5 愛称
彼は頬杖をしながら薄らと口角を上げる。……何か企んでいますの?
「ミズキ、ですが……?」
前世ではずっと瑞希と呼ばれていたが、それがどうしたのだろうか。私は質問の意図が読めず首を傾げる。
「面白い君に似合う愛称とかはないの?」
最近、ジェラルドは化けの皮が剥がれ過ぎている。揶揄ってきて、僅かながらにイラっとしている私を見ていつも余裕たっぷりに笑うのだ。性格が悪い。そうとしか言いようがない。まさか世間はこの妙にイラッとする感じをSと呼んでいるのだろうか。
「そんなものはないですよ。というか、急にどうしたんです?」
「いやぁ、ね? 仲良くなった印に、君を愛称で呼びたいなって。何か候補はない?」
その言葉に、私はんーと思考を巡らせる。そして、前世の記憶まで遡り、思いついた言葉を引っ張り出した。
「ああ、この名前の字には『めでたい』や『まれ』という意味があるので……セレブレイト、略してセレとかどうでしょうか? 祝うという意味をもつ異国の言葉です」
そう告げると、ジェラルドがふっと感情の読めない表情で笑った。けれど、その瞳はどこか嬉しそうにも見える。
「……そう。セレブレイト、セレ……。うん、ありがとう、これからはそう呼ぶよ」
いつもは余裕たっぷりの意地悪な表情を浮かべているので、少しでも感情が伝わるような笑い方は珍しい。私は驚きで軽く目を見開いた。
世のご令嬢が失神しそうな微笑みだわ……って、また貴族の口調が……。
「俺は……なんて呼べばいいですか? 兄上とは違うもので呼びたいのだが……」
今度は複雑そうな表情をしたアルフレッドに尋ねられた。……何故ジェラルドと別のものなのかしら? まぁなんでもいいけれど。
「んー、そうですね。ミズキのミズを文字って……“ミーシャ”とかはどうでしょう? もはや原型を留めていませんが……」
異世界っぽく変えてみたけれど、これでは誰だか分からない。
でも、それでも気に入ってくれたようで、アルフレッドはジェラルドと似たような反応をしていた。うん、嬉しそうで何よりね。
「さて、今日来た理由だけどね」
そう切り出したジェラルドに、私は理由なんてあったのかと驚く。
「いつも理由もなく来ていますよね? まるで毎回理由があって来ているかのような言い方を」
最近の私達は、このようなちょっと鋭い――一歩間違えれば不敬になりそうなやり取りを冗談混じりにしていた。思わず踏み込んだ不敬なことを言ってしまった私を彼らが許し、気にしないでもっと気楽にと言ってくれたのがきっかけだ。
……あのとき、本当に首が飛ばなくてよかったと、今でもたまに思い出してヒヤヒヤしている。
「理由ならあるよ?」
そう言い、危うい過去を思い出している私をジェラルドはじっと見つめ、不意にふっと挑発するような表情を浮かべた。
「……? 」
「そして、理由なんだが……俺達と出掛けませんか?」
そんなジェラルドと私のやりとりの間に入るように、アルフレッドが言葉を挟んだ。
ええ、察してくれてありがたいです。よく分からないけれど負けた気がして、負けず嫌いの血が騒ぐところでした。ジェラルドとなら永遠に戦えそうですし。
けれど、そう思う私とは反対に、ジェラルドは何故か少し不満げにしていた。これはまた珍しく、わずかに表情に出ているのだ。……戦闘狂なんですか?
「出掛ける?」
「そう。一緒に買い物をしたり食事を取ったりとね。どう? 行かない?」
私の疑問に、今度はさっきまで不満そうにしていたジェラルドが答えてくれる。不満げな表情は消え、今はにこにこと微笑んでいる。
私は話を聞いて行きたいと思ったけれど、一度よく考える。……彼らは乙女ゲームのキャラではあるが、攻略対象ではないし、全力でモブらしくないけれど一応モブなのだから、彼らとの買い物なんてなかった。……うん、乙女ゲームからはちゃんと抜け出せているのだろう。
「はい!行きたいです」
それならばもう不安なことはない。せっかく案内人がついてくれるというのだから、町歩きを楽しみたい。
「それは良かったです。では、いつ行きましょうか? 俺達は行けるとしたら明日か明々後日ですよね?」
私の答えに嬉しそうに微笑んだアルフレッドが、視線でジェラルドに確認する。
「では、明々後日でお願いします」
「分かりました」
「じゃあ、準備しておいてね」
そして、彼らはそれぞれそう言葉を残すと、店から出ていった。
「やあ、セレ。久しぶりだね」
「三日ぶりです」
「おはようございます」
もう聞き慣れてしまったカランコロンというドアのベルの音に私は振り向く。彼らは大体二日に一回は来ているのだ。王子である筈なのにペースが早すぎる。
溜まった仕事はどこにいったのでしょう?
「準備は出来たかい?」
ジェラルドは私の言葉をまるっと無視した。そのことにむっと思いつつも、私は返事をする。
今日は町に出かける日だ。
「はい。さっきちょうど終わりましたよ」
「では早速だけれど行こうか」
そして、私は何か言う暇なく王子達にそれぞれ手を引かれると、エスコートやドアを開けてくれるというレディファーストを受けて店を出た。強く引っ張られすぎて、思わず転びそうになる。
……まさしくこれは、両手に花状態……。
される側も大変だということを、今日初めて知った。