迷宮 19階
白い毛皮を逆立てながら僕の少し前方に黄色い首輪をした光の属性獣、灯が立っている。
最初の頃の柴犬の面影は全くなく、手足がスラリと伸びて白い毛皮とタテガミ、一番特徴的なのは頭部に生えた角だろう。まるで一角獣のようだ。
毛皮から光の粒子がこぼれ落ちていく様は、映像としてみると幻想的で美しいだろう。しかし、僕に見とれている余裕はない。
補助アイテムをロングソードに変化させ、その刀身に神聖属性の能力を付与していく。自分自身にも、状態異常防御を付与して、目前の敵を見据える。
迷宮19階。
ここは、普通の森林フィールドなのだが出現モンスターが死霊で構成されたゾーンのようだ。
18階までは、鳥や獣の類ばかりで、自分の知識の中にあるゲームなどで知っている魔法の中から、確実に出来ると認識できている能力の確認作業をしながら早いスピードで下りてきた。
灯も、その道中で進化したので今の姿になった。
「あーあ、聖歌の1つくらいは覚えておけばよかったかな」
そう呟いて、僕は目の前にいる5体のスケルトンに向かって切りかかる。
カンッ
神聖属性の剣は効果抜群で、当たった部分の骨がカンッと乾いた音を立てたあと、砂のように砕けて空気中に散らばっていく。灯も、頭上の角でスケルトンに勇敢に立ち向かっているようだ。
「クリスマスソングでもオッケーだったりしないか・・・なっと」
襲ってくるスケルトンを交わしながら、確実に叩けそうなタイミングを見計らう。
異端が使いこなせるようになったからといって、物理的攻撃力や、戦闘の駆け引きなどが出来るようになったわけではない。こればかりは、実戦を繰り返すしかないだろう。
「もーろーびとーこぞーりーて・・・なんだっけ」
試しにクリスマスソングを口ずさんでみるが、そもそも信仰しているわけでもない上に地球の聖歌なので効果があるはずがない。
そもそも、この世界に聖歌はあるのだろうか?
そんなことを考えながら僕は20階層を目指して戦いを続けた。
サニヤの件もあって中院公爵領から王都へ戻ってから1週間は怒涛の忙しさだった。
松田さんは、僕を王都に送り届けて幾つかの報告をした後、自宅へ帰っていった。
色々とお世話になっていただけに少し寂しい。
良さんに詳細を説明して、サニヤの住む部屋を決めて、夏の祭典の準備も始まった。
氷の能力が表面化しなくなったこと、僕の能力がある程度使いこなせるようになったことも良さんには説明した。ある程度、というのは、知識として使えると理解しているだけで実際に発動したことがなかったからだ。本能的に出来ると感じるだけでは、いざ実戦で火力を見誤る可能性もある。だから、迷宮で実戦と確認をしているわけだ。
魔王様は忙しいらしくて直接会うことはなかった。良さん経由で神殿の封印の話やサニヤの事が伝わることになっている。
サニヤは、僕の隣の部屋をちゃっかり確保して毎日僕の後ろをヒヨコみたいについてまわっている。
格好がメイド服なので、知らない人が見たら良い家のお坊ちゃまみたいに見えるだろう。
サニヤの生活費諸々については、冬の巫女姫捜索の必要経費として計上してくれることになったので、今はその厚意に感謝して自立する日の為の貯蓄に励むことにした。
今日は、松田さんの知り合いの原始種族のサミヤさんが城へ来るらしく、一緒に迷宮へ行きたがっていたサニヤは留守番になった。
属性獣の灯と一緒とはいえ、久々に他人の目を気にしないでいい時間が出来たのは良かった。
別に、王城で虐められたりしているわけではないけれど、やっぱり1人の時間もないと気疲れする。
19階層までのモンスターにはそのストレス解消も手伝ってもらった。
若干、やり過ぎた気がしなくもない。
これがゲームのように数値が見える仕様なら、レベルが10くらいは余裕で上がっただろう勢いで狩り尽くした。実際には、この世界にレベル表示制度はないようで鑑定をして確認出来るのは名称や役職や手持ちの属性や、その強弱くらいだった。それでも補助アイテムを使って索敵していた時よりは遥かに高度な詳細が確認出来るので迷宮攻略に役立っている。
スケルトンを50体ばかり倒しただろうか。
以前に比べると持久力もついてきてはいるが、さすがに剣を振り回していると疲れてくる。
周囲にモンスターがいないのを確認してから剣を輪にして指に戻す。
補助アイテムは、今はもう必要がないけれど、本当の武器を持ち歩くよりは容易であることと、それを着用していることで周囲から『未熟な子供』と認識される利点を良さんに説かれて持っていることにした。
時計で時間を確認すると、午後3時過ぎだった。
早々に20階層への階段を見つけないと夕食が遅くなってしまう。
王都に戻ってからは、朝食と夕食は用意されたものを食べて、昼食だけ台所の片隅を借りて自分で自炊することにしている。侍女のアマリカさんが時々、指導してくれるので以前よりは上達したつもりだ。
「階段はどこかなー」
「キュー」
僕の呟きに灯が鳴いて右側の方を見る。
姿が進化してから鳴き方まで変わったようだ。
一角獣がワンワンって鳴いたらそれはそれで落ち着かない気持ちになりそうなので謎進化については深く考えないでおこうと思う。
「あっち?」
「キューイ」
「よーし、じゃあ行くかー」
灯の背中を軽く撫でてやってから、自分の拳に神聖属性の能力を付与する。
剣の修練は一旦終了して、次は素手での戦闘訓練だ。
不意を突かれた時に、補助アイテムを武器化している余裕があるとは限らない。
自分の身体で攻撃する練習もしておきたい。
現れるスケルトンを渾身の力で殴りつける。が、能力のせいか簡単に崩れ去ってしまって前へ勢いよく上半身が突き出してしまって転びそうになった。
「うーん、殴ってる感覚がない」
拳がまったく痛くない。
これでは素手での格闘訓練とは言い難い。
仕方がないのでもう一度、剣を作り出して斬る。
手ごたえがないと力加減がわからない、どこかに丁度良いモンスターはいないだろうか。
ふと、20階層に到達したら暮さんから竜を見せてもらえる約束になっていたことを思い出した。最低、20階層じゃないとモンスターが竜にストレスを感じるという話だった。
つまり、20階層からは難易度があがるということだ。
もしかしたら。
竜の存在に耐えうる精神力を持っているモンスター。
つまり、今まで出現していない人型に近いモンスターや、知性が高いモンスターが出現しはじめるということではないだろうか。
「よーし!がんばるぞ」
20階層へ下りる階段を見つけるまで僕と灯はスケルトンを葬り続けた。
ちなみに、スケルトンから落ちた属性結晶は、周囲は透明だけれど中心部分に墨を落としたような黒色が滲んだ気持ち悪い色をしていた。
なんだか禍々しい感じがして出来るだけ触らないようにハンカチで包んでポーチに突っ込んだ。




