両親との死別と新たな家族
この回から痛い表現あります。
回を重ねるといじめ描写も出てきますので、主人公が少しでも痛い辛い思いをするのが苦手な方は、今すぐ閲覧をおやめください。
つたない文章ではありますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
私はリディシア。今は孤児の平民の女の子だ。
私が三才の時に、両親が馬車の事故に巻き込まれて亡くなるまで、私は両親に愛されて育った。役場に勤める父親と、私を産んで専業主婦になった母と私の三人暮らし。
夕日色の髪と眼をした優しくて博識な父。仕事で疲れていても、私と遊ぶ時間を作ってくれる父が大好きだった。
薄紫色の髪と緑の眼をした母は、普段はおっとりしていて優しいのに、怒らさせると誰よりも恐かった。毎日美味しいご飯を作り、掃除と洗濯をしてくれて、私の知らない沢山の事を教えてくれる母が大好きだった。
隣国の貴族だった父とこの国の平民の母は、父が仕事でこの国を訪れたときに出会った。父は施設を視察中に体調を崩し、急遽病院に入院した。その時当時看護師として働く母と出会った。
父と母は身分違いの激しい恋に落ちた。だが父は隣国の公爵家の長男で、公爵家の跡取り息子として、政略的な婚約者がいたのだ。
母は父の将来を考えて、身を引こうとしたが、父にはもう母しか考えられなくなっていた。父は婚約者との婚約を破棄し、公爵家から勘当された。父の弟が跡を継ぐ事になり、父の元婚約者と婚約を結んだ。晴れて自由の身になった父は、この国の国民になって母と結婚し、そして二人の間に私が産まれた。
母は私にも王子さまが現れるから、将来素敵なレディになる為に、大きくなったら沢山の事を学ばなければいけませんよと話してくれた。
父は嫌だ!うちのリディはどこにもやらないと言い、私をぎゅうっと抱き締めた。
母はあきれながら、リディがお嫁に行っても私はあなたの側にずっといるわよと言い、私ごと父を抱きしめ、父は私と母を抱きしめながら笑う。
ずっとそんな日々が続いていくと思っていた。
ある寒い冬の日の事だった。
近所に住むカロナおばさんが、一人で留守番している私の家に訪ねてきて、私に変な事を言う。
父と母が馬車の事故に巻き込まれて死んだ。
おばさんは泣きながら、私にそう言った。
私はおばさんが悪い冗談を言っていると思った。だって今日は私の三才の誕生日だから、ケーキと贈り物を注文したから受け取りに行くと言って、パパとママは手を繋いで家を出た。
そんな訳ない!!!
失礼な事言わないで!
パパとママが死んでしまったなんて、おばさんの嘘だ。
幸せそうな笑顔で、二人は家を出たばかりだ。リディも一緒に行きたいと言ったのに、いい子だから家で待ってて、今日はとても寒いから道が凍って危ないのよ。
すぐに帰ってきて、ケーキとプレゼントを持って来るからね。沢山ご馳走を作ったのよ。私達が帰ってきたら、三人で一緒に食べましょう。ママがそう言ってたもん。
テーブルには、ママが朝から作ってくれたご馳走が、沢山並んでいる。
パパもママももうすぐ帰って来る。帰ってきたら、三人でリディの誕生日を祝うんだから、パパとママが死んだなんて、おばさんの悪い冗談に決まっている。
聞きたくないのに、おばさんの話は続く。
二人が道を歩いている時に、馬車が曲がり角で横転した。馬車は路面の氷結でスピードが出て、曲がり角を曲がりきれずに、ちょうど歩道を歩いていた父と母は、馬車の事故に巻き込まれてしまった。
沢山の荷物を抱えた両親は、歩道を猛スピードで横転した馬車に対して、とっさに動く事が出来なかった。
すぐに周りの大人が動いてくれて、怪我人全員が病院に運ばれたが、すでに手の施しようがなく、私の父も母も、馬車の中に乗っていた人も、馬車を操っていた馭者も、被害者も加害者も全員が死んでしまった。
なんでパパとママが死ななきゃいけなかったの?
どうして、そんな痛い死に方をしなければならなかったの?
私が二人が出掛けるのを引き留めたから、パパとママは死んだの?
今日が私の誕生日でなかったら……。
違う!
もしも私が産まれてこなければ…。
パパもママも生きていて、笑って今も幸せに暮らしていたのかもしれない。
私が産まれてこなければ…私がパパとママの娘に産まれなければ…。
何も考えられなかった。感覚が麻痺して、私は何も…。
気がついたら、父と母の葬儀が終わっていた。
馬車の主の遺族は、この国の貴族である侯爵で、立派なお髭をしたおじ様が、子供の私に泣いて謝りながら、多額の慰謝料を払ってくれたが、私はお金なんかいらないから、父と母を私に返して欲しかった。
私の母は孤児だった。
父は隣国の公爵家を勘当され、絶縁されたその日のうちに、家の恥として貴族位と出生記録を抹消されているらしく、頼る事はできない。天涯孤独の身の上になった私は、孤児院に入る事になるそうだ。
近所の方達の生活は豊かではなかった。それでも皆が楽しく助け合って生きてきた。皆善良でいい人達だったから、私を引き取り慰謝料を引き出して、私を利用して自分達の生活を豊かにしようなんて、考えもしなかったようだ。
私が孤児院に行くまでの数日間、近所のカロナおばさんが私の面倒を見てくれた。孤児院まで着いてきてくれたおばさんにお礼を言い、シスターに私は引き渡された。そして私は孤児院の一員になった。
孤児院に入った翌日、私は礼拝堂に連れて行かれ、孤児院の関係者達に引き合わされた。私は軽く皆に自己紹介をした。
私の他には一人の神父さま・十人のシスター・ボランティアの女性三人・孤児達十五人がいた。
私と年の近いのは、青空色の髪と眼をした男の子だけで、私は彼と目が合った。彼以外の子供は、私よりも六歳以上は年上に見えた。
神父様は私と一人のシスターと、さっき目があった男の子にはまだ残るように言い、私達だけになるとシスターが男の子に声をかけた。
シスターは私と年が近いこの子を、私の教育係に指名した。シスターは「私が孤児院の生活になれるまでの間だけでいいからお願いね」とその子に言った。
シスターが居なくなった後に、彼は笑って私に声をかけた。
「ねえ、リディシア。俺はアルフォンスだよ。よろしく、仲良くしようね」
「あ、うん。よろしくね」
握手を求められたので、私もアルフォンスの手を握る。
「イタッ」
「…なんて言うと思った?あーめんどくせー。なんで俺が教育係なんてやらないといけないんだ。年が近いからって、俺にガキの世話を丸投げかよ。他にも子供は沢山いるのに、女にやらせろよ。」
「痛い!離してよ。私が頼んだ訳じゃないもん。イタッ…ふぇっううっ」
「な、何だよ。女ってすぐ泣くから嫌なんだよ。女の方が悪くても、すぐに泣くから男が謝らないといけなくなるんだよな」
そう言ってアルフォンスは私の手を投げるように放す。私は何も悪い事はしてないのに、何て酷い事をする子なの!?
「泣いてないもん!アルフォンスが私に痛い事をするから悪いんだもん!」
自由になった右手を左手でさすりながら、涙の張った瞳で必死に睨む。負けてたまるか!
「いーや、泣いてた」
「泣いてない!」
「泣いてる!」
「アルフォンスのバカ!リディ泣いてないもん!」
「さっきからなんで呼び捨てにするんだ。お前よりも俺は二才も年上で五才だぞ!バカじゃねぇし。ちゃんとアルフォンスさんと呼べ!お前の方がバカだ」
「違うよ!私の方がアルフォンスさんよりも賢いしいい子だよ。パパがリディは天使だって言ってた。リディに痛い痛いするアルフォンスさんの方が、バカで乱暴者なの!自分より小さい子や弱い子を虐めるのは、心の弱い奴だってパパが言ってたもん!」
「う…。そんなの知らねぇよ。俺にはパパもママも産まれた時からいねぇし」
「なんで?アルフォンスさんのパパとママも、リディとパパとママみたいに死んじゃったの?」
「分かんねぇ。俺は赤ん坊の頃にこの孤児院に籠に入れて捨てられてたらしい。手紙には俺はアルフォンスだって名前と、俺を宜しく頼むとしか書いてなかった。両親が生きているかも、どんな奴等かも、何で俺を捨てたかも俺は何も知らない。
お前はパパもママも死んだって言うけどな、俺なんて両親も居ないし、両親から何も貰ったものもないんだよ」
泣きそうな辛そうな顔。でも両親からプレゼントなら貰ってるのに気付いてないのか。
「えー?アルフォンスさんも両親からプレゼントを貰ってるよ?」
「何を?」
「アルフォンスさんがこの世に産まれた命と、アルフォンスっていう名前」
「えっ」
「リディのママが言ってた。
パパとママからの愛が一杯になると、神様が夫婦に空のプレゼント箱を贈ってくれる。空の箱に二人から溢れた愛が一杯になると、箱が命に変わってママのお腹に宿り、赤ん坊としてこの世に産まれるって、名前は産まれた我が子に贈る二番目のプレゼントなんだよって、リディに教えてくれたの。だから子供は皆、神様とパパとママの愛し子」
「…………でも俺には家族なんていない。孤児院にいる奴らや町のみんなやシスター達は、仲間であっても家族じゃねぇし、俺は一人ぼっちだ」
さっきまで私に痛い事をした子だけど、ただ寂しくて悲しいだけなんだね。こんな悲しい顔をさせたくない。幸せな笑顔でいて欲しい。
「えー?いっぱい仲間がいるんだねぇ。いいなー、リディもみんなと仲良くなりたい。
んー、じゃあリディの家族になる?リディのパパもママも死んでお星さまになって、リディを見守ってるって、近所のカロナおばさんが言ってた。アルフォンスさんがリディと家族になったら、リディのパパとママも、アルフォンスさんの事も見守ってくれるよ。
そしたらもうアルフォンスさんは一人ぼっちじゃないよ?リディっていう妹もできるし、リディのパパもママもアルフォンスさんの家族だよ」
「……なんだよそれ、バッカじゃねぇの。あーやっぱりお前はバカだ。………しょうがねぇから、お前の家族になってやるよ」
アルフォンスさんがリディのお兄ちゃんになってくれた。やったー。
「わーい、リディお兄ちゃんが欲しかったから嬉しいなー。仲良くしてねーアルフォンスさん」
そう言って泣いてた事も忘れて、涙が残るうるうるな瞳で、上目遣いに身長差でなった状態の私は、アルフォンスさんに笑顔で勢いよく抱きついた。
「べ…別に仲良くしてやってもいいけどよ。家族になったんだから、アルでいいぜ?リディ」
突然私に抱きつかれたアルフォンスさんもとい、アルは固まっていたが、しばらくするとこわごわと私の背中に腕を回して、優しく抱きしめてくれた。
こうして私達は初日の引き合わせの時から、とても仲良くなった。アルの行く所に私はどこでも付いていったし、初めて出来たお兄ちゃんに浮かれて、ついつい孤児院の他の子と話す機会を失った。
そんなある日の夜、就寝前の時間に家から持参したお気に入りの本をアルに読んでもらった。
“青空の王子さまと夕日のお姫さまと夜の魔王さま”っていう物語で、昔から女の子に人気があるらしい。
ストーリーは、今から何百年か前に夕日の国に麗しいお姫さまがいた。お姫さまの噂を聞き付けた夜の魔王さまは、お姫様を面白そうな姫だと思い、馬並みに大きな黒の狼姿に変身して、お姫さまを見に行こうと旅に出た。
長旅の疲れで夕日の城近くの人里近くで寝ていると、スナイパーに撃たれて獲物として捕まってしまう。
そこにちょうど夕日の国のお姫さまの馬車が通りかかり、お姫さまは周りの制止を振り切り、スナイパーから狼を買い取る。
スナイパーが居なくなった後、お姫さまは自身の光魔法で狼を回復させ、人里に近づくと殺されてしまうから、森にお帰りと言って狼と別れようとした。
お姫さまの髪と瞳は夕日の様に美しいオレンジ色で、美しい顔立ちをした女性だった。面白半分でお姫さまを見学するはずだった魔王さまは、お姫さまの麗しさと心の美しさに恋に落ちてしまう。
魔王さまは姿を狼から魔王さまに戻し、お姫さまは夜の国に連れ去られてしまう。
青空の国の王子さまの元へ嫁ぐ旅に出ようとした矢先に、お姫さまだけが浚われて、馬車や家臣はその場に取り残された。
すぐさま家臣は馬車を引き返し、夕日の国の王様に出来事を告げると、驚いた夕日の国の王様は風の魔法を使える者を何人も集めて、青空の国の王子さまに風の魔法で即座に連絡を取る。
姫が浚われた事を知った青空の国の王子さまは、すぐに夜の国にお姫様を助けに行く。制止しようとする周りの声に耳を傾けずに、青空の国の城を単身で出発した。
夜の国の城に到着した王子さまは、魔王さまに姫の解放を願うが、お互いの意見は平行線を辿る。
やがて夜の魔王と青空の王子さまは激しく戦いあい、青空の王子さまは、魔王の剣に倒れてしまう。夜の国は魔王さまと魔人で構成され、国として軍事的に世界一強く、個人の戦闘力も魔王は世界で一番強かった。
もし姫の奪還が失敗しても、自分以外が死なないように、自国以外を含む全国民を慈しみ、個人戦闘力が世界第二位だった王子さまは、単身で姫を助けに来たのだ。
王子さまは人間としては文武両道で天才だったが、人間よりも魔力が多い魔人には長い寿命があり、長く生きて経験を重ねてきた、魔人の王様には勝てなかった。
夕日の国のお姫様は涙を流しながら、倒れた王子さまに駆け寄り、その体を抱きしめて、王子さまの唇から流れる血を、自らのドレスをちぎった布で拭いた後、愛していますと言い、王子さまの唇にキスをする。
王子さまとお姫さまの真実の愛によって、王子さまの傷が癒えて、王子さまは勇者になり、夜の魔王さまは倒された。
魔王さまは最後に残った力で、何か魔法をかけた後に倒れ、体も残さず消えてしまった。
魔王さまのした事と、結果を知った魔人達はとても悲しんだ。
その後、消えた魔王さまの次に、魔力の多い新しい魔王さまが選ばれ、青空の国と夕日の国に謝罪した。もう三国が争う事の無いように、永世不可侵条約同盟を魔法で締結させて、この事件は解決する。
青空の国に戻った王子さまと夕日の国のお姫さまは、皆に祝福されて結婚しました。
勇者となった王子さまと、王子さまを救ったお姫さまは聖女になり、二人は青空の国の王家を継ぎ、王様になった勇者さまは、死ぬまで元魔王の最後の魔法を警戒していたが、何事もなく年月は過ぎていった。二人は子宝に恵まれて、幸せに暮らしました。
おしまい
こうして絵本をみると、青空の国の王子さまの顔はアルに似てるかも?髪と瞳の色も同じ青空色だし、アルが大きくなったらこんな感じの外見になりそう。
でも言葉遣いは全く似てない。ママはいつかリディにも王子さまが現れるって言ってたけど、アルっていうお兄ちゃんはできたけど、王子さまにはまだ出会えていない。
うん。いつか会いたいから、それまで素敵なレディになれるようにリディは頑張る。お手伝いもお勉強も運動も頑張るからね、ママ。
「……どうしたのアル?何て顔で本を見てるの?何かあった?」
読み終わったアルの様子がおかしい。
「なぁ、リディはこの本の王子さまが好きなのか?」
アルの雰囲気が複雑な感情を伝えてくる。絵本の登場人物について、誰が好きか語り合いたいんだね。
「王子さまは好きだよ。お姫様も好き、魔王様は死んじゃったのかな?可哀想だったな。魔王さまもお姫様のことが好きだったんだよ。
ママがリディはお姫様で、いつか私にも王子さまが現れるっていってた。もしも現れたら結婚してリディの旦那様になってもらうんだ。今から楽しみにして…ってアル?ねえ、顔が恐いよ?」
絵本の王子さまを忌々しい表情で睨み付けてる?
「へーっ、知らなかったな。リディはこういう男が好きなのか。ふーん、俺がリディの王子さまになってやるから、他の男はいらないだろ?」
「えっ?えー?アルはリディのお兄ちゃんで、リディとは家族だよ?家族は結婚出来ないってシスターが言ってたよ?それにアルは王子さまに似てるけど、言葉遣いとかは全然違うし、アルはリディの王子さまじゃないと思う」
「は!?ふっざけんな。なればいいんだろうが、なれば!いいぜ、その喧嘩を買った!俺がリディの王子になるから、リディは俺のお姫さまになれよ」
「えー?やっぱり王子さまにはなれてないよ。リディはアルが美人のお姉さんと結婚して、お嫁さんにもアルにも妹として可愛がられて、私も王子さまに巡りあって、みーんなで幸せになれたらそれがいいなぁ」
「……フフフ…リディに俺以外の王子なんていらねぇ。そんな奴が現れたらボッコボコにしてやる。俺以外の男なんて目に入らないようにしてやるから覚悟しろよ!なぁリディシア姫?」
…どうしたんだろう?兄の妹に対する兄離れを怖れた嫉妬かな?んー、何かまだブツブツ言ってるよ。本当に、どうしたんだろう?
大体リディは、この絵本の王子さまに恋してる訳じゃないし、将来出会う私だけの王子さまが平民でも全然かまわないのに、なんでいきなり平民のアルが王子さまになりたがるのか、リディはさっぱり分からないなあ。
んー、放っといて大丈夫だよね?多分明日になったら忘れてると思うし。あくびが出て眠くなってきた。そろそろ寝室に行こう。
「アル、リディ眠いからもう寝る。アルも早く寝た方がいいよ?よく分からないけど、あんまり気にしちゃだめだからね?じゃあ私は部屋に戻る」
「ちょっと参考にしたいから、この本しばらく貸してくれ」
何の参考にするの?
「いいよー。おやすみなさいアル。いい夢を。」
「ああ、おやすみ」
孤児達の共用スペースからリディは出て行った。俺も…いや僕も早くベッドに戻って、王子さまについて勉強しなければ、まずはこの本をもう一度読むか。
とんでもない誤解から始まったこの騒動は、後のアルの性格にまで影響し、アルはリディの理想の王子さま姿を妄想し、アルの脳内で大きく誇大化された王子さま像へと至るべく、この日から真面目に努力して、人が変わった様に皆に親切で、にこやかに応対するようになる。