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『B』という女性について。

作者:きむじゅん
ただの書きなぐりであり多少リメイクでもあったりします。


その女性は手慣れた動きで紅茶ポットの中をスプーンで軽くひとまわしをする。
少しすると琥珀色の液体がカップになみなみと注がれた。
「はい、どうぞ」
目の前の少年。
男――五稜郭は目の前の、――自分より少し年上と思うの女性からカップを受け取った。
「どうも……」
それを渡した女性は、自らが淹れた紅茶を口につけ満足そうに微笑む。
「やっぱり、淹れたてが一番おいしい。ケーキか何かあればよかったんだけどねぇ。
紅茶だけにこう、ちゃっとしたつまむ物が」
「……………………」
聞かなかったことにしよう、五稜郭はそう思わずにはいられなかった。

精一杯に電灯が光を放っても薄暗いという印象しか持たせないこの場所。
横には水が小川よりかは幾分早く流れていた。
そんな地表から僅かに下の場所、地下水道。
なぜ彼らがそのような場所にいるのかを説明せねばなるまい。






五稜郭ごりょうかく さや
彼は祖父によって名付けられた。
高校2年17歳。新聞部所属のただ普通の、普通から少し離れた男だった。
その離れている理由。
彼を知る者はすでに当然であって気にも留めない。
しかし、初見の人は間違いなく同じことを思う。
『なんだあれは』と。
それは、左腰のベルトに押し込んでいる鞘。
彼の名前でもあり、お守りでもあり宝物。
祖父から譲り受けたものだ。
譲り受けたときにはその鞘に収まっていた刀もあったのだが、
いかんせんそんな物を持っていたら江戸時代ならばいざ知らず
国家権力のお世話になることは間違いなかった。
故に普段は鞘だけでも持ち歩いていた。誰に止められたとしても。



彼の所属している新聞部というものは学内新聞とはいえある程度人目には入る。
しかし、どうにも最近読者離れが続いていると言うことで部長が
『面白い記事持って来い。持ってきたら金一封、とまでは行かんが成績を考慮させるぜ、顧問に』
なんて言ったもんだから大変。
そこで五稜郭は考えた。
「特ダネってのは思いも寄らない場所にあるもんだ」
なんて。
この地下水道は幽霊やら変な生き物が生息していると噂の場所。
学園七不思議の一つにも選ばれており、そうそう近づくものはいなかった。
まぁよくある肝試しスポットということだ。
彼は懐中電灯にヘッドライトに防水時計、胸からかけたポラロイドカメラ、
腰にはお守りの祖父譲りの鞘とポーチ。
どうせ噂ばかりで大したものはいないと地下下水道へ乗り込んでいった。
そして、ずんずんと進む。
たまに適当なところでポラロイドを焚いてみるもやっぱり写るのは下水道の壁ばかり。
やっぱり、特ダネなんて早々ないのかもしれない。
そう思い始めるに十分な時間が経った頃に。
(ん…………? 足音?)五稜郭の耳にその音は届いた。
曲がり角の先から、ぱしゃぱしゃと、明らかに水の流れる音以外の音が混ざる。
(俺と同じ考えか……それとも……)
本物か。
思いポラロイドを構え、角へと近づく。
ぱしゃぱしゃ、ぱしゃぱしゃ、と確実にそれは近づいてくる。
目の前、そう思い踏み込んだ。瞬間。
「わっ!」
意識の外。背後からそんな悪戯な声が響いた。
揶揄ではなく、水道に反響し響いたと言うのも忘れてはいけない。
「ぅわぁああああああああああ!?」
同時にドボンと懐中電灯が水へと沈む音。五稜郭の両手がわずかに軽くなった。
「んもう、そんなに叫ばなくたっていいじゃないの。…………お茶しない?」
五稜郭を驚かした女性は、にへと笑いながら五稜郭にそう提案した。



紅茶を飲んだ後、いつまでもじっとしているわけにもいかず二人で連れ立って歩き出した。
女性がどうやってか用意したティーセットはいつの間にか片付けられていた。
下水道を歩く二人はしばし無言だった。
むしろ急に現れた得体のしれない女性に話をする気にはならなかった、というのが正直なところだった。
だが、女性が「ねぇねぇ、なんでこんなところに来たのさ、ねぇねぇ」などと
しきりに話しかけるものなので
五稜郭が理由を話してからは互いにどうでもいいようなことは話せるようになっていた。

「ふぅん。ハコダテ君も大変なんだね」
同情するような、それでいて楽しそうに女性は言葉を紡ぐ。
「ああ、面倒なんだよ……って俺か? ハコダテ? 何でハコダテなんだ」
「だって五稜郭君でしょ? もうわたしは函館しか思い浮かばないもん。だからハコダテ君。
ジーパンとか橘さんとかと同じようなものだよ」
五稜郭はふぅ、と一息。僅かの間の付き合いだが、なんとなく判っていた。
目の前の女性に、何か言っても無駄かもしれないと。
「それでソッチの名前は? いつまでも名前呼ばないで話するのは辛い」
ああ、そうか。と納得した表情で女性。
背中ほどまで伸びた髪を手ですきながら
「わたしはゆ……」
名前を言いかけて女性は少し口をつぐむ。
「『ユ』さん? 大陸のほうの生まれか、もしくは超人に憧れてそうな名前?」
んもう、待ってってば、と五稜郭の言葉を阻み、女性は
「『B』って呼んで」
そう呼ぶように五稜郭に頼んだ。
「『B』……ってアルファベットの? Breakの頭の?」
「うん、その『B』。ビギニングでも何でもいいけど『B』。
それでね、わたしは大学部二年。ハコダテ君の先輩だよ。たぶん今日はハコダテ君と同じような目的なの」
言ってポラロイドカメラをどこからともなく取り出す。
「わたしはK学園ミステリールポタルージュって変なとこの所属。
それで珍しいものがいるって聞いたからここに来たの。
主にUMAとかそういうオカルト関連がメインかな、あんまり見たことはないんだけど」
「ユーマ? ユー・エム・エー? ツチノコとかクッシーとかともかくそんなような? 遊馬……は違うな」
「そうそう、物分りがよくて助かるよハコダテ君。ちなみに最後のは『あすま』だよ。
ま、ともかくこの地下水道にそんなようなのが居るって話を聞いてね。
予算陳情するためにもまともに活動してるってところアピールしなくちゃいけないの。
とりあえずね、写真でもとってみようかなって。この先になんかあるらしいから」
ふぅん、と『B』の話に五稜郭。
(予算ってのは大学だろうと高校だろうと部に関しては大切だよな、やっぱ)
そういう風に五稜郭は納得した。
「『B』さんも言うにはここに本当に何かあるって感じだけど、俺も撮らせてもらっていいかな?
駄目だってんなら諦めるし」
「んー? 別に構わないよ? わたしは研究、ハコダテ君は記事にする。利害が重ならないもん」
五稜郭は利害って言うほどのものでもないんじゃないかな、と思ったが。
「ん、じゃ、よろしく頼むよ『B』さん」
「こちらこそ」



ざぁざぁと水の流れる音は変わらず、景色も大して変化せず。
二人は地下下道を突き進んでいた。
「いやぁ、やっぱり何にもないねぇ」
「本当ですね」
やはり二人は噂は噂と、元々あてにはしていなかったのだが、終わりというものは突然現れた。
「行き止まり……」
黄色と黒のロープで立入禁止の札が固定されていて、これ以上先には進めないことを示していた。
五稜郭はロープを引っ張ったりしながら黒の闇に閉ざされている先をのぞき見るがやはり真っ暗。
「だねぇ。それじゃ、最後に一枚ぱちっと」
『B』がフラッシュを焚いて、立入禁止の奥を撮る。
「ん? 今、何か……?」
「光った。ハコダテ君?」
「確かに」
その光が何かに反射し、二人の目にきらりと映った。
「行ってみよっ」
『B』は五稜郭の返事も待たずに、ロープを飛び越える。
「あ……ちょ……」
五稜郭はその背中を呆然と見ていた。
そして、彼女が人差し指ほどの大きさになった時にはっと、気がつき
「待てよ! 『B』さん! 立入禁止だろ!」
その背中を追いかけていった。

「見て見て! ハコダテ君! すごいよ!」
手を振って追いかけてきた五稜郭に呼びかけた。
場所は先ほどのロープの場所から50メートル程の所だった。
『B』は片手にテニスボール大の丸いものを持って後ろの少年に手を振っている。
「それは?」
「なんだろう……? 宝石? 真珠とかかな?」
「真珠? …………真珠。真珠……!? 幽霊とか居なくてもこれだけで凄い!
 こんな場所に、こんな下水道にこんな大きさの真珠なんてすんごいスクープですよ!」
五稜郭は興奮を隠すこともなく『B』に話を続けた。
しかし『B』は少し残念そうな顔をしていた。
「えー。ちょっと残念」
「どーしてですか」
「だって……これはこれで凄いけど、あんまり面白くないじゃない。幽霊とかの方が個人的には……。
幽霊が、穴に落ちたらゴー、ストン……」
少年は後半は聞かなかったことにした。何気ない会話に混ぜてくる性質を五稜郭は短い間だったが理解していた。
「……………………まぁ『B』さんが言うような宇宙人とかツチノコとか幽霊じゃなかったですけど、活動にはなるんじゃ。
俺は……どっちにしろ面白い記事は書けそうですから」
「面白いのはそうなんだけどさぁ。幽霊でも……ま、いっか、写真とろうか」
二人は互いにその真珠を持ち合ったり、段差の高い所に置いたりして
数十枚の写真をフィルムに収めた。
「あ」
不意に五稜郭。
「どしたん?」
「フィルム無くなった」
ポーチを探ってみるが、フィルムは使い切ってしまい交えるのも切らしてしまっていた。
「わたしのポラならまだ少し余裕あるから貸してあげる」
『B』は、ぽいとポラロイドを差し出して五稜郭に渡す。
「んじゃ、借ります。少しだけですけど」
「ポースはこんな感じかな?」
「いや……『B』さんのポーズは」
「えー」
少し……五枚ぐらいのポラロイドを焚いて写真が浮かび上がる前に本体を持ち主へと返す。
「どだった、使い具合?」
「問題ないです。そういえばどうします、この真珠」
「あ~~」
五稜郭が、手に持ったそれを『B』へ見せた。
ピキ、と軽い音が響く。
「ん?」
「ん」
音の元凶。五稜郭の右手の真珠を二人はのぞき見る。
その間にもピキピキと、真珠にヒビが走っていく。
「質問なんですが」
「言いたい事はわかるけど、何?」
「真珠ってそう簡単に割れるんですか?」
『B』が答えを口にする前にその答えが手の上に現れた。
シャー、と元気に大口を開けるトカゲ。
「ってワニー!? しかも白い!?」
「うわぁお! こんな所にすんごい! ハコダテ君写真写真!」
パチパチとフラッシュを焚いて、五稜郭の手の上の白ワニをフィルムへと収めていく。
「ちょちょちょ、俺はどうすればいいんですか!」
「わたしの撮ったの分けてあげるから、ハコダテ君は少し大人しくしててー」
手の上で踊る子ワニに脅える五稜郭。
トカゲのようなモノだが、それとは多少スケールが違う。
今にも指に噛み付いてきそうなワニに平静はとても保てない。
そんなところに
「あ」
『B』が抜けた声を上げた。
「……どうしました?」
「願わくばこっちにゆっくり前進、ついでにその手の中のものを床に置ければ完璧、パーペキ、ひゃくぱーせんと」
真剣な『B』の氷柱が五稜郭の背中を突き抜けた。
嫌な寒気。
「ははは、そんなウシロに何かがいるようなこと言っちゃって」
「まぁ押すなよって言ってるときは『絶対』っていったらどーんされるみたいなのはお約束だしね」
「やめてくださいよ?やめてくださいよ?」
言葉を聞いた五稜郭は、そんな悪寒を消し飛ばすよう『B』へと言葉を返す。
びちゃびちゃと不規則で、そして規則的な水音が五稜郭の背後から響いてくるのが聞こえたからだ。
それに合わせて一歩、また一歩『B』に言われたようにゆっくりと、しかし慌てて『B』の方へと足を進める。
『B』は、というと五稜郭に正面を向けたまま、「ははは」と乾いた笑いと後ずさりしていた。
五稜郭は前進を続けながらも、右手の子ワニに噛み付かれない事を祈りながら右手の爬虫類をそっと置いた。
それを確認して満足そうに『B』は
「逃げるよ!」
五稜郭に背中を見せて駆け出した。
「やっぱり、なんか居たんだろ!」
逃げられた男は、その背中を追いかけるように加速する。
その背後からは、びちゃびちゃびちゃびちゃと水を踏みしめて走る足音。
後ろを振り返れない、というか振り返ったら足も止まる。そう確信している五稜郭は、背後の何かの正体を知っている『B』へと呼びかけた。
「俺の後ろにいるのは何なんだー!」
「ワニ! ワニ! なんでこんな下水にいるのか知らないけどワニ! しかも二匹!」
走りながら『B』も答える。顔は正面を向けたまま。
考えればわかる。
卵があるのなら、それは宙から湧いたわけでも木の股から生まれたわけでもなく親に当たるものがいる筈なのだ。
「何でこんな所に!」
「誰かが捨てたんでしょ! こんな事されたら色々調べるのも敵わにー。なんちゃって」
時間が止まったような。そんな表現が五稜郭の頭に浮かんだ。
「あ、難しかった? ワニと敵『わに』ーってのを掛けたんだけど」
そんな止まった時間の中で『B』だけが自分の言葉の解説をしていた。
なんでこんな時にそんなことが言えるんだ。
とも五稜郭は思うが、そんなことを口にする時間すら惜しかった。
五稜郭と『B』は、走り続ける、が背後のビシャビシャと言うワニの足音が小さくなっていたのに気づく。
はてな、と後ろに少しだけ意識を送ると。
「……………………」「……………………」
二匹とも硬直していた。
「そうか! 爬虫類だけに寒いのは苦手なんだな!」
五稜郭はそう確信した。
そもそも、人語を理解していることに突っ込むべきなのだが、そこは放り投げよう。
「寒いとは……失礼じゃない? ハ・コ・ダ・テ君?」
さっきの言葉以上に『B』から寒気の、冷気のこもった言葉が突き刺さる。
「いや、俺には面白かったんですけど。きっと爬虫類にはその面白さが理解できなかったんですよ」
「あら……そう? 褒めても何にも出せないよ、わたしは? 紅茶ぐらいしか」
走り続けながら、二人は言葉を交し合う。
はっと、意識を戻したワニ達が追いかけてくるのを感じたからだ。
「『B』さん! また何か面白いことを!」
「そう言われてもぱっとなんて出てこないよ!」
ワニに追われて走るそんな二人の前に、分かれ道が現れた。
「ハコダテ君、どっち!?」
「マッピングなんてしてませんよ!!」
というかしていたとしてもこの状況で見ることができたのかは疑問だが。
すると、少し速度を落として五稜郭に並びポラロイドと今まで撮ったものを彼のポーチに押し込む。
「じゃあ二手に分かれましょ! 私が左! ハコダテ君が右!
どっちかが囮になれば良し、ダメでも一対一には持ち込めるでしょ?」
「ちょっと待てぇ! 何で俺のポーチに『B』さんの物を!」
「身軽になったほうが逃げやすいでしょ? まぁ、ハコダテ君のほうがわたしより
逃げられそうだから渡すんだって」
にへら、と笑って言った。
流石にそれ以上口論する間もない。ワニは先ほどより距離を詰めてきている。
「よろしくね? わたしのカメラと写真。ん、短い間だったけど楽しかった」
「そんなお別れみたいなこと言わんで下さいよ。……これ預けるんで、返してください」
五稜郭は腰から祖父から譲り受けた物であり、自分の名でもあるそれを『B』に交換といわんばかりに強引に手に持たせる。
「五稜郭くん」
「爺ちゃんからもらった大事なものですからね! 絶対に返してくださいよ!」
既に分岐は二人を飲み込もうとしていた。
『B』の指示通りに右へと方向を定めていた
「じゃ、お互いがんばろうね。逃げることに関しちゃわたしも超一流だからね」
「ええ、俺は逃げ足は自信があるんで」
壁が二人の顔を隠す、その刹那。
「それじゃ」「そんじゃあ」
にっ、と互いの無事を祈って笑みを交わしそれぞれ通路へと突入した。
二匹のワニも間違いなく背後からそれを見届け、後を追った。二匹とも『B』の。
「って二匹ともこっち来たぁ!?」
「『B』さぁん!?」
「だ、大丈夫、大丈夫! そっちは早く脱出してぇぇぇ」
『B』の大声が響く下水道。その声のあまりにもな大きさに
耳をクワンクワンさせながらも五稜郭は出口と思われる方向へと駆け抜けていった。








「そう、地下水道で出会った大学部の女性とは別れたきりである。
願わくば、どこかで再開できることを、と。
ふむ、中々興味深い記事だな、さぁや。いい写真取れてたし」
「そんなわけでも……」
今、五稜郭の正面にいるのは部長。ここは三階の五稜郭の所属している新聞部室。
『B』と下水道で分かれてから翌日。
作成した原稿を、部長に見せていたところであった。
……五稜郭は分かれ道で逃げ延びて脱出した。
だが『B』はその出口から出てくる気配は日付が変わる直前まで待ったが、まったく無かった。
『まぁ……出口はここだけじゃないし、明日になって大学部の何とかってサークルに行けば会えるさ』
そう信じて下水道を後にしたのだった。

「それにしても凄いな。さぁやは釣り糸とか持っていったのか?」
部長の言葉に五稜郭は、はぁ? と言葉を返す。
「なにマヌケな顔をしてるんだ。そのワニの卵をわざわざ見やすいように宙に浮かせて写真撮ったんだろ?」
部長が見せ付けてきた写真には卵が確かに宙に浮かんでいる。
しかし、五稜郭の記憶にあるのはその写真は。
「……あ、れ? この写真……『B』さんは?」
「『B』? なんだそれは? 見た写真全部、お前か卵か詰まりもない下水道の壁ばっかだったぞ?」
机にばら撒かれている昨日の写真を手に取る。
『B』がわざわざポースを取って写真に収めたはずの物も、卵を手に乗せている物も一律して、
『B』だけが初めからいなかったように、ぽっかりと空間が開いていた。
「まぁ厳密には記事じゃないが、中々部数は稼げそうだ」
「いや、ほんとに居たんですよ。その写真だって『B』さんがポーズ取って――」
五稜郭は部長に『B』と出会って、紅茶飲んだとかハコダテと呼ばれたと言うのを事細かに説明するが
信じようとはしない。
「そういや、さぁや。いつも持ってる鞘はどうしたんだ。」
「だから『B』さんに渡したんですって」
「そりゃ記事の話だろう。記事にするにあたって後生大事にしていた鞘も使えるなんてお前は思っていたよりも熱心だよな」
記事と現実をごちゃ混ぜにしているような五稜郭に今度は部長が呆れ顔だ。
部屋で写植作業や校正をしている他の部員も少し、五稜郭を冷ややかな眼で見ていた。


…………そんな時。
「すいませーん、ここにハコダテ……じゃなくて五稜郭君って子いますかー?」
ノックと同時に開かれた内外を分ける境目から、ぴょこんと身を乗り出し左には先ほどの話題の鞘を持つ女性。
『B』は、すぐさま五稜郭を見つけ、ぱたぱたと右手を振って自分の存在をアピールしていた。
「――――――――」
「ん? 皆さんどしたの? 静かになっちゃって」
位置関係で言うと。
窓の外の中空に浮かび、部室を覗いていた。
しつこい様だがこの部屋は三階だ。
それに窓の外には足場になりそうなものは何もないのを付け加えておこう。
「『B』さん!? ば、ば、ば、化けてけててけてけて」
五稜郭は腰を抜かし、まともな言葉にならない。
「化けて、とは失礼だね。昨日とおんなじなのに」
無造作に部長を、机を透り抜けて五稜郭の前に立つ。
「おい、さぁや……。お前の鞘が飛んできたかと思えば俺は今凄い背筋が縮こまったんだが」
「部長……?何を、目の前に行ってた『B』さんがいるんですよ、いや、見たまま信じていいのか俺にもわからないんですが」
「何がだ? 五稜郭 鞘?」
部長は背筋が寒い、といっただけで『B』の姿は見えていない。
他の部員は、あの女の人とか、声だけ聞こえる等々千差万別のようだった。
「約束通り。返しに来たよ」
「あ、ありがとう」
『B』が鞘を、五稜郭に手渡す。
その際に五稜郭が触れた『B』の手は、少し冷たいものの普通の人の手だった。
「『B』さん? こんなに綺麗で柔らかい指なのに? 化けて出た?」
「私の記憶には昨日であった時からこんなんだってば。
気がついた時には自分が誰かってのは判ってたんだけど、
どうして地下水道に居たとかは判んなくて、わかんないけど昨日にハコダテ君に出会ったんだ」
唖然として言葉が出ない五稜郭を前に『B』は言葉を紡ぎ続けた。
「波長が……気が合うって言うのかな? ハコダテ君とわたしの相性とってもいいみたいなんだ。
ここの人みたいに、他の人は半分透けてとか声だけとか、まったく見えない人がほとんどなんだけど、
ハコダテ君が初めてだったんだよ……?」
両の人差し指をくるんくるんと回しながら五稜郭を見つめる。
「え……初めてってどういう……つうかおねえさん……大学生ってのは理解してるけど?」
鈍い。『B』の説明にも問題がるのかもしれないが。
五稜郭が『B』にとって初めてまともに触れて話せる人物であるということだ。
「そんなわけで、よろしく。ハコダテ君の近くなら何処までもいけそうだから、ね?」
「あ、はい……えええええええ!?」


五稜郭の叫びが部室に響いたとき。
『B』が入ってきた窓から風がさぁっと、暖かい匂いを運んできた。
それに吹かれて机から落ちた一枚の写真。
今なら、五稜郭にもはっきりと見えていた。
卵を……不思議を手にした『B』がとびっきりの笑顔で。
今、目の前にあるのとまったく同じように楽しそうにしているのが、五稜郭にもはっきりと。




「一人で何を言ってるんだ。さぁやは」
『B』の声も姿も見えない部長は五稜郭に向かいそんな言葉を一人ごちていた。
「夏も近いが暖房準備したほうがいいかな、肌寒くてかなわん」
後々に種をまく布石の一歩だったりする。自作書き物の一つです。またどこかで。

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