1.運命の歯車
「ローラ・マクルーア姫。 君にこの場で、結婚を申し込みたい」
「……はい?」
今私の目の前にいる王子……隣国の、第二王子の“エルマー”という男性の言葉に、私は唖然として、思わず凝視してしまう。
今日は私の誕生日パーティー。
次期女王である私のお披露目を兼ねている王家主催のパーティーには、多くの来賓が呼ばれ、盛大に行われる。
……まぁ、私にとってはあまり必要ないと思うのだが。
半ばお父様の言いなりのように、お父様が普段座っている玉座に座り、来賓の方の挨拶を只管受ける。
(……どれも皆、胡散臭いのばかり)
表向きだけ御託を並べ、取り繕う。
私のご機嫌取りをする気満々の家の者達が鼻に付く。 それだけではなく、もっと嫌気がさすのは、“呪われ姫”と言う言葉を真に受けて、近付いただけて自分達も呪われるのではないか、と恐れ慄く人々の絶えないこと。
(そんなに私が怖いのなら、このパーティーに参加しないで頂きたいものだわ)
そう心の中で呟きながら、私は絶えない来賓の数を、上辺だけの笑みを絶やさないよう心掛けながら挨拶を返していた……のだが。
「……では、ご自身が何を仰っているのか分かっているの?」
「? はい」
私の目の前にいる男性……隣国・ブラッドリー王国の第二王子であるこの男性が、この私に求婚してきたのだ。
……しかも、皆が聞いている目の前で。
「……貴方、何を考えていらっしゃるの?」
まさか、私の“呪われ姫”という異名を、この男性は知らないというのだろうか。 ……いや、知らないわけがない。
ましてや、隣国の貿易や自然豊かな国の第二王子が、まさかこんな永久凍土の国に嫁ぎたいと思うわけがない。
……なのに、この男性は平然と言ってのける。
「? 私はただ、貴女……ローラ・マクルーア姫をお慕い申し上げているだけです」
「!?」
今度こそ、私は驚きのあまり目眩がした。
(……こ、この人、正気なの……!?)
公衆の面前で、どうして評判最悪な私と結婚したいなどと言うのだろうか。
……こんなことは初めてだ。
(……しかもエルマー殿下って、確かとても評判の高い王子様、よね……?)
エルマー・ブラッドリー。 ブラッドリー王国の第二王子であり、王位には第一王子であるお兄様が現国王であるブラッドリー王国は、前述した通り、貿易が盛んで、自然豊かな国である。
非常に住みやすい地域であり、この国に比べたら人口も土地も比べ物にならないほど多いと聞く。 ……訪れたことがないので全て聞いた話であるが。
そしてその国の中でも、現国王と第二王子は、隣国のこの国でも評判になるほど有名である。
温厚篤実で聡明な現国王、そして人望に厚く社交的な性格の第二王子のエルマー殿下。
どちらも未だに未婚で、浮いた噂一つなく、その隣を巡る女性はごまんといると聞いていたが。
まさかそんな人に、この私が……いえ、この国がお気に召すとは到底思えない。
……それに、“呪われ姫”であるこの私を、お慕い申し上げている、だなんて言われて信用出来るわけがない。
私は少し呆れたように、扇子で口元を隠しながら言った。
「……エルマー殿下、貴方が何をお考えなのかは存じ上げませんが、私は誰とも結婚を考えてはおりませんわ。
確かに私は、今のところ次期女王ではあります。
ただ、その次の継承権を治める者はもう、私の心の中で決まっているのです。 だから、」
「お言葉ですがローラ姫」
「っ!」
エルマー殿下は場が静まり返るほど、通る声を高らかに響かせ、私の言葉を遮る。
それによってシンと静まり返る場と、私の思わず黙ったのを見て満足気に微笑むと、私の手を取った。
まさか隣国の王子の手を振り払うなんてことは出来ず、私はされるがまま、その手を振り払えないでいると、近くなった距離で殿下はニコリと綺麗な笑みを浮かべて言った。
「私は、この国の“王位継承権”……いや、この国が欲しくて、こうして貴女に求婚しているのではございません。
……ただ、私が望むことは、貴女を“心の檻”から救うこと」
「!?」
殿下は何をするかと思えば、私の手を軽く持ち上げたかと思えば、顔をを近付け……その手に口付けを落とした。
「っ、な、な……!?」
他人との接触を避けてきた私にとって初めての出来事に、取り繕うことも忘れてしまう私を見て、殿下は今度はクスリと、悪戯っぽく笑う。
そしてもう一度、エルマー殿下は私の瞳を真っ直ぐと見つめ、何処か少し甘みを含んだ声で言ってのける。
「……君になら、何度だって言おう。
私は、貴女が好きだ。 どうか、この気持ちを受け止めてはくれないだろうか」
敬語も全て取り払い、飾らない言葉でストレートに言ってのけるエルマー殿下。
……金色の髪を揺らし、その間から覗くスカイブルーの瞳には、曇り一つない澄んだ目が、戸惑う私の姿を映しているのだった。
☆
「全く、信じられないわ! 何て方なの!!」
「ひ、姫様! 落ち着いて下さいませ」
「これが落ち着いてなんかいられる!? お陰で公衆の面前でみっともなく取り乱してしまったわ!」
翌日。
私は幼い頃から仕えてくれている、私と同じ年である侍女・ランに思わずそう愚痴を零してしまう。
ランはでも、と口を開いた。
「あれだけのお嬢様方が虜になっていらっしゃるエルマー殿下に、求婚されたのですよ?
流石は私共の姫様です」
「……だから私は、その求婚は受けないと言っているでしょう?」
キラキラとした目で私を見るランに、はぁっと溜息をつきながら、さらさらと誕生日に頂いた物のお礼状を書く手を止めずにいると、ランはふふっと笑って言った。
「ですが姫様。 エルマー殿下の瞳は、姫様しか映しておりませんでしたよ?」
「っ!!」
その言葉に、思わずペンの先を潰してしまう。 ……あぁ、もう一度書き直しだわ。
「……やめて頂戴。 エルマー殿下は、少し……いえ、何か御乱心なんだわ。
それか面白がっているかのどちらからよ。
……でなければ、私みたいな“呪われ姫”なんていう別名がつく姫に、求婚なんか申し出たりなんかしないわ」
……そうよ。 そうでなければおかしいわ。
あんなに綺麗な美貌を持つ王子様。 まるで物語の中から飛び出てきたような王子様が、私なんかを“好き”だなんて……。
「……っ」
「! 姫様、可愛いです!!」
「ちょっとラン! 人の顔を覗かないで頂戴!」
私は慌ててランから顔をそらし、火照った顔を見られないようにしながら新しいペンを用意して無心を努めながら手紙を書き進める。
(……本当にあの方は、一体何を考えているの)
……それに、聞き流していたが、気になることも言っていた。
『ただ、私が望むことは、貴女を“心の檻”から救うこと』
……その言葉はまるで、私が“呪われ姫”と呼ばれるようになった理由を知っているかのような口調だった。
(……まさか、ね)
「? 姫様?」
「……いえ、何でもないわ。 とにかく、その話題を何度も出すのはやめて頂戴。
私はこの一年、ゆっくりと穏やかに過ごしたいんだから」
その言葉にハッとしたような顔をし、ランは悲しそうに長い睫毛を伏せ、「申し訳ございません」と謝る。
私は苦笑いをして言った。
「貴女が気に病むことではないわ。 私は何とも思っていないし。
……ただ、貴女には迷惑をかけるかもしれないけれど、これからも宜しくね」
私の言葉に、涙を浮かべたランがぐっと拳を握って、「はい」と大きく頷いてみせる。
私はそれに微笑みを返してから再度、机の上の御礼状と向き合ったのだった。