第10話 魔王と勇者、職員室へ呼び出される
ササゴを保健室に連れて行った田中先生は、10分ほどで戻ってきた。
そして、俺と勇美に怒鳴る。
「神谷勇美、影陽、一緒に職員室に来い!」
ふむ。これまで俺……というか影陽を無視していたくせに今更なにを言うのかと思うが。
まあいい。付き合ってやろうじゃないか。
俺はうなずいた。
「分りました。勇美も行こうぜ」
「いや、しかし……」
「別にドラゴンが住む洞窟に行くわけじゃないだろ?」
「……まあ、そうか」
そらが心配そうに俺に言う。
「影陽くん、大丈夫?」
「問題無いよ」
余裕の笑顔を浮かべる俺に、そらは「うん」とうなずいた。
田中先生が他の生徒達に言う。。
「1時間目は自習だ。丸木、学級委員長として他の児童がちゃんと自習しているか見ておけよ」
「了解です」
学がうなずいたのを確認して、田中先生は俺と勇美を職員室へと連行した。
職員室では中年の男性が待ち構えていた。
彼は田中先生と俺たちをみるなり言った。
「田中先生、豪気に暴力を振るったというのはその2人ですかな?」
「はい、教頭先生」
教頭先生? そういえば影陽の日記に書かれていたな。
確か、ササゴの親戚とかなんとか。
してみると、これは……
教頭先生はツカツカと俺たちの前にやってきて、にらみつけた。。
「そうか。先日車道に飛び出して事故にあった双子か。今日から学校に戻ったと聞いていたが、早速暴力事件を起こすとはな。呆れかえるよりほかない」
田中先生が恐縮しながら教頭先生に頭を下げた。
「我がクラスの不良児童が佐々倉くんに大変なことをいたしました。本当に申し訳ありません」
「田中先生が謝ることはありませんよ。こういう不良児童というのはいつの時代も一定数いるものです。本当に困ったものだ」
そのあと、ゴミでも見るかのような視線を俺たちに向けた。
「事故にあったのならそのまま病院にいてくれればいいものを」
「教頭先生の仰るとおりですなぁ。とくに男児の方――影陽は本当に問題児でして。私も教師生活が長いですが、ここまでどうしょうもない児童は知りません。死んでくれた方が世のためだったでしょうな」
なんだと?
児童に『死んでくれた方が世のためだった』とは。
今はっきりと確信した。
この2人に教師たる資格はない。
「はーははっ、たしかにそのとおりだ。そもそも5年生にもなって不用意に車道に飛び出すなど、親の教育がなっとらん証拠だ。自動車の運転手もいい迷惑だな。あるいは、親が賠償金目当てで車に飛び込めとでも言ったんじゃないか」
「なるほど、当たり屋ですか。ありえそうなことですな」
そこまで言って、2人は「がっはははっ」と笑い合う。
コイツら!
勝手な妄想をゴチャゴチャ言いやがって!
そもそもあの事故は!
……ダメだ。落ち着け俺。
ここで怒りにまかせてはまずい。
まずは冷静に……と自分に言い聞かせていたのだが、そんな忍耐など持ち合わせてヤツがいた。
いうまでもなく、正義の勇者殿こと勇美である。
「貴様ら! 黙って聞いていればいい気になって! 魔王以上の邪悪が!」
叫んで勇美は田中先生の腹にキック。続けて教頭先生にも飛びかかろうとした。
俺はあわてて勇美の腕を握って止める。
「よせ、勇美」
「はなせ魔王! こんなヤツラ、勇者の名にかけて退治してくれる!」
ササゴといい、勇美といい、なんでこうも沸点が低いんだろうな。
会話もせずに暴力に訴えるなどヒトではなく魔物の所業だ。
意外と彼女とササゴは似たもの同士なんじゃないのか?
そんなことすら思ってしまうが、さすがに正義を志す勇美といじめっ子のササゴでは違うか。
暴走した正義などはた迷惑でしかないが。
教頭先生が俺たちに言う。
「なんという暴力的な双子だ」
おいおい、俺は暴力なんて振るってないぞ?
むしろ、勇美を止めているだろう。
「それに勇者だの魔王だの何を言っているんだか」
ヤレヤレと手を広げる教頭先生に、田中先生が言う。
「どうせファミコンの話でしょう。まったく、テレビゲームなど子ども達に害しかありません」
「本当にその通りですな」
テレビゲームとやらについてはどうでもいいが、さすがに俺も反撃したくなった。
といっても、暴力はいかんな。相手が手を出してきたわけでもないのだし。
その点に関しては勇美が悪いだろう。
俺は「ふぅ」とため息をついてから田中先生に言った。
「あー、確かに先生を蹴飛ばしたのは勇美が悪いですね。そこは謝罪しておきますよ」
俺は一応頭を下げた。
すると勇美が俺に叫んだ。
「おい、魔王! こんなヤツラに謝罪など不要だ!」
ジタバタ暴れる勇美を抑えたまま、俺は「ですが……」といいつつ、教頭先生を睨む。
「先生方もあまりにも一方的かつ下劣な説教をされるのはご勘弁いただきたい」
俺の言葉に、田中先生が叫ぶ。
「なんだと!? 影陽、教頭先生になんという口をきくんだ!」
やれやれ。怒鳴りつければ子どもは黙ると思っているのだろう。
教師としては最悪の類いだな。
もちろん、60年生きた魔王たる俺にはまったく通用しないが。
俺はなおもゴチャゴチャ叫んでいる田中先生の言葉を、「まず!」と言って遮った。
「佐々倉くんとのことに関して言うならば、先に手を出したのは彼の方です。さらに言えば、同級生の青井そらくんに対しても彼は殴りかかりました。あまつさえ、まだ幼稚園児の俺たちの妹にまで手を出すと宣言したのです。勇美が怒るのも当然でしょう」
一気に言ってやると、田中先生も押し黙った。
「たしかに倒れた相手の背中を踏もうとした勇美は若干やりすぎだったかもしれませんが、それにしても叱るならば佐々倉くんが先でしょう。よしんば喧嘩両成敗がこの学校の方針だったとしても、俺たちだけが一方的に呼び出されるいわれはない」
ついでに言えば、勇美はともかく俺は暴力なんて振るってないしな。まあ、これは言わないでおくが。
教頭先生が「ほう」と目を細めた。
「田中先生、彼の話は本当かね?」
「まさかっ! 佐々倉くんは素晴らしい児童です。さすがは教頭先生の甥だけあって、クラスのリーダー的存在。まさに模範の児童です」
よく言うな。
あれが模範の児童だとしたらこの学校は終わっているぞ。
ま、ある意味クラスのリーダー的存在ではあるかもしれない。暴力で支配するという意味でだが。
「なるほど。さすが児童と一緒になってイジメに参加する先生は言うことが違うな」
「な、なにを!?」
「出席確認で露骨に俺のことだけ無視しやがって。今日だけじゃなく、事故の前もそうだった」
「適当なことを言うな!」
「それに、教え子に死ねばいいみたいなことを言う時点で2人とも教師たる資格があるのか疑問だな」
俺はそう言って笑ってやる。
田中先生が俺に向かって叫ぶ。
「このクソガキがぁぁぁ!」
叫んで俺の頬を平手打ち!
ふむ、結構痛いな。
俺はニヤッと笑みを浮かべた。
「これで勇美がアンタを蹴飛ばした分と相殺だな」
「何をっ」
「蹴りと平手打ちの差はあるが、大人と子どもの力の差もあるだろ?」
田中先生は顔に青筋を立てて怒り狂った。
「こ、この不良ガキどもがぁぁ」
叫んで、今度はグーで殴りかかってきた。
俺は勇美の腕をはなして、飛び退く。
田中先生のこぶしは見事にスカ。
「ふむ、田中先生は運動不足だな。これならササゴのパンチの方がよっぽど早さがあった」
せせら笑ってやると、田中先生は机の上に置いてあった鉛筆を手に取り、俺に投げつけてきた。
もちろん、あっさり避けてやる。
「おい、さすがにモノを投げるのはやりすぎだろ」
俺が呆れていると、今度は机の横に立てかけてあった木製の棒のようなモノを構えた。
メモリがついているようだしひょっとして定規か? やけに長いな。影陽の身長と同じくらいの長さがあるぞ。
「おいっ。なにするんだよ!」
今のところ全部躱しているが、逃げ場の少ない室内ではすぐに追い詰められそうだな。
さすがに反撃するか、あるいは廊下に逃げ出すかせざるをえないか。
逃げるなら簡単だが、勇美1人残していくのは心配だ。
勇美が怪我をするというよりも、彼女が暴走して田中先生と教頭先生をぶち倒しかねない。
反撃してもいいが、教師相手に暴力沙汰はあまりスマートなやり方ではないだろう。
どんな理由があろうと、俺が教師に手を出したと両親――とくにあかりが知ったら悲しみそうだ
さて、どうするかと俺が迷っていると、教室の奥の扉が開いた。
そこには白髪の男性と、それになぜか不安そうな表情のそらが立っていた。
「やめなさい!」
白髪の男性が叫ぶと、田中先生の動きがピタッと止まった。
「こ、校長先生。今日は教育委員会の会議でお出かけだったのでは……」
「その予定だったが先ほど延期の知らせがあった。それはそうと、これは一体何の騒ぎだね」
白髪の男性……校長先生は、田中先生と教頭先生をギロリとにらみつけた。




