必死
剣は赤い光をまとって、神々しく輝き続けている。その光を俊は半ばその辺に売っているような玩具と見間違えるほどちゃちなものだなと内心思うこともあったが、口に出せばまた郷が口うるさくお説教をはじめるような気がしたので、言葉が口を離れる寸前でもう一度喉の奥に封じ込めなおした。郷が俊に言葉を放ってからもう数分が立つ。だが郷も、そしてあのいかにも悪に飢え悪を欲しているような顔立ちの女も毅然としてこの状況から進展をもちかけようとはしない。つまり端的に言えば、睨み合いの状態である。春の穏やかな陽気を遮り、秋のような印象を与えるこの木陰の寒さもこの沈黙の状況をよりいっそう際立たせている。俊は二人の睨み合う状況に何度も息を呑んだ。息を呑みすぎてもはや器官がおかしくなったような感じが今は続いている。早く進展はしないものか、俊がそう思いそわそわし始めると郷がこちらを睨んだ。その時だった。悪顔の女が突然飛び掛ってきたのだった。咄嗟に生み出された状況に郷は一瞬の戸惑いを見せつつ守りの構えを取った。
「お前のせいだぞ!」
突然浴びせられた謎の罪に俊は戸惑い「はぁ!?」と言った。そのとたんに金属音が鳴り響く。剣と剣が刃を交わした音だ。
「お前がそわそわしなかったら、俺も集中できたのに!」
郷の言葉に俊はきょとんとした。
「お前それ屁理屈じゃねぇか」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!」
悪顔の女は再び二人の会話に割って入る。その言葉の勢いのまま郷は剣に弾き飛ばされ、そのまま木に激突する。
「郷!」
俊はそこで始めて郷の名前を呼んだ。恥ずかしさや照れなどは無論あるはずもなく、呼びかけた言葉にはただ心配の念だけがこめられていた。郷は木にぶつかるとそのままずるずると根元に倒れこむ。その様子を見た悪顔の女は高笑いを始めた。
「ざまぁないねぇ!ESAに楯突くからこうなるんだよ。ま、所詮はこの程度の分際なんだし身の程はわきまえろってねぇ」
そういうと今度は俊に視線を移した。
「次はあんたの番だよ」
悪顔の女は、表情がわからなくなる程の不気味な笑みを浮かべる。その顔に俊の体は恐怖のあまりのけ反った。助けを求めようと俊は郷のほうを振り返る。だが郷は根元に倒れこんだまま微動だに動こうとしない。
「さっきまでの威勢の良さはどこに言ったんだよ」
俊の思いが言葉にもれるほど、俊の心境は切羽詰るものだった。持っていた剣にも思わず力がこもる。そのとき、俊の脳裏にはよぎるものがあった。ここでやらなければ俺もそこに倒れている郷もやられてしまう、ここで何もやらずに死ぬくらいなら…。剣を見つめながら心の中で形度っていく何かがあることを俊はそのとき実感した。
「ねぇ、そろそろ殺してもいいかなぁ?ちょっとは楽しませてくれると思ってた威勢のいいのもあっけなく灰になっちゃうし、あんたらつまんないんだよね。その上敵を待ちくたびれさせちゃうなんてもう最悪、さっさと死ねよ」
悪顔の女は笑っていた表情を突如真顔に戻すと、相手を見下すような冷めた目つきに変わっていった。冷徹な目を見た俊は一瞬ひるんだが、そのひるみを取っ払うように勢いよく立ち上がった。俊の雰囲気が少し変わった事に悪顔の女は再びニヤついた表情を見せた。
「何?今度はさっきまでビビッてたあんたがあっこに転がってる自信過剰な坊ちゃんの代役でも務めてくれんの?」
その言葉に俊の口元がほころんだ。
「俺じゃ不服か?」
俊の問いかけに愚問だとでも言いたげの表情を見せた。
「私を楽しませてくれるやつなら誰でもいいよっ!」
その言葉を合図に悪顔の女は剣を振りあげる。俊も攻撃の構えを取った。その時だった。勢いよく二人の間を短剣が通過したのだ。その短剣には見覚えがあった。何故なら見覚えのある「SA」の文字が剣の柄に刻まれているのがかろうじて見えたからである。その短剣を持っているのは、この状況この場で立った二人しかいない。俊は郷のいた木の根元を振り返る。そこには木にもたれかかって微笑む郷の姿があった。口元からは血が出てている。恐らく木にぶつかった衝撃で唇を切ったに違いない。
「郷!」
俊は郷を見るなりそう叫んだ。
「何だよ、俺が死んだとでも思ってたか?」
「いや、大見得切ったわりに一瞬でやられてたから情けねぇなぁって」
郷が冗談半分に言った言葉を俊は一蹴した。あまりにもすっぱり切られた事に郷は少し憤りを感じた。
「って言うかそうやって立てるんなら、さっさと戻ってきて俺に心配とかさせんなよな」
俊の畳み掛けるような追い討ちに郷のはらわたが心の中で煮えくり返った。
「あー、せっかくお前助けるためにこうやって戻ってきてやったけどやっぱやめるわ。なんかお前すげぇ煽ってくるし」
郷の投げやりな言葉に俊の脳細胞が爆発した。
「煽っただと?俺がいつ煽ったって言うんだよ」
俊は敵のことなどそっちのけになり郷のほうへ歩み寄っていく。そのとき怒りに満ち足りていた郷の顔が一瞬にして焦りの表情に変わった。
「馬鹿やろう!」
そう言って郷は俊に走り寄ろうとする。俊の後ろでは縦に長く伸びた棒状の刃物が俊の背中に襲いかかろうとしていたからだ。郷の焦りを見て俊はようやくハッとした。俊が後ろを振り返ろうとすると視界に数センチまで迫った太刀の刃がゆっくりと映りこんだ。こんなところで死ぬわけには…。そう思ったとき体の全神経は腕に注がれ、右手に持ち続けた短剣は攻撃を受け止める構えへと変わる。そのまま瞬きをする間に俊の体は浮き上がり、もう一度瞬きをしたときには自分が元立っていた場所からはずいぶんと飛ばされた。そのまま木に鞭打ちとなる。
「ぐはっ!」
今度は俊が木の根元に倒れこんだ。立ち上がる気配はない。
「俊!」
倒れこんだ元へ郷が駆け寄った。
「良かった、息はしてるみたいだな」
俊の安否を確認すると、ホッと一息をつき立ち上がる。悪顔の女はくすくすと笑っていた。
「いやぁ、ぶざまだねぇ。どいつもこいつも大見得切っておいてこの様とは」
そういうと手を上げお手上げのポーズになった。郷はその言葉に拳を握り締めるとかぶりを振って木々を見上げた。
「ほんと、敵に背を向けるとか馬鹿だよなこいつ。せっかくの俺のパフォーマンス見逃すとはもったいない」
言い切ると今度は悪顔の女のほうを向いた。女は嘲笑った表情をしている。
「何?まだ闘志でも燃やしてるの?」
女は口を押さえて笑うのを必死に堪える。
「諦めなよ。さっきの攻撃食らって思い知らなかったの?あんたに勝ち目はない。さっさと私に首を切られな」
女は再び表情を戻し、攻撃の構えを取る。太刀の構えは誠実そのものだが裏から香る悪のオーラは絶えるものがない。郷はその動きを見ると俊から剣を抜き取り同じく攻撃の姿勢をとった。郷は持ち合わせた武器が短剣にもかかわらず姿勢をスッと伸ばし剣を前に構える、まるで剣道のような構えだった。女は郷に向かって走り出す。
「見てな俊。これが俺の剣技だ」
俊のほうをチラッと向きその言葉を残すと、さっと迫り来る女のほうを向き直って剣を構えた。
「死ねぇ!!」
女の振り上げる剣を見ると、郷は身をかがめ女の懐へ入り込む。
「死ぬのは、お前だぁ!」
女の下の位置を取った郷はそのまま剣を振りかざす。
「何!?」
郷の突然の位置変換に戸惑いながら、すかさず振り上げた剣を自分に寄せ防御体制に入る。ガンッという鈍い金属音と共に女は弾き飛ばされた。女は体勢を立て直す。
「馬鹿な、新人のSAはまだ力を解放できないものが多いはずなのに。お前、何者だ」
すると郷は剣を左手に持ち替え、右手で首元をさする。
「何者って言われても、お前の言うとおり新人のSAだけど?」
そう言うと思いついたように「でも」と言った。女は不審そうな目で見つめる。その顔に郷はクスッとした。
「力はもう解放できるけどね」
郷のその一言に女は凍りついたような驚愕の表情を見せた。動きの静止した女を見ると、郷は話を続ける。
「お前が言ったのは『力を解放できないものが多い』。つまり逆を返せば、『解放できるものも少なからずいる』って事でしょ?つまり俺はそっち側の人間…って言うかSAってわけ。でもお前そういう言い方するって事は、そんな怖い顔してるけど知ってたんじゃない?」
郷の言葉に女は手を顔に当てて不敵な笑いを始めた。郷は不思議そうにその様子を眺める。
「たった一言でそこまで見抜かれるとは思わなかったけど、やっぱりそうだったんだねぇ。驚いたよぉ、あんたがそっち側の人間だったとは。これは私が切り落とした車が悪かったねぇ。あー誤算誤算」
そういうと、女は木にもたれ掛かかり辺りを見回した。郷もつられて辺りを見回す。
「あんたがそういうSAって言うのがわかっちゃったから、ちょっと小手調べでもさせてもらおうかしら」
「何かあるのか?」
「ええ。実力を調べて存在を抹殺するにはちょうどいいものがねぇ」
女は言いながら太刀を鞘に収めると、右手を上げて指を鳴らした。その音は静寂を保った森の中を静かにこだましていく。少しすると、遠くから落ち葉を踏み散らして進んでくる数個の影があることがわかった。
「何を呼んだのかな?」
郷のはっきりとした口調の質問に、女は不気味な薄ら笑いを浮かべる。
「言ったでしょ?あなたを抹殺する『道具』よ」
郷はそれを聞くと舌打ちを打った。
「何だよまだいたのかよ」
その言葉に女は耳を疑った。
「今の言葉、どういうことかしら」
「えっ、あー、何でもねぇよ」
郷は笑ってごまかす。女はさっきの薄ら笑いから、少し不安の入った表情へと変わる。そうしている間にも遠くにあった足音はすぐ傍まで来ていた。その音を聞くと、郷はため息を漏らした。
「さっさと片付けるか」
言いながら剣を構え目をつぶる。女の表情には動揺の色が見え始める。
「どうして、どうしてそんなに余裕をかませるの…?敵は一人じゃないのがわからないのかしら」
女の言葉は目をつぶった郷に届くことなく独り言のような状態でその場を漂った。森の中を沈黙と共に足音が迫る。郷は微動だにせず、女はその様子に見入り生唾を飲む。女はゆっくりともう一度指を鳴らす準備をする。この指が鳴り響けば攻撃の合図だからだ。さっきと違う郷の姿にこれから何が始まるのか。女は目をそむけずにいられなかった。
「さぁ!来い!」
郷は勢いよく目を見開く。その勢いに乗せられ女は思わず指を鳴らす。その音が静寂の森に鳴り響いたとたん、三人の剣を持つ男が木の陰から勢いよく飛び出した。いづれも紫がかった太刀だ。
「斜め前に二人後ろから一人」
郷は小声で呟き俊のほうを見た。
「被害はない。よし!」
言い残すとそれまで前に構えていた短剣を胸元に構える。
「解放!!」
叫んだ瞬間、郷の全身が目も開けられないほどの光に包みこまれる。
「何!?」
そう叫んだのは、俊以外の四人だ。襲い掛かろうとした三人は郷から放たれた衝撃波に吹き飛ばされる。それぞれ木に鞭打ち状態だ。女も思わず手で顔を覆い隠した。強烈な風が吹き荒れてしばらくすると、それまで感じていなかった砂埃が大量に吹き降ろしてきた。四人はそれぞれ砂埃に咽ぶ。最初に声を荒げたのは女だ。
「どうなっているの!?ガイア、ロウ、レギ。さっさと星を殺しなさい!」
女に呼ばれたその男たちは、頭を振って舞い散った砂を振り落とすと一斉に走り出す。砂埃はまだ舞っていて視界が悪いその状況を苦にすることもなく、手で振り分けて走りこんでいくと突然三人の視界が晴れた。襲いかかろうとした三人は戸惑う。
「何だ、何が起こった」
ガイアがそう口にした次の瞬間だった。
「ぐわぁ!」
視界良好になりつつある中、左側でそんな悲鳴が聞こえた。
「くっ、一体何が起こっている」
それは砂埃が晴れたときすぐにわかる事だった。ガイアが悲鳴の合った左側を見ると、そこには腹から血を流すロウの姿があった。微動だにしないことからどうやら死んでいるらしかった。その光景にレギも、そしてあの女も驚く。そこにはにかんでいる男が一人居た。
「こいつ、ロウって言うのか。可哀想に」
そう言って傍で手を合わせたのは郷だ。その姿にガイアが憎しみのこもった表情へと変わっていく。
「貴様ぁ!」
ガイアの表情が変わる間に今度はレギが傍らから飛び出す。勢いよく飛びかかるレギに向かい郷はまた剣を向ける。レギが剣を振り上げる。郷はそれを見越していたかのようにレギの隣に位置を取り、短剣を振り下ろした。
「ぐわぁ!」
悲鳴と共にレギが真っ二つになり地面を転がった。郷は大量の血しぶきを浴びる。
「ちっ、汚れちまったな」
そう言って郷は血を空に振り払う。血痕が地面に勢いよく飛び散った。
「貴様、よくも仲間二人を」
ガイアの怒りはピークに達している。その姿に郷はため息をついた。
「やっぱり、どいつもこいつも変わらないようだな。さっき殺ったやつもこの程度。どうせお前も、そこのお前もこの程度なんだろ」
そう言って郷はガイアと悪顔の女のほうを見た。悪顔の女は混乱した。
「ちょっと待て。お前他にも殺った奴がいるのか?」
その質問に郷は鼻を鳴らした。
「ああ、ここに来るまでに二人ほどな。全く、強情そうな女のあんただったからもう少し強い奴が来るのかと期待していたが、とんだ見当違いだったようだ」
郷は座り込み呆れた顔で二人を睨んだ。その様子を見て、女は深刻な顔になる。
「まさかここまでの逸材を襲ってしまうことになるとは、こちらもとんだ見当違いだわ」
女は不安げな表情でガイアを見る。ガイアは奥歯をかみ締めた。
「俺らは六人で乗り込んだ。そのうちもう四人も殺られるとは…」
ガイアは女を見つめ返す。
「あなたが死ぬわけにはいかない。ここから逃げてください」
そう言って郷を睨みつけた。
「ガイア、あなたはどうするつもり?」
「もちろん、あなたに忠誠を誓った身。私はあなたの盾となる」
女はその言葉を聞くとため息をついた。
「じゃあガイア、後は任せることにするわ」
その言葉に郷は唖然とした。
「おいおいちょっと、お前強い敵を探してたんじゃないのか」
女は郷を蔑んだ様な表情で見る。
「勘違いしないでもらいたいから言っとくけど、あなたのその力じゃ私には勝てないわよ。手下ばかりを倒して調子に乗らないことね」
その言葉に郷のはらわたが煮えくり返った。
「ふんっ、面白い。じゃあこのくず男倒して、今すぐお前の元に言ってやるよ」
半ばから回りしそうなどぎつい言葉に女は見向きもせずその場を立ち去ろうとする。
「興味ないってか」
そう言ってガイアに切りかかる。郷の動きは人間業とは思えないほどスピードだった。だがガイアはその動きを太刀で阻止する。
「何っ!」
郷も予想外の事に一瞬戸惑いの表情を見せた。が、すぐに笑みをこぼす。
「お前、ただの手下じゃねぇな?」
「その問いかけに答える必要はない」
ガイアはそのまま郷に攻撃を仕掛ける。郷は咄嗟に守りの構えに入った。剣が擦れ合う。そのまま2発3発とガイアから攻撃が加えられる。
「こいつ、隙がない」
郷は少しづつガイアに押され始めている事に気がついた。だが打つ手がない。
「くそ、早くしないとあの女が…」
その追い詰められた表情にガイアははにかむ。
「よそ見する前に、目の前のこと見ろよ」
そう言って力強い攻撃が郷を襲う。「ぐはっ」という呻きと共に郷はその場を弾き飛ばされた。地面に打ち付けられたとたん、郷から光が消える。
「ガス欠かよ…」
郷は地面にうずくまる。
「さぁ、敵をとらせてもらおうか」
ガイアは攻撃の構えをとり力をこめる。ガイアの持つ剣はどんどんと光り輝いていく。その時だった。郷に近づくもう一人の影があったのだ。
「少し借りるぜ、郷」
その言葉を残すと、その影は剣を拾い上げガイアに向かって突きつけた。
「何だお前」
ガイアの質問にその影は歯をちらつかせて笑った。
「何って、自己紹介?」
そう言って咳払いをする。
「俺は、風神俊。ここに寝そべってる郷と同じ、SAだよ」