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伝剣 -DenKen-   作者: 伊佐民 大
SA(special ability)編
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疑念

はらはらと舞う木の葉が俊の冷静な平常心を揺さぶる。背中越しには誰かがいる、それだけがはっきりと伝わってきた。短剣を握っている手に少しづつ力がこもっていくのは俊自信が認識していることだった。どうしよう、このままじゃ刃を交える事になってしまう。俊の心にあった不安がじわじわと顔ににじみ出ているのではないかと思わず下を向く。駄目だ、このままじゃ背中越しの相手に確実に圧倒されてる、少しでも前を向いてここで戦わなきゃ、そうしないと確実に…殺される!意を決した俊は、体の正面を砂煙の立ったほうへ向ける。砂煙の中には落ち葉も混ざっていて、よりその人物の姿を把握することは難しく思えた。俊はその人物を正面に捕らえると、不安と恐怖に駆られ思わず短剣を鞘に収めたまま守りの体制を身構えた。その構えを目にしたのか、砂にまかれる人物も腰の辺りから何かを引き抜いているのがシルエットで判断できた。引き抜いたものを砂煙の中で俊に突きつける。細長い形に砂粒の間から見える鋭利な先端、木々の隙間から風によって途切れ途切れに射す日光に晒されたその鋭利なものらしき細長いものは、キラキラと刃物特有の日光の反射のさせ方をして光り輝いている。

「太刀か…」

 俊は小声でそう呟く。相手は微動だにしていない。そこからはしばしの沈黙だった。相手が動く気配はまるでない。隙を見つけるために様子でも伺っているのだろうか。そもそもどうやってこの周りに木々しかない環境下であの場所に現れたのだろうか、気づけばそんな疑問が浮かんでいた。顔を極力動かすことなく、目線だけを動かして辺りを見回す。

「やはりこの状況…」

 俊は地面の辺りに目線を沿わせた。地面にはたくさんの落ち葉が散らばっている。まるでこの場所だけまだ秋と冬の間をさまよっているような気がした。俊はまた砂煙が舞い上がるほうを見る。そこで違和感を感じた。砂煙がまだやんでいない…いや、むしろ風をまとって加速しているように覚えたからだ。

「どうなっているんだ…」

 俊が呟いたその時だった。

「知りたい?」

 声が聞こえた。それは紛れもなく砂煙の中からだった。突然発せられた声に俊は困惑した。もちろん人間…だと思うから言葉ぐらいは発することには違いない。だがなぜこのタイミングなのか俊にはわからなかった。わかったのは、声の音程の高さからきっと女性なのだろうというくらいである。

「『知りたい?』って何を?」

 俊の問いかけに、その女はくすっとした笑い声を上げた。

「何って決まってるじゃない。あなた、相手に剣を向けられているのに頭の中で考えてたでしょ?こいつはどうやってそこにいたのかとか、この砂煙はどうなっているのかとか」

 女の言葉に俊はぎょっとした。

「お前、まさか心が読めるのか」

 その問いかけには応じることなく、「ふふっ」という軽い笑いを飛ばした。

「悪いけど、あなたの考えている疑問に応じることはないわ」

 その言葉を発すると共に、女は砂煙を切り裂いて中から飛び出してきた。長髪の紅色の髪に頬には縦に裂かれた治りかけのように思われる傷。きりっとした女性にしてはあまり見かけないたくましい眉の下には、相反するように真ん丸いオレンジの目が位置している。目には生気を感じない。服装もぼろシャツにぼろジーンズ姿でかなりの土ぼこりをかぶっている。俊は思わずのけ反り、バランスを崩して尻餅をつきそうになった。だがその状況に女がかまうことはない。

「あなたはここで私に殺されるのだからね!」

 女は太刀を振り上げて俊に襲いかかる。俊はその光景に余裕をなくし、短剣から鞘を引き抜くことなく守りの構えを取った。剣と鞘がぶつかり鈍い音がする。ぶつかる衝撃に俊は膝から崩れ落ちそうな勢いだった。思わず頭も下に下がる。女は不気味な笑みを浮かべ攻撃をやめる気配を見せない。そうしてまた太刀を振り上げた、その時だった。

「第二撃がくるぞ!」

 その声は遠くからだったが力のこもったハッキリした声だった。俊が顔を上げると、女は聞き耳を立てる様子もなく今度は横から攻撃を加えようとしている。俊は咄嗟に鞘付きの短剣を太刀の攻撃に向けて備える。

「ぐはっ!」

 俊は攻撃の衝撃に耐え切れず思わず声をもらす。そのまま体が吹き飛ばされるのを感じた。地面に散らばった落ち葉の上に体を強く叩きつける。短剣についていた鞘もいつの間にか変な方向に飛んでいっていた。その光景にもやはり構うことなく、ニヤニヤとした不気味な笑みを浮かべながら俊に近づいていく。俊は倒れこんだ体を必死に起こそうとしている。そのときに俊は気づいた。

「もう一人、いるのか」

 俊の言葉に女は首をかしげる。

「何、頭打っておかしくなっちゃったの?可哀想に、じゃあそのままあの世に送られても悔いはないよね」

 そう言って女は走り出す。女の言葉に俊は微笑んだ。

「何言ってんだ、死ぬのはあんたのほうだと思うけど」

 俊がふらふらと立ち上がりながら言うと、女の顔から不気味な笑みが消えた。そうして後ろを振り返る。

「後ろから誰か来るみたいだけど、間に合わないと思うよ。でもまぁそもそも?私のほうが強いから」

 その言葉を背中に残し、女は振り返った。一体どこからそんな自信が来るのだろう、俊は思う。俊に相対するように立つと、女は再び不気味な笑顔を取り戻す。俊はぞっとした。女は再び鼻で笑う。

「残念だったね!気づかないとでも思ってたの?あんな大きな声出して気づかないほうがおかしいでしょ。それとも、私の平然とした演技がうまかったのかな。まぁどちらにしろ、君は地獄行き確定だし?そんな心で怯えられても困るんだよね」

 女は俊に対して剣を突きつけ、剣先を俊の額すれすれの位置に構えた。

「あーあ、また張り合いのないやつだったなぁ。まぁ、生まれ変わったら今度は私を楽しませれる存在になってよね。じゃ」

 こいつ人の命を何だと思ってやがるんだ、俊が余裕のない中でそう思ったときだった。

「じゃあ、今度は俺の番だな」

 女の後ろでそんな声がした。


 ESA本部基地屋上では、傷だらけの真っ二つになった車の運搬作業が行われていた。山際は基地の自室に戻るとスーツのジャケットを脱ぎ捨て、「SA」の文字が背中に刺繍された自分専用の革コートをワイシャツの上から着込み、自室を出た。自室は「A班隊本部」の中にあり、5,6人は収容できる個人部屋がある。他にもガラス張りの戦闘用ルームが地下に掘り下げてあり、誰でも使用できるようになっている。が実戦闘が少ないので最近はあまり特訓に使われることはない。

 山際はA班隊本部(通称Aルーム)を出ると、廊下を伝って「本部司令室」へと足を進めていた。革コートの肩の部分には「山際」という自分の名前が入っている。山際が歩いていると、一人の隊員が山際を呼び止めた。

「山際隊長、屋上の車はどういたしますか?」

「あぁ、処分しておいてくれ」

 山際は元気なくその言葉を残すと、隊員に耳も貸さずその場を離れる。山際は司令室へ向かう中で自分を悔いた。

 正直いけると思っていた。車が真っ二つに割れても基地までは持つ、持たせて見せる。自分の中ではそう考えていた。だが、俊の中での限界は違った。風のきつく車体の不安定な状況の中で飛ばされないように掴み続けるなんて、スカウトしたての何の能力も持っていないただの一般学生には限界だったんだ。把握しきれていなかった、うかつだった。俺がもっとあいつのことを把握していれば…。それよりもっと重大な失態だったのは、過去に起きた事に関する怒りをただ無線にぶちまけるだけで、本部の指示を聞かなかったということだ。あの指示さえ聞いていればもっと事はよい方向に進んだかもしれないのに。そもそも怒りの対称にしていた事象を自分が起こしてしまっては元も子もないじゃないか。

 山際の表情はどんどんと沈んで行き、遂には泣く直前のくしゃくしゃな顔になろうとしていた。廊下の地面だけを見続け進んでいたので、目の前に壁があっても気づくことなく壁にぶち当たる。周りの隊員たちはその光景を気の毒そうな目で眺めていた。普段の着こなし方によってはかっこよく見える革コートもこのときばかりはよれよれで、自信なさげな悲しげなオーラだけがにじみ出ている。山際がふらふらと放浪していると、ついに人にぶつかった。「うわっ」という声と共に山際は思わず倒れこむ。するとぶつかった相手から「あれー?」という不思議そうな声が聞こえてきた。山際が見上げると相手は海部野だった。青みがかったセミロングの髪に澄んだ色の目、細い眉毛に美しい口元のラインはまさに美の象徴ともいえるほど仕上がりきった顔だった。何度見ても美しいと思ってしまう。身長は170はありそうだが…。これが戦士だといえば、誰もが腰を抜かすんじゃないだろうか。

「どうしたのこんなところで、基地の徘徊?」

 含み笑いで冗談交じりの疑問を唐突にぶつけてきた海部野に山際はぽかんとした。

「お前こそなんでこんなところに!司令室にはいなくて良いのか」

すると海部野はため息をついた。山際は首を傾げる。

「行こうと思った。っていうか行った。でもさ、本部隊が出動しないっていうし、お前は手を出さなくてもいいとか陸地に言われたし…って言うかそもそも私はスカウトするために運んできただけだからさ。もうあとは本部に任せていいかなぁって」

海部野のいい加減な言葉に山際は腹の底から煮えくり返りそうだった。確かに海部野の言う通り出動できなきゃ何も出来ないのはわかる。だが……

「陸地に手を出さなくてもいいと言われたのか」

海部野は「うん」と声を出して頷いた。山際は俯いた。

「一体どうなってるんだ…」

すると海部野は山際に手を差し伸べた。

「私が聞いたことでよければ伝えるけど?」

海部野の手を握り立ち上がると、「是非」と言って海部野を司令室へ行く道を先導して歩き始めた。

「私が陸地に聞いた情報だと、私がスカウトで連れてきた人は実戦経験を積んだ人らしいよ。」

その言葉に山際は驚いた。

「実戦なんてどこで積む機会があるんだよ」

その質問には海部野も困り果てた顔をした。

「それは私も思ったけどさ、なんかそのことに関しての詳細は全然教えてくれなくて…」

海部野が俯くと、山際が「他には?」と聞いた。海部野は唸る。

「私はよく理解出来なかったんだけど、武の車が落ちた後に陸地が『これでいいんだ』って言ってたよ。私には何言ってるかわからないかったんだけど、武は何かピンとくることある?」

その言葉を聞いて、今度は山際が唸った。

「そんなこと今まであいつ口にしたことあったっけ」

海部野は首を振った。「だよなぁ」と山際は続ける。

「やっぱり本人に聞くしかないのかな」

海部野のいかにもな質問に、山際は頷くことしか出来なかった。それから暫く陸地のことについての疑問が浮かんでは問いかけるが、解決することもなく消え、気づけば「本部司令室」と書かれた扉の前に立っていた。山際が先陣を切って入室する。

「失礼します!」

山際の気持ちとは相反するハツラツとした声を出して入室すると司令室の隊員たちが一斉に振り返った。陸地も扉の方を見る。

「なんだ、どうした?」

陸地の素っ頓狂な質問に山際はキョトンとした。

「『なんだ』じゃなくて、本当に出動しなくていいんですか」

陸地はため息をつく。

「その質問の答えは海部野に伝えたはずだが?」

陸地の冷徹な発言にも山際が怯むことは無い。

「その答えが間違っていると思ったので、ここへ来たんですが」

陸地は首をかしげ海部野の方を見る。海部野はただ頷くことだけをした。

「じゃあもう一度だけ伝えてやろう。俺の指示は本部隊もお前達も、手を出さなくていい。以上だ」

陸地は正面へ向き直るとモニターの方を静かに凝視していた。そのモニターには俊が映し出されている。山際はそのモニターを見ると陸地に呼びかけた。

「俊をどうするつもりなんですか!」

怒気のこもった声に陸地は鼻を鳴らす。

「そんなことを知ってどうする?お前には何も出来ないんだ。いや、寧ろお前が俊君をあの立場にしたのかな?」

陸地の言葉は山際の心を正確についていた。心に再び後悔の念が渦巻く。黙りこくるその姿を見越した海部野は陸地に尋ねた。

「では、『これでいい』とはどういう意味かお聞かせ願えますか?」

その言葉に陸地の背中が少しだけ反応した。だが振り返ることは無い。

「その言葉を聞き逃していなかったのか。まぁ、ほんのジョークのつもりで言ったんだが、ジョークを本気に捉えられると困るな」

海部野は口元にニッとしたずる賢い笑みを浮かべる。

「じゃあこの現状で遠征を送らないというのもジョークとお見受けしていいんですか?」

「それは違う。本気で命令したことだ。」

 陸地は眉を潜めすかさず反論する。海部野も次第に眉を潜める。

「じゃあどうして遠征を送ろうとしないんですか?総督は基地の外ではぐれた二人を見殺しにするつもりですか?」

 追究を深めるその質問に陸地はお手上げと言わんばかりに司令室の天井を仰いだ。海部野は軽く眉間にしわを寄せているがほとんど皺をかたどってはいなかった。山際は相変わらず俯き黙りこくっている。陸地がキョロキョロと辺りを見まわすと、彼の傍にいた隊員を手招きした。隊員は何事かと駆け寄ってくる。

「何でしょうか」

 すると陸地は隊員の耳元に手を添え口を近づけると、こそこそとその隊員に耳打ちをした。すると耳打ちを終えられた隊員はすぐさまその場を走り去り、司令室を出て行った。その様子を見ていた山際や海部野、それに他の隊員たちも一同何が起こったのかわからず不振な表情になる。すると司令室を出て行った隊員が戻ってくるなり陸地に近づき、「準備ができました」という言葉をおいた。

「ごくろう。ありがとう」

 そう隊員に言うと今度は山際と海部野のほうへ体を向ける。

「さぁ、行きましょうか」

 その言葉を残し、陸地は歩き出す。言われた瞬間はぽかんとしていた海部野だったが、何を察したか山際に向け「行こう」と言って、陸地のほうについていく。動く気にならなかった山際だが、軽くため息をつくと仕方ないというようにとぼとぼと海部野の後を追っていった。

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