12.蘇る記憶と願い
「……わ、たし……」
……殿下に二度も、助けてもらったということ……?
「……あの後、私達はどうなったのですか?」
途中で切れてしまった記憶の断片。 その後私と殿下がどうなったか、思い出す事も出来ず、知らず知らずのうちに汗ばんでいた手を握りしめてそうルイ様に向かって問えば、ルイ様は「さぁ、どうだったかな」と他人事のように呟き、そして「そんなことより」と今度はエルマー殿下の方を指差して言った。
「このままでは彼、助からないよ?」
「!?」
私はその言葉に驚いてルイ様を見上げる。
……そう行ったルイ様の表情は、まるでこちらが凍りついてしまうくらい冷たい表情をしていて。
でもその言葉は、何よりも聞き捨てならない台詞だった。
「っ、殿下が、助からないとはどういうことですか。
先程は、まだ意識があると、そう言って」
「意識はまだある。 ……けれど、今のままでは死んでしまうということだ」
「!? そ、んな……」
私のためにここまで一緒に来て、誰よりも私を思ってくれていて、そんな優しいエルマー殿下が、私なんかを庇って死んでしまう……?
「っ、そんなの駄目!! エルマー殿下を、死なせないで!!
私に出来ることなら何でもします!
何でもするから……!!」
そんな私の言葉に、ルイ様は冷たい表情を浮かべたまま、ふっと鼻で笑った。
「……そう言って人間は、すぐに自分達の思い通りにさせて裏切るんだ。
同盟を結んだかと思えば、次の瞬間その国を自分の手の内に入れようとする。
そんなお前達の力になれだと? 笑わせるな。
……特にローラ・マクルーア。 王族の血を引く者の言うことは嘘偽りばかりだ」
「っ、そんな……!」
反論しようとしてハッとする。
(……っ、でも確か、今ルイ様が仰ったことは……)
……以前、本で読んだことがある。
マクルーアの遠い時代。 まだ四季豊かな国だった時の話。
四季に富み、資源も豊富であったこの国を攻める国が絶えず、この地は荒れ果てた。
ルイ様が言った、私達マクルーアと同盟を結んでいた国でさえ、反旗を翻して……。
それによって多くの犠牲者を伴い、いよいよ持って国が傾きかけたある日、突如この国が一年を通して雪国になった……。
「っ、まさか!」
(この国が一年中雪と氷の国になったのは、ルイ様達守護獣が仕向けたということ……?)
「……きっと、君の考えていることで合っていると思うよ。
僕達守護獣は、国ではなくこの地を守っている。 その地を踏み荒らそうする者は容赦はしない。
……君も、この洞窟から無事に生きて戻れると良いね」
「っ」
まるで他人事のように言うルイ様に、私は言葉を失う。
……だけど。
「……これだけは、言わせて下さい」
「?」
ルイ様は私の言葉に驚いたような表情を見せたが、何も言わなかった。 私は軽く会釈をしてから立ち上がり、意を決して口を開いた。
「……この地が何百年、何千年前がどうだったか、国の書物上での知識しか私には分かりません。
けれど、私も陛下も、この国を愛しています。 この国の民も、この地も、この気候も。
守護獣様に負けないくらい、大好きなんです」
「!」
……私にかけられた“呪い”の意味も、どうしてなのかも分からない。 だけど、その“呪い”が、私をこの国に縛り付けるものだとしても、この国が好きなことに変わりはない。
城の中でしか暮らせなかった私は、まだこの国の姿を十分に知らないかもしれない。 けれど、陛下であるお父様は、良く外のお話を聞かせてくれる。 その度に私は、より一層この国を好きになっていく。
(……例え私が死んでも、私の代わりなら誰でもいる。 この国を、正しい方向に導いていける)
だけど、彼……エルマー殿下だけは死なせはしない。
彼にはまだ、沢山やるべきことがあるのだから。
「……どうか、お願いします、ルイ様。
エルマー殿下だけは、死なせないで下さい。
私の命でもなんでも、差し上げますから……!!」
「っ……」
ルイ様の瞳が、初めて動揺したように揺れた。
(……違う、それでは駄目よ。 私が、私が殿下を助けるの……!)
私は重い足を引きずるようにしながら、固く目を瞑ったエルマー殿下に近付き、しゃがみこむ。
そして、エルマー殿下の頰をそっと触った。
(! ……冷たい……!)
まるで凍ってしまったかのように冷たい頰に、私は手を添え、口を開いた。
「エルマー殿下、目を覚まして。 このままでは死んでしまうわ。
……貴方には、まだやるべきことが沢山あるでしょう?」
……違う、そうではない。
「……貴方を、待っている方が沢山いるでしょう?」
(……違う! 私が望んでいるのは……!!)
「……っ、私は貴方に、生きていて欲しいの!!」
そこで私はハッとする。
(……そうだわ、私。 10年前のあの日も、同じことを……!!)
「……思い出したんだね」
「!?」
その言葉にバッと振り返ると、いつの間にかルイ様が私達の近くに来ていた。
私は咄嗟に殿下を庇うように両手を広げると、ルイ様が最初に出会ったときと同じように、温かい笑みを浮かべて言った。
「……ふふ、僕の負けだよ」
「? 負け……?」
「あぁ。 君を……君達を、試させてもらったのさ」
「え……?」
ルイ様の瞳が銀色の光を帯びる。
それと同時に、エルマー殿下の体が一瞬で銀色の光に包まれた。
それは、本当に一瞬の出来事で。
私は驚いてルイ様を見れば、ルイ様は唇に人差し指を当てて左手をエルマー殿下に向かって突き出す。
すると、エルマー殿下の頰に血の気が巡っていくのが見え、驚いてルイ様と交互に見ていると、エルマー殿下は「ん」と小さく声を漏らし、そっと瞳を開けた。
私はハッと固まり、思わず口を押さえた。
殿下はパチパチと数度瞬きをして私を見、スカイブルーの瞳が戸惑ったように揺れる。
そしてふっと微笑むと、いつのまにか溢れていた私の涙を拭いて、殿下は口を開いた。
「……良かった。 君が、無事で」
「っ、え、エルマー……!!」
「!?」
私はそう大きな声で殿下の名前を叫ぶと、ギュッと抱きしめた。
そんな殿下は、私の頭をそっと大きな手で撫でてくれた。
「痛むところは……」
「あぁ、この通り、平気だよ。 心配をかけたね」
「……っ」
私も殿下の温かい背中に手を回してわんわん子供みたいに泣いてしまう。
「ははっ、本当、君は変わらないな」
殿下はそう笑って言った。
私も、「貴方こそ」と返せば、驚いたように目を見張る彼。
そして、私をまじまじと見つめ、「まさか、記憶が……?」という言葉に、私はそっと頷いて見せてから、今度はルイ様に視線を移して立ち上がる。
そして、ルイ様に向かって一言、口にしながら頭を下げた。
「ごめんなさい」




