6.衝撃の告白
「エルマー殿下」
私はお父様にエルマー殿下を呼んでもらって、休憩室にそのまま残った。
そして、ガチャ、と扉を開けて現れた人物の名を呼ぶ。
私の雰囲気を悟った殿下は、真剣な表情で私を見つめた。
パタンと閉じられた部屋の中で、殿下と二人、向き合う形になる。
(……何から話せば良いんだろう)
無意識にギュッとドレスを握っていたのを見て、殿下はいつものように微笑みを浮かべ言ってみせる。
「ローラ姫、大丈夫だよ。
君が思うように、君の気持ちを素直に話してくれれば良い。 それで君を、咎めるなんてことはしないから」
「……っ」
私は不甲斐なさで涙が出てしまう。
そしてそんな顔を見られたくなくて、クルッと殿下に背を向けて言った。
「……エルマー殿下、私は、貴方の気持ちがとても嬉しかった」
初めて、こんな“呪われ姫”と呼ばれている姫を、好きだと言ってくれた。
どんなに冷たい態度を取っても、笑って許してくれた。
贈り物だって、私の好きなものばかり送ってくれた。
「私は貴方に、頂いてばかり」
「それは違うよ、ローラ姫。 俺が勝手にしたことなんだ、君が気を追う必要なんて」
「それでも! ……私には、貴方に返せるものは何も、ないの」
私はエルマー殿下の言葉を遮って話を続ける。
「……どんなに貴方が私を好きだと言ってくれても、私の気持ちは変わらないわ。 だって、」
「“呪われ姫”だから?」
「っ、殿……!!」
振り向いたと同時に、息がつまる。
……それは、いつの間にか近くにいた殿下の腕の中にいたから。
私の目から涙が零れ落ちる。
「……いやっ、やめて、離して……っ」
「俺はそんなに、力を入れてないよ。
……それに、君のその言葉はもう聞き飽きた。
周りが何と言おうが、君は“呪われ姫”なんかではない」
「っ貴方に何が分かるの!!」
「あぁ、分からないさ! 君の気持ちが何処にあるのかも、本当は何を望んでいるのかも、全部!! 言ってくれなければ分からない!!」
私はあまりの大きな声に驚いてしまう。
……こんなに取り乱した殿下は、初めて見た。
ましてやこんなにきつい口調で、私を責める……いや、私に問いかけることなんて、今まで一度だってなかった。
大人しくなってしまった私に、殿下は私の頰にそっと手を添え、言葉を続ける。
「……どうして、そんな顔をしているんだ。 君が恐れているのは、何だ。
……全て、その“呪い”のせいなのか」
「っ、そうよ!! “呪い”のせいよ!! 貴方には分からないでしょう!?」
「……どちらの“呪い”のことだ」
「へ?」
思いもよらない言葉に、私は驚いて慌ててエルマー殿下から離れて、彼の瞳を見つめる。
そしてエルマー殿下は、この城の中の者でもごく一握りしか知らない秘密を、言ってのけた。
「君が城外に出ると、吹雪になって大災害が起こることか?
それとも、10年ごとに記憶がリセットされることか?」
その言葉に、私の足が震える。
……殿下が言ったその2つは、間違いなく“呪われ姫”である私にかけられた“呪い”、そのものだった。
「ど、どうして貴方が、それを知っているの……?
っ、まさか、調べたの!?」
教えなさい! と掴みかかる私の手を止め、殿下は今までになく、酷く傷ついた表情を浮かべて力なく笑った。
「……その“呪い”に、俺も関わっているから、といったら?」
「……え?」
エルマー殿下は「これ以上は言えない」と私の手を離し、俯いた。
「……どういう、こと」
「……これ以上知ってしまったら、君は今すぐにでも記憶を消されてしまうんだ。
だから、言えない」
「!!」
(……私の“呪い”とエルマー殿下が、どこで関わっているというの……?)
黙ってしまった私を見て、エルマー殿下は口を開く。
「……ただ一つだけ言えることは、君のその“呪い”の元凶は、俺だということだ」
「!!」
エルマー殿下が、私の呪いの元凶……?
「……そ、れは?」
エルマー殿下は長く息を吐き、力なく笑う。
「……あーあ、言ってしまった。 この話をするのは、陛下に禁止されていたのに」
「っ、陛下って私のお父様?」
エルマー殿下は黙って頷き、雪景色が広がる窓の外を見つめた。
「……俺は、君の“呪い”を解く方法を、今までずっと探していたんだ」
(今までずっと……?)
エルマー殿下はぐっと拳を握る。 ……その手は、怒りからか震えていて。
「君を苦しめ、傷付けているものを、早く取り払いたいと思っていたのに、時間がかかってしまった。
長い年月をかけて必死に探し回った。 確かな情報なんてない中でようやく、陛下のお力を借りて君の国に関する古い文献を見つけた」
「文、献……?」
私はポツリと呟き、反芻する。
殿下はそこで瞼を閉じて、やがてスカイブルーの瞳をゆっくりと開けて言った。
「これから先は、何が起きるか分からない。
本当に記憶が元に戻るのかも分からないし、下手をしたら命だって落とす可能性もある。
……それでも、もし君がその“呪い”を解きたいと望むのであれば、俺の手を取ってほしい」
「!」
そして、と殿下は言葉を続ける。
「君がそれを望むのであれば、俺は命に代えて君を守り抜いてみせる。
……それから、君をその呪縛から救ってみせる」
「……!」
殿下が、私に向けて手を差し出す。
(……この手を取るか否か)
……私の、本当の気持ちは……。
「……エルマー殿下」
私はもう一度、殿下の名を呼ぶ。 殿下は驚いたような表情をしたものの、「あぁ」と返事をしてくれた。
私は勇気を振り絞って、エルマー殿下の瞳を真っ直ぐと見つめる。
そらさず、真っ直ぐに。
「貴方が私の“呪い”の元凶だと言われても、私にはわからない。
……だけど、それでも私は、貴方が今私に誓ってくれたその言葉を、信じてみたい」
私はエルマー殿下の手を取らずに、殿下にそっと近付き……首に手を回して言った。
驚きながらも殿下は少し身を屈めてくれた。
「……貴方の側に一年といわず、ずっと、ずっと、居させて欲しいから」
「! ……ローラ姫」
スカイブルーの瞳が揺れる。
私はその頰に手を添えると、口を開く。
「……その中で、貴方に少しでも、私が返せるものがあれば返していきたい。
だから、」
「本当、君はとんだお姫様だ」
へ、私は思わず間抜けな声が出る。
殿下はクスクスと笑うと、私の唇をそっと指先でなぞった。
ピリリ、と甘い刺激が唇を通して全身を駆け巡る。
カァッと赤くなる私に、殿下は「可愛い」と極上の笑みを浮かべて言った。
「……お言葉に甘えて、君が返してくれると言うのなら……、そうだね、君の口付けが欲しいな」
「えっ……ん」
エルマー殿下がそう言ったのと同時に、私の唇は殿下の唇に塞がれる。
長いようで短いキスをした殿下は、満足気に悪戯っぽく笑ってみせる。
「……ちょ、殿下!! 私の許可を取ってからにして下さい!!」
「え、許可を取ったら良いの? じゃあ今度から、ちゃんと君にキスしたいときは言ってからするね」
「っ!?」
エルマー殿下はクスクスと笑い、私はもう!とそんなエルマー殿下に怒ってみせる。
いつの間にか繋いでいた手を互いにギュッと握り、私は殿下を怒りながら心の中で考える。
(……私の“呪い”がどうして出来たのか、どうして殿下が元凶なのかは分からない。
だけど、彼の言葉に嘘偽りはなかった。
だから私は、彼の言葉を信じて、彼……エルマー殿下とこれから先の未来をずっと、生きていく未来を諦めたくない)
それが私の、“本当の願い”なの―――