≪ ❷…Ⅲ ≫
「何をするおつもりですか?」
「まずは主様に話をしに行きます」
「白狼様に…?」
その瞬間一緒に歩んでいたホワルフ様の足が止まった。
「…?」
「白狼様は、私と……会ってくれるでしょうか。白狼様を守れなかった私が…白狼様に、会いに行ってもいいのでしょうか?」
懇願にも似たその表情と言葉は不安でいっぱいのようだった。
それでも、先に主様に会っていた私には分かる。
「大丈夫ですよ。主様は、今も尚この国を守りたいと想っておられます」
「…………」
私の言葉に俯いてしまったが、ホワルフ様は立ち止まっていた歩を進めた。
その進みに私は頬が緩んだ。
それから私達は一度国の外へ出て、手当した場所へ移動した。
「居ない、ですね。魔力は感じますが…」
「狙われている身です……隠れているのかもしれません」
ホワルフ様の言葉に納得しつつ、私も主様に安静に、と言った手前…
こんな一面、雪が覆う分かりやすい場所に留まるとも思えず。
ふむ、と考えながら私は子等を呼んだ。
「白狼様を探してくれる?」
『いいよ~~~』
『了解!』
子等が散り散りになり、主様の捜索が始まった。
私達も木々が多い方へ進み主様を探す。
すると、ドオオンと地響きすらする轟音が森の中に響き渡った。
一瞬にして嫌な予感を感じた私は、
「ホワルフ様、魔法で移動します!」
「え?!」
答えを待たずに私はホワルフ様を巻き込み魔法で瞬時に轟音の鳴る場所迄移動した。
「これは…」
「白狼様…!!」
移動した先には、炎の結界と鎖に捕らわれた主様と、赤いフードに身を包んだ魔術師と剣士が主様を囲んでいた。
主様は静かに目を閉じ、抵抗すらしていない……
その姿が…私には痛々しく見えてならなかった。
「やめなさい」
私は自然とそう口にしていた。
急に存在を感知した魔術師と剣士達が一斉に私達を見る。
それは驚き、警戒心、そして…殺意。
「何者だお前ら」
睨み付けてくる剣士に冷静に私は答える。
「その精霊様と親しい者です」
「コレは我らの国のモノだ……部外者は立ち去れ」
「そうもいきません」
「何だと?」
剣士達が私の言葉で攻撃態勢にはいる。
これはいけない。
ビリビリと子等が怒っているのを感じる…
「私が助けますから」
「この女!!」
「見られたからにはお前らも消す!!」
ジャキ、と剣を鳴らし剣士達は一斉に私に向かって刃を向けた。
「トレイス!セッチ!」
戦闘向けの子等を呼び、子等は姿を剣に変えてその刃はあらゆる方向から手元を狙う。
怒っているせいか、子等にいつもの余裕と遠慮はなかった。
「ぐああああ」
剣士達の叫び声の中、
「シンコ、ノーヴィ」
次に魔術師の動きを止める為魔法の得意な子等を呼ぶ。
シンコは一瞬にして魔術師達の身体の動きを止め、ノーヴィは鋭い光の粒で魔法陣と杖を破壊する。
「ゼロ、ドイス……主様の開放を」
炎を主体とした鎖と結界を私の水魔法を元に子等が破壊と浄化をする。
「す、すごい……」
ホワルフ様の声がするのに数分も掛からなかった。
ホワルフ様の言葉で、王妃様の魔力や武力に警戒はしていたものの。
私の力だけでどうにかなって良かった…
ホッとして、魔術師と剣士を子等に捕えさせ、主様の元へホワルフ様と駆け寄る。
「主様、大丈夫でしたか?」
『貴様にまた助けられるとは…』
「貴方を助けたい人がいたので、手を貸したまでです」
『そうか。銀の者か』
「白狼様………」
主様の、銀の者の言葉にホワルフ様は跪いて主様を見上げた。
「白狼様、申し訳ありませんでした。国の者が無礼を働き……そして銀を名乗る私も…白狼様を守れず」
『……良い』
「白狼様……」
『貴様は、初代の銀と同じ気と瞳をしているのだな』
「え?」
『その為に白狼は契約をし忠誠を誓っている。銀の血が消えぬ限り、白狼はこの身が朽ちる迄…忠誠を誓うのみ』
「…………」
主様の言葉に、ホワルフ様は苦しそうに顔を歪めた。
「白狼様、もう……いいのです」
『………』
「狼銀聖は変わってしまいます。銀の血が濃い私も、もうこの国には居られない身となる。白狼様……どうか。契約を解消しましょう…私は、白狼様に消えてほしくない、です」
『………貴様はどうする』
「私は此処を出て自由になります……白狼様も、消されるくらいなら…この国を忘れて自由になって下さい…」
『それが、今の銀の者の言葉か』
「はい……」
『白狼は最早精霊と同等……契約を破棄したとて、使命を無くした白狼は消えるが』
「…そ、そんなっ」
悲痛なホワルフ様の言葉に、主様は冷静に美しく静かな声で告げる。
そう……主様はもう狼とは離れた存在に変わってしまっている。
500年の契約の中で力を付け、現実と魔力や精霊の力の狭間に……生き物、とは括れない存在になってしまっている。
その主様の存在は契約を元に、姿形を現実に保っていられる。
それが無くなれば、それはもう……
「モルフォ様!」
「え?」
「先程の魔力の凄さに、お願いがあります……」
「私にですか?」
「はい……白狼様の契約を上塗りする事は、可能ですか?」
「!」
『………』
契約の上塗り、書き換え……それは精霊よりも強い力がある魔術師や魔女にしか出来ない事だ。
「…主様」
『うむ。可能だろうな……この白狼より、貴様の力の方が大きいようだ』
「………はい、」
分かっていた。主様の治療をした時、銃弾が心臓近くの精霊の魂魄とも言える部分に埋め込まれていた…それを私は、主様の身体を少し操作して銃弾を取り外した。
精霊の身体の中を自由に動かせる事自体、それはこちらの方が力がある事と同義。
だから、私には契約を上塗り出来る力は…ある。けど、
「主様は、それでいいのですか?」
「え?」
「主様は、消えたくないから私を頼りました。消えたない理由はこの国の、いいえ…銀の方達の為だったのではないのですか?」
『……』
「私と契約をすれば、500年築き上げてきた契約は消えて……これから私の傍に居ないといけなくなります」
「………」
『………』
「主様も、ホワルフ様も……此処まで助け合ってきた絆を、他人に任せ断ち切ってしまっていいのですか?」
主様は私を見ていた瞳をホワルフ様へ向け、また私に戻る。
「白狼様……私は、白狼様を敬愛しています。小さい頃から、代々伝わる契約を聞かされてきました。その話はまるでお伽話のように、神秘的で……私の憧れで敬愛すべき存在でした」
「……」
「そんな私が国王になれば、白狼様と共に国を支え守っていけると…楽しみにしていたのは私の目標であり夢でした」
『………』
「それも母亡くなって世界は一変しました。私の夢はその瞬間に崩れ落ちた……けれど、何故か絶望はなく……ただただ白狼様に申し訳ない気持ちでいっぱいになったのです」
「ホワルフ様……」
「今の私には銀の血はあれど、名も権威もありません……白狼様を守る事すら出来ないんです…!それでも私は……敬愛する白狼様を、無かった存在にはしたくないっ!この国が変わろうと…白狼様は何処かでまた誇り高く、誰かを守る守護者であってほしいのです…」
『そうか』
「これは私の我儘です。けれど、私は白狼様に…この世界で生きていてほしいのです」
涙を零しながら告げるホワルフ様を凛とした表情で見つめる主様は、静かに頷き立ち上がる。
『銀は昔から傲慢、我儘、お人よしで形成される生き物なのだな』
「…白狼様」
『良い。銀の者よ。貴様等の最後の願い、契約を了承しよう』
「はい……有難う御座います!白狼様っ」
ホワルフ様との会話を終え、主様は私に身体を向けた。
『魔女よ』
「はい」
『白狼と契約してくれるか?』
「はい。私が貴方達の想いを繋いでいきます」
『感謝する』
「有難う御座います…モルフォ様」
凛々しい主様の姿と、涙しながらも満面の笑みを見せるホワルフ様。
二人の瞳は同じ金色で、優しい色だった。
それが私には目に焼き付いて離れなかった。