権力
暗がりの中、希望のように差し込んでいた光は「解放」の言葉一つで闇の中へと葬り去られた。森の中はいっそう暗さを増し、不気味な空気がどんどんと立ち込めてくる。
「なんて邪悪なオーラだ」
状況を見て最初にそう言ったのは郷だ。今までの経験がないからかひどく狼狽している。それと対照的に俊は微動だにせず、ガイアに向かい睨みつけることをやめていない。
尊敬ものだな。―――と郷は俊に向け敬意を表した。
そうしている間にもガイアは邪気を高めていく。今となっては元の姿とは似ても似つかないほどの邪気を放っているのがわかった。
「まだ上がるのか」
それまで微動だにせず睨みつけていた俊がそこで口を開いた。その言葉もよそにガイアは力をため続けている。郷はその光景に思わず息を呑んだ。
「どこまで上がるんだよこいつ」
郷がそういった次の瞬間、「うおおお!!!」と言うまるでゴリラのような雄叫びを上げ森の中を黒い光が包み込んだ。郷は腕で顔を覆うが、俊は棒立ちである。
黒い光は森の中を邪悪に染めた。木々は枯れ果て先ほどまで差し込んでいた光も暗雲の中である。まるで光が存在しないブラックホールの中に突然閉じ込められたような感じだった。郷と俊は突然元気を失った森を見回す。
「なんだ、これ」
俊もその光景には少し動揺の色を見せた。どこまでも続く深い闇がすぐそこにあるような感覚。体も自然と重く感じられた。
「本気を出すのに少し時間がかかってしまったよ。さぁ、始めようか」
ガイアは首を鳴らす。体全体が暗黒色に染まり、まるで闇に取り込まれたのではないかと目を疑ってしまうほど俊とは対照的な姿に、俊は自分の手足を見た。
「俺とはぜんぜん違うんだな」
「それはそうだ。自分の持つタイプによって自分の色が変わる。これが能力の魅力の一つだよ」
郷は緊迫した面持ちで俊に説明した。
もっとも、能力の魅力はタイプだけに限ったことじゃないんだけどな―――と郷は心の中で不安めいた感情を示唆した。
「始めるって言ったけど、どう始めんだよ」
「じゃあとりあえず……」
ガイアは右手に持つ剣を振り上げ「グラビティアップ」と言う言葉を力強く叫んだ。次の瞬間、それまでひらひらと舞い散っていた枯葉が突然勢いよく叩きつけられると共に、それまで立ち呆けていた俊と郷は突然重い物にのしかかられたように跪いた。
「何だこれ!」
「これがやつの能力か!」
「能力」と言う言葉に反応したのか、ガイアは薄ら笑いを浮かべる。
「そう、これが俺の能力『グラビティアップ』。能力の当事者以外の重力を二倍にし敵の動きを静止させる。とりあえずこれでフィルガ様の後を追わせなくする作戦にしたが……、どうやらこの調子じゃ戦うこともままならなさそうだな」
辺りを見回し嘲るガイアに郷は悔しがったが、俊は鼻で笑うとニヤついた顔をガイアへ向けた。
「あの女、フィルガって言うんだな。情報提供ありがとさん」
踏ん張りながらそういうと、俊は徐々に元の体勢を取り戻していく。逆にガイアは俊を罵るような目で見た。
「名前がわかったからなんだって言うんだ?そんな情報じゃ、何の手がかりにもなりやしない」
「お前、最近の情報網知らないのか。名前だけでも、住所は無理でも履歴ぐらいなら特定できる。それに、名前がわかったほうが親しみをこめて相手を呼べるから、二重の得したぜ」
突然加わった二倍の重力に耐えながら、苦し紛れにそう言ってガイアに引き締まった笑顔を見せた。
「驚いたな、この能力に耐えていられるとは。普通ならお前の後ろのやつのように地面から這い上がってこられないはずなんだが」
「それは、俺が『解放』って奴をしてるからなんじゃないの?してなかったら多分後ろと同じようになってるだろうけどさ」
ガイアの後ろを向かせる意図を盛り込んだ言葉を華麗に交わし、ゆっくりと腕を回し始める。
一方の郷は、二人からの屈辱的な罵りを受け、プライドもぼろぼろになり、今にも泣き出したい気持ちのまま地面に顔を伏せて起き上がれない自分を心の中で恥じていた。そんな郷に向かって背中越しに俊が訊ねてきた。
「こんな感じの能力って、俺にも使えるのか?」
「いずれはな。だけど今のその剣とお前のステータスじゃ恐らく使えない。逆に今の状況で使えるような奴って言ったら『伝剣』って呼ばれる奴ぐらいだ」
『伝剣』……?また知らない単語だ。こりゃこれからいろいろ習う事になりそうだ―――と心で呟きながら「そうか」とため息交じりの返事を返した。
「どうしたもう怖気づいたか?ちなみに言っておくがこの能力効果は三段階、二倍、四倍、八倍がある。心してかからないと一瞬でつぶれる事になるぞ」
タイミングの良い説明とばかばかしいほどの高笑いに、俊の心を一瞬の呆れが通り過ぎ一気に冷めた表情となった。
「そんな能力の説明なんて要らない。俺はお前を敵とは思っていないんだからな」
「何?」
準備体操を終えた俊は、元の目的を思い出したように急かされた感情をあらわにしガイアに向けて飛び掛った。突然の猛攻に一瞬の怯みを見せつつもすぐに剣を構える。俊の動きはガイアの能力の影響で案の定遅くなっていた。俊が攻撃を繰り出す前にガイアが強襲する。
「馬鹿め、俺の能力の恐ろしさを思い知らせてやる」
ガイアは下から剣を振り上げるように切り裂こうとする。するとその攻撃を読んでいたのか俊を襲う刃に向けて短剣を構える。だがガイアの武器が太刀なだけあって、そう簡単に攻撃を防ぐことはできない。剣同士のぶつかり合う威力に差が生まれ、金属音と共に俊は向かって左へ転がった。重力が倍増した為か叩き付けられた様に地面に落ちるが、俊はすぐさま防御体勢に戻り第二撃を受け止めた。その攻撃も重力のせいで威力が増していた。
「これがあんたの能力か。大した事ないね」
太刀を受け止めはにかんだ顔をガイアに向けた。ガイアは挑発された怒りで見る見るうちに顔を真っ赤にする。
「貴様、俺を挑発したことを後悔しあがれ!」
そういうと、振りかざしていた剣を俊から遠ざけ、逆手の足で俊を蹴り飛ばした。突然の不意打ちにうめきを上げ地面に倒れこむ。そうして俊が動けなくなったことを横目に確認すると、ガイアは太刀を黒く染まった天へ振り上げ「レベル2発動!」と再び叫んだ。その瞬間、空気の流れが変わった感じがしたと共に地面にひびが入るほどの衝撃が押し寄せてきた。
「ぐわっ!!」
倒れこんでいた二人が思わず悲鳴を上げた。どちらとも身動きが取れない状態となった。
馬鹿やろう、あんな挑発しやがって。―――郷は言葉を口にすることもできず、心の中でそう思うしかなかった。
その状況に持ち込んだ俊自体も、ついに立つ事もままならなくなってしまった。
体が、重い……。手も足も、まるで自分の体じゃないみたいだ。力入んねぇ、まだ発揮したての能力じゃ所詮この程度なのか……。くそ……。―――死を予期するほどの絶望、後悔に苛まれ俊はボーっと心の中で考え自分の力の無さをしみじみ情けなく感じた。そうして俊は目を閉じた。
「あれ?もうおしまい?あんだけ挑発しといて終わりとか俺、許さないよ」
そう言ってガイアは俊に飛び掛る。だが俊に動く気配は無かった。
「俊……、何やってんだよ。だから言っただろ……、無茶すんなって」
いい覚えのない言葉まで飛び出す始末に、郷の俊に対する呆れも露見している感じがした。
ガイアは太刀を目いっぱい振り上げる。完全に殺しにかかる姿勢だ。
「俊!!!」
郷は力を振り絞り思い切り声を張り上げる。だがその声は届いていないのか、やはり微動だにしない。
くそっ、ここで終わりなのかよ。俺たち出会ってまだ数時間も経ってないんだぞ―――と郷が諦めかけたその時だった。
ピーピーとアラームのようなものが暗い森の中に響き渡った。ガイアは攻撃しようとしていた動きを止め、太刀を地面に突き刺して腰元からなにやらトランシーバーのようなものを取った。
通信機器か、それにしても古いな。とりあえず命拾いだ―――心の中で思ったが、独り言にはしなかった。
ガイアは通信機器を手に取ると、そのスイッチを入れた。
「はい、こちらガイア」
―――ガイア、聞こえる?準備ができたわ。すぐに戻ってきなさい。
通信相手は女だった。
「今いいところなのですが、それでもお戻りしたほうがよろしいのでしょうか」
―――いいところ?残念だけどこちらも急ぎなの。大至急という名目にしておくわ。
「わかりました。すぐにお戻りいたします」
そういい残すと、ガイアは通信機器の電源を切り、元の位置に片付けた。俊が動く気配は無い。
「運の良いやつめ、後数秒連絡が遅ければ、お前の命も軽く止めてやれたのにな」
そう言うと、太刀を鞘に収め俊に背中を向けた。そのとたんに重力状態が正常になった。それまでが重かった分、戻ったとたんの軽さには自然と違和感を感じてしまう。
立ち去る直前、ガイアはもう一度立ち止まり俊のほうを振り返った。
まさか、そこから攻撃するのか……? ―――と言う不安がよぎったがそれは違った。
執念深く俊をにらみつけると、「俺が命令を守る奴でよかったな」と自信を褒め称えるような言葉を残しその場を立ち去った。そのとき、郷に振り向く気配は一度も無かった。
忘れられているのではないだろうか―――と不意に感じたが、それはそれで都合がいいとも感じた。
ガイアが見えなくなるところまで見送ると、静かに俊の元へ近寄っていった。木々は枯れ果てたまま落ち葉が大量に地面に積もり、歩くだけでも微かに音がたってしまうほどだ。
「俊、俊!」
郷は呼びかけるが、やはり反応は無い。脈があることから生きていることだけは辛うじてわかった。
「とりあえず何とかしないと」
独り言を呟き辺りを見回すが、傍にあるのは巨大な本部基地の鉄壁と大量の枯れ木だけで人の気配は無かった。郷は人の気配が無い事に、少し不安を感じたもののホッと胸をなでおろした。
「どうしようもないし、ここで待つか」
郷はそのまま、気を失った俊が見える位置の枯れ木にもたれかかり、助けが来るのを待つことにした。
本部基地ではあわただしい雰囲気が流れていた。それはもちろん、外に放り出された俊と郷を保護する為である。そんな雰囲気が全体に流れる中で、対照的に静寂に包まれたままの場所があった。『VIPルーム』である。中ではまんまと部屋に誘い込まれた山際武と誘い込んだ陸地刹那が、一連の流れを記録したスクリーンと向かい合っていた。
「それで、俺はどうしてここに呼ばれたのか理由を聞こうか」
静寂に包まれた空間を断ち切って口を開いたのは山際だ。
「理由?ただ私は君に新たな能力を手に入れたことについて伝えたかっただけだよ」
「じゃあ陸地総督は……」
山際がそう言いかけて、「陸地でいいよ」と突然促された。もちろん陸地本人からである。それまでに無いとっさのことに一瞬言葉を失ったが、すぐに咳払いをして調子を戻すと話を続けた。
「じゃあ陸地は今こうなることがすべてわかっていたんですか」
陸地は黙って頷いた。
「じゃああの最後、あの読みが外れていたら風神は死んでいたのかもしれないんですよ?あの状況にならなくてもいくらでも策は打てたはずなのにどうして一般の学生をあそこまでさせたんですか」
山際の言葉には少しばかり怒気がこもっていた。その光景を陸地は睨みつけるような目で見た。
「では逆に、あそこで何か別の策を練ってあの状況に組み込んだとしたら、山際はもっと安泰に終わっていたとでも言いたいのか」
「そうだ!俺はそう思う!」
山際の返事に陸地は俯いた。まるで、何か自分にとって脅威な物と葛藤し続けているような目をしていた。
「俺はそうは思わない。もともと見えていた未来ではこうやって今起きた光景のように風神も炎雅も助かっていた。だがそこに変に策を入れてみろ。それこそ何が起きるかわからない。もしかしたら二人とも死んでいた未来になっていたかもしれないんだ。読みが外れたら死んでいた?これは読みじゃない、れっきとした能力だ。それに……」
言いかけて息を勢いよく吸い込み、深呼吸のように吐き出した。
「あいつらはもう、『能力者』だ」
その言葉に山際は息を呑んだ。風神を連れて来た当初は本当に能力を持った人間なのか、もしかしたら間違った人間を連れてきてしまったかもしれない、そう思っていたので内心安心した気持ちはあった。だが、能力者とわかってしまって以上、今後どんな脅威になるかわからないと言う不安も持ち合わせることとなった。
「未来を見る能力を持つ俺から一つ頼みたいことがある」
陸地が突然改まったので、たった二人の部屋の中に薄い緊張感が流れ込んだ。
「何だ?」
「『スカウトしたものにはスカウトされたものを育てる』と言う義務が定められているのをお前は知っているよな」
「ああ、もちろんだが……?」
「その権利を破棄してもらいたい」
山際は耳を疑った。
「今、なんて……?」
「だから、『破棄』してもらいたいと言っているのだ」
陸地の言葉の「破棄」と言う二文字が今度は強調されて聞こえた気がした。
「そんなことをして、彼らを誰が教えるって言うんだ?」
陸地は口角を上げた。
「もちろん俺だ」
「そんなことをして、お前にどんなメリットがあるって言うんだ」
山際の反論に陸地は背を向けた。
「メリットはいづれある。未来がそう語っている」
そういい残すと『VIPルーム』の扉を開け、傍にいた隊員に「中の掃除を頼む」と言いその場を去った。
山際は表現できない悔しい気持ちをづるづると引きづる事となった。