私は負けない
最初の一言めから痛い表現が入ります。
主人公主観からのマイルドないじめ描写表現にしたつもりですが、主人公が辛い目に合うのは嫌な方は今すぐこの話を読むのをおやめください。
…痛い……身体中が…痛い。
やだ、髪を引っ張らないでよ。痛い…。
叩かないで!
やだっ、絶対に嫌ーー。
苛められたくなかったら、自分達に協力しろなんて無理。
アルはあんた達みたいな根性悪の、複数でないと一人の年下の女の子にも勝てない子なんかに渡さない!
アルは、アルは私の…大切な人なんだから、あんた達なんかにアルは渡さないわ!
私はあんた達になんか負けないー。
アルは私が守るんだから!!!
「!!?」
高い所から落とされたような衝撃を感じて、ベッドから飛び起きる。今の出来事は夢か……。
七歳から短めのスカートやキュロットを履くようになった。
理由は今の悪夢に繋がる。私が七歳、アルが九歳の時に町に引っ越してきたリサ達四つ子によるいじめだ。
あいつらは一人では私に敵わないとみると、三人がかりで私に酷い言葉や暴力を奮ってきた。
残りの一人はアルに虐めがばれないように、引き留めている係りだから、アルは私がリサ達に虐められているなんて思ってもいないだろう。
時々町に出たアルに一人が声をかけて引き留める。
リサ達と私は友達だから、今から女子会をするの男の子のアルは立ち入り禁止よ?
大丈夫よ?アルがリディシアを待つ時間を潰すのに、私は残ってあげるから。
そう言って彼女達はアルから私を引き離す。
いじめられている時間は多分短いが、私にはその短い時間が一時間にも、二時間にも感じられた。
あいつらはずる賢い。
アルにバレないように、私に暴力を振るう時には、私が着ている服の上からしか攻撃されなかった。
アルにバレたら嫌われるのは自分達だもの。
もう分かったよね?私が何で短めのスカートやキュロットを履くようになったのか。
出来るだけ攻撃される箇所を減らす為だ。
いつ呼び出されるか分からないから、身体にタオルや包帯を毎日巻く。出来るだけ身体の受けるダメージを減らすようにしているけど、七歳から始まった虐めが十歳の今も続いていて、彼女達に時折呼び出される。
私は少しの光魔法の適正があるから、免疫力を向上魔法も使って早く痣を治そうとするが、治り終わる前にまた新たな痣が増える。
だから身体の免疫力を高めるのに、魔力が溜まり次第毎日魔力が空になる直前まで魔法を使用。魔力が完全な空になると、魔力枯渇で身体の弱い人は最悪死亡するからだ。
魔法を覚える前に比べると、身体の負担は雲泥の差。私の魔力量じゃ回復魔法を使えない。
私の好きなおとぎ話のように、全回復魔法や死の縁からも蘇らせる魔法を使える人は、この世界に一人もいない。
光魔法なら大回復魔法や免疫力大向上までが限界。
魔力量の多い人で構成されたノワール魔法国民でも、使える人はいないと聞いた。
痛みを避ける為とはいえ、かなりの露出度になるので、この格好はアルにはかなり不評。夏場は上も合わせてかなりの露出度になるからね。
いつ呼び出されるか分からないし、戦いに備えておかないと!なんだか彼氏からのデートの誘いを待つ、彼女みたいな事を言ってるな。
シスターからのおつかいで、夏場に町に出ようとすると、隣のアルから着ているシャツを羽織らされる。アルは同じく九歳から、夏場にシャツとタンクトップを着ている事が多くなったのは、もしかしたらこの為かな?
アルは十二歳になってますます体が大きくなった。アルのシャツを羽織ると、私の膝上までシャツが覆ってしまう。露出の多い格好をする私を、他の人に見せたくないみたい。
悪い虫が町には多いらしい。蚊?妹を虫からもここまで過保護に守るのは、きっとこの世界でアルだけだよ。
身体が痛くても、虐められても私は負けない。
あいつらの狙いはアルだから。
私があいつらに協力して、アルを売る真似をしたら、私は私を一生許せなくなる。
大人に頼らずに、自分の一人の力だけで、あいつら四人全員に勝ちたい。
せめて護身術だけでも学んで鍛練したいのに、過保護な兄が首を縦にふってくれない。特に剣術はもっての他らしい。
……アルに虐められている事を告げ口したらって?
それは一番の悪手だよ。きっとアルはあの四人を嫌って、ますます私に過保護になる。
あいつらは自分達がアルに嫌われて、その分私がアルに今よりも甘やかされて、それをただ指を咥えて見ているだけの奴等ではない。
もしかしたら、怒って私を殺そうとするかもしれない。
アルはきっと私を守ってくれるだろう。
心も体もぼろぼろになりながら、私の為に己の心も体も殺すだろう。
一番怖いのは、アルの使える強い魔法や剣や武道で、アルがリサ達を殺してしまうかもしれない事。
多分私の為なら、自分が殺人者になってもかまわないと思っていそう。自惚れでなければ、私はアルにそれ位大切にされている。
アルが何の為にあんなに頑張っているのか分からないけど、彼も私と同じ様に理想のなりたい自分があって、その為にあんなに頑張ってる。
私の為にアルの未来は壊させない!
アルの将来を私が守る!!
アルは長い間私を守ってくれた。
今もずっと私の側にいて、私の心を守ってくれている。
皆に嫌われて避けられている私に、沢山の愛を注いでくれた。
私はアルに甘やかされて、優しく抱きしめられて、両親を亡くした悲しみから、アル以外に親しい人が居ない寂しさから、どれだけ救ってもらったか分からない。
分からなくなる程に、現在進行形で沢山助けてもらっている。
何かにではなく、私は私の心に誓う。
私は絶対にアルを裏切ったりしない!
多分一度でも人を裏切れば、きっと何度も心の瀬戸際で裏切れる人間になってしまう気がする。
ゼロとイチの間にある価値はセンはありそう。
一度でも誘惑に負けてイチになってしまえば、ニ、サンと増えて、どんどん罪が積み重なって、積み重なった自分の罪は自分の心を麻痺させて、自分で自分の心を殺してしまうかもしれない。
どんどん汚れていく自分を止められなくなる。そんな気がする。
私は私に、兄に、胸を張って家族だと言える私であり続けたい。
アルはずっと私を守ってくれた。
だから今度は私の番!!私がアルを守るんだ!!!
両親に誓った素敵なレディは、きっと自分可愛さに大切な人を裏切らない人間。
痛みにも、罵倒にも、なぶりにも、私は絶対に屈したりしない。
アルが私の側にいてくれるだけで、私は強くなれる。
私の世界は三才からずっとアルだけなの。
アルが一生を二人で過ごす大切な人を見つけるまでは、他の兄妹より距離の近いままでもいいかな?それまではアルの隣で、ずっと一緒に手を繋いでいてもいいよね?
もしもアル自身が、アルの隣にふさわしい女性を見つけられなかったら、大きくなった私が世界中くまなく旅してでも、兄にふさわしい素敵なレディを見つけ出してあげるから。
あんな奴らになんて、私の兄は渡さない!
妹の!兄を思う力を!なめるな小娘共!!!
……あれ?私の方が年下なのに、何で小娘って言葉が?
まぁいいや、まだ起きるにはかなり早いし、もう少し寝よう…。
「……アさん…リディシアさん?大丈夫?お加減でも悪いのですか?」
ハッと目覚めると、背中までの茶色の髪を黒のゴムで三つ編みにした髪をゆらし、同じ色の眼を心配そうに細めた表情をしたシスターが、私を起こしてくれた。
「あれ?シスター!?今何時ですか?」
「今は九時だけど、朝食も召し上がらずに朝の朝礼も欠席なんて、真面目なあなたにはとても珍しいから心配になって…。アルフォンス君もとても心配していたわ。女性の寝室には入れさせないけど、自分で様子を見に来たかったみたいよ」
「……そうですか、あ、すぐ起きます」
「本当に大丈夫かしら?熱はないみたいだけど、身体が辛いなら今日はずっと寝ていても大丈夫よ?
部屋に病人食も運んであげるし、あなたは私達に全然頼らないから、困った事があるなら大人が力になれるわよ?」
「あ…ありがとう…ございます。……でも大丈夫です!」
「そう………じゃあ万が一具合が悪くなったら、声をかけてね?食堂に朝食を残してあるから温め機を使って温めて食べるのよ。
他の子達は調理室で皆が集まって、次のバザーで売るクッキーを作ってるところなの。体調が大丈夫なら手伝って欲しいわ。もしも具合が悪くなったら、大人の誰かに声をかけてね。じゃあ私は皆の所に戻るわね」
「あっ、はい。分かりました。シスターレイナ、ありがとうございました」
シスターが、部屋から出ていった。
「焦ったー。起きたらシスターがいるんだもん。早くしなきゃ」
私は手早く身支度を済ませて、食堂で朝食を食べて後片付けをし、みんなのいる調理室に向かう。
十歳になってからは初めての遅刻だ。最近はあいつらからの呼び出しがないから、全く身体も痛くないのに、昨日の夢のせいかもしれない。
確か初等部の学校はテスト期間だからか、大体一ヶ月前からいじめがストップしている。
私の身体に今は痣も痛みも残っていない。奇跡的な確率かも、いつもはアザだらけなのに。光魔法サマサマだ。
「リディ!!起きてきて大丈夫なの?」
かなり遅刻して大ホールに入ると、すぐに気づいたアルから声をかけられる。
「おはよう、アル。寝坊しちゃっただけだよ。心配かけてごめんなさい」
ホッとした面持ちになったアルは、ゆっくり息を吐き出す。
「そっか、寝坊ならよかった。リディに何かあったのかと、僕が勝手に心配しただけだから、リディは僕に謝らないで」
「あの、ありがとう。心配してくれて嬉しい」
周りで作業中の孤児達の何人かが、こちらをチラチラ見ている。皆にも謝らないと!
「皆さんにも遅れてすみません。私も作業を今から手伝います」
孤児達にも大きめの声で謝罪して作業に入る。
「リディこっち、僕と一緒に作業しよう」
「えっ!?でも二人一組で作業しているのに、アルと組んでる人に悪いよ」
「年少者はそうだけど、大体は一人一種類のクッキーを作ってるよ。リディがいなかったから、僕一人でリディの分も作業したよ。
万が一でもリディの事を誰かに責められる口実は、確実に潰しておきたかったからね。
僕ももう十二才で孤児院の中では年長組だし、リディが居ないのなら、他の人が一種類作ってる時間で、二種類作ってやろうかなって思って」
軽い調子で告げられた言葉に、自分がアルの隣を許されている女の子の実感が沸いてきた。よく分からないけどドキドキした。
「ありがとう、本当にアルは優しいね」
「リディにだけだよ」
「そんな事ないよ、皆にもアルは優しいよ。そろそろ作業しよう」
「そうだね。もうある程度は進んでるから、この後はレシピ通りにここから作っていって。僕はアーモンドのショコラクッキーで、リディはプレーン味のクッキーね。
この部分までは進めておいたからあとは宜しく」
「了解」
泡立て器で未完成のクッキー種を混ぜているが、あとは小麦粉を入れる段階か、本当に先に進めてくれてある。
孤児院特製アーモンドクッキーは、プレーンとは使用する材料が全て違う。最初の手順も違い、手間がかかるので一から作業しなければならない。その手間の分、堂々の人気ナンバーワンの商品だから、作る材料の量もとても多い。
作りかけのプレーンの方を私に託すなんて、本当にアルはどこまで私に甘いんだか。
プレーン味のクッキーかぁ……、プレーン味も美味しいけど、私はコーヒー味のクッキーが食べたいな………。
コーヒー?
コーヒーって何?
その瞬間沢山の見た事のない情景が頭に浮かぶ、頭に知識が詰め込まれて、脳内を情報が暴れ馬の如く走り回る感覚、あまりの知識量に脳がオーバーヒートする。
真っ暗な闇に飲み込まれていく小さな光のように、私の意識はフツンと切れた。
崩れ落ちる私を誰かが優しく抱き留めてくれた様な気がした。
孤児院の大人達は、リディやアルやその他の孤児の状態を正しく理解しています。
実はリディがいじめられていることにも気づいていて、助けを求められるのを待っている状態。
子供には子供の世界があることを理解しているので、無理に介入しません。
大人になったら、孤児は誰も助けてくれる人がいなくなるからです。
気づいたのはリディの毎日の魔法跡と、残存魔力量に違和感を覚えたから、シスターの…には色々な葛藤がこめられています。
アルがリディを独占するためにしたことも理解済み。こちらにも複雑な気持ちを抱いているようです。
本当なら寝坊の子には、遅刻したことがわかり次第、起こしに行くので、リディはゆっくりと寝かせてもらっていました。
事情を知らない他の孤児達からは、リディだけ遅刻しても特別扱いされて、甘やかされているように思って、それを感じ取ったアルが、リディへの文句を封殺させるために、一番重労働なクッキーとリディの分を請け負ったという裏事情。