フォロワーツ神殿 7
「それじゃあ、上の階を見てみようか」
「そうですね」
敷いていたレジャーシートを片付けて僕達は玄関ホールへと戻った。
サニヤは、不思議そうに周囲を見回している。
「どうかしたの?」
「昔は、人がたくさんいたのにいないなと思って」
「そうなの?」
「へえ。ここは、何かに使われていたのかい?」
「使われ・・・?ここには神域への入り口があって、その連絡路として利用していた。けれど、今は閉ざされて・・・る?」
サニヤが正面玄関であろう扉を指差す。
「あそこを開けたら湖の水が入ってくると思うよ?」
それ以前に、こちら側から開けられるのかも謎だ。
もし開けたら中の空気はどうなるのだろう?
「地形が変わった?」
「今は、この神殿は湖に沈んでいるから、昔はそうじゃなかったのなら、そういうことになるのかな?」
「なるほど」
正面玄関から見て右側の階段を使って2階部分へあがると、他の場所に比べると小さな扉があった。ホール越しに左側の階段を上った先にある場所にも同じように扉が見える。基本的には左右対称に作られているようだ。
特に問題もなく扉を開けると、廊下があって幾つかの扉がある。
とりあえず、廊下沿いに進んだ先にある扉を開けると左側の階段を上った先に出た。
どちらから登っても内部で繋がっているようだ。
それだけ確認してから他の扉を開けていく。
殆どは何もない真っ白な壁だけの部屋だったが、1つだけ、位置的に祭壇のあった部屋の真上にあたる部屋は様子が違っていた。
壁や床が白いのは同じなのだが、床に朱色のカーペット、その上に木で出来たテーブル。こげ茶色の皮のソファー、壁面には同じく木で出来た本棚が配置されている。
ここが神殿の内部だということを忘れてしまいそうなくらい誰かの存在感を感じさせる暖かみのある空間になっていた。
「書斎?」
「窓もあるみたいだね」
松田さんが壁にかかっている白いレースのカーテンを捲って窓があることを確認する。
僕は、壁に配置された巨大な本棚の本を1つ手に取って捲ってみる。
『植物の進化』とタイトルされたその本は、どこかで見たことがある植物や、これは植物ではなく動物ではないだろうか?と首を傾げたくなるような植物(?)の微細な挿絵と共に、進化の過程や成長の過程などが説明されていた。ざっと目を通しただけだけれど、かなり精密な事典であることは間違いない。
他にも、『宇宙のすべて』とか『働く乗り物』など、タイトルだけみると子供向け百科事典のような書籍が所狭しと並んでいる。ただし、内容は専門的過ぎて全く子供向きじゃなかった。
『天地創造』というタイトルに、この世界には珍しい宗教系の書物だろうかと捲ってみたけれど、第一章の題名が『新しい世界を配置する空間を創ろう』となっていて怖くなって本棚に戻した。牛乳パックで船を作ろう!みたいな気安さで天地創造を解説した本があったら誰だって怖いに違いない。それは神様の領域のはずだ。
「何か面白い発見はあったかい?」
「面白いっていうか、かなり危ない趣味の人が集めた本みたいですよ、ほら、これとか」
『天地創造』の本の背表紙を指差して松田さんを見る。松田さんは、特に何も言わずに本を引き抜いてペラペラと捲る。
「ヤバくないですか?本気で実行したらどうなるんでしょうね?」
本の通りにやって誰でも天地創造が出来たら創造神がたくさん産まれて神様のバーゲンセールになってしまいそうだ。まあ、まず第一章で躓くとは思う。新しい世界を置けるほどの空間を新たに創るって物凄いエネルギーが必要そうだ。
松田さんは、最後のページまで捲ってから本をそっと本棚に戻して僕の方を見た。
「うん、俺には読めなかった」
「え?」
「何か書いてあるような感じはするけれど、認識阻害の術でもかかってるのかな」
「僕は普通に読めましたけど・・・」
試しに、手近にあった『美味しい紅茶』を手に取ってみる。紅茶の産地や種類、美味しく淹れる方法が挿絵つきで紹介されている。
「ほら、ダージリンとか、知ってる茶葉も載ってますよ」
と、挿絵を見せてみても松田さんは頭を振るだけだった。試しにラズリィーにも見せてみたけれど結果は同じだった。
「吹雪様、それらはご主人様の蔵書なので、ご主人様である吹雪様とその眷属。そして神格のある者にしか読めないと思うわ」
困惑している僕にサニヤが呟くように言った。
「え?」
「ここは、ご主人様の書斎なの。だから、今現在は吹雪様の書斎よ」
「ええっ」
唖然とする僕とは逆に松田さんはとっても納得出来たという風な表情をして、
「なるほどねえ。これで間違いなく、笈川くんがサニヤさんのご主人様と思うしかないねえ。じゃあ、つまり、この部屋も笈川くんが居なければ開かない仕組みだったのかな?」
「そうよ」
サニヤが誇らしげに肯定する。
「他には、何かあるのかい?」
松田さんの質問に、サニヤは僕に視線で「いいの?」と確認してきたので頷く。
「地下のような封印された部屋はない。他にも幾つかご主人様の生活空間があるわ。でも、今の吹雪様に認識されない扉は私でも開けられないの」
「なるほど。何かきっかけがあれば開くかもしれないけれど、笈川くんは、どうしたい?」
松田さんが僕に意見を求めてくる。
どうしたい?
僕の知らない自分に関係する何かがあるらしい場所。
それに全く関心がないとはいえないけれど、今、この書斎にある本の内容で既に許容範囲を超えている今、これ以上、何かが飛び出してきたら自分がおかしくなってしまいそうだ。
「今は、いいです。多分、まだ色々、受け入れられないと思う。ここの本も、読む気にはなれないし、いつか必要になったらその時に考えます」
「そうだね。その本の内容は、どうやら笈川くんには刺激が強かったみたいだし、少し顔色が悪いよ。外に出て昼食にしよう。無理に詰め込むのはよくないしね」
松田さんに優しく頭を撫でられて、ものすごく気持ちが暖かくなった。
「そうね。この神殿が消えることはないのだから、今日はもう終わりにしましょう!」
そう言って、ラズリィーが僕の右腕に腕を絡めた。
腕と一緒にほんのりと感じるラズリィーの柔らかな身体の感触にボートの上でのことを思い出してドキドキしてしまう。
「吹雪様と一緒に行くの」
何を思ったのか、左腕にサニヤが捕まってきた。
「おやおや、笈川くんはモテモテだね」
冷やかすような松田さんの口調に顔が赤くなるのを感じた。
「皆ー!ご飯!早くー!」
松田さんの昼食発言で飛び出していったマキちゃんの声が遠くから聞こえた。
もう1階に着いているのかもしれない。
マキちゃんはいつでも通常運転で羨ましい。




