第3話 勇者と魔王、テレビゲームをする
俺は目の前のモンスターに炎の玉を投げつけた。
よし! モンスターは倒せた。
次は崖に向かってダッシュ! そしてジャンプした!
向こうの崖までなんとか……
くっ、ジャンプしたのが早すぎたか!?
と、とどかない!!
まずい、足下はどこまでも続く奈落への空間。
このままでは……
だが、ひとたびジャンプしてからでは姿勢制御もままならない。
「くそおぉぉぉ!」
俺の叫び声もむなしく、俺が操作するキャラクターは奈落の底へと転落したのだった。
目の前のテレビ画面にはむなしくこう書かれていた。
『GAME OVER』
俺はコントローラーを床に置いて頭を抱えてしまった。
「ううう、またか……」
ここはそらの家の子ども部屋。
勇美やひかりと一緒に遊びに来て、最新ゲームをプレー中。
以下、順番にそら、ひかり、そして勇美の言葉である。
「影陽くん、事故の後テレビゲーム下手になったよねぇ」
「影陽お兄ちゃんへたー」
「ふっ、1面すらクリアーできないとはな。勉強はできても実戦がなっとらん」
散々な言われようである。
何しろ、俺がプレーする前にひかりはあっさり5面まで、勇美にいたってはラストステージ直前の7面まで攻略してしまったのだ。
ちなみに、そらは何度もラスボスを倒しているらしい。
「テレビゲームは実戦じゃないだろ! 未だに割り算もできない勇美に馬鹿にされたくない!」
叫んだ俺に、勇美が冷たい目で言った。
「ふん、勉強ができればそれでいいなど、お前は丸木か」
「うっ!」
くっそぉ!
ものすごく悔しい。
が、たしかに『ゲームなんて上手くても勉強ができなければ~』なんて、情けないにもほどがある開き直りだった。
「そらくん、もう1回だ! もう1回挑戦させてくれ!!」
「それはかまわないけど」
俺は再びコントローラーを握って、冒険の旅をスタートした。
……そして、1時間後。
「……なんでだ……なんでこうなる……」
俺のキャラクターはすでに穴に16回落ち、モンスターに23回殺された。
ちなみに、まだ1面をクリアーできたことはない。
ひかりが「ぷぅ」っとほっぺたを膨らませて言った。
「さっきから影陽おにいちゃんばっかりゲームやってずるーい」
勇美とそらもうなずく。
「たしかにその通りだな。物資を独占し他者に譲らないとはさすが魔王、横暴なことだ」
「気持ちは分るけど、もう1時間だしね。せっかくひかりちゃんにも新しいゲーム機で遊んでもらおうと思ったのに……」
うううぅ。
正論過ぎて、返す言葉もない。
「ごめん」
俺は言って、コントローラーをそらに渡した。
「あ、僕はいいよ。このゲームはすでにたっぷり楽しんだし。ひかりちゃんがやりなよ」
「うん。そらお兄ちゃんありがとう!」
ちなみに、このあとひかりはあっさり8面までたどり着き、勇美にいたってはラスボスを倒したことを付記しておく。
……さすがに情けなすぎる……
俺たちがひたすらゲームに夢中になっていると、そらの母親の声がした。
「影陽くん、勇美ちゃん、ひかりちゃん。そろそろ17時よ。お家に帰らないと」
あ、もうそんな時間か。
たしかに子どもは……とくに幼稚園児は帰宅すべき時間だな。
『はーい』
俺たちは答えて、玄関へ。
そらとその母親が見送ってくれる。
「じゃあね、影陽くん、勇美ちゃん、それにひかりちゃんも。また遊びに来てね」
「気をつけて帰るのよ」
俺たちは各々「はい」と頷きつつ、玄関の扉を開けた。
冷気が玄関の中へと吹き込んだ。
「やっぱり寒いわねぇ。3人とも風邪をひかないようにね」
すでに12月。もうすぐ冬休みだ。
天気予報によれば本日の最高気温は3℃とのこと。
勇美がひかりに言う。
「ひかり、ちゃんとコートのチャックをあげて。マフラーもつけろ」
「うん」
転生してから3ヶ月。
勇者殿は意外なほどちゃんとお姉ちゃんをしていた。
正義感が暴走しているだけの娘かとおもったか、小さな子の面倒をみるのは上手い。
ひかりだけでなく、ひかりの幼稚園のお友達の面倒もちゃんとできる。
この点、俺よりも優秀だと感じていた。
半月ほど前、俺がそう指摘すると、勇美は「当然だ」と言った。
「妹や弟の世話なら慣れているからな」
「家族はいないと言っていなかったか?」
「私は元々孤児院の出だ。血はつながっていないが妹も弟もたくさんいた」
なるほど。
「それに、冒険に出てからも私を慕ってくれる妹分がいたからな」
「そうなのか」
「ああ。エレオナールという少女だ。私の旅に無理やりついてきた……ひかりほど小さくはなかったがな。天才的な回復魔法の使い手だった」
ひかりも俺よりも勇美に懐いているし、彼女は幼児に慕われるようだ。
「俺は小さな子とどう付き合ったら良いのかわからん」
「ふっ、魔王は子育てが苦手か」
「まあそうだな。その点は勇美の方がずっと上手いと思うぞ」
実際、転生前の俺には子供もいなければ、妹も弟もいなかった。
どうにも子どもというのをどう扱ったらいいのかわからないのだ。
覇王将軍セカレスの1人息子にも、結局最後まで懐かれなかった。
「しかし、その少女が何歳だったかは知らんが、冒険の旅に子どもを連れていくのは大変だったのでは?」
「エレオナールの回復魔法にはずいぶん助けられた。だが……」
勇美の顔が曇る。
「どうした?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ。こんなこと、話すつもりじゃなかった」
ふむ、何かあったようだが、無理やり聞き出すことでもないか。
この時、俺はそう判断した。
だがあとになって思えば……
そんな半月前の会話を思い出しながら、家路へとむかう俺。
ううぅ。本当に寒いな。
と。
おれの頬に冷たいものが落ちてくる。
雨か?
と思ったが、すぐに違うと気づいた。
白くて冷たいふわふわした物体だ。
ひらひらと頭上から降ってきた。
「なんだ、これは?」
試しに手の平で受け取ってみるが、白い物体はあっさりと溶けて水になってしまった。
勇美がポツリと言う。
「雪か」
ひかりもはしゃいで言った。
「そーだね。つもるかなぁ。ひかり、雪だるまつくりたーい」
これが雪というものか。
魔王城付近では雪など降らない。
夏は涼しく冬は暖かい、そんな場所だった。
日本のようにはっきりとした四季が無かったとすらいえる。
俺はひかりに聞かれないように勇美に言った。
「よく、雪だと分ったな」
「いや、そりゃあ分るだろ。向こうの世界でも何度も見たし」
「え、そうなのか?」
「ああ、ひかりははしゃいでいるが、雪が積もると色々やっかいだぞ。馬車は動かなくなるし、下手に冒険を続けると凍傷になったり、最悪凍死するからな」
どうやら、勇者にとって雪はなじみ深いモノだったらしい。
たしかに人族の大陸には雪がふる場所があると聞いた。
もちろん、日本の東京でも雪は降る。
「なんにしても、早めに帰った方がいいだろうな。ひかりを凍傷にするわけにもいかん」
「そうだな」
俺は勇美にうなずいて、家路を急いだのだった。
この日。
雪は夜中までふり続けた。
そして翌朝の日曜日。
窓の外は真っ白に染まっていた。




