンジェラ・エアハート:子爵令嬢。ヒロイン。
ジェイラス・フェアクロフ:公爵子息。
アレクシア・フェアクロフ:公爵令嬢。第二王子の婚約者。
エドワード・エントウィッスル:第二王子。
ブレンダ・コフィ:伯爵令嬢。ガードナー伯爵令息の婚約者。
エリオット・ガードナー:伯爵子息。




