第4話 魔王と勇者、誘拐犯の正体を知る
薄暗い部屋の中央に置かれた椅子に、ひかりが座らされていた。
どうやら気を失ったまま縛り付けられているようだ。
そして、誘拐犯が手に持ったナイフの切っ先がひかりの首筋に当てられていた。
勇美が叫んだ。
「ひかり!」
その声にも、ひかりが目覚める様子はない。
だが、そんなことよりもっ!
「ダメじゃない、影陽くん、勇美ちゃん。小学生が鉄パイプなんて構えちゃって。先生はゆるしませんよ」
一見にこやかな表情で言った誘拐犯はっ!
誘拐犯の正体を知り、俺も勇美も驚くしかない。
勇美が鉄パイプを構えたまま困惑ぎみな声を出した。
「どういうことだ? なんで木島先生が……」
そう。ひかりにナイフを押しつけている誘拐犯は木島晴先生だった。
田中先生に代わって半年前に赴任してきて、6年生になっても変わらず俺たちの担任教師の女性だ。
「さあ、どうしてかしら? 勇美ちゃん……いいえ、勇者シレーヌはどう思うのかしら?」
まるで授業の時のように、木島先生は問いかけた。
勇美は叫ぶ。
「わかるかっ! ひかりを解放しろ!」
「あらあら、やっぱりアナタは考えるのが苦手ね。じゃあ、影陽くん……魔王ベネスはどうかしら?」
もう間違いない。
彼女は向こうの世界のことを知っているし、俺と勇美の正体も知っている。
おそらくは、彼女も……
「魔王と勇者に恨みを持っているといったところか。あんたも向こうの世界から転生してきたんだろう?」
俺の言葉に、勇美が「なに?」と眉をひそめた。
「さすが影陽くん……いいえ、魔王ベネスね」
木島先生はパチパチパチと拍手して見せた。
勇美が叫んだ。
「何故だ? 何故私たちを恨む?」
「そうねぇ、それはこれから説明してあげるけど、その前にシレーヌに言っておくわ。大声を出しても無駄よ。そのくらいの声じゃ外には聞こえないし、ひかりちゃんは魔法で眠らせたから起きることもないわ」
勇美は「ちっ」と舌打ちした。
なるほど。さっきから必要以上の声を出していたのはそういう狙いがあったのか。
たしかに人質が目覚めればそれだけ救助しやすくなるだろう。ひかりにいらぬ恐怖を与えてしまうかもしれないが。
木島先生は俺たちに言った。
「話をする前に、まずは2人とも、鉄パイプを下に置いてもらえるかしら?」
「断ると言ったら?」
勇美の問いに、木島先生はさらに問いかけてきた。
「ひかりちゃんの綺麗な首元に傷を付けたくはないでしょう?」
勇美は「しかたがないな」と言って鉄パイプを足下に投げ捨てた。
木島先生は俺に言った。
「魔王ベネスもよ」
「わかったよ」
ひかりを傷つけるわけにはいかない。
俺も鉄パイプを投げ捨てた。
「ありがとう。これでお話がしやすくなったわね。素直な児童は大好きよ」
木島先生はにっこり笑って、さらなる話を始めた。
「たしかに、私はあなたたちと同じ世界から転生してきたわ。元の世界での名前はマリオネア」
勇美が叫ぶ。
「マリオネアだと!?」
「知っているのか?」
問うた俺に勇美はうなずいた。
「エレオナールの母親と同じ名前だ」
エレオナール?
どこかで聞いた名前だな。
そうだ。校舎裏で勇美が口にしていた。
たしか、勇者シレーヌの妹分の少女で回復魔法の使い手だったか。
木島先生はにっこり笑った。
「良かったわ。この半年間の勇美ちゃんを見ていると、私の名前を覚えているか心配だったの。社会の授業で武士の名前を全然覚えてくれなかったもの」
「さすがに仲間の母親の名前は覚えているさ。あんたはエレオナールの母親なのか?」
「ええ。その通り」
話が見えん。
勇者の仲間の母親が、何故俺たちを恨む?
いや、魔王を恨むのはまだ分るが、勇者を恨む理由がわからん。
木島先生は「うふふ」と冷たく笑った。
「あらあら、2人とも察しが悪いわね。じゃあ、先生が教えてあげましょうか。これが最後の授業ですもの」
最後の授業か。
俺と勇美を殺すということか、先生が去るつもりということか、あるいはその両方か。
「でも、難しい話じゃないわ。1人娘を殺された母親の恨み、分りやすいでしょう?」
それはつまり……
俺は木島先生というよりも、勇美にたずねた。
「エレオナールは魔王軍に殺されたのか?」
勇美は「わからない」と答えた。
「あの魔王との最終決戦直前、私はエレオナールに逃げるように言った。他の仲間たちは魔族との戦いで倒れ、私は自己犠牲呪文を使う覚悟をしていたからだ。そうなれば、魔王城そのものが吹き飛ぶかもしれないと考えた」
自己犠牲呪文にエレオナールを巻き込みたくなかったということか。
「魔王を倒しさえすれば平和が来ると信じて。そうすれば、エレオナールも幸せに暮らせると……」
それは甘すぎるだろう。
魔王を倒した勇者の仲間。
いくら子どもでも、魔王軍の残党に見つかればさすがに……
木島先生は言った。
「あの子は帰ってこなかった。5日、10日、20日、30日待っても」
そうだろうな。
そもそも、魔王城は魔族が住む大陸の中央にあった。
エレオナールの故郷がどこだか知らないが、おそらくは人族の住む大陸のいずれかにあったのだろう。
とてもではないが、子どもが1人で戻れるわけがない。
勇美は震えていた。
後悔に苛まれているようだった。
「あの子が勇者シレーヌを追って家出したとき、まだ6歳だった! 日本でいえばまだ小学1年生だった!!」
ひかりとおなじ年齢か。
「答えなさい、勇者!! なぜエレオナールを連れ去ったの!?」
木島先生の……アリオネアの問いかけは、ほとんど涙声だった。




