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まゆてん ~魔王と勇者、双子の小学生に転生す~  作者: ななくさ ゆう
第4章 魔王と勇者、家族のために戦う
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第8話 勇者と魔王、魔王城の番犬と戦う

 ケルベロス――この世界(ちきゆう)においてはギリシャ神話に登場する3つの犬の首と蛇の尻尾を持つ冥府の番人。空想上の怪物とされているらしい。

 そして、元の世界においては、現実に存在するモンスターだった。

 3つの犬の首と蛇の尻尾。蛇の尻尾からは炎を吐くことが出来る、そんなモンスター。


 なぜ、向こうの世界に実在するモンスターが、この世界では空想上の怪物として語られているのかはわからない。

 そういったモンスターは他にもいた。スライム、オーガ、ゴブリンなどなど。モンスターではないが、エルフやドワーフなども、あの世界では実在し、この世界では空想上の生き物である。

 創造神の遊び心か、あるいは神話を書いた人間が向こうの世界と何らかの関わりを持っていたのか。


 いずれにせよ、空間を破ってあらわれたのは、向こうの世界のモンスターケルベロスだった。

 ひかりを抱いたまま、勇美が呆然と言った。


「何故、魔王城の番犬がここにあらわれるのだ!?」


 元の世界において、俺はケルベロスを手懐け魔王城の番犬としていた。勇者一行(いつこう)には通じなかったようだが。

 ケルベロスは3つの口からよだれを垂らし、牙を怒らせ、赤い目を爛々と光らせていた。 まずい。完全にこちらを敵とみなしている!

 勇美が俺に言った。


「魔王! なんとかなだめられないのか?」

「無茶を言うな。たしかに番犬として使役していたが、御せたわけじゃない。それにコイツは異常に敵対心をむき出しにしている! なにより今の俺は魔王じゃない」


 なさけないが、今の俺にこのモンスターを従わせる力はない。

 木島先生が声を震わせながら言った。


「なんで、この世界にモンスターが?」

「わからん。いや、可能性ならば思い浮かぶが……」


 創造神ゼカルの遊び。

 木島先生と俺たちとの争いがあっさり終わってしまったので、もっと楽しませろということなのかもしれない。

 あるいは、転生者は用済みだから死ねということか?

 いずれにせよ、世界を渡るなど、ケルベロス単独でできるわけがないし、この世界の人間にも、彼の世界の人族や魔族にもできることではない。

 それを可能にするとしたら、神の力だけだ。

 が、いまはそこを検討している場合ではなかった。


 ケルベロスが「うぉぉーん」と吠えた。

 次の瞬間!

 3つの口が俺たちに襲いかかる。


 まずい!

 ケルベロスは上級モンスター。

 それ相応の強さがある。

 勇者シレーヌや魔王ベネスにとってはザコにすぎなくとも、一般人にとっては1匹で十分な脅威だ。

 まして、小学生や小学校教諭にどうにか出来る相手ではないっ!


 今、勇美は眠ったままのひかりを抱きかかえている。とっさには戦えない。

 木島先生は……マリオネアも戦いなど知らない。


 ならば俺が迎え撃つしかない!

 俺は足下の鉄パイプを拾い、ケルベロスに殴りかかった。

 1つの頭にクリーンヒット。

 打たれたケルベロスの顔は苦痛にゆがんでいる。


 効いたか!?

 だが、勇美が警告の声を上げた。


「ダメだっ! 大したダメージになっていない!」


 痛みは感じてもダメージとしては微々たるものだったようだ。

 当然か。小学生の力で上級モンスターに対抗できるわけがない。

 そんなモンスターを魔王城の番犬になどしていない!


 人間で言えば柱に小指をぶつけた痛みくらいは与えられたと信じたいが、最大でもその程度のダメージでしかないだろう。


 残り2つの首が、俺に襲いかかる!

 右の首が俺の肩に、左の首が脇腹に噛みついてきた。


「あうっ、がっ!」


 すさまじいまでの痛み。

 相当量の出血。

 同時に手に力が入らなくなり、鉄パイプが床に落ちる。

 くそ、噛みつかれただけでここまでのダメージなのか。

 魔王であった頃ならばこの程度なんてことはなかった。だが小学生の肉体では耐えがたい。あるいはすでに死に瀕しているのかもしれない。


 勇美が叫ぶ!


「魔王! 影陽!!」


 それから彼女は木島先生に言った。


「先生、ひかりを頼む。今すぐ逃げてくれ」

「私にひかりちゃんを託すの?」


 どうやら眠ったひかりを木島先生に渡したらしい。


「早く逃げろ! 妹を助けてくれ!」

「でもあなたたちは?」

「大丈夫、私は勇者だ。あの程度の雑魚モンスターにやられはせんさ。影陽も私が助ける」

「でもっ」

「良いから逃げろ。私は今度こそ妹を護りたいんだ」

「……わかったわ。ひかりちゃんは私が絶対に護る。死んだ私たちの娘の分も。本当にごめんなさい」


 木島先生はそういって、部屋から駆け出したようだ。


 そして、勇美はこちらに駆けてくる。

 俺が鉄パイプで叩いたケルベロスの首の一本が勇美へ襲いかかる。


「『炎魔法(フレム)』よ!」


 勇美の魔法が、ケルベロスの顔を焼く!

 さしものケルベロスも、これは扱ったのだろう。

 俺に噛みつくのをやめて、他の二本も勇美に襲いかかった。


 勇美は叫んだ。


「ケモノごときがなめるなよ!」


 勇美はナイフをケルベロスの首の1つに突き立てる。

 狙った場所はどんな生物でも最大の弱点の1つ。

 目玉だ。

 小学生の力でも、さすがに大きなダメージをあたえられる。

 ナイフを突き立てられた首は、それ以上動けないとばかりにおとなしくなった。


 だが。

 残り2つの首は健在だ。

 ケルベロスの命は4つあるとされている。

 3つの首、1つの尻尾、それぞれが別の生物に近い。

 1本の首に大ダメージを与えても、残りの首と尻尾は死なないのだ。

 もちろん、胴体に直接ダメージを与えれば違うのだが。


 この時も、残り2本の首が勇美に襲いかかった。

 勇美は1本目の首を躱しながら、目玉に刺さったナイフを抜く。

 そのままもう1本の襲いかかってきた首の目玉に、ナイフを突き刺した。


 俺は血まみれになって倒れたまま、『美しいな』と感じていた。

 人族たちに『勇者』と称えられた娘の戦い。

 それはまさに芸術的ともいえる所作。

 それは小学生に転生してなお、美しかった。


 神谷勇美の肉体は一般的な小学生のそれでしかない。神谷影陽と大して変わらないはずだ。

 それでもなお、勇美は……勇者シレーヌはケルベロス相手に互角以上の戦いをしていた。

 俺は、ほとんどなすすべなく倒されたというのに。


――当然か。


 16歳の勇者シレーヌと、魔王ベネスの基本的な体力は、魔王の方がはるかに強かった。そもそも、人族と魔族ならば、魔族の方が単純な力は圧倒的に上だ。

 それでも、勇者シレーヌが魔族相手に戦えたのは、たんに力があったからではない。天性の戦いの技術が優れていたからだ。


 勇美は最後の首へと襲いかかる。


 だが。

 俺は力を振り絞って叫んだ。


「だめだ、尻尾がっ!」

「!? しまっ!!」


 最後の首に挑もうとした勇美を、蛇の尻尾が吐いた炎が襲った!


「勇美ぃぃぃっ!!」


 俺の叫び声が、廃工場に響いた。

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