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今度こそヘロンの店に行く悟達だったが意外と早く着いたというか商業ギルドから1分ほどで着いた。ヘロン曰く「職場から近ければ近いほど便利ですからね」と言っていた。
「さてここが私が代表を務めている商会ですよ」
そういって案内された商会はギルドに負けず劣らずの大きさだった。2階建ての店の扉は両開きになっていて中の様子がよく見える構造になっている。手前は日用品があって奥のほうは布で仕切られていて見えないが客の出入りしている頻度から考えて贅沢品などが置いてあるのだろうか、店内には用心棒のような人が複数人いて目を光らせている。
「すごく大きいな。素人目から見ても儲かっているのがわかる」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。さてこのまま正面から入ってもいいのですが、少々目立ってしまいますから裏口から入りましょうか」
「そうだな店の店長がいきなり出てきたら店の客も驚いてしまうからな」
そういって店の裏口に案内された見張りがいたが当然顔パスだったこのまま店内に通してもらえるかと思ったがどうやら客室のようなところに案内されるらしい。ヘロンが途中で店員に声をかけてお茶を出すようにとそのほか伝言らしきことを言っていた。ほとんど聞き取れなかったが。客室につくまでの間ヘロンは一言も話さなかった、何やら考え事があるような感じだったため話しかけなかったが。
優秀な店員だったのだろう客室についてからほどなくして紅茶が出された。
そしてヘロンが紅茶を一口飲んでからこちらを注意深く見ながら話し始めた。
「ここまでくればもう本当のことを話してもよろしいですよ?」
その言葉を聞いたとき俺は全身の血が凍りつくかと思った。おそらく顔にはほとんど出ていなかったと思うがこいつからどれだけ隠し通せているかわかったものではない。が、一応とぼけてみることにした。
「本当のこと?何の話か分からないな」
この言葉をいうだけでもかなりの労力を使った。言葉が震えているかわからなかったがばれていないことを祈るしかない。
「ふふ、まだとぼけますか。どこまで持つのか見ものですねぇ」
かなり厄介だぞこいつ…というか今こいつの店にいるから俺はのこのこと敵地のど真ん中に入れられてしまっているってことか。
「まず違和感その1これが一番わかりやすかったのですけどいくら何でも常識を知らなさすぎますんかね。いくらなんでも国の名前もその年齢になって知らないというのはあり得ますんね。違和感その2サトルさんその服はなんですか?あと靴もですけど。私は商人なのでいろいろなところを周ってきたのですけどそこまで質の良いものは見たことありませんよ」
この時点で悟はあきらめたような顔をしていたのだがヘロンはやめる気はないらしい。とても楽しそうな顔で推理を述べていく。
「そして違和感その3いくら何でも身綺麗すぎませんかこの都市から次の小さな村や町まで徒歩だと一日ほどかかります。それに服の上からですけどそこまで鍛えているとは思えませんしね」
「あー……完全に初めからばれていながらまんまと騙されてここまで連れてこられたってことか」
「それでサトルさんの隠していることと言うのはどういうことなのですか。嘘はついていると思いはしましたけど結論わかっていないのですよねぇ」
流石に異世界出身ということはばれてはいなかったらしい、そこはありがたかったが本当のことを話していいものか。まあ異世界からきましたーとか言っても簡単には信じてもらえないだろうけど。これ以上嘘をつき続ける自信はないし、それにこの世界にも俺の事情を知っている人間が存在してたほうが何かと便利だろう。
「はぁこれからいうことは正真正銘本当のことだからな、信じるかはそっちにお任せする」
そこから俺がこの世界に来る前の世界のことそして来ることになった理由あと神の祝福のことも話した、まあ全部話し切ってしまったという感じだ。話をしている間ヘロンは特に何も言わずにじっと俺の話を聞きながら時折考えこむように目を閉じたりしていた。
「さてこれが真実だこれを知ってヘロンはどうするつもりだ。もともと話を聞くためだけに店に連れ込んだりしたわけではないんだろう」
この時ヘロンは思ったよりもことの重大さに気づき始めていた。はじめは何か事情がありそうだったため列に並んでいるときに情報を引き出そうとしたが、あまりにも何も知らなかったため逆に気になって逃げ道をなくすために通行券代を払ったりして話を聞こうと考えていた。だが飛び出してきたのは自分はこの世界の人間ではないときた、それだけでも訳が分からないのに聞いたことがない種類の祝福持ちでもあった。ヘロンは鋭い嗅覚でこれは自分の人生を変える出会いだということに薄々気づき始めていた。
「ええとまず今更なのですが私はあなたの味方です。なのでこれからも警戒したりなどしないでほしいのですけど、今私に話したことは極力秘密にしたほうがいいということは分かっていますよね」
「なんかあっけなく信じてびっくりだし、ただなにもしないでくれるというのは正直助かる。そして話してはいけないということも把握している。それでどこまで情報を出していいと思う、俺としては祝福のことは話していいと思っているんだが」
「そうですね祝福のことはばれても大丈夫ですね。確かに珍しいですけどいないというわけではありませんから。問題は出生のことです、セレーネには東のほうの出身とはなしてましたが少し知っている人間が聞いたら違和感を覚えてしまう可能性があります、なので『迷い人』ということにしましょう」
「『迷い人』?」
ヘロン曰く『迷い人』というのはごくごくまれに出る人のことでこれまでの記憶が存在しない人のことを指すという。まあ記憶喪失みたいなものなのだが不可解な点が一つ存在する、それはだれもその人のことを知らないということだ。普通捜索願いが出されたりしてもおかしくないし、そこに行きつくために誰かとかかわっているはず。だから誰かしら知っている人がいてもおかしくないのだがある日突然記憶をなくした人が出るというのだ。今のところ一番信じられている説が神が関係しているのではないかといったようなレベルなので誰も原因は知らないというらしい。
「確かに『迷い人』ということにすれば記憶がないで片付くしいいな」
「はいそうでしょう。さてサトルさんあなたの出身の設定は終わったのですが、これからどうするおつもりですか」
「これからか…実は何も考えていないんだよな…質問に質問で返すのは悪いんだがヘロンはどうすればいいと思う、俺はこの世界に来たばかりで本当に何も知らないんだ」
「そうですねサトルさんは戦闘向きの祝福をいただいてますから冒険者はどうでしょう。祝福持ちというのはただそれだけで重宝されます。確かに危険は伴いますがその分稼ぎもいいですし何より気楽に始められるというのがいいですからね」
「冒険者かいいかもな、ただ本当に何も知らないんだが本当に俺でも務まるのか冒険者は」
そうそこが問題だったこの世界に比べたら日本は平和すぎるのだそんなとこれで育ったからもちろん悟は刃物なんて料理も時に使う包丁くらいしか触ったことがないし、ましてや動物を殺したこともなかった。
「それでしたら私の店の警備をしている方の中に元冒険者の方がいたはずなのでその方にノウハウを教わるというのはどうでしょう」
「それはありがたいんだがな…」
「どうかしましたか?」
「いやな…ヘロンはどうしてそこまで俺によくしてくれるんだ。俺らは今日知り合ったばかりだろう」
そこが疑問だったここまで初対面の人間にやさしくしているのは確かに俺が珍しい人間だからっていうのも関係しているだろうがそれでも限度というのが存在している。
俺はその真意を確かめるためにヘロンの目をしっかりと見つめて話を見極めようした。
「そうですねぇこんなところで話すような話ではないのですけど実は私これでも既婚者でしてね、ですが仕事に集中しすぎてしまい息子とともに逃げられてしまったのですよ。なのでその息子と重なってしまいましてね…」
「そうか…」
俺はそれだけしか言えなかったがその空気を払拭するかのようにヘロンは明るく言う
「まあ過去のことなどとうの昔に乗り越えたのであまり気にしなくていいですよ。それより情報交換も済みましたしそろそろ私の店を見ていきませんか。流石にこれ以上は私も意外と忙しい身なのでついてはいけませんが多少なら割引いたしますよ。あと指導者の件は3日後ほど後にもう一度この店に訪れてくださいその時紹介しますから」
「そうかそれはありがたい何から何まで本当にありがとう。この世界で初めて会ったのがヘロンで本当に良かったよ」
そういって話を締めくくるとお互い立ち上がり握手をしあった。そして俺は外の扉に控えていた店員に連れられ店内へ、ヘロンは自分の仕事場である二階へ上がっていった。