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2.穏やかでないティータイム

「……で? 貴方がどうして、この時間にこんな場所にいらっしゃるの?」

「ふふ、どうしてでしょう?」




 私は目の前にいる人物……エルマー殿下を見て、はぁっと溜息をついた。



 午後のティータイムの時間。 私はいつも通り、お気に入りのソファに座り、ゆったりと毎日の優雅な時間を過ごす……はずだった。

 そこに現れた乱入者……失礼、隣国の王子様が現れるまでは。



「……私は静かに、この時間を過ごしたいのですが?」

「? 分かった。 君のお望み通り、黙って過ごすよ」



 私のことは気にしないで過ごしてくれれば良い、とにこりと笑う殿下に、驚きを通り越して呆れ果てる。



(……こういう時、もう少し下の立場でいてくれたら、体良く追い払えるのに)



 と内心歯痒く思いつつ、私は目の前にあるお菓子の山……しかも、よく見れば私の大好物ばかり並べられているケーキやクッキーの山を見て、殿下のことなど忘れ食べ始める。



「! このケーキ、美味しいわね」




 そう私がランに口にすれば、ランは嬉しそうににっこりと笑って言った。




「はい、このケーキは最近とても人気なお店で、並んでも食べられないと言われている幻のケーキなんですよ。 そしてなんと、そのケーキはエルマー殿下からだそうです」

「っ!!」




 私は危うく、ケーキを吹き出してしまいそうになった。

 慌てて紅茶で流し込み、殿下の方を見れば、自身の持っている本を見ながらも、少しだけ嬉しそうに笑みをこぼす殿下の姿があった。

 そしてそんな私の視線に気付いた殿下は、顔を上げて口を開く。




「姫のお気に召したようで何より」

「っ!」




 私はその言葉に視線を彷徨わせる。




(……な、なんか、餌付けされた気分だわ)





 正直、食べようか迷う。 ……だけど、食べ物に罪はない。

 そう自分に言い聞かせるようにもう一度、フォークを手に取り、平静を装って食べ進める。




 そんな私を、幸せそうな目で見ているエルマー殿下になんて無論、気付く由もなかった。







(……それにしても、本当にこの方、何を考えていらっしゃるのかしら)




 私のためにケーキまで持ってきてくれて、しまいには自分は食べず、本当に物も言わずずっと本を読んでいるだけの第二王子様の姿に、私は首をひねる。




(……だけど、本当にこうしてみているとまるで芸術品のようだわ)




 端正な顔立ちに抜群のスタイル。

 本を読んでいるだけで絵になるようなその姿に、色事を知りもしない私まで目を奪われてしまう。




「……ねえ」

「?」




 居たたまれなくなった私は、自らエルマー殿下に口を開いてしまう。

 エルマー殿下の目が私を捉えたのを見てハッとするが、もう遅い。



(……静かに過ごしておきたいと言いながら、私が話しかけてどうするの!)



 と内心自分でつっこみながらも、何か話さなければ、と私は口を開く。



「……食べないの?」




 私の言葉に、エルマー殿下は少し驚いたように目を見開き、理解すると笑って言う。



「全て君のために持ってきたのだから、君が食べて良い」

「!? え、これ全て、貴方が持ってきたの!?」




 思わず敬語が取れてしまう。 それに気付いて慌てて謝ろうとするが、殿下は何ら気にした素ぶりは見せず、にこやかに言う。



「そう。 君の好きなものを取り寄せたんだ。 お気に召して頂けただろうか?」




 ……気が付けば、殿下も敬語を外している。



(……まあ、取り繕わなくて良いのであれば、それに越したことはない、かしら)




 私は「えぇ」と頷いてみせれば、殿下は嬉しそうに破顔する。

 私はその笑みにうっ、と少し言葉を詰まらせかけるが、慌てて口にした。



「どうして貴女は、見ず知らずの私にここまでするの?

 ……第一、私、貴方とお会いしたことってあるかしら?」




 私の言葉に殿下は一瞬だけ固まり……、ふっと笑ってみせる。



「そうだね、君が会ってると思えば会っているだろうし、会っていないと思えば会っていないんじゃないか」

「……おちょくっているの?」

「すまない、気分を害したのなら謝罪する。

 ……だけど、君を想う気持ちは何ら変わりはない」

「!」




(……本当、この人の考えていることが全く、掴めない)




 昨日と変わらない、この国では見たことのない、何処までも澄んでいる絵画の中で広がっているような青空を模した瞳が、私をじっと見つめる。 ……まるで私の心の中まで、見透かすかのように。




「……っ、貴方がそう仰っても、私の心は変わることはありませんわ」




 私がそう口にすれば、エルマー殿下は「そうか」とだけ呟き、少しだけ悲しそうな顔をする。

 その表情に何故だか、胸が苦しくなるような衝動にとらわれる私には気が付かずに、エルマー殿下は本をパタンと閉じると、優雅にお辞儀をする。



 そしてまた、にこやかに言った。




「又来るよ」




(! こ、来なくて良いわ!)




 私は内心そう訴えながらも、「……そうですか」と何でもない風に装う。

 そんな私に、エルマー殿下はふふっと笑って部屋を出ていく。

 その姿を見届けてから、私はソファの背に寄りかかった。



「……はぁ、どうして午後のティータイムの時間が、こんな余計な気を遣う時間になってしまったのかしら……」

「そんなことを言いながら、姫様、殿下の持って来てくださったお菓子、ほぼ食べ尽くしていらっしゃるではないですか」

「!! も、物に罪はないもの」




 ランに指摘され、私は慌ててそう言ってぷいっと顔を背ける。

 ランは苦笑いをしつつ、「紅茶、淹れ直しますね」とティーカップとポットを手に、会釈をして部屋を出て行く。



 私は再度息を吐き、テーブルの上のお菓子の山を見てボーッとする。




(……私にこんなに贈り物をしたって、あの人に何かメリットがあるわけでもないのに、どうしてここまでするのだろうか)



 そんなにこんな、辺鄙な国が欲しいというのだろうか。

 それとも、私が物珍しいだけ?




 何故だかチクリと、胸が痛む。




(……いやいや、おかしいわよね、私。

 王子の戯れ事の一言や二言で心を左右されるなんて、どうかしているわ)




 きっと疲れているのよ。 えぇ、そうに違いないわ。

 今日は早めに夕食を食べて寝ましょう。

 私はそう心に決め、まだ少しだけ残っている御礼状を書くべく、机へ向かう。



 そして、何気なく一つの小さな箱の贈り物を開け……、私は驚いて凝視してしまう。





「っ、こ、婚約指輪!?」




 そこには何と、一体いくらするのであろうか、ダイヤの婚約指輪が入っていた。




 その送り物の主は無論、先ほどまでいらっしゃった隣国の第二王子、その方だった。




「……エルマー殿下、貴方は私に何を期待していらっしゃるの」




 私は、最早何度目かも分からない呆れからくる溜息をつき、その指輪が入った箱の蓋をそのまま閉める。

 そして、そんなエルマー殿下に向けて一言、その箱ごと殿下に返品するべく、御礼状を書くのだった。


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