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15.侯爵令嬢8

※登場人物の簡易説明を一番下に入れました。

 


 カーライル侯爵家に帰って来た後、平気だというギルバートを寝かしつけ、自室に戻ったセシリアもまた、ベッドの上でクッションを抱えてごろごろと転げ回った。


 そうしながら反芻するのはフェアクロフ公爵家で催された茶会のことである。婚約者である第二王子を令嬢が招くのは当然のことではあるが、まさか、自分がギルバートとともに殿下と同じテーブルに着くとは思いもよらなかった。

 魔導書は殿下と公爵令嬢はあまりうまくいっていないと言っていた。高飛車な公爵令嬢の言動に、殿下が辟易としているのだと。

 しかし、セシリアからしてみれば、ふたりは良い雰囲気だと思った。


「その薬草はアレクシア嬢がカーライル侯爵令嬢に依頼したのか? アレクシア嬢は兄思いだからな。自分の好きなものではなく、相手が必要とするものを考えるようになったのだから、大したものだ」

 第二王子の口ぶりから、セシリアはもしやと思った。それで、ついうっかり思考が口からこぼれてしまった。

「もしかして、殿下は蛙のことをご存じなのですか?」

「おや、まさか、カーライル侯爵令嬢も?」

 金色の髪に青い瞳が陽光にきらめいている。まばゆいばかりの美貌だが、今は面白げな色あいを瞳に浮かべているから、セシリアも真っ向から見つめることができた。


「あ、あれは! もうその話はやめてくださいませ」

 フェアクロフ公爵令嬢が慌てふためく。


「殿下、ご存知ならお止めくだされば幸いでしたが」

 フェアクロフ公爵令息がため息交じりに言う。

「いや、まあ、なあ、」

 煮え切らない言葉にもならない声を発しながら第二王子はにやりと笑う。高貴な(ロイヤル)笑み(スマイル)ではなく、素の表情だった。フェアクロフ公爵令息には気安い様子だ。


「わたくしも病床の弟にいろいろ見せたいと思っておりました」

 セシリアが公爵令嬢もきっと同じ気持ちだったのだと一生懸命、擁護ようごしようとした。


「でも、蛙はないだろう」

 そう言ったのは第二王子だ。

「今言わないでくださいませ。そのときに教えてください!」

「最近、公爵子息から妹御の話をよく聞くから仲直りしたのだろう」

 なるほど、フェアクロフ公爵子息もまた、妹との思い出をセシリアに語るために記憶から引き出したことによって、気持ちの変化があったのだろう。そして、第二王子は公爵家の兄弟の仲が改善されたことを喜ばしく思っているのだ。


 真っ赤になる公爵令嬢を微笑ましく思いながら眺めていたら、視線を感じてそちらを向けば、公爵子息と目が合った。

「カーライル侯爵令嬢のお陰ですね」

「い、いえ、わたくしはなにも」

 さらりと銀色の前髪を揺らして首を傾げながら微笑みかけられ、セシリアは今さらながらに、テーブルについた面々のうつくしい容貌に腰が引けるのだった。




 セシリアは公爵令嬢と茶会で仲良くなれたかと思っていたものの、次の夜会で会ったとき、挨拶したのみでとくに話すことはなかった。相手は高位貴族だ。近づこうとする者は多いだろう。そんなものだと思いつつも一抹いちまつの寂しさを覚えた。


 さて、そんなのんびりしたことを言ってはいられなかった。

 魔導書は茶会の成功を喜んだものの、少々不穏な予言をしたのだ。

 それを阻止すべく、セシリアは孤児院へ向かっていた。

 ガードナー伯爵子息エリオットの婚約者であるコフィ伯爵令嬢ブレンダが足繁く訪れているのだそうだ。コフィ伯爵家は裕福な家門で、篤志家でもあり、令嬢もまた慈善活動に参加していると魔導書は綴った。


 孤児院は神殿の管轄で救済の一環として、子供たちの暮らしを保証している。

 セシリアは孤児院の院長を訪ね、高位貴族の務めとして喜捨を行った。明り取りの窓から子供たちの歓声が飛び込んでくる。

「騒々しくて申し訳ございません」

「いいえ、健やかな印ですわ。よろしければ、院内を少し見学させていただけないでしょうか?」

「もちろんです。ご案内します」


 ふたたび孤児院へ訪れる糸口はないかと目的意識を持って説明をしっかり聞き、視線を巡らせた。

「あれは?」

「孤児院で育てているハーブです」

 セシリアは裏庭一面にハーブや野菜が植えられているのを見て、あれこれ話し込み、最終的には土や日照具合などについて語り合った。

「いや、素晴らしい知識をお持ちですな」

「お恥ずかしいですわ」

 今度、香辛料にも使えるハーブの苗を持ってくると言い、次の訪問予定を取り付ける。


「ほかにもご令嬢がお見えになることもありますの?」

「はい。コフィ伯爵令嬢さまがよくいらっしゃいます」

「そうなのですね。コフィ伯爵さまは篤志家でいらっしゃいますから」

 セシリアはそうして、院長から伯爵令嬢が訪問する予定を聞きだすことに成功した。そして、コフィ伯爵令嬢が訪れる日に合わせて、ふたたび孤児院へやって来た。


 興味があるからと裏庭の畑を事前に観察しておいてよかった。

 また孤児院へ行くとなった段で、魔導書はそこに毒草が混じっていると予言したのだ。

 セシリアはコフィ伯爵令嬢の姿が見えなかったが、それに構わずハーブの苗を渡しつつ、院長といっしょに畑へ向かった。

 優先すべきは毒草の除去であり、伯爵令嬢はその後である。


 魔導書は食べられる草とそっくりの紛らわしい形をした毒草だが、実際にどういうものかは知らないとじれったそうに言葉を綴っていた。

 そこで、セシリアは植物に関する書物をもう一度ひととおり目を通して来た。ギルバートの薬を作るために身に付けた知識がこんなところで役に立つのだ。


 注意深く畑を見渡すと、確かに毒草がある。大量に食べなければ腹を壊す程度のものだが、子供たちにとっては少量でも危険であろう。

 院長にそのことを伝えて除去した。


「ありがとうございます。お陰さまで事なきを得ました。カーライル侯爵令嬢さまのお知恵があればこそです」

「まあ、素晴らしいことですわね」

 可憐な声に振り向けば、コフィ伯爵令嬢とガードナー伯爵子息がいた。


 セシリアはふたりを知っているが、彼らはセシリアを知らない。そして、形式は必要だ。特に貴族社会の中では。

「院長さま、こちらは?」

 孤児院の院長はセシリアたちを互いに紹介した。


 そうして和やかに孤児院のことを話し合っていると、もはや定番と化しつつあるアンジェラの声が聞こえてきた。

「やだあ、寝坊して遅れちゃった! 大変、大変」

 セシリアはなにが大変なのだろうと不思議に思った。けれど、身体は自然と最も大柄な、つまりは遮蔽しゃへい効果が高そうなガードナー伯爵子息の影に隠れようとした。


「あ、院長先生? ですよね? 良かった、エリオットさま、まだいたのね! 今からわたしが毒草を見つけ出してみせるからね! 任せて!」

 その場にいた者たちは毒草と聞いて目を剥く。セシリアもまたなぜこの時この場所で「毒草」が出てくるのだと鼓動が速くなった。

 そして、四人が固まって見守る中、ずかずかと畑へ足を踏み入れ、「これよ!」と食べられるハーブをぶちっとちぎって高々と掲げて見せた。

「これは毒草です! みんな、気を付けて!」


 騒ぎを聞きつけて、子供たちが集まって来た。

「それは食べられるよ」

「違うわよ、毒草よ」

 子供たちの言葉をアンジェラが否定する。院長も「害のないハーブですよ」と言うも、アンジェラは頑なに毒草なのだと言い張る。


 そうして、ガードナー伯爵子息に見せつけようとして、その陰に隠れるセシリアに気づいた。そして近寄ってくる。

「あら、セシリアがなぜここに? わかった。あなたの仕業ね? 毒草を混ぜておいたのでしょう!」

 嘲るような笑みは「あの時」のことをセシリアに思い出させた。

 足元からじわじわと冷たいなにかが這いあがって来る。なのに、喉の奥に熱い塊が押し込められているかのようだ。

 セシリアは恐怖で身がすくんだ。


 今すぐ逃げ出したいのに動けずにいるセシリアは、長身痩躯の背中が前を遮りアンジェラが視界から消えたことで、呪縛から解放された。

「妙な言い掛かりは止したまえ」




※登場人物

セシリア・カーライル:侯爵令嬢。

ギルバート・カーライル:セシリアの弟。

ハロルド・イームズ:セシリアの元婚約者。

アンジェラ・エアハート:子爵令嬢。ヒロイン。

ジェイラス・フェアクロフ:公爵子息。

アレクシア・フェアクロフ:公爵令嬢。第二王子の婚約者。

エドワード・エントウィッスル:第二王子。

ブレンダ・コフィ:伯爵令嬢。ガードナー伯爵令息の婚約者。

エリオット・ガードナー:伯爵子息。


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