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7.まだ見ぬ世界

「陛下、私は、残りの一年……いえ、残された時間の中で何をしたいか、決めました」




 私はそう、玉座に座っているお父様……陛下を見据えて言ってみせる。

 すると陛下は少しだけ目を細め、「そうか」と頷く。




「では、お前の本当の願いを聞かせて欲しい」



 私は陛下に向かって小さく頷いてみたものの、急に不安になって、隣に立っているエルマー殿下を見上げる。

 エルマー殿下はそんな私の視線に気付き、微笑んで見せた。

 その微笑みを見て、冷たくなっていた心の中が温かくなっていくのを感じる。



(……大丈夫、エルマー殿下が隣にいてくれる)



 私もエルマー殿下に向かって頷いてみせると、今度はしっかりと陛下の目を見て口を開いた。



「私は、自分の“呪い”の意味を知りたい。 そして、この“呪い”を解き、解いた暁にはここにいるエルマー殿下と、結婚したいのです」




 その言葉に、ここにいた侍女や呼ばれて来ていたレナルド陛下が驚きの声をあげる。

 ただ、お父様だけがまるで答えが分かっていたかのように落ち着き払い、頷いた。



「お前の望みというのであれば、異論はない。

 ……だが、本当に“呪い”は解けるのか?

 エルマー殿下から聞いていた話によれば、ローラにかけられた“呪い”を解く方法に、命の保証はないと聞いていたが」



 その言葉に、今度はエルマー殿下が一歩前へ進み出て口を開く。



「確かに、“呪い”を解く方法はとても難しく、危険なことです。

 ……ですが、私は少しでも、ローラ姫を苦しみから解放出来るのであれば、どんな手段も選びたくはないと思っております。

 ……それに、絶対に私は、彼女を死なせはしません」

「! ……エルマー殿下」




 私はエルマー殿下を思わず見つめると、お父様はふっと微笑みを浮かべる。



「……お前は昔から、変わらないな」




 その言葉は私ではなく、間違いなくエルマー殿下に向けられたもので。

 驚く私に、エルマー殿下は少し笑って答えた。



「……いえ、あの頃は本当に、何の役にも立たない、ただの未熟な子供でした」



 ちら、と私を見て言うエルマー殿下に私は首を傾げる。

 そんな私を見た二人は何処か寂しそうに笑った後、お父様は気を取り直すように少し大きめの声で言う。




「……お前達の覚悟に、異論はない。

 その望み、マクルーアの国王として、そしてローラの父親として、エルマー・ブラッドリー殿下に託そう」




 その言葉に、私と殿下は思わず顔を見合わせ、ギュッと手を握り合う。

 そして、エルマー殿下は「はい! お任せを」と力強く、そう答えてみせたのだった。







 ☆





(……いよいよ、明日ね)




「……ローラ姫」

「?」



 私は向かいに座っている王子に呼ばれ、見ると、スカイブルーの瞳がじっと私を見て言った。



「怖いか?」

「!」



 私は吸い込まれそうな、スカイブルーの瞳を思わず凝視してしまう。 ……相変わらず、心の奥を見透かされているような感覚に、私は少し笑うと、ティーカップを手に取り、そうね、と口を開いた。




「……怖くないといえば、嘘になるわ。 でもね、同時にワクワクもしてるのよ」

「え?」



 私は紅茶を一口飲んで、ふふっと笑ってみせる。



「……“君と約束の場で”。

 最後まで読めてはいないけれど、姫を外の世界へ連れて行ってくれる、という面では私達、似ていると思わない?」

「! ……ふふっ、そういうことか。

 確かに、似ているかもしれないな」




 そしてクスクスと笑い合うと、私はあ、でもと口を開く。



「どうして私には地図を見せてくれないの?

 行き先も分からないじゃない」

「っ、それは……」




 少し視線を彷徨わせるエルマー殿下に私は怒る。



「いくら私でも、地図の見方くらいは心得ているわ。 ……あまり実践はしたことはないかもしれないけれど、もし貴方が迷ったら少しでも頼りにはなるかもしれないじゃない。

 だから、私にも見せて」

「……いや、それについては、君には行き先を敢えて言わないと決めているんだ」




 エルマー殿下は白状したように言った。

 私はその言葉に驚く。



「えっ、どうして?」

「行き先も何もかも、君の国の国家秘密なんだ。 だから、口外してはいけないのもあるし……、後君の“記憶”にも関わってくることだから、無闇には教えてあげられない」

「! 私の記憶が通じている、ということはつまり、私は幼い頃にその場所へ、行ったことがあるということ……?」



 私の言葉に、今度は殿下が驚き苦笑いする。



「流石 はローラ姫。 勘が鋭いね」

「……だって、私の中にある記憶は、10歳の頃からの城の中にいる思い出、だけなんだもの」

「! ……あー駄目だ駄目だ!!」

「!?」




 急に殿下が大きい声を出すからびっくりしてギョッとすれば、殿下は立ち上がって私に手を差し出す。



「そんな暗い顔は君には似合わないよ。

 ……ほら、目を閉じて」

「! ……な、何をするの?」




 私は驚いてそう尋ねれば、何を思ったか、顔を真っ赤にして「な、何もしないからとにかく目を瞑って!」と焦る殿下に首を傾げながらも、ゆっくりと目を瞑った。

 そして、殿下は私の手を取って言う。



「……明日から君は、初めてこの城から出るんだ。 君が読んできた物語のような、外の世界に」

「!」



(……そうだわ、私。 記憶の中で初めて、このお城から出られるんだわ)



「……想像してごらん。 君が住んでいる国を、人々を、街を。

 外の世界はずっとずっと、想像以上に広くて、美しいんだ」



(……不思議。 エルマー殿下が言うと、本当に物語の中でしか見たことのなかった、綺麗な景色が浮かび上がってくるみたい)



「……ローラ姫、目を開けて」

「……」




 ゆっくりと目を開けると、エルマー殿下の瞳が、私を見下ろす。

 月明かりに照らされた部屋の中で、殿下の瞳が今度はまるで、夜空を模したような色に変わり、光り輝く。

 その幻想的な光景に見とれていると、殿下は私の前で片膝をつくと言った。




  「……ただ、君も知っての通り、冒険には必ず、危険が付き纏う。

 特に君の“呪い”を解くためにはきっと、幾度も困難を乗り越えなければいけないだろう」

「……えぇ」



 私は戸惑いながらも頷く。 殿下は今度は私の頰に触れ、「だが」と言葉を続けた。



「恐れることはない。 君は真っ直ぐ、自分の心に素直に向き合うんだ。

 そうすればきっと、君の望みは君の気持ちに応えてくれる」

「! えぇ……!」



 私はその言葉に、大きく頷いてみせる。

 それを見て殿下は「その意気だ」と笑うと、剣を置き、胸に手を当てて言う。

 その行動に私はハッとすると、殿下は揺らぎのない瞳で私を見て言った。



「微力ながら、その姫の望みを叶えるべく、ブラッドリー王国第二王子エルマーが、命に代えて姫をお守りすると約束します。

 ……君を害するものは容赦しない。

 君を守るため、俺は君の盾と剣になることを、今ここで誓おう」

「……!!」




 ……それはまるで……、“君と約束の場で”の騎士様のよう……



「……ろ、ローラ姫?」




 思わず嬉しくて、少し照れくさくて、涙が溢れる私に驚いた殿下が、慌ててハンカチを取り出そうとする。

 私はその手を止め、殿下の頰に手を添えると言った。



「……命に代えたりしないで。 私は、貴方が居ない未来なんて嫌よ。

 ……約束して。 マクルーア王国第一王女・ローラの為に、命を落としたりしないと」

「……っ、あぁ、本当、君は……」



 エルマー殿下は、得も言われぬ綺麗な微笑みを浮かべ、その瞳にうっすらと涙を浮かべながら言った。




「……あぁ、約束する。

 君とこうしていられる時間が、未来でも続くように」

「! ……えぇ!」



 私は力強く笑みを浮かべてみせると、エルマー殿下も私の頰に手を添え、顔を寄せる。

 思わず目を瞑れば、私の額に、頰に、首筋に、殿下の唇が触れ、軽いリップ音と共に触れられた部分に甘い余韻を残していく。



「え、エルマー殿っ……」



 耐えきれなくなった私はパッと目を開ければ、スカイブルーの瞳が悪戯っぽく、それでいて何処か妖艶に艶めいていた。

 私はそれを見て何も言えなくなってしまう。

 恥ずかしさから思わず顔を逸らしそうになった私に、殿下は「逃げないで」と甘く囁く。

 ……そう弱気な声で言われたら逃げられるはずもなく、そっと上目遣いに殿下を見る。


 少し驚いたように見開いた殿下の瞳が、私の顎に手を触れたのと同時にそっと閉じられる。

 私もそっと瞳を閉じたのと同時に、唇が重なった。






(……エルマー殿下のお側にいられる時間が、ずっと、この先の未来でも、続きますように)






 そう心の中で願いながら、何処までも甘くて長い口付けを交わしたのだった。

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