4 お悩み相談
草をかき分けて見つけたそこは、とても暗くて狭い空間だった。日光は木々の葉にほぼ完全に遮られ、私が魔法でずっと光源を確保しておかなければいけないような状態だ。
そして、黒いモヤのようなものがあちこちにいる。おそらくそのモヤが闇の精霊だろう。
王子達も私と同じことを思ったようで、彼らは精霊達にどんどん声を掛けていく。それから暫く経ち、やることもない私は荷物の整理をしながらふと視線を上げると、ジェラルドが一つの個体の前で長く話を続けていた。うん、その様子を見る限り契約を出来たようだ。
次はとアルフレッドに目を向ける。彼は精霊とすごく真剣そうに話し合っている。彼は真面目キャラだし、おそらく精霊関係の知識の話にでも花が咲いたのではないだろうか。
そうして二人を見ていると、私はいつの間にか隣にいた精霊に話しかけられた。
「そこのお嬢さん。貴女にして頂きたいことがあるのです」
頼み事がある、とお辞儀をするように精霊のモヤが動いた。
精霊が人間に頼み事をすることは稀だ。何故なら、人間に出来ない大抵のことを精霊は出来るのだから。言い換えれば、精霊に出来ないことは人間にも出来ない。
そのため、私は少し緊張感を感じながら答えた。
「……ええ、なんでしょうか?」
「実は――」
精霊の話によると、本来、精霊のいる場所がここまで暗いのはおかしいそうだ。目の前にいる精霊の予想では、闇の魔力が木の葉に影響して、異常なほどに日光を通さなくなってしまったのでは、とのこと。
そのため、闇の魔力を光の魔力に置き換えて、日光を通すようにして欲しいようだ。
「勿論。いいですよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
どんな難題を言われるかと思ったが……この程度なら全く問題ない。おそらく、闇の魔力をもつ闇の精霊ゆえに出来なかった問題なのだろう。
けれど、全属性もちで、仮にも――ソフィアが気づいていないだけで、国で指5本に入る凄腕――魔術師なのだから、このくらい造作もないことだ。
「光の精霊よ、我に応えよ——」
精霊に頼る魔法を使うには、精霊に呼びかけなければならない。今回は光の精霊に頼るつもりだ。
私は呼びかけに使う呪文を唱えると、闇の魔力を光の魔力で追い出すイメージをする。言うならば、玉突き事故のような感じだろうか。
そうすると、次第に黒い霧がだんだんと晴れていき、木の葉から輝きが漏れ出した。
「ああ、お嬢さん――いやお嬢さま! 本当にありがとうございます!!」
「お嬢さま……? ああ、ごめんなさい、名乗っていませんでしたね。ミズキと申します」
お嬢様という言葉は主に使用人が使うものではと考えつつ、話の続きを促す。
「ミズキ様!! 是非私の悩みを解決してくれぬか!」
「俺の悩みを、ミズキ様!」
「いや、ミズキ様! この哀れな私の悩みを聞くだけ聞いてくださいな」
続きを促そうとしたのだが……何故か精霊が群がってきた。どうやら、私はお悩み相談窓口になってしまったらしい。
というか、最後の方は解決じゃなくて聞くだけって。
「ふふ、ミズキは人気者のようだね?」
「モテていますね」
無事に契約を終えたらしい王子達が、揶揄うような口調で言ってきた。……ここに置いて帰ってやろうかしら。
それから二時間ほど経った頃、私はようやく解放された。……はぁ、流石に疲れましたわね。
「おう……じゃなかった。ジェドさんアルさん、もう帰りましょう」
そして疲れ過ぎてしまった私は、危うく王子達と言いそうになってしまった。疲れとは怖いものですわ。
「そうだね。精霊ともしっかり話せたし」
「ええ、帰りましょう」
それから更に一時間後、森の出口で。
「今日は護衛をありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
私達は町に向かって歩きながら依頼について話す。
「では、ここで解散で」
「そうだね。……これからもよろしくね。また依頼するかもしれないし」
そう言ったジェラルドに、私は口元が引き攣りそうになる。またですか。ええ、是非にお断りしたいのですが。ある朝突然国の遣いが来たと思ったら『王子が危険に晒されたため処刑します』とか、冗談じゃないですもの。
「……こちらこそ」
裏でそんなことを考えていた私は、見事な営業スマイルで答えた。
ああ、神様。もう二度と彼らが来ませんように。
◇◇◇◇◇◇
あれから二ヶ月程経過した。
神様にはどうやら見捨てられたらしく、王子達とはすっかり仲良くなってしまった。今では依頼がなくても話す仲になってしまい、何故か店が溜まり場となっている。
今日も店に来た彼らを迎え、お茶を出す。
そうして暫く会話を楽しんでいると、ふとジェラルドが思いついたように私に問うた。
「ねぇ、ミズキ。君って周りになんて呼ばれているの?」