女子会と一つの恋の終わり
春だなぁ…。
チルル花がの美しい…。薄いピンク色の花が咲いている。まんま桜なのに全く違う。葉は苦くて魔法薬の材料になる。
只今読書しながら、公園の白のベンチでお花見中。三色団子と桜餅とお抹茶が恋しい…。塩漬けしてもチルルの葉は食べられなかった。リディシア十四歳の春…。
読書がてらお花見しようと思ったけど、やっぱり花より団子。
最近できたカフェにあの子達を誘って行ってみようかな。私も空いた時間で短時間のバイトも始めたから、割り勘ならいける。
私達の孤児院は十二歳から、課題や孤児院でのやるべき仕事を終えた子は、社会勉強として町で短時間働く事を許されている。十六歳の誕生日に成人とされ、孤児院から出ていくまでの間、お金を貯めて暮らす場所や仕事も見つけなければならないからだ。
私には両親が亡くなって貰った慰謝料があったが、出来ればそのお金には、一生手をつけたくなかった。
「ちょっとリディシア?何をボーッとしてるのよ?いつも勉強や運動して忙しいと思って、遊びに誘うのを遠慮してたのに、こんな所にいるなら暇なのね?
なら今から私達と新しく出来たカフェに行きましょう?ほら、行くわよ」
公園のベンチに座ってマナー本を開けながら、チルルの木を眺めていた私は、金の長い髪に緑の目をしたリサ達から、突然声をかけられて驚き、思わずマナー本を閉じてしまった。
リサが私の手を繋いで引っ張りながら、五人でカフェに向かおうとする。あわててマナー本を肩の手提げかばんに入れた。
「わっ、分かったから引っ張らないでリサ。私も皆を誘おうと思ってた所だよ」
「ふん、当然よ。さぁ、行くわよ」
あいかわらずリサはツンデレですな。そこが可愛いんだけどね。了承したとたん、可愛い笑顔になったぞ。
そう、この子達は、私を七歳から十二歳まで虐めていたリサ達四ツ子姉妹(十六歳)だ。
私達はあれだけ犬猿の仲だったのに、今は和解して友達になった。
アルが孤児院にいた頃は、過保護な兄に武道は禁止され、護身術さえ反対されて出来なかった。
今は神父さまの教える武道教室に入り、町の男の子達の中にまじり、護身術や素手での格闘技もある程度身につけた。剣術もしたかったけど、アルの反対が特に酷かったから諦めたよ。
武術教室に入ったお陰で、町の男の子達と孤児院の男の子達とも、同じ仲間として受け入れられた。孤児院の男子たちはアルがいなくなるまで、あんなに距離を取られたというのに、今は仲間として友達になった。
あ、孤児院の女の子達とも仲良くなれたよ。私が孤児院で一番年長になったし、皆可愛い妹達と弟達で友達でもある。
私が十二歳の時にアルはこの孤児院から引き取られた。しかしリサ達四ツ子はまだ私を目の敵にしていた。早速習った素手での武道で、リサ達四人に反撃し、皆を地面に沈めてやった。
いやー、前世の漫画で不良が喧嘩して、相手と友達になる作品もあったけど、女の子同士でも通ずるものがあるとか、異世界に来て初めて知ったよ。
散々言い合いして、殴りあいの喧嘩をして、何故か私達はお互いを認めあう友達になった。
私の十二歳の誕生日にアルと別れた後に、今まで以上に教養・マナー・芸術・運動・武道を頑張った。今は高等大学部の内容をシスター達に習っている最中だ、アルは私の年には全ての課程を修了済みとか凄すぎる。
私はアル程ではないが、芸術や音楽に触れる為にも、空かせた時間をバイトに当てたり、毎日忙しく過ごしている。
リサ達と会うのは楽しい。
流行りやファッションの勉強になるし、みんな親切で聞けば何でも教えてくれる。リサ達に町の女の子を紹介されて、女の子の友達もできた。
皆で歩いていると談笑中の主婦のハルナおばさんと、その主婦仲間達に声をかけられた。
「おや!四ツ子とリディシアじゃないか。相変わらず仲がいいね。遊びにいくのかい?楽しんでおいで」
「おばさま達、こんにちは。リサ達と流行りの新しいカフェに行くのよ。ありがとう、楽しんでくるわ。」
「あら、嫌だよ、この子は。おばさまだなんて」
「リサはリディが寂しそうに一人でいたから、誘ってあげただけよ」
優しい黄色のAラインワンピースを着た長女のリサがツンツンしながら言う。
「リサってば、素直じゃないわね。リディとあんなに遊びたがってたじゃない。私達の可愛い妹分なんだしね。
ねぇダリアもそう思わないかしら?」
白いレース付きのロングニットワンピースのマーガレットは次女。
「違うし、リサは素直だし!何言ってるの、マーガレット」
「だねー。相変わらず素直じゃなーい。アハハ、ダリアは見てて面白いけどね」
青のパーカーと破れたジーンズ姿に帽子を被る三女ダリア。
「流行りのカフェが人で一杯になる。早く行かないと、人気のケーキセットが売り切れる可能性が高い。ユリは早く食べたい。早く行こう」
白地の黒線細いのストライプシャツに、紺のズボンをはいた四女ユリ。
「そうね。じゃあ失礼します」
最後に私リディは、ベビーピンクの春ニットとグレーのロングスカート姿です。ちなみにこれはお給料で購入した服。
軽く頭を下げておばさま達と別れる。笑顔で、手をふって皆で歩き出す。
あっという間に白くペンキで塗られた木の壁の、赤い屋根のこじんまりしたカフェが見えてくる。
内装は茶色く光沢を放つの木の床、こちらも白くペンキで塗られた壁に、赤のギンガムチェックのカーテンが各窓にかかっていた。
屋外には内装と同じ茶色の木の床張りで、いくつかのテラス席があった。
白の大きなパラソルの下に、白い色のテーブルと椅子のテラス席。カフェの中は狭いながらも沢山のお客さんが入っている。
カフェの入口に入ると、店員さんが気付いてくれた。白いシャツに黒のスカート、黒のギンガムチェックのエプロンが制服か。可愛くて店の雰囲気に合ってる。カーテンと同じ色では景色と同化してしまいそうだしね。
緑の髪をネット付きの髪飾りでまとめ、黒い瞳をしている。黒淵メガネをかけた知的な雰囲気の女性店員が、声を掛けてくれた。
「いらっしゃいませ。五名様で宜しいですか?丁度テラス席が空きましたので、そちらにご案内致します」
そう言って案内されたテラス席に五人で座り、皆が一番人気のケーキセットを注文した。
「リサ?気付いた?」
「もちろんよユリ、気付いてないのはリディだけじゃない?」
「何かあった?」
「店の中にも五人座れる空席はいくつかあったのに、テラス席に通された理由よ。私達に選ばせてもくれなかったわね。まぁ座る場所は何処でもいいんだけど。
フフッ、仕方ないわね。分からないならマーガレットお姉さんが教えてあげるわ。実は…」
「私達が全員美人だからだよっ(ドヤッ)」
「あー酷いわダリア。私がリディに教えてあげたかったのに」
ん?リサ達は確かに美人ね?美人だと何でテラス席に通されるの?
「どういう事?」
「相変わらずユリの妹は可愛い。つまり…」
ユリが私のホッぺを人差し指でツンツンする。
「私達を店の広告に使ったのよ。目見麗しい私たち五人が、楽しそうに食事してるのを見せつける外野向けの商法。
ああほら!今のカップル、私達が楽しそうにしているのを見て、あっちのカフェに行きそうだったのに、こっちに来るわ。まぁマーガレットや皆の美貌のお陰ね」
「四人は可愛くて美人だけど、私は普通だよ?」
「何言ってるの?リディは美少女だよ。肩までのボブの薄紫の髪は、キラキラでふんわりとしてるし、夕日色の瞳も珍しいよ。
睫毛長いし、鼻筋も通ってるし、唇はさくらんぼみたいで柔らかそうなプルプルだし、頬はお化粧もしてないのに可愛いピンク色だし。笑顔までふんわりフワフワで食べちゃいたい位よ!
私達がどれだけアル以外の男が、あなたによらないように、虫除けを頑張ってると思ってるの?」
「今日はめでたい日。リサが素直になった。ユリは感動した」
「そうねマーガレットもそう思うわ」
「アハハ、ダリアも右に同じー」
「う…ありがとう…お姉ちゃん達」
怒濤の褒め言葉に顔が赤くなる。私は彼女達の妹分として可愛いがられていて、今ならこの四人がアルと結婚しても祝福できる位に、本当によくしてもらっている。
まぁ、もう四人とも彼氏がいるんだけどね。マーガレットは彼氏にプロポーズされて、オッケーしたらしいし。
「お待たせ致しました。ケーキセット五人前でございます。ご注文は以上で宜しいですか?あとこちら当店からのテラス席様だけへのサービスでございます。
当店オリジナルのチョコクッキーで、お土産として一番人気の商品です。先程も沢山購入して頂けました。数に限りがある数量限定でレジにて販売しております。宜しければ購入をご検討下さいませ。お支払いの際は、こちらの番号札をレジへお持ちください。ではこの後もごゆっくりお楽しみ下さい。失礼致します」
店員さんは颯爽と去っていった。
「わぁ!サービスなんて初めてで嬉しい。また皆で来たいね」
「そうねリディ。あの店員なかなかやるわね。限定って言葉に人は弱いのよ。あら!このチョコクッキー美味しい」
「確かにね、リディ、リサ。また皆で来たいわ。私達を利用しただけでなく、クッキーの宣伝までしていった。シフォンケーキもフワフワでしっとりしてる」
「リディとリサとマーガレットとに、ダリアも賛成ー。サービスとか嬉しいねー。チョコタルトもなかなかだよ」
「対価を貰えるなら広告塔もおいしい。ユリはこの店が気にいった。フルーツタルトとカスタードクリームがあう」
「そんな事より、アルはリディにいつ会いに来るとか、手紙には書いてないの?アルが孤児院から引き取られてもう二年もたつのに、恋人に一度も会いに来ないなんてアルの事見損なったわ」
ベイクドチーズケーキを食べながらリサに聞かれた。
「えーと、リサ?私達は恋人って訳じゃないよ?」
ショートケーキを一口だけ食べ終えて返答。
「あらぁ?何言ってるの?私達の前であんなに甘々で、ベッタベタな二人の世界を醸し出しておいて、そんな訳ないでしょう。
そのペンダント、ただの妹に渡すにしてはとても高価よ?成人前の子供が用意するには高い買い物をして、自分の恋人だって首輪をつけさせて、周りの男共に彼女には男がいるって威嚇しているのよ。
同年代の男の子に、お前らにこんな高い物を彼女に贈れるのかってね?多分リディを色々な意味で守りたかったんじゃない?」
「マーガレットに賛成ー。私達もアルの王子様の仮面に恋に恋しちゃって、リディを虐めちゃった訳だしね。
アルってば私達も含めて、リディ以外の女の子には結構冷たいんだよ?ダリア達四人全員告白したのに振るしー」
「リディ、そう言うからには何か明確な根拠はあるのか?ユリには二人は交際しているように見える」
「んー」
アッサムのアイスティーと、氷が浮かんだ筒上のガラスのグラスに左手を添えて、右手でストローを丸を描くようにぐるぐる回す。
「アルは…私を大切に想ってくれてはいるけど、好きとか、愛してるとか、付き合ってとか、一度も言われてないんだよね。可愛いは何度も聞いたけど。ずっと私を想ってるとは言ってくれたけど、その想うのは妹としてなのか、恋人?としてなのかは分からないの。
私はアルが恋愛的な意味で好きだけど、私もアルに好きとか言った事はないし、彼と離れて暫くしてアルの事が好きだって気付いた。好きになったのは多分…私が十歳で倒れた時からかな。
少しの時間でいいから会いたいって書くと、アルの手紙には今はまだ会えないって書いてあるの。アルも私と会いたいって言うくせに、私とは会えないっていうのよ。
学ぶ事だらけで忙しくて、自由な時間なんて取れないのかもしれないけど、町にいる彼の男友達のユウ達には、何回か少しの時間は会ったって、この間ユウ達から聞いて…。私には少しの時間も与えてくれないのかと思ったら、ちょっと寂しくなっちゃって…」
アイスティーをぐるぐる回すのを止めると、グラスの中の氷がグラスとぶつかって、カランといい音がした。
涙目のうつむいた顔をあげて笑顔を作る。
「……ごめんね。なんか愚痴がでちゃった。待ってないでまずは私から告白したらいいんだよね。手紙で済まさず直接会って告白したいから、なかなか……って皆?顔が恐いよ?」
「行くわよ!!!」
「へ?リサ?行くってどこへ?」
「決まってるよー。相手が来ないなら、こちらから敵の元に向かうの。ダリア達四人も一緒に行くよ!」
「うふふ、アルってば肝心な所を抑えていないとか、どうなっているのかしらー?マーガレットお姉さんはプンプンだわ。
あ、とりあえずみんな?ケーキと飲み物を食べてしまいましょう。腹が減っては戦はできずよ?
ユリ…もう食べ終わってる。殺る気満々ね。じゃあユリ、相手方に面談予約の連絡をお願い」
「アインドル商会宛に私の風魔法で連絡を取っておく。暫し席を外す」
「遅いわねーユリ。相手方がごねてるのかしら?」
「まぁ?ウフフ、リサってば。アル…私達の妹に寂しい思いをさせるなんて…どうして殺ろうかしら?」
「マーガレットは私達の中で怒らせると二番目に恐いのにねー。リディはアルを一発ビンタしても許されると思うよ?出来ないならダリアがしてあげるしー?」
「…お気持ちだけで結構です。あの皆ありがとうございます。私の為に怒ってくれて」
「当たり前じゃん、あ!?ユリが戻って来たよ!」
「どうだった?ユリ」
「ちょっとリディ以外の皆、来て」
「分かったわ。ちょっと待っててね。リディ」
「大丈夫かしら?ナンパされたら大声で叫ぶのよ?すぐに助けに来るから」
「じゃあダリア達は少し席を外すね。出来るだけ早く戻るからねー」
そう言って四人はどこかに相談に行った。
「あ、リディシアさん」
カフェ横の道を歩いているバイト仲間に声をかけられた。町のパン屋で働くトニーさん(十七歳)だ。
今は他の企業からの、正職員の合否待ちらしい。彼は今日早番だったから、バイト帰りかな。
天然パーマなくるくるフワフワな赤い髪。分厚い眼鏡の下には、ぱっちり大きな可愛い紫の瞳をしている。眼鏡をとればモテそうな可愛い少年タイプ。今日は、白いシャツとジーンズと黒の薄いジャケットを着ている。
「こんにちはリディシアさん、今日は一人なの?」
「こんにちはトニーさん、四人連れがいるんだけど、今はちょっと席を外してるの」
「そうなんだ、あのお連れ様の中に恋人とかいる?」
「いいえ。四人とも女性よ」
「良ければその人達が戻るまで一緒にいるよ。リディシアさんは綺麗だから、さっきから男の人がチラチラみてるし」
いい人なんだよね。
彼の前では気張らずに、そのままの私でいられる。彼の持つ空気がふんわり柔らかなの。
田舎の老夫婦が縁側でお茶を飲んで、ほっこりしている感じに、二人でいるとなってしまう。目が合うと微笑み返してくれるし、店の中でお互い無言で何も話さなくても、何か話さなきゃって焦らない。何も話さないゆったりな時間もいいなって思える人。
「多分気のせいだと思うけど、ありがとう。じゃあ、友人が戻るまでよろしくね」
彼と話してて私はもう和んできたよ。
「いらっしゃいませ。お客様、こちらメニューでございます」
「ウワッ!?」
今この瞬間に席に座ったのに、どこからか店員さんがトニーさんの背後から現れたぞ。
店員さん凄いな。全く気配を感じなかったし。前世の私が愛読してたライトノベルの、暗殺メイドやくノ一みたいで格好いい。思わず尊敬で眼をキラキラさせてしまう。
「えーと、じゃあサイダー下さい」
タジタジになりながら、トニーさんが注文をする。
「かしこまりました、すぐにお持ち致します」
店員さんは颯爽と去って行った。
「大丈夫?」
「ああ、うん、突然店員さんが現れて……びっくりした」
胸を押さえながらトニーさんが苦笑してる。
「凄く仕事のできる店員さんらしいの。連れの四人が教えてくれた」
「へーそうなんだ」
「お待たせ致しました。ご注文のソーダでございます。ご注文は以上でよろしいですか?では、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ。失礼致します」
本当に“すぐ”だったな。瞬間移動したみたいに、またトニーさんの背後にすっと現れた。
店員さんは、再びトニーさんに石化の呪いをかけて、颯爽と店の中に戻っていった。
「フフフッ。もうトニーさんってば!固まっちゃってる。フフ…おかしい……フフフッ」
「いやー気配がしないんだよね。でもよかった、リディシアさんの笑顔をみれたから僕のマヌケっぷりも役立ったかな?」
トニーさんは頭に手をあてた後、私を見てゆっくりと手をテーブルの上に置き、頬を少し赤く染める。
「えっ?」
「いや、なんか最近…元気がないみたいだったから、心配してたんだ。俺はリディシアさんの笑顔が好きだな。
今リディシアさんは付き合っている人とかいる?もしも誰とも付き合ってないなら俺とかどうかな?リディシアさんの事を大切にするよ」
「!!?」
思いもしないトニーさんからの告白に驚いて、両手を口にあてる。
トニーさんが私の事を?全く気付かなかった。え?私もしかして鈍いの?違うよね?誰か違うと言って?
トニーさんは私と同じ目線で物事を見て、私の事を気遣ってくれるし、とても親切で真摯な優しい人。きっとトニーさんは言葉通りに私を大切にしてくれる。
でも私の心にいる人は彼じゃない。私が隣にいたいのはずっとあの人だけ。
「…ごめんなさい。私は他に好きな人がいるの。トニーさんの気持ちはとても嬉しい…けど、本当にごめんなさい。
あの…好きになってくれてありがとう。本当に…本当に嬉しかったよ」
私が彼の告白を断ったのに、目頭が熱くなる。嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちと、こんなにピタッっとくる人はなかなか居ないのに、もう彼に会えなくなる寂しさ。
「そっか…気にしないで。あのね、応募してた求人で、正職員で合格をもらったんだ。今日を最後にバイトが終わるから、リディシアさんに最後に告白して、もしかしたら了承してもらえるかもしれないって思って…。そっか…うん、分かったよ。こちらこそ今までありがとう。
じゃあこれ俺の分のお金を置いておくよ。お友達も帰って来たみたいだからね」
トニーさんはサイダーをイッキ飲みして、席を立ち、最後に笑ってこう言った。
「いつかまた何処かで会えたら、あの時俺を選んでおけば良かったって言わせる位、いい男に俺はなるから、リディシアさんもその彼とお幸せにね」
去り行く背中に思わず立ち上がって声をかける。
「トニーさんは最初からいい男だよ。就職決まっておめでとう。ありがとう。私も頑張る。トニーさんの幸せを祈ってるから」
泣きそうになりながら手を振る。トニーさんは目を見開いた後で、最後には笑顔で去っていった。
「リディー?聞こえてたわよ?彼を選らばなくてよかったの?」
「リサ!?」
いつの間にか背後には四人がいた。
「なかなかの好青年。リディがアルを好きでなければ、アルより彼をユリは推したのだが、彼もリディに告白した事で、今後更にいい男になるだろう」
「店員さんには強引なナンパではなく、知り合いのようだから試すだけで邪魔はしなかったと、しっかり報告を受けたけど、よく見るとなかなか可愛い顔してたわ。
甘々ベタベタはしても、肝心な言葉を惜しむヘタレなアルより、マーガレットお姉さんは直球な愛の告白をする、純真・素朴な男が好きよ」
「だよねー。ダリアも同感ー。いくら事情が有るとはいえ、ちゃんと説明してないアルが全面的に悪い。何も話さず行動する俺かっこいい、とでも思ってるのかな?
女は千の褒め言葉よりもたったひとつの真実の愛の告白を求める。
未来に向けて行動するのも大切だけど、ちゃんと大切な人に惜しみなく気持ちを伝える事も、同じ位大事な事だよ。
明日死んだら後悔するじゃん?ダリアは彼氏に、大好き愛してるってうざい位伝えてるよ。アルもダリアを、少しは見習えばいいんだよ」
四人は一斉に椅子に座る。私も遅れて席に着いた。
「おかえりなさい、お姉ちゃん達」
自分の為に色々してくれて、本当に頼りになる姉達だ。思わずフワフワな温かい気持ちになり、ニコニコと感謝の気持ちで歓迎する。
さっきトニーさんが友達が来たって言ってたから、聞かれてるのは覚悟してたけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。
「可愛い。…あーもう、アルに私達の妹は勿体ないわ!
あのヘタレ!もしも今度会えたら覚えてらっしゃい!」
「本当にね。昔の私達もアルの王子様面な上部と言葉に騙されてたわ。今あの頃に戻れるなら、アルは放っておいてリディを可愛がったのに」
「家に余裕があったら、リディを養子に迎え入れられたのに、ダリア達の家は私達四人の子供がいたから、経済的に無理だったんだよね」
「総合的に判断した結果、今までのリディの孤児院入り後の大体の不幸は、全てアルが原因だというのがユリの結論。
リディ、アルの他にもいい男はいる。
いや、アルに比べたらほとんどの男はいい男だ。
アルに愛想をつかしたら、私達に相談するといい、アルよりいい男を紹介する」
散々な言われようだった。一体何が彼女達にあったのだろう。
「結論を言うとね。アインドル商会会長から面談を断られたわ。
理由は私達の口からは言えない。これはアルの口から言わないと意味がないし、私達が言ってはいけない事だから。
ただ一つ言えるのは、リディはあいつの事を信じて待っててあげて欲しいということよ。どれ位時間がかかるか分からないけど、必ずリディにアルは会いに来るから。
……本当に!あのヘタレが全部説明していないのが悪い!!!」
リサがテーブルを拳で叩くが、他の三人は誰も諌めようとしない。全員の背後に闇が渦巻いている?
「リサ!落ち着いて、私は大丈夫だから。皆ありがとう。私を心配してくれて、私の為に憤ってくれて、私とアルを会わせる為に、アインドル商会に連絡を取ってくれて本当に感謝してる。
四人は私の優しい自慢のお姉ちゃんだよ。とても嬉しかった。本当に、本当にありがとうございました」
アルに会えない事はやっぱり残念だけど、お姉ちゃん達が私の為に心を砕いてくれた事がとても嬉しい。だから感謝の気持ちで皆に頭を下げた。
「やめてよ、涙がでちゃうじゃない」
リサが私のおでこを人差し指で上げさせながら、涙を手で拭う。
「本当ねー。でも五人とも泣いてるから大丈夫よ?」
レースの白のハンカチで涙を拭うマーガレット。
「もうっ、もうっ、リディがいい子過ぎて辛い。私が男ならリディと結婚して幸せにするのに」
ポケットティッシュで涙を吸いとらせるダリア。新しく出した物で鼻もかみだした。
「気にしなくていい。可愛い妹が困っている時は、姉は力になるものだ」
緑の目を真っ赤にしながら、涙が溢れない様に上を向くユリ。
ありがとう。
私はアルを信じて待つよ。
寂しくて会いたくて枯れそうな心に、皆が愛で満たした水をくれたから、私は大丈夫。
アルと直接会えなくても、手紙でアルを感じられるから、寂しくても、私はまだまだ大丈夫だよ。
だってこんなに自慢の姉が、アルを信じろと言ってくれたから、だから私はアルを信じているお姉ちゃん達を信じる。
アルを信じて、ずっと会える日を待ってる。
トニーじゃないけど、次にアルに会った時には、あなたが驚く位素敵なレディになって、理想の私になって見せるから、だから首を長くして待っててよね?アル?
この回は書いてて楽しかったです。
特にユリのヘタレ部分のルビの考察が。
みんながしゃべるから、文章が長くなってしまった。
リサ→ツンデレだけど身の内にいれた人を大切にする。実は四人の中で一番優しい子なのに、言動で損をしてしまっている。四人の表のリーダー。長女。
マーガレット→四人のお姉さん係りで真のリーダー。ちゃっかりしている。怒らせると二番目に恐い次女。
ダリア→お調子者でおおざっぱだけど裏表のない子。がさつな面もあるが優しい。怒らせると三番目に恐い。
ユリ→頭がいい子で怒らせると家の誰よりも恐い。正論を淡々と突いて攻撃してくるタイプ。さっぱりした性格でドS。彼女のアルに対する考察は的を得ている。