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伝剣 -DenKen-   作者: 伊佐民 大
SA(special ability)編
8/62

解放

 力尽きる寸前の重い体に朦朧とした意識。その中に一人の人間が近づいてくるのがかろうじて捉えられた。

「これ、借りていいか」

 男の声でそう呟く声が聞こえる。

 ついに幻覚でも見始めたのだろうか。情けない。さっきまで自信満々で戦っていたはずなのに、気づけば地面を這い蹲る羽目になっている。このまま俺はあの何とかってやつに殺されるのか。

 郷はそう考え、目には浮き出なかったものの心の中では悲しみであふれかえっていた。すると再び近づいてきた男の声が聞こえてくる。今度はしゃがみこんでいて、とても近くにいるような感じだ。

「おーい、聞こえてないのかー?」

 聞き覚えのある声。郷はのっそりと重い体を持ち上げ這い蹲った姿勢からうめき声を上げながら、何とかかがみこむ状態にまで体を動かす。そこから一息つくと頭を声のするほうへ向けた。すると笑い声が聞こえてくる。

「何だよ、カタツムリかお前は」

 こいつは何を言っているんだ。

 そう思い顔を目いっぱい上げると、見覚えのある顔が見えた。

「俊…」

 郷は頭の中で混乱した。さっきまで倒れていたはずの俊がなぜか今自分の傍にいる。信じられないことだった。

「お前、木に叩きつけられて生きてたのか」

 自分は今どんな顔だろう、もしかしたら絶句しているのではないだろうか。郷は心の中でそう思った。

 尋ねられた俊はその言葉を聞くとニコッと笑い返した。

「普通の人間ならともかく、俺はSAって特殊能力者なんだろ?じゃあそう簡単には死なねぇよ」

「でもさっきまで気を失っていたじゃないか」

「あー、あれは…」

 そういうと俊は照れくさそうに頭の後ろを掻いた。

「気絶した振りしてた」

 郷はきょとんとした。その言葉を聞いたとたんいろいろな言葉や感情が心の中をモヤモヤとさまよい始めた。そうして郷の顔はだんだん険しい表情へと変わっていく。俊はその顔を見て冷や汗を掻いた。

「ど、どうした?」

「どうした?じゃねぇ!俺初対面なりにちょっと心配したんだぞ!まさか木に打ち付けられたとたんピクリとも動かなくなるなんて全く思ってなかったんだからよ」

「ご、ごめんごめん」

 郷の突然の怒号に、俊は勢い押されて思わず謝罪の姿勢をとった。そう謝っているうちに俊はふと気づいた。

「なぁ郷。お前からだ大丈夫なのか?」

 突然の心配そうな声に郷は不意を突かれる。

「何だよ急に」

 そう言って体を動かす。

「そういえばさっきよりは回復したみたいだ。怒気が活力剤になったのかもな」

 郷は嫌味っぽくその言葉を俊に向けた。

「どうせ焦りで力んでたんだろ」

 俊は平然と言い返すので郷はむっとした。

「そんなことより、気絶した振りまでして一体何のつもりだったんだよ」

 そういうと俊はハッとして立ち上がった。

「そうだそうだ、郷があまりにも平然としてたから忘れてた。せっかくお前の救世主になってやろうとかっこつけて参上してやったのによ」

 俊は剣を振り下ろして空を切る。すると郷は笑い飛ばした。

「救世主って、そんなにヒーローになりたかったのかよ」

「いや、ほんとはお前の腕を見たかった。あれだけのプライドだったからどんな戦い方をするのか見てやりたかった。でも結果はこの有様。所詮プライドはプライドだけに留まるってな」

 突然のけなし言葉だったが郷は自然と腹も立たなかった。

「それだけ言うって事は、お前もそれほどの実力示してくれるって事でいいのか」

「愚問だね」

 言い残すと俊は一歩前へ出た。それに気づいたのか木によじ登り退屈そうに空を眺めていたガイアも下を見下ろす。

「話し合いはまとまったか?まぁいづれにしても全員殺すつもりだからこんな時間無駄なんだけどな」

「悪いな、俺が戦いたいのはお前じゃないんだ」

「何?」 

 俊の言葉にガイアは眉間に皺を寄せた。郷は突然の俊の態度の変わりように動揺した。

「お前、何言ってるんだ」

 郷が言おうとした言葉はガイアがさらった。俊は口元に笑みを浮かべる。

「だから、俺の敵はお前じゃないって言ってんだよ」

 俊はとたんに郷のほうを振り向いた。まさか俺か、と郷は一瞬戸惑いを見せた。それを見ると俊は吹いた。

「違うよ、郷じゃない。郷には教えてほしいことがある」

 発言を聞き取れなかったガイアは「何だ仲間割れか」と言ったが届いていたのかいなかったのか、俊は反応しなかった。そうしてる間に俊はもう一度振り返り、今度はガイアのほうを向き直った。

「葬式の予定でも立ててたのか」

 冗談めかしにガイアが言うと、俊は剣を胸元に構えた。

「ああ。でもその葬式、お前のだけどな」

 そう言って俊は目をつぶり、集中力を高める。

 あいつを倒すとしたらもうお前しかいない。頼むぞ。

 郷は心の中で密かに願掛けをした。俊は目を見開く。

「解放!!」

 その言葉と共に、俊の体は光に包まれた。薄暗い森の中を再び光がほとばしる。 周りにいた二人は反射的に腕で顔を覆い隠した。やがて光が薄れ森の中は元の薄暗さを取り戻していく。二人は腕を下ろすとその光景に目を見張った。俊には郷のような輝きをまとっていなかったからだ。郷は変な汗を掻いた。

「まさか失敗か…?」

 郷の声には目いっぱいの不安がこもっている。すると俊は首を鳴らし、持っていた短剣で素振りをした。そのとたんに優しい風が郷の体を吹き抜けていくのがわかった。

「何だ、普通の風と違う…。と言うか俺の元にしか風が来てない様な…」

 郷は辺りを見回すが、木々が揺れている様子を感じない。

「もしかしてこれって…」

 俊を思わず見返す。郷の視線を察知すると俊はガッツポーズを見せた。それは能力の解放に成功していると言う証拠だった。

「でもこれ、一体何の能力が」

 郷が首をひねる。すかさず俊も首をひねる。その二人の姿を見てガイアが呆れた。ガイアはいつの間にか木から飛び降りていた。

「それは風の能力だろ。んな事もしらねぇのかよ」

 くそ、失敗だと思ったのに。ガイアは心の中で呟いた。

「ってか能力解放しといてやらねぇのかよ、バトル」

 ガイアは危険な猛獣のような顔をしていた。そんな顔には目もくれず、俊は淡々と剣の素振りをしている。

「無茶言うなよ、剣にはまだ慣れてないんだからさ」

 俊がなだめるような言葉を浴びせると、ガイアはにやけた。

「じゃあ、俺から行かしてもらう事にするよ!」

「なーんてな!」

 獲物を食らうような目で飛び掛るガイアに対して、俊は冷静な身のこなしでガイアの攻撃を交わす。それは、幾度も困難な戦いをこなしてきた初めて剣を握ったとは思えないプロのような戦い姿だった。ガイアは避けられた事に一瞬の戸惑いを見せるが、再び追撃を繰り出そうとする。その追撃をも俊は軽い身のこなしで流し敵を翻弄した。

 何だこいつ、まるで初心者の動きとは思えねぇ。嫌な奴を相手にしちまったか。

 ガイアはそう思い、自然と悔やむ感情が出ていた。郷も俊の動きを信じられないというような目で見張った。

「何だよ、全部計算してたのかよこいつ」

 自然とそう呟くほどだった。

 先ほどからガイアは攻撃を続けているが、一向に俊に当たる気配はなかった。それは先ほどの郷との戦いとはとても似ても似つかないものだった。ガイアは息を切らし始めている。一方俊のほうは何かを気にしながら戦っているように伺えた。その目線はチラチラと森の奥を見ているように思う。郷はその言動を考えるが一向に考えは浮かばない。それよりもさっきまで自分を翻弄していた相手を、逆に翻弄させる立場に回っている俊に見入ってしまう。そうしていると、俊はスッとガイアから距離を置いた。

「これ以上戦いを続けたところで、お前に勝ち目はない。もう止めにしないか」

 それは突然の和解案だった。ガイアの疲れきった表情に、徐々に苛立ちが含まれるのが見て取れた。

「どういうつもりだ。俺はまだ本気を出していないんだぞ」

「そうだったのか、じゃあ早く本気を出してくれ。さっさとこの勝負を終わらせたい」

 俊には少しばかり焦りの表情が見え始めていた。少なからず口ぶりが事を急かそうとしている。

 その言葉を聞いて、ガイアはますます苛立ちが増していた。無理もない。自分との勝負をそっちのけに何かを急いでいる姿を見ては、何かしらいたたまれないものはあるだろう。

「おい貴様。一体何をそんなに急いでいる」

 その質問を聞いた郷は待ってましたとばかりに俊のほうへ体向けた。ガイアの苛立つ表情と変な期待を持つように見える郷に険しい視線を向けると、森の奥へ視線を移した。

「あの向こうには、まだあの女がいる。俺はこの力でやつを倒す。だからあの女に逃げられる前にお前との決着をさっさとつけたいんだ」

 俊の意外な返答に、二人は唖然とした。少なくとも俊がそんな考えを持ちながら戦っているとは思っていなかったからだ。

「でも、あの女への恨みなんて何もないんじゃ…」

 郷はぶっちゃけた質問に、なんと馬鹿な質問を、と自ら悔やんだ。俊はその質問に素直に頷く。

「確かに今は俺たちがこの森に落とされたぐらいしかない。恐らくそれはあの女じゃなくお前の仕業だろう」

 俊は視線をガイアに向けた。ガイアはゆっくりと息を呑む。

「恨みはない、だがこれからできるかもしれない」

「どういうことだ?」

 郷は難しい質問を投げかけられたような顔になった。

「奴がこれだけ手下を従えるって事は、そのESAって部類の中でも恐らく幹部辺りの存在のはずだ。そんな奴が市街地なんかで事件起こされたら、そんなの恨み事じゃすまないぜ」

 俊の冷静な口ぶりは、まるで何かの事件を解決する探偵のようなものだった。能力の解放だけでここまで人は変わるものなのかと郷は心の中で驚嘆した。

「だからと言ってお前を逃がしては、今度は俺の首が飛ぶ。だからお前を逃がすわけには行かない」

 ガイアはどっしりと俊の行く手を阻むように構える。

「それはこちらもだ。悪いやからを野放しにするつもりはないんでな」

 そういうと俊も剣を構え攻撃の姿勢に入った。

「ただし、命はとるつもりはない」

 その言葉にガイアの眉が少しだけ浮き上がった。

「ほう、どういうつもりだ?生き地獄にでもさせようってか?」

「いや、地獄にも天国にも生かせやしねぇ。この世で死ぬまで平和にいてもらうぜ」

 俊の言葉に郷もガイアも意図を読み取ることができず首をかしげる始末となった。

「ところで、早く本気でかかって来いよ。こっちは急いでんだからよ」

 俊の急かしにガイアは鼻で笑った。

「いいだろう、見せてやるよ。俺の本気をな」

 ガイアは剣を胸の前に構える。郷とも俊とも同じ構えだ。力を解放するときはやはり皆そうやって唱えるらしい、『解放』と言う言葉を。

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