≪ ❷…Ⅱ ≫
『さぁ行け。国に用があるんだろう』
「貴方は?」
『命が尽きる迄、此処で忠誠を誓うだけだ』
「……そうですか」
それ以上何も言わない狼に、私は背を向けて王国の入り口に向かった。
王国の入り口は白く高い大きな門扉だった。
特に見張りが居ない所を見ると自由に出入りしていいように見える
大きな門扉は馬車一つ分開いたままになっていた。
そこから王国に入ると、大きな中央広場であろう場所があり…その周りには数多くの家が並んでいた。
広場には人が賑わい、色んな出店もある。
中央広場の奥には大きな城が見えたが、あそこが狼が言っていた契約者の王族が住んでいる場所なのだろう。自然と視線は城に向かい…何とも言えない感情を覚える。
自分が口を挟む事ではないが、
王国に足を踏み入れた瞬間…狼の魔力とは別のモノを感じた。
その魔力が城、いや円を描く城壁と門を覆うように結界を張っている。
それを見て、狼の力等必要としていないように思えてならなかった…
だけど、それでも狼は忠誠をこの王国の契約を今でも律儀に守っている。
『胸糞悪いな』
「…そんな事言わないの」
ふわりふわりと私の肩に止まり、モルフォの子のノーヴィが私に言った。
まるで私の気持ちを汲み取っているかのように、同意を求めるような苛々とした感情を子等から感じる。子等も、あの狼が可哀想だと感じているのだろう…
広場の出店を見て回り、食料を調達して落ち着いた私は久々に宿を取る事にした。
野宿ばかりだった事に不便はなかったけど、何故だかこの国の情報がほしいと、私は気になってしまったのだ。
そう思っていると、
宿のカフェテラスでゆっくりしている私にフードを被った人が声を掛けて来た。
「少し、同席しても良いでしょうか?」
声からして男だろう。怪しい風貌はしているものの、危険な魔力も殺気も感じないのを見て
「ええ、どうぞ」
私は快く同席を了承した。
フードをしているものの、席につくその動作はとても軽やかで優雅だった。
その動作に普通の人ではないだろうと確信はしつつ、相手の様子を見ていると
「外にいる白狼様にお会いになりましたか?」
と聞いてきた。
何故そんな事を聞くのか、それが分かるのか不思議には思いながらもその声にも殺気は感じない。
それよりもまるで…
「ええ。この国に忠誠を誓っている主と仰っていました」
「そうですか…」
「かなり深い傷を負っていたので治療も兼ねて少しお話をさせて頂いたんです」
「…?!」
私の言葉に激しく動揺したのか、ビクっと身体が震えフードが少しずれる程の勢いで俯いていた顔が私を捉えた。その瞬間見えていなかった……狼と同じ金色の瞳が悲しげに私を見つめて離さなかった。
「は、白狼様は…」
震える声でそう口にする。
心配をしているのだろう、今にも泣きそうな瞳が私の言葉を待っていた。
「大丈夫ですよ。身体に銃弾がありましたが、治療して今は安静にしていると思います」
「………良かった…」
一気に肩の力が抜けたように、ホッとしたその安堵の言葉に…
この国でも良い人?なのだろうと思った。
それよりも、
「貴方は此処の主とどういう関係なのですか?」
「私は……」
言葉は途切れ、躊躇が入る。
私は周りを見渡す。
カフェ内ともあり、周りには多くの人がいる。
誰かに知られたくない、という事だろう…
そう察した私は
「では、こうしましょう」
「え?」
「ゼロ、クアトロ、センス、オイト…お願い」
「あの…?」
私は子等を通して私達の周りに小さな結界を張った。
子等の力を借りて周りから音を遮断し、結界内の音も零さぬように。
「今、結界を張りました。普通に見えますが周りの人には私達の声は届きません」
カフェの店主に向かって「すみませーん!」と大きい声を上げて反応がないのを見て、ほらねと笑い掛ける。
「貴方は一体…?」
「ただの通りすがりの魔女です」
「魔女…?」
そう言って私の周りで結界の範囲を調節してくれている子等を見て、フードの男はハッとして私を見た。
「もしや……三大魔女のモルフォ様、ですか?」
「……!」
この国でも、私の存在を知られている事に少し驚きつつ…
行った事の無い国にすら魔女の情報は飛び交うものなのかと感心した。
「そうも言われていますね」
「そうでしたか……だから、白狼様も…」
何処か嬉しそうに安堵した表情が余計に柔らかくなる。
「モルフォ様になら、伝えても良いと判断します。私は……現国王から名も権威も剥奪された、この国の元王子…銀・ユリア・D・ホワルフです」
「この国の…?」
「はい。私の母が亡くなってから、国王は隣国の勢力を手に入れる為…新しい王妃を迎えました。その妃は強力な魔力と武力がある為に古い考えの我が国の契約破棄を条件にこの国に来たのです」
「もしかして、主の怪我は……」
「ええ。契約を破棄させる為の手段に……白狼様を抹殺しようとした王族の者の仕業だと思います…」
悔しそうに、テーブルの上に乗せていた握られた拳が赤くなる程力がこもっていた。
「王子は、」
「もう王子ではありません……気軽にホワルフとお呼び下さい」
「……ホワルフ様は、何故権威を剥奪に?」
「先程も仰っていたように、新しい王妃の命令です。王妃はとても賢く厳しく、底の見えない人でした。この国を我がモノにするのに、私は邪魔だったのでしょう……私は、どうしても白狼様への忠誠を裏切れない者だったので」
「それで、剥奪……」
「はい。王妃も自国からの息子をこちらに王子として迎えようとしていましたし……駒に出来ない私は邪魔の何者でもないでしょうから」
「酷い話ですね…」
「そうですね。ですが、王妃の考えも、否定は出来ないものもあります…」
「…………」
「自らの勢力で、未来を築き上げる思想の人です。その為に信頼の無い者は排除する。逆に元々の狼銀聖は白狼様、精霊の力を借りて共に助け合い未来を守り抜く思想でした……私達は保守的でもあり、王妃の考えは野心家そのものです。分かり合えない思想、だと思います」
「ホワルフ様は、それでいいのですか?」
「私は、いいんです。私がどうなろうが、国が安寧なら野心家であろうが問題はありません……ただ、どうしても…私は白狼様だけは、契約が破られたとしても……消えてほしくないのです。それだけ、それだけ白狼様はこの500年近くを御一人で私達狼銀聖を守って下さったんです…」
両の拳を額に押し当て、深く深く重い震える声でホワルフ様は思いの丈を口にした。
「では、答えは出ていますね」
「え?」
私は結界を外し、椅子から立ち上がる。
「私がホワルフ様と主様をお助けします」
私は手を差し伸べ、強い意志でホワルフ様をみつめた。