3 危険
「「おはようございます」」
カランコロンと、ドアのベルが来客を知らせる。現在の時刻は8時58分だ――ちなみに、この世界には時計という前世とほとんど変わらないものが存在している。エネルギーが電気か魔力かの違いだ。文明的にはあり得ないが、そこは乙女ゲームの世界ということだろう――。
ということは……。
「おはようございます、ジェド様、アル様」
2階から1階のお店に降りると、王子達がソファーに座っていた。朝起きると王子達がいる――ある意味ホラーではないだろうか。
「ああ、様はなくて大丈夫ですよ。様付けされるような人間じゃないので」
私の挨拶に、ジェラルドは苦笑混じりに言った。作られたような人間味のある表情に、私は口元を引き攣らせそうになる。
……いやいやいや、貴方は敬称をつけられる側の人間でしょう。確か、この国で2番目だか3番目だかに偉い方なのでしょう?
「分かりました。では次からはそう呼ばせて頂きます」
「ええ、そうして下さい。ああ、そうそう、これが前払いの金です。一応ご確認を」
そう言うと、小さいわりにはずっしりと重そうな袋を渡される。確認のために開けてみると、中には金貨が詰まっていた。今回はかなり危険であるため、料金が高いのだ。
「丁度頂戴いたしました。ではちょうど9時になりましたし、そろそろ行きましょうか。少々お待ちくださいませ」
そう言うと、急いで店の奥の個室に駆け込んだ。まだ2分あると思って、用意が終わっていなかったのだ。私は魔術師に必要なものなどいくつかを手に取る。
「お待たせいたしました。では、行きましょう」
「おお、流石ですねミズキ様! 冒険者としての噂は聞いております」
そう声を上げるのはジェラルドだ。あ、ちなみに、私はいま瑞希と名乗っています。前世での名前が佐倉瑞希でしたので。
そういえば、この王子は何故私の名前を知っているのでしょうか。ああ、例の噂からですかね?
「ありがとうございます。私も様は付けなくて大丈夫ですよ。よろしければ、呼び捨てで敬語もなしでお願いします。この森は危険ですので、あまり進んで会話はしたくないのです」
私は敢えて少し冷淡に早口で告げた。緊張感を持ってもらうためだ。
「そうか、分かった。これからは口数を減らすよ」
「ありがとうございます」
口に出してから、さすがに不敬だったかと不安になったけれど……でも、本人が気にしてないからいいですよね!
というか、それよりも余程気になることがあるのだ。それは、アルフレッドがずっと喋っていないこと。私の記憶にある限り、彼は一回も話していない。無口というのにも少しおかしいレベルで。
少し考えながら進んでいると、じいっとした視線を感じた。そちらに目を向けるとジェラルドが私の方を見ている。おそらく、考え事はしない方がいいのでは、ということだろう。先程自分で言ったことなのに。
私はジェラルドに笑んで礼を伝えた。
この王子達の目的は、精霊らしい。この国ではこの森のみに生息する闇の精霊と契約するために、わざわざ危険な森に足を運んだというわけだ。
契約では、契約する本人が精霊と会う必要があるので、今は闇の精霊が生息している森の奥地へと向かっている。
奥に行くほど強い魔物が出てくるけれど、私にはまだ余裕がある。問題はアルフレッドだろうか。ハアハアと息遣いを荒くして歩いていて、森を歩くことに慣れていないのが伝わってくる。彼はどちらかといえば、文官向けの方ですものね。
……え? 私も少し前までは令嬢で、森なんか歩いたことがないだろうって?
それは、あれですよ。お父様に少しお願いして、魔術師として軽い活動をしてみたり、学園の校外授業で足場の悪い場所の歩き方を学んだのです。
決して、一人で家を抜け出したわけではありませんよ?
そんな誰に対してでもない言い訳をしながら、私は改めてアルフレッドに視線を向ける。
……もう限界が近そうですね。そろそろ何処かで休憩を挟むのも考えた方が――
「っ危ない!!」
そのとき、私は斜め前方から殺気を感じ、咄嗟に王子達を引っ張って背中に庇った。それと同時に、黒い影が飛び出してくる。
「呪縛!」
私は闇魔法を放つ。いくつもの黒い手が魔物を捕まえた。魔物の周囲に黒いモヤがまとわりつく。……良かった、上手くいったようだ。動けないよう固定して呪ったから、少しは目を離しても大丈夫だろう。
「アルさん!! ジェドさんも大丈夫ですか!?」
あの魔物は、アルフレッドをターゲットにしていた。一番怖かっただろう。
王子達は地面に座り込んだままぽかんとしている。ええ、無理もありません、あの魔物は上級でした。おそらく冒険者ならばAランク以上推奨の魔物でしょう。とても恐ろしかった筈です。
「私は大丈夫だけれど……あの魔法……」
「……申し訳ないです。ありがとう」
……は、初めてアルフレッドと口を聞きました! 反抗期の弟と話せたときの気分ですわ!
ああ、いけません。感動が勝ってジェラルドの声が聞き取れませんでした。……まあいいですよね。
「いえ、大丈夫ですよ。私は護衛の役目を果たしただけです。それよりも、あと少しで闇の精霊の生活圏ですよ」
私は優しく落ち着かせるように言った。手を貸して王子達を立たせる。
さて、怖いものはさっさと倒しましょうか。
「爆発」
私がそう唱えると、固定されていた魔物が灰になりました。もうこれで怖くありませんね。
「よし!では行きましょう!」
「……」
「……!」
「ミズキ、あの草は何でしょう?」
「ああ、あれですか。あれは薬草で——」
「あれは!? あれは何だ!?」
「あそこに生えているものですか?あれは——」
「ミズキ、あの鳥は一体!?」
「あれはディーンバードといって水の魔法を使う鳥です。名前はウンディーネからきています」
私はアルフレッドの問いに返しながら、にまにまとする口元を隠すように手で覆う。
きっかけは分かりませんが、アルフレッドがすごく話しかけてくれるようになったんです! 主に彼が知らないことについて話しているので、すごく目を輝かせていますの。こう、人見知りな動物に懐かれたようで、すごく嬉しいです! もしこれが、魔術師として認められたということならすごく嬉しいのですが……!
……こほん。それにしても、さすが真面目キャラですわ。色々なことに興味を持たれていますのね。
「お、着きましたよ!」