第13話 魔王と勇者、小学校に通う
職員室にササゴが呼ばれた。
校長先生は彼の話も聞くべきだと判断したのだ。確かにこのままでは欠席裁判になってしまうからな。
ササゴは大した怪我をしたわけでもなかったらしい。
一方、代わりとばかりに、俺と勇美、それにそらが保健室へと連れて行かれた。
俺たちも怪我をしたわけではないが、まずは落ち着かせる必要があるという判断だったらしい。保健室の先生は優しいおばちゃんで、細かい事情も聞かずに、俺たちをゆっくり休めるように配慮してくれた。
そらは未だに泣きながら俺に謝り続けていた。
勇美がそんなそらに言った。
「いつまでも涙を流すな、情けない」
「だって……」
「勇者ならば泣くときは誰もいない場所で泣け。心が泣いても顔は笑え」
なんだ、そりゃ?
そもそもそらは勇者じゃないんだが。
案の定、そらも泣くのをやめてちょっとポカーン。
「どういう意味?」
「今のは私の師匠の言葉だ」
「師匠?」
「私に剣術を教えてくれた師匠だ」
「剣術って、えーっと、剣道?」
なあ、勇美。
そらを励ましているのは分るが、いい加減この世界に少しは染まれ。
ま、ともあれ確かに涙を流し続けても意味はないか。
俺はそらに言った。
「ま、勇者はともかくとしてだ。いつまでもメソメソしてもしょうがないぞ。泣きたいときこそ笑顔になろうぜ」
「でも……」
「何度も言うけど、俺はそらくんに怒ったりしていないよ。むしろ感謝している」
「……感謝?」
「さっき、なんで校長先生と一緒にいたんだ? 俺や勇美のことを心配して、校長先生に助けを求めてくれたんだろ?」
そらはコクリとうなずいた。
「ボクじゃ影陽くんを助けられないと思ったから。田中先生や教頭先生が相手なら、他に思いつかなかった」
「それだけでも助かった。それに、そらくんはもっと勇気を出してくれた」
「……勇気」
「事故のことをちゃんと話してくれた。先生相手に一歩も引かずに。勇美の言うとおり、さっきのそらくんは勇者だったよ」
「そんな……ボクも影陽くんを追い詰めた1人だ」
「だとしても、俺は君の勇気を尊敬する」
「……ありがとう」
そらは涙を拭った。
それから浮かべた顔は、少しだけ無理がある笑みだった。
20分後、あかりと、ほとんど同時にそらの母親がやってきた。
あかりは俺の顔を見るなり、ポロポロと涙をこぼした。
「影陽、ごめんなさい」
「なんでお母さんが謝るんだよ?」
「校長先生から聞いたの。あなたがそこまで追い詰められていたって、私は気づけなかった。母親なのに……」
ああ、そういうことか。
親としての責任……いや愛情か。
「お母さんは何も悪くないよ。だから、泣かないで」
俺がそう言うと。あかりは「うん、うん」と言いながら、それでも泣き続けた。
一方、そらの母親は、俺たちに頭を下げた。
「私も事情は聞きました。息子が本当に申し訳ありませんでした」
いいわけせず息子のために頭を下げる彼女は、きっとあかりと同じくらいいい母親なのだろう。
「謝らないでください。そらくんは俺を助けてくれたんだから」
そのあと、母親同士でも少し話をしたようだ。
そらの母親はあらためてあかりに謝罪した。
あかりは『息子は無事で、許すと言っていますから』と答えた。
そのあと、俺たちとそらはそれぞれの母親に手を引かれるようにして帰宅した。
最後に、俺はそらに言った。
「また、遊ぼうな」
そらは、満面の笑みを浮かべてうなずいてくれた。
翌日、俺と勇美が小学校に行くと、ササゴと田中先生、それに教頭先生が消えていた。
文字通り、小学校からいなくなったのだ。
ササゴは転校、教頭は転職らしい。
そして田中先生は、警察で事情聴取を受けているという。
児童を車道に突き飛ばして事故を起こしたということがはっきりしたのだ。
タダではすまないだろう。
刑務所行きかもしれない。
教室に入ると、児童たちが俺に頭を下げてきた。
彼らも影陽をいじめた罪の意識があったのだろう。
中にはとにかく謝罪して罰せられるのを避けたいと思っている者もいるだろうけど。
いずれにしても、俺は本物の影陽じゃない。
ササゴや田中先生はともかく、クラスメート1人1人にまで恨み辛みをいうつもりはない。
「大丈夫。別に怒ってないから」
そう言ってから自分の席に向かう途中、学の横を通りかかった。
学は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「僕は謝るつもりはないよ。イジメなんて低次元なことに参加した覚えはない。イジメを無視するのもイジメだなんて、それこそ当事者でもない無責任なマスコミや教育評論家の勝手な言い草だ。他人を護るために自分の身を危うくする趣味はない」
それも、1つの考え方だろう。
実際、影陽はそらを助けたためにイジメの標的になった。
学に次のイジメの標的になってでも影陽を助けるべきだったなんて説教するつもりも資格は俺にはない。
教師までイジメに参加しているような状況下で彼にできることなんてなかったのも事実だろうしな。
魔王も魔族を護るために、他の種族と戦った。全ての種族を救うのが理想だなどといわれても、俺1人でできることなど限りがあったから。
自分を犠牲にしてでも他人を護るべきだなんて綺麗事だ。
自爆魔法で魔王を倒した勇者シレーヌは、あるいは人族の英雄として語り継がれるかもしれないが、あんなやり方が正しいと俺は認めない。
学は「ただまあ……」と続ける。
「田中先生を学校から追い出してくれたことには礼をいうよ。彼のような教師は、僕の人生にとっても害にしかならない存在だからな」
なかなか言うな、コイツ。
「その礼はそらくんに言ってくれ。彼が、俺を助けてくれたんだから。彼の勇気は尊敬に値するよ」
「僕には勇気がないとでも言いたいのか?」
「まさか、そんなことを言う資格は俺にはないさ。ただ、そうだな。テストの点数だけが人間を決めるわけじゃないとは思うよ」
俺はそれだけ言い残して、自分の席に座った。
隣の席には、すでにそらが座っていた。
そらのひだり頬がちょっとだけ赤く腫れているように見える。
「どうしたんだ、その顔?」
尋ねる俺に、そらは「へへへっ」と笑った。
「お父さんに叩かれちゃった」
「なんで?」
「弱い者イジメに参加した罰だって」
なるほど。
「俺はそらのこと怒ってないのに」
「でも、罰は受けるべきだと思う。こんな罰じゃ足りないかもだけど」
こうして、勇者と魔王の小学校生活が始まった。
初日から色々あったが、これからは平和な学校生活だ。
せいぜい楽しませてもらうとしよう。
ここまでご覧いただきましてありがとうございました。
これにて、第2章『魔王と勇者、いじめっ子と対決する』終了です。
第3章は『魔王と勇者の小学生生活』を題して2人の楽しい小学校生活を6話ほどお届けする予定です。
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