花夜
彼に出会えたことは人狼にとってはとても幸福なことであった。
だが、狩夜はなぜこんな子供の人狼を助けたのか....。
「狩夜お兄ちゃん、どこへ向かうんですか?」
花夜はステップしながら楽しそうに狩夜の前を行進する。
花夜は今日目が覚めた時から俺のことをお兄ちゃんと呼ぶようになった。
それが花夜にとって一番呼び方やすならそれでいいが、少しむず痒い。
「とりあえず街へ行く、今のお前のその格好をどうにかしないとな」
布切れ一枚で旅させるのは流石に無理だ。
2人は街へ着くと真っ先に旅人用の商品を取り扱う店へと入店する。
「この子に合った寸法の服を頼む、それに旅用の厚底靴、後この子でも扱えそうな短剣をくれ」
店長らしき人と狩夜が話しているのを花夜は横で聞いている。
店長が女性の店員を呼び店員が花夜の手を握ろうとしたら酷く怯え始めた。
「どうした?」
花夜の怯えように狩夜は困っている。
「何か具合でも悪いのか?」
狩夜はそっと花夜の手を握る。
狩夜の手は素直に受け入れていたが、店員さんの手は握ろうともしない。
狩夜はなんとなく察して「メジャーを貸してくれ、俺が直接寸法を測る」と言いメジャーを受け取る。
布の上からだが大体はあっているであろう寸法を店長に伝える。
店長はその寸法の旅人の服と厚底靴、そして短剣を渡してきた。
「全部で1万5千ガルです」
「ああ」
狩夜は財布から金を出して払う。
花夜の見たこのない値段だった。
狩夜に服と靴を渡された花夜はそれをなれない手つきで着る。
腰に短剣をつけて見た目だけはまともになった。
狩夜と花夜は店を後にするとおもむろに花夜が狩夜に礼を言う。
「あの、狩夜お兄ちゃん....、ありがとうございます、あんなに高い物を買っていただいて....」
花夜は頭を下げて狩夜に感謝の意を示す。
だが狩夜はそれを当然のように振る舞った。
「別に...、それに買ってやったのは働いて返してもらうためだ、お前は俺に命を助けてもらっている、その分は働いてもらうぞ」
花夜はそんな言葉を聞いてもなぜか嫌な気はしなかった、これまでの扱いに比べればこれくらいの言葉は暴言でもなんでもない。
「はいっ!」
花夜は元気よく返事をするが、返事の後にお腹がなったので赤面する。
「まあ、昼食の後にな....」
狩夜は少し笑いながらその言葉を発する。
2人は街の定食屋に入り出来るだけ安い料理を頼む。
出て着たのは魚を焼いたものに塩をまいただけの簡単な料理だった。
狩夜はさっさと食べてしまったが、花夜は味を噛みしめるように食べていた。
「暖かいご飯なんて初めてです」
幸せそうな顔で魚を頬張る彼女を見て俺は気になったことを聞いてみた。
「ただ魚を焼いただけの料理と呼べるかも怪しい定食だぞ、そんなに美味いか?」
「はいっ、とても美味しいです、私はこれまで腐りかけのパンくらいしか口にしたことはなかったので、昨日狩夜お兄ちゃんがとってきてくれた果実も始めて食べた味がしました」
(全くどんな扱いされて育ったんだ花夜は)
花夜のこれまでの生活を考えると少し可哀想には思うが、それはそれ、これからは俺が色々なことを教えてやると決めていた。
せめて1人でも生きていく力をつけるまでは一緒にいてやると。
なんでここまで見知らぬ人狼に優しくしているのだろうと自分でも笑えてくる。
別に赤の他人だ、あの時助けていなければ俺はもっと先へと進めているだろう。
だが、なぜか放ってはおけないお人好しな自分がいた。
まあいい、今はしっかりと食事を味わえ。
この後俺たちには仕事が待っているのだから。
狩夜はただのお人好しなのかもしれない....。
その性格でこの世界に生まれたことは不幸だとしか言えない。
いい人は利用されて当然の世界。
それを知っているからこそ、狩夜は初対面の相手には本心を隠し冷たい態度をとるのかもしれない。