もう1人の原始種族との対面
特に何事もなく迷宮20階層に到達した後、すぐに王城へ戻る。
夏が近くなってきたのでまだ明るいとはいえ、時刻は午後6時を過ぎている。
城下町を王城へ向かって進む、途中で明日の昼食用の食材を購入したり、サニヤへのお土産のお菓子を購入したので王城へたどり着いた時刻は午後7時になっていた。
門兵さんへ挨拶して自分の部屋へ真っ直ぐに戻る。
部屋には柴犬たちしかいなかった。
柴犬たちはすでに柴犬っぽさはなくなっているので、それぞれの名前か属性獣たちと表現するほうが適切なのだろうけれど、なんとなく初期の愛らしい柴犬の面影が忘れられないので心の中では柴犬たちと呼んでいる。中院公爵領から戻ってからの迷宮での戦闘効率が上昇したせいか、属性獣としての進化のスピードも速い。見た目だけでなく、なんとなくではあるが、各々の属性に適した攻撃をするようになってきていると感じている。どこまで進化するのか楽しみが増えてきた。
お留守番の柴犬たちを撫でて一息ついてから本日の狩猟成果を持って厨房へ行く。
ただし、王族の子供達が使用している厨房ではなく、正規の宮廷料理人達が使用している厨房の方だ。
柴犬たちに加えてサニヤという人の10倍は食べる友人を連れてきた償いもかねて、食べられそうなモンスターのお裾分けを始めたからだ。
客室である自分の部屋から離れた場所にある厨房まで歩いていって扉を開ける。
「こんばんはー」
「お、おかえり」
厨房の中の料理人たちに声をかけると直ぐに副料理長であるデンザーさんが僕の方へやってきた。
デンザーさんは、鳥人で見た目は二足歩行する大きな鳥だ。初めて出会った時は食材用に捕獲されたモンスターなのかと思った。
「坊、いいところに。今夜の食材が底をつきそうだったんですよ」
黄色い嘴をカチカチと鳴らしながらも流暢に話すデンザーさんに、僕はバッグを開きながら、
「珍しいですね。急なお客様でも来たんですか?これで足りるかなあ」
普段は、マキちゃんが余分に食べても充分に余裕があるくらいなのに、余程の人数の来客なのだろうか、と不思議に思っていると、
「いやー、まさか来客が原始種族だとは思ってなくてよ。それを聞いていたらもう20人前くらいは多めに仕入れておいたんだけどな」
「ああ、来るとは聞いてましたけど、夕食も食べていくことになったんですね。じゃあ、これはどうですか?」
僕は、最近覚えた空間収納の能力を使って町の肉屋に売ろうと思っていた大型の獣型モンスターを取り出した。確か17階の終盤で倒した相手だ。バッグに入りきらない大物には便利な能力だ。
「おお。グレートピューじゃないか。助かる。お礼に、今夜は無理だけど、明日の夕飯は期待しててくれ」
カカカカッと嘴を小気味よく鳴らしてデンザーさんは、若い料理人たちに食材を運ばせていった。
黒いジャガーのような大型モンスターの正式な名前はグレートピューというらしい。
食べられそうな獣としか認識していなかった。売る時に名前がわかる方が交渉しやすいだろう、出来るだけ覚えておこう。
グレートピュー。
グレートピュー。
うーん、どこかに写真付きモンスター図鑑でもないだろうか。忘れてしまいそうだ。
ふと、神殿の書斎のことが頭を過ぎるが、あそこの本はおそらく一般的ではないだろう。
普通に書店で捜して購入したほうが良さそうだ。
「じゃあ、僕はこれで。明日も迷宮へ潜るつもりだから何か持って帰れたら顔出すね」
「ありがとうよ、坊」
僕はデンザーさんに手を振って自室へ戻った。
どうやら、 原始種族のサミヤさんはまだ王城内に滞在しているようだ。
夕食を食べるなら顔を合わせることになる。
さすがに初めて顔をあわせる人に迷宮帰りのままの服装は良くないだろうと思い軽くシャワーを浴びて清潔な服装に着替え終わった頃に侍女のアマリカさんが良さんの『食堂に来るように』とのメッセージを伝えに来た。
僕は鏡を見て身だしなみを再確認してから食堂に向かう。
やはり、サニヤを預かっている以上、身内の人には良い印象を持ってもらいたい。
少し緊張しながら食堂の扉を開けると、良さんとサニヤ、そしてサニヤと同じ緑色の髪をした青年が居た。恐らく彼がサミヤさんで間違いないだろう。
「おまたせしました」
「おかえり。迷宮はどうだった?」
「なんとか20階層まで到達した所で戻ってきました」
良さんに答えながら全員が見渡せる席に着く。
「ふぶき、おかえり。これ、サミヤ。私の家族」
サニヤがサミヤさんを紹介してくれる。
家族、というのは血が繋がっているという意味なのか、それとも同じ原始種族という身内《家族》という意味なのかはわからなかった。そもそも、無性である原始種族に繁殖という概念があるのかも謎だ。しかし、性的なデリケートな質問をする勇気はなかった。
「笈川さん、はじめまして。サミヤです」
「はじめまして、よろしくです」
サミヤさんの燐と響くような声だった。
両サイドの髪だけ肩くらいまで伸びているが後ろ髪がスッキリと短く整えられていて、髪色と同じ緑色の瞳と白い肌。額には銀色のシンプルなサークレットがはまっていた。服装は標準的なワイシャツとパンツスタイルだ。しかし、全身からは神秘的な雰囲気をかもし出していた。
鑑定を使っても能力についての解答は得られなかった。
これはサニヤも同じだ。
原始種族ということだけはわかるが、ただそれだけだ。
この世界の一般的な能力と原始種族の使う能力は根本から違うものらしく、たとえばサニヤが小さな火を指先に灯しても火の能力としては感知されない。
つまり、異端にとって感知できない能力を持っているという点では原始種族は天敵になりえるのではないだろうかと思っている。もちろん、他にも未知の能力体系を使う種族もいるのかもしれない。加えて僕自身の戦闘技術の未熟さも、異端だからといって慢心することが出来ない理由の1つだろう。
少し人より使える能力が多いくらいで最強になった気になれるほど僕はお気楽ではないのだ。
「この度は、永らく行方不明であった同胞を見つけて戴いたこと、心からお礼申し上げます」
サミヤさんが上品に礼をした。
「そして、本人の強い希望により、笈川さんにご迷惑とおかけしていること、お詫び申し上げます」
「サニヤ、迷惑かけてない。ご主人様と共にあるのは当然のことなの」
サミヤさんは、頭をあげてサニヤさんの方を見て、
「サニヤ、人と共に生活するのであれば礼儀は大切です」
「そうなの?ふぶき、迷惑してるの?」
「そんなことないよ」
サニヤの困ったような口調に小さくため息をついた。
最初に神殿で目覚めたばかりと時に比べてサニヤは段々、幼児化しているような気がする。
おかしいな、見た目は逆に成長したのに。
そんな僕の疑問をサミヤさんが補足するように教えてくれた。
「このように幼児退行していて扱いに困っていらっしゃるのではないかと思います。おそらく目覚めて変化するのにかなりのエネルギーを使ってしまったようです。日常に使うエネルギーを効率化できれば治まってくると思いますので今しばらくは寛大な対応をしていただけると助かります」
なるほど、目覚めたばかりで頭の回転が鈍い、というイメージだろうか?
原因がわかっていて、いずれは落ち着くのであれば問題はないだろう。




